第六章「炎神の末裔」/ 8
「―――首領。四鬼のうち2名、御到着なされました」 「・・・・分かった」 とあるホテル。 鬼族本隊は今までの滞在先を変えていた。 このホテルの周辺に他の鬼族も点在し、襲撃を受ければすぐに援軍に出られるようにしている。 敵もこの場所を掴んでいるが、容易に攻撃できないだろう。 もしすれば深手を負わすのみ。 「―――うむ。苦戦しているようですね、隼人」 草臥れた灰色のスーツに同じ様態のネクタイを締めたサラリ−マン風の男は部屋に入るなり、ネクタイを緩めながら言った。 「ああ。なかなか手強い奴が鹿頭の味方についてな」 「ほう? まあ、【結城】を敵に回したのでしょう? いつかは来ることですが、慎重なあなたにしてはミスをしましたね。・・・・やはり、敵討ちは冷静さを欠かせますか」 ドカリとソファに座るのは四鬼のひとり――隠形鬼。 「まー、どっちにしろブチ殺しちゃえばいいんでしょー。カンタンなことじゃん」 ホテルに備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出している少年はもうひとりの四鬼――水鬼だ。 「簡単ではない。奴は戦略を知っている。ただでさえ正体が掴めず困っているのにそれを利用されている状態では有効的な手立てが打てん」 隼人がこの2人を呼んだのはあくまで保険だ。 いや、【結城】などの外因的勢力を押さえるという意味でしかない。 彼らに鹿頭の者たちを討たせるわけにはいかないのだ。 「ところで隠形鬼の部下は確認しているが・・・・。水鬼、お前部下は?」 「必要ねえよ、あんな奴ら。だいたい数はお前が揃えてるんだから他の奴らがウジャウジャいたらジャマじゃん」 グラスに空けず、ビンの口にそのまま唇をつけて中の液体を流し込む。 「【結城】は隠形鬼に任せて、僕は適当にやる。誰の指図も受けない」 確固たる意思に2人の鬼は苦笑した。 融通が利かないが、この意思の強さが彼の強さでもある。 ことに一対一ならば水鬼は相手を手玉に取るだろう。―――遊ぶ癖さえなければ。 「とりあえず、明日、統世学園に総攻撃をかける」 隼人は戦い抜くという意思を込め、シャンパングラスを握り潰した。 地獄の釜カレー scene 「―――いらっしゃいませーっ。―――はい、二名様ですね? こちらへどうぞ」 瀞がメイド服のような姿で客を案内しているのを横目にしながら一哉は店全体に目を行き届かせる。 (今のところ異常なし、か・・・・) 開店当初こそ、暴走した男子生徒(一部外部客含む)が女子生徒に迫ったので一悶着合ったが、今は沈静化している。 (あ、朝霞が悶絶してる・・・・) 視線の先で鹿頭の護衛と共に食事していた朝霞が右手にスプーンを握ったまま机に突っ伏し、細かく肩を震わせていた。 オロオロしている護衛の視線は朝霞が食べたであろうカレー(並)に向いている。そして、「ハッ」とした表情になった。 「だひひょ〜ふ・・・・。どふひゃひゃいかひゃっ(大丈夫、毒じゃないからっ)」 厨房に殴り込もうとした護衛の袖を掴んで必死に諭す朝霞は笑いを誘う。 思わず頬を緩ませると思い切り睨まれた。 (・・・・ふむ。最近、周辺把握能力が上がっているじゃないか。いいことだ) 視線を歯牙にもかけず、一哉はその成長ぶりに満足する。 無視された形になった朝霞はますます不機嫌そうになり、やけくそ気味に再びカレーを口に運んで――― 「―――ニ゙ャッ!?」 ―――突っ伏した。 「・・・・学習しろよ」 いや、頼んだからには完食して貰わないと厨房が困るのだが。 「――― 一哉、暇?」 いつの間にか目の前に瀞がいた。 後ろでにおぼんを持ち、覗き込むようにしている。 心持ち顔は斜めに傾けられていた。 「多忙」 一言で言うことで忙しさを表す。 「・・・・暇そうだよ。ずっと周りを見回すだけだし」 「それが俺の仕事だ。