第六章「炎神の末裔」/ 2



 河原。
 そこは音川町の東を流れる川の堤防内にできた林の中だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そこに1人の少女が立っていた。
 白地の上衣に赤いスカーフ、セーラーと袖口には学年を示す色のラインと縫い目、スカートは赤いプリーツ加工のもので後ろで結ぶ帯がある。
 この町で最も見かけるであろう高校――統世学園のものだ。
 少女の前にはひとつの石碑がある。
 腰辺りまでのそれは長い年月を経たのであろう。
 苔(コケ)に浸食され、元の石の色から緑や褐色に染まっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 だがしかし、それは未だ力強く大地を踏み締め立っている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三方、無事・・・・」

 少女――鎮守杪は鎮守家が守り続けてきた封印に触れ、その揺るぎなき【力】を確認した。
 四方に散りばめられた封印のうち、北方のものが8月の戦いで破壊されている。それ以後、敵は息を潜めているのか、封印破壊に乗り出していなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は石碑を眺めながら、敵方の動きを読もうと思考に沈む。

―――ピリリリ♪

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん」
『―――あ、委員長っ。どこにいるの!? 責任者出せって実行委員の人が』
「戻る」
『うん。よろしく、戸塚くん、ちゃんと抑えててね』
『おうよっ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は携帯をしまい、もう一度石碑を見遣った。そして、仕掛けた探知用呪符の効力が機能していることを確認すると背を向ける。
 文化祭――覇・烽旗祭まで後一週間だった。






鹿頭朝霞 side

「―――時任蔡だ。今回は愚弟の頼みで来たわけだが・・・・お前らは愚弟の戦いを見たか?」

 とある公園の広場。
 早朝から人払いの結界が張られ、その中で一哉の"気"の扱い――"総条夢幻流"の師匠である時任蔡と鹿頭家の面々が向かい合っていた。
 彼女は170センチを超える身長にポニーテール。
 服装は白のブラウスに青いロングスカートで、これで本当に体術を基本とした人なのかと疑問を持たせる。

「私だけ、見た」

 鹿頭朝霞は一歩前に出て発言する。

「ふむ。どう思った?」

 蔡は朝霞に視線を向け、やや興味深そうに訊いた。

「・・・・あっさりとしていたというか・・・・とにかくさっと終わったという感じで・・・・」
「それはどういう状況だった?」
「・・・・撤退戦」
「ああ、なるほどね」

 蔡は持っていた棒を後ろ手に持って言う。

「あいつは状況に応じて戦い方を変えるからね。でも、その基本にあることは何か分かるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞は黙るしかない。
 1回。
 それも一瞬の戦いの根幹を見切れというのも無理な話だ。

「分からないか。・・・・奴の戦いの根幹。そして、私が教えるものは―――」

―――トンッ

「なっ!?」

 一瞬で朝霞の懐に入り込む。

―――スパァッ

「うわっ!?」

 神速の足払い。
 朝霞はスカートの中を気にする間もなく派手にすっ転んだ。

「いったぁ〜」
「殺し方じゃない。御し方だ」

 すっと棒を構えて言う。

「とりあえず、実力を知らないとな。―――どこからでもかかってこい。但し、"気"は使うな。私が負けるからな」

 口の端を上げ、挑発した。

「一対多が精霊術師だけのものだと思うなよ。―――『動』だけでなく『流』も。全ての動作に意味を成せ」

 言葉に鹿頭の者たちが戦闘態勢に入る。しかし、朝霞はニヤリと嗤う蔡を見たまますっころんだ体勢で昨夜の話を思い出していた。



「―――どうしてこの女がここにいるのかしら?」

 静かで冷たい朝霞の声が熾条一哉邸を騒がせた。

「騒がしいですの。あなたも鹿頭家の代表なのですから、礼儀作法は身に付けているでしょう?」
「【熾条】に礼を尽くす謂われはないわ」

 鈴音の方を見ずに吐き捨て、朝霞は鈴音の対面のソファーに座って顔を背ける。しかし、鈴音は大人なものでピクリと表情を動かしただけで何も言わなかった。

「聞きしに勝る険悪さだね・・・・」

 瀞が微妙に頬を引き攣らせていたが、関係ない。

「集まったな。とりあえず、今のところ対鬼族の面々だ。朝霞には悪いが、【熾条】の直系と【渡辺】の直系――っててっ」
「私は【渡辺】とは関係ないよ」
「分かったからつねるな」

