第五章「炎の一族」/ 5


 

―――ダダダダダダダッッッッ!!!!!!!
―――ヒュンヒュンヒュンッッッッ!!!!!
―――ガガガガッッッカカカカッッッ!!!!
―――ドガァァンッッ!!!! ズババババッッッ!!!!!

「―――うお〜!!!!」
「突っ込めぇッ!」
「押し出せぇッ!」
「撃て撃て撃てぇ〜ぃッッッ!!!!」
「台車、到着しましたッ!」
「ん、出撃」
「行けぇッ!」
「防壁を潰してこいッ」

「―――委員長ッ、台車ッス」
「狙い撃てッ!」
「オオッッ!!」
「秘技、ボォーリングッ!」
「うおっ、避けたッ!」
「生意気なッ」
「地陸同――ぐはっ」
「いかん、狙い撃ちされたッ」

 今日も元気に1年生棟の普通科ではA組による統一戦争が起こっていた。
 昨日、奇襲によってB組を陥落させたA組は余力をかってC組に攻め込んだが、精密射撃の前に敗北し、今日も緻密な防衛線の前に突破口を開けずにいる。

「―――委員長、このままでは戦力を磨り減らすだけです。何か指示をッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は無言で傍にいる軍師の一哉を見る。しかし、一哉はそれに首を振った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「―――委員長、大変ですッ! D組が謀叛ッ! 目付役の壇上くんが血祭りにッ」

 女生徒が廊下の端から息を切らせながら走り寄る。

「むっ、壇上がか、くっ。―――委員長ッ、弔い合戦を」
「委員長ッ、C組が押し出して来ましたッ」
「D組、最終警戒網突破っ。ここまで押し寄せてきます」
「台車、転覆ッ。皆木くん捕縛されました」

 次々と寄せられる悪い知らせ。

「委員長、撤退だ。ここは俺らが引き受ける」

 一哉は<颯武>に手をかけ、C組の方面に歩き出す。

「了解。―――各員己が許す最大速度で戦線離脱」

『『『御意ッ』』』

 ババッと持ち場を離れ、我先と遁走を開始するA組の中、綾香は隣の晴也の裾を掴んでやる気満々で言った。

「あたしたちはD組を相手するわよ。ちょうど遠距離だしね」
「分かったぜ。俺らA組に逆らった報い、受けて貰うッ!」

 綾香は鎖と大鎌の柄を握り締め、晴也は矢を番えて敵に向き直る。

「瀞はこっちな」
「ひえぇっ」

 ここに壮絶な撤退戦が繰り広げられた。






第一学年普通科統一戦争 scene

「―――失敗」

 A組本陣。
 武器やバリケードに守られた教室は今や野戦陣地のような有様になっている。
 杪が帰還を確認している最中に呟いた。

「なかなかの切れ者だな、C組委員長」

 一哉の言葉に杪は頷く。

「委員長、欠員は4名っす。壇上・皆木・戸尾坂・谷川です」
「ん」

 杪は欠員の名を心に刻むようにて目を閉じた。そして、次の瞬間には何事もなかったかのように善後策を提案する。

「増員」
「だな、B組を連れてくるしかない」
「―――委員長、C・D連合軍が彼らの準備された拠点に本営を移動しました」

 拠点とは各クラスが教室以外に使えるように整備された土地のことである。産業スパイが横行する準備期間はたいていのクラスが本営をそこに移動し、防衛戦も考慮した陣地に仕立て上げる。
 厄介なことにC・D連合軍の拠点は隣り合わせで容易に連動が可能なのだ。

「くそ。だから、無理攻めしたというのに」
「どうするの? これでもっと攻めにくくなったわよ」

 士気が急激に低下する。

「―――委員長。・・・・B組委員長が謁見を求めています」

 そんな時、また1人、A組本陣に伝令が帰還した。

「通して」
「はい」

 次に現れたのは昨日、奇襲によって敗北したB組委員長だ。何故か、吹っ切れたような笑みを浮かべている。

「ご機嫌麗しゅう、A組の女王様」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は彼を長々と見据えた。

「おいおい、別にもう俺たちはA組に負けたことをどうとも思ってないさ」

 ずれた眼鏡を直しながら続ける。

「実はね、僕たちの議会は紛糾していたんだ。君たちの提案は渡りに舟だったんだよ」
「一体何が言いたいんだよ?」

 長い前置きに誰かがじれたのか、そいつは先を促した。

「・・・・ふん。―――つまりはね、協力してやろうというのだ。私事ながらも君たちの企画は面白そうだと思ってもいるからね」
「・・・・・・・・つまり、俺たちの味方としてC・D組と戦うってのか?」
「ああ、そうだ。B組の武闘派十八名を鎮守杪に預けようじゃないか」

