第五章「炎の一族」/ 10



 熾条一哉は人を頼るということはしない。
 それは組織を嫌う理由と同じ。
 全てを力で、利権のために人を数としか見ず、個々人の能力を無視するから。しかし、一哉も名の知れた戦略家。
 個々人の能力を充分に引き出すには彼らの全ての能力を把握する必要があった。―――決して、彼らを磨り潰す、力攻めにならないようにするために。
 だから、一哉は彼らの輪に加わらない。
 遠くから眺め、観察する。
 人間関係、性格、性質などを考え、編成し、最もやりやすい布陣を調える。
 側近は作らない。
 特別は作らない。
 分析し、解析し、創造し、構築し、表現し、顕現する。
 それだけの動作が戦時の一哉が自らに許すこと。
 上から見れば小生意気な指揮官。
 下から見れば何を考えているか分からない指揮官。
 故に居場所はなく、それ以前に求めない。
 表面を繕い、裏側に記憶装置を仕込んだ少年。
 それが"東洋の慧眼"・熾条一哉。
 決して信用されることなく、信用することのない。
 適応力がありすぎるから、傷つくと傷を治すのではなく、そのままが自分となる。
 まるで整備士のいない兵器だった。

 これが瀞が9月に自分が再び一哉と暮らすことを知った厳一からの電話で聞いた内容だ。

『―――だから、瀞さん。あいつをよろしく頼むよ』
「・・・・へ?」

 あまりの内容に呆然としていた瀞は間抜けな声を上げた。

『音川での生活は奴を確実に真人間に戻している。男爵の戦いで何かが切れたのかもしれん』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 確かにあの後、一哉は吹っ切れたように生活を楽しんでいる。

『だが、戦闘時はどうなるか分からない。奴は戦力の運営は得意だが、自分を中心においた戦術がまだまだだからな』

 圧倒的な戦闘力を有しながらも戦士ではなく、指揮官として名を馳せた一哉。
 戦いながら他を意識することは至難の業だから斬り捨てた。
 それは戦いつつも自分の身を守ってくれる人がいないから。―――最近、半身である緋を手に入れたが。

『だから、頼めるかな? 瀞さんが一哉に居場所を求めるように、奴も君に居場所を求めるようになるよう・・・・努力してくれないか・・・・?』

 やや不安そうで気遣う声。
 それは一哉から聞く厳一像とは似ても似つかぬ"父親"の声だった。

「・・・・・・・・できるか、分かりませんけど・・・・・・・・がんばります」

 小さな、何気ない決意。しかし、それが今後、一哉と付き合うための最も必要な覚悟だった。






渡辺瀞 side

「―――はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 瀞は学園から旧駅広場まで"気"を巡らせ、身体能力を向上させた臨戦態勢で走破した。
 これは宗家では意味合い的に「職権乱用」とされる行為だが、些細なことだ。

(あれ・・・・?)

 一瞬の違和感。そして、気が付く異常。

(人がいない? ってさっきのは人払いの結界!?)

 駅前広場には誰もいない。
 駅の機能が完全に停止しているとはいえ、駅周辺に人がいないのはおかしい。
 明らかに人払いの効果が表れていた。
 人払いの効果は明確な理由があってそこを目指す者の思いの強さで抵抗力が決まる。
 何となくでは入れない空間を作り上げるのだ。

「やっぱり、何かあるんだ・・・・」

 瀞は焦らず、辺りを見回す。
 必ず結界を通り抜けたことによって誰かがやってくるからだ。

「―――お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」

 案の定、近くの車から愛想笑いを浮かべた男性が瀞に近寄ってきた。

「ええ。少し友達と約束があるんです。だから―――」

 この気配は一哉の敵。
 ならば容赦はしない。
 瀞は己の内に眠る武器を呼び起こし、男に悟られないように右手を左腰に当てた。

「―――邪魔です♪」
「は? ―――っ!?」

 笑顔で一閃。
 顕現した<霊輝>は白刃を煌めかせ、男を逆袈裟に切り裂く。
 <霊輝>は人を傷付けることはない。だが、あまりの浄化能力のために体内が一掃され、意識が刈り取られるのだ。