 瀞はそっと一哉の背中から手を離し、テーブルのカップに手を伸ばした。

「ったく。―――個人戦闘力は見事に向上したが・・・・組織力は全くだ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「よって指揮系統の統一を図りたいと思う」
「統一? 私はあなたの指示は受けませんよ?」

 鈴音は挑発的に下唇に人差し指を触れさせながら言う。

「ああ。それに関しては期待していない。ってか、お前は自由に戦場を荒らしてろ」
「なっ!?」

 一哉は絶句したさらっと鈴音を無視――それに朝霞は少し気分がよくなった――し、朝霞に向き直った。

「単純にこちらの陣営の戦闘力を上げるなら鹿頭家の戦闘力を上げるのが一番効果的だ」

(確かに・・・・)

 熾条一哉・熾条鈴音・渡辺瀞。
 直系3名もこちらにいるのだから個人戦闘力はそう負けはしない。だが、相手は鬼族でかなり組織だった戦いをする。
 個人戦闘力に頼れば空回りする可能性が高い。

「鬼族には精霊術が効きにくいんだろ? だったらいっそのことそれを捨てて"気"を中心にした体術でいけばかなり戦えると思うんだが、どうだ?」
「どうだって・・・・。今からかしら? かなり無理があると思うし・・・・第一、誰が?」

 戦える戦えないの前に、その戦い方ができるかどうかを気にする辺り、朝霞も指導者らしくなってきた。

「俺の師匠がちょうど来日してる。頼まれると断れない人だから、適任だな」
「ああ、蔡さんだね」

 瀞もその人物を知っているのか、わずかに尊敬が見える口調で名前を言う。

「・・・・その間、あなたは何を?」
「・・・・ちょっと俺は動く。瀞には悪いが、今の瀞の利点は相手に顔を知られていないことだ。然るべき時までは我慢してくれ」
「う〜ん、分かったよ」

 やや不満そうだが、瀞は頷いた。

「うんうん、物分かりがよくて助かる」

 ナデナデと瀞の頭を撫でる。

「はぁ・・・・調子いいんだから」

 ため息をつきつつも振り払わなかった。

「何をする気でいるですの?」
「そうね。それを聞かせてくれないかしら?」

 年下の少女たちは親しげに話す2人をやや冷たい目で見る。
 それに気付いた一哉は手を離し、瀞は恥ずかしそうに俯いた。

「あー、そうだな。―――瀞は鬼族3人を瞬殺したんだろ?」
「殺してないっ」
「まあ、倒したのは同じだ」

 噛み付くように詰め寄ってきた瀞を片手で制す一哉は冗談を言ったようには見えない。
 ということは本当にこの小柄な少女――ひとつ上だけど――が鬼族3人を一瞬で戦闘不能に追いやったのだろう。

「鬼になった奴らは強いから、俺は鬼族の人間バージョンを見つけ、狩る。もしくは拠点を見つける、ということをする」

 とてつもなく難しいことを簡単に言う一哉。

「それはお兄様が勝つことが前提じゃないですの? 先の戦いで指一本動かしていないお兄様しか知らないので・・・・やや不安ですの」
「一哉は強いよ〜。我がクラスのエースだから。それに正面からは戦わないだろうしね」
「はい?」

 瀞の言葉に鈴音は頭に「?」をたくさん浮かべた。

「部外者には分からないだろうが」

 一哉はソファーに深く腰掛けたまま瀞に言う。
 そんな2人の距離の近さを見て、一哉が瀞を戦いに行かせたくなかった理由が分かったような気がした。

「あなたは拠点探し、私たちは鍛錬。じゃあ、こいつはどうするのかしら?」

 ビシッと鈴音を指差す。
 指差された鈴音は不満そうな顔をしたが、話が進まぬと見たのか、何も言わなかった。

「どうでもいいぞ。お前は襲われても時衡が命を賭して守るだろうし、守られるまでもないと思うほど強いしな」
「当然です。しかし、お父様の教えを受けたお兄様の手腕に興味があるのですが?」

 何やら含みのある視線。

「ん〜、あんまり見てもおもしろいもんじゃないんだがな。・・・・まあ、好きにしろ。学園うろついてもいいが、教室だけには来るな。俺に話しかける時は俺が1人でいる時だぞ」