 壁の向こうに気配が浮かんだ。どうやら、紹介されるまで素直に待っていたようだ。

「委員長、再戦を」
「今度こそ、奴らを血祭りに」
「散っていった仲間たちの仇を」

 低下した士気は一気に上昇し、敗戦の雰囲気をも忘れ、己が総大将に出陣を乞う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物資を待つ。勝負はそれから」

 杪は援軍の到来にも勢いに乗ろうとせずに独自のペースを持ってるようだ。

(何だかんだ言って、やっぱり優秀だな)

 一哉はそっと安堵の息をつき、窓の外を見る。
 秋晴れの日差しの中、窓際の席は眠気を誘う魔のゾーンに突入した。

「・・・・ねむ」

 考えてみれば昨日――今日?――家に帰ったのは3時半だ。早めに登校せよとのことだったので未だ睡眠薬が効いていた瀞を叩き起こし、走って校門を潜り抜けたのが7時だ。
 実際に起きたのが6時半なので睡眠時間は3時間弱である。
 それで先程のような激しい戦いに身を投じていたのだ。

「ねむい・・・・」
「だらしないよ」

 瀞が席の隣まで来て呟いた。

「ぐ〜すか幸せそうな寝顔で寝てたお前に言われたくない」
「うっ、というか勝手に乙女の寝室に入らないでよ」

 赤くなって反論する瀞。
 夏休み前にこの会話をしていれば間違いなく一哉は血祭りに上げられていただろう。しかし、今学期に入ってからはこのクラスではその手の攻撃は鎮静化している。―――それが幸せそうに話す瀞とやや穏やかな表情になる一哉の邪魔をするのは悪い、という珍しく良心的な感情からとは夢にも思わないだろう。

「―――熾条ぉ、客」
「客ぅ? 誰だよ?」
「知るか。自分で確かめやがれ」

 彼は半ばやけになったようにその訪ねてきた人物を招き入れた。
 訪ね人――少女はブラウスに前にボタンがついた黒のワンピース。
 襟元には赤いリボンがついていて、冬なので黒のボレロタイプの上着を羽織っている。

「―――"熾条先輩"、キましたけど」

 ぶすっとした、しかし、明らかに恥ずかしさを隠すための仏頂面で姿を現したのは統世学園中等部の制服を着た朝霞だった。

「―――し、熾条、先輩だと!?」
「な、一哉って高等部からの編入組だよなっ」
「ああ、間違いない。俺の聡明な記憶能力がこいつは入学式で初めて見た顔だ、と告げているっ」
「じゃあ、どうして部活もしてない奴が中等部に知り合いがいるんだよっ、しかも訪ねられるほどっ」
「まさか犯罪か?」
「きっと弱みを握ったのね、なんて狡猾なッ」
「なんてことッ、瀞という者がありながらッ」
「え!? 私!?」
「きっと捨てられたのね」
「こんなに可愛いのに・・・・」
「かわいそう・・・・。―――女の敵ねっ」
「よし、殺るかっ」
「おぅ、殺るかっ」
「得物は?」
「そこいらに散らばってるでしょ」
「一哉だ。一斉にかかるぜッ!」
『『『了解ッ!』』』

「―――いや、お前ら、何の話をしてる?」

『『『第八期熾条一哉暗殺計画』』』

 一言一句違えずに合唱する男子。

「本人の前で暗殺計画練る馬鹿がどこにいる!?」

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 もっともなツッコミ。

『『『いやぁ、どうせ死ぬし・・・・』』』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど。・・・・って納得してどうする、俺!?」

