第六章「炎神の末裔」/ 7
盛況な覇・烽旗祭は外部客を多く招いている。 5年前の学校改革以前でも基本的に誰でも入れるが、町の中心に建っているといっても正門が山の中腹にあった。 またとてつもなく会場が広いので事前にパンフレットなどを貰った者しか訪れないという希有な状況だったのである。 だが、5年前から地元の商店街と提携し、そこで宣伝して貰っている代わりに商店街の人たちの出店も認めていた。 ただでさえ、商業科や工業科のバイトが多く、パイプができているのだ。 もはや、覇・烽旗祭は統世学園だけのものではなく、音川町全体の風物詩となりつつあった。 偉大なる5年前の生徒会長――結城晴輝は武力だけでなく、こういった改革に手を伸ばし、成功してきた。 それは現生徒会長――結城晴海にも受け継がれ、体制の強化及び、完全なる生徒自治を確立しつつある。 その一貫として本番だけでなく、予算の算出、式典の進行、来賓各位への招待状送りと挨拶回りなど、本来、校長以下教師が行う仕事も彼女ら――生徒会が仕切っていた。 その本拠たる生徒会棟は何故かアクリル板に覆われ、完全武装している。しかし、客はまるで文化祭の一部のように見て、笑っていた。 「―――姉貴」 「・・・・晴也? どうしたの? 貴方は今、学園中を逃げ回ってるんじゃないの?」 結城晴海は背後から声をかけてきた弟に振り返らずに答えた。 「もう捕まってる。だから、一応連れてきた」 「そう」 晴也の言葉に晴海の返答はそれだけ。 「おじゃまします、晴海さん」 綾香は軽く頭を下げ、彼女の周りに気配なく佇む者たちを見遣る。 「ああ、彼らは派遣された諸家の術者よ」 「諸家・・・・。それで鬼族と戦うんですか?」 「ううん、基本的に鬼族と戦うことはないわ」 晴海は首を振って窓の外に視線を向けた。 部屋の電気は落とされ、晴海の前の窓以外、暗幕で覆われている。 逆光でただでさえ後ろを向いているために彼女の思惑を知ることはできない。 「とりあえず、情報収集よ。結城の専売特許みたいなものなのに・・・・今回は後手に回ってるから」 【熾条】の問題だと思って手出しはできなかった。しかし、【熾条】が拘わっているとはいえ、鬼族が相手。 それも【熾条】の援軍が来ない以上、【結城】の参戦は必至だ。 「兄貴は?」 「仕事に折り合いつけば来るそうよ」 「ってことは直系勢揃いかよ。すげえな」 当代直系の3人は能力の特徴がバラバラでどれも歴代直系の上位に位置する猛者たちだ。 世代交代して数は減ったが、質が上がっている。 「まあ、兄さんは様子見だから、戦力じゃないわね」 「確かに兄貴が出陣すれば文化祭どころじゃねえもんな」 「ははは〜」と一頻り、冗談ではすまない会話の後、急に晴海が真面目な顔をして訊いてきた。 「それで、今日熾条くんから何か訊いた?」 「いや。とりあえず、文化祭中は派手なことはないだろ。目立てばそれだけ危険なことは分かってるはずだし」 晴也は傍にあったいすに腰掛け、足を組む。 綾香もその隣に座って2人の話を聞く姿勢を作った。 「そうねぇ。でも、一応共同戦線なんだからどういう戦略を立てているのか、教えてくれたらいいのに」 晴海はやや不満そうに呟く。 当代の結城宗家は武闘派で知られるが、晴海はあまり有名ではない。 晴海は集団で行使する大規模な術式の制御に優れる術者で、前線に立つことはない。 それ故か、武功は皆無で名もそれほど知られていない。しかし、現役高校生ながらも宗主の片腕として辣腕を振るっている。 それは統率。 例えば山ひとつに広がった妖魔を駆逐する時、多くの術者が派遣される。 