第四章「疑心、疑惑、懐疑」/ 2


 

 結城宗家。
 風術最強の名をほしいままにし、京都府京都市に本拠を構えて千数百年という文句なしの宗家トップの歴史を持つ一族だ。
 各地の事象を知るその能力は皇族から重要視され、壬申の乱では大海人皇子に味方し、多くの情報を与えたりしていたという。
 奈良時代後期、桓武天皇に従い、点々とする都の守護や妖魔の襲撃を撃退するなどで戦功を収めたのが、初代宗主――結城晴総だった。
 晴総は平安初期に一族を編成して天皇直属軍から離れる。そして、都の一角に居を構えて近畿の鎮守に遵守し始めたのが、京都結城家の始まりだった。
 以後、源平合戦、建武時代、応仁の乱から始まる戦国時代、幕末を通して宗家は何事もなく、明治維新によって遷都されるまで都と帝を守り続けた由緒正しき家柄である。


 山神宗家。
 山神宗家の本邸は新潟県上越市にあり、そこに居を構えたのは戦国時代だという。
 まだ上杉家が長尾家だった時に初代宗主が長尾景虎――後の上杉謙信――に招かれたことが宗家設立のきっかけらしい。
 その時、景虎から「景」の字が偏諱され、それ以来は一族の通り字となっていた。
 景虎の影響は名前だけに留まらず、宗家の家訓が「義を重んじること」だということから、両者の関係の深さが窺える。
 実際、山神宗家は過去数回、不利な戦いに進んで身を投じ、圧倒的戦闘力を見せ付けて勝利している。
 今でも北陸の退魔組織に絶大な影響力を誇り、現宗主である綾香の祖父――山神景賢も忙しく立ち回っている。その支配地域は九州の熾条宗家に及ばないものの結城宗家を超えるものだった。


 そんな両家が同盟を結び、同い年だった晴也と綾香にコンビを組ませたのは「いつか一緒になってくれればいいなぁ」とかいう半政治的判断だったのだろう。だが、<風>と<雷>の相性以前に2人の性格、そして、生まれながらの性質は互いの力を引き出すのに十分なものだった。
 意外と補佐的で情報処理能力に長けた晴也。
 直情径行・前向き思考で勘が鋭すぎる綾香。
 攻撃力が分家よりも低く、索敵力は歴代直系ベスト5にも名を連ねる晴也。
 補佐的な術式や索敵力が皆無で攻撃力、特に瞬間出力は計測不可能な綾香。
 そんな2人が組めば戦力は相乗効果のように向上した。
 綾香の戦いやすいように晴也が場所を提供する。晴也が倒せない敵を綾香がまとめて蹴散らす。
 成長するごとに精神力と体術を身につけた2人は瞬く間に退魔界にその名を轟かした。そして、ついた異名が"風神雷神"。
 この世界で"神"の名は極めて重い。
 それが2人。
 どれだけ規格外の強さか分かるだろうか。
 彼ら2人ならば各宗家の宗主にも立ち向かえるだろう、と囁かれている。―――それは全く本人たちは自覚していないのだが。






熾条一哉 side

「―――皆さん、お集まりいただき恐悦至極っ。本日の実行委員を務めさせていただいております、宮沢ですっ」

 元気に首に絆創膏を貼っている少女――宮沢が声を張り上げる。
 参加者のおよそ半分がどこかしらに治療を受けた後があるが、誰もそのことを詮索しない。
 1時間前に起きた山門攻防戦。
 それは多大な被害を双方に生んだ。しかし、多勢に無勢だった寄せ手はついに攻め疲れて後退したところ、門を開けて突撃してきた者たちと乱闘に陥ったのだ。

