第二章「生きる伝説と狂神」/ 3


 

 宗家。
 それは数ある精霊術師一族の中で最強・最大を誇り、各属性の頂点に立つ一族のことだ。
 属性ごとに興った時期・場所は違えどその中核――宗主家は有史以前よりその地にあり、退魔を生業としていた。そして、最強と謳われるのは嫡流、宗主家、直系などと呼ばれる宗主継承権を持つ中核の者たちである。
 精強無比な直系術者の周囲を直系術者には及ばないながらも屈強な傍系術者――通称、分家――が固め、数的不利を補っている。
 つまり宗家とは皇家に匹敵する歴史と国内屈指の戦力を有し、退魔界に不動の地位と絶大の影響力を保持する一大勢力なのだ。






熾条一哉 side

―――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

「・・・・んあ?」

 ムクッと電子音を耳にし、一哉は体を起こした。
 掛けられていたタオルケットを退け、鳴り続ける目覚ましに手刀を投下する。

―――ピビビッ・・・・

 敵艦の沈黙を確認し、4月から住む部屋を見回した。

「・・・・暑ぃ・・・・」

 もう昼らしく、夏の日差しで部屋に熱気が籠もっているために寝汗がひどく、髪が湿っている。

(これは後で風呂に入らないと瀞に何か言われ・・・・って)

「―――どうして俺は寝ていたんだ?」

 瀞と話をしていたはず。それがどうしてきちっと眠っていたのだろうか。

「・・・・決まってるな。瀞が何かしたんだ」

 記憶の最後に残る冷気。
 あれが意識を刈り取ったに違いない。

「瀞は・・・・?」

 一哉は部屋を出て、瀞の部屋の前に立った。
 中に人の気配はないが、そもそも一哉が瀞の気配を感じ取れた例(タメシ)がない。

「瀞、入るぞ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 返答はなかった。
 よって、無許可侵入を試みる。

「・・・・・・・・・・・・ちょっと、これは予想外だったな」

 瀞の部屋はガランとしていた。
 元々2週間でそこまで生活感が出るとは思えないが、やはり瀞が持ってきた物が消えているとどことなく寂しい風景となる。

「・・・・ん? あれは・・・・手紙?」

 綺麗に掃除された学習机の上にひとつの便箋が置かれていた。
 遠目だが、確かに『熾条一哉様』と書かれている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何気なく手に取り、その瀞らしい小綺麗な字を目に映した。



 熾条一哉様。
 この二週間、何の縁もない私を家に置いて頂き、ありがとうございました。
 この家で暮らした時間は私の半生で最も楽しく、充実していたと思います。

 朝起きて、朝食を用意し、あなたを起こす。
 一緒に学園に行き、教室に着くと少しお喋り。
 綾香と結城くんを交えて食べる昼御飯。
 下校時に商店街へと一緒に行く買い物。
 帰宅してからのまったりとした時間。

 本当にどれも楽しいことばかりでした。
 だから、だからやはり、"私達"のことを話すことはできません。
 あなたは私達の世界から外れ、一般社会とは言えないですが、一応その範疇に身を置いています。
 例え、生まれがどうでも、これまでの生活がどうでも、今のあなたは統世学園という平和な世界にいるでしょう。
 私のことは忘れてください。
 もうあなたはこの世に関わることはないはずです。
 知らない方がいい、ということもありますから。

 何の挨拶もなく去る非礼をお許し下さい。また、先日の渡辺に連なる者の非礼、まことに申し訳ありません。
 傘下の非礼は本家の非礼。
 直系である私からもお詫びいたします。


渡辺 瀞

 P.S 挑発を挑発と知りつつ乗るのは止めようね。いつか身を滅ぼすよ。だって、挑発だって分かってる意味ないからね。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉は手紙を丁寧に折り畳む。そして、まるで家捜しをするように瀞の痕跡を探し出した。
 他人の、瀞の物を漁る。
 それは強い罪悪感に苛まれるものだった。

「・・・・は? 罪悪感?」

 机の引き出しに手を掛けた時、一哉は己の感情に疑問を覚えた。
 以前の自分なら絶対に感じないもの。
 漁るというのは情報を得るには必要な行為であり、持ち物検査から強制捜査など公的機関でも度々行われるものだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 手の力を抜いた。
 理性で正当化しようとも感情に支配された身体はそれに反する行動を起こす。

(・・・・そうか)

 ふっと悟ってしまった。
 物事を正当化する。
 それは自分自身もその物事を忌避感・嫌悪感を抱いているということだ。
 どれだけ理性でそれを上書きしようとも己を誤魔化すなど不可能。
 一哉はそこまで自分を殺すことになれてはいない。

(俺が、変わったと言うことか・・・・?)

