第六章「炎神の末裔」/ 6



「―――遂にこの時が来たッ!」

 総大将を横に添え、今まで演劇の監督をしていた少女が声を張り上げる。

「みんな苦しい訓練によく耐えたっ。あたしもがんばったっ。そして、その苦労の成果はこの三日間にかかっているッ!」

『『『オオオッッッ』』』

「あの、苦しかった統一戦争を思い出せっ。我々はあれを乗り越えて今ここいる。勝者も敗者もない俺たちは、ひとつだッ!」

 教室喫茶の責任者の男子も声高らかに宣告した。

「「―――さあ、いざ行かんっ。我らの戦場へッ!」」

『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』』

 全員が鬨の声を上げた時、覇・烽旗祭の開祭式を告げるチャイムが鳴った。

『―――え〜、これより〜、覇・烽旗祭を〜始めま〜すっ』

 間延び、とも言えるような言えないような微妙な口調でスピーカーが喋り出す。

『今回は〜、教師連代表の〜先生が、ことごと〜く、会長の話術に敗北したので〜、学生天国です〜。イエイ、ナイス会長っ』
『―――小村さん、早く進行して』
『あや〜、怒られてしまいました〜。―――では、校長先生とかの挨拶なんてどうでもいいのすっ飛ばして最後の会長のお言葉へ』
『・・・・・・・・・・・・早過ぎよ』
『ささ、ど〜ぞ』

 生徒会長の言葉を無視するようにして促す小村さん。

『全く、急かしたからって、口調も早くなってプログラムも無視するなんて』
『―――そう言って何普通に話そうとしてるのかな、結城晴海生徒会長!?』
『あら、校長先生。まだいらしたの?』
『いるぞ。いつ生徒にこの美声を届けられるかと今か今か待っておるっ』
『あら? 美声は現在進行形で流れています。もう満足でしょ? 老齢は若者に道を譲りなさいな』
『なっ!? 結―――』
『―――パチン』
『な、何だね!? 君たちは!?』
『校長先生。あなたは敗北してるんです。敗残兵は討たれるのが道理ですよね? ―――さっさと放り出しなさい』
『『はいっ』』
『ああ、何をっ!?』
『校長先生―――』
『―――"結城"生徒会長ですよ?』
『ヒィッ。ユウキ、コワイ』
『ふぅ。制圧したわね。それでは―――おはようございます。生徒会長の結城晴海です』

 生徒会長は今までの騒動がなかったことのようにして話し出す。

『本日から三日間、学園は文化祭に入ります。連日の大騒ぎになることは分かっていますから、それを隠そうと無理せず、怪我のないようにして下さい。もししても保険は下りませんから』

 自腹ですよ、と晴海は冗談めかして本当のことを言った。

『かいちょ〜、早〜く、言いましょ〜。皆さん苛立ってますよ?』
『あら、小村さん、分かってないわね。これが「焦らし」というものよ』

―――ズザァーッ

 どの教室からも滑っていく音がする。そして、ツッコミの嵐。だが、生徒会長は素知らぬ――というか絶対に聞こえていない。彼女は完全防音の生徒会棟にいるから――口調で言った。

『まあ、自分が早くと言った手前、早くしないとね。―――最後になるけど、不正委員の皆さん。たいていのことは無礼講で見逃していいわ。職務熱心はいいけど、せっかく盛り上がっているのを水差さないようにね。見逃せないようなら暗部を使うから、あなたたちは一生徒として文化祭を満喫してね♪ 以上、生徒会長、結城晴海』

 最後はいつもの通り締め括るが、これは挨拶なのだろうかと疑問に思うのもいつも通りだった。

『はい〜、かいちょ〜の挨拶ではない挨拶、如何でしたか? 正直、連絡事項みたいですよね〜。でも〜、おかげで連絡事項がお亡くなりになってしまいました〜。よって〜これで〜開祭式は終了させていただき―――うわいっ、会長!?』
『ああ、言い忘れたけど、うちの愚弟は何かするだろうから、みんな生暖かい視線で"見守って"上げてね♪ 今、面白い顔してるだろうけど・・・・。今そこで吐いた言葉は家に帰ればリピートしてもらうわよ、―――晴也

