第四章「疑心、疑惑、懐疑」/ 3


 

 侵入者がいた。
 研究所の人たちが決めた不可侵領域に侵入した多人数は今、その周囲に配置していた蛇に発見され、彼らは群れをなした蛇に追われている。

「―――なでなで」

 見晴らしのいい丘。
 それは研究所の前の広場にあり、彼女の好きな場所のひとつだった。

「なでなでなで」

 白い大きな蛇の頭を撫でる。
 シロ、と彼女が名付けている蛇の頭は彼女の肩から前方に突き出しており、少女の頬にシロの鱗が当たっていた。
 シロは彼女を守るように絡み、まるで彼女の鎧のようにその硬そうな鱗を日に光らせている。
 彼女は右目の視力をはるか遠くの一介の蛇に預け、とりあえず敵の殿を見た。

「―――――――――――――」

 一瞬で後悔する。
 見えたのは最悪な光景。
 厄災中の厄災。
 いい感じにヒートアップしている"雷神"の姿が映っていた。そして、一閃後には視界が完全に失われ、すでに数十の蛇が犠牲になっていることを教えられる。

「・・・・・・・・・・・・・・・ひどい」

 蛇はなんてことないただの蛇だ。それを躊躇いもせず惨殺するなどと。

「ごめんね・・・・ごめんね・・・・」

 こんな戦いに借り出して。
 "風神雷神"
 それは彼女が世話になっている組織でも注視され、嫌悪され、恐怖される存在。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女は追い返すことを諦め、倒す意思を持つことにした。
 生半可な覚悟では彼らは嵐のように蹴散らしていく。

「―――行って」

 彼女は切り札にお願いする。
 それは快諾して地中に潜った。
 風術師の弱点――地の中を進むその黒い斑点を持った蛇は知覚されることなく接近するだろう。

「・・・・後」

 もう一方、どちらかといえばこちらがメイン。
 それも苦戦していた。

「どうしよう・・・・。局長に怒られちゃう・・・・」

 上司を思い浮かべて不安そうに、怯えるように呟く少女。

「―――大丈夫。助けてあげるから」

 不安に押しつぶされそうだった彼女はその声に顔を上げる。

「エリ、ちゃん」

 ほっとしたような声に苦笑を返しながら「エリちゃん」は言った。

「こらこら、こういう状況ではローレライだろ、スネーク・アイズ」
「・・・・うん、ごめん」

 誤る彼女――スネイク・アイズ。
 その声には確かな安心があった。

「とりあえず、祠を潰せばいいんだよね?」

 そんな彼女に最終確認をする。―――関わっていいか、と。

「うん。・・・・その、ありがとう」

 さっそく背を向けて歩き出していた同僚――ローレライに精一杯の感謝をぶつけた。優しい優しい友達の彼女に。

「いいって。私とキミの仲でしょ」

 さらりとした返答に心底安心したスネーク・アイズは遠ざかっていく背中から目を離し、前方――詳しくは前線に意識と視覚を飛ばした。

「がんばって・・・・」

 ポツリと縋るような声を出す。
 そんな彼女の背でシロは彼女を抱き締めるようにその身を動かし、鋭い目は細められて主と同じ光景を見ようとしていた。






"風神雷神"side

「―――晴也」
「分かってら。ただの蛇だけど・・・・ただの蛇じゃない」

 殿を任された2人は半円に広がって自分たちを包囲する蛇たちを睨む。
 それは明らかに統率されていてA組生徒を追いかけることはない。
 木々の中、無数の蛇の視線が2人に向けられていた。

「誰かに操られてるわね。・・・・でも、誰が?」

 綾香がペンダントを鎖鎌に変える。そして、それを一振りして戦闘態勢を整えた。
 宝具と呼ばれる退魔師が持っている道具はそれ自体を別のものにできるものも存在する。
 綾香の鎖鎌はそのタイプで持ち運びに便利なようになっているのだ。
 綾香の持つ宝具――鎖鎌の名は<不識庵>
 新潟に本拠を置く要因となった長尾景虎こと上杉不識庵謙信の名から賜った由緒正しき宝具である。

「とりあえず、結界張るか」
「そうね。興味本位で帰ってこられても困るから人払いもね」
「委員長がそれを許さねえだろ」
「それもそうか。撤退の指示を出したのは委員長だもんね。反転しようとした奴らは次の瞬間、地に伏してるわ」

