第五章「炎の一族」/ 6


 

 鬼族。
 妖魔の中でも最高ランクに分類される鬼と人間の合いの子の一族。
 亜人種のひとつとしても数えられる。
 普段は人間の姿をしていて戦闘時には鬼になるという隠密型の能力――亜人種と分類する所以――だ。
 術式への抵抗性が高く、精霊術を始めとするあらゆる退魔術式が無効化、もしくは軽減化される。
 中には戸籍を持つ者もいるが、総じて長命で幼少期は鬼の角を隠し切れていない。だから、ほとんどが隠されて育てられる。
 彼らは一族同士で山奥に居を構え、静かに暮らすのが特徴だった。しかし、その気性の荒っぽさから犯罪に手を染める者が多く、また警官隊では蹴散らされることから戦前より退魔組織に追われ、激突を繰り返していたのだ。
 豪族の連合軍と。
 陰陽寮の陰陽師と。
 将軍が率いる幕府軍と。
 近代兵器に身を固めた政府軍と。
 再三に渡る討伐令の結果、彼らの大集団を潰すことに成功しただけで根絶やしには出来なかった。
 国家権力による鬼族討伐が始まった理由は長い歴史の中に消えてしまったが、大々的に始まったのは奈良時代末期からだという。

 それでも明治以降の発展で多くの妖魔が姿を消したように鬼族も激減した。
 多くが人として生き、血筋を保ったのに対し、一族としての誇りを持って生活していた集団もいくつかあった。
 それが滅びたのは今から約50年前。
 "東の宗家"と謳われ、全盛期だった鹿頭家を中心とする討伐軍は夜陰に紛れて奇襲を敢行。
 その集落を陥落させる。
 その戦いでは古くから非戦闘員とされた女子供、老人までも惨殺したという。
 奇しくもその戦いは熾条宗家から離反した島原の乱の状況と酷似していた。
 鹿頭家にとって鬼族討伐戦は天下に名を知らしめた名誉ある戦いと同時に自分で自分たちの首を絞めた苦い戦いでもあるのだ。






In 鹿頭村 scene

「―――ここよ」

 朝霞は車を止めさせ、短く一哉に言った。
 そこは紀伊山地の中を車で突っ走り、いくつか破壊された後のある結界を通った場所だ。
 十数日前までは鹿頭村と呼ばれていた。

「・・・・ここか」

 一哉は焼け落ちた住宅を一瞥し、現場検証に入る。

「ああ、そうそう。時衡」
「はい?」
「お前は車番だ。鬼族がいないとも限らないしな。さすがに足を奪われると帰るのが面倒だ」
「・・・・了解」

 時衡は次々と近くに停車していく鹿頭家の自動車を見つつ、周りの見張りに就いた。

「さて・・・・」

 一哉は顎に手をやり、黙考を始める。
 入り口からざっと村を見回すと見事に村は全焼していた。

(ふむ。これは炎術で燃えたんじゃなく、自然の火で燃えた痕だな。ということは襲撃で出火したか・・・・)

 襲撃された時間は午後7時頃、夕飯時と言ってもいいだろう。

(襲撃路は3箇所。これは念入りに下調べをしてるな。そして、タイミングを計って・・・・明確な指揮官と的確な指示が必要)

 一哉は鹿頭家の者たちと分かれ、ひとりでテクテクと村を歩き回っていた。

(3桁に近い戦闘員を自在に操り、また、この警戒網を突破するだけの実力。そして、わずか一晩で精霊術師の集落を陥落させる戦闘力。・・・・どれをとってもA級組織だな)


「あ・・・・あぁ・・・・」
「うう〜、母さん・・・・」
「成実・・・・くっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ」

 途中、自分の家なのか、崩れ落ちた家を見て途方に暮れる術者たちを何人も見るが、特に気にすることなく一哉は歩く。

(なかなかの組織力だな。奇襲というものを分かっている)

 襲撃路は途中で合流することなく、まっすぐに奥地を目指していた。
 その奥にはおそらく鹿頭家当主の屋敷があったのだろう。

「―――ん?」

 一哉は違和感を抱いた。

(何だ? 何が引っ掛かるんだ?)