 一瞬、声に般若の顔を乗せて送られた。
 きっと晴也はどこかで背筋を凍らせたに違いない。

『返してくださいッ。―――もう、えーっと、今から1時間後に外来の客入れを行います。そして、今から"表面上"での戦闘行為を禁止します。もし、冷やかしや、営業妨害をする者の排除には"粛正"が当てはまります。これは「戦闘行為」ではありません。みんな、分かりましたかぁ?』

『『『『『『『『『『『『『『『『『ハァ〜イ♪♪♪』』』』』』』』』』』』』』』』

『―――はい。きっと内に邪悪でどす黒いものを孕んだいい笑顔が返ってきてると私は確信してますけど。決して・・・・お客様に気取られてはいけませんよ? もし発覚すれば執行部が消しにかかりますから♪』

『『『『『『『『『『『『『『『『『・・・・・・・ハイ』』』』』』』』』』』』』』』』』

『以上、結城晴海生徒会長によるとっても素敵な開会の挨拶でした♪』

 弓矢とは弦の張力を利用したものである。
 限界まで引き絞られた弦は手を離されるとそのまま矢を遠くへと弾き出す。そして、よく言われる通り、放たれた物は二度と戻らない。
 ならば文化祭という弓弦に限界まで引き絞られていた統世学園生徒はどうなるだろうか。

『『『『『『オオオオオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!』』』』』』

 答えは矢となって弾け飛ぶ。
 始まったら最後、後は終焉まで楽しみ抜けっ。
 お祭り気質の奴らが率い、秩序と常識の間をすり抜ける文化祭。
 第五回、覇・烽旗祭が開祭を告げる、火縄銃再生部の"三段撃ち"、"三段構え"、"釣瓶打ち"、"車撃ち"の射撃音が山だけでなく、町中に響き渡った。






文化祭開幕 scene

「―――いいか。前の襲撃で俺たちの狙いは不正委員側に漏れてる。だけど、姉貴の件で一部隊以外は行動に迷いが出るはずだ」

 リーダーの晴也を中心に第5体育館倉庫内で彼らは最後の作戦会議に入っていた。

「綾香率いる部隊に有志を加えた20〜30人が俺たちの敵だ」
「でも、武闘派揃い。精鋭中の精鋭だろ?」
「ああ。だかしかし、綾香がそんな癖のある奴らを統率できるかに勝負はかかっている」

 晴也は断言する。要は自分の相棒だと。

「他力本願な。俺たち以外に協力組織はいないのか?」
「この前の襲撃で怖じ気づいたんだろうよ。撤退を表明してきた奴らがいやがる。でも、後3つはある」
「戦力は?」
「不正委員の前にはねえも同然だな。そこらのチンピラたちとはタメ張るだろうが」
「なっさけねえ奴ら」

 クリスは頭の後ろで手を組んで跳び箱にもたれかかった。

「―――っと、うおわっ!?」

―――ガラガラガッシャンッ!