―――ドサッ

 男は何があったのかも分からずに失神した。しかし、彼だけではないはず。おそらくはあの中で戦っているだろう。

「一哉・・・・」

 <霊輝>片手に走り出す。
 目指すは地下。
 2ヶ月前の惨劇の舞台へだ。

「うわぁ、暗っ」

 中に入っての第一声。
 その後、瀞は進路に悩む。
 どこに行けば一哉がいるか分からないからだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 目を閉じる。
 炎術の特徴は目映い光と地を揺るがす爆音だ。
 光は遮蔽物で簡単に遮られるが、音は閉鎖された地下と言うこともあり、よく響くはずだ。

―――ドォンッ、ドドォンッ! ドガァンッ!

「―――聞こえたッ」

 音は遠い。さらに多くの破砕音=集団戦闘。
 それさえ分かれば戦場が限られてくる。

「3階の・・・・駐車場、かな」

 当たりをつけるとすぐに走り出した。
 戦闘はよほど激しいのか、爆音とともにいろいろ壊れる音がする。

「―――っ!?」

 曲がり角を曲がろうとした瞬間、その奥に誰かが見えた。

「っ、はぁ・・・・」

 深呼吸。そして、もう一度、ゆっくりその先を見る。

「―――おい、やっぱり連絡がつかない。首領に報告するか?」
「でも、奴らは勢揃いしてるんだろ? 戦いもまだまだ激しくなるだろうし・・・・。首領に報告すれば・・・・勘違いされてどやされるぞ」
「うっ、それはいやだなぁ」

 人数は2人。
 話をしているが、油断はしていない。
 先ほど、瀞が倒した男と連絡が取れないから警戒しているのかもしれない。
 もし、瀞が気配を消すことに長けていなければ容易に見つかっていただろう。

(よし・・・・)

―――カツンッ

「「誰だ!?」」

 わざと石を蹴った。そして、遠退く足音。

「くっ、逃がすか―――っ!?」

―――ザンッ

 角を曲がった男を一太刀で仕留める。

「何ッ!? おま―――ぐふッ」

 そのままの勢いで<霊輝>をもう1人に突き立てた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 瞬殺。
 機転と演技が光る戦法だった。

(ふぅ・・・・、演劇の基礎だって・・・・その場で足踏みして遠離るやつ、習得してよかったぁ・・・・)

 教えてくれた演劇部員に感謝の念を送りつつ、緊張で浮かんだ額の汗を拭い、他に敵の気配がないのを確認する。

「・・・・何が、どうなってるの?」

 立て続けに奇襲で3人を倒した瀞は訳が分からないというように首を傾げた。
 その原因は一人目はともかく、今の2人の姿だ。
 まるで鬼のような容姿。
 このような異形の者が何故、ここにいるのだろう。

(一哉、あなたは・・・・いったい"何"を相手にしているの・・・・?)

 驚愕が頭頂から足先まで落雷の如く駆け抜けた。
 このような容姿を持つ者は数える限りしかない。そして、外の1人も彼らの仲間とするならば―――

「・・・・一哉、何て者を相手にしてるよ!?」

 二世代前までの全退魔界共通の敵。
 いくら一哉が歴戦の兵とはいえ、限度がある。

「―――爆音が小さく、なった・・・・?」

 戦闘の規模が小さくなったのではない。
 炎術を使う余裕がなくなったのだ。
 間違いなく、炎術を多用しているのは一哉側だ。

(ちょっと、一哉無事だよね!?)

