第五章「炎の一族」/ 7


 

「―――戻りました」
「"篝火"か・・・・?」

 障子の向こうから笑みを含んだ声音が返った。

「・・・・夏のことか。仕方ないだろう。あそこで本名を名乗れば一哉に聞かれる可能性もあったのだから」
「しかし、渡辺宗主が聡明でよかったですね」
「ああ。だが、今はそれではないだろう?」

 厳一は前に座る老年の女性に言う。

「そうですね。今は・・・・鹿頭のことですね。私も彼らには手を付けられませんでしたから」

 老婆――年齢的にそうだが、見た目はそう見えない――が昔を思い出したのか、ため息をつきながら鹿頭家を思った。

「鹿頭村を襲ったのは鬼族で間違いない。それもかなりの集団だったらしい」
「鬼族が今の世界で組織的に生き残れるとは思えませんね」
「その辺りは<識衆>を動かそう。一哉では当面降りかかる火の粉を振り払うだけで精一杯だろうからの」
「・・・・ふむ、そなた自慢の息子で鹿頭は生き返りますか? 鹿頭の反熾条は相当なものですよ?」
「・・・・そればかりは奴次第だが、私は心配ないと思っている。私の情報を時衡に流させた。この山を私を見つける手掛かりだと思って励むに違いない」

 ふんぞり返る厳一をげんなりした顔で老婆は見る。

「どんな親子ですか、まったく。そこまで探されるほど何をしたのです?」
「世の中の半分を黙っていたのと・・・・そこに在るために持っていたものを奪っていた、と言えばどうか?」

 厳一は息子の性格というか性質を思い浮かべた。

「一哉は乱世でしか輝けん。平和は奴を腐らせるからの。それを分かっているのか、奴も進んで暗部を覗こうとする」
「日本という世界的に見れば平和な国にぽっかり空いた、これまで以上の闇。それを隠していたのだから、よく思わないのは当然ですか」

 やれやれと首を左右に振る。

「沈着冷静で、常に相手の先を読む"東洋の慧眼"が戦う理由が・・・・純粋に世界への好奇心とは誰も思わないでしょうね」
「だろうな。それで私は今後何をすれば?」
「家に帰ればいいでしょう?」

 老婆はニヤニヤしながら言った。

「・・・・病院送りにされるぞ、私が」

 一瞬で厳一が蒼くなる。

「・・・・はぁ、百戦錬磨の"戦場の灯"が尻に敷かれているなんて誰が考えるんでしょうね」
「うむ、周囲をアッと言わせることができるいい親子だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 変なところで前向きな厳一を前に、老婆は地の底まで届きそうな深いため息をついた。






鹿頭朝霞 side

「―――こ、これは・・・・」

 林を抜け、視界が開けた瞬間、朝霞は立ちすくんだ。
 林の中にぽっかりと空いた空間は奥が崖になっていて紀伊山地を見渡せる鹿頭家の墓地となっている。
 これもまた奥に鹿頭本家の墓があった。
 そのさらに奥。
 林との境界には鹿頭家の神を祀った祠が壊されずに鎮座している。
 そんな墓地の全ての墓が葬式が終わった時のように華が供えられたり、線香が焚かれていたりしていた。

「い、一体誰が・・・・?」

 村に遺体がなかったわけ。
 それは誰かが供養してくれたということだ。

―――ザリッ

「―――っ!?」

(鬼族!?)

 背後の足音に過敏に反応した朝霞は飛び退さり、戦闘態勢を取った。

「―――ご無事でなにより」

 朝霞の背後を取った者はザッと片膝をつき、頭を下げる。

「ふぇ?」

 思わぬ事態にぽかんとした表情を見せた。

「喪主不在にも拘わらず、この者どもの葬儀を執り行ったこと、お許し下さい」

 深々と土下座するのは法衣を着た大柄な男である。
 確かこの者見覚えのある人物だった。

「香西、さん。・・・・無事だったのね」

 ほっと息を吐き、ひとりでも多く生きていたことに安堵する。

「はっ、拙僧は高野山におりました故に」

 香西仁。
 鹿頭家の分家である香西家の三男だが、出家して高野山に入っていた。
 鹿頭村から離れて久しかったので鬼族も調べられなかったのだろう。

(それ以前に、高野山を攻めるほど馬鹿ではないということのかしら・・・・)