「えー、何やら開始時間が30分ほど遅れていますが、それには目を瞑っていきましょうッ!」
『『『ラジャッ!』』』

 この瞬間、彼らの記憶の中からあの戦いは消えた。
 何とも都合のいい頭の作りだろうか。

「くそ、俺は忘れないからな」

 瀞の肩を借りながら一哉は毒づく。

「全く、一哉も負けず嫌いなんだから」

 20センチ近く離れていて体重も15キロは絶対に違うであろう一哉を支えても辛そうに見せない瀞はため息混じりに言った。

「でも、いい傾向だね」
「あ?」
「一哉が馬鹿やってるの、しかも結構本気で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「前は演技くさかったけど、今はすごく自然だよ」

 ニコッと嫌味のない笑顔。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 瀞は育った環境か人のこういう変化には鋭い性質がある。

「でも、さ。いくら何でもやりすぎ」
「ははは」

 掛かってきた奴ら全員に一応一撃ずつ喰らわせた一哉を立ってられないほどの疲労感が襲っていた。
 その後、天国――地獄とも言う――への階段を登った時に崩れ落ちたのだ。もちろん、辺りは軍神の崩壊に手を貸すことなく、その周りで手を叩き合っていたが。

「これなら・・・・私いらないかな?」

 笑っているが、少々無理をしている。

「・・・・・・・・俺、餓死するぞ」
「この1ヶ月も生きてたけど?」
「・・・・・・・・・・・・まあ、この社会で俺が餓死することはないけど・・・・」
「やっぱり・・・・いらないよね・・・・」

 ガクーンと沈んでいる瀞。

(困った・・・・)

 ポリポリと頭をかく。
 どうやら瀞は自分の存在理由に不安を抱いているようだ。

「瀞がいたいんならいたらいいんだよ。俺も家事面で楽にさせてもらってるし、精神上もたぶん、劇的までには影響してないにも歯止めにはなってるかもよ?」
「歯止め?」

 少し浮上したようだ。

「そうそう。また落ち込まないように」
「ホ、ホントに!?」

 瞳をキラキラ輝かせて瀞は顔を近付けてきた。
 その輝きに気圧され、やや顔を遠ざけながら答える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・た、たぶん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ〜」
「おわっ、急に体勢崩すなっ」
「一哉のせいじゃないっ。何よ、期待させてっ。しかも、疑問系なの!?」

 脱力し、足下を狂わせた瀞は一緒に倒れた一哉の顔を睨みつけながら言った。

「うっ」

 事実なので言い返せない。だから、言い訳しようと、というか話を逸らそうと辺りを見回し―――

「待て」

 気が付いた。

「お前らそれは何だ?」
「え?」
『『『―――チッ』』』

 A組のほとんどが石やら太い枝やらを振り上げている。しかも、その中には晴也も杪もいた。

「熾条くん、やっと分かったわ」

 集団の中から少女が一歩前に出る。

「あ?」
「そうだな、宮沢。俺たちもたぶん分かったさ。だけど、宮沢」
「何?」

 悲痛な表情で宮沢に話しかけた男子は他の男子を見回して言った。

「俺たちが男な分だけ、憎しみは増すぜ」

 その言葉に男子全員がドス黒いオーラと共に頷く。

「なるほど、納得ね。じゃあ、発言は男子に任せましょう」

「よし、よ〜く聞け、一哉っ」「俺たちはな」「別にお前が渡辺さんと同棲しているのは譲歩して百歩譲っていいとして」「意味被ってるぞ」「茶々入れんじゃねえッ!」ゲシッ「オブッ」「退場」「うっし、退場退場」「崖から突き落とせ」「うわあああ!?!?」「ふっ。―――いいとして、だ」「うんうん、いいとして」「目の前でそういう空気出されると―――」

『『『―――ムカつくんだよッ!』』』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 むちゃくちゃ私怨だった。そして、訂正したいこともあった。