目撃情報や被害箇所の情報を処理し、効率的に術者を送り出す指揮官。そして、大元を叩き潰すための大規模術式の統括官。 晴海はまるで戦艦群の司令官で全艦の主砲一斉射撃権限を持っているようなものだ。 地味な特性だが、攻撃力の低い風術師でも人数がいて、彼女が統率すれば嵐の如き暴力を周囲に見せつけるのだ。 全体の底上げには最も必要な能力ではなかろうか。 だから、彼女が出陣している限り、諸家の術者たちも脅威となる。 「もう、他の諸家の連中は配置についてるのか?」 「一応ね。彼らがここに攻め込んでくるのは明白だから」 何故明白なのか。 それは一哉がここの生徒だとバレているのと、統世学園のセキュリティーの高さだ。 一哉が学生だと分かっても学園からは何の情報も引き出せない。だから、鬼族はここに攻め込み、一哉を足がかりに鹿頭家をつり出すしかないのだ。 「全く、大した戦略家ね」 一哉の戦略はこのようにして戦場の限定化にあった。 音川町を舞台にした遭遇戦では戦闘が長引き、敵軍に援軍が来る可能性がある。また、鹿頭家を長期間隠し通せるわけでもない。だから、短期決戦を選択し、少しでも有利な戦場を選択したのだ。 ―――自らのテリトリーで、しかもいざとなれば心強い友軍がいる、この統世学園を。 「いい迷惑だな。そこいらの妖魔ならともかく、鬼族とは」 「まあ、そこいらの妖魔で手こずるほど弱くないでしょ、熾条は」 綾香はつまらないのか、机に突っ伏すようにしながらやる気のない声で言った。 「そうね、今のところは地道に数減らしをしているようね」 晴海は肩を竦め、窓の外を見る。しかし、彼女の意識は結界に包まれた第3校舎裏に向いていた。 鹿頭朝霞 side 「―――ちょっと、そこのお兄さん」 統世学園中等部の制服を着た少女が3人の男に声をかけた。 それは校内のどこでも見られる光景で別段おかしなことではない。だからか、彼らは何の警戒もなく振り向いた。 「何だ?」 「こっちでイベントやるんです。よかったら来てください」 イベント関係なのか、サングラスをかけた少女はそう言ってプリントを渡す。 「ん、まあ、気が向いたらな」 男たちはプリントを受け取り、眺めながら歩いていった。 「御願いしま〜すっ」 ヒラヒラと笑顔で手を振った少女。しかし、彼らが見えなくなるとサングラスをはぎ取って窓の外へと思い切り投擲した。 「何で私があいつらに愛想振りまかなきゃならないのよッ!」 「お、落ち着いてください、姫」 慌てて朝霞の元に駆け寄って冷静さを取り戻させようとする鹿頭家の者。 「ふー、ふー。―――ああ、もうっ。ホントにまどろっこしいわ。どうしてSearch and killじゃダメなのかしら?」 「姫、倫理観も取り戻しましょうね」 肩にすがりつくようにして宥めてくる。 「分かってるわ。これも鬼族を討つため」 「はい。―――あ、そろそろ時間ですよ」 落ち着いた朝霞を見て安心したのか、彼はほっと息をつき、腕時計を見て時間を確認した。 「ええ。後、気を付けるのよ」 「それはこちらのセリフです」 2人は嗤い合って別れる。 1人は処刑場へ。 もう1人は辺りの警戒へと、同じ野望のために違う戦場へと歩き去った。 第3校舎裏。 そこに、6人の人間が集まっていた。 「―――おい、どうしてお前らがここにいるんだ?」 顔を合わせた6人は口々に同じ内容をお互いに問いかける。そして、同じ返答がなされて首を捻った。 「とりあえず、中入るか?」 彼らの前にはイベントをやるのであろうテントが鎮座している。 人気はないが、あっているはずだ。 