 その含みに気付いていないはずがないのに一哉は興味のない表情で言う。
 相手にされていないのだ。

「・・・・・・・・分かりました。今日みたいなことになるのですね?」
「あれで終わればいいな。次は真剣かもしれない」
「あり得るね。そこらに転がってるから」

 冗談だろう一哉の言葉に瀞が大真面目に頷いた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 思わず怨敵と顔を見合わせる。そして、諦めたようなため息。
 なんか、分かり合えた気がした。



 そんな話の翌日。
 鹿頭家は一哉の師――時任蔡と対面したのだ。
 彼女はけっこうやる気で、快く受け入れてくれたらしい。

「―――情けないね〜。普通にやり合えたのは香西って奴だけかよ」

 くるくる〜、と棒を回しながら蔡は倒れ伏す鹿頭家の面々に言った。

「これは確かに辛いな。だが、将来性はあるな」
「・・・・何となく、分かった」

 朝霞は痛む体に鞭打って立ち上がる。

「おっ、さすが私と同じポニーテール。長物相手だと理解が早いねぇ」

 蔡の棒術は棒を鈍器として使わず、流したり、払ったりしてタイミングをずらすものだった。
 それは敵の呼吸を読み、それに合わせ、そして自らに取り込んでいると言うこと。

「いや、小さい頃から長物やってるからって期待してたけど・・・・ここまで理解が早いと助かるね。愚弟は理解するまで三日間、私に投げられ続けたものさ」
「さあ、みんな、起き上がって。確かにこれならば力の強い鬼族に対応できるっ」

 鼓舞するように手を叩きながら言う。
 鹿頭家に面々も何かを掴んでいるのか、期待を孕んだ視線で起き上がった。

「ふむ。重畳重畳」

 蔡は満足そうに頷き、キリッと表情を変える。

「ならばやるか。時間がないのだろう? ならば実践といこうか。とりあえず、一哉か、女童が帰るまでは私1人だが・・・・大丈夫だろう」

 ふむふむ、と挑発する。
 なるほど、この辺りは一哉の戦法によく似ている。
 挑発とは経験して回避できるようになるものなのだ。
 実戦訓練というのも間違いではない。
 それも、ある程度の戦闘力を持っている者相手には。

「半数に分かれて来い。残りは戦いを見て学べ。そして、戦術を構築しろ。あ、今度は棒も武器として使うからな」

 さらりとレベルアップを告げる。

「さあ、己の戦意を己が拳に込めて来いッ!」

―――こうして時任蔡のスパルタが始まった。






渡辺瀞 side

 廊下を踏み抜かんばかりの足音が響き、教室のドアが壊れんばかりの勢いで開かれた。

「―――は〜い、ホールの皆さん、お待ちかねの衣装ができました。今から試着してくださいっ」

 瀞は素直に従い、彼女の方に寄っていく。
 その間、一哉――男子の方を見遣った。

「SP諸君っ。君たちは携帯武器の選定だ。今から読み上げるから装備したい物に手を挙げてくれっ。まずは幻の、そして、最強の武器――"白矢の悪魔"御愛用――チョーク射出機シリーズッ!」

『『『オオオオオオッッッッ!?!?!?!?!?』』』

「客を蜂の巣にする気か!?」

 実際にその威力を前にしたことのある一哉が渾身のツッコミを入れた。

「さあ、実体験者もお墨付きの威力だぞッ」
「オオッ、すげえっ」

 生の威力を聞き取ったSPたちは群がるようにして武器運搬の者に駆けつける。

「やれやれ、困った奴らだ。―――委員長」

 一哉はSPたちから視線を外し、お茶を飲んでいる杪に話しかけた。

「?」

 杪は漆黒の烏帽子に紅色の狩衣袴を着ている。
 衣装なのだが、やはり実家で和服でも着ているのか、随分様になっていた。

「人払いが付加した中位結界の呪符、あるか?」

(呪符?)

 ほとんどの者が武器や衣装に集中しているので一哉たちの会話に注意を向けている自分だからこそ聞き取れる声音だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すぅっと杪の纏う気配が代わる。

(相変わらず、表情が変わらないのに雰囲気が変わるのには慣れないなぁ・・・・)

 襲いかかられるのかと思ったか、一哉は体に入った力を徐々に抜きながら近くのいすに腰掛けた。

「何枚?」
「1枚、と言いたいが、念のために3枚かな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は懐に手を入れ、そして、3枚の呪符を差し出す。しかし、一哉はすぐに取らなかった。

「・・・・条件は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チッ」

 やはり手に取ってから難題を押し付ける気だったのだろう。
 油断ならない相手だ。

「アレの実現」

(アレ?)

