第五章「炎の一族」/ 2


 

「―――ここはどこかしら?」

 赤いリボンのポニーテール少女――鹿頭朝霞は不機嫌そうに辺りを見回し、ここに連れてきた者を見上げた。

「さあな。俺はただ単に君の救出を頼まれただけ。ここから先は管轄外よ」

 ここまで来るのに使った軽トラックのドアにもたれかかりながら彼は興味なさげに空を見上げる。
 周囲は木々で溢れ、ここが山道であることは分かった。だが、余計にどこか分からない。

「そもそも、あなた、誰?」

 朝霞は先程気絶から目覚めたので、青年と会話するのはこれが初めてだ。

「俺か? ・・・・えっと、襲わないって約束できる?」
「無理じゃないかしら。初っ端に『拉致』って言葉を使った男なんだから」
「・・・・少しは悩もう。そして、素直で純粋であれ、女子中学生。世間の風の冷たさですれるのはまだ早い」

 心底、嘆かわしげな顔をする男にイラッとくる。

「とっとと名乗れっ」

 相手は自分のことを知ってるのだから、「名前を聞くならまず自分から」的な発言はないはずだ。

(というか、この期に及んでそんなセリフ吐きやがったら軽トラを爆発させてやろうかしら)

「おーけー、すでに怒りを止めるのは無意味なようだから言おう」

 預けていた体重を戻し、しっかりと地面を踏み締めながら青年は自己紹介する。

「俺の名前は旗杜時衡(キモリ トキヒラ)。熾条宗家の【鬼】、旗杜家の次男―――だぁっ!?」

 青年向けて思い切り炎をぶつけた。
 それだけでは飽き足らず、一瞬で数メートルの距離を詰め、"気"を乗せた掌打を放つ。

「ちょっ、待ちっ」

 掌は空を切り、軽トラのサイドガラスを叩き割った。
 時衡は両手を前に出し、落ち着くように促してくるが、朝霞は至極冷静である。
 冷静に目の前の男の殺害を目論んでいた。

「はぁっ」

 上段回し蹴り。
 これもまた空を切り、今度はライトを破壊する。

「うわ、マジ洒落になんねえっ」

 情けない声を上げ、時衡は大きく車から飛び退さった。

「ちょぉっと待て。君は命の恩人を出自で問答無用に攻撃すんのか!?」
「【熾条】関係者限定ならね」

 冷静な口調で追撃の炎を放つ。
 それは諸家のレベルを超越した怒濤の攻撃だった。

「だぁっ、もうっ」

 うっとうしげな声が上がる。
 まるで津波のように時衡を押し包もうとした時、炎の向こうで銀光が走った。

「え!?」

 炎の波は半ばから切り裂かれ、時衡を避けるようにして後ろの木々を焼き払う。

「少しは人の話を聞け。仮にも当主家の娘か?」

 太刀を鞘に仕舞いながら彼は呆れていた。

(そんな・・・・あの炎を斬った?)

 朝霞は格の違いを見せつけられた気分だ。
 彼女は鹿頭家最強レベルの術者である。
 戦闘技術はともかく、その火力は中学生ながら、当主である父をも上回っていた。
 そんな朝霞を一蹴したのだ。
 炎術最強熾条宗家の者とは言え、分家。
 彼の有名な真正の炎――"真炎"が使えない、自分と同じ中堅炎術師である。