 情報を集め、第三者を利用し、敵を欺き、友軍をけしかける。
 助けを求め、悲鳴を上げる者がいた。
 絶望によって茫然自失する者がいた。
 悲壮な覚悟を胸に抵抗する者がいた。
 しかし、一哉は効率的に、徹底的に敵対する者は薙ぎ倒す。
 そこに一切の罪悪感なく、躊躇なく、容赦なく我が道を行くだけだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな自分が罪悪感を抱いている。
 それは戦いを『日常』にし、謀略を得手としてきた熾条一哉が平和という日常を教え、真の裏社会を見せて去った渡辺瀞を受け入れていたということ。
 それは水術師である少女、ではなく、"渡辺瀞"という一個人を認めたと言うことだ。
 当然、プライバシーなど不可侵なものも生まれてくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・止めた」

 ここまでせずとも裏のことを知る方法はいくらでもあるはず。
 昔から空虚だった心の中で新たな建造物ができ、何やら芯が定まったような気がする。
 これでふらふらと定まらなかった行動に統一性、方向性が生まれるだろうか。

(だが、手がかりが曖昧すぎて・・・・どこから攻めたらいいか、分からないな・・・・)

「―――ん?」

 漁られ、メチャクチャになっていた机から一冊のノートが落ちた。
 薄いピンクの大学ノートが開いているため、瀞の小綺麗な字を見ることができる。

「これは・・・・」

 チラッと視線をノートの山に向けた。
 先程までは気にも留めなかった十数冊の忘れ物。
 それはまるで宝の山のように積まれている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 ため息をつき、ノートをまとめた。そして、珍しく年相応の子供っぽさを含んだ声音で呟く。

「瀞、お前が悪いんだからな。・・・・こんなもの、書き残すから」

 冊数を重ねるごとに字がうまくなる『日記』と書かれた表紙を眺めた。
 複雑な想いと躊躇いが心の中を駆け巡る。しかし、何かを吹っ切ったようにさっとノートを抱えると、一哉は泰然とした態度で部屋を後にした。



―――私は、私をあの地獄のような"渡辺"から救ってくれた一哉を、一生忘れないよ。






渡辺瀞 side

「―――あれ?」

 瀞は二週間ぶりの自室で首を傾げた。
 周りには音川で共に過ごした品々が転がっている。

「え? え? え?」

 わたわたわたと荷物を引っ繰り返さんばかりの勢いで周囲を荒らした。しかし、目的のブツは見つからない。

「ま、まさか・・・・」

 サァーッと音を立てて血が引いていった。そして、震える両手を畳につけ、頭を垂れた四つん這いの状態で呟く。

「わ、わすれた? ・・・・日記を」

 ゴーン、と重苦しい空気が彼女を包み込んだ。

「う、うわーうわーうわー」

 人間、本当に慌てていると表面上は冷静に見えるようだ。
 瀞の口からは棒読みのセリフが転び出ていた。

(そ、そうだ。一哉に電話し―――ってダメッ。連絡なんかしたらっ)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉は今頃、どうしているだろうか。
 ちゃんとご飯は食べただろうか。
 ちゃんと手紙に気付いただろうか。
 ちゃんと―――裏のことを忘れ、平和な生活に戻っただろうか。

「そんなはず、ないか・・・・」

 自分に詰め寄ってきた一哉は狂気を迸らせていた。
 あまりの寒気に今でも鳥肌が立つ。
 瀞は狂気に取り憑かれ、【力】を持っていた者の末路を経験で知っていた。
 精神の箍(タガ)が外れているため、膨大な【力】を周囲に撒き散らす。しかし、それは身体に負荷をかけているので、その者は苦しみの末、自滅するしかなかった。

(一哉にそうなって欲しくない)