 高野山金剛峯寺は真言宗の総本山である。
 そこを攻めると言うことは仏教退魔組織全体に攻撃することと同義であり、ほぼ全国が敵地となる。
 たったひとりのためにそこまでのリスクを負うことはないだろう。

「いつ、ここに?」
「はっ、一週間前に」

 一週間前は鬼族襲撃の3日後だった。
 つまり、その時にはもう、鬼族は引き上げていたのだ。
 帰郷した香西は焼け落ちた家屋と人ひとり見あたらない村を見て愕然し、とにもかくにも野犬に荒らされる前に遺体を葬送しなければならないと判断したらしい。
 それから今までほとんど休むことなく、ひとりで葬儀を執り行った。そして、先程まで墓地に備え付けられた小屋で休息していた。
 そこに数台の自動車からなるエンジン音を聞き、密かに戦闘態勢にあったらしい。

「・・・・一体、何が?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか、何も知らないのよね」

 朝霞は疲れたようにその辺りの石に腰を下ろすと疲れた表情で香西を見た。

(また・・・・話すのか・・・・)

 そんな弱々しい朝霞に香西は眉をひそめたが、黙って朝霞の前に座る。

「そうね、まずは10日前の夜。ここが襲われたことから話そうかしら―――」

 朝霞は香西に鹿頭村が50年前に滅亡したはずの鬼族に襲撃され、当主夫妻――朝霞の両親――が戦死し、多くの一族が命を落としたことから、これまでのことを話し出した。
 屋敷で鬼族の首領と戦う寸前、熾条宗家の旗杜時衡に命を救われて脱出したこと。
 山中で"戦場の灯"・熾条厳一に生き残りの収集と敵討ちの手段を提示され、寄る瀬もなかった朝霞が了承したこと。
 音川町で鹿頭家の残党を集め、厳一の息子――"東洋の慧眼"・熾条一哉に会う。そして、鬼族討伐に協力してもらうことになったこと。
 鹿頭家の残党はそれをよく思っていないこと。
 今、彼の提案で現場検証に来ていること。
 姿を消した彼を捜し、墓地に来て香西と出会ったこと。

「―――分かったかしら? あなたも私を軽蔑していいのよ?」

 朝霞は香西から視線の完全に逸らし、自嘲気味に笑った。

「余の者はどこに?」
「さあ? 八つ当たりしちゃったから私を見限ったのではないかしら? そうよね、一族存在を揺るがすことをしでかしたからね」

 自嘲そのものの言葉に香西は盛大に顔を歪め、その修羅のような形相のまま立ち上がる。

「な、なに・・・・?」

 出家したとは言え、香西は炎術師だ。
 それに噂では密教と炎術をコラボレーションした新しい体系の炎術を使うらしい。

「何をしておられる?」
「・・・・え?」

 鬼の形相で自分を見下ろす香西に腰が引けている朝霞はうまく彼の声が聞こえなかった。

「あなたは栄えある"東の宗家"・鹿頭家の当主。一族の者を放っておかれて何をしておられるっ!?」
「ひっ。・・・・私が・・・・当、主?」

 石からずり落ちながら、呆然と香西を見上げる。

「当然。当主が戦死なされたならば、家督は嫡子である朝霞嬢が継がれるのが道理。当主にその自覚がないのならば先代や散っていった者たちも浮かばれぬでしょうっ」

 雷鳴轟く、というような感じで香西の声が朝霞に降り注いだ。しかし、それは己の不甲斐なさを痛感していた朝霞の性根に火を灯す。

「家もないのに何が当主なのかしらっ」
「『家』が当主に必要か!? 同じ一族がいて、それを率いる立場にある者を『当主』というのではないのか!?」
「な・・・・」
「鹿頭残党を掻き集めた? それを集め、あなたが熾条一哉とか言う者に協力を要請し、鬼族討伐という目標を掲げたのならば―――」

 香西は握り拳を近くの岩に叩きつけた。

「―――鬼族討伐を目指す新しい鹿頭家当主は、あなたということだろうッ!」
「―――っ!?」
「【熾条】が嫌い? ああ、そうだろう。拙僧もそうだ。だが、今は関係ないっ」