「落ち着いたか? あんまり暴れられると気付かれるだろ。―――おー、イテ」

 青年は鹿頭村での激闘で体のそこらにできた傷を気遣いながら、手の甲の傷を舐めた。

「どうして?」
「はい?」
「どうして、そんな傷を負ってまでも【熾条】が私を助けたのかしら?」

 鹿頭家は必要があれば戦闘も辞さないというほどの反熾条で有名だ。
 そんな助けても有害なだけの者を負傷しながらも助ける意味が分からない。

「言ったろ? 今、君に死んでもらうと困るのだよ」

 戯けるように両手を広げた。

「だからどうして?」
「―――それは私から説明しよう、鹿頭朝霞嬢」
「―――っ!?」

 バッとポニーテールが弧を描くほどの勢いで振り向く。
 いつの間にか荷台に男が座っていた。

「時衡、御苦労。お前がこの近くにいて助かった」
「いえいえ。主命じゃ仕様がないっすよ」

 ひらひらと手を振り、主に答える時衡。

「しゅ、主命って・・・・まさか!?」
「ああ、お嬢さん。私の名は熾条厳一という」
「げんいち・・・・」

 あまりの大物に言葉を失う。
 同時に血の気が引いた。

「ああ、安心したまえ。お嬢さんに危害を加えるつもりはない。そして、我々は鹿頭家の滅亡は望んでいない。仇討ちにも力を貸そうじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 魅力的な発案ではある。
 【熾条】は大嫌いだが、現状で鬼族を討つのは難しい、というか不可能だ。
 史上最強にまで上り詰めている【熾条】ならば確かに戦えるだろう。――― 一構成員として。

「お断りするわ」
「そうくると思っていた。安心しなさい。熾条宗家の力は使わない。鹿頭家の力で鬼族を討てる方法を知っている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういうこと?」

 見れば時衡も驚いた顔で稀代の戦術家――厳一を見つめている。

「厳一様、それはどういう・・・・? 言いたくはないっすが、鹿頭村は壊滅しましたよ?」
「ああ。だが、全滅ではないな? 生き残りや当時村にいなかった残党がいるはず」

 そう言えば鬼族の首領もそんなことを言っていた。

「だからってあなたに世話になる謂われはないわ。私は絶対に仇を討つ。でも、そこに熾条宗家との関連は一切ないわ」

 朝霞は背を向け、山道を下り始める。

「無為に死を選ぶのか?」
「・・・・【熾条】の手を借りれば、死んでいった者たちに顔向けできない」

 朝霞は軽トラの近くに佇む格上の炎術師2人を振り返り、挑戦的な視線を送った。

「【熾条】の力を借りるくらいなら死んだ方がマシよ」

 ふん、と鼻を鳴らし、今度は振り返る意志なく歩き出す。

「やれやれ、強情なお嬢さんだ。―――時衡、お嬢さんを音川に連れて行け」
「って今までの話聞いてた!?」

 思わず振り向いてしまうほど驚愕したらしい。
 確かにその言葉には同意する。

「鬼族と戦うのはいいだろう。しかし、お嬢さんは死んではならないのだ」
「死ぬつもりはないわ。当然勝つつもりよ」
「方法は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 答えることができない。
 今、朝霞を突き動かしているのは意地と生まれてから染みついた反熾条意識だけだ。
 正直、お先真っ暗状態である。

「私の言う通りにすれば鹿頭家は再興し、もう一度、鬼族と戦えるほどの戦力を調えることができる」

 いつの間にか朝霞は歩みを止めていた。

「確かに私も時衡も熾条宗家に属している。しかし、お嬢さんに鬼族と戦う道を示す者は関係者でありながら疎遠という者。また、この件は熾条宗家は知らないことにする」
「・・・・と、いうと?」

 朝霞に代わり、時衡が訊く。

「熾条宗家への連絡は不要だ。時衡は私から極秘任務に就いていると宗主に報告しよう」
「厳一様、それは・・・・」
「なに、私と兄の仲だ。それほど大事にはなるまい」

 宗家に対する裏切りをすると宣告した厳一は見事に開き直っていた。
 若干、ふんぞり返っているようにも見える。

「また、階段の上から琴音様に殴り落とされっすよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ガタガタと震え出した。

「――――――――――――――――――――――――――――――――」

 それを朝霞は真っ白い目で見つめる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゥオッホン。―――さて、どうする?」

 咳払いで取りなし、厳一は表情を改めた。

「無謀な戦いを挑むか、勝機がある方を選ぶか。どちらにしろ、主戦力は鹿頭家だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞は俯き、黙考する。
 脳裏に一族の顔が浮かび、共に過ごした過去が思い起こされていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 前に流れてきていたポニーテールを背中に戻し、ゆっくりと顔を上げる。

