第二章「生きる伝説と狂神」/ 1


 

「―――どうです、雪奈」
「・・・・かなり蝕まれてるわ。もう一度、かけてみるけど・・・・今度はいつまで持つか、分からない」

 緋袴に白衣の少女は古びた注連縄を見て言った。
 その言葉に少女の背中を見守っていた少年は悲しそうに目を伏せる。

「やはり、あの娘の【力】が」
「必要ね。・・・・悔しいけど、これは私たちでは祓えないわ。水無月流の神髄は『夏越の祓え』と併合したもの。膨れる【力】を和ませてもその源は取り除けない」
「ええ。そして、僕も倒すことはできません。・・・・・・・・何が最強術師ですかね」

 少年は己の至らなさに歯噛みした。

「自分を卑下してはいけないわ」

 すっと少女が少年の手を取る。
 柔らかく少し冷たい手の感触が少年を癒した。

「瑞樹くんは最も"彼のモノ"に愛される者のひとり。そんな人が"彼のモノ"を傷付けることはできないわ」
「分かっています。小さくとも持てる器を満たすことが肝要。不相応なことはしません」

 少女から離れ、少年は背を向ける。

「母に報告してきます。・・・・あと、それに付随する手配も」
「・・・・あなたが行くの?」

 榊と換えの注連縄を持った少女が「手伝ってくれないのか」という視線を寄越してきた。

「ええ。他人だといらぬ刺激を与える可能性がありますから」
「・・・・大切にしてるのね」
「はい。―――危害を加えた奴は残らずくびり殺すほどに、ふふ」

 昏くオーラを発散させる少年に多少引く。

「では御願いします」
「・・・・はい。任せて」

 少女は少年から縛られている巨体を見遣った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 封じられても尚、他を圧する絶対な【力】の権化。

「さてと・・・・やりましょうか」

 襷掛けで袖を止める。そして、懐から鉢巻を取り出して額に巻いた。さらに注連縄を左肩に巻き、右手にその先を持つ。

「"水無月の縄祓い"」

 真白い足袋が床を踏み鳴らした時、湖上庭園は浄域と化した。






渡辺瀞 side

『期末テストを間近に控える7月、生徒諸君は如何お過ごしだろうか。

来たるべく決戦に向けて猛勉強に明け暮れる者。
天神様の御利益に預かろうと天満宮に詣でる者。
現実逃避にて今ここで戦いの存在を認識した者。

そこで、生徒会は問いたい。

――学生は学業が本分というのは本当だろうかっ!?――

というわけで我々はこの時期に、敢えてこの時期に球技大会を企画する。
すでに教師連はねじ伏せ、どうせテスト勉強の自習しか使わない授業時間――先に進まないなら休みにしろよな、学校でやっても遊ぶだけで進まねえよ――を貰った。

弾けよ、生徒たちっ。
溜まりに溜まった鬱憤を運動で発散し、クラスを栄冠に導けっ。
完全なるクラス対抗。
下剋上上等。
弱肉強食。

己が力、解放せよっ!


――――追伸、えー、上記のちょっと湿気にやられた発言は会計のです。間違っても私――生徒会長のだと思わないこと。いいですね?

さて、球技大会についてですが―――
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・』



「―――へぇ、球技大会。―――どうしてこんな時期?」

 渡辺瀞は配布されたプリントを見て呟く。そして、その疑問を前に座っている同居人――熾条一哉にぶつけた。

「さあ? 生徒会企画だからな。特に意味ないだろ」

 ぐてーとした一哉の返答。
 7月で蒸し暑い。
 一哉は初めて――記憶にある限り――経験する日本の夏に辟易しているようだ。

「ふ〜ん。一哉は何ににする?」

 いち早くエントリー表に手にとっている一哉に訊いた。

「・・・・ふむ、剣術とか、面白そうだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・球技大会だよね?」
「ああ。―――お、弓術もあるのか。こりゃ晴也の独断場だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・"球"技大会だよね?」
「しつこいぞ。そうだと言っとろうに」

(とてもそうは思えないのですが・・・・)

 おかしな学校だとは思うが、こういう時は下手にごまかさず、ストレートに物言う学校だ。ある意味、開き直りとも言える開放的なことである。

「―――はぁい。ホームルーム始めるぞぉ。ほらほら席に着け、結城」

 "白矢の悪魔"・担任が教室に入るなり、チョークを飛ばした。

「どわッ。問答無用で攻撃ッスか!?」
「私はイラついてるんだ。生徒ならそれくらい察しろ」
「無理です」

 結城晴也はばっさりと担任の理論を切り捨てて席に着く。
 その頃には立っている者はいなかった。

「あ〜、球技大会の資料は配られていると思うが・・・・。これは従来の球技大会ではない。っというか、もはや一種目しかない」

 教壇から教室中を見回し、問題発言。

『『『―――はぁ?』』』

 全員が資料に目を落とす。
 そこには確かに5種類の種目が書かれていた。
 生徒の正気を問う眼差しを受けながら先生は続ける。

「宝探しだ、これは。その種目の武具を持ち、校内に隠されし"玉"をゲットする。そこには得点や賞品が書かれていてそれをホームルームに設置されるバケツに放り込む。時間までにそれがそこに残っていれば閉会後、その物品がもらえるというわけだ」
『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』
「えっと」