 岩が粉砕される轟音にバラバラと鹿頭家の者たちが集まり始める。

「分かっておられるか!? 今、鹿頭家が襲撃後も『鹿頭家』としてここにあるのは、プライドを捨て、一族の存続を願ったというあなたの決断があったからだっ」

 意志薄弱となっている朝霞を弾劾する言葉は等しく、後ろに並んだ鹿頭家の者たちをも切り裂いていた。
 確かに朝霞が厳一を頼らなければ彼らは連絡を取り合うことなく、在野に埋没していただろう。
 それが再集結し、鬼族討伐を掲げることができるようになったのは『裏切り者』である鹿頭朝霞のおかげだった。

「当主とは一族が寄る幹であり、一族の指針となる頂点」

 当主がいれば一族は集まる。
 当主が決めれば一族が従う。

「先代は常に意思と実益の中間を取った妥協点を探していらっしゃいました。『それが当主だ。一族が安泰ならば進んで穢れてやろう』とも」

 香西が法衣の懐に手を突っ込んだ。

「これを」
「・・・・これは?」

 強い声音に全身を打たれ、呆然としていた朝霞は香西に差し出されたものを受け取る。
 それは鹿頭家の家紋が描かれた封筒だった。

「拙僧は毎年、先代から遺言状を受け取って参りました」
「遺言状・・・・。お父様の!?」
 急いで封を切り、中の手紙を取り出す。

『―――愛する娘・朝霞に送る
 お前がこれを読んでいるということは俺が死んでいると言うことだろう。そして、俺が死ぬのだから戦死だろうな』

 彼らしい自信に溢れた文面。

『ふむ、俺が死ねばお前は結婚していないので俺に隠し子がいようとも跡継ぎはお前だ。
 お前のことだ。俺の仇を討とうとしてくれるだろうが、勘違いするなよ。
 当主とはその勢力を次の世代に伝える使命を帯びている。
 間違っても滅ぼすことのないように。
 お前は神童と呼ばれた俺の自慢の娘だ。
 悔しいことに俺は炎術じゃもうお前に敵わない。
 だから、基本的には好きにしろ。だが、一度決めたからには迷うな。突き進め。
 それが"角"たる鹿頭だからな』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぇ・・・・」

 視界が涙に覆われ、文字を追うことが困難になった。
 それでも朝霞は涙を拭う暇を惜しみ、敬愛する父の文面を追い続ける。

『―――はぁい、お母さんよ』

 かくっと首が揺れた。

『んもう、お父さんが楽しそうなの書いてるから便乗させて貰った。あ、でも、お父さんが死んでも私が生きてたら朝霞ちゃんはこれを読むのよね・・・・。もし、これを読むなら私がいない時にしてね、恥ずかしいから』

(お、お母様・・・・)

 破天荒で型破りな母を思い出す。

『お母さんからは一言。
―――やるからには勝ちなさい』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぇぇ」

 朝霞は読み終わった手紙を胸に抱き、小さく嗚咽を漏らした。そして、俯いたままトボトボと墓地の中に入っていく。

「お父様・・・・お母様・・・・」

 他の墓地より一層華やかな供え物たちが目立つ『鹿頭家之墓』と刻まれた墓石の前に立った。
 チラッと見えた木陰に一哉の姿を見つける。しかし、今はどうでもいい。
 今は何故か、泣きたい気分だった。

「ふ・・・・ふぇ・・・・うう・・・・」

 考えれば村が壊滅してから泣いていないし、ここに来てから一哉について回ったのも何をするか分からない一哉を見張っていたのではなく、一箇所にいて変わり果てた村を視界に入れたくなかっただけ。
 家を見ても、いや、見ようともしなかった。

「グズ・・・・ふぁ・・・・ぁあ・・・・」

 鹿頭家の誰よりも惨状の奥を知っているのにかかわらず、誰よりも現実を受け入れていなかった。
 みんなの葬儀のことを考えなかったのも鹿頭村が滅んだことを認めたくなかっただけ。
 生き残りのみんなに後ろめたかったのは【熾条】と協力したからじゃなく、みんなを見ると思い出すからだ。

「あう・・・・ああっ」

 そんな自分が抱いていたイライラは現実から逃げる自分への苛立ち。
 一族の者が自分に抱いていた不満は一哉と馴れ合うことでなく、いつまで経っても家の再建をなそうとしなかったことに対しての不安。
 一哉が戦略を任せろと言ったのは無駄なことに頭を使わず内を固めろと言うことからの配慮。