「どうしても、と言うならばその案に乗ってもいいわよ」

 厳一はニヤリと笑い、「交渉成立だ」と言った。






委員長の陰謀 scene

「―――もう、一哉のバカッ」

 生徒の絶えた昇降口に瀞の怒号が響き渡る。

「いや、俺は悪くない。別に待ってる必要なかったんだ。先に行ってくれよ」

 その自分には厳しい瀞の剣幕にわずかにたじろきながらあくまで自分の正当さを主張した。

「どうして同じ家に住んでるのに別々に学校行くのよ」
「だから、一緒に行く必要はないだろうに」

 瀞は小走りに一哉は早歩きで一時間目――ホームルームが始まっている廊下を進む。

「1人じゃつまんないよっ」
「そう言う問題か?」

 思わずツッコミを入れてしまった。
 こういうところは息があっている。
 今日、瀞は一哉が朝に何をしているのか突き止めようとして一哉が帰宅するまで待っていた。
 結果、学校に遅刻しているのだ。

「剣の稽古なら付き合うのに」
「お前な、基本しかできないんだろ?」

 プクッと膨れてしまった瀞に一哉は呆れながらもその膨らんだ頬を楽しそうに突きながら言う。

「応用ばかりで基本がない一哉よりも、か〜な〜り、マシだと思うけど? それに私も聖剣使いなんだから鍛えても意味なくはないよ」

 すぐさま瀞は手を振り払って挑発的な視線で見上げてきた。

「・・・・・・・・・・・・お前は誰と戦うんだ?」
「え?」

 瀞ははた、と足を止め、一哉の顔を再び仰ぎ見た。
 その目はわずかに見開かれていて驚きを表している。

「お前は【渡辺】から離れたんだろ? ならフリーの退魔師だ。けど、ここは結城の管轄下。フリーの退魔師が狩るような妖魔はいない。夏休みのあれは別格だしな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういえばそうだね・・・・」

 何と言うことだろう。
 せっかく戦うことに抵抗がなくなったというのにその戦い自体がなくなってしまうとはなんという因果か。

「でも、それは一哉も一緒でしょ?」

 条件は一哉も同じ。いや、それ以上に一哉はこの国の退魔機関に対するコネを持っていない。瀞以上に剣の修行をする意味がない。

「いやいや、戦いは俺が起こす。瀞みたいに受け身じゃないからな」
「―――は?」

 聞き間違いだろうか。
 一哉は自分から火種を蒔くという。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本気?」
「ああ。まだまだ親父に俺を【熾条】から連れ出したことを聞いてないしな。それを聞くためには熾条本邸討ち入りも辞さないぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・、前から思ってたんだけど・・・・」
「あ?」
「一哉って・・・・・・・・馬鹿?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この天才を捕まえて何言うか」

 確かに一哉の成績は良すぎる。ある科目以外全て88点以上とはどうだろうか。

「でも、総合は勝ったもんね」
「・・・・ぐっ」

 そう、如何に点数が良くともひとつが一桁ならば他の生徒より一教科少ない勝負となる。瀞も決して悪くなかったのだから負けるはずがない。

「海外回ってたのに英語が3点って・・・・しかも、記号問題」
「うるさい。俺は中国と中東だ。中国語とアラビア語ができれば十分なんだ」

 拗ねたように背を向けて歩き出してしまった。

「待って待って」

 パタパタと追いかけて隣に並ぶ。

「まあ、戦う場があるかともかく、いざという時にその力があれば役に立つんだから明日から一緒に、ね」
「・・・・・・・・どうせ断っても意味ないんだろ?」
「うん♪」
「・・・・はぁ」