言わば人間観察だな」 「・・・・人権の侵害だと思う」 批難の声音で返ってきた。 (何もそのレベルまで観察はしていないのだが・・・・) 「で、何?」 いい加減、用件を聞きたかったので先を促す。 「うん。あそこにね―――」 瀞はすっと視線を入り口の方へ走らせ、声を潜めた。 「ずっと鈴音ちゃん、待ってるよ」 「あ?」 一哉は瀞に言われ、入り口に視線を走らせる。 確かにそこには腕を組み、こめかみに青筋を立てている和服の少女がいた。 「さて仕事するか」 「あ、シカトした」 ―――ハシッ 一哉は横合いから飛んできた割り箸を目もくれずに見事キャッチする。しかし、粘つくタレの感触に眉を顰めた。 おそらくは出店でも貰った物なのだろう。しかも、匂いからしてお好み焼きだ。 「お前、ちゃんと飛ばなかったらどうするつもりだ?」 一哉は手持ちのフキンできっちりとタレを拭い、近くまで歩いてきた妹に言う。 「外れるわけないですの。自慢ではないですけど、棒手裏剣は得意ですの」 「そういう問題じゃない」 「全く客を待たせるなんて、なんてウェイターなんですの?」 鈴音は一哉のツッコミを無視して話を続けた。 「俺はウェイターじゃない。SPだ」 「ここにどんなVIPがいるというのですの!?」 鈴音は普通科1年統合喫茶を示して叫ぶ。 「例えば―――こいつとか」 「ふぇい?」 2人のそばから離れ、仕事に戻ろうとした瀞は急に自分のことを言われた気配に振り返った。 その動きにふわりと黒髪とスカートが舞い、頭のカチューシャが揺れる。 「・・・・・・・・なるほど」 鈴音は深く納得したようだ。 「それで、オススメは何ですの?」 ―――その後、致命的な発言をしたが。 「え、と・・・・オススメは―――」 瀞は"何故か"一哉を見遣り、彼が無関心でいることを確認して言った。 「・・・・カレーの、辛口」 「カレー? 喫茶店ですのに?」 「うん。・・・・大量に作れて・・・・おいしいしね」 "何故か"瀞の頬は引き攣っている。 それに気付いていないはずがないのに鈴音は案内されたテーブルでカレー(辛)を頼んだ。―――頼んでしまった。 オーダーを確認すると厨房に向かって大声で叫ぶ。 「カレー辛口入りましたっ」 「おーぅ、カレー辛口ィッ」 「あいよ、栄えある冒険者に祝福をッ!」 「オアシスの準備忘れるなっ」 「馬鹿野郎っ。あれを相手にすればちんけなオアシスじゃ枯れちまうゼ」 「そうだな。じゃあ、水だ水っ」 「勇者の写真を忘れるなっ」 「今日、初めてね」 「うふふふふふ♪」 一斉に湧き上がるスタッフたちの言葉。 「え? え?」 鈴音は突然の反応に珍しく戦いていた。 「―――お嬢さん、まだまだ若いのだから命を捨てるようなことをしてはダメですッ」 「ぅわっ!?」 さらに突然の声に鈴音はもはや油断していたとしか思えない反応をする。 「あなたは美しい。そんな方がここで散り逝くなど世界に叛乱しているとしか思えないッ! さあ、考え直すべきですッ!」 「えーっと?」 鈴音は困ってこちらを見てきた。 正直言えばその仕草はものすごく女の子ぽかった。 誰も彼女が紅蓮の炎を繰る強大な炎術師だとは思いもしないだろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鈴音の助けを求める視線を受け、一哉は支給された『腰の物』に手を伸ばした。 辺りを見回すとSPは全員同じ動きをしており、メイド服――女子も何やら動いている。 「―――発砲、許可」 『『『『『『『『―――――っっっっ!?!?!?!?』』』』』』』』 ―――ダダダダダダダダダダダダッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!! 「―――ギャィアアアアアアアアッッッッッッ!?!?!?!?!?」 『『『『『―――おおおぉぉぉぉっっっっ!?!?!?!?!?!?』』』』』 