第六章「炎神の末裔」/ 3



「―――うわ、気味悪いほどサイズピッタリ!?」
「ふっふっふ、我が裁縫同好会が誇る計測班の実力を見たわね」
「ねーねー、これってここ? それともここ?」
「あー、それはここよ、ここ」
「ありがと、綾香」
「いえいえ。って何してるのよ?」
「え? 恩返しに綾香も着せて上げようとしてるんだけど?」
「・・・・いや、あたしはいいから」
「まあまあ、そう言わずに♪」
「・・・・遠慮するわ、こんなのあたしのキャラじゃない」
「いいからいいから♪ ね♪」

 女子たちは血祭りに上げた男子たちの屍を廊下に放り出し、着せ替えショーに興じていた。
 そんな中、杪はひとりで外を見ながらお茶会をしている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 そんな杪が急に立ち上がった時、クラスの喧噪が嘘のように鎮まった。

「い、委員長・・・・?」

 ひとりが恐々と声をかける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・出る」
「あ、うん・・・・いってらっしゃい」

 短く告げた杪はお茶のセットを片付けることなく教室を飛び出した。

(・・・・杪、何か焦ってた?)

 固まっている女子の間を這うようにして逃げる綾香は杪を見てそう感じる。

(うーん、あたしの知らないところで何か起きてる・・・・)

 気になるが、分からない。

「あー、もやもやするなぁ」
「あ、綾香が逃げるっ」
「チッ、バレたっ」

 そろりとドアを開けた綾香に気付いた女子がざわめく。
 綾香は教室外に飛び出しながら思った。

(クラスの女子は・・・・パワフルすぎるわ)

 泣く子も黙らせる不正委員エースでも興味に駆られた乙女たちにはタジタジとなる。

「綾香、待てぇっ」
「ええ!? ここまで追ってくるの!?」

 綾香は追ってくる女子たちを見ながら、「普段、追いかけてる奴らもこんな心境なのかなぁ」などと考えていた。






熾条一哉 side

(―――さて、ターゲットさんは一体何をしているのやら)

 一哉はしっかりと仕掛けに引っ掛かった怪しい2人組を尾行していた。
 学園内をうろつき、生徒の顔をチェックしていた姿はさりげなさを装っていても一哉にはバレバレだ。
 今は学園を出て学園の西に流れる川の河原をうろついて、何かを探している。

(いつ仕掛けたものか・・・・)

 このままアジトに帰る気はなさそうだ。
 集合時間も迫っているし、最終手段に出るのは確実。しかも、彼らは今人気のないところにいる。

(でも、何をしているのか見たいしなぁ)

―――ってわけで接近。
 帰国してから自分はあまり隠行に向いていないことを理解しているので見つかる覚悟をしておく。―――つまりは臨戦態勢だ。

―――ガサガサ

『―――あったか?』
『ないな。巧妙に道を消してある。だが・・・・最近誰かが踏み入れたみたいで・・・・』
『まさか結界か? 奴らの人払いはちと厄介だぞ?』
『でも、仕事だ。やるしかないさ』
『ああ。そうだ―――ってあれか? あの緑に覆われた石碑っ』
『あれだあれだ。よし、引っこ抜くぞ』

 ガサガサと近寄っていく気配。
 それに一哉もついて行く。
 何かに熱中しているのか、かなり近付いても一哉に気が付かない。これ幸いとばかりに一哉は顔を覗かせた。

「―――おい、これ重いぞっ?」
「やっぱり頭の言った通りだな」
「ああ? さっさと手伝え」
「普通、結界師の結界石に平気で触るか?」
「げっ、何か仕掛けあったのか?」
「いや、ないみたいだ。間違って一般人が触る可能性の方が高いだろうから、触った瞬間、危害を加えられる可能性は低いって頭が」
「そうか。ならさっさと引っこ抜こうぜ。もしかしたら探知術式があるかもしれねえし」

(―――結界師? ってあれだよな・・・・)

 一哉は懐の呪符に手を伸ばす。

(委員長の家のことだよな?)

