第六章「炎神の末裔」/ 5



 "東洋の慧眼"
 それは熾条一哉が中東で与えられた異名である。
 敵の作戦、戦略を完全に読み、それを成功する寸前で挫くのが戦術の特徴だった。
 その第三者から見た特徴は中世薩摩戦術――島津家の十八番・"釣り野伏せ"によく似ている。だが、その奇抜さや抜け目のなさから、強大な島津家とは違った戦国大名の特徴が窺えた。
 安土桃山時代に上田・小諸・沼田を領し、「東海一の弓取り」・徳川家康や「関東の雄」・北条一族を翻弄し続けた日本で最も有名な小大名――真田昌幸の戦術に酷似するところもある。
 そして、今回は『危険なのは外へ出た斥候部隊だけ』という意識を逆手に取った奇襲作戦だ。
 少数精鋭での電撃作戦。
 一哉の反撃は鬼族の対応まで完全に読んでいた。
 斥候を多く出す=詰め所としている潜伏先は手薄。
 "わざと"逃がした鬼族につけた発信器や盗聴器によって知れた滞在先とその場所の数。
 出陣した経路、その他諸々の詰め所に運び込まれた情報を手中に収めて展開される戦略は緻密にして大胆。
 鍛錬で戦えない鹿頭の士気を下げないための戦でもあり、本戦に備えた前哨戦。
 何より勝つためには必須の敵戦力削減を念頭に入れた理路整然とした作戦に、参加する者たちは口を挟むことができなかった。―――ただ不満を抱かなかったわけではない。



「―――どーして私は裏口で待機かしら・・・・?」

 朝霞は待機場所に移動してから開口一番そう言った。
 この場には鹿頭の全戦力が集結している。
 その指揮を任された朝霞は不満を表す表情でコツコツと壁を蹴っていた。

「・・・・・・・・・・・・矛の弱点」

 ふて腐れた気配を背負う朝霞に声をかけたのは香西仁だ。
 いつもの法衣姿に数珠、錫杖を持っている。

「・・・・やっぱり、それかしら」

 この作戦はホテル急襲である。
 つまりは室内戦なのだ。
 狭い廊下など自由の利かない場所での戦いでは朝霞の<嫩草>――長物は使いにくい。
 ただでさえ、個人戦闘力が劣っているというのに自ら不利な戦場を選ぶのは馬鹿らしい。

「分かってはいるのだけれど・・・・先陣に第一人者がいないなんて・・・・」

 ホテルに向かっているのは一哉以下4名だ。
 誰ひとりとして鹿頭の面々は参加していない。

「よりによって・・・・どうしてあの女が・・・・っ」

―――ゴスッ

 靴先が壁に刺さった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 香西は何も言わず、その建物に向かって合掌する。

「もうっ、何考えてるのかしらっ」

 朝霞は自分が先陣から外され、鈴音がそのメンバーに入っていることにひどくご立腹だった。

「でも、姫。ここもけっこう大事なところじゃないっすか?」

 ピッと手を上げ、ひとりが発言する。

「ほら、先陣は巣から燻り出すための火付け役で、俺たちがその獲物を狩る係」

 確かにここに配置されたわけは逃げる鬼族の掃討だ。だが、そんなおいしい役目ではないはず。
 一哉がここに配置したわけはおそらく、鹿頭家の者に手負いでもいいから鬼族を討たせることにある、と朝霞は考えていた。
 鬼族は奇襲されたからってそう簡単に退く相手ではない。
 ホテル内で激戦が繰り広げられ、敗北した生き残りがここを通るのだ。
 つまり、傷を負って戦闘力が激減した者を討たせることにより、鹿頭の鬱憤を発散させようというのだ。

(・・・・まあ、理にかなってるからこう従ってるのだけど・・・・)