「「「何やってるんだよ、お前」」」

 晴也、武史、一哉の冷たい視線を浴び、クリスは散らかした跳び箱の中から苦笑いする。

「いや、はは・・・・」

「―――誰かいるのか!?」

「「「「―――っ!?」」」」

 教師の声。
 4人はいつの間にか身につけたアイコンタクトでお互いの無事を祈り―――散る。

―――ガラッ

「―――ここか!? ―――ってあれ? いない・・・・。おっかしいなぁ」

―――ピシャッ

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ニヤリ)」」」」

 4人は同種の笑みを浮かべ、部屋の四隅から離れた。

「あ〜ぶなかったぁ」

 クリスは壁に付いていた手を振りながら言う。
 今まで彼らは忍者のように壁に手を突き、天井近くに待機していたのだ。

「100%お前のせいでだけどな」

 武史がペシッとクリスの頭を叩く。

「イテッ。おいこら有段者。素人殴ったらダメなんだぞ」
「避雷針は雷受けるためにあるんだぞ」

「―――それで?」
「あ?」

 一哉は彼らのやりとりを横目で見つつ、晴也に問いかけた。

「頼んでいた件」
「ああ、あの虫が良すぎる話か。お前な、俺が友人じゃなけりゃ今回限りで縁切ってるぞ」
「大丈夫大丈夫」

 一哉は余裕の態度を崩さない。

「くそっ。俺が要求を呑まざる得なくて関係を切らないと分かってるから好き勝手しやがって」

 こそこそと文句を言ってきた。
 利用されたのが気にくわないらしい。

「仕方ないだろ? 俺がここの生徒ってバレたんだから」
「わざとだろ?」
「さあな?」

 しれっと答える一哉にため息をつき、晴也は結城の対応策を言う。

「一応、姉貴と兄貴に通してある。兄貴はこれ幸いとばかりに『仕事』と称してここに乗り込んでくる・・・・つもりらしい」
「伝説の生徒会長が?」
「・・・・ただの愉快犯だ」
「晴也とどこが違う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とにかく、俺たちは俺たちで考えてる。そっちも熾条がいるなら勝手に動け。情報交換だけは忘れるなよ」

 晴也にはこれまでの経緯を全て話してある。だから、鈴音がいることも知っているし、杪が参戦していることも知っている。

「さすがに文化祭中は仕掛けてこないだろ。奴らはこの学園にお前たちがいることを知っているからな」
「テメェ、まさかそのためにここの生徒だとバラしたのか?」

 さあな、と再び誤魔化し、一哉は話を変えた。

「そうそう。お前山神と文化祭回れば?」
「はあ!? 冗談じゃない。俺には文化祭を盛り上げる使命がある」

 晴也は眉を顰める。

「あそ? まあ、心の片隅にでも書き留めとけ」

 大した執着を見せず、一哉は体育館倉庫の扉を開けた。

「げっ」
「「「?」」」

 一哉の苦言に3人は揃って扉の外を見る。そして、同じように顔を引き攣らせた。

「ふふ♪ 見つけたわよ、悪の枢軸」

―――ジャラリ

 大鎌の柄の先についた鎖を弄ぶ。
 その後ろに30人前後の武装集団を率い、彼女は戦乙女のように綺麗に笑った。

「大人しくお縄についてくれる?」
「「「「いや、それ鎖」」」」
「些細なことよ。逃げ道ないんだから抵抗は止めなさい」

 ジリジリと間合いを詰める綾香。
 出口を封じられ、一党は絶体絶命の危機に陥った。

「ふっ、甘いな。こんな不利な状況を読めずしてこの計画をたてれるかっ」
「負け惜しみはここまでにしなさ―――きゃっ!?」

 一歩、倉庫に踏み込んだ綾香が妙に可愛らしい悲鳴を上げる。
 それは積んであった跳び箱が急に綾香方面に崩れてきたからだ。

「今だ。武史っ」
「おうっ」

 武史は背後の壁にもたれかかる。
 すると忍者屋敷に必ずある回転扉が起動した。

―――クルクル、パタ

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?』』』

「待避。全員逃げろッ」

 晴也は先鋒として武史が見事に脱出したのを見届け、指示を出す。
 跳び箱は不正委員の進路を塞ぐように散乱し、彼らはこちらに来られない。

「逃がすかッ!」

―――ドガァッ!

