第二章「生きる伝説と狂神」/ 8


 

「―――始まったか」

 渡辺宗家本邸を見渡せる丘の上に立つ壮年の男は眼下に広がる戦場を観察した。
 守護神を要に展開した妖魔たちは上陸を画策し、【渡辺】の麾下にある水術師たちと激しい戦闘を繰り広げている。
 一体一体では退魔の申し子である精霊術師に遠く及ばないが、集団で襲い掛かってくるため、戦況は一進一退だ。

「ほう、意外と武闘派なのだな」

 本陣から氷を飛ばして援護している女性を見遣った。
 水術師の中で氷を扱えるのは直系の女性だけだ。
 それでも実戦に投入できるほどの強度を持つ氷を作り出せる者は少ない。
 現宗主である真理はそれを可能にしているので戦闘に向いていると言えよう。

「それでも前線ではないか。・・・・だが、御嫡男はさすがだな」

 瑞樹の戦いぶりは見事なものだった。
 守護神に引っ張られる精霊を引き留め、それを攻撃に使っているし、攻撃方法も効果的だ。しかし、それが守護神に届いていないのであまり意味はないが。

「ふむ。瀞さんはどこだ?」

 戦場をキョロキョロと探すが、目当ての人物の姿は戦場にはない。
 守護神との戦場は激しい水のうねりと炎が衝突し、膨大なエネルギー放射が行われているために瑞樹たちしか見ることができなかった。だが、分家たちに混じっていないということはその場にいるか、どこかに伏せているかだ。

「ふうむ。一哉の奴、なかなか喰えない戦術に出たな」
「―――"篝火"様」
「・・・・・・・・ああ、私のことか」
「・・・・自分で分からない偽名を使わないで下さい」

 男――"篝火"はいきなり背後に現れた黒装束に狼狽えることなく答えた。

「で?」
「はっ、首尾を報告せよと」
「・・・・・・・・あの婆さんも人使い荒いな」

 やれやれとため息をつく。

「信頼なされているのでしょう。いざ武力衝突となればあの方たちとやり合えるはあなたくらいのものですから」
「お前もいい線行くだろうに。―――ま、ここは大丈夫だろう。あいつらが組めば、そうそう負けまい」

 背筋を伸ばし、腰で両手を組んだ格好で男は言った。

「私の任務は一哉を戦場に送り込むこと。それが成功すれば用はない。そうだろう?」

 チラッと戦場に向けた視界は緋色の炎を自在に操る2人の炎術師の姿がある。

「のわりには、戦闘が始まってからもじっと見てましたよね? 全く、あなたの一族は総じて親バ―――ぐぶぉっ!?」
「それは言わぬが花というものだろう? な? そうだろう?」
「くびっ、クビィッ」

 黒装束がワタワタと手足をバタつかせるが、完全に隙を衝いたその腕はがっちりと首に食い込んでいた。
 ガクガクと首を震わせる黒装束を見遣り、男は言う。

「ん? やっぱりそう思うか? そんなに首を縦に振るほどそう思うのか」
「んぐぐっ、ぐはぁっ、ゲホゲホッ」
「帰るぞ、山女魚」

 男は黒装束を解放すると、地面に突っ伏して咳き込んでいるのを無視して丘を下っていった。

「・・・・初陣、頑張れよ、一哉」






熾条一哉 side

「―――すげっ」

 一哉は自分が放った炎の威力に驚いた。
 コンクリートの壁を文句なしで粉砕する一撃を相殺どころが打ち破る炎。
 そんな炎の保有エネルギーを想像するだけで身震いがする。

(俺って自分で火力発電もできる?)

 などと馬鹿な考えが浮かぶほど。

【―――ぼぉっとしないのっ。結構余裕ぶってるけどぉ、死線を彷徨ってるの、分かるっ?】
(ああ)

 一哉の攻撃で完全に守護神の意識下に取り込まれた。
 瑞樹や瀞は水術師だ。だから、守護神の攻撃も多少は<水>が遠慮してくれる。
 しかし、一哉は炎術師だった。
 瀞たちと同じような攻撃でも彼の攻撃は先程のように守護神にダメージを与えることができる。

(まあ、逆もあるんだがな)

 逆とは瀞が10のダメージを受ける攻撃は一哉にとって100ほどのダメージに成り得るのだ。

(瀞に気取らせてはいけないな。優しく、被害妄想の気がある瀞はすぐに責任を感じ、気丈にも前に出て戦おうとするだろうし)