 思わず自分にツッコミを入れてしまう。かなり焦っている。
 朝霞は自分の思い通りの行動をしてくれたが、まさか教室を調べて訪ねてくるとは不覚だった。

『『『いいから死ね』』』

 爽やかな笑みと共に得物を握り締めるクラスメートから逃れるために一哉は素早く朝霞に向き直る。

「行くぞッ。―――委員長、攻略戦には参加する。だから、後ろの奴らを止めてくれッ」

『『『―――っっっ!?!?!?』』』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ズズッ」

 無言で茶を啜る委員長に一瞬だけ男子の意識が向いた。
 その隙に立ち塞がる者を跳ね飛ばし、ドアへと直進する。

「え? な? あえ?」

 突然のことに混乱している朝霞を小脇に抱え、一哉は敵だらけになったA組本陣を飛び出した。



 一方、一哉が中等部の生徒を連れて逃亡した後のA組は追跡しようとした男子を杪が粛正していた。
 理由はこれからの戦いのため、無駄な労力を使うな、ということだが、これを口で言わず、問答無用で従わぬ者を打ち倒すのが鎮守杪という少女である。

「―――瀞、あの娘知ってるの?」

 敵軍が布陣する陣地に向かう途中、隣の綾香が耳打ちしてきた。
 わざわざ耳打ちにしたのは聞き耳を立てる者が視界一杯にいるからだ。

「・・・・ううん、知らない。中等部に知り合いがいるなんて話も聞いたことないし」
「そうよね〜。あたしも晴也も中等部上がりだけど・・・・やっぱ、そういうのじゃないとなかなか中等部と話さないわよ」

 中等部は一応学園の敷地内にあるが、かなり麓の方で高等部が登っていく坂には壁しかない。
 入り口は別の場所で学園が意図的に会わないようにしたのではないか、と噂されるほどの隔離っぷりだ。

「―――委員長・・・・いや、総大将っ。敵は我らの接近に気付き、急ぎ防衛陣を敷いているようですっ」

 先発隊から報告が入る。
 話では外で作業していた敵部隊を急襲し、それを追い払った。しかし、敵は本陣を強固にしており、攻略は容易でないとのことだ。

「・・・・ん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不便」

 杪は一瞬だけ隣に視線をやり、そこにいるはずの人物がいないことへの不満を漏らした。

(一哉、頼りにされてるんだ。・・・・さすが、元・軍人)

 杪は学園を代表する統率力を持っている。しかし、統率に優れているとは言え、戦略面ではやはり甘く、結構力攻めの部分が目立っていた。
 一哉が参謀として側についてからは攻め方も多彩になったという。

「委員長、ここは攻城のセオリー通り、包囲しようぜ。さすがに完全封鎖は無理だろうけど」

 晴也が助言した。

「・・・・ん」

 杪が頷くと先発隊からの伝令はすぐさま前方へと駆け出す。そして、第二陣の者たちが足を速めた。

「杪ちゃん、勝算あるの?」

 正直、先程の負けっぷりを見ていると増員したからって勝てる相手ではないと思う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「いや、長時間悩んで首を傾げられると、従う者としてかなり不安だから」

 綾香が少し疲れた声を出した。

「ふっふっふ、安心しなさい、小鳥ちゃんたち。このオレが先頭を駆ければ敵も怯むに違いないっ」

 「ふはははははっっ」と哄笑する来須川クリスの制服はピカピカで髪も相変わらず金色に輝いている。
 いくら戦塵に塗れようとも次に登場する時はきっちりと洗い流されていた。というか、まだ倒れ、その屍を踏み越えられてから1時間経っていない。
 いったい、どういう早業なのだろう。

「確かに怯むかもね」

 転校初日で"不死身のエセ紳士"の異名を持った男子だ。
 異名の所以は"白矢の悪魔"のコンボを受けても十数分後には保健室で意識を回復し、1時間で教室に戻ってきたことだ。
 普通、被害者は1時間は眠り続けると言われている。
 それを十数分で覚醒。
 教室への帰還が遅れたのは彼曰く「イギリス紳士の義務」である口説きを養護教諭にしていたからだ。
 これまでと違う意味での猛者を手に入れたA組首脳陣は利用しない手はないとし、多くの戦いで先鋒――囮とも言う――を任せている。