順番に説明すると、我らがドンからの攻撃命令。 全員の攻撃衝動。 チョーク射出機(マシンガンタイプ、拳銃タイプ両方)の発砲音。 全身に被弾し、鈴音の前から吹き飛ばされたクリスの断末魔。 太腿に取り付けられたそれを採るため、メイド姿の女子全員がスカートを翻した事によるその他の歓声だ。 「―――カレー辛口お持ちしましたぁっ」 クリスがずるずると引き摺られ、退場してから数分。 鈴音の前にホカホカと湯気を上げるカレーが置かれた。 「・・・・ルーは緑色なんですの?」 「グリーンカレーになっております♪」 「あ、そうですの」 鈴音は素直に納得し、スプーンを手に取る。 ―――ゴクリ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何ですの、この空気は!?」 鈴音は固唾を呑んで見守るスタッフ一同に言った。 「いらっしゃいませー」 「あ、こちらお下げいたしますね?」 「お冷やのおかわりはいかがですか?」 「コーヒーですね? 豆はどれに致しましょう。当店には期間限定ブルーマウンテンbPがありますが」 「ちょっとお客様、こちらにいらしていただけますか♪」 「うわっ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その変わり身もどうかと思うのですの〜」 一瞬で現実に立ち返った生徒たちを見て、脱力と共に鈴音は呟く。そして、ノロノロとした仕草でルーとライスをスプーンですくい、口へと運んだ。 「―――キヒッ!?」 鈴音は奇声を上げ、ガタンと席を立った。 「#$%&〒??☆△※????????っっっっっッッッッッ!!?!??!?!?!」 口を押さえ、涙を流しながら彼女は立ち上がり、暗幕で区切られたとあるところへと特攻した。 『『『―――あ』』』 ―――バサァッ 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 ―――ぐつぐつぐつ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかわり?」 暗幕の向こうにいた少女は無表情で大きな釜で煮ていたものを示す。 その眼鏡は白く曇っていたが、何故か「キラーン☆」と光っていた。 「―――っ!?」 鈴音は必死に首を振って拒否。 「残念」 先がポキッと折れたように曲がっている紫色の帽子。 それと同色のマントという魔女の格好をしている少女――鎮守杪はまた無表情に大釜をかき回し始めた。 「あ、あのカレー―――」 ようやく回復したのか、作っていた張本人である杪に文句を言おうと口を開く。 「おっと」 パシャッとかき混ぜすぎて中のルーが釜から飛び出した。そして、その数少ない飛沫が鈴音の口の中へ――― 「――――――――――っっっっっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」 「―――ふん、いい気味」 朝霞も回復したようで一哉のそばまで寄ってきた。 「お前の食ったカレーの何倍もの辛さだぞ。試食の段階で緊急救護室直行者が二桁を超えたんだからな」 「どうしてそんなのメニューにあるかしら!?」 さらりと問題発言をした一哉に思い切り突っ込む朝霞。 そのツッコミに話が聞こえた生徒全員が異口同音で答えた。 『『『『『『『『『『『だって、オモシロそうだし』』』』』』』』』』』 「・・・・ダメだ、この人たち」 朝霞は真剣に頭を抱えてしまう。 そんな彼女を見て、スタッフは会心の笑みを浮かべた。 そんなクラスメートたちの影で晴也は接客していた。 「―――よく来たな」 晴也は顔見知りの少女の前にお茶を置き、その前に自分も座る。 その少女は中等部の制服を着て、礼儀正しくわずかに威厳を感じさせた。 