 でも、やはり感情がうまく制御できない。

「う〜、うぅ〜、う〜〜〜っ」

―――ガスゴスゲシドシュッ

 残像を引く蹴りは容赦なく壁のコンクリを破壊していった。

「・・・・始まった」

 香西は最高峰の結界師が紡ぐ結界に包まれた空を見上げる。
 その先で轟音と閃光と共に窓ガラスが爆ぜた。






熾条一哉 side

 午前2時。
 寝静まったホテルのロビーに一哉以下、鈴音・瀞・杪が集結していた。

「―――気をつけてね」

 瀞は暗闇で目立たない方に移動しながら言う。
 その後ろには杪もいた。

「ああ。しっかり写真に収めてくれよ」
「うん、任せて」

 デジカメを構えて笑って見せた。しかし、その頬はやや引き攣っている。

「無理するなよ」

 ポン、とちょうどいい位置にある瀞の頭に手を乗せた。
 サラサラとした髪の感触が気持ちいい。

「うん。そっちもね・・・・。怪我、しないようにね」
「それは無理」

 即答。
 ピシッと瀞は凍り付いた。

「少しは気を付けるとか言えないですの?」

 端から見ていた鈴音がため息をつく。

「だから、無理だって。お前もその着物、ズタズタになるかもよ?」
「指一本触れさせませんの」

 間髪入れずに返した鈴音。
 その視線に乗せた敵愾心は鬼族ではなく一哉に向いていた。

「?」

 恨まれるような覚えはないので一哉は首を傾げる。

「では、行きましょう?」

 鈴音は袂から鉄扇を取り出し、一哉を促した。そして、杪に言う。

「結界師のご令嬢のお力、しかと拝見致しますの」

 一家を担う者として言わずにはいられない皮肉を言って出陣した。

「お〜い、待て待て。まだ仕掛けが終わってない」

 カクッと鈴音の下半身が崩れ、左肩が下がった体勢になる。
 きっとかっこよく決めたのに水を差され、脱力したのだろう。

「何があるですの? 敵の居場所が分かり、戦力が展開しているというのに」

 ジトッとした視線を向けるが、一哉はすでに鈴音を見てはいなかった。
 彼は消灯され、不在になったフロントを見ている。

「むっ」

 無視された形となり、鈴音は頬を膨らませた。

「とりあえず、鍵を手に入れて・・・・エレベータに仕掛けする。その間に委員長に結界の最終調整をしてもらう」
「な、何てまどろっこしいですの・・・・」

 ガクッと両肩を落とし、何となくめんどくさそうにする。

「馬鹿か。戦力が足らないからいろいろ頭使うんだよ。炎術が派手だからって人間が考えた偉大な戦略を無視するな」
「・・・・それが・・・・お父様の教え、ですか?」
「ああ。奴は利用できる者は何でも利用し、考え得る範囲のことは全てした。一度、変な武装集団と戦いになりそうだった時は伏兵と心理作戦で総力戦にすらならずに壊滅させた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「中には戦車も混じってたんだぞ」

 それはすでに武装集団ではない。

「大は小を兼ねる。真理だが、それは知恵のない者同士のことだ。どの世界でもそんな真理だと織田信長は一五六〇年に消えてるぞ」

 正面から戦えば負ける。だから、奇襲や奇策など駆使して何とか自軍に勝利を呼び込もうとする。
 両軍とも使うが、寡兵の方がそれは必死になるだろう。

「私が教わったのは炎術を筆頭にした熾条流戦闘術や戦闘指揮能力。つまりは"戦術"。そして、お兄様が教わったのは戦局を左右する"戦略"、ですか・・・・。―――はっ、最初から勝負になりませんの
「あ? 何か言ったか?」
「・・・・いえ」

 どこか力なく答える鈴音。

「戦闘が始まってエレベーターに異変が起これば非常階段か、普通の階段を使って逃げるんだぞ」
「・・・・ええ。不利な状況では戦いませんの」

 そう言って今度こそ鈴音は歩き出す。

「お〜い、だから準備があるんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



―――ポーン

 軽い機械音を発してエレベーターが7階に着く。そして、エレベーターホールの床に杪から貰った呪符を貼り付けた。
 廊下の電気は最低限に抑えられ、先を見通すことすら困難だ。
 それに廊下の狭さはどこか追い詰められたような雰囲気を醸し出し、精神に攻撃を仕掛ける。

「―――いいか、手筈通りだぞ。そうすれば2、3人は倒せる。部屋の間取りからして3人がひとつの部屋にいる。鬼族はこの階では6部屋借りてるから最大で18人。上の部屋の2部屋6人は哨戒中だ」

 ベッド2つにソファーベッドひとつの計算だ。

「ええ。成功すれば敵戦力の3割を削減できるというわけですのね?」
「ああ。後は音を聞きつけ廊下に出てくる奴と狭い廊下で戦うだけだ」
「数の多い鬼族は右往左往するでしょうね」

 2人は息があった歩調で音もなく廊下を歩いた。そして、一哉が手前の、鈴音が一番奥の扉の前で止まる。
 廊下での戦いは挟撃しようというものだ。
 懐からカードキーを取り出し、部屋の番号と一致しているか確認した。また、間違いないことを双方が認識する。