 瀞は信じられない面持ちで音源向けて走り始める。
 すぐに瓦礫の山が通路を塞いでいて上の方しか空いていないところに出た。
 迷わず、瓦礫を登り始め、その向こうで行われている戦場を見下ろす。

「いち―――え?」

 その先は火の海だった。そして、その向こうにいる人物を認め、ほっと息をつく。
 見たところ無傷。
 敵の追撃戦に入っているのか、一哉以外炎術師の姿はなかった。

(チャンス、かな・・・・)

 瀞はゆっくりと気配を消し、瓦礫の山から下り始める。
 見つかれば逃げられる可能性があるからだ。
 一哉はやはり気付かず、ブツブツと何か呟いている。
 それはやはり戦局に関することを考えているのだろう。

(鬼族だろうが、何だろうが・・・・私は一緒に戦う―――)

「―――孤立無援か。苦しいな」

―――プチ♪






熾条一哉 side

 新生鹿頭家の初陣はコンクリート片と火球の応酬で始まった。
 始め、何の狙いもなく撃ち出されるそれらは相殺され、両陣営の届くことはなかった。
 一哉は全軍の指揮を鹿頭当主である朝霞に任せ、後方で観察することにする。

「―――前衛、後衛に分かれてッ。後衛はその辺の瓦礫を遮蔽物にして撃ち続けるッ。前衛は機を見て乗り崩しをかけるわよッ」

 朝霞の指示に鹿頭家は動き出す。
 時衡と鈴音も近くの瓦礫の影に飛び込み、鈴音は和服の中からいろいろ物騒な物を出し、臨戦態勢となっていた。さらに時衡もその太刀を抜き、いつでも飛び出せるように準備している。

「・・・・なるほど、ね」

 鬼族の動きが変わった。
 無秩序にばらまかれていたコンクリート片が明らかにとある物を狙い出す。

「―――っ!? 照明、守ってッ」

 朝霞の指示。しかし、それは無茶な注文だ。
 照明器具に向かうコンクリート片の数は十数。
 咄嗟に炎を放っても全て焼却することは無理に近い。

―――ガシャーンッ

 コンクリート片が照明器具を打ち抜く、電源が切れ、辺りは闇に包まれた。
 鬼族が照明器具を狙ったのは鬼族が術者よりも五感に優れているからだ。
 自分たちには闇に見えても彼らにはある程度、視界が利くということ。

「―――っ!?」

 一瞬、見えた朝霞の顔は恐怖で引き攣っていた。
 鹿頭の村も夜に襲われている。
 きっと同じ手法だったのだろう。

(ここまでか・・・・)

 朝霞は冷静さを失っている。
 これ以上の指揮活動は危険だ。

(とりあえず、明かりだな。っとその前に前進してるであろう鬼族を倒さねば)

 一哉はその手に炎を纏い、敵に叩きつけようと振りかぶった。―――しかし、そのタイミングは失われる。

「―――"炎獄"ッ! 時衡、行きなさいッ」
「はいっ」

 戦場を縦横無尽に駆け抜ける不燃の炎。
 それは戦場を紅蓮で彩り、真昼の如き明るさで照らし出した。

『『『―――なっ!?』』』

 照らし出された鬼族はまるで無防備に立ち止まる。そこに太刀を振りかざし、時衡が躍り込んだ。
 銀光が硬い皮膚を切り裂き、闇へと鮮血が舞う。

「せあッ」

 さらに近距離からの炎術起動に鬼族がまるで車に跳ね飛ばされたように吹っ飛んだ。

(・・・・熾条流戦闘術)

 音に聞こえる遠距離を可能とする精霊術の特性を無視した戦法。
 【熾条】は代々忍びの一族というのは有名すぎるが、それは戦法が忍びの酷似しているからかもしれない。
 一瞬の停滞をも許さないような動の戦術。
 あらゆる武器を駆使した攻撃。
 そして、他の属性からは品格がないとか、優美でないとか言われる政策。
 特に名家中の名家である結城宗家からは侮蔑の対象となっているらしい。

「くっ、熾条に遅れを取るわけにはいかないわ。前衛前進っ」
「おおっ!」
「負けるかっ」

 焦ったような朝霞の指示に鹿頭家の術者は得物を手に突撃を開始した。
 その場所は時衡参入で色めき立った先遣隊を援護しに来た第二陣である。

(お、ここはなかなかいいところに)

 若干、朝霞の指揮を見直した。
 ここに遠距離戦で幕開けた戦闘は白兵戦へと移る。しかし、一哉は相変わらず、離れたところで全員の能力を把握しようと躍起になっていた。

(ふむ・・・・直系だけのことはあるな・・・・)

