第五章「炎の一族」/ 3
覇・烽旗祭。 それは10月の終わりに開催される。 烽旗山全土が学園という広大な敷地を持つ統世学園高等部はその期間はいつも以上にお祭り空気になる。 中等部も存在するが、それは外れの方に小規模で運営していた。だから、高等部の生徒にエスカレータ制で上がってくる者は全体の1割にも満たない。 1年生の大多数が今回、初めてになるのだ。 たいてい中学で経験した文化祭の観念を持っている生徒はそのあまりの盛大さに圧倒され、洗礼される。 準備期間は9月の下旬からの約1ヶ月。 それも授業返上で全てが準備期間だ。 学級・委員会・部活・同好会などが参加し、その団体数は三桁を越える。また、その関連のトラブルが毎年、数え切れないほど存在する。 不正委員会だけでは足りないので実行委員会も傭兵を雇って鎮圧に出掛けるという無法地帯っぷりを発揮するが、生徒会――暗部執行部が動くほどの騒動にはならない。 その辺りは自粛する。 それこそ真の統世学園生徒だ。 但し、誰も騒動がダメとは言っていない。 むしろ納得するまでとことんやり合えがモットーだったりもする。 悔いを残すな、これが罷り通る祭りである。 「―――各班状況報告」 『こちら屋上班。ワイヤーの設置終了。いつでもいけます』『こちら階段班。封鎖完了』『こちら対面校舎。敵危機感ゼロ』『こちら先鋒。現在目標地点10メートルまで接近。合図次第、最先鋒を出撃させる』『標的、壇上に登りました。どうやら今から会議のようです』『無線、全員に行き渡りました』 「了解。各班に通達」 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』 コホン、と咳払いの後――― 「攻撃、開始」 『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――――』』』 こうして統世学園高等部1年生棟は戦火に包まれた。 旧日本軍十八番――奇襲攻撃 scene クラスを杪が武力統一した次の日、再び彼女は壇上に上がっていた。 「―――出し物決定」 『『『―――ゴクリッ』』』 固唾を呑んで杪の言葉を待つ両陣営。 「両方採用」 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?』』』 全員が思わず机に額を打ち付けた。 「どういうことですか!?」 「先の戦いでD組の協力が得られている」 先の戦いとは夏休み前の戦いだ。 開戦わずか数時間で敵を降伏させたA組は文化祭の手伝いを降将――D組委員長と確約していた。 「よって我らには80人近い人員がいる。それに予算も倍」 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』 「でも、共同作業するには・・・・B、C組が邪魔」 そこまで言われれば分かった。 瀞、綾香、杪を除く全員が「ニィ〜」と同じ笑みを浮かべる。 「よろしく」 この一言で全てが始まったのだった。 「―――よし、合図だ。最先鋒突撃しろ」 先鋒の指揮を執るのは晴也だ。 因みに副指揮官には一哉が就任している。 「? 晴也ぁ、誰が最先鋒?」 今学期からの転校生であるクリスは早くも統世色に染まり、やる気満々で眸をキラキラさせている。 「そうだよ。ここには8人しかいないんだよ? 全員が先鋒じゃダメなの、かな?」 自覚はないが、確実に染まりつつある瀞。 「ふっ、古今東西、先鋒は武勇優れる者か、もうひとつの条件の者が選ばれるよなぁ、一哉」 「ああ。そうだな。ってか、普通はそれだな、うん」 一哉は振られてうんうんと最もらしく頷いた。 「「ってことで―――それ」」 ガシッと晴也がクリスを、一哉が瀞を、と今学期からの編入組の襟首を掴む。 「「え?」」 「「新入りは最前線。基本だろ♪」」 「「ええぇぇッッ!?!?」」 そのまま他の者が開けたドアの向こうへ爽やかな笑みと共に――― ―――ポイッ 「きゃっ」「うおあっ」 ゴロリと2人はB組の中に転がり込んだ。 『『『『『―――っっっ!?!?!?』』』』』 一瞬にして緊張が走る。 「敵襲ッ!」 「周辺を警戒しろッ!」 「総大将をお守りしろッ!」 「三人衆、先鋒を殺れッ」 「「「ウオオオッッッ!!!!」」」 「きゃあああっっ!?!?」 「って、瀞様!?」 