 一哉には己が志し、断念した平和な生活を続けて欲しい。
 それが瀞のささやかな願いだった。

(私もこのままじゃいけないよね。・・・・何か、ないかな・・・・)

「―――って、日記ぃ〜」

 当初の捜し物を思い出し、苦悶の呻きを上げる。

『―――瀞様』
「・・・・はい」

 瀞の顔にびっしりと緊張が張り付いた。

『宗主がお呼びです。湖岸には分家である秋霜家、風花家、雲峰家、氷室家、湯岐家を主戦力に諸家や火器武装者が集結しました』

 今紹介された面々は渡辺宗家総戦力の7割近い。

『神主・・・・水無月家も当主――雪奈様を社に残し、集結中です』
「分かりました。私も行きます」

 瀞はゆっくりと立ち上がった。
 震える右手を左手で抑え込み、結果的に震えが両腕に伝播する。

「あぅ・・・・ええい、こういう時は―――」

―――パンッ

「〜〜〜った〜」

 頬を打った両手はもう震えていなかった。
 その代わり、両頬がジンジン痛む。

『瀞様?』

「行きます行きます」

 グッと涙を堪え、渡辺瀞こと"浄化の巫女"は戦闘予定地へと歩き始めた。
 直系として、作戦の要として、現渡辺宗家唯一の二つ名持ちとして、瀞は戦場に立つ。しかし、『表向き』はどうあれ、その内面は実に空虚なものだった。






熾条一哉 side

「―――知り合った当初の会話で危ない一族だと知ってはいたが、ここまでとはな」

 一哉は液晶の明かりに顔を照らされながら呟いた。

「どれもこれも警告ばかり、触らぬ神に祟りなし、ってか」

 日記を見つけてから4時間。
 日記を読破し、休み無しに動き続けている。
 その成果が先程の言葉だった。

「・・・・すでに触ってはいるんだがな」

 冷たくなったコーヒーを口に含む。
 同時に吸い込んだ匂いが脳内に染み渡る感触に浸りながら背もたれに身を預けた。

「渡辺宗家ね。・・・・戦い次第でどうなるというものではないな」

 戦力とは(戦術・戦略)×兵数だと一哉は考えている。
 どれだけ大軍を擁しようとも戦略が甘ければ寡兵に覆される。だが、どれだけ策を練ろうとも大軍の前には無意味なこともあるのだ。
 ましてや今回、宗家は一兵一兵が一騎当千の兵で、対する一哉は1人で彼らの1人に敵うかどうかも分からない。
 勝算ゼロ。
 生還は絶望的。
 無謀というか自殺としか言いようのないことだ。


―――私は、私をあの地獄のような"渡辺"から救ってくれた一哉を、一生忘れないよ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」

 一哉は脇に積まれた日記を見る。
 十数冊の日記には辛すぎる過去が載っていた。
 別に宗家の連中が瀞に何かしたわけではない。
 その逆でただ、何もしなかっただけなのだ。
 そんな、自らが地獄と称した渡辺宗家に瀞は何故帰ったか。

(簡単だよなぁ)

 一哉は今度は画面に視線を移す。
 そこには『超法規的措置実行可能』とある。
 つまり、殺傷を厭わないと言うこと。

「瀞は俺の命を守ったんだ」

 あのまま瀞がこの家に居れば間違いなく、宗家直属の実働部隊が動いていたはずだ。
 理由はどうあれ、渡辺に関係する水術師と戦ったのだから。
 あの後、一哉はひそかに公園に行くと6人分の死体を処理した"跡"だけがあった。
 おそらく、公園で一哉を襲った者たちは鵺に殺されたのだろう。
 鵺を最終的に討滅したのは水術師ではないのだから、彼らの死は一哉によるものと見なされ、報復攻撃を受ける可能性があり、それを不当と断ずることは一哉には不可能。
 渡辺は問答無用で瀞を奪還する手筈が整ったのだ。
 それを感じ取った瀞が事前に動くことで一哉に危害が及ぶことを阻止。
 水術師といい、鵺といい、今回といい、瀞に守られてばかりだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このまま、引き下がれないな」

―――ピンポ〜ン

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 呼び鈴が鳴るが無視。

―――ピンポ〜ン

『―――おぉーい、居留守使うなぁ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 断固無視。

―――ピ、ピンポ〜ンッ

『あなた宛の宅配物がこっちに来たのよ。受け取らないと、ひどいわよ♪』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言うまでもなく。