「・・・・先輩の誘いでしたので」 「そっか」 「はい」 やや無愛想だが、義務でしているのではないと深い付き合いの彼には分かっている。感情の出し方が不器用なのだ。 「部活はどうだ?」 少女――神代カンナは弓道部の後輩である。 「・・・・先輩がいたころには及ばないはず」 「そうか。引退した今でも顔を出してるんだな」 「あ・・・・」 ほのかに頬を染めた彼女は中学3年生。 すでに夏の大会も終わり、部活は引退している時期だ。しかし、そのまま高等部に進む人間はたまに、もしくは頻繁に部活に顔を出し、後輩の練習に付き合っている。 「お前は個人戦でもいい成績残してたろ。だから、先輩連中には『来年、いい1年が入ってくる』って言ってある」 「それは・・・・」 カンナは謙遜した。 彼女は晴也の個人指導についてきた、ただひとりの後輩である以前に、晴也の持つ戦闘弓術も教え込んだ、まさに愛弟子である。 「ま、しっかりと道場に顔を出して勘が鈍らないようにしろ。何なら高等部の道場に来てもいい。久しぶりに一緒に射ようぜ」 身を乗り出し、カンナの頭を優しく撫でた。 「・・・・・・・・はい」 カンナは無表情をわずかに崩し、微笑んだ。 熾条一哉 side 「―――本当に攻めてこなかったね」 朝霞は屋上に来るなりそう言った。 「そうですの。私も時衡に校門を張らせ、私自身も校内を見回ったのですが・・・・ひとりも見当たりませんでした」 鈴音は続ける。 「おそらくは昨日の敗戦で乱れた部隊の編成をしているのだと思いますが・・・・。物見もいないのは少々不気味ですの」 「そうだな。しかし、いるかもしれない。鈴音はどうやって鬼族がいないかどうか調べた?」 「気配、ですの。探りを入れに来る人間特有の気配を発する者を探した結果、全てが結城系の風術師でしたの」 事なげもなく言った鈴音の探索方法に一哉は感心した。 「気配で分かるものか?」 「ええ。こういうのは四宗家中、【熾条】がトップでしょう。忍びの一族なために性質的にそうなるのかもしれませんの」 「・・・・そんなこと今はどうでもいいでしょう。今考えるのはどうして鬼族がいないか、よ。あなたは分かってるのかしら?」 御家自慢に嫌気が差したのか、鈴音の言葉を切り上げて一哉に話を促す。 それは実に理路整然としていたために鈴音は反発できなかった。 「まあな。おそらくは再編中というのは正しい。ただし・・・・現存戦力の編成じゃない」 「援軍が来ているということですの?」 「ああ。元々奴らは俺と朝霞、そして時衡を追って音川入りした。鹿頭の戦力が集まりつつあることを知っていたとしてもそう多くは連れていなかっただろう。だが―――」 この土地の管理者である【結城】が敵に回り、"風神雷神"の名が確認された以上、戦力が心許なくなるのは確かだ。 「増援を頼んでもおかしくない」 「そうね。確かに奴は頭が良さそうだったわ」 鹿頭村を襲撃した奴のことを思い出しているのだろう。 オマケとして両親の死も。 彼女の拳がギリギリと握り込まれていた。 「それで・・・・明日の戦略は?」 「・・・・提示としては2つある。前提としては明日の戦いは大規模な集団戦になるということだ」 「「だから?」」 2人はそんな当たり前を何故今更言うのか、と首を傾げる。 「集団戦と個人戦の違いは指揮系統の有無だ」 「・・・・つまり、本陣の有無ですの?」 鈴音が顎の下に手を当て、黙考後に答えた。 「そうだ。だから・・・・俺たちはゲリラ戦を展開する」 「ふぇ? どうして?」 「まず、陣営としては3つある。結城・鹿頭・鬼族の3つだ。結城は総大将に生徒会長――結城晴海が座ることはほぼ間違いない。だから、本陣は生徒会棟だろうな。あそこは普段から侵入者に対するトラップがある、天然の要塞だ。もうひとりの結城直系――晴也は綾香と組んで遊軍、もしくは要所の守りにつくだろうし、宗主が来るならば彼自身が敵に当たるだろう」 一哉とて"鬼神"の異名を持つ結城晴輝を知っている。 