「「な、何ィッ!? し、しまったッ、止まらないッ!!」」 「瀞ちゃん、危な―――ゲフゥッ」 ―――バギッドグッ 「フ、瀞ちゃんのためなら、この身朽ち果てようとも・・・・」 『えい♪ トドメだ♪』 ―――ドガッバキッグシャッボグッドゴッ 「うがぁ・・・・(チーン)」 『『『あははっ♪ この人、おもしろーいっ、キャハハハッ!!!!!』』』 ―――ドガッバキッグシャッボグッドゴッ 「ぐ、ぐぬぬ・・・・。我が一生に悔いなし・・・・(ガク) ―――あ、でも、これはこれでいいかもぉ♪(キラキラ〜)」 ―――ドガッバキッグシャッボグッドゴッ 「ガフッ」 「ク、クリス、くん・・・・」 「―――ふ、クリスは沈んだか」 「惜しい人材を亡くしたわね」 「犠牲を無駄には出来ないな」 「よし、委員長ッ」 結城晴也・山神綾香・熾条一哉・村上武史。 A組が誇る四人衆は己の得物を握り締めて突撃の時を待つ。そして、無線の向こうからの声。 『―――ん、』 「―――瀞様。これもクラスを守るため、ご了承していただきたい」「え? え? 瀞様って?」「アア♪ そんな困っている貴女もお美しいぃ♪」「しかし、あなたクラスの命運を背負って来たならばお分かり頂いていると思います」「え、と? も、もういやぁっ」「おお、大丈夫ですよ。我々はあなたには紳士的ですからッ!」「早く、捕獲して。人質にするわよ」「おうッ」 『―――総攻撃』 A組無線全周波数に紡がれた命令。 「―――行ってッ」 ガラリとドアに張り付いていた女子がドアを再び開ける。 その向こうでドアを背にして十数人に囲まれていたであろう瀞が驚いてこちらを見る。そして、同じようにこちらを見ようとしたB組生徒は――― 「「地を這えッ」」 晴也の矢と綾香の分銅によって弾き飛ばされた。 『―――なあ、ある意味学園の"天と地"がぁッ!』 「ふはははっっ、俺を忘れて貰っては困るぞッ! 合気道村上流師範代、村上武史、参るッ!」 武史が「そうりゃあ〜」とポ〜ンと生徒を跳ね飛ばし――― 「ふっ、瀞関連での質の悪い悪戯、主犯格はここにいることは調べがついてるぞッ」 一哉が日頃の恨みを<颯武>――注;日本刀です――に込め、バッサバッサと打ち倒す。 ―――カシャーン×4 「A組屋上降下隊、侵入成功ッ! これより委員長確保の任を遂行するッ」×8 『『『うわあッ!? 何ちゅうところから現れやがるッ!?』』』 『―――各員、武威を示し、任務を遂行せよ』 『『『『『『『『『『『『御意ッ!』』』』』』』』』』』』』 総大将――杪によってA組に乱戦命令が下された。 瞬く間に戦場は混沌と化し、ぼおっとドアの近くに突っ立っていた瀞はペイッと外へと放り出される。 「えーっと・・・・」 瀞はどうしたらいいか分からず、その辺りをうろうろしていると ―――ぽん と肩を叩かれた。 「杪ちゃん」 杪はふるふると首を振り、「深く考えるな」と示してくれたが、その手に持つ軍配がすごく気になる。 「ってこれって杪ちゃんの仕業じゃないの!?」 危うく騙されるところだった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「あ、無言で顔を逸らされた」 「―――敵将、この村上武史が生け捕ったりィッ!!!!!」 『『『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!!!』』』 B組、陥落。 熾条一哉 side 「―――あぁ、えらい目にあった」 一哉は1人で通学路を歩く。 いつも一緒の瀞はさっさと白状にも先に帰ってしまった。 どうやらB組攻撃でへそを曲げてしまったらしい。 おかげで放課後、晴也と話している時に乱入してきた先生から遅刻当事者不在を理由に逃げられたのだが。 (これは帰って文句を言わねば) 危うくひとりで説教――体罰とも言う――に遭うところだったのだ。 文句のひとつくらい言ってもいいだろう。 (・・・・・・・・・・・・まず、機嫌取りからか?) ここでようやく、瀞を怒らせたことが原因だと思い出した。 (・・・・物で釣るか?) 一哉の通学路は途中から住宅地に入る。 それまでは駅に通じる大きな通りだが、ここに入ると車道と歩道の明確な境がなくなる。だから、多少注意しなければ自動車に撥ねられることもあるのだ。 たまに暴走自転車にも撥ねられそうになるが。 