 実に的確である。
 委員長こと鎮守杪の体術は平時の自分たちを凌駕するかもしれないほどの力量なのだ。そんな彼女が命令に反する者を放っておくはずがない。

「よし、っと後は奴らの大元を探るだけだ、なっ」

 会話の間に結界展開が終了し、晴也は蛇向けて一切の躊躇無く風刃を放った。
 いくら攻撃力最弱の風術師の中でも攻撃力が低いとはいえ、自然の蛇に遅れを取るほどではない。
 晴也は適当に蛇たちをあしらいながら検索を続けた。
 そんな晴也の前では蛇たちを殲滅せんと雷撃を放つ綾香。
 その肩にかかる程度の髪は雷撃と同時に弾ける火花とともにその背で踊っている。
 退魔界で有名すぎる2人は危なげなく殿の役目を果たしていた。

『――あははははははっっっ!!!!! 客とは彼の有名な"風神雷神"かい?』
「―――あ?」

 不意に晴也は訝しげに眉を顰める。

『結城が早くもここを見つけ出し、乗り込んできたことには驚いた。でも、ふたりとは戦力不足じゃないかい?』
「はあ? 何を言ってるの、こいつ? ここらにあたしたち以上の使い手がいる?」

 不機嫌そうに眉をひそめる綾香。

「だから、俺たちでも役不足なんだろ」
『はは、さすが結城の小僧だね。実に的確だよ』
「どうも」

 生返事を返し、晴也は探索を始めた。
 こうなれば綾香の声も戦闘音も些事に過ぎない。
 遠くで委員長が超絶戦闘技術を見せながら蛇と戦っているのはともかくとして森の所々にスピーカーと監視カメラが備えられ、さらに奥には大きな建物があった。

(・・・・嘘だろ? ここにそんな怪しい物が建てられるわけねえだろ!?)

 管轄下に建てられた不審な建造物を察知した晴也は即決する。

「綾香ッ、突破するぞッ。結城の管轄で何か怪しいことをしてる奴らをぶっ飛ばすッ」
「ええ!? 容赦なし!?」

 いつも突っ込んでいく綾香にしては珍しく応じてこなかった。だが、そんなこと関係ない。
 これは結城宗家の沽券に関わることかもしれないのだから。

「―――<翠靄(スイアイ)>」

 晴也は今回の企画がサバイバルになると確信し、背負ってた荷物から宝具――<翠靄>を構えた。
 それは和弓の形をしており、風術に頼らなくても全国区の晴也には十分すぎる武器だ。しかし、それは明らかに宝具。
 何らかの能力があることは必至だ。

「晴也、それ・・・・」

 綾香はその宝具を愕然とした面持ちで見つめた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 晴也は綾香らしからぬ形相をしているのに気付かず、無言で矢を番えずに弓弦を引く。
 高まる"気"を感じ取ったのか、彼を中心に発生する風の中、キリキリと音を鳴らして狙いをつけた。
 目指すは敵中央。

(――― 一撃を以て壊滅させるッ)

 注ぎ込まれた"気"は弓――<翠靄>の中で変換され、晴也が望む力を内包した箭(ヤ)へと転じる。

「すご・・・・」

 綾香が息を呑んだ音がした。
 晴也は結城宗家史上5指に入ると言われる空間把握能力がある。
 それを支えるのは明晰な頭脳から繰り出される処理・演算速度とその正確さ。さらには術者として不可欠な"気"の総量だ。

―――ガガガッッ

 周囲の草木が強風に煽られ、巻き上げられた小石に打たれている。
 濃密な"気"を以て象られる箭は周囲の風をも巻き込み、ひとつの台風を作り出していた。
 あまりの強風に蛇たちは地に這っているにもかかわらず飛ばされそうになっている。木々を這っていた蛇たちの中にはすでに飛ばされたものたちもいた。
 体重の軽い彼らは必死に木々に体を巻き付けて態勢を保とうとする。―――つまりは敵の動きが止まったのだ。

「消し飛べッ」

 晴也の手から矢が放たれる。
 それは渦巻く大気を押し破り、散々に辺りを蹂躙して生態系に大打撃を与えた。
 
―――ドガガガガッガガガッッッッ!!!!!!!!!