 他の炎術師が己の得物か、炎術に集中し、やや動きのない戦闘になっているのに鈴音だけは1人の相手に拘らず、戦場を駆け抜けている。その際に術やら棒手裏剣やら太刀やらを繰り出していた。

(・・・・うまい)

 決して誇れる綺麗な戦いではないが、流れるような戦いぶりに一哉は驚く。
 鬼族の硬い皮膚や高い対精霊術によって致命傷を与えるには至っていないが、確実にダメージを与えていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 燃え盛る炎を気にせず乱戦になっている者たちをじっと眺める。
 正直、今まで体験したどの戦いよりも高度だった。
 何故なら、未だ誰も死人を出していないのだ。
 弱いのではなく、双方とも強いのだ。
 考えてみれば能力者最強の精霊術師に有利な体質を有している鬼族。
 鹿頭村で圧倒的な数に囲まれながらも生き長らえた生粋の戦士たち。

「・・・・・・・・・・・・・・・・フッ」

 一哉は稀に見る精鋭の戦いに期待を膨らます。
 以前一哉が襲撃した渡辺宗家の術者は混乱し、さらに指揮官が不在だった。
 どんなに優れた兵でも指揮官がいなければ何もできないものだ。
 朝霞も指揮官としては初陣だが、少しの知識と聞きかじった経験談から必死に指揮を執っている。

『『『―――ウオオオオッッッッ!!!!』』』

「げっ」

 鬼族が物陰から大挙として出てきた。
 今まで前線で戦っていたのは鹿頭15人と鈴音・時衡の17人。それに対して鬼族は20人ほどで数的戦力差はあまりなかった。しかし、全軍を投入するような攻勢で鬼族の総数は30人を超える。
 地下と言うことで満足に炎術を使えない――衝撃で天井が崩れれば生き埋めになるから――術者たちにしてはかなりマズイ状況になる。

(撤退か・・・・。俺が殿を―――)

「―――"劫火繚乱"ッ」

 突如、視界で赤色が弾けた。

「―――な・・・・」

 轟々と炎が咆哮する。
 鈴音が駆け巡りながら構成した術式は炎術の中でも特に無差別攻撃を主体とする術式だった。
 一哉はこういうところで使ってはいけない術式ナンバー1だと緋から聞いている。

「お嬢様!?」

 正気を問うような側近の声に鈴音は威厳とも取れるような自信に満ちた態度で返した。

「このような術式、完全に制御しきれず、何が次期宗主ですのッ!?」
「いや、ま・・・・おっしゃる通り。しかしですね―――」

 時衡は乱舞する火球を躱わしながら声よ枯れよとばかりに絶叫する。

「―――たかが・・・・って、俺たち、分家にはこれを起動するだけで数人がかりなんですけどぉ―――ッッッ!!」

―――ドドンッ、ドガガッ、ズドォッッンン!!!

「―――ふわぁ・・・・」

 思わず間抜けな呟きを漏らしてしまう。
 それほど、一哉は完全に鈴音の炎に見入っていた。
 鈴音の炎は鬼族を容赦なくゴム鞠のように跳ね飛ばす。
 いきなり目の前から消えた対戦相手を鹿頭の者は引き攣った笑みを浮かべて見ていた。
 死者が未だ出ていないのはやはり火力をかなり制限しているからだろう。しかし、それができるということは技術的にもかなり優れた術者で、実行するとはかなりの度胸を持ち合わせていると言うことだ。

「何するのッ!? 戦いどころじゃないじゃないッ!」

 乱舞する炎を必死に避けながら先陣を切っていた朝霞が叫ぶ。

「む」

 確かに無差別攻撃だから鹿頭家も必死に逃げ惑っている。
 戦いは生存戦というようなものに変化していた。

(まあ、あのまま続けていたらこちらは崩れていたから俺は何も言えないんだが・・・・)