 一哉は今まで歩いてきた道を振り返る。
 そこは戦いや火事でやけに破壊された跡が目立つ家々の他、畑や林などが広がっていた。
 どう見ても人が住んでいた場所である。

「・・・・そうか」

 一哉は違和感の原因に気が付き、思わず声を出した。

「何かしら?」

 近くを歩いていた朝霞が声に反応する。

「死体がないのか」
「・・・・この状況で何を言うのかしら」

 全身から怒気を漲らせる朝霞。
 言葉を聞いた鹿頭の者たちも一様に立ち上がって一哉を睨んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・向こうはどうだ・・・・」

 一哉はそれらを一切無視し、奥へと歩き出す。

「あ、ちょっとっ」

 朝霞の声も無視し、一哉は角を曲がっていった。



「―――お嬢・・・・」

 そんな一哉を追いかけようとした朝霞を複雑な表情で術者たちが呼び止めた。

「何かしら?」

 振り向いた朝霞は術者たちの顔を見て、ふて腐れたようになる。

「本気で、あいつを頼るんですか? 在野に落ちたとは言え熾条宗家。しかも、直系ですよ?」
「そうそう。あいつの経歴も分からないんでしょ?」
「実力も分からず、しかも、天敵を頼るなんてどうかしてますよ」

 いろいろ不満があるらしい。しかし、その不満を逸らせるほど朝霞は大人ではなかった。

「何? じゃあ、他に何か手があるのかしら? あるなら言ってくれる?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 朝霞の言葉に気まずそうに彼らは目を逸らす。

「打開策もないのに不満だけ言わないでくれるかしら。私はもう一度、あの男と会って、お父様たちの仇を討ちたいのよ」

 鬼族討伐。
 それは鹿頭家の総意だ。
 だが、それだけを見て走ることはできない。

「それは俺たちだって一緒です」
「でも、それだけじゃなく―――」
「それだけ!? あなたたちにとって敵討ちはその程度なのかしら!? みんな、みんな殺されちゃって。・・・・悔しくないの!?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 朝霞はただ鬼族を討ちたい。
 術者は鹿頭家としてありたい。
 それが朝霞と術者たちを隔てる溝だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・もういいかしら? あの男、野放しにしてると何をするか分からないから見張らないと・・・・」

 朝霞は一方的に話を切り上げ、一哉が向かった方へと走り出す。
 複雑な表情を更に深めつつ、術者たちもその後をのろのろと追った。



(―――ふむ、やっぱり一族支配がなってないな。・・・・いや、自覚の問題か)

 一哉は物陰に潜み、彼らの会話を聞いていた。

(さてさて・・・・これもケアーしないといけないのか。・・・・はぁ、めんどくさ―――っとと)

 背を預けた板がバキリと音を立てて割れる。

「危ない危ない」

 もう少しで無様に背中から倒れるところだった。

「ふぅ・・・・」

 一哉を探す朝霞の背を見て思う。

(どうしたものかなー)

 鹿頭家の面々でギクシャクしているのは分かっていた。そして、今の会話で彼らの行き違いの原因を突き止めたのだ。

(心を育てる必要もあるかぁ・・・・)

 目的は一緒でもその過程が違えば組織は崩れてしまう。
 組織とは一枚岩になった時は盤石と言っていいほど厄介な代物に出来上がるが、一度内部で派閥やいざこざが生まれると脆く、呆気ないほど簡単に崩壊してしまうものだ。
 だから面倒なのだ、組織というものは。
 今の「鹿頭家」という組織の状態。
 それは意思統一の欠如による指揮系統の混乱だ。
 原因としては朝霞の態度、振る舞い、未熟さと術者たちの朝霞に対する遠慮である。

「俺は何もできないな・・・・」

 朝霞の意識を高めることは可能だ。しかし、それだけで鹿頭家がまとまるとは思えない。
 今の鹿頭家に必要なこと。
 それは明確な支配体制の確立である。
 それには朝霞の成長も必須だが、それ以上に今の荒れているというか、拗ねているというか、微妙な精神状態の朝霞を咎める"鹿頭家の人間"が必要不可欠だった。



「―――あれ、いない・・・・? いったいどこに行ったのかしら」

 鹿頭家当主の屋敷は村の一番奥で他の集落よりも高い位置にある。
 土で土台を高くし、立派な門を持つ退魔界の旧家に相応しき姿だった。

(迷子ってことはないわよね、さすがに・・・・)