「―――どうぞ」 気配のなかったはずの中から無表情の少女が出てきた。 ポツリと紡がれた言葉に彼らは従って中に入る。 少女はそのまま外へと出て行ったようだ。 「暗いな」 彼らは不用心に中のベンチに座る。そして、この頃の緊張感が続く生活の疲れのために緩んだ空気が流れ出した。 「鹿頭はしぶといな」 「まあ、窮鼠猫を噛む、だな」 「四鬼の2人を呼び寄せたそうだぞ」 「まあ、あのホテル襲撃は痛撃だったからなぁ」 ホテル襲撃で8人。 その前の遭遇戦で1人。 合計9人の死者が出ているし、負傷者は2桁を超える。 鹿頭村襲撃も無傷ですまなかったが、死者に関してはすでに超えていた。だからか、その襲撃からずっと厳戒態勢で今日まで続いているのだ。 「疲れたなぁ」 「全くだ」 1人がベンチに深く腰掛けると、残りの5人もそれに続いた。 誰ともなくため息が漏れる。 「早く終わらないかな」 それが彼らの本意だった。 「―――それじゃ、"終わって"くれるかしら」 『―――っ!?』 殺気を孕んだ声に全員が立ち上がる。しかし、時遅く、テントの内外を仕切る暗幕の間から「死の遣い」が転び出た。 ―――ドガアアアアァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!! 中にいるのは6人。 手榴弾の爆風から何人生還して出てくるか分からないが、それを完全に仕留めるのが自分たちの役目だ。 集まっているのは鹿頭戦力4人。 どれも武闘派ですでに時任蔡から合格点を貰っている面々である。 もちろん、彼らを統率するのは当主である鹿頭朝霞だ。 家宝である矛――<嫩草>を手にじっと倒壊したテントを見る様は数週間前とは比べものにならないほど毅然としていた。 恨みを忘れたわけではない。怨嗟は内に封じ込め、今すべきことを考える。 武術の心得が、仇敵を前にしても尚、彼らを冷静にさせていた。 いや、正しく怒りの矛先を指し示しているというかもしれない。 必殺にはどうすればいいのか。それを理解し、実行していた。 「―――気を付けて。全員倒せたわけじゃないから。絶対に生き残りがいる」 朝霞はゆっくりと包囲網を縮める術者に呼びかける。 当然、分かっているだろうが、言葉にするとさらに注意が呼び起こされるのだ。 ―――ドガァンッ! 『―――っ!?』 テントの残骸を粉砕して駆ける人影は3つ。 ひとつは五体満足だが、血塗れ。 残り2つは四肢のどこかが欠け、見るからに満身創痍だ。 「香西っ」 「・・・・っ」 鹿頭一の武闘派。 あの日は出張でいなかった術者だ。 香西が手にした棍で左腕を失った鬼族を対応しにいった。 残りの術者がもう1人を受け止め、朝霞が最後の1人―― 一番の軽傷者と相対する。 「くそっ、罠か」 「そうよ。あなたたちは間抜けに私の演技に引っ掛かったのよ。ホント、無様ね」 侮蔑の言葉とと共に3つの火球が大気を焼きながら彼向けて駆けた。 すでに結界に包まれた校舎裏。 少々の轟音が響こうとも常人は気付かない。 「舐めるなッ」 彼は掌底を正面の火球に叩き込んだ。そして、火球はズドンと言う音の後、消滅。 鬼族はその間をすり抜け、横合いからの火球を躱す。 「やるわねっ」 「―――っ!?」 朝霞も火球を放つだけで止まってはいなかった。 すでに<嫩草>片手に鬼族との距離を詰めている。そして、穂先の射程圏内にその体を置いていた。 「セイッ」 一瞬の迷いもない銀光が跳ね上がるようにし、鬼族の喉を狙う。 「チィッ」 バシッと柄の部分を弾き、辛うじて躱した。 そうして、彼は必殺を躱わされ、無防備になった敵大将に拳を打ち込みにかかる。 