 最前線で戦っている者には酷以外何物でもない。
 もちろん、攻撃対象にされている鬼族はもっとだろうが。

「あ、逃げるッ」

 波が退くようにゆっくりと隊列を整え、鬼族が撤退し出す。
 賢明な判断だ。
 これ以上は両陣営に不要の被害を出し、しかも、それは同数程度。
 戦力差が倍以上の鬼族にとって痛撃である。―――だが、古今東西、最も有利な戦法は包囲殲滅戦などではない。
 追撃戦である。

「―――逃がすなっ。地上までは追撃しろっ。必ず伏兵には気をつけてな」
「分かってるわっ、そのくらいッ。―――香西ッ」
「うむっ」

 鹿頭家は香西を先頭に鬼族を追撃し出す。
 駅の通路は一本道なので炎弾が空気を焼き切りながら突き進み、鬼族の背後を脅かしていた。
 正直、討ち取ることはできないだろうが、鹿頭家の鬱憤は晴らされるだろう。
 次の戦闘ではもう少し、冷静さが出ることを期待する。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 徐々に爆音は遠退き、戦場には一哉と時衡、鈴音だけとなり、沈黙が訪れた。
 一哉は顎に手を当て、今までの戦闘情報を分析し始める。
 鈴音はそんな一哉に常人ならば致死量に至りそうな殺気を込めた視線を向けていた。その後ろで時衡は「参ったなぁ」と頭をかいている。

「―――ふんっ、時衡、行きますの」
「へ? 任務はいいので?」

 踵を返し、鬼族の退路とは別の通路向けて歩き出す鈴音の背中にやや拍子抜けした時衡の声がかかった。

「今は圧倒的に情報が足りなさすぎますの。それをまずは説明なさいのっ」

 「うわっ、矛先が俺にキタッ!?」と表情で器用に表す時衡はそのままの表情で一哉に一礼する。

「それでは一哉様、お暇させていただきます」
「おう。鹿頭の面々、ここまでの先導ご苦労だった」

 一哉はそんな主従に視線を送ることなく、瓦礫に腰かけ分析の続きに入る。正直、やらなければならないことが山積みなのだ。

(敵戦力は未だ百を超えるが・・・・熾条宗家が鬼族に気付いたとなると・・・・どうなるだろうか・・・・)

 本来ならば【結城】に委託するだろう。
 【熾条】は九州以外のことにはあまり執着しないようだから。
 【結城】に委託となると晴也やその姉――晴海が動く。
 いや、鬼族ほどの大物だと、その上に立つ結城宗家宗主――"鬼神"・結城晴輝が腰を上げるかもしれない。
 戦力として申し分ないが、それは主導権が【結城】に移り、鹿頭家は敵討ちすら許されない。鹿頭家の運命を請け負った一哉として望むべきことではない。
 そもそも、一哉が鹿頭家に協力しているのはいつか熾条宗家と事を構える時の戦力とするためだ。
 つまりは彼らを恒久的に傘下に収めたい。
 彼らの敵討ちくらい満足に成し遂げさせなければ信用されず、また中東で退官した時と同じ状況になるだろう。

(かと言って、他に宛があるわけでもないしなぁ・・・・)

「―――孤立無援か。苦しいな」

―――ガキャッ

「―――っ!?」

 背後からの物音に一哉は脊髄反射的速度を以て飛び退き、同時に音源に掌向けて炎弾を放った。
 ひとつは正面から。
 ふたつは半円を描くようにして横合いから迫る。

「うげ、瀞!?」

 ようやく正体を視認した一哉は炎術を逸らそうとするが、間に合いそうにない。

「瀞、逃げ―――」

―――ズドンッ!

「・・・・・・・・・・・・え?」

 一哉は間抜けな声と共に掲げていた手を下ろした。

―――ザリッ

 靴が砂利を噛む。
 三方から迫る炎弾を瀞はあり得ないことに、その手の聖剣――<霊輝>の横薙ぎの一振りで消滅させた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 俯いているので表情は見られないが、あの迎撃方法では無傷だろう。

「ふぅ。・・・・ってどうして来た?」

 安堵の息をつくが、すぐに表情と感情を引き締め、一哉は問う。

「―――もちろん、一哉の味方をするためだよ」

 俯いたままだが、戦場の空気を祓うような清澄な声音。
 小さくパチパチという音にかき消えそうだったが、よく通る声だったので一哉の耳に届いた。
 パチパチの音の原因――炎は轟々と燃え盛り、瓦礫を焼いている。
 熱波が2人を襲っているが、一哉は元より炎から生じるものを寄せ付けず、瀞は<水>を周囲に張り巡らせ、炎を防いでいた。

「そんなこと、分からない一哉じゃないよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉は答えず、ただ手を振り上げ、炎を消し去った。そして、生じた暗闇に乗じて逃走しようと身を翻す。

「させないッ」
「―――っ!?」 

―――ドガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!