「ああ、あああ・・・・あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 今まで己の内に渦巻いていた激情が出口を得て、活発になった。
 もう見栄なんてない。
 ただ、馬鹿な自分を洗い流せればと言う想いと哀しみを乗せて朝霞は泣いた。
 後ろで鹿頭家の面々も涙を流している。そして、それを後押しするように香西の読経が始まった。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 号泣という形でそれを発露する朝霞だが、それだけで治まらずに辺りの鹿頭家を遥かに凌駕する"気"が彼女を中心に<火>を集める。
 読経の声が高まり、まるでそれが【力】を持つかのように重く、そして、強く朝霞の心に響いた。

「わあああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 墓地を台風に巻き込んだような感情の爆発は不思議と墓地に何の影響も与えない。
 それでも迸る"気"と集まる<火>。
 未だこの世界に顕現していない<火>たちは歓喜の声を上げ―――消えた。

「・・・・・・・・・・・・ふぇ?」

 ぽかんと、朝霞は泣き止む。
 今まで自分とともに爆発していたものが消え失せ、まるで半身がもぎ取られたような感覚だった。

「ふぇぇ? 何? ど、どうしたのかしら?」

 急にいなくなった<火>たちに朝霞は動揺した声を上げる。
 静寂は一時、朝霞の号泣を上回る轟音にて破られた。

―――ドォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!

『『『『『―――っ!?』』』』』

 墓地の奥にひっそりと建っていた祠が突如炎上する。

「ほ、祠が・・・・」

 ちゃんとした神主がいないので鹿頭家は氏神神社を持っていない。
 あの祠が彼らの氏神を祀る唯一のものだった。

「まさか・・・・私のせい・・・・?」

 おそらく、あそこで轟々と燃えているのは先程まで集めていた<火>なのだろう。だがしかし、朝霞は祠の破壊など全く考えていなかった。

「?」

 一瞬、朝霞に影が差す。

―――ドスッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ、ふわぁ?」

 それに気付いた時、横に空から何かが降ってきた。

「こ、これは・・・・」

 それは両刃剣を黒漆が塗られた柄に差し込んだ長柄武器だった。

「もしかして・・・・<嫩草(ワカクサ)>?」

 他の術者も驚きで目を見張っている。

「<嫩草>だ・・・・。間違いない」
「あれがお嬢の下に・・・・。ということは!?」

 衝撃が鹿頭家を駆け抜けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ん」

 宝具の中で武具に分類される矛と呼ばれる形状の鹿頭家の家宝――<嫩草>。
 九州を離れて以来、扱える者がいなかったので祠に神器として奉納された一品。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 炎に包まれるそれに手を伸ばし、その無骨な黒柄を握る。
 一瞬だけ火勢が増し、朝霞を拒んだかのように見えたが―――

「・・・・あ」

 後は緩やかに鎮火し、朝霞の手には穂先から石突きまで漆黒の矛が残った。

「おめでとうございます、"姫"」
「・・・・え?」

 跪いた香西は聞き慣れぬ敬称で朝霞を呼ぶ。
 見ればその他の術者も香西に倣って膝をついていた。

「あ・・・・」

 そこで気が付く。
 姫とは女性の鹿頭当主が呼ばれる御名だった。

「・・・・い、いいの?」

 朝霞は散々罵声を浴びせてしまった者たちに問う。

「分かっていましたよ。・・・・姫が【熾条】と協定を結んで苦しんでいたことくらい」「そう、確かに怒ってはいましたが、諦めもありました」「それを吹っ切るために姫に当たったんです、恥ずかしいですけど・・・・」「姫ならきっと私たちに些細なことだと言ってくれるだろう、って」「申し訳ありませんでした。過去数百年で最高と呼ばれていた姫に甘えてたんですよね」

 口々にそう言われ、全てを聞き取ることはできなかったが、彼らにもう、自分を責める気はないことは分かった。

「姫、数が減ろうとも鹿頭は滅んではいません。そして、拙僧らは報復を誓った鹿の群れ。リーダーが進めという方向が如何に死地と言えど拙僧らは従うでしょう」

 香西が鹿頭を代表する形で宣言する。

「それが自ら先陣を駆けようとする戦姫ならば・・・・我らが退く道理もなし」
「私たちは姫を敵の大将まで導くわ」
「時に盾になり、時に槍となり、時に手足となって、働きましょう」