「死ねやァッ」 彼の拳は朝霞の頭蓋骨を容易に粉砕する威力と矛を戻す時間を与えぬ速さを持っていた。 「―――残念っ」 ―――カラン 「なっ―――」 矛を"手放し"て仰け反るようにして拳を躱す。 その途中、ヒラリと舞った髪のリボンが千切れ飛んだが、関係なかった。 「―――ッ」 グッと踏み出している左足に力を込め、ぐるんと回転運動に移る。 それは仰け反った時のエネルギーを利用しているため、かなり早かった。 「セァッ」 ―――ドゴンッ 「ぐぅッ」 渾身の右後ろ回し蹴りが鬼族の肝臓の上を打ち抜く。 たたらを踏んで後退した彼は脇腹を押さえながらも剥き出しの殺気をこちらに向けていた。 「―――姫ッ」 「「―――っ!?」」 手が空いたのか、向こう側からの援護射撃。 鬼族は慌てて躱わし、元より躱わす必要のない朝霞は<嫩草>を拾い上げると同時に投擲した。 「―――っ!?」 ほぼ一挙動と言っていいその攻撃は鬼族の腹に深々と突き刺さる。その戦果で止まらず、朝霞はさらに距離を詰めた。 「燃えなさいッ」 ガシッと掴んだ柄から朝霞は<嫩草>全体に命令を発す。 「ギ―――」 鬼族は目を大きく見開き、悲鳴を上げる――― ―――ドォッ!!!!!! ―――前に火柱が辺りを紅蓮に染め上げた。 校舎の壁はその余波を受け、耐火構造も少しは入っているだろうが、真っ黒に焦げてしまう。 辺りの草木は完全に飛び火の被害に遭い、豪快な火事を引き起こした。 このまま放っておけば山火事になってしまうだろう。 それを当事者以外の者も見ていた。 熾条一哉 side 「―――あいつ、やり過ぎだ。限度を知れ、限度を」 一哉は戦場を見下ろし、高まる<火>の感覚に思わず独白する。 「―――いいではありませんの。無事、全員を討ち取ったようですし」 ガサッと草を踏み締める音とカサッと布擦れの音。 「鈴音、か・・・・。どうやってここに来た?」 背後からの声にやや驚いたように一哉は返した。 ここまでは罠が張り巡らされ、容易にここまで来ることはできないし、それ以前に爆音で接近に気付くはずだ。 「簡単ですの。ただ木々を伝ってきただけですの」 「忍者か、お前は」 「そうですの。今更何を、お兄様もこれくらいできるでしょうに」 皮肉に普通に答えながら鈴音は胸を張る。 「まあな」 ―――音もたてずには無理だとは言わない。 「とりあえず、6人、ですか」 隣に並んで眼下の光景を眺める。 端から見ると下々を睥睨する王族兄妹だ。 「ああ。文化祭の間に二桁に達したいが・・・・難しいな。明日は俺もクラス発表だから、バックアップはできないし」 「敵も3人一組で動いていますの。これ以上は限界。他人を巻き込んでしまいますの」 鈴音もかなり場数を踏んでいるようだ。 こういう戦いで一番ややこしいのは周りの被害を考えなければならないことだ。 正面からやり合えば必勝は期待できないものの敵に被害を与えることはできる。しかし、余波で周囲の人間が傷つけば意味がない。 一哉にとってここはホームであると同時に鈴音にとって家名を守るためには絶対に避けねばならないことだ。 「まあ、相手も派手にはできないだろ。結城がいる」 「しかし、長引けば・・・・思いきると言うこともありませんか? 百はいるのですよ。結城の直系がいるとしてもここが一般人に囲まれていることに変わりありませんし、こういう遭遇戦のような状況は・・・・はっきり言って数がかなり影響しますの」 戦力の集中にならないし、どうしても少数で敵に当たらなければならないからだ。 「そうだが・・・・名の威力はなかなかすごいぞ。