 結界師総本山――鎮守家。
 8月の石塚山にもその系統の封印があったらしいし、もしかすればこれはクラスメートの誼で守らなければならないのだろうか。

(ってか、そうだろ)

 一哉は立ち上がり声をかけようと―――

「―――もう少しっ」
「うらぁッ」

―――ズボッ

「「「あ」」」

 三者の声を重なる。そして、

「「え?」」

 と訝しげな声と共に視線がこちらを向いた。
 あっけなく、そして、間抜けに正体を現した一哉は瀞の真似をして誤魔化すことにする。

「テイ」

 すなわち、笑顔で攻撃。

「「どああああああああっっっっっ!?!?!?!?!?」」

 火球は彼らを吹き飛ばし、同時に放っていた呪符は効力を発し、結界を作り出した。

「覚悟しな、鬼族。今度は"俺たち"が反撃するからな」

 一哉は炎の中、憤怒の形相で立ち上がる2人に言い放つ。

「炎術師・・・・まさかここで出会えるとは・・・・」
「ふん、やはりあの学園にいたか」

 2人は丸腰だが、強靱な肉体に変身している。
 炎術も全然効いていないようだ。
 やはりダメージを与えるには強力な攻撃系の術式が必要らしい。

「ああ、やっぱり武器って偉大だな」

 一哉は<颯武>を出す。
 日本刀は諸外国の刀類と異なり、外装(拵え)とは別に刀身自体に美術的価値を見出しているのが最大の特徴と言える。そして、機能性でも近接兵器最強の冠を受けることもある。
 西洋剣は「斬る」のではなく、「叩き潰す」もの。しかし、日本刀はその重さで「潰す」こともできるが、刃の鋭さが本来の力であり、重さは断ち斬るための加速要因にしかならない。

「応用力は日本が世界に誇ることだが、これは世界が真似できないことだな」

 他の国の剣は刃が荒い。だから、すっと触れただけで斬れることはない。しかし、日本刀は違う。
 よく研いだ包丁を手に乗せるような危なさだ。
 刀は重さがあるのでそれだけ危険度が上がる。
 そして、剣と刀の違いはもうひとつある。
 外国の兵士と日本の兵士の違い。
 それは盾の有無だった。
 外国は片手に剣をもう片方に盾を持って戦う。だが、日本は両手で刀を握るのだ。
 盾がないわけではない。
 弓矢を防ぐために木の板を用いるし、銃弾を防ぐには竹束を使用した。しかし、それは全て対遠距離攻撃。
 近距離攻撃には必要とされなかった。
 それが真に近距離戦闘最強を意味する。
 日本刀は優れた攻撃道具であり、優れた防御道具なのだ。そして、扱う者には両方の性質を使いこなす技量が求められ、さまざまな流派が生まれた。
 この歴史こそが最強の所以。
 攻撃はそれを上回る攻撃で防御せよ=【攻撃は最大の防御】を生み出した。

(・・・・私説だけどな)

 そんな日本刀の業物の切れ味、それに一哉の膨大な"気"を追加すれば如何に頑強な鬼族と言えど致命傷を与えられるはず。

「ああ? 俺たちと正面からやって生きているつもりか?」
「巫山戯るなよ。一応、先遣隊の俺たちだぜ?」

 突き出た角を撫でながら完全にハイになっている2人。
 正直、うっとうしいったらない。

「ふぅ、とりあえず、壊してやるから、来な」
「「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!」」

 こうして密かに鹿頭側の反撃が始まった。



 河原での戦いは炎術師とは思えないほど静かなものだった。
 一哉は熾条流戦闘術を修めていない。
 動きながら炎術を放って効果を表すにはどうしても経験と鍛錬が必要だ。
 一哉は威力だけは高位者だが、制御などはまだまだ分家にも劣る。
 時たま難しいものが成功するが、それは絶対ではないので、できる内には入らない。
 そこで一哉は炎術をすぱっと諦め、<颯武>一本の剣術での勝負に出たのだ。
 これに戸惑うは鬼族である。
 全く熱波や閃光、轟音がなく、完全に調子が狂わされて2人バラバラの攻撃になっていた。しかし、防御はしっかりしたもので長い爪で刀を弾くなどの強さを見せている。
 よって戦いは長引き、十数分経った今、ようやく戦いは終盤に差し掛かっていた。