 綾香がしっかり大地を踏み締めて大鎌を振るった。
 刃が鋭い輝線を描いて跳び箱を寸断する。

「うえっ!? なんつー切れ味ッ!?」

 クリスは大鎌で跳び箱を粉砕し、その瓦礫を次の一撃を以て除去した不正委員会のエースの勇姿に畏怖した。

「逃げろッ! 今じゃ勝てないッ! 今日は逃げ切るぞッ!」

 晴也の指揮の下、全員が方々に散る。
 それは普通なら撹乱効果があるのだが、すでに読んでいた綾香以下不正委員たちは自分たちが担当する者を追いかけ、何の混乱も生じなかった。

「やけに統率執れてるな、綾香ッ」
「当然。みんなあたしの実力を認めてくれたのよッ!」

 晴也の脇を鎖が通過する。

「チッ。闘将に軍師や侍大将がつけば士気は有頂天を衝く。マズイな」

 何しろ今綾香に従っているのは知能派で鳴らす者や罠を張るので有名な者が揃っている。
 つまりは勇将数多の群雄集団なのだ。
 彼らを相手にして戦えるのは晴也一党の本隊でしかあり得ない。
 少数にて最強。
 これが今の敵だ。

「くそっ、だから準備期間の途中から手足潰しに従事しやがったのかっ」

 もはや狩るのは晴也本隊のみ。
 今、晴也は大阪夏の陣で大阪方の武将たちが思った「外堀を埋める」という出来事を実体験で語ることができる。

「ふふ、さすが知能派ね。確かに本戦で暗躍する奴しか残さなければいつでも見つけられるし・・・・集中できる」

(・・・・一哉、これを読んでたな?)

 一哉の先読み、というか戦略を練る以上考えられることを列挙する能力には晴也は遠く及ばない。
 可能性に優先順位を付け、それに対する対策は完全に行う。
 戦闘能力は熾条の直系だから申し分ないが、いざ分家を率い、妖魔と戦うならば彼は自分が手を下さずにも強大な敵を討ち取ってしまいそうで怖い。
 特に今の状況。
 分家よりも劣る諸家を率い、宗家でも雌雄を決せずにいた鬼族と戦い、痛撃を与えているのだ。

(まあいいか。とりあえずこの場を凌げるならば―――)

「―――綾香」
「何? 観念した?」

 晴也は校舎を背に綾香に振り返る。
 綾香の後ろには遅れて数人の不正委員が集った。
 誰もが腕利きの武芸者だ。

「文化祭、一緒に回ろう?」
「はい?」

 晴也の発言に綾香は目を見開く。
 ガシャンという大鎖鎌が落ちる音が両者の間に鈍く響いた。



「―――みんな、ありがとねッ!」

 舞台の女性はマイクを持った手を高々と掲げて観客の声援に応える。
 それは完全にライブの光景であり、彼女はアマチュアながらかなりのレベルだったと伺えた。

「―――ねえ、一哉?」

 瀞は無事、不正委員を撒き、怪しく隠れていた一哉をここ――第二体育館に連れ込んでいた。
 今、ここで行われているのは―――

「ここって演劇部の講演会場だよね?」
「その、はずだぞ」

 2人はまっすぐ舞台の上でアンコールを受ける"演劇部部長"を見る。
 輝かしいスポットライトを浴び、両腕を観客に振っていた。しかし、すぐに表情を引き締めると再びその美声を体育館に響かせる。

「残念だけど、これで前座は終わり。本番――『オペラ座の怪人(改3)』で楽しんでいってよっ」

―――ズル(×2)

 一哉と瀞は仲良く座席の上で滑った。



「―――武史」
「何だ、クリス」

 2人は背中合わせで会話していた。

「マズくねえ?」
「かなり。奴ら精鋭だぞ。俺でも複数は相手したくねー」
「おいおい。学年十指に入るとされるお前でもか?」

 ぐるりとクリスは首を巡らせて武闘派の顔を見遣る。

「マンモスも大勢のヒトに狩られるのさ」
「訳分かんねえよ」
「悪い。俺も分からねえ」

 2人はマズイ状況なのに頭脳派がいないので困り果てていた。

「―――観念しろ」

 2人の前後にはお互いを追ってきた不正委員たちがいる。
 因みにここは校舎の廊下なので、たくさんの生徒たちがいるが、追われている2人を見て、日常茶飯事として意に介していない。
 ただ、一般客はややアトラクションかと思ってワクワクして見ていた。