「―――おいおい・・・・」

 一哉は唖然として、ほぼ無意識にそう呟く。
 退路を塞ぐように瀞が氷弾を放ったのだ。
 それは一切のミスもなく、退路を氷結させてしまった。

「まさか・・・・退魔界を揺るがすことになってるなんてね」

 先程、自分がしたことを忘れたかのように穏やかに話しかけてくる。―――そう、表面上は。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉はその背後に背負う暗雲に畏怖し、頭が真っ白になっていた。

「鬼族、だよね、あれ? そして、戦っていたのは一哉1人でも、ないでしょ?」

 咎めるような、どこか拗ねた声音になり、ようやく一哉は自分を取り戻した。

「何故来た?」

 底冷えするような声。だが、やはり今の瀞には通じなかった。

「さっき言わなかったっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 コクリと可愛らしく小首を傾げるが、それは今の状況では脅迫以外の何物でもない。
 よく分からないが、瀞は完全にキレていた。
 百戦錬磨の一哉が経験は積んでいるが、強兵とは言えない瀞に明らかに負けている。

「私は一哉を助けに来たの。でも、誰かさんは困ってるのに頼ろうとせず、孤立無援とか言うし・・・・」

(なるほど。あれを聞いてキレた訳か・・・・)

 一哉は納得し、再び瀞を突き放そうと彼女の方を見遣り―――固まった。
 ブリザード。
 その言葉が今の状況を表すのに相応しい。
 瀞の周りに雪が荒吹き、さらに天井からは氷柱が吊り下がっている。
 まるで瀞周辺だけ極寒の地になったかのようだ。

「おいおい・・・・」

 迫る冷気に一哉は後退る。
 同時に自分からも炎を出し、その前衛は冷気とぶつかり、熾烈な勢力圏争いに発展した。

「―――私、分かったから。一哉の矛盾」
「はい?」
「一哉が炎術師とか、水術師とかに拘るわけないよね? それと、もし一緒にいる炎術師が拘るなら、組織が嫌いな一哉はそもそも一緒にいたりしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫌がっても一哉が主導権握ってるから大丈夫だよね。・・・・それでも・・・・私を拒絶した理由は・・・・一哉が優しいから」

 少し嬉しそうに微笑む。―――未だ凍える冷気はそのままだが。

「私が戦うのが嫌だったから・・・・それを尊重してくれたんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 図星。
 戦力としては申し分ないが、精神面ではかなり不安があったのだ。
 8月、師匠と出会うまで瀞は錯乱状態にあったらしいから。

「もう吹っ切れたよ。私を守るために誰かが傷つくなら・・・・そんな人たちを守れるほど強くなるよ」
「・・・・・・・・・・・・そう、か。それは分かった。俺はお前を見誤ってたみたいだな」

 素直に頭を下げ、非礼を詫びる。しかし、その視線は瀞に釘付けだった。

「でも、それは何だ?」

 ゆっくりと瀞の周りの氷から何かが現れる。
 力強い脚、ズラリと並ぶ牙、ピンと上を示す耳、そして、<水>で構成されたと示す蒼い痩躯。
 それは紛れもなく蒼い、明らかに水術で構成された狼だった。

「"蒼徽狼麗(ソウキロウレイ)"って言って、水術具現型最強術式だよ」
「最強!?」

 瀞は俯き、その前髪で表情を見ることができない。しかし、狼たちが一歩前に出ることでやる気満々だと言うことが分かった。

「お、おい・・・・」
「こうやってさ、言葉で理解してくれても・・・・一哉は絶対心の底では信用してないよね?」

 声がかすれてしまう。
 術者としては駆け出しの一哉が水術最強術式―― 一部語弊あり――を相手に勝てるわけがないのだ。

「だから・・・・実力で大丈夫だって示さないとね♪」

(ヤバッ! 根に持ってる上にいい感じに冷静だッ!)