―――ピポピポピポピポピポピポ〜〜〜ンッッ

『うふふふふ♪』
「・・・・・・・・壊す気か? まったく」

 一哉は立ち上がった。そして、隠し扉を施錠し、クローゼットを締め、寝室の外に出る。すると途端に大きくなる音。

―――ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ〜〜〜ンッッ

『あら? 自分の指が速すぎて見えないわ。うふふ♪』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 危なげな雰囲気に居留守を使いたいが、出るまで続けそうなので招き入れる以外なかった。
 因みにあの隠し部屋は一哉が発見したものでマンション建設当初よりあったと思われる。
 そんな部屋にまで呼び鈴が届き、住人が反応していないのに声がスピーカーを通して中に響くなど、今更ながらおかしなマンションだ。

(だから、親父が選んだのかもな・・・・)

―――カチャ

「うるさい」
「ん? もう出たの? せっかく一秒間に十六連打に挑戦しようとしてたのに」
「さり気に超人発言するな。―――それで? 今月の家賃は払ったはずだが?」

 扉の向こうにいたのはこのマンションの管理人(♀)は不満を滲ませていた表情をニンマリとしたものに変えた。

「そうだったらおもしろかったのね。ね、今度から滞納しない?」
「い・や・だ」
「むぅ、ケチ」
「そういう問題じゃない。―――で、そのロープにくくりつけられた箱は?」

 唇を尖らせる管理人に嫌気が差した一哉は本題っぽい荷物を指摘する。

「宅配物。いやぁ、重かったわ。この階までは荷物用エレベータで何とかなったけど、このドアまで来るのにピラミッドの巨石運び、ってこんなのなのね」
「っていうか、人の宅配物引き摺るなよ」
「むぅ、でもこれはドアには入らないわね。こんな廊下で縦に旋回させるのは無理だし・・・・」

 宅配物は見た目は木棺だ。
 重そうだし、縦長い。

「開けちゃう?」
「・・・・どうして共に開ける気なのか切に問いたい」
「ここまで運んであげた報酬があってもいいと思うわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 好奇心に輝く瞳に不退転の意志が見られた。

「そらよ」

―――パカ

「―――すぅ・・・・すぅ・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 何やらたくさん物――割と物騒――が入っていたが、2人の視線は最も大きなモノから動かない。
 それは小さな身体を丸め、腕の中には内容物で最も物理的にヤバイ物――日本刀を抱えていた。

「・・・・おい」
「すぅ? ・・・・すぅ・・・・むにょむにゅむにぃ〜・・・・」

 声を掛けると奇妙な寝言を返すだけで起きる気配なし。

「おい。―――っ!?」

 伸ばした手は指先が吸い付かれ、進退ままならない状態になる。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「ちゅーちゅー」

 無垢な寝顔を浮かべる少女(童女?)と顔を引き攣らせる少年と女性。

「ちょっと待て」
「なあに?」
「何故にそんなに離れてる?」

 エレベータの扉の前に管理人はいつの間にか移動していた。

「考えてみれば瀞ちゃんも童顔よね・・・・」

 ポーン、と音を立て、エレベータが到着する。
 すかさず乗り込んだ管理人は告げた。

「信じてたわ。いつかやるって。でも、まさか人買い(幼女)なんてっ」

 ガーッと扉が閉まる中、捨て台詞が一哉の身を打つ。

「それって、信じてるか・・・・?」

 ポツリと呟き、一哉は少女以外の内容物を見回した。
 少女が抱えている刀は元より、そのほとんどが一哉にとって有益な物ばかり。

「親父だな、差出人は・・・・。しかし、この娘はいったい・・・・」
「ちゅーちゅー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言で指を引き抜く。
 テラテラと少女の唾液が宵の光を反射していた。

「ん〜・・・・いちやぁ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。託児所じゃないんだぞ、ここは」

 とりあえず、荷物は運ぶことにする。

「全く、骨が折れる」

 棺から少女を抱き上げ、一哉はため息をついた。
 木棺を解体すれば犯行声明、もとい、荷物についての手紙が残っているはず。
 何気ない行為には必ず裏がある。

(喰えない奴だからな)