「・・・・来須川はまだ待機」
「そんな他人行儀じゃなくてさ、オレのことはクリスと呼んでくれよ。オレも杪と呼―――ブッ」

 杪の裏拳がクリスの鳩尾にめり込み、その意識を刈り取った。
 まずクリスで敵の出方を見る。そして、それを元に作戦を練り、再突入したクリスの屍を乗り越えて敵陣に攻撃を仕掛ける。
 これが一哉が発案し、杪が即採用としたA組十八番の戦術だった。

「あれは・・・・堅牢ね」

 綾香が見えてきた敵陣を見て呟く。

「うわぁ、この短時間でここまで・・・・できるものなの?」

 瀞もその立派さに感嘆した。

「たぶん、密かに建設してたんだろうな。くそっ、敵はひとつだと思って情報収集を侮ったぜ。―――悪い、委員長。俺の責任だ」

 連合軍の陣地は土を掘り起こし、空堀としている。さらにその土は掘の後方に積まれ、土塁となっていた。
 その上には板盾が並び、その間からは飛び道具を構えた敵の姿が見え隠れしている。
 籠城。
 まさにこの言葉が彼らを表していた。

「こりゃ無理だぜ、マジで」
「ホントホント。クリスくんが何人いても無謀ね」
「日露戦争の旅順攻略戦と似たようなものかな?」
「ゲッ、あれって死傷者数ものすごくなかったか?」
「そうそう。決死隊を送り込んでどうにか勝った、というか占拠しただけでしょ?」
「長期戦は無理なのか? さすがに囲んでたら音を上げるだろ」
「ああ、だろうが、確か文化祭規約で戦闘時間の制限があるはず」
「そうよ。1時間、それが制限時間」
「ぜってーダメだな」

 諦めムードが漂う中、杪は敵陣から目を離さない。

「勝算あるのかな?」

 再び綾香が耳打ちしてきた。だが、瀞は軍略というものがさっぱりなので分からない。

「杪ちゃんなら、って気持ちかな」
「なるほど。―――杪、どう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 じーっと敵陣に穴が空きそうなほど凝視した杪はふっと校舎の屋上を仰ぎ見た。

「・・・・ふむ、結城」
「はいな?」

 クリスの介抱――突撃部隊の調整とも言う――をしていた晴也に声をかける。

「・・・・あれ」

 ビシッと指差したのは馬鹿みたいに揺れるC組軍旗だった。

「・・・・へえ」

 晴也は意味ありげに笑うと、最前線まで出て行く。

「C・D連合軍っ。如何に堅固な構えだろうとも俺たちには無意味なんだよっ。無駄な抵抗を止めて降伏しろっ。こっちも忙しいんだ、手間かけさせんなっ」

 前の者が持っていた拡声器を奪い取り、嘲笑うかのような声音でそう言った。

「我々はー、A組の不当なる支配に抵抗するため武器を取ったー。お前たちがー、我々に不干渉を誓いー不可侵協定をー生徒会に提出するならばーこの武装を解除してもいいー」
「語尾を伸ばすなっ。聞きにくいっ」
「ろんてんのすりかえであるぅ。われわれはぁ、だんことしてきくみにてーこーするしょぞんであるぅ」

 もっと間延びした声になる。そして、敵陣で笑い声が広がった。

「杪、ブッ殺していい?」

 こめかみに青筋を浮かべた綾香が大鎖鎌を敵陣に向ける。
 かなり危ない。

「・・・・ん」
「了承しないでよっ」

 瀞は頷いた杪にツッコミを入れたが、周囲はもちろん、本人でさえも「何で?」というように首を傾げた。

「晴也、一発何かすっきりすることなさいっ」

 舐めた態度に怒りを抱いた寄せ手は高揚した士気のまま突撃気運が高まる。

「よぉし、お前ら、俺の『那須与一ごっこ』を見せてやるぜっ」

『『『『『イエーッ!!!!!!』』』』』

 得物を突き上げ、晴也を囃し立てるA組。
 いつの間にか、その中に違和感なくB組が混ざり込んでいた。

「見てろぉ」

 無駄に離れた場所でクラスメートの村上武史に肩車してもらった晴也は弓を構える。
 那須与一。
 平安時代末期の武将で源平合戦は源氏側に参戦。
 源義経に従軍し、弓の名手で屋島の戦いでは平氏の軍船に掲げられた扇を射落とすなどの戦功を上げ、下野那須氏の英雄だ。