 朝霞は焼け崩れた実家から目を逸らしながら一哉の姿を探す。しかし、この方向に歩いていったはずなのだが、見つからなかった。

「―――って、何かしら、これ?」

 首を傾げながらしゃがみ込む。
 キョロキョロと家を視界に入れないように辺りを見回していた朝霞は地面に不審な跡を見た。

「・・・・車輪? 台車か何かが通ったのかしら・・・・」

 車輪の跡は林へと続いている。
 その奥にあるのは―――

「・・・・墓地。あの男、まさか墓荒らしをっ!?」

 朝霞は立ち上がり、急ぎ墓地向けて走り出した。






渡辺瀞 side

 一哉が鹿頭村で現場検証していた頃、統世学園では普通科合同会議が行われていた。
 昨日の総力戦はA組先鋒――結城晴也が敵軍の旗幟を射抜くことから始まり、見物人が見守る中、歴史に残る大決戦へと発展した。
 C・D連合軍は土塁に身を隠し、的確な射撃と夏休み前の戦いの物資――自作スタングレネードで序盤こそ有利に戦局を進めていた。しかし、土塁の上に並べていた木の板が山神綾香の大鎌投擲の前に真っ二つになり、そこに攻撃が集中したために防衛線が崩れ始めた。
 そんな時にどこからともなく銃弾が敵陣を襲い、敵軍は恐慌状態に陥る(今日、それは屋上からの狙撃だと判明)。
 その機を逃さず、A・B連合軍総大将――鎮守杪は総攻撃を下知し、自ら武器を持って飛び出していったことが白兵戦までの経緯だ。
 白兵戦は阿鼻叫喚を極めた。
 綾香が鎖鎌を振るごとに「あ゙」という声と共に敵味方問わず吹き飛び、晴也が何か囁くごとに敵は涙を流して崩れ落ちた。
 「ふあはははっ!」と村上武史の高ら笑いの後には人間ロケットの如く人が舞う。因みに着地地点では蒼い顔をした来栖川クリスを下にして幾人も積み上がっていた。
 白兵戦が始まって5分後には場違いな「ズズッ」、とお茶を啜る音がし始める。そして、その方向を見れば、鎮守杪が屍をいすにして優雅に羊羹を切り分けていた。
 戦いもあったものじゃない。
 決戦は来栖川クリスを筆頭にした決死隊がスタングレネードを敵陣地で自分たちごと泣く泣く爆破したことで終結した。



「―――配置決め」

 杪は無表情に話を進めていく。
 合計で120人を越えるために1年普通科は生徒会に申請し、第三視聴覚室を借りていた。因みに1クラス40人くらいの普通科が120人ほどなのは機密漏洩防止のために見張りについたり、決戦で傷ついて欠席しているからだ。

「配役、衣装班、大道具、小道具、監督班、遊撃班。次、喫茶店。調理班、ホール班、食材収集班、食料庫防衛班、SP班」

 淡々と述べられる役割。

「以上、重複は認める」
「「―――っていうか、配役になるような奴らはよっぽどの事がない限りホールに行けッ」」

 劇・喫茶店の責任者が声を揃え、そして大にして宣った。

「よっぽどのことって?」
「「・・・・入院する?」」

―――被害者として。

『『『―――拒否権無しかッ!!』』』

 大合唱。
 さすがに100人を越える者が声を揃えればすごい。
 2人も恍惚の笑みを浮かべている。

(――― 一哉のバカ)

 そんな中、瀞は戦勝組――A組の端でふて腐れるようにして窓の外に視線を向けていた。

(バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ)

 普段、温厚で物静かな瀞が怒気を猛らせているのはかなり怖い。そして、瀞が怒るのはたった1人だけだ。

(((一哉、お前、帰ってきたら殺すッ! ・・・・いや、でも、その前に殺されるか♪)))

 なんとなく全員が同じ結論に至った時、第二次論争の幕が上がる―――はずだった。尤もな質問がされるまで。

「―――ってかさ、劇は何するの? それと喫茶店もどういうのなの?」

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ、そうだよ。それを忘れてたッ!』』』

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ、綾香、余計な真似をッ」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何なのさ・・・・」

 ガックリと綾香は呆れ、崩れ落ちるようにして座る。

「それで? どちらから聞かせて貰うのかしら?」

―――ジャラ

 綾香の手に鎌が握られた。
 呆れつつも脅迫を忘れないとはさすがにA組生徒。

「「それはもちろん―――ムッ」」

 それまで息ピッタリだった2人に初めての亀裂。

「あたしからよッ!」
「俺からだッ!」
「「こっんの分からず屋―――ゲフゥッ」」

―――ドサ×2

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 杪は腕の一振りで彼らを壇上から弾き飛ばし、改めて場を見回す。

「まずは―――」

 議会は何事もなく進行し始めた。



(―――また私に隠れて剣術の鍛錬じゃないよね。隠す意味がないもの・・・・)