 晴也が手を挙げる。

「ん、結城」
「とりあえず、邪魔する奴ァ殴ってOK?」
「それが初めにする質問か馬鹿」

 先生の言葉は暗に「OK」と認めた。

「熾条、まとめてみな」
「・・・・宝探しをする班と探し出した宝を死守する班。それと他のクラスを玉を奪う班の3つが必要で戦略などの頭脳の部分と実力が求められる競技ってことか?」
「正解。ってわけで野郎ども、まずはライバルを潰せ。さしずめD組辺りを念入りに。ああもう、大会後の数日間は学級閉鎖するくらいに」

 ドロドロと怨嗟にも似た――というかそれしかない――声で先生は命令する。
 泣く子も黙る1年A組の生徒たちは泣かない子も泣いてさらには二度と泣かなくなるような感情の発露には顔を青くして頷くしかなかった。

「フフ、フフフ。あんの野郎。私を挑発したことを地獄の果てまで後悔させてやるわ。ケケケ」
『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』
「―――邪魔」
『『『『『オォ〜』』』』』

 そんな先生を隅に追いやり、教壇に登った委員長をクラス全員は尊敬の眼差しで見つめる。

「―――立候補」

 パチパチと勇者に向かって拍手を送る生徒たち。
 それに深く頷いた委員長は己の意志を議会に侵攻させた。

「その拍手によって全てを委任されたものとみなし―――」

「は、はいはいッ」「立候補しますッ」「あたし槍ッ」「おいどんはもちろん剣―――」「お前どこの人よッ?」「弓術ッ。一度でもいいから弓を引いてみたかったッ」「素人は引っ込んでなさいよッ」「そうだ。最強メンバーにしないと俺たちはリアルに地獄を見るぞッ?」

 一斉に皆が手を挙げ、我先にと己の意思を通さんといきりたつ。
 堰を切ったように教室は喧噪に包まれた。


 それから5日経った球技大会当日。
 全校は活気に満ちていた。
 そこら彼処にバリケードが設置され、物騒な物を持った生徒たちが待機している。

 種目は5つ。
 近距離戦闘の剣術。
 中距離戦闘の槍術。
 遠距離戦闘の弓術。
 零距離戦闘の体術。
 全距離防御の盾術。

 隣のクラスとは不可侵条約が結ばれ、手を出した者は生徒会暗部によって粛正される。また、指定の物以外を使用した場合はその生徒は退場。
 クラスの戦果は零とされる。
 ハンデとして武術系クラブや不正取締委員会所属の生徒は各々の系統武器を使用することが禁じられた。
 例としては長物を使っていた者は槍術には参加できない。銃なども弓術に参加不可。柔道部員などは得物を持つ競技にしか参加できないなど、だ。


「―――晴也、お前体術もできたのか?」
「ああ。俺ン家って名家だろ? だから、いろいろ護身術で教えられるんだよな、これが。綾香も同じ」
「ってか、あたしに言わせれば熾条って剣術できたんだ」
「振り回すくらいなら簡単だろうに。それに長物は校舎で使いにくい」

 出陣前、お宝探索班の一哉たちは雑談していた。

「瀞も剣術できるんだ」
「うん。私も小さい頃に基本だけ習ったから。それに弓とか槍とかよりも簡単だしね。体術は・・・・身体が、ね」

 確かに小さい瀞ではいくら技量が優れようとも勝てない。
 武器の選択はその辺を考えてのことだったのだろう。

『―――え〜、生徒会長の結城晴海です。今回は全校対抗。どこで何があるか分からないけど、何かあれば生徒会ではなく、職員室へ行ってください。もし来たら容赦なく射殺しますよ♪ 教師連は武装しているけど自衛しかしないから安心して。まあ、好き好んで攻撃する奴もすでにマーク済みですから教師連も気を抜いていても構いませんよ』

「・・・・・・・・姉貴め」

 ガシッと服の裾を山神綾香に掴まれている晴也。
 晴也は愉快犯でどうでもいいことを大事にする天才。
 この球技大会も何か狙っていたのだろう。もしかすれば乱戦になると不正委員から集中攻撃を受けるかもしれない。

(それはそれでいいんだけどな)