「村上、来栖川。お前たちはやり過ぎだ。多くの部活を引き込み、あんなことを企むなんてな」

 ズイっと図体のでかい竹刀を持った男が前に出る。
 身長は180センチ半ば。
 武史よりやや高い身長だ。しかし、腕の太さや胸板の厚さは段違い。
 間違いなく武闘派。
 それも闘将の域に達する猛者だ。

「引き込んだのは晴也。それを個々の裁量に任せて仕事を割り振ったのが一哉。俺は造反因子を粛正しただけだ」
「あれ? 俺何もやってねえ?」

 クリスは首を傾げた。
 金髪がさらりと流れてキラリと輝く。
 金髪碧眼の一見外国人のクリスに部外者は少し珍しそうにしていた。
 遠くから「留学生かしら」という声がし、クリスは女の声だったので敵中にも拘わらずにに手を振っている。
 すでに先程の発言を忘れているようだ。

「来栖川、貴様には幾人もの討伐隊が道を阻まれた。さしずめ、殿のエキスパートか?」
「あ、それがあった。・・・・ってあれは偶然―――」
「ならば天性か!? むぅ、ここで亡き者にして今後の戦闘に支障がないようにしてやるっ」

 ぐわっと示現流の構えを取る男子生徒。

「うげっ、冗談じゃねえぜっ。俺は逃げるッ」
「おい、そっちは!?」

 クリスは扉向けて走り出す。だが、何故か武史の慌てた声をその背を追った。
 それはドアの隣に―――

―――TRICK ART

 とあったからだ。

「―――はっはっ! 俺は逃げ切るぜェェッッ!!」

 クリスの手がしっかりとドアノブを掴む。

「ああ〜」

 誰もが扉は開かずに無様に壁に激突するクリスを予想しただろう。しかし―――

―――ガチャリ

『『『―――エ゙ッ!?』』』

「あら?」

 扉は開き、その向こうに透き通るような秋空が広がっていた。そして、彼の眼下には中庭を使って屋台を営む空間が―――

「―――オオ!? うわあああああああああああっっっっっっ!?!?!?!?!?!?」

「く、クリス!? ―――くぅ、お前のことは忘れない」

 武史は空の向こうに消えた戦友を早々見捨て、反対方向に走り出す。しかし、不正委員は先程のショックから立ち直るとすぐに「TRICK ART」の責任者を呼んだ。

「―――どういうつもりだ!?」
「えへ♪ 自信作ッス。トリックアート展でありきたりな『開かないドア』を開けてみました。実際、生徒ならひっかっからないでしょ? ここが廊下の壁だって知ってるし。一般客はちゃんとガイドのついた回覧制ッス。最後に『開かないと思うでしょ? でも、―――ガチャリ 開いちゃうんですよ♪』っていうオチを用意してるッス。廊下にドア。・・・・カンペキッス♪ ほら、何の問題もないッスね」
「「「壁にドア作ること自体が問題だッ!」」」
「うわわっ」