破天荒な性格にその天性の攻撃力。 まず当代最強術者に違いない。 「そして、数が一番多いであろう鬼族。これも効果的な戦力展開のためにどこかに主力が腰を据えなければならない」 「それは分かりますの。しかし、どうして鹿頭は本陣を置かないのですか? 彼らは十数名いるのでしょう?」 「鬼族は鹿頭を潰しに来ているんだぞ? 結城はあくまで邪魔者。好んで相手をするはずがない。もし、本陣を置けば敵戦力が集中して瞬く間に全滅する。俺たちがいくら一騎当千でも相手が鬼族なら限度がある」 実際に干戈交えて戦ったことのある一哉が判断したということは確実だ。 「その、ゲリラ戦はどうやるのですの?」 「・・・・・・・・そこは本人たち次第としか言いようがないな。ただし、特攻だけはしないことだ。ゲリラ戦の怖いところは神出鬼没。そして、相手がなかなか倒せないところだ。倒されると敵に安堵を与えることになる」 「相手には前の大戦で大勝した経験があって驕りもあるわね」 朝霞はすでに前戦を受け入れているようだ。 しっかりと鹿頭家当主の自覚を持っている。 「それも、これまでの小競り合いで危ないが・・・・俺と鈴音以外が相手になるのと違って、多少は気が抜けるだろうな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・瀞さんは?」 「あいつも遊軍なんだけどなぁ、一番決戦に向かない戦闘要員なんだよ」 「はい?」 「結界師に護衛は必要ですの?」 屋上には矢次場に質問が飛び交っていた。 「あ、あー、委員長な。あいつは強いぞ。それに結界展開後は生徒会棟に行くって言ってた。だから、身は安全なはずだ。―――結城が敗北しない限り」 これは本当に最悪なことである。 「敗北、はないでしょう。この地最強一族なのですのよ、結城は。―――ってそういえばお兄様の持つ最大戦力は何処ですの?」 キョロキョロと鈴音は辺りを見回した。 「は?」 「まだこちらに来てから一度も会っていないですけど・・・・"彼女"のことですから近くにいるのでしょう?」 (彼女? って誰だ? 俺と鈴音の共通の知り合いで・・・・女?) 「"彼女"が参戦すればずいぶんと戦況が楽になるでしょうに。それどころか、何故今まで温存していたのですの?」 鈴音は一哉の戦略に興味津々というような瞳を向ける。しかし、一哉は何故か急激に違和感が身の中で浮上するのを感じた。 「お兄様?」 「どうしたの?」 目の前の2人が不思議そうに覗き込むが、一哉は今、それどころではない。 感覚が告げる方向に視線を巡らせ、固まった。 「ってちょ待―――」 「―――い〜ち〜や〜っっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 ―――ドゴォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!! 「ぐぉああああああああああっっっっっっっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?」 「「エエエエエエエェェェェェェェッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?」」 一哉は2人の驚愕の叫びを聞きながら、屋上の端から端までゴロゴロと転がって仰向けで倒れる。そして、その腹の上で嬉しそうに笑っている少女がいた。 「―――えへへ。ただいま、いちや♪」 熾条一哉が保有する最大戦力――緋龍・緋である。 密会 scene 文化祭2日目の夜。 1日目とは違い、泊まり込む生徒もいないため、学園内は閑散としていた。 「―――フフフ、文化祭とはいい混乱ですね」 そんな中、ひとりの少年が生徒会棟を眺めている。 「ひとりで不気味に笑わないでくれるかな。