 そう思いながらチラッと彼女に視線を向ける。
 緋の支配下の燃え盛る炎に隠れながら――文字通り守護神の探知網から逃れていた――移動する瀞を見遣った。
 顔面蒼白で震えている。
 瀞は本来、かわいそうなくらい戦闘に向かない性格だった。
 鍛錬は一通りやっているのだろう。
 これが試合ならば威風堂々としているだろうが、これは同じ韻でも死合いなのだ。
 一哉のような歴戦の強者からして見れば、瀞は訓練を終えて前線に出てきたばかりの新兵だった。
 以前はそれを敵方に見ていたが、今回は味方。
 内緒だが、何と頼りなきことか。

(まあ、覚悟だけは立派だな)

 震える脚で一歩一歩進む姿は混乱して右往左往するだけの役立たずとは雲泥の差だった。

「緋、あの邪魔な妖魔たちを頼むぞ」
「アイアイサーッ!」

 ビシッと敬礼した緋に背中を任せ、一哉は前に出る。
 その心は久しぶりの戦闘と風変わりな戦闘方式に舞踏会を開き、すでに宴も闌(タケナワ)の状態となっていた。
 一度、拳を握り込み、そして開ける。
 無駄な力を排出した体は自然体で炎を上を走った。
 視線は対峙する両者を同時に捉え、彼らも参入者を視線を以て迎え入れる。

「何しに来ました、【熾条】の者が?」
「俺は瀞を匿った罪を償いに来たんだとよ。渡辺宗主が言ってた」
「・・・・・・・・なるほど」

 聡明なのだろう。そして、きっぱりとした性格なのだろう。
 瑞樹はあっさりと一哉の参戦を認めた。いや、認めざる得なかったのだ。
 それほどまでに守護神は圧倒的なのだから。

<グヴヴッッ!!!!!>

「「―――っ!?」」

 氷塊の奔流を左右に飛び去ることで躱し、2人は戦闘態勢に戻った。

(現状;守護神の戦法は遠距離攻撃を主体とした飽和攻撃)

 一哉はいつも通り、戦闘に臨む意識に切り替える。

(対策1 一瞬で敵攻撃を無力化。同時に間合いを詰める。結論、却下。攻撃に間断なく、付け入る隙がない)

 瑞樹の攻撃が守護神を左右から挟み込もうとするが、守護神の周りに張り巡らされた防御結界の前には無意味。

(対策2 炎を纏い、特攻。結論、却下。その程度の炎で水を防ぐことができない)

<―――――――ッッッッッ!!!!!!>

 守護神が咆哮し、間違いなくトンはあるだろう氷塊が虚空に生じ、瑞樹と一哉を落下地点にしていた。

「―――対策3っ」

 緋がはるか頭上から声を出す。
 それに応えるように<颯武>を掲げた。

「緋が攻撃を相殺し、俺が全身全霊の炎を叩き込むッ!」

 刀身に緋色の光がまとわりつく。
 炎特有の揺らめきはなかった。
 つまりは風に煽られることなく、ただ刀身に沿い続ける。そして、その炎は煌めくと同時に膨大な<火>を濃縮する。

「秘技っ、あかねちゃんロケットパーンチッ!」

 晴れやかな声が戦場を震わせた。
 緋が炎の拳を前に突き出して足の裏から炎を噴き出し、上から氷塊へと特攻する。更に、一哉も膨大な精霊を消費した守護神向けて刀を振り下ろしていた。
 緋の炎拳が氷塊を粉砕し、一哉の炎が防御結界を焼き尽くす。そして、無防備とは言わなくても、届く位置に守護神が姿を現した。

「「―――っ」」

 一哉と瑞樹は異なる種類の剣を手に突撃を敢行する。さらには援護射撃のように緋の放った炎弾が守護神の周りに着弾した。

―――ドドンッ!!!!

 幾条もの水柱に囲まれる守護神はまるで爆撃機の攻撃を受ける戦艦を思わせる。
 そんな守護神の濁った瞳に一瞬、理性のようなものが宿り、迫り来る二人ではなく、後方を見遣ったような気がした。

<オオオオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!!!!!!>

 咆哮。
 それはまず、守護神を変革させていただろう邪気が2人の身を打ち据える。

「「―――ッ!?」」

 2人は思わず、顔の前に手をかざし、吹雪に耐える登山者のような態勢になった。

「こ、これは・・・・っ」

 水面を波立たせ、炎を振り払い、波の形のまま水面が氷面に変貌する。
 ビシビシビシッッ、と迫り来る冷気は飛沫を一瞬で氷結させ、大気中の水蒸気をも液化、半ばを凝固させた。
 それは一瞬で人体を凍らせるに十分な―――

