第五章「炎の一族」/ 4


 

 鹿頭家。
 先に触れた通り、炎術諸家最大の一族だが、厳密に言うと諸家ではなく、熾条宗家の分家筋の一族――【鹿】だった。
 鹿頭家が宗家から離れたのは江戸時代の初期――島原の乱でだ。
 九州で起こった大規模な内乱は鎮圧に向かった幕府軍が一〇万を超えるという大変な出来事だった。
 キリスト教の弾圧が原因と有名だが、実はこれは島原藩、天草藩の悪政が原因。
 だが、両藩とも旧主がキリシタン大名だったことから多くのキリシタンが紛れ込んでいた。
 北九州に根を張った忍集団が宗家の前形である【熾条】は幕府側の裏部隊として参戦する。そして、魔術を使う一揆兵をその炎にて惨殺した。
 その中には命乞いをする者もいたという。
 その所行に耐え切れなかった当時の鹿頭家当主は紀伊徳川藩に頼み込んで移住した。
 以後、鹿頭家は熾条宗家の非道な所行を後生に伝え、徳川藩に付き従って繁栄していく。
 一時は宗家の構成員を超えることもあり、"東の宗家"と呼称されるほどになった。
 それは偏に宗家へ対抗意識があったから。
 朝霞を始め、鹿頭家の中にある熾条憎しは歴史が積み重ねた鹿頭家隆盛の礎なのだ。






隠し事 scene

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 瀞はため息をつきながら時計を見る。
 午後11時半。
 一哉からのメールではバイト関連で食べて帰るとあったから食事は用意してはいないが、11時には帰ると言っていた。

「・・・・遅刻してるぞぉ」

 机に突っ伏す。
 頬が机の表面に圧迫され、柔らかくふにゃりと潰れた。
 このまま押しつけていれば赤くなってしまうかもしれない。

「はぁ」

 別に部屋に戻っていてもいい。
 待ってる必要などない。
 分かっていても、どうしてか瀞は一哉を待っていた。

「―――ただいまー」
「あっ」

 ガチャリと鍵を閉める音がして廊下を歩く足音。

「悪ぃ。少し遅れたな」

 右手を挙げてリビングに姿を現す一哉。

「へぇ、珍しいね。一哉がそんなことで謝るなんて」
「ゔっ・・・・。やっぱり、怒ってますか」
「当然です。訳の分からない私を敵陣に放り込むなんて信じられない」

 今日もまた、瀞は先鋒という名の人身御供にされかけたのだ。
 むー、と頬を膨らます。しかし、机に圧迫され、少し痛くなった。

「ほれ」
「え? あ・・・・ミルクティー」

 瀞は受け取った缶紅茶をしげしげと眺める。

「また嫌味のように当たった」

 一哉は対面のソファーにドカリと座った。そして、自分の分のコーヒーを開ける。

「・・・・これがきっかけだよね」

 しみじみと呟いた。

「あ?」
「私と一哉が会ったのって」

 大事そうに、幸せそうに缶を抱える。
 その口元は「懐かしいな〜」と緩んでいた。

「あ〜、そうだったな。あの時は何て言うか、あまりの頼りなさに・・・・意味の分からない衝動に衝き動かされた」
「・・・・衝き動かされるのが、衝動なんじゃないの?」
「ん? おお、ホントだ、漢字が同じだ。さすが日本育ち」

