第四章「疑心、疑惑、懐疑」/ 4


 

「―――綾香、右から3体ッ」
「OK! セイ」

 放たれた雷撃にブスブスと木の影から出てきた妖魔は瞬時に炭化する。

「次、視界を分度器にすると80°と145°の位置からそれぞれ7体ずつッ」
「ややこしいわッ! ―――ええい、もう自棄だ!」

―――バリバリバリィィッッ

「・・・・っんな無茶苦茶な」

 唖然と呟く相棒の声。
 前方180°に降り注いだ雷は妖魔だけでなく、自然にも致命傷を与えた。

「ふん、これがあたしよっ」

 くるりと振り返って嫌味のない爽やかな笑みを向ける。

「威張ること、かっ」

 晴也は腕を薙いで風刃を飛ばす。
 それは木の影から現れた蜂――全長30センチくらい――の翅を切り落とし、胴体を地面に落とした。

「精密射撃にしろよ」

 十数もの追撃の風刃を浴びた蜂の妖魔は躯を切り裂かれて絶命する。

「殺せたら何でもいいでしょ」

 髪をかき上げ、綾香は聞く耳を持たない。

「ったく、確かにお前の攻撃力は頼りにしてるよ」

 こんな雑魚妖魔1ぴきにこれだけの風刃を使うんだからな、と晴也は苦笑混じりに付け足した。
 これは去年、最も激しかった戦い――鴫島事変の記憶だ。






山神綾香 side

(―――晴也は探索及び戦場操作。あたしは攻撃担当・・・・。雑魚すら蹴散らせない貧相な体質の晴也を守って導くのがあたし。・・・・・・・・そう、数分までは)

 退魔界に威名を轟かす"風神雷神"の名は高い探査力と攻撃力から狙われたら最期、という危機感を煽らせるものだ。
 しかし、実際見てみれば探査力を有する者は獲物を仕留め得る攻撃力を持たず、無類の破壊力を持つ者は獲物を探す術を持たない。
 ふたつ揃って初めて機能する、これが"風神雷神"だ。
 そんな力のバランスが崩れた。
 晴也の宝具――<翠靄>は何の術式もなしに圧倒的な力で蛇たちをねじ伏せるほどの攻撃力を持つ。まだまだ綾香の攻撃力には及ばないが、それでも晴也の戦力を飛躍的に向上させた。
 以前のような非力な晴也ではない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 綾香は押し黙って晴也の後に続く。
 晴也は時折、弓矢で蛇を蹴散らして奥へと進んでいた。

「綾香」
「・・・・・・・・・・・・何?」

 額をびっしり覆い尽くす汗を拭いながら答える。
 視界も朦朧としていて正直、山道を歩くのは拷問だ。

「お前は帰ってみんなが無事か確認してこい」

 晴也は立ち止まってそれでも先が気になるように前を見たまま言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」

 ピクリと震えて足を止める。そして、遅れながらも呆れた風に声を出した。

「ここから先は俺だけで十分だ。・・・・別行動しようぜ」
「な―――」

 言い捨てるだけ言い捨てて彼は先へと歩みを進めていく。
 衝撃。
 いつも一緒に戦っていた相手からの別離宣言。

「それは・・・・」
「ここは俺が単独で動いた方がうまくいく。だから、綾香は退いて蛇たちが先に進むのを―――っておい」

 晴也は綾香が動いていないのを知覚したのか、訝しげに振り向いた。

「あたしは・・・・晴也にとって何?」
「あ? 何をいきなり」
「あたしはっ・・・・晴也にとって必要なの!?」

 グラリと上体が揺れる。

「―――っ」

 堪えきれなくなってその場に崩れ落ちた。

「なっ!? おいっ、綾香!?」

 慌てた晴也が駆け寄ってくる。
 蛇たちは獲物の急変に戸惑っていたが、包囲することで様子見に移った。
 幾十にも包囲する蛇の数はもう数百を超えている。

「どうした!? まさか、噛まれたってのか!?」
「・・・・ええ、地中か、ら急に・・・・出てきた奴に、ね・・・・」

 抱きかかえられては最早隠すまでもない。荒い息をつきながら途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「どうして・・・・」
「それよりも―――」

