第六章「炎神の末裔」/ 1
覇・烽旗祭まで後、10日。 裏で激化していた産業スパイばりの暗闘はここに来て、明るみに出つつあった。 毎日の如く、不正委員を筆頭に様々な委員が校舎内外を問わずして走り回っている。 それが原因でクラスメート不足に陥り、作業が遅滞するクラスも出始めていた。 そこで遂に文化祭準備を妨害しつつある奴らを取り締まるため、暗部が動き出したという風評が発生している。 しかし、不正委員と毎度の如く激突するグループがあり、その彼らはしっかりと作業しているために暗部の目から逃れ、目下、山神綾香率いる"赤備え"――赤い布を襷掛けにしているから――と衝突を繰り返していた。 不正委員会の精鋭と互角に戦っているのはもちろん、学園一の愉快犯――結城晴也率いる4人組だ。 総大将として方針を示す結城晴也。 将軍として不正委員と激闘する村上武史。 参謀として不正委員の裏をかく熾条一哉。 敵の攻撃から偶然、味方を守る来須川クリス(←哀れ)。 そんな彼らの激闘が文化祭前準備の見せ物と化しつつあった。 渡辺瀞 side 「―――待ってッ!」 渡辺瀞は熾条一哉の背に駆け寄り、腕を一哉の前に回して背中に抱き付いた。 「死にに行くの!?」 「・・・・離せ」 一哉は必死の面持ちの瀞に振り返ることなく、ゆっくりと自分の体に絡んだ手を解きながら言葉を紡ぐ。 「俺の双肩には一二〇〇の精鋭部隊の命。そして、精鋭部隊1人1人の背中に自軍の総兵力がいる。総兵力の後ろには国民が。・・・・一歩も退くわけにはいかないんだ」 トン、と瀞を後ろに押し返した。 瀞はたたらを踏みならがらも何とか転ばずに済む。 「でも・・・・でもッ」 「―――殿。準備、滞りなく整いまして御座います」 「分かった」 一哉は前の台に置いていた兜を頭に付け、顎の下で紐をくくって固定した。 「一哉・・・・」 「出陣だッ。法螺を鳴らせェッ」 ―――ブォォォォォォォォォォ 『遠くから法螺貝の音が響く。それを合図に一二〇〇の正規兵に雑兵を加えた六〇〇〇が進軍し始めた』 「一哉ッ」 「必ず帰る・・・・とは言わない。でも・・・・」 一哉はようやく振り返り、微笑む。 「この地を踏ませはしない」 「・・・・一哉」 「先鋒の来栖川隊に迎撃地域の一歩手前で小休憩するように伝えろッ。隈辺、金森隊はその脇を固めるようにっ。明日には敵軍の先鋒と衝突する。味方本隊が到着する前にそれを撃破するぞッ!」 『『『オウッ!』』』 ガチャガチャガチャと甲冑を鳴らし、男たちは去っていく。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・綾香」 「はい」 ポツリと紡がれた言葉に背後から反応があった。 「渡辺の兵を収集して」 「―――っ!? それは!? ダメですっ。あなたにも死なれれば連合国に未来はありませんっ。ここは熾条を突破して傷ついた軍勢を迎え撃つことが最良です」 山神綾香は取り乱したように瀞に詰め寄る。 その目は心配そうに瀞を覗き込んでいた。 「死にはしないよ。それに熾条を磨り減らして、こちらの士気が上がる?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「渡辺の正規兵六〇〇。総兵力は三〇〇〇。充分に戦力になる。熾条と連動すればその兵は九〇〇〇」 「し、しかし―――」 「黙って。鎮守家を中心とした連合軍が如何に強兵でも総勢五万には届かない。・・・・敵軍は一〇万を超える。援軍も期待できないから野戦で打ちのめすしかない。そして、遠方からの連合軍が遅れている」 瀞は淡々とした口調で話ながら去って行く熾条の軍旗を眺める。 「だったら少しでも兵力を温存するのが手ではないでしょうか?」 「ううん。すでに鎮守本隊は一万八〇〇〇の軍を率いて出陣してる。短期決戦を望んでおられるはず」 「・・・・・・・・しかし―――」 「いいんじゃないか? 幸い、渡辺の軍勢の再編も終了している」 「晴也!?」 いつの間にか主従の側に結城晴也が立っていた。そして、その背には鎮守本隊の旗指物を指している。 