 大げさに驚いて見せる一哉。

「ほ、ホントか分からないよっ」

 あせあせと間違えた場合の予防線を張る瀞。
 2人でいると、このようなほのぼのとした空気が流れる。
 それが嬉しくてついつい気が緩んでしまうのだ。

「でも・・・・そんなに頼りない顔してたかなぁ」

 紅茶を口に含みながら6月のことを思い出す。

「う〜ん、憔悴しきってたけどな」
「だって・・・・朝からずっと追いかけっこしてたんだもん」
「ああ、お前体力ないしな。陸上部だった割りには」
「うっ」

 グサッと胸に突き刺さった。

「運動神経はいいのに。お前、朝の稽古は走り込みから始めるかぁ?」

 まるで揶揄するような口調だ。

「ううっ、いいのっ。精霊術師は精神力が命っ」
「持続するためにスタミナもいるだろうが」
「あぅ」

 正論にツッコミのチョップを額に甘んじて受ける。

―――ビシッ

「痛ッ、ちょ、一哉!?」
「あ、ちょっと力入ってたか?」

 ニヤリと笑った。

(確信犯だ、絶対ッ)

 額に手を当てながら思う。

「さて、と・・・・俺は風呂入って寝るかな、瀞は?」
「私・・・・ふわぁぁぁ、そう言えば、眠いかも・・・・」

 眠気の話をされるとだんだん眠くなってきた。
 あふあふと小さくあくびをして席を立つ。

「一哉も、鍛錬してるんだから少しくらいバイト時間減らせばいいのに」
「そうもいかないだろ。俺は準社員なんだからな」

 軽いやりとり。
 まさか自分がここまで心許せる人と出会えるとは思わなかった、それもこちらの世界で。
 自分はこの世界では異質中の異質だ。
 しかし、一哉も異質さでは負けてない。

「ねえ、一哉」
「んあ?」
「【熾条】に戻ろうとは思わないの?」

 何気ない問い。しかし、それはすぐに後悔した。

「・・・・・・・・・・・・考えたくもない」

 ゆっくりと振り返る一哉。
 その表情は「無」だ。

「言っておくが、俺は組織やら機関やらそんなのが嫌いだ。だから、俺が熾条宗家と関わる時と言えば―――」

 背を向け、吐き捨てるように言った。

「殺し合いの時だ」

 ゾクリと来た。



 0時半。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、眠ってるな」

 一哉は瀞の部屋に仕掛けておいた盗聴器――ボタンを押せば起動するが、1回きりの使い捨て――から瀞の寝息を聞き取り、支度を調える。

(まあ、当たり前か・・・・。あれは特別に配合された奴だからな)

 瀞に飲ませた缶紅茶には睡眠薬が入っていた。
 粉末状で水に溶け、遅効性ではあるが、粒によって聞き始める速度が違う。だから、徐々に眠気が訪れるという、感覚では気取られないタイプのものだ。

「これで瀞にバレる心配はなくなったな」

 仕度を調え、一哉は玄関へと向かう。

「さてさて、クライアントはどんな奴らかな」

 その表情は水を得た魚のように輝いていた。

「難題だと言うことは確か。それに親父の差し金ってのはいまいち納得いかないが、せっかくくれた餌だ。骨の髄までしゃぶり尽くしてやる」

 マンションの玄関口から出て、そのまま駅の方面へと歩き出す。

「―――終わりましたか?」
「ああ、これであいつは明日の朝までぐっすりだ」

 一哉は先程までバイトをしていたのではない。
 バイトは休む旨を伝え、時衡から鹿頭家の事情、厳一からの伝言、鬼族の特徴などを事細かく聞いていたのだ。
 言わば依頼主の代理人との打ち合わせ。
 鹿頭家は時衡を介し、一哉に協力を要請したのだ。―――あくまで形式的だが。

「相手は百数十で術者と対等に・・・・むしろそれ以上の戦闘力を有している知的生命体で、こちらは十数名。できればその十数名で敵を倒したい、か」
「まあ、端的に言えばそうなんですけど・・・・無理でしょ?」
「ああ」

 ばっさりと2人は朝霞の思いを切り捨てた。
 なぜなら、ここは結城宗家の管轄だ。
 もし、鬼族の大軍と鹿頭家が激突するならば、間違いなく察知され、こちらの都合とは関係なしに厄災たちが動き出す。