 一哉は盛大なため息をついたが、瀞は気にせずに教室のドアを開けた。

「―――だ〜か〜ら〜、ここは喫茶店にしよう! だったら金も手に入るし」「そうそう、それにっ、かわいい制服を着た女子が見れるじゃないかッ!」「さすがだッ、同志よッ!」「そうだっ、いいこと言ったッ!」「はぁっ!? あんたたちそれが狙い!? 不純よ不純ッ!」「そうそう。ここは花の演劇でしょ? だったら当日に暇もできるし、いろいろ回れるじゃないッ!」「ああ、スポットライトが私を呼んでいる・・・・」「む、それは魅惑の提案。よし俺は―――ゲハァッ」『失せろ、裏切り者』「でも、確かにかわいい制服作って着たいかも」「うん。確かにね」「なっ、我が陣営にも裏切り者が!?」「隊長っ、もうダメです。誰が味方か分かりません。ってことで隊長、殴っていいですか?」「却下」「ええ〜」「演劇は殺陣が命。いっそ誰かを仮死状態に持って行くというのは―――」『お前がやれッ!』「いやいや、やはり制服はデザインが命。ホールの人には命をはってもらわねば」「ただ料理を運ぶだけでは昨今の風潮に埋もれてしまうッ」「ここは一発芸、もしくは身を削った―――グフッ」『あたしたちに何させるつもりかな(怒)♪』「ふ、我が人生に悔いな―――」『さっさと死ねッ』「ガハッ」「うわ、容赦なし」「セリフを最後まで言わせてもらえないなんて・・・・哀れっ」「でも、"もし"喫茶店やるなら制服はかわいいほうがいいわね」「でも、それだと変な客が・・・・」「心配無用。不届きな輩はSPとして配置される面々が外国船打ち払い令の如く弾き返してくれるわっ」「それじゃ客が入らねえだろッ!」「第一、誰がSPになるんだよ」「そうだぞ。抑止力なんて入り口に機関銃でも置いとけば充分だ」「だから、客が入らねえってのッ!」「ダ、ダメです。敵も味方もメチャクチャです。ここはいっそ無差別攻撃を―――」「ってだからぁ、わたしに薙刀向けないでって(汗)」「で、では、私は誰を攻撃すれば? ―――はっ、神の啓示がッ」「あいつって仏教徒じゃなかったか?」「普通、こういう時って仏だよなぁ?」「薙刀部の威光を示し、華々しく散るぅッ」「ひっ!?」

―――ピシャッ

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

『―――うわっ、草芽が暴れ出したぞッ』『マジかよっ。草芽って薙刀部のホープだろ!?』『ってか、見境なしだぞ、あいつッ』『誰か鎮圧しろッ』『よし、俺が―――カハッ』
『い、一撃ッ!?』『嘘だろッ!? 東堂は警備員養成研究部員だぞッ!?』『暴徒鎮圧のエキスパートが―――ァッ』『佐伯ィッ』『応戦だっ』『喫茶店派は急ぎ応戦せよッ!』『制服を見たい奴、着たい奴は武器を取れぇッ』『こっちも応戦よッ』『机をうまく利用してバリケードにするんだッ!』『急げ急げ』『急がば回れぇ。クルクルクル〜』『『『お前が回るなッ!』』』
『先鋒は貰ったぜッ』『晴也かっ。お前なら安心―――ギャアッ』『悪ぃ、手が滑った』『『『思い切り後ろ向いて射ったろーがッ』』』『くぅ、やはりこの世は弱肉強食。弱さは罪ッ』『オオッ、ならば己が武勇で名を上げよの戦国時代ッ!』『そのプロット貰ったっ。カキカキ♪ フフフ、これで演劇の脚本は完璧ねッ』『サー。あそこに見えるは、演劇派急先鋒の篠宮ですッ』『ようし、後に禍根を残すなっ、ここで奴の息を止めぇいッ』『『『オオッ』』』『『『させないわッ』』』『出会え出会えッ』『各々方、己の持つ最大の力を解放せよッ』『掃除用具入れを確保せよッ!』『囲め囲めッ』『集まれェッ!』『押し出せェッ』『撃てぇッ』『放ってぇッ』

―――パパーンッ×2

(―――銃声?)

 そんな馬鹿な。この学校がおかしいとしても一般人に拳銃は許されていない。・・・・はず。
 断言できないのが怖い。

『―――うわっ、誰だ!?』『銃弾なんて気にしないわッ! みんな演劇のため―――アァッ!?』『『『七尾さん!?』』』『く、やっぱり、銃弾には気を、付けて・・・・(ガク)』『ゴ、ゴム弾。これは不正委員の鎮圧用武器ッ!』『あ、綾香ッ!?』『あたしじゃないわよッ!』『そうだよなぁ、山神は鎖鎌ァッ!?』『うわぁッ!? 何か物騒な物持ってるぅッ!』『死神だぁッ!』『今のセリフ吐いた奴、サクッと魂回収される♪』『ヒ、ヒィッ!』『き、危険すぎるぜッ!』『ぶはっ、た、魂・・・・』『1人刈られたッ!』『野郎ども、応戦だッ!』『『『『ウッス!!!!!!!!!』』』』
『静粛』
『『『『『『ウオオオオオォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!』』』』』『くぅ、負けるかァッ!』『制服のために死ねぇッ!』『『『オオオオォォォォッッッッ!!!!』』』『あんたらが死ねッ!』『行くぞォッ! 進めェェッッッ!!!!』『『『『ヤアアアアアアァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!』』』』