「―――じゃあ、行くぞ」
「ええ」

 午前2時23分。
 昨日、両陣営初の死者が出た戦いから数時間後、死傷者を多く出すだろう奇襲戦が幕開けた。

―――コンコン×2

「「―――失礼します。ルームサービスです(の)」」

 完全に鈴音と声が重なる。
 2人にこんな時間に鬼族が起きているのか、という疑問はない。
 何故なら昨日に仲間が討たれたのだ。
 鹿頭を滅ぼすのに数十年の探索をしていた鬼族が今、落ち着いて眠りについているわけがない。
 きっとすぐに戦わせてもらえない鬱憤が蓄積し、疲労と眠気も同等に散り積もっているだろう。
 だから、身に覚えのないルームサービスに確認もせず、警戒もせず、ドアを開けてしまった。―――そう、開けてしまったのだ。

「―――おい、身に覚えが―――」
「あ゙」

 一哉は出てきた鬼族の胸にナイフを突き立てる。そして、その肩越しから「とある物」を部屋内に投げ入れた。

「"爆音と死"をお届けしました」

 トン、と訳も分からず絶命した鬼族を押しやってドアを閉める。また、一哉は投げ入れた同じ物を隣の部屋のドアの前に転がして全速力でそこから待避した。

―――ドオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!!!!!!!(×2)

 部屋の中で爆音が轟く。
 おそらくインテリアから全ての物が破壊され、中にいた"人間"はひとたまりもなかっただろう。
 それは鈴音が担当した部屋でも同じこと。

「―――何があった!?」

 数秒。
 わずかそれだけで残りの4部屋の鬼族が出てきた。
 一哉たちが作戦を始め、爆音を機に結界が発動したのだから鬼族化している。

(さようなら)

 一哉は心の中で十字を切る。そして、自分の前に何人も通さぬ炎の壁を展開させた

―――ドォォォォォォッッッッッッン!!!!!!!!!!!!!!!!!

 緋色の視界の中、一哉は確かに見た。
 扉の前に置かれていた手榴弾が爆発し、数人の人影がその爆風に巻き込まれたことを。
 同時に数え切れない破片がこちらまで届いたが、全て炎の壁に阻まれた。

「―――なっ!?」

 何故か驚きの声は鬼族化した敵の向こうから聞こえた。

「あ、悪い。これは事前に言ってなかったな」

 ポンと手を打ち合わせて謝る。

「絶対わざとですのッ!」

 ゴンッ、とおそらく炎の拳が壁に叩きつけられたのだろう。
 すごい音がしたが、一哉は気にしなかった。

「まあ、無事だったからいいだろ?」
「よくないですのッ!」

 鬼族の合間から怒れる瞳が見え、一哉はニヤリと笑う。
 これで完全に鬼族を邪魔者として扱うだろう。
 少し前まで、鈴音は鬼族のことを「討たねばならない旧敵」と見ていた。
 これでは柔軟な姿勢をモットーとした熾条流戦闘術が発揮されない。
 鈴音が崩れればその分敵の損害は軽微だ。
 ここでは少なくとも敵の半数以上には死傷して貰わなければならない。

「この、お前らいったい―――」

 向こう側で肉を裂く音がした。
 打ち込まれた棒手裏剣は赤い光を発し、それが目印だとばかりに鈴音が鉄扇――<星火燎原>を広げて斬りかかる。
 おかげで敵は訳が分からず、いきなり乱戦に持ち込まれた。
 鈴音は大きな鉄扇を片手で操り、もう片手は縦横無尽に動き回る。
 袂に手を入れ、棒手裏剣を放ち、敵に押し付け"気"を解放した。
 さらには直接炎術を起動させたりもする。
 鈴音側の戦場では轟音と閃光に隠れるようにして様々な武器が繰り出され、鬼族たちは翻弄され、傷つき、反抗できないまま下がり始めた。
 彼女は数人の鬼族を狭隘の地の利を生かし、有利に戦いを展開している。

 対する一哉側は未だ槍合わせせず押される鬼族を見ていた。
 一哉と対面している鬼族も未だ手榴弾の効果やその一哉が取る居合の構えに踏み込めずにいる。
 両者の距離は5メートルほど。しかし、鬼族側からすれば犠牲を覚悟しなければ崩せぬ膠着状態だった。
 すでに一哉と鈴音が奇襲した二部屋―― 一哉の見込み通り3人だったようだ――は完全に沈黙している。
 戦いが始まって2分。
 それで参戦の気配がないならば死亡したか、動けぬほどの怪我を負ったかのどちらかだろう。
 よって――― 一哉は動く。