「まあ、その辺りは実際にバレてからでもいいだろうが、問題は・・・・」
「反熾条意識っすね?」

 一哉としては不本意だが、確かに一哉は熾条の姓を名乗り、両親ともに宗家の炎術師らしい。
 だがしかし、彼は宗家への忠誠など全くなく、組織間の関係など知ったことではない。
 だからと言っても相手がそれに納得するわけではないのだ。

「人の心というものは厄介だな」
「あっはっは、そう簡単に割り切れませんって。鹿頭家の反熾条意識はもはや自我にまで浸食してますから」

 一哉は助手席に乗り込みながら思う。
 どうして、この男は御家の大事とも言えることを軽く言うのだろうか。

「ホントのこと言うと、宗家は鹿頭家のことを何とも思ってないんすわ」

 一哉の疑問に気付いたのか、エンジンをかけながら言った。

「と、言うと?」
「アウトオブ眼中ってやつ?」
「・・・・憐れな」

 数日前、襲撃をかけてきた少女を思い出す。
 あの怒りが空回りだと知ったら、どうなるだろうか。

(・・・・っといかん。思わず『おもしろそうだ』とかで実践しかけた)

 さすがに洒落にならないだろう。
 仕事は利害関係が大事だが、信頼関係も不可欠なのだから。

(いざという時、言うこと聞かなかったら意味ないからな)

「正直、あの娘に鹿頭をまとめるほどの力があるのか?」
「ない、かもしれないし、あるかもしれない・・・・ってところっすかねー。正直未知数っていうのが一番しっくりと」
「まだショックで立ち直っていない、と?」
「それですね」

(一族を村ごと滅ぼされたのだから当然か)

 考えている間に車は駐車場に入った。

「着きました」
「ここか?」
「ええ」

 地下鉄音川駅。
 1ヶ月前に一哉が関わった戦いの舞台だ。

「まだ復興されてないだろ?」
「だからこそ好都合。堂々と宿泊施設に泊まるわけにはいきませんから。・・・・金銭的に」

 深夜で賑わう繁華街と違い、闇が落ちる駅ロータリーから1ヶ月間、調査という名の放置状態であることが分かる。
 実際、地下鉄自体は別の場所に掘り変えようという計画も立っているらしく、未だ再開どころか瓦礫撤去もできていない状況だった。

「お前はどうするんだ?」
「俺は・・・・元々、御曹司の監視役って言うか、厳一様へ報告する役目だったんすよ。親父が厳一様の側近だったもんで、その縁で体よく使われてます」
「監視・・・・」
「だから、御曹司を見ていられるなら関わっても関わらなくても一緒かなっと」

 参戦してもしなくていいらしい。

「じゃあ、しばらく付き合え。お前がいると心強い」
「わおっ。褒められた」

 ガッツポーズを取る時衡に間を空けて用意しておいた言葉をぶつけた。

「いい盾役として」
「あなたホントに統世学園生ですね!?」






鹿頭朝霞 side

 地下鉄音川駅。
 夏休みの事件以来、復旧の追いつかない駅内とは違い、駅前は繁華街だということで活気づいていた。
 そんな中に彼らはいる。
 コツコツと移動する足音が闇の中に鳴り響き、人の絶え、多くの命が失われた空間に久しぶりの生命の気配を振り撒いていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 ため息をつく。
 朝霞は続々と集まってくる鹿頭家の残党を見ていた。
 連絡が取れたのは十数人。
 その全員が朝霞を目指し、集結中である。
 彼らは集まってくる仲間たちを迎え、共に無事を確認して安堵のため息や死んでいった者を悼んでいた。
 そんな術者たちを朝霞は無感情に見回す。

(私・・・・この人たちを裏切ってるのかな・・・・)

 彼らを集めたのも、自分がここにいるのも、これからしようとしているのも、みんな、熾条宗家の縁者が関わっていた。
 それを知ったら、この者たちはどう思うだろうか。
 憤怒、不信、嫌悪。
 自分ならあらゆる負の感情を抱かずにはいられないだろう。