「―――おい、得意の炎術はどうした?」
「いや、俺は炎術よりこっちの方が得意でね」

 一哉は軽く<颯武>を掲げてみせる。

(とりあえず、布石も終わったし・・・・終わらせるか)

 目的は完遂した。しかし、これまでも機会あれば殺すつもりで攻撃したのに敵は大したケガを負っていない。
 ケガの度合いではどっちもどっちだ。
 一哉は頬にできた切り傷を撫でながら言う。

「お前ら、こんなに強いのにどうして全滅したんだ?」

 素朴な疑問だ。
 間違いなく個人戦闘力は鹿頭のそれを上回っていた。

「うるせぇッ! 鹿頭が卑怯だったんだよッ」
「俺たちが遠征に出ている間に周辺の退魔機関をこぞってけしかけやがった。おかげで老人・子ども皆殺しだッ!」

 変身して赤黒くなった肌が一層赤くなったような気がする。

「へぇ〜。ってか、奇襲して同じように皆殺しにしようとしたお前らが卑怯とか言うなよ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 尤もなツッコミに2人は仲良く口をつぐんだ。

「最近、うまくこいつが決まってないからな」

 戦闘が中断したと見取った一哉は自然に納刀し、そのままゆっくりと腰を落とす。

「何が言いたい?」

 鬼族たちは2人がかりでなかなか倒せないのと、自分たちの戦略の矛盾に気付かされて苛立っていた。だからか、些細な呟きに必要以上に反応する。
 そんな2人に一哉は満面の笑みで爆弾――挑発を投下した。

「実験台になりやがれ」
「「ふざけんなッ!!!!」」

 案の定、2人は火が点き、何の策もなしに突貫を敢行する。
 それを一哉は高まった"気"を以て迎撃した。

「―――"総条夢幻流"・渦」

 抜刀と同時に鞘の中で構成された"気"が渦状の奔流となって飛び出す。

「―――うわあああああっっっっっ!?!?!?!?!?」

 1人がその波に呑み込まれた。
 力の権化である"気"によってメチャクチャに斬りつけられ、数メートルの滑空を体験する。そして、そのままピクリとも動かなくなった。

「っ、貴様―――っ!?」

 仲間の行方を確認し、一哉に向き直った鬼族は驚愕に目を剥く。
 何故ならそこに一哉がいなかった。

「いなっ、い、いったいどこに!?」

 突然、前から人が消えた場合、何故か人は左右を見回す。―――それが見失うよりも致命的な行動だというのに。

「じゃあな」
「―――っ、下か―――」

―――ザンッ

 一哉は飛び上がるようにして斬り上げた<颯武>で彼の左腕を断ち切る。

「―――ギャアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?」

 ボトリと重い音を立てて、鋭利な断面から赤い血肉と白い骨を覗かせた腕が地面に落ちた。
 それは大量の血を撒き散らし、その場を赤に染め上げる。

「やはりな。"気"を纏わせ、一気に斬り上げれば皮膚どころか、骨をも断てるか」

 一投入魂ではなく、一刀入魂。
 まさに必殺の場を作り、必殺の意思を込めれば斬れぬものはない。

「―――ギイァァァァァィィィッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?」
「うるさい」

―――ザシュッ

 ゴロゴロと転がって暴れ回る鬼族にトドメの一撃を叩き込む。

「うがぁ・・・・――――――」

 ビクリと一瞬震えて目を見開き、その後、弛緩して動かなくなった。

「ふぅ・・・・」

 一哉は鬼族から<颯武>を引き抜く。
 血に濡れた刀身は妖しく輝き、次の獲物を探すように日の光を反射していた。
 一哉自身も返り血を浴びており、凄惨な姿になっている。