「そういう空気って何?」
『『『ほわぁ〜、とかした「いかにも」っていうのだッ!?』』』
「意味が分からん」
『『『分かれよッ!』』』

 首を傾げる一哉にヒートアップしていくA組男子。
 そんな両者の側で瀞が顔を真っ赤にして俯いているのを見てA組女子は呟く。

『『『私(あたし)たちは羨ましいのよね〜』』』

 そう言ってとりあえず、面白そうだから石でも投げようかと拾い上げていたが、それを杪と宮沢が止めた。

「遅れてるんだから、早く行きましょ」
「行く」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁい』
「―――はいはい。終わりなさい、野郎ども。委員長が準備運動してるわよ」
『『『了解しましたッ』』』

 男子は額に汗を浮かべながら宮沢に敬礼した。しかし、その視線はわずかに逸れ、ぐるぐると腕を回していた杪に向いている。

「?」

 視線を受けて杪は首を傾げるが、その前にキラーン、と眼鏡が光っていたことを男子は見逃さなかった。

『『『ハハ、分カッタカネ、熾条君。今後ハ慎ミタマエ。僕ラノ体ヲ思ウナラ是非ソウシテホシイ』』』
「すごっ」

 一語一句、全くの狂いなく揃えた男子を見て瀞は驚きの声を上げるが、一哉は妙に納得していた。
 何故ならばこの状況は何度か体験したことがあるから。
 心境が一緒で同じものに晒されている時、人は誰もでもワンパターンになれるものなのだ。

「―――よし、終わったわね? とりあえず、村上くんに地図もらったから。あの奥に行けば山菜がいっぱいあるそうよ。料理できる者は残って他は熾条くんの指揮の下できるだけ多く収集してね。後、都市伝説があるけど、うちの学校の環境生態研究部の調査で他よりも蛇の生息数が多いだけらしいから。80カ所のカメラに白い大蛇なんて映らなかったから、安心して」

(なるほど、だから山菜収集の本は必読だったわけだ。それはともかく―――)

 一哉は深く考えず、何気なく訊いた。

「俺は探索班決定なのか?」
『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――――』』』
「・・・・いや、みんなして白い目で見ることないじゃないか」

 あまりの眼力にタジタジとなる一哉。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、それ本気で言ってる?」

 1人が代表して言うが、それは全員の言葉を代弁したものである。

「やぁ、探索面倒だなぁ、とは思ってる」

 頭をかきながら正直に言う。

『『『委員長、この愚かな馬鹿に言ってください』』』

 ビシリと指を突きつけ、杪に向き直るA組生徒。

「馬鹿」
『『『いや、それはそうなんだけどそうじゃなく・・・・』』』

 端的過ぎる杪の言葉に今度はA組生徒がタジタジとなる。

「はぁ。説明する気ないならそう言いなよ、委員長。熾条、あんた自分の武勇伝忘れた?」

 綾香がA組を代表して発言した。

「あるのか?」
「あるわよ、過去あんただけよ、調理実習不在で単位取れるの」
「なるほど。でもあの時からは―――」
『『『分かった。そんなに俺(私)たちを殺したいんだな(のね)♪♪♪』』』

 ゆら〜りといつの間にか一哉の背後に回っていたA組生徒は荷物を振り上げた。

「え? え?」
『『『あの時の爆発でどれだけの人的・金銭的被害が出たと思ってるんだ(の)ッ!』』』
「・・・・・・・・・・・・一哉、爆発って何?」

 殺気と共に相応の恐怖の念を伝えるクラスメートに違和感を感じ、瀞は一哉に問う。
 因みにその手は逃げないように、と一哉の裾を掴んでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと」