「なにをーしたいのかーわからないがー、われわれはー、てーこーのてをゆるめることは―――」

 異様な盛り上がりを見せる寄せ手に黙っていられなかったのか、連合軍は無駄なことを言い出した。
 晴也と敵陣の距離。
 約50メートル。
 遠的競技でもその距離は30メートル。
 如何に晴也の弓が競技用よりも大きいと言えど、20メートルの差は大きい。

「晴也、狙いはっ?」

 遠いために大声を出す綾香。

「もっちろん、敵陣ではためく軍旗だっ」

 晴也が目立っている間に杪は視線で各班長を動かす。

「――――――――――――」

 晴也が矢を番えた。
 それだけで戦場は全くの無音になった。

(すご・・・・い・・・・)

 今の晴也に普段の気楽さはない。
 的――軍旗をしっかり見つめる真剣な眼差しは何かに撃ち込む者特有の光を放っていた。

「ホント、弓道やってる時はかっこいいのよね」

 ぽそっと小声で綾香が言う。

「モテるのも納得だよね」

 晴也はモテる。
 顔もいいし、家は京都の旧家。
 スポーツ万能で弓道界のエースとも言える。
 普段もいろいろ目立つので年上年下同い年問わずに人気なのだ。
 噂では中等部の生徒とも仲がいいという。

「―――ふっ、時来たり。今ここに、我は伝説となるっ」

 ニヤリと口元を歪めるとそっと矢を放った。
 50メートルの距離を瞬く間に無にした的矢は旗と棒を括り付けている紐にちぎり取り、敵陣へと突き刺さる。しかし、それだけでは終わらない。

「りゃりゃりゃりゃりゃっっ!!!!!」

―――バシュバシュバシュバシュバシュッ!!!!!

 一度感覚を掴んだのか、一瞬で最初と合わせて6本の矢を放った。
 それぞれ、別の紐に命中し、軍旗は棒から剥ぎ取られて宙を舞う。

「とどめっ」

 最後に放たれた矢が風に漂う軍旗の中心を射抜き、地面に縫い止めた。

「・・・・突撃」

「「「ウオオオオオッッッ!!!!!!!」」」
「震えたぜ、晴也っ」
「今のお前は伝説だっ」
「そうだっ、那須与一を超えたぜ」
「チクショー、感動して涙が止まらねえぜ、おいっ」
「ステキよ、結城くんっ」
「今度、差し入れするよっ」
「行け、行けぇっ」
「みんなの弔い合戦よっ」

 敵は相応の応射を行っていたが、どこからか飛んできた銃弾によって板盾の後ろに隠れていた生徒を撃ち倒される。
 そんな恐慌状態に陥った敵陣に真っ先に倒れたクリスを盾に決死隊が突入、白兵戦へと移った。
 そこで杪が軍配を大きく振って総攻撃を命じる。
 土塁周辺で両軍が激突し、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出した。






鹿頭朝霞 side

「―――いったいどういうことかしら?」

 屋上にまで抱えられたままで連れてこられた朝霞は下ろされるなり、噛み付くように詰め寄った。

「お前、自分の格好分かってる?」

 呆れたように一哉は朝霞を流し見る。

「制服でしょ? というかあなたが渡したんでしょうがッ!」

 流し見られた朝霞は「もしかしてそういう趣味のヒト!?」とか思って後退った。

(マズイ、ここは屋上。そして、唯一の出口は奴の後ろ。―――くっ、やっぱり宗家の人間は信用できないわッ)

 静かに腰が据えられ、戦闘態勢に移行していく朝霞を一哉は冷たい目で見遣る。

「そうか、お前はここのことを知らないんだな」
「え?」
「いくら中等部の制服でこの学園に馴染めたとしても、高等部の人物を訪ねるというのはその訪ねられた生徒に対する死刑宣告に等しい」
「えーっと・・・・」