 完全に自分を棚上げし、一哉は荷物を全て収容した。






山神綾香 side

「―――あ〜あ、つっかれたぁ」
「部活、厳しいの?」

 夜の帳が落ちて間もなく、結城晴也と山神綾香は共に統世学園の門を潜った。
 鞄を片手に伸びをする晴也に綾香が話し掛ける。

「ん〜、姉貴が無言のプレッシャーを後ろからかけてくるもんだからいらぬ緊張が・・・・。姉貴は俺が緊張する様を楽しんでるからな」

 お祭り気質で上下関係も気にしない晴也が唯一頭が上がらないのは生徒会長である姉――結城晴海だ。

「全く、後ろからいきなり『ふふ♪』って笑って現れると、そのまま無言で振り返った俺を見るんだぞ? そんで的に向き直ったらまた笑い出す」
「・・・・それは・・・・陰湿ね」

 綾香は顔を顰めた。
 晴也同様にお祭り気質というか、愉快犯というか、とにかく人で遊ぶ性癖のある晴海を思う。

「迷惑な一族ね」

 ため息をつく綾香。

「さりげに数十人を馬鹿にしたな?」
「いや、あたしの言う一族は結城三兄弟よ」

 ビシッと晴也の鼻先に指を突きつけた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いや、弟として否定なさいよ」

 何の反応も返せなかった晴也にガクッと肩を落とす。

「できるならしたいが・・・・。片や行方不明になれば書類の山から発見される整理ダメ兄貴。片や人を弄ぶことに至上の喜びを見出すダメ姉貴」
「オマケに笑いながら騒動の種を振り撒いていく人畜有害なダメ弟」

 すかさず入る痛烈な一言。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何? 反論は受け付けないわよ? 不正委員会、始まって以来の愉快犯さん?」

 にっこりと有無を言わせない笑みを向けてくる綾香に晴也は疲れたように嘆息した。

「・・・・こういうのは学園の中だけにしようぜ〜」
「だったら、学園内の生活態度を改めなさい」

 ぼやきを軽く流した綾香はゆっくりになっていた歩みを早める。

「それで? 結局、あの公園の"アレ"はどうしたの?」

 ガラッと2人を取り巻く空気が変わった。
 ヘラリとしていた晴也の顔が引き締まり、背筋も自然と伸びる。

「・・・・そのままってわけにはいかねえだろ。ちゃんと親元に送り届けてやったよ」

 辺りを見回した晴也はすぐに余裕に満ちた表情に戻っていた。

「・・・・それって捉え方によれば宣戦布告にならない?」
「手紙も添えたし、大丈夫だろ。あいつらが何をしてたか分からねえが、たぶん渡辺さんに関わることだろうなぁ」

 そう言った晴也はチラリと綾香を見遣る。

「瀞かぁ。どうしたんだろ」

 学園では瀞は親戚の不幸とかで忌引きをはるかに超える長期休暇となっていた。
 何でも次に学校に来るのは2学期だとか。

「親戚の不幸、じゃな〜。【渡辺】で何かあったとしか分からねえな」
「そうね。じゃあ、あたしは瀞を信じて待ちますか」
「それがいい。―――後、一哉も動くぜ」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「・・・・アンタ、楽しんでない?」
「さあな。とにかく、俺たちにできることはねえよ。ってか、謂われもないし、心配する権利もない」
「完全なる部外者、か。・・・・ま、瀞が危険かどうかも分かんないんだけどね〜」

 そういう割にはどこか不安げである。

「虫の知らせか?」
「勘と言いなさい勘とっ」

 綾香の勘は大した物だ。
 これはもう、野生動物の本当と言うほどだ。
 急場においてこうも心強い物はないが、今はそれほど危急の時ではないから晴也はさらっと流した。

「でもさ・・・・自分で言うのも何だけど・・・・」
「ん?」

 数歩先を歩いていた綾香がくるんと振り返る。

「当たらないといいわね」
「・・・・だな。荒事は少ないのにこしたことはねえし」
「自ら種を振り撒いてるアンタが言うかっ」
「ぅわ、公道で鎖鎌出すなっ。銃刀法違反で捕まるぞっ」

 晴也と綾香は当人たちはともかく、"余人が近付けないほど仲良く"、下校していった。










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