 瀞は首を傾げた。だが、一哉には通じているようでわずかに顔が引き攣っている。

「マ、マジで・・・・?」
「マジ」

 杪は大真面目に頷いた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「―――お、おい。あそこ暗雲漂ってるぞ」
「見るな」
「そうだ。見ざる聞かざる言わざるをモットーにおけ」
「俺らは何も見なかった、いいな?」
「お、おう。何か知らんが、了解」

 視界の端でD組の生徒がA組男子数人に何やら諭されている。しかし、一哉は気にせず、目の前の杪の瞳だけを見つめた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 見ているだけでは圧倒的戦力を持つ2人が鎬を削る様は話の流れが分からない一般人でも楽しめる構図である。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・残念」

 そう言って杪は3枚中2枚を懐に仕舞った。
 どうやらこれで妥協したらしい。

「感謝する」

 すっと呪符を自らの懐に入れ、一哉は杪から離れる。―――背中にどよめきと歓声を背負って。

「――― 一哉」
「? 晴也か?」

 横合いからの声に一哉は反応した。
 そこには目下逃亡中の晴也が隠れるようにして手招きしている。

「どうした?」
「例のことは決行だ。当日、臨機応変に行動せよ」
「了解」

(・・・・また、何かする気なんだ、結城くん)

 はぁ、とため息をついた瀞は順番通り衣装を受け取った。

「頑張ってね」
「うん」

 笑顔で衣装班の娘に応じ、再び一哉に視線を走らせる。
 一哉はそのまま消えるように立ち去ろうとする晴也の言葉を反芻しているのか、その場に立ったままだった。
 しばらくして杪との攻防で額に浮かんだ汗を拭いながら腕時計を見る。
 瀞も教室の時計を見た。
 午後11時23分。
 『仕掛けの様子を見に行くとしよう』と一哉の唇が動く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ふっと一哉がこちらを見た。

「・・・・・・・・♪」

 瀞は衣装片手に笑顔で手を振る。
 それを確認し、一哉は教室を後にした。

(―――へへ、よかった)

 ちゃんと出掛けることを知らせてくれたことに満足する。そして、瀞は笑みを浮かべ、改めて衣装を見た。

「よくできてるね〜」

 衣装を手にとって手触りやデザインを見て呟いた。

「そりゃ園倉家の尽力さね」

 衣装班の班長が胸を張って答える。

「うわ、園っち、実家に頼ったの?」

 彼女の家は服飾関係の会社を経営していた。

「違うさねッ! デザイン自分で考えて必要な生地をリストアップしたのは私さねッ! ・・・・物を、探したりしてきたのは・・・・その、実家の人だけど・・・・」

 尻すぼみする言葉に被せるように喝采が起こる。だが、それは男子からだった。

「でかした、園倉」
「これを着た姿を想像しただけで―――」
「逝けるよね? 男子一同」
「ま、まだ、まだ逝かんぞ。実際に見るまではッ。だから、その鉄拳制裁にも生き残ってみせるッ!」
「ってかさ、最近闘争多くない?」
「ああ。しかも、勝率低いなぁ」
「問答無用っ」
「ぎゃ!?」
「お、おい、嘉藤? 俺たちは関係ないだろう!?」
「女子にあらずば生きるべからず」
「平氏か!?」
「女よっ、男尊女卑に反対っ」
「立ち上がれ、男ども。男の威厳を守れっ」

「とりあえず、着てみてよ。調理班は覗き魔を事前に撃退するよ」

 何やら抗争が始まった脇で戦闘に参加しなかった女子たちは何もなかったように話す。そして、包丁やナイフをこれまた戦闘に参加していない男子に向けた。

「「「そ、それは未だ犯罪に至っていない人物を逮捕するということ?」」」

 引き攣った表情で異口同音を達成する。

「逮捕じゃないわ。抹殺よ」

 キラリと包丁が光った。

「「「逃げろッ!」」」

 バッと恐怖に駆られた男子が散開し、それを殺気を漂わせた女子が追走する。

「飽きないわね〜」

 最近、ワンパターン化してきた。
 同じく衣装を手に歩いてきた綾香が逃げ回る男子を見て言う。

「いや、たぶん飽きても体に染みついてるんだよ、きっと」
「否定はしないわ」

 何故か脱力してため息と共に絞り出された言葉を吐いた綾香はすすーっと瀞に擦り寄った。

「うわっ、何?」

 ガシリと腕を拘束され、狼狽えた声を出す。

「―――どうなったかは一目瞭然だけど、結果報告くらいはして欲しかったわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」