「時間がないんで手短に頼む」

 一哉は炎術を起動させない。
 鈴音のように緻密な制御ができるわけがなかった。
 屋内、しかも、狭い廊下で全く建物にダメージを与えずに戦うなど天才の域だ。
 普通は余波などでダメージが蓄積し、崩壊する恐れがあるために使用しない。

(まあ、俺は剣術で充分)

 鬼族は大柄なので自分たち以上にこの地は戦いにくい。
 それも横への移動ができない分、ダメージは免れないし、四肢と日本刀ではリーチが違う。
 圧倒的に寄せ手側に有利な布陣だ。

「うおぉっ!」

 一哉の挑発にようやく覚悟を決めたか、玉砕覚悟の一人目が襲いかかってきた。
 鬼族の身体能力は術者に匹敵するか、凌駕する。
 今の彼は完全に術者を凌駕していた。しかし、それでも5メートルの距離と攻撃までの時間が長すぎた。

「"総条夢幻流"・砲」

 まさに突貫しようとしていた鬼族は正面から"気"の奔流に巻き込まれ、錐揉みするように回転しながら自陣まで送り返された。
 それだけではなく、かなりの衝撃を以て味方を押し倒す。

「「「うわあああっっ!?!?」」

 一哉に向き合っている鬼族は5人――心の中でABCDEと命名――だ。
 その内1人は先程でダメージを被っていてすぐに回復できないし、彼が邪魔で他の者も前線に立てない。

「せいっ」

 それを見越して一哉はさらに踏み込んで手近の鬼族Aを袈裟斬りに斬りつけた。
 かなりの深手になり、左肩から胸に至る。
 つまりは心臓に至る傷は鮮血を大量に撒き散らし、一哉の体を染め上げた。

「チッ」

 一哉から後悔とわずかな焦燥を含んだ声が漏れる。
 思ったよりも筋肉が厚く、<颯武>が死体から抜けなくなったのだ。
 刀身は鳩尾辺りで止まっている。
 日本刀の切れ味であれば充分にあることだが、一哉は持ち前の"気"でどんな者も斬り裂いてきた。だから、初めての経験に少々戸惑う。

「うらぁっ」

 仲間の死に敵討ちに燃える鬼族Bは横合いから一哉を捕らえようとした。
 やや固まっていた一哉は反応が遅れ、躱すも腕に掠めた。しかも、右腕。

「痛ッ」

 血の筋が暗闇に飛び、鈴音の起こした閃光に浮かび上がる。
 一哉は柄から右手だけ離した状態で左手は未だに柄を掴んでいる。
 それを利用し、左手一本で鬼族Aの巨体を右方面へと振り回した。さらに右足を軸にした左回し蹴りが死体の胴にめり込み、刀が抜けるのと同時にもう1人の鬼族Bを壁に押し付ける。
 そのまま死体を通して串刺そうとするが、視界の端に動きを見せる鬼族C。
 それを警戒して一哉は一度後退しようとするが、その頬を黒い影が掠った。

「うお!? こら、掠ったぞ!?」

 一哉はヌルリと暖かい液体が頬を伝うのを感じ、向こうに声をかける。

「流れ弾くらいでごちゃごちゃ言わないで欲しいですの。今私はとても集中していて精神が張り詰めていますの。暴発すればこのホテルは3階分消え失せますことよ」

 集中してる割にはやけに流暢で淀みない声が返った。だが、その内容は触れれば斬れるというほど鋭いものだった。
 鈴音は一哉を戦略家と認めている。しかし、彼女は戦闘力では決して負けていないと自負していた。
 熾条流戦闘術を完璧に会得し、彼女の他には宗主世代しか使えぬ術式。
 さらには彼女自身が改良を加え、習得した奥義もある。
 だから、鈴音は兵法者としてはかなりのものだと思っていた。しかも、刀を敵の体に挟み込むなどの愚行を行う奴が自分に勝てるはずもない。
 未だ鈴音は誰も討ち取ってはいないが、等しくダメージを与えていた。
 今は上半身に攻撃を集中しているが、機を見て下半身を。そして、動きが鈍ればトドメを刺しに行くという三段重ねの戦法を採っている。