 蛇の毒は体の自由を奪うもの。
 人体の中には神経というものがあり、神経が刺激を伝えるには2種類ある。
 同じ神経の中を伝導するには"電気"的なもの。
 神経と神経の間を仲介する"神経伝達物質"があるもの。
 蛇の毒は神経を狂わせるが、後者の神経伝達物質自体を狂わせるわけではない。あくまでも伝導に必要な電気の状態を狂わすのだ。
 ならば動けるはずがない。―――だがしかし

「―――質、問・・・・答え、て・・・・」

 綾香は動いている。

「答えって・・・・」

 確かに常人ならば倒れ伏して動けないだろうが、綾香は国内でもトップレベルの雷術師だ。
 体を動かすための"電流ごとき"、自分のものならば操ることができる。
 幸い自分の内に向けての集中力はかなりのものだった。
 それは毒のおかげで精神が内に向かいやすくなっているためだろう。―――だが、それは精神に多大な負荷をかけていた。
 ただでさえ精神負荷が他の属性よりも大きい雷術。
 それを麻痺した神経を無理矢理動かすことをすればどうなるか。

「あたし・・・・<翠靄>を手に、入れた晴也に・・・・ひつよ・・・・?」

 そんな神経が焼き切れるかもしれない激痛の中、綾香は真摯に問う。

「考え、て・・・・みれば、あたし・・・・お荷物、よね・・・・?」
「そんなことねえ」

 晴也は即座に否定したが、弱気になっている綾香は信じなかった。

「晴也・・・・1人で、も・・・・敵を見つ、け・・・・倒せる。攻撃力がない・・・・っても、晴也の・・・・"本気"を喰らってノーダメー、ジ・・・・られるほど・・・・ぼうぎょ、くが高い奴は、滅多にいない」

 そう。
 晴也は攻撃力は低いが、全く効かないわけではない。
 綾香ならば一撃で100のダメージを与えられる奴に100のダメージを与えるのに風刃を幾百と使えば辿り着けるのだ。
 頭のいい晴也ならばきっと敵を御し得る戦法を考えついて倒してしまうのだろう。
 綾香の役目はそんな手間を省く以外になにものでもない。
 だが、綾香は晴也がいなくてはそもそも敵を見つけることができない。
 正確な敵の居場所が分からなければ瞬間的攻撃力最強の意味がない。
 "風神雷神"は相利共生しているのではなく、片利共生しているのだ。
 その相手の唯一の欠点が補強された今、共生する価値など無い。

「うん・・・・。晴也、行って・・・・。あたしは今の状態でも蛇たちには負けないから」

 晴也の腕の中で精一杯に微笑んでみせる。
 うまくできたかは分からない。
 何故ならそれを窺い知るには晴也の表情を見なければならないのだから。しかし、現状でそれが叶わぬならばうまくできたと願うしかない。

「馬鹿だろ、お前。そんなヘロヘロであいつらを防げるわけねえだろうが。・・・・それに」

 否定する彼は珍しく優しさしか感じさせない声音で喋った。そして、頭を胸に預けるような形に移行させられる。さらに優しいままの声音で先ほどの答えを口にする。

「―――必要に決まってるだろうが」

 晴也は何となく安心している自分に気が付いている。
 彼自身も綾香に劣等感を抱いていたのだ。
 敵を見つけても倒せない自分。
 綾香は倒せると言った。しかし、それは時間がかかり過ぎる上にあまり意味がない。
 雑魚に手こずるようではそれよりも強い敵に当たれないのだ。
 高い探査力。
 確かに役に立つが、戦場において敵がどこにいるなど、歴戦の者ならば殺気や気配から窺い知ることができる。
 戦闘において晴也の力が有効なのは360°見通せる索敵力よりも変幻自在の"補助系"術式だ。
 元より晴也はコンビを組んで戦うことに特化した術者。
 単独であれば多少力を得たとしても精霊術師として本懐とも言える一対多の戦闘に耐え切れず、波状攻撃の前に敗北する。
 術者としてはそんな出来損こないなのだ。
 それでも協力者というものを得ればこれ以上厄介な者はない。
 共闘者の力を限界まで高めることに特化した晴也は最高の"オプション"なのだ。
 さながらその在り方は鎧や装甲。
 『体』を守り、その力を高める。
 晴也は「使い手」ではない。
 彼は「使われる物」なのだ。
 「使い手」――綾香がいなければただの物。