 術式構成にはかなりの集中力がいる。
 それをキレた状態でやってのけるとは瀞は間違いなく大物。
 参戦させるかどうかは置いておき、今のままでは一哉の命が危ない。

(・・・・でも、やっぱり少しは冷静か・・・・)

 彼女自身は前に来ない。つまりは全力で戦おうとも彼女は傷つかないということ。
 実に配慮されている・・・・のだろうか。

「何か睨みきかせてるオオカミが・・・・10ぴきくらいいるんだが・・・・」
「大丈夫♪」

 にっこりと瀞が微笑む。しかし、一哉の闇に慣れた目はそのこめかみに浮かぶ青筋を見た気がした。

「GO♪」

 澄んでいてとても綺麗な声がここまで底冷えするものだと、誰が思うだろうか。
 一斉に地を蹴る狼たち。
 それは野生のそれらよりも知能が高く尚且、陣形を組んでいた。
 それは突撃の陣形――魚鱗。

「ああ、もうッ!」

 一哉は<颯武>を振り上げ、その刀身に炎を纏わせる。

(一気に焼き払って逃走さ)

 やはりかなりの精神力を使っていたのだろう。
 背後を塞いでいた氷は完全に溶け、闇がぽっかりと口を開けていた。

「喰らえッ」

 一哉まで後5メートル辺りで跳躍した前衛とそのまま走り抜けようとする後衛を一気に焼き払うために広範囲に炎をばらまく。
 <水>と<火>が一瞬の鬩ぎ合いを行い、相殺された。
 その時に発生した膨大な量の水蒸気はその圧力を暴走させ、水蒸気爆発を催す。しかし、一哉は予想していたので、冷静に後方に飛び退さって全面に防御の炎を撃ち出した。

―――ドォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!!

 爆風と炎が鎬を削るが、すぐに炎が爆風を呑み込み始める。

(よし、ある程度、行けば・・・・逃げるッ)

 瀞の申し出はありがたいし、今示された戦闘力はかなり頼もしかった。だがしかし、やはり戦場には連れて行きたくはない。
 今は大丈夫と言っても、前回は錯乱状態でも乗り切れた。
 何故なら敵が瀞ほどの実力者ならば簡単に御せる相手だったからだ。
 だが、今回は実際に戦いを見て思う。
 その状態の瀞は一哉では手に余った。

―――ドォォォッッ

 炎と狼たちの消耗戦が終盤に至ったようだ。
 音が小さくなり、爆風の勢いも落ちている。

「じゃあ、瀞、さらば―――っ!?」
「―――だ〜か〜らっ。させないってば♪」

 爆風・炎壁諸共、氷で貫いて蹴散らした瀞は一哉の背に両腕を回し、完全に拘束した状態で見上げてきた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うげっ」
「ふふふ♪」

 胸に頬を寄せつつも目を細め、見上げる瀞は己の運命を確信して嬉しそうに微笑む。

(あ〜、やっぱり・・・・無理かぁ)

 瀞に強く出れないことを再確認した一哉は諦めたように頭を垂れた。そして、それを見て瀞は威圧するような笑みからふんわりと柔らかな笑みに変える。

「前に一哉が私に言ったよね、『お前は誰と戦うんだ?』って」
「・・・・ああ」
「それに答えるね。私は―――"一哉の敵と戦うよ"」

 微笑む瀞に最終確認。

「死んでも知らないぞ?」
「うん♪」

 ニコニコと迷いのない笑顔で即答した。
 どうしても覆せない意志を受け、一哉は投げ遣りに艶やかな黒髪に包まれた小さな頭を撫でる。

「はぁ・・・・。よろしくな、相棒さん」
「あ・・・・」

 少し頬を染め、嬉しそうな笑顔が印象的だった。










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