「本隊は、もう来たの?」 「いいや。俺は伝令だ。―――『急ぎ熾条と合流し、敵軍と交戦せよ』だ」 「はい。分かりました」 瀞は笑顔で頷き、綾香は呆れ顔でため息をついた。但し、その手に大鎖鎌が握られていることがひどく印象的だったが・・・・・・・・。 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お〜い」」」 「んあ? ああ、終わっ―――どぁっ!? あ、綾香!? その鎌って投擲武器なの!?」 「あら? 鎖鎌ってそうじゃない?」 ジャラリと鎖を引き、壁にめり込んだ鎌を引き戻す綾香。 「えっと、監督はどうして寝てたのかなぁ?」 「瀞、ちょっと怖いよ、その笑顔・・・・」 引き攣った笑みを浮かべながら、鎌によって引き裂かれたメガホンを拾う。 「だってあんたら3人、演技完璧なんだもん。指導しなくて済むわ」 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」 (((まあ、それは当然・・・・))) 3人は良家の子女だ。 礼儀作法が叩き込まれると同時に公での態度として日夜、"演技"の練習をしていた。 文化祭程度の演技などセリフさえ覚えれば軽いものだ。 「ってか一哉は?」 「あぁ〜、奴も非の打ち所がないわ。ほれ、演技指導のしがいのない奴らはとっとと下がっとれ」 シッシ、と手で払われた3人は隅で待機していた一哉の下に行く。 「一哉、どうしてあんなにうまいの?」 「いやぁ。大使館に乗り込むとかでいろいろ必要だったんだ。何て言うか、処世術?」 「「いや、何か違うでしょ・・・・」」 凄腕のゲリラだったことを忘れていた。 「さすが一哉だ。どうだ? 今度、理事会に潜入しないか?」 「断る」 「ふんっ」 「ノォッ!?」 無意味に歯を光らせ、一哉の肩を抱こうとした晴也は一哉に手を払われ、綾香が投擲した大鎖鎌の分銅に行く手を阻まれる。―――因みに分銅はその先の来須川クリスに命中し、彼の意識を刈り取っていた。 「は〜る〜や〜?」 「いや、だってさ。理事長の姿見たことねえから気になるんだよ」 確かに統世学園の理事長はどの学校行事にも姿を現さない。しかし、こんな学校を維持できる財力とその発想力だけに敬服の意を表している生徒は多い。 きっと初登場シーンはヘリからのワイヤーアクションだろうと囁かれている。 「ふ〜ん、あれ? でも、あんたのお兄さんなら会ったことあるんじゃないの?」 「ぁあ、そう言えば、教師連を職員室に押し込んで包囲した後、片手間に理事長室を攻撃したとか言ってたっけな」 晴也は思い出すように天井を仰ぎ見て言った。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、どんな兄よ」」 息のあった一哉と瀞のツッコミ。 「俺と姉貴の兄」 至極真っ当な返答によって納得してしまった。 結城晴輝。 現結城宗主で"鬼神"の異名を取る武闘派宗主だ。 一年前の鴫島事変では先代が討たれた後、単騎で敵本陣を上空から急襲し、妖魔数十を抹殺するという戦果を上げている。 さらに日常面では今の統世学園生徒会を作り上げた偉人でもある。 生徒会擁立当初は教師の言うことを聞く扱いやすい生徒会長。しかし、時期を見て、各武道部活を統率し、クーデターを起こす。 当然、奇襲された教師連は始終劣勢。 この時に暗部が創設され、各委員会も呼応してその名を変え、保健室・放送室を占拠。 風紀委員――不正取締委員はその他生徒の先鋒としてその武威を示し、晴輝は戦闘の間、本陣である当時の生徒会室で高笑いをしていたらしい。 「―――でも、襲撃した奴らは謎の黒子さんに撃退されたらしいぞ? それに命がけで仕掛けた監視カメラにも何も映らなかったらしい」 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・黒子?」」」 「ああ」 「「「「謎だ(だね・よ)」」」 「だから行こうぜッ」 晴也は爽やかに綾香との間に一哉を挟んで誘う。 