 草木は薙ぎ倒され、地面は掘り返される。
 その抉れた大地には千切れ飛んだ蛇たちの遺骸が転がっていた。
 まさに一瞬。
 ただ一矢を以て百を超えるだろう蛇を撃退した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 唖然。

「行こうぜ、奥へ」

 晴也は綾香を確認せず、焦ったように先へと進み出す。

「・・・・うん、分かったわ」

 360° 全ての方向を常に監視する風術師である晴也も背後に付き従う把握することはなかった。―――その沈痛に沈んだ綾香の表情を。
 綾香は唇を噛み締め、涙を湛えた瞳のまま晴也の後を追う。そして、彼女自身も気付いていなかった。―――足元で黒い斑点の蛇が顔を覆い尽くすほど大口を開け、牙を剥いていたことを。






鎮守杪 side

「――――――――――――」

 祠のある場所でも戦端は開かれていた。
 数にものを言わせて押し寄せる蛇の集団に臨む杪は単騎。
 普通ならば押し潰されるところを彼女は驚異的な戦闘センスを以て乗り切っていた。

「――――――――――――」

 正面から飛びかかってきた蛇の開いた口に懐刀の切っ先を突き入れる。
 同時に横合いからの攻撃はその体を掴むことで回避。
 そのまま振り回して3びきを打ち落とす。
 懐刀は見事に蛇を両断し、その血が乾かぬ間に刺突3撃にて蛇を突き殺した。
 それと同時に足に這い登ろうとした蛇を踏みつけ、さらにその足に群がろうとしたものたちを蹴り飛ばす。
 一連の動作の中で懐から呪符を取り出し、それを地面に叩きつけるように投げつける。
 その呪符を蛇たちはうまく躱わすが、着弾後に巻き起こった爆風は容赦なく彼らを爆砕した。
 爆風は次波を遅滞させ、杪に完璧な反撃の機を与える。
 呪符を地面に叩きつけ、淀みない動作で血を払った懐刀を自分がしゃがみ込むようにして突き刺した。
 トス、と小気味いい音。
 瞬間、杪の周囲に防御結界が展開し、範囲内=制約外にいたものを外へと弾き飛ばすした。
 完全に蛇と距離をとった後、次に大技を繰り出す。

「"燐火火界呪"」

 ポツリと紡がれた呪符の名前。
 それは放たれると同時に炎を発し、再び群がりつつあった蛇を火の海に溺れさせた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はふぅ」

 杪の周りには蛇の死骸が散乱している。
 全て杪が倒したもので総数は50を超えるだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 キョロキョロと次の攻撃に備えて体の呪符を確認した。
 体に貼り付けて使用しているのは符術の中で術者の身体能力を時間制限付きで高めるものだ。
 その身体能力の向上は術者の精神処理速度の高さと相まって多数の敵を相手にするには欠かせないものとなる。
 杪の武装は懐刀と呪符のみ。
 懐刀は刃渡り10〜15センチのもので柄が白い。
 多少意匠に凝ったもので芸術品だと窺えるが、その切れ味も一級品だった。
 それを杪は逆手に持って右手一本で戦っている。
 本来、呪符の効果を発するための補助の役割をするそれは蛇相手では充分な凶器になり得ていた。

「――――――――――っ」

 杪の守るのはこの地にかけられた封印。
 その要のひとつだ。
 それは後ろの祠にあった。そして、それを守るのは杪の生家――鎮守家に名を連ねる「結界師」という退魔師の仕事である。
 鎮守家は全国の結界師の約8割が所属している大組織であり、彼女はその鎮守家当主の一人娘だった。
 彼女が学校まで近くに選んで守護することから、この結界がどれだけ重要かは分かるだろう。また、一身に任されていることから、その戦闘力も。

「・・・・ふぅ・・・・ふぅ・・・・はふ・・・・っ・・・・はぁ・・・・」

 幾たびかの猛攻を退けた杪の肢体は未だ無傷。しかし、その無表情には汗が伝い、小さな唇からは小刻みに息が漏れていた。
 1−Aが死に物狂いで駆け上った――無意味に――階段を汗ひとつ、息ひとつ乱さずに走破した彼女がここまで見せているのだ。その重労働さは計り知れない。

―――パチパチパチ

 先程の術で発生した炎はかなりの範囲を燃やしているが、風向きの関係か、全くこの戦場に関与していない。
 いや、彼らには関与しているだろう。増援が近付けないのだから。
 蛇たちは悔しそうに鳴くが、その突進を幾度も受け止め、跳ね返した軍神が目の前に未だ健在の状態では野生の本能が危険を告げる。
 多くの同胞たちはその握り締める懐刀や呪符によって倒され、その周囲に転がっていた。それだけでも異常。
 ほとんどの蛇は毒を持っているし、青大将に至っては大きいので両断などできるはずもない。特にあのような刃では。