「せあっ」
「ぐぅっ」

 棒手裏剣が鬼族Fの脇腹に突き立つ。

―――何故、一哉たちの武器は銃弾をも耐え切る鬼族の皮膚を貫き、中の肉に損傷を与えるのか。
 それは一哉たち――精霊術師が持つ"気"に起因している。
 己の武器にそれを纏わせ、威力を向上させているのだ。
 それは直接肌を触れているからできる芸当で威力は血筋が物を言う。
 鈴音の戦いは敵に自分の正確な位置を悟らせないということに念頭を置いた忍び戦術。
 陰行術は熾条のお家芸である。

 そのまま数分。
 一哉と鈴音が1人ずつ討ち取り、2人が血溜まりの中、這い回っている。
 鬼族の損害は10人を超え、総勢18人の鬼族は壊滅の憂き目に合っていた。だが、奇襲側も無傷で済むはずがなく、所々に傷を負い、少々血が滴り落ちる患部もある。
 その熾烈な消耗戦に終止符を打ったのはエレベーターの駆動音だった。

「―――援軍だ! 遂に援軍が到着したぞっ」

 鬼族Eが残った味方を鼓舞する。

(くっ、存外早い。さては向かいのホテルにいたなっ!?)

 一哉はチラリと鈴音に視線を送った。
 それに鈴音は頷き、戦いながら炎術を起動させる。しかし―――

「あ!?」

 さっと鈴音の横を通り過ぎ、6人の鬼族が怪我をした腕や腹を押さえながらその奥の非常階段に消えた。
 鈴音は予想外のことにしばし呆然とし、追撃の一撃を加えることができない。

「くっ」

 やっと動いた体で鈴音は追おうとするが、未だ一哉との間に残る2人の鬼族を警戒して追えなかった。しかし、鬼族の意識は明らかに一哉に向いていた。
 何をするか分からないのは一哉なので背を向けるのに抵抗があるのだろう。
 それに気付いた鈴音は自分でも大人げないと思いつつも言ってしまう。

「それでは失礼いたしますの。そろそろ危なくなりそうなので」

 ボロボロになった和服を直し、そのまま後退りしていた。

「おい、俺は?」

 このままいれば2人と援軍に挟撃される。
 生命の危機だ。

「このような状況でも生き残るのでしょう? あなたは必ず」

 後ろ向きのまま非常階段のドアに辿り着く。
 そのドアノブに手をかけながら捨て台詞。

「それではお兄様、御武運を」

―――パタン

 閉じられた扉を未練がましく眺めた一哉はすぐに目の前の2人に視線を向けた。
 彼らはすでに臨戦態勢。

「はぁ・・・・。けっこう痛いんだぞ、この怪我」

 血が滴り、鍔まで流れ落ちている<颯武>と傷口から流れ、柄まで及んでいる自身の血。
 いろいろ血塗れの一哉は返り血をほとんど受けていなかった鈴音の強さに感心していた。

「観念しろ。今度は俺たちが挟撃だぞ」

 立ってこそはいれ、けっこうあちらも辛そうだ。
 廊下に倒れている味方を庇うように立つ姿は悪役ではない。

「さあ? 援軍次第じゃないのか?」

 一哉はニヤリと笑い、鬼族E・Kは嫌な予感にかられた。

「ま、まさか―――」

―――ポー―――ドガアアアアアアアアァァァァァァァァンンン!!!!!!!!!!!

 援軍の到着を告げる機械音を掻き消すようにエレベーターホールが爆発し、援軍を阻んだ。
 きっと開きかけたドアから入った爆風は狭い内部を跳ね回り、かなりの衝撃を援軍各員に与えたはず。
 一哉は呆然とする鬼族の横を走り抜け、非常階段へと消えた。そして、はるか地上では結界が展開し、朝霞・時衡による伏兵と鈴音の追撃によって今夜最後の戦いが行われている。
 6人とはいえ先程までの激戦だ。
 1人は斃れてくれるに違いない。
 そうなれば大戦果だ。
 何人来ているかは知らないが、百人を超すことはないはず。
 ということは敵は1割以上この戦いで失っている。
 カンカンカン、と足音を鳴らしながら撤退する一哉の脳裏には次の作戦が構成されていた。だが、それは恐ろしい賭であり、今の戦力ではどうしようもできないことだった。

「こういう時はやっぱ、友だよな、うん」

 一哉はかなり図々しいことを考えたが、緊急事態なので考えないことにした。










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