「ん〜」 「って悩むなッ」 ―――ブォンッ 「うわっと危なッ」 一哉は慌てて頭を下げた。 その上をまるで首を刈り取るかのように鎖鎌の刃が通過する。 ―――♪〜〜♪〜 「―――おう、こちら四郎次郎〜って何ィッ!? 不正委員が攻め込んできた!?」 いきなり不穏当な会話が始まった。 「分かった。とにかくアレだけは死守しろ。すぐに俺も―――あ、悪ぃ。敵のエース抑えるからがんばってくれ」 『な、それ薄情!?』 電話の主は晴也の右腕と名高い村上武史らしい。 けっこう焦っているのか、というか電話から爆音が聞こえるのはどういうことだろう。 『ダダダッ、ズキューンッ! あ、けいた―――ブツッ』 「・・・・ご臨終なされたか・・・・」 携帯に向かって手を合わせる晴也は不気味だ。しかし、その背後で死神の如く鎌を振り上げている綾香の方が数倍不気味だった。 「覚悟はいいわね?」 「ふっ。甘いな、綾香。誰がお前を相手すると思っている?」 その言葉に反応し、一哉は瀞を連れて10メートル離れる。 瀞も分かったのか、大人しく付いてきた。 「ちっ。勘のいい盾め。―――クリス、後で女紹介してやるからここを保たせろッ」 「承知」 シュタッと晴也の前に立ちはだかるクリス。 その眸はかなりの意気込みを灯していた。 「なっ!? 晴也!?」 綾香が信じられない面持ちでクリスの後ろに隠れた晴也を見遣る。 「誰がお前との一騎打ちなど危ない橋を渡るかッ。俺は逃げる。クリスを礎にしてッ」 「HAHAHA! 晴也クン、ソレハドウイウ意味ダネッ!?」 引き攣った笑みを湛えながらも先程の報酬の効果か、綾香に向ける拳の角度は変わっていなかった。 「さらば朋友。一撃耐えれば充分。安心して冥界のおなごと戯れろ♪」 「やっぱりそういうオチかッ!」 クリスは力一杯ツッコミを入れるが、すでに晴也は逃走に移っている。 「HAHAHA!! 後は任せた、クリスッ!」 高らかに笑って――しかも、笑い声を真似て――晴也は殿を押しつけた。しかし、その殿部隊は配置された時から風前の灯火。 「待ちなさい。―――ってぇ邪魔ッ!」 「グファッ!?」 クリスは一撃で吹っ飛び、ゴロゴロと転がっていき、大道具の用品入れに激突して目を回した。だが、その一撃のロスの間に晴也は見事、逃走してしまう。 「くっ。最近晴也の逃走確率が上がってるわっ」 「うん。でも、その代わり、誰かさんの傷が増えてるんじゃないのかなぁ」 瀞は心配そうにクリスを眺めたが、その意を理解したのかクリスは復活した。 「ふはっ! 瀞さんっ、ありがとう心配してくれて。でも、オレは大丈夫だ。あれくらいの一撃でのされるようじゃこのクラスでは生きていけないと学んだぜ。ふんっ、山神の一撃もまだまだだなァァァッッッ!」 『『『オオ〜〜』』』 歓声がクラスから上がる。しかし、それはクリスを見てのものではなかった。 ―――ドグゥッ 「ガハッ!」 廊下の向こうから飛んできた分銅がクリスの腹にめり込み、再び宙を舞う。 『『『さすが山神。下手したら"白矢の悪魔"の後継者かもしれん』』』 A組男子のセリフに他の普通科の男子たちも頷いた。―――因みに言った連中はバリケードの向こうに退避し、もしもの第二弾を警戒している。 「・・・・何て言うか・・・・。そこまで警戒するなら言わなきゃいいのに」 真理を言えばそうなのだが、やはり言ってしまうのが人の業と言えよう。 「―――熾条ぉ」 「んあ?」 突然、入り口にいた生徒からお声がかかった。 その生徒の表情は微妙に固まっている。 一哉は不思議に思ってそこへ近付いていった。 因みに臨戦態勢だ。 この時期、どこから奇襲が来るか分からないのだから。 「どした? ―――うげっ」 思わぬ奇襲に一哉は後退りながらそう口走った。 「ちょっと、『うげっ』とは何ですの?」 窓側の廊下にもたれた熾条鈴音が形のよい眉を跳ね上げる。そして、他の者には起爆剤以外の何物でもない言葉を投下した。 「せっかく会いに来た者に対する礼儀はないですの?」 『『『うわぁッ!? また、女の子が一哉(熾条)に会いに来たぁッ!?』』』 絶叫する教室内の生徒たち。 「な、何ですの?」 