今は視界のいい一本道で向こうから中学生くらいの少女が歩いてくる以外に人影はない。 帰宅部下校時間と部活下校時間の間だからだろうか、それでもやや静かすぎる。 「はぁ。それにしても、委員長のあの無表情裏のオーラが怖い」 わずかに体を震わせた。 戦闘での死に直結するような怖さではなく、今の平穏が壊されそうになることで生じる恐怖。 それはここに来るまで体験したことのないこと。 それまでは日々が平穏ではなかったのだから。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平和ってことかぁ?」 暇だー、と天を仰ぐ。 「―――それなら危険にして上げるわ♪」 「は?」 瞬間、一哉は体の中心の"何か"を受け、後方へと吹き飛ばされていた。 「な、ゲホッ」 ゴロゴロと地面を転がり、ようやく止まったところで胸の衝撃を逃がす咳をする。 砂塵が舞い、その先には攻撃を仕掛けた主がいる。 「ふふん」 展開される結界。 それは非日常への入り口。 「炎、術師だとぉ?」 不意打ちにものすごく険悪な声と共に身を起こす。 「あら、本当に宗家の術者なのね。私の炎を受けても無様に地を転がるだけなんて」 少女は胸を張って言った。しかし、彼女は一哉に火力で及ばないまでも強大な炎術師のようだ。 油断は出来ない。 「お前、宗家の差し金か?」 前に師匠――蔡が言っていたことを思い出す。 【熾条】が一哉捕獲のために動いていると。 「はっ、そんなわけないじゃないッ! 私は宗家が大嫌いよッ。何よ、少し強いくらいで他の一族をみんな配下みたいに扱ってっ」 どうやら宗家ネタはこの娘の逆鱗らしい。 辺りを彷徨っていた精霊が顕現し始めていた。 「で? 俺は宗家に縁のない炎術師に辻斬りされる覚えまだないが?」 パンパンと転がった拍子についた砂埃をはたき落とす。 <火>が顕現しようとも一哉には関係ない。ただ、衝撃だけは無効化できないので先程は跳ね飛ばされたのだ。 「はっ、あなたになくても私にはあんたが宗家の関係者ってだけで大アリなのよッ」 ―――ドンッ 少女が音高らかに一歩踏み出すのと同時に彼女の炎が爆発的に広がっていく。 「はぁ、つまり俺が宗家出身だからこうやって戦うって?」 「そうよっ」 「分かった。―――つまり、死んでいいんだな?」 「―――っ!?」 ユラリと立ち上がる一哉。 こちらも爆発的に広がった殺気に少女は思わず後退った。 「くっ、さすがは宗家、と言ったところかしら」 「宗家は関係ないな。とりあえず、試し斬りか。こいつはまだ人の血を知らないからな」 <颯武>を出す。 炎術は使わない。 最近の成果を見せてみようじゃないか。 「へえ? 諸家の術者には炎術を使うまでもないってことかしらッ」 どうやら舐められていると勘違いしたようだ。 先程、殺気に怯えて後退ったのも追加していい感じに燃えている。 比喩ではないのが、けっこう面白い。 「安心しろ。地獄行きの運命は変わらない」 ―――ビキッ こめかみに大きな青筋が浮かんだ。 「そんなことを言っていられるのも今の内よっ」 少女と炎の咆哮。 大小様々な炎弾は正面と左右――恐ろしいことに民家の壁をぶち破りながら――迫り来る。 「ふむ」 一哉は数瞬の間、黙考する。 (先程の数十倍の運動エネルギーを保有している。そのために迎撃なしで受けた場合、内蔵破裂の危険在り。先程は近距離なので速度加速は見込めなかったために無傷だったと判明) 「まあ、甘いな」 一哉は正面の炎弾を片手で斬り払った。 「え? えぇ!?」 「何て言うか、戦略戦術観察眼が規定値まで達してない」 驚きに身を固める少女へと迫り、容赦なく斬りつけようとする。 「くっ、あああああッッッッ!!!!!」 渾身なのだろう、アスファルトが溶解し、嫌なにおいを放つほどの炎の弾。 それを一哉は裏拳で軌道を逸らした。 ―――ドガアンッ!! コンクリート壁に大穴が空くが、気にしない。 一切の情けなく一太刀目を繰り出した。 「きゃあっ」 反射的に尻餅をついて躱す少女。 全くの予想通りだ。 「で? もういいか?」 完全に死に体になった少女への痛恨の一言。 プライドが高そうな彼女は理性が飛ぶこと間違いなし。 「―――――――――――――っっっっ」 案の定、自分の状態を忘れ炎術を起動させようと腕を振り上げた。 