勝手に敵が萎縮する」 「・・・・・・・・まあ、経験はありますが・・・・姿を見て、一斉にまるで悪魔を見たように引かれるのは・・・・かなり失礼だと思いません?」 「・・・・・・・・・・・・まあ、そこは人それぞれということで」 戦時というのにかなり砕けた空気だ。 それは熾条一族の伝統かもしれないし、単にこの兄妹が似ているだけかもしれない。 どちらにせよ、眼下で死闘が行われていたとは思えない雰囲気のまま2人はそこを後にした。 「これで15人を討ち取った」 一哉は鈴音を連れたまま文化祭の喧噪を歩く。 「これから、力でぶつかり合うことが多くなるな」 「そうですね。ますます難しくなってきますの。・・・・それで?」 かなりの人混みだが、彼らはすいすいと間を縫うようにして進んでいた。 2人とも上に立つ、一勢力を率いる者として充分すぎる器量を持っている。 「う〜ん・・・・・・・・」 言葉が少なくともお互いの考えはある程度は理解できていた。しかし、戦略を考えるのは一哉である。 鈴音にできるのは策を聞くくらいだった。 「―――順調?」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 突然の声に一哉は一瞬硬直したが、声の主を見て脱力し、鈴音は身構えて警戒を顕わにする。 「山神か・・・・」 「まあ、では"雷神"ですの」 「ちょっと、答えなさいよ」 ややいらついたような声の主――綾香が近くの木にもたれるような形で腕組みをして立っていた。 「今のところは、だ。先手は打ったがどう転ぶかは分からないな」 「ふうん。"東洋の慧眼"ともあろう者が、たかが一部族の動向を把握できないのね」 綾香は木から離れ、パンパンとスカートを叩きながら寄ってくる。 「やけに突っかかるな」 「当然でしょ? 最初から援軍を要請してればここまで訳の分からない戦いにならないし―――」 すっと綾香は一哉の耳元に口を寄せ――― 「―――あたしの友達が泣くこともなかったんだから」 ―――バヂッ 「―――ッ」 耳元で弾ける電撃。 「次は杪とタッグ組んで潰すわよ」 完全に本気の声。 退魔界の大半が怯える文句に一哉はただ肩を竦めただけだった。 (泣きながら攻撃されて・・・・お前らの出番はないと思うぞ) 一哉はいつかの地下鉄での瀞を思い出し、思わず身震いする。 最近強気になってきた瀞は戦略には全く口を出さない変わりに私生活に口出していた。 なんだか非日常に共に立ち向かうようになったのに、日常での変化しかないというのはどういうことだろう。 (これが尻に敷かれると言うことか?) 正確には違うが、ニュアンス的に合っている。 「女の方を泣かせたのですの?」 「・・・・とりあえず、懐から何も掴まずに手を出せ。―――山神、文句はあるだろうが、依頼人の立場もあるんでな」 鈴音をなだめすかし、綾香に顔を向けた。 「分かってるわ。ちょっと言ってみただけよ」 くるっと背を向け、綾香は歩き出す。 「ああ、そうそう山神」 「? 何?」 「悪かったな」 一哉は素直に謝った。 苦しい立場に立たせていること。そして、瀞を心配し、いろいろ世話をしてくれたこと。 「・・・・熾条。アンタに素直は似合わないわよ。っていうか、気味悪いわ」 「そう、ですか・・・・」 カラッとした笑みを残し、綾香は今度こそ人混みに消えていく。 「・・・・カッコイイですの」 ズバッと言われた言葉に顔を引き攣らせる一哉の横で、鈴音は毅然とした態度で進む綾香にキラキラした瞳を向けていた。 鹿頭朝霞 side 「―――ふう。