大きな目をぱちくりさせる起爆剤。 「ふっ」 ポイッと携帯を放る。 「わったっ。・・・・これは?」 それは突然だったのでお手玉をしたが、何とか無事、少女の手に収まった。 「後で連絡する。因みにロックかかってるから交友関係を調べようとしても無駄だぞ?」 携帯を開け、じっと液晶を見ていた鈴音に言う。 「あ、あなたの交友関係など必要ありませんのっ。連絡さえこればいいのです」 パチリと閉じ、胸を張って言い返してきた。 「あそ? じゃあ、メール送るな?」 「見られないでしょうがッ!」 打てば響く。 (よし。気合いが入った) 一哉は腰を落とし、振り返った。 その手は腰に差した<颯武>の柄を握っている。 「さっさとどこへなりとも行け。巻き添えを喰らいたくなければな」 「何を言って・・・・・・・・え?」 およそ二十数名が得物を手に半円を描いていた。 その視線はピタリと一哉に向いている。 異様な空気を感じ取ったのか、鈴音は逃げるようにして歩き――微妙に意地を感じる――去った。 「一哉。いつの間に年下キラーになった?」 1人が代表して進み出る。そして、妙に光るレンズの眼鏡を押し上げながら言った。 その言葉に彼の後ろの者が頷く。 「そんなのになった覚えはないな」 一哉はゆっくり辺りを見回しながら答えた。 逃げることもできたが、ここで終わらせなければ大変なことになる。 「くそ、今の子といい、前の中等部の子といい、渡辺さんといい・・・・」 「ちょっとどうして私が出るの?」 「どうして熾条、お前はそう年下、もしくは幼―――ガッ?」 「えへ♪ 加勢するよ、一哉」 トテトテと側まで寄って来た瀞は満面を一哉に向ける。 その向こうで先程の発言をした者が転がっているのは無視しなければならない。―――命が欲しければ。 「でかした。最近、調子乗りすぎの奴らを懲らしめるか」 「そうだね。いい木に育つには無駄な枝を切り落とさないと」 「ははは」 「えへへ」 一哉と瀞は実に分かり合ったように嗤い合う。 「「さあ、かかって来な(て)」」 『『『ウオオオオオオッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!』』』 見事、その場は修羅場と化した。 熾条鈴音 side 「―――はい? お母様。もう一度御願いしますの」 鈴音は『軽い運動』を終え、今日の首尾を実母に連絡していた。 『あら? 聞き取りにくかったかしら?』 「いえ、そうではなく・・・・。宗主が不介入と決めたのですよ?」 『でも、実際に現地にいるのに戦わないのは違う思います。宗主が不介入を決断した理由にあなたは当てはまりませんよ? ―――それに・・・・あの子もいることですし』 『ふふふ』と上品に笑う母。 『―――ぐぉっ、い、一哉ぁッ! 逃げ―――ぐふっ』 『あらぁ? まだ言葉を発する余裕があったのですか? あらあらまあまあ♪ やはり手加減はいけませんね』 受話器の向こうから喜悦に満ちた声が聞こえる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 『いや、ちょっと待て。これ以上やるというのか!?』 『あら? まだ、あの地獄の階段落ちよりずいぶん手加減しているつもりですよ?』 『あれはさすがに地獄を見たッ。百段を超えるんだぞ、あの階段ッ!』 『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロと、実にいい転がりっぷりでしたわ。再現したいくらい♪』 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘ぉ?』 『ふふ、ほ・ん・と・♪』 『ギャーッ!? 鈴音、タスケテ!?』 「自業自得ですの」 『イヤァッ!!!!!!!!』 『ウケケケケケケケケ』 破砕音と打撃音。そして、断末魔が受話器から溢れ出し、部屋中に響き渡った。 「―――やっぱ、親子だ・・・・」 部屋の隅で『軽い運動』の結果、ボロボロになった旗杜時衡はポツリと呟く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鈴音は問答無用で火球を投げつけた。 