 責任者は胸ぐらを掴まれて揺さ振られる。

「第一、今人1人落ちたんだよッ!」
「うえ!? あ〜、でも、ここ2階ッスから死にゃしないッス」
「外部からの客がいるだろッ!」

 打てば響くように返された返答に責任者は声をつまらせ―――

「だ、大丈夫ッス。・・・・・・・・たぶん」

 自信なさげに目を逸らす責任者。

「だあぁッ! テメェ、まさかモグリじゃねえだろうな!?」
「違うッス。正真正銘生徒会長の許可を採ってるッスよッ!」

 武史、クリス逃走後、彼らの間で一悶着が起きていた。



「―――政くん、あれ買って下さい」
「おう、どれどれ? ―――って自分で買えよっ」

 少女の指差す方を見て、ハッと我に返る少年。

「え〜」
「『え〜』って金持ちのくせに」

 少年は不満そうに頬を膨らませた少女に突っ込む。

「でも、こういうところでは奢って貰うのがおいしいと思います」
「金持ちを否定しないならむしろ―――俺に奢れ」

 非常に甲斐性なしな発言が飛び出した。しかし、それは予定調和なのか、なにやら会話を楽しみながら2人は歩く。
 2人――特に少女だが――は人目を引く容姿をしているのでかなりの注目を浴びていた。だが、2人は慣れているのか全く気にしたような態度は見せない。それ故にさらなる注目を集め、結果的に一部始終を周りは目撃した。

「―――心優、危ないっ」
「わっ」

 少年は少女を声と共に腕を掴んで自分のように引き寄せる。

「―――しつこいっ」
「お前が相手なら地の果てまで追いかけてやるっ」
「それって永遠ってことだよな!?」
「当たり前だっ。地球は丸いんだからなッ!」
「こんの、ストーカーッ!」
「盗撮はしてねえッ!」
「そういう問題じゃねえッ!」
「この、文化祭をメチャクチャにしたいのか!?」
「現在進行形で実行中だッ」
「日本語おかしいぞッ!?」
「ツッコミそこ!?」

 ドドド、と少女が先程までいた場所を数人の人間が奇妙なことを叫びながら通り過ぎていった。

「さ、さすが統世学園・・・・」

 間一髪だった。
 彼らは騒いでいたとはいえ、今は文化祭の渦中だ。
 曲がり角から来たのでは気付きにくいだろう。
 もし少年が鋭敏に察しなければ少女は無惨にも跳ね飛ばされていたはずだ。

「うう〜」

 うまく避けたはずなのに少女からは不満の声が上がった。
 懐の少女はやや赤くなった鼻を押さえ、涙目で唸っている。
 どうやら咄嗟に引き寄せたために少年の胸に思い切り鼻をぶつけてしまったようだ。
 少年はそんな少女を気遣う言葉を口にしようとする。
 そんな時―――

「―――うわああああああああああああッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?」

『『『―――あ』』』

 突然に悲鳴。
 周りの人間はその原因を見留めて驚いた思わず声を漏らす。そして、少女は慌てて少年に先程鋭敏な動きを見せたけれども一応注意をしようとし―――

「ま、政く―――」
「大丈夫か、み―――ユ゙ッ!?」

―――ズシャッ

 少年は何故か上から落ちてきた統世学園生徒に潰された。
 その生徒は金髪碧眼の少年ですぐに起き上がる。そして、上を見上げて叫んだ。

「くっそ。また引っ掛かった。巧妙すぎだぞ、トリックアートッ!」

 叫び終わると下敷きにしている少年など目もくれず、彼は自分の名を呼んで走ってくる人とは逆方向へと駆け出す。
 そのまま落下の後遺症を全く見せずに周囲の視界から消えた。

「政くん政くん」

 ツンツンと地面に突っ伏したままの少年を突き、少女はしゃがみ込んで言う。

「わたし、『みゆ゙』みたいな変な名前じゃないです」
「・・・・命の恩人に向かって言うこと、それ?」

 少年は身を挺して少女を守ったのだ。―――故意、又は偶然を以てして。

「ん〜。・・・・政くんって鋭いんだか鈍いんだか分からないですよね」
「・・・・グフッ」
「ま、政くんッ!?」
「ハーッハッ。お嬢さんッ」

 いつの間にか逃走した先程の男子生徒が少女の隣にいた。

「たかが2階から落ちてきた者の下敷きになったくらいで失神するような男など放っておいてオレと一緒に―――」
「政くんの悪口言わないで下さいッ」
「ぐぼぉっ」

 少女の掌底が男子生徒の鳩尾にめり込む。

―――ドシャ、ゴロゴロゴロ

 男子生徒は数メートルの滑空を体験し、さらに数メートル地面を転がり、動かなくなった。
 こうして、初日の「表」は過ぎて行く。










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