「―――はあああああぁぁぁぁっっっ」

 喝破。
 戦場全体に響き渡る凛とした綺麗な声に力を乗せ、何者かが冷気を迎撃する。
 結果、冷気は彼らの一歩手前で霧散した。


「―――2人とも、大丈夫?」


 冷気を振り払う一陣の風と共にはっきりとした意志を感じる声が届く。

「・・・・瀞?」
「お前なのか?」

 一哉と瑞樹は同時に半信半疑で声の主を見た。
 2人の危難を救ったのはいつの間にか戦場に来ていた瀞である。

「雪奈・・・・」

 彼女は生死不明だった瑞樹の婚約者を背負っていた。

「大丈夫。命に別状はないと思うよ。でも、傷を負ってるの。瑞樹は雪奈さんを介抱して。それから・・・・」

 瑞樹は横たえられた雪奈から瀞に唖然とした視線を転じる。
 きっと瀞が瑞樹に指示をしたことがなかったのだろうか。いや、それだけではないだろう。

「これからの戦いの余波からみんなを守って」

 一哉でさえ、声が出なかった。
 何故なら―――

「一哉」

 何かを決意し、それでも挫けそうな声が一哉を呼ぶ。

「ごめん、言いつけ破ったりして」
「別に。助かったから良い。・・・・だけど、いいのか?」
「うん。・・・・さあ、行こう」

 やや恥ずかしそうに左手を出す瀞は右手に青白い光剣を持つという幻想的な出で立ちだった。
 一哉はただ、その姿に魅入られたように頷き、手を握り返すしかできなかった。

「なんだ、強いんじゃない」

 緋が上空から降りてきて瀞を見上げる。

「瀞、そんなにすごいのか?」
「う〜ん、詳しい説明は後ね。でも、すごさはすぐに言えるよっ」

 緋は顎に指を当てて言う。

「えーっと、普通の水術師の強弱は熟練度とかもあるけど、従える<水>の"多さ"が一番はっきりしてる。でも、それが当てはまらないの。えっとね、完全武装の王国最強騎士団に立ち向かう辺境警備隊、みたいな関係?」
「・・・・・・・・分かるような分からないような・・・・」
「とにかく、操る<水>はその他水術師の<水>とは格が違うのっ。素質だけは・・・・たぶん渡辺史上最強術者と同じものを持ってるってことっ!」
「ってめちゃくちゃ強くないかッ!?」

「いえ。そういうことはありません」

 一哉の言葉を瑞樹は雪奈を受け取りながら否定する。

「渡辺史上最強術者はあくまでも退魔。現代は対人の方が多くなっていますから、感応能力が高いだけでは"最強"の名は語れません」
「僻み?」

 容赦ない緋の言葉に瑞樹は苦笑を浮かべた。

「かも、しれません。・・・・でも、その感情は今は必要ありません。―――【熾条】の者・・・・いや、熾条一哉殿、従姉妹を頼みます」

 雪奈を抱えた瑞樹は一哉に一礼し、身を翻す。そして、分家たちと戦う妖魔の一群に水球を叩き付けると次々と指示を出した。
 分家たちや火器保有者の総指揮は真理が執っている。しかし、前線指揮官が足らず、その指示は細かいところまでは行き届いていなかった。

「瀞っ、僕たちのことは気にせず、思い切りやりなさいっ」

 その後、総指揮官と前線指揮官を得た渡辺の戦力は次第に妖魔たちを押していくことになる。

「瑞樹。・・・・うん、分かった」

 瞳を潤ませた瀞が一度、俯いて一哉の手をキュッと握った。

「一哉もよろしくね」
「ああ、任せろ。お前の従兄弟さんも長くは保たないだろうからな」
「うん。・・・・背中が真っ赤なのに、あんなに戦ってる。術者は一般人と比べるとタフだけど・・・・やっぱり強いよ、瑞樹は」
「そうだな」

 瑞樹が先程の攻撃で負った傷は浅くはない。だが、彼は婚約者という一個の脱力した人間を抱え、今も激痛が思考を乱しているだろうに、効果的な指示を出していた。

「頑張らなきゃ。・・・・でも、大丈夫かな?」

 隙を作っての奇襲は瀞が参戦したことでもう使えない。

「安心しろ。勝利への道筋は見えた。・・・・行けるかどうかはともかく」
「ホント!?」

 瀞はその大きな瞳を輝かせ、詰め寄ってきた。

<―――ヴヴ・・・・>

 守護神は何かに怯えているのか、挙動不審な動きで無造作に、無差別に、無秩序に力を解き放っている。
 多くが放散されているので、こちらに向かってくる【力】はそう多くなかった。
 今までと比べると密度の低い【力】は緋が周囲に展開する"炎獄"の一部を可燃に変え、その攻撃を呑み込んで凌いでいる。
 【力】の集中が途切れているため、守護神の鉄壁を打ち砕くチャンスなのだが、逆に明確な殺意のない攻撃は戦闘慣れした者ほど避けにくかった。
 そう意味でまた別の鉄壁を築いた守護神に一哉は手が出せなかった。