「さて次―――ってあら? ・・・・・・・・・・・・逃げ足の速い奴だなぁ」

 もう1人も始末しようと視線を向けるが、その場所に気絶させておいた奴はいなかった。

「さてさて、作戦の第一段階は成功したが・・・・」

 血を刀から弾き飛ばし、鞘にしまう。
 その際に傷ついた右腕が痛んだが、気にしないことにした。
 無傷とは言わないが、今後の戦闘にはまだ影響がないほどなのだから。

―――ポタタッ

「お?」

 そう思っていたが、どうやら右腕はザックリ切られていたようだ。
 おそらく、倒した鬼族最期の一撃が、一哉の斬撃とクロスして傷付けたのだろう。
 傷は縦十数センチにも及ぶ裂傷だ。

「それより・・・・あ〜、やっぱりダメか」

 一哉は石碑によって完全に壊されているのを確認する。
 これでは元に戻しただけでは効力を取り戻すことはないだろう。

(やっぱ、委員長に報告した方がいいのか?)

 真ん中の辺りから真っ二つになった石碑の傍に腰を下ろし、その表面を撫でる。
 何百年とここにあり、何かを守り続けていたであろうそれは役目を終え、徐々にボロボロになってきていた。

「よくがんばったな・・・・」

 ポンポンと撫でつけ、感傷に浸る。―――いや、浸っていたかった。

―――ザワッ

「―――お出ましだよ」

 空気が異様な変質を遂げる。
 一哉が見上げた堤防の上には統世学園高等部の制服姿で眼鏡をかけた髪の短い少女が仁王立ちしていた。―――その小さな手に白柄の懐刀を持って。

「A組最強の本気を宥め賺すのか、俺・・・・」

 「自信ないなぁ」と呟きながらも緩慢に体を起こす。
 中途半端に休んだせいで疲労が蓄積し、ケガが痛み出してきた。

「ヤベっ」

 かくりと膝から力が抜け、尻餅をつく。
 忘れていたが、"渦"の"気"の消費量は半端ではないし、腕を断ち切るのにもかなりの"気"を使った。
 それ以前に鬼族を探知した術式。
 あれも炎術で、ずっと"気"を消費し続けていたのだ。
 一哉の使った探知式の術式は本来、多人数で使用されるべきもの。
 それを個人で使うには才能とそれを発揮するに足るもの――膨大な"気"が必要。
 考えてみれば一哉だからこそ今もまだ戦力を維持していられるのだ。

「―――格式、第八番、起動。続き、九番十番十一番連動」

 言葉と共に呪符が展開され、一哉の張った結界――元々彼女のだけれども――が変化し、物騒なものに切り替わっていく。
 その間にも彼女――鎮守杪はこちら向け、歩みを進めていた。

「"燐火火界呪"」

 呪符から迸った精霊術とはまた別な炎が辺りの枯れ草を焼き払っていく。
 耐火術式も起動させているのか、杪は全く火を畏れることなく進んでいた。っていうか、火の方が畏れているんじゃないかと思うくらい火を寄せ付けていない。

「・・・・っ」

 ギラリと懐刀の刃が光る。
 あんな短いので襲いかかる蛇を縦横無尽に斬りまくっていたというのだから恐ろしい。

(どうする・・・・?)

 とりあえず、情けないながらも<颯武>を支えに立ち上がる。
 再び、全身に"気"を巡らせ、戦闘態勢に入ると、鎮痛効果で徐々に痛みが紛れ、体の感覚が戻ってきた。

「―――すっかり騙されてた」
「おい、待て。これは俺がしたんじゃない」

 一哉はいつも冷静な杪がかなり激昂しているのを見て取った。
 何故なら無表情が崩れ、唇を噛んでいるのだから。

「おいこら、寝てないで俺がやりました、と言えっ」

 鬼族の死体を蹴りながら言う。というか、自分で殺しておいて復活を望むなど、一哉もかなり混乱していた。

―――カチャンッ

 懐刀が嫌な音を立てて構えられる。

「ちょっと待てッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ジリッと一歩、間合いを詰めてきた。

「は、話せば分かるッ!」
「問答無用・・・・ッ」










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