 逃げられない一哉は素直に語り出す。



 そう、あれはまだ5月のゴールデンウィーク明けのことだった。
 1−Aで各班対抗の料理大会――調理実習が開催されたのだ。
 そこで一哉は土鍋に油を垂らし、ステーキ肉を焼こうとし―――大爆発。
 ステンレス製の流し台が溶解し、爆風によってガラスが全壊。
 スプリンクラーはその効果を発揮する前に破片に貫かれて破壊された。
 阿鼻叫喚の中、A組は生存本能に従って退避。
 誰もその場に留まらなかったために二次災害は防がれ、入院する者はいなかった。しかし、全員が傷を負っており、廊下には緊急医療委員が急行し、さながら野戦病院状態となったのだ。
 以後、一哉は調理室の入室を禁止され、ドアを開けると包丁やらフライパンやらで武装したクラスメートと何故か鍋を頭に被っている家庭科教師の鋭い眼光を受けるのだ。そして、言われた一言。

「―――帰って。単位あげるから」


「・・・・・・・・何かいろいろ間違ってる」

 フラッシュバックしたのか、どんな状況でも独特の雰囲気で乗り切るA組の面々は蒼褪めていた。

「特にさ、何で土鍋でステーキ焼くの?」

 素朴な、そして尤もな問い。

『『『それが一哉(熾条・熾条くん)だッ』』』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むぅ、何か妙に納得」

 それでも首を捻る瀞に宮沢は話を蒸し返されないように促す。

「納得したら出発。ほら、行けぇ。多く採った奴はメシ多くしてやるぞッ」
『『『ウッス! 姉御ッ』』』

 蜘蛛の子を散らすように主に男子の集団が山の奥へと駆け出していった。―――まるで恐怖を振り払うように。






鎮守杪 side

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は空を見上げる。
 石塚山は初めて来たが、鎮守家にとって重要な要地だ。それどころか、音川の地こそが彼らにとって守らなければならない土地である。
 杪が統世を受験したのも無関係ではない。
 いや、そのために受験したと言ってもいい。
 先日地下鉄が潰れるというアクシデントがあったが、こちらには影響なかった。
 クラスメートの誰も被害に遭わなかったし、それ以前に帰省シーズンだったので音川にいた学生が極端に少なかったのだ。
 それが統世学園生徒被害者ゼロに起因している。

「―――いいんちょー、まな板まで切るの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 トントントンと杪の持つ包丁は切りたいものをすでに切り終え、まな板を刻もうと躍進中だった。
 どうやら考え事に没頭していたようだ。
 帰りにあの地によって行くことにしよう。
 包丁をキラリ、と光らせ、杪は決心して頷いた。―――周りの生徒は密かに怯えていたが。

「―――うわあああああああッッッッッ!?!?!?!?!?!?」
「ついてくるなぁッ!!!!!」
『『『?????????????????????????』』』

 珍しいクラスメートの悲鳴に料理班は首を傾げた。
 いったい何が起こっているのだろうか。
 それはやがてバラバラと木の陰から逃げてきた者たちによって明らかになった。

「蛇!? それもいっぱいッ!」「マムシだッ。馬鹿でかいアオダイショウもいたッ!」「都市伝説が本当か!?」「くそっ、誰が白い大蛇を見たんだ!?」「巻き添えじゃねえかッ!」

 捜索班は次々と戦線離脱してくる。

「委員長。どうする?」

 探索班を見て不安に思ったか、ややその声は揺れていた。

「退避。村上邸まで全速前進」
『『『はいっ』』』

 ここがいいところ。
 あっという間に料理班も撤退を開始した。
 そんな彼らを追うのはもはや数十を超え、百数十にまで達した蛇の群れ。
 さすがに誉れ多い1−A組でも逃げる。
 脱兎の如く、仲間を犠牲にしてでも逃げる。
 故に―――

「結城、山神、殿(シンガリ)」
「「ええ!? マジ!?」」

 頓狂な悲鳴を上げるから、彼らの力量ならばマムシに囲まれても無事かはともかく、生還するだろう。

「ちょっと待てッ」
「そうよ、待ちなさいよッ」
『『『頼んだ、2人とも♪』』』

 実に爽やかな笑みを浮かべてA組は去っていった。
 その速さは明らかに個々人の身体能力を凌駕しているだろう。

(この蛇・・・・不可思議・・・・)