「守護神が瀞を畏れている。・・・・いや、"守護神"ではなく、その体に入り込んだ"邪気"が、というべきか・・・・」
「守護神が・・・・私を?」

 一哉にはひとつの仮説があった。
 今の守護神は強力な精霊支配力と濃密な邪気が混在している。
 そのバランスが拮抗しているため、反則的な強さになっているのだ。

(要はそのバランスを崩してやればいい)

 答えながら気分が久しぶりの感覚――『戦場を作る』ということから高揚してくるのが分かる。

「緋」
「はいな?」
「とりあえず、俺があいつに近寄るから、援護頼むな」
「うん。それと―――」

【―――その娘の護衛もだよねっ】

 前に出た一哉の背にウインクする緋。

(全く、よく分かっている)

【当然なのですよっ】

 瀞は暗黒の戦場に差し込む光。
 瀞を守ることが勝利に繋がるならば、進んで死地に踏み入れよう。

「さあ、守護神。いろいろ邪魔が入ってようやく本番だ。最期まで付き合ってもらうぜ」

 抜き身の太刀だった<颯武>を鞘にしまう。
 一哉は我流でいろいろな剣術を取り込み、ひとつの形にしていた。いや、ひとつではない。
 いろいろ吸収しすぎて1つにできなかった。だから、その場に応じて最適な形を選ぶことができる。
 そう、まるで背後に武器庫を背負っていろいろな種類の武器を取り揃えているのように。

「愉しませてくれよ、神様ッ」

 ニィッと邪悪に嗤い―――弾けた。
 そうとしか思えないスピードで間合いを詰める。
 その胸には溢れんばかりの懐かしさを抱いていた。

<―――オオオオオォォォォ―――――ッッッッ!!!!!!!>

 守護神が何かを振り切ったのか、突然咆哮した。
 それと同時に周りに再び防御結界が展開し、亀らしく鉄壁を誇り出す。

「一哉ッ、上ェッ!?」
「―――っ!?」

 氷柱が落ちてきていた。
 その数十数個。

「緋ッ」
「りょーかいッ!」

 気合と共に撃ち出された炎弾が次々と氷柱の横っ面を弾き飛ばす。

「よくやったッ」
「後でなでなでしてねっ」
「ああっ」

 一哉は出発時から一度も減速せずに間合いを詰めた。
 その距離は数メートル。

<―――アアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!>

 守護神が一哉を退けようと何の構成もせず、奔流として<水>を叩きつける。それでも、工事用車両が突っ込むほどの衝撃があるはず。それを一哉は―――

「セアッ」

―――ズドンッッッ!!!

 居合い抜きで”気”を放ち、【力】の壁に穴を穿った。

(―――入った)

 そうして一哉は自分の攻撃が直接届く位置に進入した。さらに侵入するために"気"により<火>を活性化させる。

<―――オォ・・・・>

 自分が支配するのと別の精霊の輝きを受けてわずかに守護神が怯んだ。
 一哉は勝機を逃さぬように渾身の力を<颯武>に注ぎ込む。
 膨大な"気"と活性化して顕現した緋色の炎の煌めきは見る者を魅了し、刀身を覆い隠すほど強大なものだった。






渡辺瀞 side

「――― 一哉・・・・」

 瀞はきゅっと胸の前で両手を組んだ。
 その全身は白い輝きで満ち、手にはとある金属質の物が握られている。
 一見、一哉有利に見えた。しかし、それは一時のことだとよく分かっている。
 一哉の猛攻は長続きしないし、守護神もすぐに接近専用の戦法に切り替えるだろう。
 瀞もいくら今の状態だからとは言え、守護神を打倒するのは容易ではない。

「―――ねえ」
「え?」

 下方からの声に瀞は下を向く。

「それ、どうしたの?」

 赤や黄色といった派手な着物――但し膝丈――を着た緋が不思議そうに瀞が大切に抱いている物を見ていた。

「あ、これは・・・・」
「すっごい【力】を感じるよっ」

 きゅっとくりくりと大きな瞳が細まり、炯々とした光を放つ。

「・・・・うん、だろうね」

 瀞はそんな緋に気付かず、"これ"を手に入れた時のことを思い出していた。




「―――ひどい・・・・」

 炎に守られ、守護神の索敵から逃れた瀞は崩壊した社跡に入った。
 内側からの爆発は守護神を祀るための術式を軒並み粉砕し、再起不能にしている。

「雪奈さん・・・・」

 戦っている瑞樹がほんの少しの間、ここを見ていた。
 それは婚約者である水無月雪奈を想ってのことだろう。

「―――雪奈さんッ」

 瀞にとって雪奈も特別だ。
 一年前からでは数少ない"普通"に接してくれた人なのだから。

(確か、社の最奥は・・・・)