 そう言ってみんなが頭を下げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 全身が震えているのが分かる。
 自分に従うと誓った者たちを見回した朝霞は全身の震えが声に出ないよう、細心の注意を払って先頭に座す法衣の男に言った。

「香西さん・・・・いや、香西」
「はっ」
「還俗し、香西家の家督を継いでくれるかしら」

 香西家は鹿頭家の摂政を司る家である。
 鬼族急襲で彼の残して全滅した名門を復活させようと言うのだ。

「はっ」
「それと還俗しろって言っておきながら我が儘なんだけど・・・・新たな土地に小さくてもいいから菩提寺を建てたいの。そこの住職をしてくれるかしら?」
「・・・・拙僧でよろしければ」
「うん、お願いね」

 朝霞はどこか吹っ切れたような笑みを見せる。そして、彼女本来が放つ輝きを持ち、家宝――<嫩草>を振り上げて宣言した。

「私は私が最低限まで許せることをして・・・・鬼族を討つっ」






鹿頭を見る者 scene

「―――見つけた」

 鹿頭村を見下ろせる高台に数人の人影があった。
 彼らの内ひとりが双眼鏡で先程火柱の上がった墓地を凝視している。

「10人以上いる。あの小娘もだ。間違いない、鹿頭残党の本隊だ」

 その口元は緩み、声にも喜悦が窺えた。

「首領に報告するわ」
「そうね、和歌山市にいる奴らも呼びましょう」
「尾行して潜伏先を探し出すぞ」

 彼らの見かけは青年期にある男女だ。しかし、普通の同年代にはない覇気と殺気が感じられた。

「エンジンかけとけ。奴らがいつ移動してもいいようになぁ」

 リーダー格の青年はそう言うと、再び怨敵の方を見―――

―――ゾワッ

「―――っ!?」

 風呂上がりの火照った体に思い切り冷水を浴びせられるような感覚。
 高揚していた気分が一瞬でどん底に叩き落とされ、恐怖が猛威を振るった。

「な、なんだ・・・・これ」

 戦慄したまま彼は勇敢にその源を探す。
 超遠距離を駆け抜け、青年を射抜いたのは絶対零度を思わせる殺気だった。

(どこだ? いったいどこから見てる!?)

 鹿頭は自分たちに気が付いたとは思えない。
 事実、彼らは誰ひとりこちらを見ていなかった。

(いったい、誰なんだ!?)

 見つけられないのに見られている分かる不気味さ。
 浴びせられる殺意の奔流。

(う、あ・・・・)

 のし掛かる重圧に頭が白くなっていく。
 未知の恐怖に取り憑かれた青年は怪訝に思った仲間に肩を叩かれるまで放心状態だった。



(―――さて、鬼族に見つかってしまったわけだが・・・・)

 ある意味当然のことと言えよう。
 ここは鹿頭家本拠である故にその縁者が訪れることは充分に考えられる。そして、鬼族はそれを見越して監視しているはず。
 一哉はその可能性が高いことを知りつつ、敢えて鹿頭村に乗り込んだ。
 それは鬼族に見つけられるため。
 何故そうしたのかは戦いまでの日数をできるだけ短くしたいからだ。
 一哉は鬼族の情報収集力を知らない。だが、この村を発見したということは水準以上と言えるだろう。
 何もせずとも音川に鹿頭が集まっていることが分かるはず。
 それならば来るべき時に備え、鍛えることができるはずだった。
 しかし、京都には国内有数の情報収集力を持つ結城宗家がいる。
 彼らはすぐに鹿頭家壊滅を知り、調査に乗り出すに違いない。
 大勢力である結城宗家が動けば戦いも楽になるだろう。だがしかし、鬼族討伐において主導権は常に鹿頭が持たなければならない。
 だから、わざと見つかり、結城が対応するよりも早く鹿頭家とぶつけるのだ。

(さあ、どう出る? 鬼の末裔よ)

 誘い込むのは死地とも言える音川の地。

「―――ふふ」

 一哉は今後の戦略を考え、小さく笑った。そして、その戦略を実行する者たちの下へと歩き出す。
 墓地では漆黒の矛を振り上げる少女を当主とし、新生鹿頭家が誕生していた。










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