「・・・・はぁ・・・・はっ・・・・ふぅぅ・・・・・・・・」

 息が整った。
 敵からの攻撃はない。
 ならば反撃に出るべきだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっと懐から一枚の呪符を取り出す。
 明らかに今まで使っていたものとは違う形質。
 それをそっと宙に放つ。
 ヒラリヒラリと風に舞う呪符は一瞬後、破片と人型のものとに分離した。―――他でもない、杪の懐刀の切っ先にて。
 さらに杪は刃の先を己の指先に走らせ、パッと血を散らせる。
 ポタタ、と呪符に血が付着してまるで染みが広がるように呪符は赤く染まった。
 これまで無傷を誇った肉体を傷つけて杪は術式を起動させる。

「―――御霊降ろし・"式王子"」

 バサリと音を立てて紙が広がった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――ガシャリ

 明らかに紙の質量を凌駕した音。そして、その音通りの質量があるだろう物がペラペラと風に揺れながら杪の前に現れる。
 御霊降ろし・"式王子"
 鎮守家最強術式であり、ある時は最強の紙兵に、ある時は最硬の防具となる。
 術者の血とその呪符の形の複雑さが契約の証。
 時間ギリギリまで術者を助ける傭兵である。

≪―――――――――――――――――――――――――――――――――≫

 蛇たちはその鎧に不気味さを感じたか、一斉に後退った。
 返り血に塗れた服の上に紙の鎧を着込む。
 質量は本当に紙。しかし、その強度は鉄のものだった。
 血の赤が入った鎧を着、無表情の頬に血を張りつかせた杪は反撃のために一歩前に出る。そして、それを見て野生のはずの蛇が動いた。
 それは杪に畏怖を感じたものだろうか。

(違う・・・・)

 今の蛇の動きは明らかに統率されたもの。
 更に言えば彼らは後ろではなく、脇に退けた。まるでその開けた一本道を誰かが歩いてくるかのように。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 注意深くその奥を見据える。
 炎の舌が辺りの木々を蹂躙し、次々と世界を赤く染めていく中から声が届いた。

「―――へぇ、たった1人なんだ」
「―――っ!?」

 一瞬。
 たった一瞬であの炎の中を走破して蛇たちの中央に彼女はいた。

「ふふ、驚いたかな? この子たちが力を貸しているのはボクじゃないけど・・・・こんな登場をしたらボクが蛇姫みたいだね」

 彼女は両腕を広げ、綺麗な顔立ちに悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 有り得なかった。
 姿を確認した時はもう、彼女はあの、今の位置にいた。

「悪いけど、ボクはあの祠に用があるんだ。退いてくれないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 答えは懐刀を握り締めること。
 それは杪が戦闘態勢に入る。
 構える懐刀はこれまでの戦闘で蛇の血が滴っていた。

「あ〜あ、残念だよ」

 それを見ても彼女は緊張の「き」の字もない口調でその左手に持っていた細い鞘から一本のレイピアを引き抜く。

「平和的にいきたかったのに。でも、ごめんね。この任務を成功させないと、あの娘が怒られるから」

 すっと目を細めて構えをとった。
 その一級品の構えと殺気から杪は彼女がかなりの使い手と判断し、"式王子"の時間切れになる前に攻撃を開始することを決める。

「そこを通してもらうよッ」
「―――っ!?」

 杪の魂胆を知ったのか、彼女は爆発的な瞬発力を以て杪に肉薄してきた。

「――――――」

―――ギィンッ

 共に刃の短い剣が火花を散らす。
 それはレベルの高い戦いを示していた。

「レイピアの長所は突きで、ねっ」

―――カインッ

 容赦ない突きが杪の急所を襲う。
 それを必死に回避しながらその場を動かないのは不可能なのでいなしつつの後退となっていた。

「ほらほら、がんばらない―――と?」
「――――――――」

―――カシュッ

 レイピアを刃の上を滑らすことによって回避し、そのまま彼女の懐に飛び込む。そして、服の上からペタリと呪符を貼って―――

「うわあ!?」

 ドカッと思い切り蹴り付けた。
 彼女は空中を滑るように飛んでいくが、しっかりと体勢を立て直して着地する。さらに笑みさえ浮かべていた。

「はあ〜、ビックリだよ。まさかこんな符術もあったなんてね」

 ダメージはなし。どうやらうまく受け流したようだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 べりっという感じに鎧を剥ぎ取る。そして、剥ぎ取った"式王子"はそのまま兵士となる。
 命じる命令はもちろんここの死守。

「へぇ、ボクは女の子を傷つけない主義だけど・・・・少し、甘いかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 答えず、歩みを進める。
 徐々に呼吸をそれに合わして一体化させていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 体に貼られた呪符を張り替えて戦闘準備は終了。
 後は足に力を溜めて飛び出す―――