 一哉と出会ってからというもの、分析癖がついてきたような気がする。

(ってことはやっぱりあの女の子だよね・・・・。でも、一哉が困ってる人に手を貸すとは思えないけど・・・・)

 一哉の性格は身内に優しく――多少の語弊はあるが――他人に無関心だ。だから、彼女は一哉に利益をもたらすか、もしくは瀞が知らないだけで近しい仲ということになる。

「むむむ・・・・っ」

 妙に気になった。

(今度、女の子見つけたら話してみようかな・・・・)

 全校生徒が馬鹿多い統世学園でも高等部と中等部の制服が違うので目立つ。しかし、隔離されているために中等部の生徒を学園内で見かけることは稀だ。

(い、いったいどうやって探すのかな・・・・?)

 「見かけたら話す」から「見つける」に変わっているにも拘わらず、瀞は思考の淵に沈んでいく。

(誰か、中等部にツテがある人で、情報通・・・・ってあ・・・・)

 顔を上げ、とある方面に視線を向けた。
 そこでは何やら怪しい笑みを浮かべながら隣の武史と密談する晴也の姿。
 情報収集力では学年随一と噂される生徒だ。

(まあ、暗部の力を使ってるんだろうけど・・・・)

 驚くことに暗部の重鎮である晴也に訊けば必ず情報は下りてくるだろう。
 きっと調べてるだろうし。

(よしよし)

 うんうんと己の計画に満足して「さあ、私も会議に参加しよう」と何気なく黒板を見て―――

「―――って何で私の名前があるの!? しかも、メインキャラにッ!?」

 配役リストに自分の名を見つけ、断固抗議するために立ち上がった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪による一瞬の目配せ。
 それを衣装班班長に立候補している裁縫部員は正確に読み取る。

「瀞ぁ。ちょっと来てぇ」
「? 何?」

 テクテクと警戒心なく、彼女の方――壇上に向かっていく瀞。

「いい、瀞。これがみんなの判断よッ」

 くるりと瀞の体を反転させ、会場の方へ向けた。

「え? あ、あぅぅ・・・・」

 急に120人前後からの注視を受け、恥ずかしさから頬を染める。そして、できるだけ視線から逃れようと身を小さくした。

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

「みんな判定は?」

『『『合格ッ!!』』』

「な、どうしてッ!?」

 驚愕に身を委ね、目を見開く瀞は納得できないとして杪を見つめる。

「・・・・・・・・・・・・」

 杪も早く先に進めたいのか、要求を呑むように頷いた。

(条件、呑んでくれるの?)

「・・・・・・・・(コクリ)」

 見事なアイコンタクト。
 彼女たちは視線の応酬で会話している。

「じゃあ、私からの要求は―――"熾条一哉が相手役"ッ!」

 高らかに宣われた内容を理解した者たちはムンクの叫びの如く、絶望を孕ませた叫び声を視聴覚室いっぱいに響かせた。

『『『な、何ィッ!? またしても一哉(熾条)かッ。しかも、あいつこれを見越して今日はいねえのか!? 奴は予言者か!? もしくは全ては奴の手の内なのかッ!?いや、待て。待て待て、落ち着け俺(僕)ッ。今思えばあいつは昨日、中学生手籠め事件の現行犯として見事逃亡してから行方を眩ませている。―――はっ、まさか今、あいつは彼女と―――』』』

 錯乱しつつも全く同じ事を口走っているA組男子に言葉の冷水が浴びせられる。

「あんたら、いい加減にしないと瀞がキレるよ?」

 綾香の実に"的確"な忠告。
 他の女子も頷いた。

『『『は? まっさかぁ、あの温厚で、穏やかな笑みを湛えた渡辺さんに限って―――ってヒィィィッッ!? わ、渡辺さんが殺気を漂わせてるゥッ!?』』』

 ズザザーッ、と慌てて瀞から距離を取る男子生徒たち。そして、避難先で体を恐怖で震わせる。

「ふふ♪ これで一哉は訳なくは逃げられないんだから。でも、私は優しいから一哉の敵を少しでも減らしておこうかな♪」

 思わず見惚れてしまいそうな可愛い笑顔でとんでもないことを言った。

「ふふふふふ♪♪♪」

 俯き、前髪で目元が隠れるとその口元に浮かぶ笑みが強調され、寒気がする。
 風にサラサラと柔らかく靡く黒い長髪も何故か恐怖の対象に映った。










第五章第五話へ 蒼炎目次へ 第五章第七話へ
Homeへ