「―――俺を扱い切れるのはお前だけだぜ。結城の奴らじゃ遠慮しやがるしな」
「そ、れは・・・・あたしが、非人道みたい・・・・じゃない・・・・?」

 苦しい息の中でも茶化してくる相棒。

「まさか、道具は使われてなんぼだよ」

 それを真面目に返した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 晴也の不安。
 それは綾香が卓越した戦闘者であることだ。
 攻撃力は文句なしの一級品。
 前線兵士に必要な直感とその気質も備え、いざ戦闘が始まればアドバイスを挟む余地無く速やかに終焉へ向かって走り出す。
 雷術師の専売特許は一撃必殺。
 初手から最大で最強の一撃を以て敵を斃す。
 それが「正義」を重んじる山神宗家を頂点にした雷術師の信念だ。

「この<翠靄>はな、元々、戦場で綾香の射程外の敵を射抜くための物。それに・・・・」

 晴也は<翠靄>を手、綾香を腕に膝立ちになる。

「戦場において綾香の強気は心強いぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホント・・・・?」

 いつも強気な少女は熱に浮かされた潤んだ瞳を縋るようにしてこちらに向けた。思
 わず引き込まれそうになるのを抑えてやや誤魔化すように口にする。

「ああ。ってわけで辛いだろうが、少し手伝ってくれ」
「・・・・・・・・人使い、荒っ」
「仕方ねえだろ。俺だけじゃこの苦難は突破できねえんだから」
「・・・・かっこわる」

 綾香は小声で批難したが、その口元は苦痛の中でも緩んでいた。

『―――話は終わった? 全く私が聞いてると知っていてこんな話できるなんて・・・・若いわね』

 またスピーカーから声がした。
 その声は余裕に満ちているが、今はそれが命取りとなる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 晴也は無言で目を閉じて集中し出した。

「はぁ・・・・全く・・・・」

 綾香も心得たもので蛇たちが近付かないように辺りに放電を始める。

『まだ諦めないの? 案外往生際が悪い子たちねぇ』

 精神を逆撫でするような声。しかし、それは2人の心を動かすものではなかった。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 共に在り続けた2人の間に言葉はない。これからすることなど分かり切っていた。
 ゆっくりと精神の内に沈んでいく"風神雷神"。
 そんな2人と蛇の間に雷の壁が点滅し、蛇たちは一定以上近寄ることを許されなかった。

 晴也が集中し、使い始めたのは術式――"魁斥"
 多大な精霊を指揮下に置き、"声の主を捜す専用術式"。
 精霊を制御するための精神力と血統。さらにはその莫大な情報を手にしての処理能力。
 それらが必須であり、条件を満たすのは結城三兄弟のみ。
 中でも晴也が最大の精度を誇る。

(―――見つけたぞ・・・・)

 スピーカーの配線を辿り、そして研究所の中にある声の主の部屋を確認した。
 実は風術で分かるのは「いる」ということなど、アバウトな面が多い。
 座標の特定やその人物の特徴、建物の材質やその強度を完全に把握、予想することには多大な技術がいるのだ。―――"魁斥"のような。

(位置を、確認)

 直線距離にして9キロ。
 箭の軌道・風向・風力から実質距離は10キロ。
 <翠靄>の射程内である。

(でも・・・・"俺だけでは突破できねえ"な)