「全く、うちの男どもは・・・・」 こちらでも響く爆発音と悲鳴。 それらをすっぱりと無視し、鈴音は頬に手を当て、ため息をついた。 「―――待たせたようだな」 ギキ〜と油が必要そうな音を立て、屋上の扉が開く。 その向こうには今自分が握り締めている携帯の主と、自分と同い年そうでひとつ年上の少女が立っていた。 「いえ。学園まで押しかけたのは私ですし、待たされる覚悟はしていましたの。・・・・相席を希望される方に少し驚いてますが」 昨夜の記憶を頭の片隅に封印し、鈴音は不揃いの髪先を弄っていた手を下ろし、じっと同じ姓を持つ少年を見つめる。 「もう一度、自己紹介をしますの。前はすぐにゴタゴタがあり、時衡の非を弾劾しましたから・・・・仕切り直しですの」 「ああ、分かった。その前にこいつを紹介しとくな」 一哉が少女の背を押した。 「ええ」 鈴音が肯定したのを見て、少女は数秒だけ考えて口を開く。 「え、と・・・・渡辺瀞です。一哉とは・・・・昨日にコンビ結成と相成りました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺?」 「うん」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ、全く嘘をつくならもう少しマシな―――」 「てい♪」 ―――ピシャーン 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 屋上の一部が氷結した。 かなり強引なやり方だ。 結界も張っていないので見られたらどうするつもりだろうか。 「・・・・分かりました。あなたは水術師ですの。しかも、聞いたことがありませんが、氷を操れるということは直系なのでしょう」 「くく。因みにこの学園の生徒会長は結城晴海。同じクラスには結城晴也と山神綾香がいる」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国内最強学園ですのね」 何だが脱力した。何のためにここにいるのか忘れそうになる。 「いや・・・・まあ、そうだろうな・・・・」 何故か遠い目をする一哉。 隣の瀞も何故か目を背けている。 「まあ、話を戻して。―――私の名は熾条鈴音。熾条宗家の次期宗主に選ばれている身ですの。そして、あなたへの用件は、身柄を宗家への連行ですの」 すでに聞いていたのか、瀞に変化はない。 ただ、一哉を見上げ、その反応を待っているだけだ。 「ま、それはすぱっと拒否だ。俺は帰る気はゼロだし、万が一その敷居を越える時は親父をとっちめる時だな」 さらりと宣戦布告。 「その言葉に嘘偽りはありませんのね?」 鈴音は目を細め、真意を探ろうとする。 「ああ」 そんな鈴音の瞳をまっすぐに見通し、一哉は頷いた。 「・・・・分かりました。とりあえず、今この場でその任を遂行することは諦めますの。・・・・それで鬼族の件ですが・・・・」 すっと鈴音は屋上から下を見下ろす。そして、文化祭の風景に混じって木の影に座っている制服の少女を見遣った。 「【熾条】が介入したいのは山々ですが、この地は九州から遠すぎますの。あなたを捜索していた鷹羽家もすでに帰還していますから・・・・【熾条】の意に従う組織もありません」 鈴音は体の前に手を下ろし、その先で手を握る。 「―――熾条宗家はこの戦いに不介入です」 ざあ、と秋の風が鈴音の肩当たりの髪と瀞の臀部辺りまでの長髪を靡かせた。 「・・・・そうか。ということは協力してくれていた旗杜時衡も帰るのか」 一哉は少し俯いて黙考する。 「その件ですが、まだ続きがありますのよ」 「?」 「宗家は不介入の決断を致しましたが、私の両親たっての希望で私と時衡はこのまま残り、参戦しますの」 「「え?」」 実に間抜けな声。 何故かこの言葉は彼らの不意をついたようだ。 「ちょっと待て。お前の両親の希望ってことは普通宗家の意志にならないか?」 