 一哉との共闘を言わなかったことを素直に詫び、遠くで別の衣装を貰い受けている杪にも頭を下げた。―――きっと見ているはずだから。

「いいけどね。―――よかったね」

 なでなでと頭を撫でてくる。

「う〜ん、優しいなぁ」

 思わず綾香に抱き着いてしまう。
 最近、こういう直接の優しさに触れていなかった。

「うんうん。がんばるよ。何か熾条宗家の問題も絡んできたけど・・・・」
「あ〜、それについては手伝えないわ」

 綾香も晴也も宗家問題は鬼門とばかりに敬遠する。
 自分たちが一族にとって、そして、退魔界にとってどんな存在か理解しているからだ。

「うん。それは分かってる」
「あ、でも、危なかったら言ってね。絶対助けるから」
「えへへ。"風神雷神"が味方だと百人力どころか千人力だね」
「そうね。たいていの奴は蹴散らすわ」

 にっこりと実に頼りがいのある笑みを返され、瀞は安心したようにニコリと微笑み返す。

(う〜ん、支えっていいね〜)

 やけに悟ったことを思った瀞だった。

「ムッ!?」

 ハシッと綾香が窓の外から飛んできた物体を握り取る。

「何? これ? ・・・・棒手裏剣?」

 しげしげと掴んだ物を眺める綾香。
 瀞はその棒手裏剣に見覚えがあった。

「これ・・・・」

 すっと綾香の手から棒手裏剣を取ると瀞はドアに向かって歩き出す。

「ごめんね、綾香」
「ううん、気にしないで」

 ひらひらと手を振り、綾香は特に詮索せずに送り出してくれた。



「―――すみません、呼び出したりして。・・・・どうしても言っておきたかったことがありますの」

 瀞は昨日と同じように鈴音と向かい合っていた。
 違うのは場所と一哉がいないことだ。

「ううん、いいよ。ちょうど休憩時間だったしね」

 風に靡く黒髪を押さえながら、木に体重を預けてじっとこちらを見ている鈴音を見返す。

「あなたとお兄様がどういう経緯で知り合ったかは知りませんが、ある種の信頼関係で結ばれていると判断しますの。・・・・だから、言っておきますの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鈴音は何やら緊張していた。

「宗主の座は渡しませんことよッ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、私に言われても・・・・」

 尤もな反論だが、それは瀞から一哉に伝えろと言うことなのだろう。そして、彼女の立場を理解する。
 次期熾条宗主、と言っていたが、一哉が宗家に帰還すればその地位は危うくなる。
 未だ、宗主は男の方が望ましいという風潮が強い。
 それは女だと、身籠もると動けないという実に現実的な理由からだったりする。
 宗主夫妻に子はいない。
 つまり、当代直系は一哉と鈴音の2人だけ。
 一哉が帰還すれば長子の上に男。
 さらには作戦立案能力と遂行能力においては指折りという実績。
 確実に決定事項すら揺るがす事態だ。
 幼少より跡取りとして育てられてきた鈴音にしては自信の存在意義を揺るがされているのだろう。

「だって本人がいないですのよ!? 他に誰に言えと!? 私の話を真面目に聞く輩があなたの他にいるとでも!?」

 かなり探したのだろう。
 きっと木にもたれているのは疲れた体を本当に支えてもらっているのだ。

「でも、一哉は戻る気ないって」
「いいえ。戻って貰います。ではないと次代に戦場に現れる直系がなく、ただ数だけ多い宗家になりますの。それだけは絶対に避けねばならないのです」
「複雑だなぁ」
「と・り・あ・え・ずっ、今回の対鬼族戦で格の違いを思い知らせてやりますの」

 ビシッと瀞を通して一哉に指を突きつける鈴音。

「いや、鬼族相手にしてね。一哉相手じゃなくて・・・・」

 いいのだろうか。
 仮にも鬼族が相手である。
 他の者を気にする余裕があるわけがないのに。

「ではそういうことで」

 よろよろとふらつきながら、気丈に歩き去る姿は一種の尊敬を抱かずにはいられない。
 宗主継承権を辞退した瀞にはそこまで宗主になりたいものかと思っていた。










第六章第一話へ 蒼炎目次へ 第六章第三話へ
Homeへ