 そこには祖父が戦死してから近寄っていない。うろ覚えと聞きかじった知識だけで瀞は進んだ。

「―――う・・・・」

(今、声がッ!?)

 瀞は慌てて木材が折り重なって浮かぶ場所を掘り起こす。

「あ・・・・」

 安堵の呼気が漏れた。

「よ、よかったぁ」

 ペタンと水上にへたり込む。
 雪奈は生きていた。
 その脇腹を赤く染めているが、致命傷ではない。ただ、全身に強い邪気を浴びたせいでしばらく目覚めそうになかった。

「あれ? これって・・・・」

 雪奈が握りしめている物。
 それは渡辺宗家史上最高の術者が守護神より遣わされたという聖剣である。だが、使い手がこの世を去ってから【力】が足らずに扱える者がおらず、守護神に奉納されていたと聞いていた。

(どうして・・・・ここにあるのかな?)

 見た目はただの三鈷杵(サンコショ)。
 伝え聞く話によると、彼の術者が使う時は片方の端から光り輝く刀身が現れたという。

「ホント、だたの三鈷杵だよね・・・・」

 マジマジと一族の至宝を眺める。
 三鈷杵とは両端が三叉に分かれている金剛杵のことだ。
 そもそも金剛杵とは元はインドの武器だが、密教で煩悩を破砕し、菩提心を表す金属製の法具とされている。
 三鈷杵の中心部分は聖剣の柄として用いられ、中程は細長くてくびれていて手に握ることができ、両端は太くなっていてまるで日本刀の鍔のようになっている。

「とりあえず、これは確保しておかないと・・・・」

 今から守護神を弑るのだ。
 これを失ってしまえば渡辺宗家に守る物はなくなってしまう。

「よい、しょっと」

 瀞は三鈷杵を手に取り、雪奈の脇に肩を入れて引き起こした。
 どこか安全な場所に避難させなければならない。

(どこがいいかな。―――って!?)

 ちょうどその時、一哉と緋のダブル攻撃が守護神を襲ったのだ。

「やったッ。・・・・・・・・ってあれ?」

 ふっと正気に戻ったような瞳の守護神がまっすぐに対峙している3人ではなく、瀞を見据える。

「み、見つかった・・・・っ」

『・・・・・・・・・・・・』

(何? ―――っ!?)

 何かが聞こえた。

『・・・・カエ。・・・・<レイキ>ヲ・・・・ツカ・・・・テ・・・・斬レッ』

―――ブンッ

「きゃッ」

 突然、三鈷杵を握る右手に力の波動を感じて身をすくませる。

「え・・・・?」

 史上最強と謳われる術者が亡くなって千数百年。
 その時起こった霊的大戦で数々の妖魔を斬り捨てたという聖剣。
 その柄を構成する三鈷杵から青白い刀身が生えていた。

「どうして・・・・ってそっか。・・・・私も聖剣の使い手と同じ、だったんだっけ・・・・」

 ポツリと小さく確かめるようにして呟く。

 瀞が忌み嫌われつつも守られる対象であることを不動にしてきた【力】。
 渡辺一族、つまり水術師最高峰の【力】。
 他に類を見ない、唯一無二・強力無比の【力】。
 そんな、初代以後に現れることのなかった術者。
 それが渡辺瀞だ。

「これがあるから私はこの戦いで守護神を倒・・・・ううん、正気に戻せる」

 三鈷杵――<霊輝>を握り締めた。

「こんなに大勢の前で見せるのは初めてかな・・・・」

 大きな不安を塗り替えるような使命感。

(あの声は守護神から。聖剣を扱える私へのメッセージッ)

『<霊輝>ヲ使ッテ斬レッ』

 これが渡辺宗家直系当代次子――渡辺瀞こと"浄化の巫女"の責務。

「―――<白水>・・・・」

 体の内より溢れし清澄な【力】の波動と抜群の"気"に触れた<水>はその本来の色――『蒼』から『白』にその姿を変えていく。

「一哉、瑞樹・・・・。今、行くよっ」

 呼びかけに呼応するように聖剣・<霊輝>は瞬いた。










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