 杪はさりげなく、それでいて大胆に逃走路から離れる。そして、記憶を探るように1度目を閉じた。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 次に目を開けた時、1−Aの委員長――鎮守杪ではなく、また別人のような眼光を放つ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 蛇の進行方向からやってくる方向を確認した。
 同時に頭の中に入っている地図から現在地を割り出し、目的地までの最短経路を計測する。

「開戦」

 杪はさっと木の陰に身を隠し、服の裏に貼り付けてあった呪符を数枚取り出して体に貼った。さらに取り出したのは白柄の懐刀。
 それを手に杪はトン、と木の枝までに飛び上がる。
 目指す地点まで直線距離で800メートル。
 今ならば1分かかるかかからないかの距離だ。
 瞬間、杪は風のように流れた。
 木の枝を飛び移り、邪魔になる小枝を切り払う。
 開けて川になっているところはその中の岩を踏みつけて突破した。
 それらは見た者が幻覚と片付けるスピードと体捌きを駆使しながら目的地を目指す。
―――だから、気が付かなかった。
 気配に敏感で同じ体術を駆使できる者が自分を追跡しているなどと。

―――ザンッ

 土煙を上げながら地面に着地する。そして、対象の無事を確認して振り返った。

「―――はぁ」

 一息で息を整え、懐刀を構える。

―――ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ

 生徒とは別方向というのにこちらにも蛇が湧いていた。
 林の向こうから無数の息遣いと地を這う音、枝を伝う音、地中を進む音がする。
 多勢に無勢。
 しかし、そんなことは関係ないとばかりに杪の瞳は変わらなかった。
 不退転の意志を掲げる杪の後ろには畳2畳分の祠が建っている。
 それには太いしめ縄がぐるりと巻かれていていかにも厳重っぽかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 まだ時間があると判断し、杪は祠に近付いてその表面に描かれた文様を撫でる。するとその部分の塗装が剥がれ落ちた。
 その剥がれ落ちた場所には小さな鈴が散りばめることで形成された大きな円の中に鳥居が描かれている。
 これは鎮守家の家紋であり、同時に刻印でもあった。
 すっと手のひらを当てそこに刻まれた結界を起動させる。

「―――"城塞"」

 呟き。
 しかし、その意は多勢に無勢の形勢を立て直すものとなった。
 昔に刻まれた防御結界。
 鎮守家の叡知の結晶が展開し、それらは不可侵を誇る城塞へと変化する。
 祠を中心に不可視の壁が直立し、唯一の入り口には杪が立ちはだかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 背後――祠を目指すならば杪を突破するしかない。
 360°の攻撃範囲をとある一方だけに縮めた杪は今度こそ懐刀を構え、徐々に姿を見せつつある蛇の軍勢に向き直った。
 おおよそ本州に生息しているだろう蛇から誰かが捨てたのであろう外国産の蛇。
 視認できるだけで数十匹の爬虫類はその最強の武器――牙を見せて杪を威嚇する。

≪―――シャァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!≫

 空気を震わす大合唱だった。
 1匹の声が小さくともそれが何十個もあれば咆哮となる。
 対する杪は無言。
 咆哮など気にするまでもないと顔色一つ変えなかった。
 先制攻撃とばかりに杪が呪符を放つ。それは途中で燃え上がり、木々に引火した。

≪シャアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!≫

 炎は勢いよく燃え広がって蛇を追い詰めていく。
 山火事に発展するであろうが、"城塞"の中には不干渉だし、外界との繋がりはとうに絶たれていた。

("風神雷神"・・・・)

 杪は火から逃げ出してこちらに押し寄せてくる蛇を見ながら心の中で殿を預けたクラスメートを思う。

(奮闘期待)

 追記しておくと炎は彼ら方面に向けて急速に拡大していた。










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