「馬鹿」 風切り音とともに<颯武>が振るわれ、一瞬の防御を捨てた少女の首を断たんと――― 「―――っ」 「―――え?」 少女は己の首、皮一枚で止まった刃に硬直している。そして、一哉も刃を止めた自分に驚き、硬直していた。 ツーと刃に少女の血が流れる。 幾秒硬直していたかは分からなかったが、完全に拍子抜け状態になってしまった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」 カチャリと音を立てて刀を下げる。 そのまま少し距離を取り、血を払ってから納刀した。 「あ・・・・」 少女は腰が抜けたのか、ここはすぐに立ち上がって体勢を調えなければいけないと分かっているはずなのに動かない。 噛み締められた口元が言いようのない悔しさに満ちていた。 「お前、ホントにどうして俺を襲った?」 殺される瞬間の少女の目は一哉に斃されることが悔しいんじゃなく、他のことをなせないまま死んでいくのが悔しい目だった。 いつもなら分かっていても切断していただろう。だが、敵わないと本能で分かりつつもそれを理性で押し切り、挑んできた少女の必死さが気になった。もしくは単に瀞の甘さが移っただけかもしれないが。 「・・・・・・・・・・・・っ」 やはり、と言うべきか、少女はピクリと震えた。 「殺気が薄すぎた。憎悪も少ないし、納得のいかないことをうやむやにするためにしか思えなかった」 憂さ晴らしに付き合わされるほど迷惑なものはない、と言って<颯武>を時計に戻し、それを左手にする。そして、未だ燻っている炎の残滓を消し止めた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 少女は黙っている。 俯けた顔を前髪が隠し、握り締めた両手が小刻みに震えていた。 (無理、だな) 今の少女の中には一蹴された悔しさと見抜かれていた悔しさ、その他諸々の感情がドロドロと解け合っており、冷静な話をする状態ではない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、俺帰るから」 ―――用があるならまた次に。 と続けて一哉は少女の横を通り過ぎる。 警戒などしない。 今の彼女に攻撃する余裕などないからだ。 「うぅ・・・・」 悔しさに塗れた声。 それしか聞こえることのない――― 「――― 一哉様。連れが失礼いたしました」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 先程までいなかった人間の声にゆっくりと、しかし、油断なく振り返る。 そこに1人の男が立っていた。 年齢的には大学を卒業したところだろうか。 やや長身でやはり精霊術師らしく、悪くない外見をしているところしか"素人目"には感じない。 (へぇ・・・・) 隙のない佇まい。 死線を幾度も潜ったであろう雰囲気。さらに己の立場を弁えた物腰。 (ただ者じゃないな・・・・) 「お久しぶり・・・・と言っても覚えてないでしょうね」 わずかに苦笑する男。 「熾条宗家の分家――旗杜家次男、旗杜時衡と申します」 軽く一礼。 「・・・・・・・・俺を連れ戻しにきたのか?」 「・・・・いいえ。私は鷹羽の者と親しくないので、どちらかと言えば厳一様の派閥です」 「親父の?」 少し警戒を解く。 「ええ。烏滸がましいながらも統世学園への入学試験の申し込みや今の物件を巡る不動産との手続きもしました・・・・兄が」 次男なので兄は長男。 後の旗杜家当主。 つまり次期熾条宗家の幹部だ。 「へえ、それで宗家が何の用だ?」 「・・・・えっと話せば長いんすけど、今の俺は宗家の人間であって宗家の人間ではない、というか・・・・その、微妙な立場っていうか・・・・」 視線を彷徨わせ、言いにくそうに告げる青年。 「はあ?」 「とにかく、今日ははこいつもこんな状態ですので・・・・後日、改めて、ということで・・・・ダメですかね?」 わずかに懇願するような視線。 それは一哉と少女の間を彷徨っていた。 「・・・・分かった。それでいい」 一哉は背を向け、歩き出す。 「ご迷惑をおかけします」 「しました」ではなく「します」 「ふ、いいさ。ちょうど退屈だったからな」 振り返らずに答えた一哉の顔は本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。 |