―――みんな、大丈夫かしら?」 朝霞は炎術を解き、周囲に呼びかける。 手負いとはいえ、いや手負いだからこそ鬼族は手強かった。しかし、ようやく全員を討ち取ることができ、戦闘に参加した者は自信を得ている。 「俺たちも・・・・戦える・・・・」 そう呟いたのは朝霞と同じ正真正銘生き残りの青年だ。 「そうね・・・・。私も・・・・あの子の仇を少しでも討てたかな・・・・」 そう言ったのは3歳の娘を失った若い母親。 「・・・・まだ先は長い。明日もこの調子で―――」 「―――無理だな」 鼓舞しようとした朝霞の声が不意の声に遮られる。 「・・・・どうして、かしら?」 朝霞は水を差され、不満を表した表情で振り返った。 案の定、そこで一哉が立っている。 どういう訳か、鈴音もその背後に控えていた。 「この戦いで敵は慎重になるはずだ。それに声をかけて来なかった者が手口を仲間に伝えているだろう」 普段ならば戦闘終了後、長居はしない。 近くで結界の発動を感じた者がやってくるかもしれないからだ。だが、結界師の令嬢―――杪の結界は気配というものがひどく希薄でなかなか近くを通っても気取られないという利点があった。 高位結界を惜しげもなく展開できるという技量はさすがというべきか。 「つまりは明日にはこの戦略の対策を考えているはずだ。部隊を展開しないか、逆に罠にかけてくるか。・・・・正直、読み切れないな」 「・・・・・・・・じゃあ、明日は?」 「鹿頭の者は学外で待機。ただし、お前は来い。いい餌になる」 「餌って・・・・どういうことかしら?」 朝霞はあまりの物言いに怒気を噴出させて言い返す。そして、実力行使に出ようと一哉との距離を詰めた。 「ここは結城宗家直系の庭だぞ。面識さえあれば助けてくれるだろ。それに・・・・お前は何故か奇襲にだけは強いから、襲われても援軍が来るまでは生き延びられるだろ」 「む・・・・」 確かに朝霞は奇襲に強い。 何故かと聞かれてもそうなのだから仕方がない。 「あなたはどうするのかしら? また、ひとりで動くの?」 「そうですね。それは私も大変興味がありますの」 クイッと鈴音が兄の袖を引いた。 傍目から見れば兄に甘える妹の構図だが、実際は少しでも一哉――敵の動向を把握しておきたいという狡猾な意思が垣間見えている。 「いや、俺も動かない」 一哉はそんな鈴音の思惑を完全に理解しているはずだった。 それでも彼は隠すことなく答える。 まるで鈴音の思惑など歯牙にもかけていないかのように。 「「・・・・どうしてかしら(ですの)?」」 全く同じタイミングで少女2人は問う。―――言葉の後、2人は嫌悪を剥き出しにして睨み合ったが。 「なに、ただ単に明日はクラスの劇と喫茶店のシフトが入ってるだけ。まるまる文化祭に御奉仕さ」 朝霞と鈴音はそのあまりに平和な答えにまた同じタイミングで肩を落として脱力した。 音川町に戦場を移して行われる鹿頭VS鬼族戦は今のところ、鬼族の損害だけ積み重ねられた状況となっている。 しかし、依然鬼族は強大な戦力を保持しており、幹部級の誰ひとり倒れてはいない。 それに対し、鹿頭側は持てる戦力をほぼ総動員しつつも、鬼族の手足を減らす程度しかない。 数字の上での勝利など、所詮机上での論議と同義。 小競り合い、前哨戦とは互いの士気を高めるもの。 一哉と鬼族首領――隼人が念頭に置いている決戦の日――覇・烽旗祭最終日。 その2日前である初日は互いの戦力がぶつかり合った。 その次の日の戦略として一哉が選んだのは「沈黙」 もしかすれば、明日は嵐――本戦――の前に静けさ、となるかもしれない。 |