寒気がしてくるよ」 その背にかかる少し硬さを含んだ声。 「お待ちしていましたよ、ローレライ、スネーク・アイズ、アイスマン」 少年は入り口に立つ3人の少年少女を迎えた。 「お前が登校してくるなんて珍しいな。上からの命令で全国飛び回ってるんじゃねえのか?」 「そうだよ。ボクたちと違って多忙だろう?」 先にいた少年――スカーフェイスに言葉をかけるアイスマンとローレライの後ろでスネーク・アイズは怯えたような視線でスカーフェイスを見ている。 それを庇うようにローレライは前に出てきた。 「それで? 用件は? つまらないようならボクたちは帰るよ」 「フフフ、統世学園の結界破壊ですよ」 「「「―――っ!?」」」 スカーフェイスの言葉に3人の肩が跳ねた。 「おい、もうそこまで潰してんのか、他の結界」 「いえ、周囲の結界はまだ残っていますよ。フフフ、ですが、ここの警戒が今ほど緩む時はありません」 スカーフェイスは再び生徒会棟に視線を向ける。 「そう簡単にいかないねえんじゃねえか? 今、この文化祭の裏でいろいろ暗躍してる奴らがいるぜ」 「フフ、それを逆手に取る、というのは? 暗躍を陽動とし、さらに深部で揺さぶりをかける。フフフ、どうです?」 「愚策だよ」 スカーフェイスの笑みは作戦が一刀両断されたことで固まった。 「暗躍してる奴らを超然と見据える結城が・・・・あそこを本陣に選ぶはず。そこに仕掛けるなんて愚の骨頂。自殺志願者としか言いようがないね」 「・・・・・・・・・そう、ですか。フフ、やはり、学園の内情は生徒に訊くに限りますね。では、今回の急襲は諦めることにしましょう」 それから貼り付けたような笑みを浮かべる。 「それから、局長からの・・・・」 すーっと視線を屋上に立つ給水塔の方に向けた。 「・・・・誰です?」 「―――チッ」 その裏から長身の女性が姿を現す。 月明かりに照らされたポニーテールに2メートルほどの鉄パイプ。 「あれは熾条一哉の縁者っ!? ―――ローレライっ、」 「言われずともやるよっ」 身を翻し、隣接する大木に乗り移ろうとした女性――時任蔡向け、レイピアを引き抜いたローレライが走り出した。 「間に合わねえよ」 アイスマンがその場を動かず、ポケットに手を入れたまま言う。しかし、その言葉を裏切るかのように大木の枝から蛇が沸いた。 「―――っ!?」 急ストップをかけるが、蔡は蛇の最中に突っ込んでしまう。 「くっ」 ガブリと彼女の首筋に1ぴきの蛇が噛みついた。 「ごめんよ。ボクたちの平和な学園生活のために・・・・死んで」 その隙にローレライがレイピアを突き出す。 「くぅ、ここで殺られたら、愚弟に顔向けできんっ」 ―――カインッ 蛇の中から鉄パイプを突き出し、絶妙なタイミングでレイピアを迎撃した。 「ぅわ!?」 何が起こったのか分からない、という表情でローレライはくるんと一回転するように飛ばされる。 「エリちゃんっ」 蛇を操っていたスネーク・アイズが悲鳴を上げた。 「チィッ、世話が焼ける女だぜっ」 やる気のなさを見せていたアイスマンが神速の踏み込みを見せ、屋上から落下していったローレライを追う。 ―――ズドンッ 下の方で大きな音がした。 「―――とりあえず、無事だぞー」 音の次は無事を告げる声がし、スネーク・アイズは胸に手を当て、ホッと息をつく。 「フフフ、スネーク・アイズ」 「―――っ!?」 ビクーンと彼女の背筋が伸びた。 「彼女、もしかして殺しましたか?」 怯える少女に不気味な笑みを浮かべたままぐったりとした蔡を指差す。 「・・・・眠らせただけ」 プルプルと首を振りながらか細い声での答えにスカーフェイスは一層笑みを深めた。 「ヒッ」 ズザッと同僚が後退るのも気にせず、彼は蔡へと歩き出す。 (フフ、これでひとつ、火種ができますね。それも、最大級のものが・・・・) 己の策略に酔った笑みを浮かべながら蔡に近付く彼は幽鬼のようだった。 |