『粛正』

―――ドゴンッ! バギッ、ドガッ ドドドッッ!! ズガッ、ドムッ ガララッッ

『『『『『『―――――――――――――――――――――――――――(シ〜ン)』』』』』』

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 教室の中があり得ないほどの静寂に包まれる。

「一哉、開けてよ」
「あ、ああ・・・・」

―――カラリ

 そおっと開けたつもりだが、やはり静まりかえっている教室にはその音は響いた。

「―――あら、瀞も遅刻だったんだ」

 何事もないように振る舞う唯一の生き残り――綾香が爽やかすぎる笑みを向けてくる。
 おろらくは現実逃避だ。

 突然だが、1−Aと言えば統世学園数多の学級の中でも有名な部類に入る。
 "白矢の悪魔"こと橘冬美が率い、一泊研修以後、無敗を誇るクラスとして威名を学校中に広めている。
 曰く、「悪魔の巣窟と呼ぶのも烏滸(オコ)がましい集団」らしく、1人1人が悪魔を超えているらしい。
 もちろん、挑戦者や抵抗者が多い。しかし、それをも簡単にあしらい、退けるほどの武闘派が揃っていた。
 よって、決してものの数秒で武力鎮圧されるような奴らではない。そのようなこと他のクラスのためにあってはならないのだ。

「―――い、委員長・・・・」

 一哉は引き攣った顔する。
 その視線は杪よりやや下にあった。

「? 遅刻者2名。・・・・ズズッ」

 杪は急須を脇に置き、両手で湯気の上がる湯飲みを持っている姿はなんとなくかわいらしい。―――ただし、座布団代わりにクラスメートの屍とは如何なものだろうか。

「生き残り・・・・・・・・・・・・・・ズズッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・チッ」
「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」」」

 ぞぞっと背筋に来た。



「―――はぁ、ことの発端は文化祭の出し物決め、と」
「そう。それでホールでの演劇か、教室での喫茶店かで意見が割れたのよ」
「こんなになるまで揉めなくても・・・・」

 瀞は辺りの惨状を見回す。
 杪による粛正が終わって10分。
 誰1人起き上がる者はいない。
 一度、隣――B組が不審に思って物見隊を派遣してきたが、教室の中を見て事情を訊く間もなく撤退した。
 実に正しい選択だったと言えるだろう。何故なら一哉の向かいで杪が戦闘態勢に入っていたのだから。

「それで委員長はどっち派だったんだ?」

 クラスでも武闘派である晴也と村上武史が共に倒れているという不気味な光景から目を逸らし、一哉が元凶に問う。

「どっちも違う」
「まあ、そうだな。どっちかなら全滅はしないしな」
「ってかどうするのよ。あたしたちで決めないといけないじゃない」

 杪・一哉・瀞・綾香。
 A組で立っているのはこの4人だけだ。

「大丈夫。すでに議会は破綻。全ては議長に委任」
「って、下手人も議長じゃない・・・・」

 つまりは最初から議決権を握る気だったらしい。
 多数決という厄介なものを封じるには仲間を作って過半数を超えるよりも、自分以外の者を封じればいいのだ。

「それで鎮守さんは何をしたいの?」

 瀞は杪のことを「委員長」ではなく「鎮守さん」と呼ぶ。何故だか分からないが、気が付いたらそうなっていたという。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ?」

 まさか杪も慣れていなかったのだろうか。
 無表情で固まってしまっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・杪」

 やがてポツリと呟かれた言葉。

「え?」
「杪でいい」
「あ、うん。分かった。じゃあ、杪ちゃん?」
「ん」

 コクリと頷き、杪は肯定した。

「へぇ。じゃあ、あたしも名前で呼ぼうかな。何か親近感湧くしね」
「ん、それでいい」

 どうやら三人組ができたみたいだ。しかし、視界の端で顔を蒼くしている一哉が印象的だった。
 口元が何やら『最強最悪トリオ誕生!?』みたいに動いている。

(一体どういう意味だろう・・・・?)