「まさか【熾条】って宗主の一存で方針が決められないほど合議制が進んでるの?」 同じタイミングで言われ、両方を聞き取れたのだから自分はやはり宗主に向いているようだ。 少し満足。 「何を言っているのですか? 当代の宗主に実子がいないのは有名でしょうに」 「あ・・・・」 瀞の方が思い出したように呟く。そして、思い至ったのか、ズザッと後退って鈴音と一哉の両方を見遣った。 「んん? ってことはお前は養子なのか・・・・」 「ええ。私の実の両親は熾条厳一・琴音夫妻ですのよ」 さらりと告げ、鈴音は試すように一哉を見る。 「へぇ。そういや師匠が親父に妻がいるとか言って、た・・・・な・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・ん?」 首を傾げた。そして、「あははは〜」と笑い出す。 「い、一哉っ、しっかりしてっ」 ひしっと瀞が抱きつき、正気に戻そうとその襟首を掴んで揺さぶった。 「あは、はは・・・・うぅ・・・・苦しぃ・・・・」 「巫山戯るのはそこまでにしてくれませんか、"お兄様"?」 ガクガクと揺さぶられ、蒼い顔になっていく一哉に鈴音は底冷えする声を放つ。 裏腹に劫火の<火>が集まっていた。 「・・・・はい。今存在を初めて認識した妹よ」 「はぁ・・・・」とため息をつき、襟首から瀞の手を外す。そして、どこかしらに殺気混じりの視線を飛ばした。 母の嗅覚を受け継いでいるならばその先にいるのは間違いなく父だろう。 「ですから、兄妹なので手伝いますの。異存はありませんね?」 にっこり。 鈴音は両腕を袂に引っ込め、"とあるもの"たちを掴んで笑いかけた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最近、俺の立場がどんどん低下していくのは何故だろう・・・・」 一哉が遠い目をする。 何故か哀愁が漂ってきた。 (ふ、【熾条】の男が【熾条】の女に勝てるはずないでしょう?) 結城三兄弟 side 「―――ふ〜む、むぅむぅ」 「むむっ、むむむむっ」 純日本建築の屋敷の一室に若い男女の呻き声が響く。 「さてどうしようか、弟よ」 「どうしようかねぇ、姉よ」 男女は見つめ合い――― 「「う〜ん」」 すぐに頭を抱えた。 「―――おお? どうしたよ、久方ぶりの姉弟たちよ」 本当に久しぶりな声。 声の主は部屋に入り、畳の上に行儀良く座る。 その洗練された動きはすでに彼の一部と化している。 「おお、兄貴。いつの間に脱獄した?」 「いや、ようやく釈放された」 「どうせ、また戻るんでしょ?」 「・・・・言い返せないのが怖いぞ」 いきなり物騒な話をするのは国内風術師を束ねる結城宗家の直系3人だ。 「―――言い返せるようになってください」 呆れた声音が当代結城宗主――結城晴輝の背からする。 「佳織さん」 坂寄佳織。 書類関係の処理が苦手な武闘派の晴輝とは5年来の付き合いになる人物だ。 5年前、晴輝が統世学園生徒会を率いてクーデターを起こした時の書記で短大を卒業後、その間にとった秘書の資格を利用して結城に就職した。 因みに就職したと言うより結城の情報網を使って晴海が探し出し、当時金に困っていた佳織の前に大金を置いて交渉したのだ。 「さあ、先輩。3時から倉山家との会議です。行きましょう」 「待て。今2時32分だぞ?」 「大丈夫です。私のローレライならば10分あれば充分です」 「妖女!? ってか、それは交通法に―――」 「我が道を構築します」 ガシッと晴輝の腕を取る佳織。 「ヒィッ!? 姉弟たちよっ」 晴輝は空いた方の手で姉弟に助けを求める。 「ああ、働く男の人ってかっこいいわ」 「俺の誇りだぜ、兄貴」 グッと2人は親指を突き出し――― 「「GOOD LUCK!!」」 問答無用で追放した。 「姉弟の情は!?」 「2人は分かってくれたんですよ〜」 そっと抱擁するように腕を絡め――これで逃げられない――佳織はにっこり笑う。 「何を!?」 「うふふ♪」 「ギャーッ!! タスケテェェェェッッッ!!!!!」 結城邸に愉快な宗主の声に反応し、姿を見せる者はいなかった。 |