 内心、舌打ちした。
 どこで手に入れたのか、研究所の壁は特殊な構造で内からの衝撃ではなく、外からの攻撃を防ぐようにできている。
 <翠靄>で強化された攻撃力でも傷ひとつつけられない。―――晴也だけでは。

「―――綾香」
「ほん、っとうに・・・・人使、い荒い、わね」
「自業自得だろ」

 名前を呼ぶだけで意を汲み取ってくれる。だから、このポジションは止められない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・矢は?」
「おう」

 不承不承に、いろいろなものを呑み込んだ綾香のために弓を横にして"気"を長距離用の箭に顕現させた。
 <翠靄>は4メートル近い和弓の中でも規格外の大きさを持つ弓だ。
 番える箭は晴也の"気"100%で作られ、その箭を構成する"気"に乗せられた意志に従って効果を顕す。
 効果は簡単に言うと攻撃力強化・遠距離射撃・連射能力の3つだ。
 晴也は10キロの飛翔を可能にする代わりに付加される攻撃力を全て消した。
 何故なら―――

「―――"縢蛇"(トウダ)」

 攻撃力ならば国内有数の攻撃術式を誇る彼女が付加するから。

(試してみようじゃねえかッ)

 "魁斥"と<翠靄>の遠距離攻撃の重複発動はかなりの精神負担と肉体疲労を催すだろう。
 遠距離攻撃を可能にするためには常に目標を把握しておく必要があるし、そこまでの10キロの距離を射抜くにはかなりの演算能力がいる。
 風向き・風力・木々の配置・壁の位置・入射角度。
 これらの情報を処理してどこに着弾するのが、最も効果的かを判断してそれを射抜かなければならない。そして、今も頬の産毛をチリチリと炙るエネルギーの奔流。
 今は綾香が制御しているが、彼女の状態でいつまで制御できるか分からない。
 正直、綱渡りの戦法だが、綾香がここから動けない以上、これ以外の方法はない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 緊張で手が震える。
 これを外せば辺りに屯している蛇たちが一斉に襲いかかってくるはずだ。
 そうなれば如何に"風神雷神"でも支えきれない。
 おそらく立つことすらままならない状態になるはずだからだ。
 一撃必殺。
 聞こえはいいが、今の彼らには一撃しか放つ余裕がないのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ」

 手が離せない。
 これを離して着弾するまでの十数秒間。
 命中してもしなくても必ず訪れる空白の隙。

「―――晴也」
「え?」

 苦しんでいるはずの綾香は何故か穏やかな声で呼びかけてきた。しかし、長年の付き合いから綾香が対面通りの感情でないことを知る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そっと笑顔で見上げたまま綾香は晴也の耳を掴んだ。

「え、と・・・・綾香さん?」

 綾香の行動に引き攣った笑みを張り付かせた晴也は普段勝ち気な光を放っているはずの瞳を見遣る。
 今は毒に侵されているのでさぞかし熱に潤み、弱々しい光を放っているのだろう。

「うっ」

 完全に裏切られた。
 綾香の瞳は力に満ち溢れている。
 その活力は怒り。
 晴也の呻き声がその最後の起爆装置を作動させた。

「いいから放ちなさいよッ、この馬鹿ッ! こっちも辛いのよッ!」

 うがぁー、と爆発する綾香。
 その様子はとても毒に侵されているとは思えない。
 限界を超えた怒り――というか、じれったさ?――が毒の作用を超え、綾香に活動を許していた。ある程度まで発散されれば彼女は反動で意識を失ってしまうだろう。
 時間がない。
 それを逆に突きつけられたようなものだ。しかし―――

(楽なことだ)

 心は澄み渡っていた。
 物心つく前から弓矢を触り続けている。中等部では無名だった弓道部を全国に連れて行った。
 退魔でも弓矢を使うことも多い。
 それらは同じところに何本も突き立てることや走りながら射ることもあった。
 それに比べれば標的は動く気配なし=的。
 自分も動かない=弓道場。
 つまりはいつも通り、そして、綾香の攻撃力を以てすればど真ん中でなくとも的に当たりさえすれば勝ちはもらったものだ。