「お嬢、これで全員です」
「あ・・・・」
「それで、話というのは?」

 彼らは朝霞の召集で集まったことになっていた。
 もちろん、連絡をつけたのは厳一であり、呼び出された者たちも電話から聞こえた声が朝霞のものではないと分かっているので協力者がいるとは認識している。―――それが何者か知らないだけで。

「―――それは俺たちから説明するさ。鹿頭の嬢ちゃんもどう話していいか、分からねえみてえだし」

 未だ片付かない瓦礫の山から時衡が隠れてきいていたとしか思えないタイミングで姿を現した。

「誰だ!?」

 術者たちは警戒するように重心を下げる。

「そこのお嬢さんの命の恩人で道しるべのおつかい、かな?」
「はぁ? 何を言ってる? 分かるように言わねば燃やすぞ、若造」

 壮年の者たちは<火>を集め、すでに戦闘態勢だ。

「やれやれ、鹿頭は短気だな。・・・・さすが【鹿】だな」

『『『『『――――っ!?!?』』』』』

 衝撃が走り、同時に今まで戦闘態勢ではなかった術者たちもそれに移行した。
 辺りが一触即発の緊迫したものになる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな光景を、どこか他人事のように見る朝霞。
 彼女には分かっていた。
 この場の者がどんなに【力】を出そうと、"彼ら"には敵わないことを。

「貴様、【熾条】の縁者か!?」
「・・・・あ〜、出身は【熾条】だけど・・・・今は違う、みたいな?」
「分かるように言わねば燃やすと言っただろうっ」

 ひとりが炎が放つ。
 それに遅れじと次々と炎弾が時衡目掛けて撃ち放たれた。

「どうしましょ?」

 時衡が着弾までの数瞬に背後を振り返る。

「―――とりあえず、潰そうか」

 ぞっとする声音と言葉が闇から聞こえた。

―――ゴオオオッッッ!!!!!!!!!

 炎が津波のように瓦礫に叩きつけられる。しかし、それは何かに吸い込まれるようにして収束した。

「・・・・な、に?」

 術者たちは自らの術がまとめて一掃されるという初めての状況に眉を跳ね上げ、時衡の奥を凝視する。

「予想以上だな、クライアントの熾条嫌いは。何故か俺がクライアントのように感じる」
「誰なんだ、お前らは!?」

 こそこそと朝霞は移動を始めた。
 まだ、術者たちから不信で見られるのは辛い。

「おい、どこへ行く」
「・・・・やっぱり、私?」

 嫌な予感を感じ、振り返った朝霞に一哉は大きく頷く。

「当然だ。クライアントはお前だろ?」
「どういうことです、お嬢?」

 誤魔化しはきかないぞ、という眼光を送る術者たち。
 瞬間的に彼らから目を逸らした。

「あーうーあー・・・・」

 どう説明したものか分からず、意味のない言葉が口から転び出る。

「だから、それをこっちが説明するって言ったろ?」
「黙れ、熾条。これは鹿頭家の問題だ。お前たちは口を出すな」
「そうだ、俺たちはお嬢に訊いてるんだ」

 ばっさりと口を挟んだ時衡を切り捨て、朝霞に向き直った。

「どういうことなんですか? しっかり説明してください、お嬢っ」

 わずかに怒りの表情を浮かべた術者たちに朝霞は苛つく。

(なによ。お父様たちを守れなかったくせにっ)

 彼らも任務でいなかったか、戦っても守れなかったというのに怒鳴られ、問い詰められるという状況に肚(ハラ)の内が煮えくり返った。

「そこでヘラヘラしてる男は熾条宗家の【鬼】――旗杜家の次男坊で、もうひとりが"戦場の灯"の息子っ。因みに次男坊は私の命の恩人。そこで否応がなく、こうして鹿頭を集めるために"戦場の灯"の力を借りたのよっ」