―――トサ

「?」
「うんうん、やっと効いたよ。やっぱり呪符に対毒の要素も含まれてたんだ」
「・・・・・・・・・・・・っ」

 それだけで看破した。
 確かに呪符には対毒の効果を持つものを貼っていた。万が一、蛇に噛まれた場合に備えてだ。しかし、杪はもうひとつの毒のタイプを忘れていた。
 空気中に放出する物。

「この"声"には神経を麻痺させるものがあってね。女の子のキミには打って付けなんだよ」

 彼女は己の勝利を確信し、堂々と無警戒に歩み寄ってくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 必死に倒れた体を動かそうとするが、指先・足先がわずかに動いただけでとても立ち上がれそうになかった。
 彼女はしゃがんで優しく杪の頬を撫でる。

「だって、傷付けずに無効化できるから」
「―――ッ」

 悔しさを表情には出さず、諦めずに体を動かそうとした。

「無理だよ。その毒――催眠は明日までは抜けない。・・・・ごめんね、女の子なのにここで一夜を明かすんだ。・・・・まあ、夏だから凍死はしないだけマシだと思って」

 そう言って彼女は祠の方へと歩き出す。
 それを止めるはずの"式王子"は司令塔を失い、混乱していたために難なくレイピアに刺し貫かれた。






ローレライ side

「―――疲れた」

 ローレライは夏日の中での運動でかいた汗をズボンのポケットからハンカチを取り出して拭う。

「あれ?」

 蛇軍団からシズシズと1ぴきの蛇が進み出てきた。
 その口にはひとつの機械が咥えられている。

「爆弾? ・・・・スカーフェイスか・・・・」

 確かに祠の破壊には爆弾が有効だ。
 ローレライもスネーク・アイズもその手の破壊には向かない能力を持っているからだ。

「仕掛けといで」

 蛇はコクリと首を振ってかなりの速度で祠へ向かう。

「―――ぅ・・・・」

 背後から制止の意志を含んだ声。

「諦めなよ。精霊術師の直系か、高位の異能者じゃなきゃボクたちは止められないよ。むしろスカーフェイスの奴が来なかったから命拾いしたよ」
「ぁ・・・・ぅ・・・・」

 それでも諦められないのだろう。
 これは彼女の一族が代々護ってきたものだから。
 彼女は必死に手を動かそうとしている。その瞳には涙が湛えられ、表情は無表情ながらも蒼白になりつつある。

「局長の人柄もあるからあまり話せないけどさ・・・・」

 そんな必死さに胸打たれ、少し情報を置いていくことにした。
 ローレライはあまり自分の所属しているところに忠誠を誓っていないし、基本的に頑張る人は大好きなのだ。

「ボクたちは全ての封印を破るつもりだよ。実際いくつか破壊してるはずだけど・・・・」

 知ってる? というように視線を向けるが、どうやら知らなかったようだ。
 わずかに目が見開かれている。

「ああ、鎮守への宣戦布告に聞こえるかな? 局長は目的は語らないけど・・・・これだけは言えるよ」

 目の前の少女は聞き取ろうと必死だ。そろそろ意識も朦朧としているだろうけど。

「新旧戦争は確実」
「―――っ!?」

 ビクリと一際大きく結界師の体が跳ね、そして脱力した。
 どうやら気絶したらしい。

「ふふふ、今言ったのは本当だけど・・・・」

 蛇が爆弾を仕掛け終えたのか、さーっと波が退くように退却していった。
 それを見てローレライも歩き出す。

「次起きた時は忘れてるよ、ボクのことは全部」

 にこりと優雅に笑ってローレライは退避した。
 無駄だと分かって話したのは結界師の火事場の馬鹿力を封じるため。
 颯爽と歩き行くその背中に―――

―――ズドォォォォォッッッッンンン!!!!!!!!!!!!!

 爆発音が轟いた。

「え!? ちょっと火薬多すぎるよ!?」

 祠を木端微塵に粉砕し、破片を周囲にばらまいた爆弾。
 明らかにそれは不相応。そして、これは目印以外の何物でもない。

「マズイ。気付かれたッ」

 歩きから走りに移行する。
 目の前は火災真っ最中なれど背中はこれからが修羅場と化すだろう。―――"自然の代行者"・精霊術師が登場するだろうから。

「目的は果たした。これは戦略的撤退だよ」

 レイピアで燃え落ちる枝々を振り払いつつ言ったローレライの後ろで祠の火事を吹き飛ばす水の奔流が流れ落ちていた。










第四章第二話へ 蒼炎目次へ 第四章第四話へ
Homeへ