(早く射ないと怖ぇしな)

 瞬きをしてないのではないだろうか、という綾香の視線。
 それを受けて晴也は苦笑混じりに<翠靄>を眺め、引き締めた。
 ギリギリと弓弦を引き絞りながら晴也は特定した座標に標的を定める。
 4メートル近い<翠靄>は普通に構えることできない。どうしても少し、鏃が天に向いてしまうが、そもそも遠くの物を狙撃するようなのだから関係ない。というか、今は横向けているから尚のこと。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 バチバチと雷が弾ける。
 綾香の装填した雷は数百年の巨木も一撃で倒壊させるほどの攻撃力を持つ。
 晴也の精密射撃と綾香の破壊力。
 これが"風神雷神"の真骨頂である。

「行くぞっ、綾香ッ」
「早く行けッ」

―――バシュッッ

 弓弦に力強く弾かれ、箭が虚空へと旅立った。
 雷を帯びて走る閃光は瞬く間に放物線の頂点に達して落下を始める。
 重力加速度と晴也が起こす風に後押しされた箭はその"気"という暴力と"縢蛇"という戦力によってミサイルもかくやというように進んでいき―――

―――ドオオオォォォッッッンンン!!!!!!!!!!!

―――着弾し、標的ごと建物の半分を吹き飛ばした。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 何となく黙る。
 倒壊音が数キロ離れたここまで聞こえてきた。

「待て待て」
「・・・・・・・・ん?」

 答えるのも億劫そうな返答。
 見れば瞼も半ば閉じられている。

「"縢蛇"ってあそこまで危ない術式なのかよ!?」
「・・・・術者によりけり、よ。こんな状・・・・で手加減できるわ、けない、しょ? ・・・・あれは、文句な、し・・・・本気の一撃」
「・・・・怖ぇ」

 本気の一撃。
 少しでも制御が狂えば今ここは大きなクレーターができていただろう。

「じゃ、あたし寝るわよ。あまり寝顔は見ないという方向でよろし、く・・・・――――すやぁ」
「早ッ?」

 綾香は手応えを感じてクタリ腕の中で脱力した。
 寝顔は見るなと言われているが、毒の程度が気になる。
 見てみれば最初こそ穏やかな寝息だったが、徐々に乱れて熱い吐息となっていた。さらには額や鼻の頭に汗の玉ができ、頬に赤みが差していく。
 まるで熱病にかかったかのような容態に晴也は慌てた。
 今までの態度が嘘のように綾香は苦しみ始めたのだ。

「うわわっ、早く解毒―――って待て」

 はた、と晴也は我に返った。

―――"どうして今も蛇に囲まれれているのだろう"

 そう思って彼は首を傾げる。

≪――――――――――――――――――――――――――――――――――――――≫

 均衡が崩れた。
 綾香は言わずもがな、晴也もまだ迎撃態勢にない。
 勝敗は明らかだ。
 数百の蛇が獲物向けて襲いかかる。
 あるものは地を這い、あるものは木の上から滑空してくる。
 それらを視界に収めているというのに晴也の思考を占めるのはたったひとつの疑問だけだった。

―――どうして頭を潰したのに末端が動いているのだろうか。

 "風神雷神"らしい一撃は確かにスピーカーで話していた女性を彼女のいた部屋ごと吹き飛ばし、その建物で働いていた職員も軒並み崩壊で消滅したはず。
 それなのにどうして蛇は動いているのだろうか。

 答えは簡単。
 何故なら―――

(―――術者は建物にいなかったァァッッ!!!!!!!)

 気付くが遅い。
 迎撃するには致命的とも言えるタイミング。
 もはや晴也には打つ手はなく、後は数多の蛇たちに覆われていくのみ。
 抵抗すら許されずに蛇の奔流に呑まれようと―――

「―――おいおい、ちょっと諦め早すぎるぞ、晴也」

 声と共に<雷>とはまた別の圧倒的な【力】の奔流が視界の端から全面へと広がっていった。










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