 一哉は至って真面目な顔だ。
 その眸を見てみたけど冗談を隠すような光もない。

「・・・・まあ、もう手遅れだしなぁ」

 さてさてどうするかなぁ、と自虐的に呟いている一哉からはとても昨日のような強大な術者の姿を連想できない。
 極一般――いや、かなり特殊?――な男子高校生だ。

「―――それで私にこれを渡した理由を教えてくれないかしら? まさか本当に制服姿が見たかったから、とか言わないわよね?」

 朝霞は制服の裾を摘んで言った。

「当たり前だ。その前にお前は少しは考えてみたのか?」

 多少だが、空気が冷たくなる。他でもない、一哉の雰囲気が変わっただけで。

「ええ。その前に、その『お前』ってのは止めてくれるかしら? なんかすっごく馬鹿にされてる気分になるから」
「はいはい」

 ギン、と軽薄な返事をした一哉を睨み付けた。―――完全に受け流されたが。

「私を"ここ"に紛れさすためでしょ。この音川町の中でも絶対聖域を形成する統世学園に。違うかしら?」
「当たりだ、朝霞」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 呼び捨てにかなりの抵抗を覚えたが、おそらく言っても詮無きことなので諦めた。

(ああ、なんて忍耐強い私・・・・)

「で、どうしていちいちこんな喋るのに10秒もいらないことを考えさせたの?」
「前に言ったろ? 『戦略戦術観察眼が規定値まで達していない、と』」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「訓練だ。鬼族のことをいろいろ調べたが、あれは短期戦で殲滅できるものじゃない。間違いなく長期戦になる。この音川での攻防だけが鹿頭家の戦だと思うな」

 一哉は冷然な態度で"後輩"に言う。

「指揮官はその場の感情に流されるわけにはいかない。そして、血統だけに囚われるなど暗愚の所業だ」
「・・・・・・・・つまり、私を一人前の指揮官に仕立て上げるってこと?」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 余計なお世話、とは思った。しかし、現状は苦しすぎるも確かだ。

「親父の理論だがな。もし、個人の戦力を数値化できるとすれば、それは『個人戦闘力+戦術』らしい」

 屋上のフェンスから見える光景をぼんやりと眺めていた一哉が話し出す。

「戦術・・・・」
「ようは戦い方で個人の弱さはカバーできるってわけだ。・・・・ある程度な」

 フェンスに背を預け、こちらを見た一哉の目は理知的な光を放っていた。

「もうひとつ、動員数も戦い次第ではなしにできる。この場合は『戦力=数×(戦術・戦略)』だ」
「戦略・・・・」

 オウム返しのように呟く。

「違いは分かるか?」
「なんとなくは・・・・」

 戦術とは一個の戦闘における保有戦力の使用法。
 つまり、戦場に集まった自軍をどう指揮し、敵を如何にして破るかが戦術なのだ。また、個人でもいざ敵に相対した時、どう戦うか、というのも戦術である。
 戦略は自軍や敵軍の動きを読んだ戦争全体での戦力使用法。
 つまり、持てる全戦力で敵戦力との決戦までの指揮が戦略だ。さらに個人でも戦いが避けられぬ時、如何に有利な場面で戦えるかを考えるのが戦略である。

「親父は戦術家だが、俺は戦略家だ」
「戦略家・・・・? あなたが?」
「ああ。戦術も苦手ではないが、やはり戦場ですでに勝負が決している状況に持っていく方が得意だな。敵を見てどう戦うか決めるなんて、怖い怖い」

 経験があるのか、やけに力が込められていた。

「まあ、だから、鬼族と鹿頭の戦争全体の流れは任せろ。そして、その一環として、鹿頭村へ案内しろ」
「・・・・村へ?」
「襲撃した場所ってのは案外、敵の状態を計れるものだ。侵入経路を割り出せばその経路を選んだ理由が分かるし、その場所からどれだけの知能を持っているかも分かる」

(もういちど・・・・村に・・・・)

 そんな心の中で落ち込む朝霞を無視し、眼下で繰り広げられている戦いに一哉は目を向ける。そして、どこから取り出したのか分からないスナイパーライフルを構えた。










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