 カクッと傾げた首の視界に今度はニヤリと同じ笑みを浮かべる綾香と無表情な杪。
 2人に共通していたのは黒いオーラを纏っていたことだった。

「―――ところでどうして綾香だけ生きてたの?」

 何気ない振りできっとかなり気になっていたことを口にする瀞。

「仕留め損なった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・杪、そこボソリと言われると背筋が寒くなるから止めて」

 本当に冷や汗をかいているであろう引き攣った笑み。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、諦めも良く、同じく全員吹き飛ばしたから生き残れたかな」
「なるほど。だから、晴也と武史は倒れてるのか」

 納得したからか、うんうんと満足そうに頷く一哉。

「えーっと、"それ"で?」

 瀞はもうひとつ気になっていた綾香の背後を指差してた。

「ん? ―――ああ、これ? <不識庵>TWO
「「TWO?」」
「あ、数字の2よ、熾条」
「それくらい分かるわッ!」

 反射的なツッコミを入れる一哉。
 本当に最近、こういうのが多くなってきた。

「いや、1、2、3の連続コンボという偉業を成し遂げた輩に説得力はないわ」
「うぐっ、どうしてそれを」

 非常に気まずい表情で情報源を聞き出そうとする。
 それに綾香は指差すことで答えた。

「は、晴也、貴様ァッ!!」

 気絶した晴也にトドメを刺そうと飛び出していく一哉をまるでそれまで目覚めていたかのような俊敏さで迎撃する晴也。

「あんたら、黙りなさい」

―――フォンッ

「「はい・・・・」」

 綾香の持つ武器は死神が持つ大鎌と言えば分かるだろうか。
 長い柄に長い鎌状の刃。
 両手で使って振り回しながら敵を刈り取る恐怖の武器だ。しかも、前身の鎖鎌も意識してか、刃と反対側にはしっかりと鎖がついていて振り回すごとに風切り音を残して旋風を巻き起こす。
 間違いなく、乱戦で振り回せば敵味方容赦なく打ち据える武器だ。
 それを制御する綾香はもはや新たな武道を確立しているかもしれない。

「ねえ、とりあえずさ、この真っ二つになった机、どうするの?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 4人の視界には見事に崩れ落ちた机とイスのセットが。

「あんたらのせいよっ」
「「いや、明らかにお前のせいだろッ」」
「何ですってぇ」

 息のあったツッコミに半眼で睨みつける綾香。
 それに反応してバッと後ろに飛んで距離を取る2人。

(さすが、場慣れてる・・・・)

 すでに一哉の手に<颯武>が握られ、晴也の手には<翠靄>――但し、矢は背中の矢筒の中――を構えていた。

「やはりここは一度、勝負を決せねばならないようだな、晴也」
「ああ。ここいらで伸びきった鼻を折っちまわねえと俺らに明日はない」

 一哉と晴也はお互いの武器の特徴を生かしたポジショニングを採る。

「ってことだ、山神。未来への礎となれッ」
「骨は砕いて捨ててやるさッ」
「上等ッ! 悪の枢軸どもッ!」

―――ブォンッ

「キャッ!?」
「え? あれ、ごめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・瀞、さん?」

 先程まで武闘派2人を相手に威嚇していた綾香の腰が引け始めた。

「あ〜や〜か〜」

 ハラリと前髪の数本が宙を舞う。

「いや、ごめん。まさかそんなところまで届くとは・・・・」

 鎖の先についた分銅は瀞の額を掠めるコースに基線を描いたが、反射的に仰け反ったので前髪だけが犠牲になった。もし、反射がなければ額が割れていたことだろう。

「ふふ、まさか宣戦布告?」

 瀞にしては昏い笑み。

「そ、そんなわけないッ! あたしが瀞に手を上げるなんて天変地異が起こってもないからッ」

 ブンブンと顔と手を振る綾香だが、もはやそれは瀞には通用しない。

「問答無用ッ! 一哉に対する日々の鬱憤を黙って晴らさせてよッ!」
「無茶言わないでッ!」

 四つ巴の戦い――始まった瞬間、一哉と晴也はお互いの攻撃を相殺した――が始まったA組でたった1人の傍観者である杪は―――

「―――出し物、決定。イエイ」

 やっぱり1人で無表情に議決していた。










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