 「文句ある!?」というような眼差しを彼らに向ける。

「な、なんということを・・・・。お嬢、そなた自分のしたことを理解してるか!?」
「助けられたのは不可抗力よっ。それとも、あたなたちは私に死ねば良かったとでも言うつもりかしら?」

 最悪だ。
 もはやこれは完全に八つ当たりである。
 【熾条】に頼らざる得なかった自分への怒りを一哉に叩きつけた。しかし、それが一蹴されてからずっと抱え込んできた鬱憤を、朝霞は今、同胞とも言える一族にぶつけているのだ。

「そ、そんなことは・・・・」

 急に爆発した朝霞をどうしたものか、と眺める術者たち。

「仕方ないでしょっ。みんなバラバラになるし、私はみんなの連絡先とか知らなかったわ。というか、路頭に迷う寸前だったんだからっ」

 この場に集まっている者で朝霞は動ける者での最年少だ。
 何人か子連れがいるが、彼らは戦闘員ではなく、彼らの手を引いている親なり兄弟なりがいる。だが、朝霞の両親は戦死しており、扶養者がいない。
 いきなりそんな場面に出くわせば、嫌でも藁に縋りたくなるだろう。
 何より―――

「私は・・・・私は、仇が討ちたいのよ」

 急に怒りがしぼみ、涙腺が潤み出した。

「グスッ・・・・お父様やお母様、他のみんなの仇を・・・・そのためになら、悪魔にでも魂を売るわ」

 それから嗚咽を堪えるように唇を噛む。

『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』

 年下の少女に誰も声をかけることができなかった。―――たったひとりを除いては。

「―――鬼族の討滅。お前の望みはそれに間違いないな」

 威厳と膨大な"気"が放つ威圧感を纏った一哉が瓦礫の上から鹿頭家を見下ろす。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ。間違いない。奴らを根絶やしにするわ」

 その眼差しが朝霞に冷静さを取り戻させた。

(これが・・・・熾条直系・・・・)

 思わず身震いする。だが、「負けたくない」という強い意志を込め、その眸を見返した。

「・・・・・・・・分かった。ならば言っておく」

 一哉は瓦礫を下りてくる。

「―――俺は組織とかが嫌いだ。つまらない上下関係。権力に物を言わせた横暴。自らの目的に酔った妄信者。奴らを見れば皆殺しにしたくなる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 伝わるそれは殺気なのだろうか、ぞっとするような冷気が漂ってきた。
 朝霞は気付かれないようにやや体を震わせる。

「―――但し、明確な意志と目的、それに伴う行動力を有している集団は別だ」

 闇に溶け、静かな冷気を纏う一哉が鹿頭の術者を掻き分けて朝霞の前に立った。

「あ、ぅ・・・・」

 一哉は圧倒的な【力】の波動に満ちている。そして、同時に包容力を持っていた。

「―――歓迎する、鹿頭家。俺はお前たちの目的を理解し、最高の力を以て応えよう」

 実に儀式がかった行為。しかし、この国はこういう場面にはこういう雰囲気でその意志を示してきた。
 それに朝霞は畏怖しつつも応える。
 今でも宗家は嫌いだ。だが、一哉は伝え聞いた宗家の人間ではない。
 信頼に値する者だ。
 目的のためならば共闘してやってもいいと思えるくらい。

「―――感謝する、熾条一哉」

 声が震えずにすんだのは奇跡かもしれない。
 彼の有名な真正の炎には立ち会ってはいないが、これだけでも彼が自分よりも高位者であると分かった。

「ところでここに住んでるのか?」

 ニヤリとさっきまでの空気を吹き飛ばそうとする一哉。
 それは完全にこの場を支配している者のみに赦される行為。

「・・・・う、うるさい。茶化さないでくれるかしら」

 やはり自分では敵わないほどの力量――器を悠々と示す一哉に何とも言えない敗北感を味わいながら返す。

(まあ、信用してやるかしら)

 そう思えた。
 別れ際にとある紙袋を渡され、その中身を見るまでは。










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