 我がA組の非情な委員長はそれも計算に入れて「結城が引きつけている間に退避」を敢行しろと言っていた。
 探索班はすぐに遊撃班に変わるという。
 なぜなら綾香は不正委員のエース。
 晴也は弓道部のポープで現暗部執行部長。
 一哉は前に全校の有志を相手に逃げ切った猛者。
 一応、A組の精兵なのだ。

「晴也、今度こそ勝つ」
「いや、大会に勝とうよ大会に」

 睨め付けてくる綾香にタジタジとなりつつ晴也が訂正の言葉を言った時、言いたいことが終わった会長に代わり、会計がマイクを握った。

『―――では、準備はいいか、野郎どもっ。此度の宴っ。学年の垣根など打ち倒せっ。下剋上上等っ。先輩は年上の気概を見せ、1年坊は普段偉そうにしてる奴らをブチのめせっ。そんでもって―――』

 ちょっと危ない会計の激励は続く。

『―――会長、鏑矢を。あそこの変人を射抜いてくださいっ』
『ええ。私もそうするべきだと思うわ。弓矢は魔性を滅するためのもの』
『昔は開戦の合図はこれだぁっ。会長、御願い―――って何故にあっしを―――ぎゃああああっっ!?!?』

―――ビョヨオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!

『―――ォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 歓喜や闘気が統世学園中に溢れ返った。




「―――もう、大丈夫、かな・・・・?」

 瀞は校庭の木の上からそっと辺りを窺う。

「うん、人影無し。気配もなし。大丈夫」

 そっと下りた。そして、移動を開始する。

「みんな、大丈夫かな・・・・」

 思わずクラスメートを案じる言葉が漏れた。
 今の状況は極めて悪いと言える。
 委員長が立てた見立てでは最初はほとんどのクラスが宝探しに参加してどこかが何かを手に入れればそれの争奪戦が起こる。だから、手に入れるまでは本陣は安心だと判断していた。

「・・・・反則だよね、あれは」

 瀞は先程のことを思い出してため息をつく。
 しかし、開始直後、合計4クラスからA組は本陣急襲を受けた。
 それが原因で乱戦は1年生の各クラスで起こっており、バラバラになって戦う羽目になる。
 それで瀞は落ち着ける場所を求めて外に出たのだ。

「―――うりゃッ」「イヤーッ! それわたしのぉッ!?」「追い剥tぎだッ」「人聞きの悪いこと言うなッ!」「必殺、かか―――」「必殺拳返しッ」「ぐわぁッ!?」「フハハハッッ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変な学校」

 脱力感が身を満たすのに応じ、中庭のベンチに腰掛けた。
 それでも、異様に周囲を気にするその様は必死に餌を食べながら周囲を警戒するウサギのようだ。
 前いた学校は上品な感じだったが、ここに比べると「普通」と言える。でも―――

(みんな活き活きしてる)

 そんな環境にいて自分も何となく違和感がなくなってきているのが分かった。
 これは俗に言う「順応」という奴なのか、それとも元々そういう素質があったのかは分からない。

「―――ん?」

 ふと屋上に見知った顔が並んだ。
 合計で5人。
 確か弓術を選択した者たちだ。

「ま、まさか・・・・」

 1年生の校舎の外では2年生たちが探索、または戦闘を展開していた。そして、弓に番えられた鏃は間違いなく彼らに向いている。
 ニヤリと射手たちは嗤った。そして、放たれた矢は―――

『―――ギャアアアアアッッッッ!?!?!?』

 阿鼻叫喚の密集地帯にばらまかれた。そして、混乱を起こして被害が増大する。

「―――ガフッ」「さ、佐伯くん!? 大丈夫!?」「は、原田さん・・・・無事で良かった・・・・」「いや、ダメッ。しっかりしてぇっ」「はら―――ガクッ」「「「佐伯ィッ!?」」」「・・・・1年か!?」「くそぅ。年功序列を忘れるなッ」「ええい、返せ返せッ、1年を全員叩き潰せッ」「縦社会、バンザイッ」「「「「「バンザイッ」」」」」「愚かな1年に制裁をッ」「「「「「制裁をッ」」」」」

 口々に争っていた上級生から1年生への憎悪が吐き出された。
 彼らはドドド、と校舎の昇降口に殺到していく。
 それを見てA組のメンバーが別の出口から姿を見せた。
 その集団には外周に槍術・弓術に守られるようにして委員長などのホームルーム待機組もいる。そして、委員長は玉を入れるバケツを持っていた。
 バケツがあるところが本陣。
 ホームルームは放棄したと言うことらしい。
 要するに被害が増えるだけだから上級生乱入の混乱に乗じて撤退したということだ。今、校舎内は全学年入り乱れての乱戦で地獄絵図もかくやという有様だろう。

「うわぁ、冴えてるぅ」

 微妙にこの学校に染まりつつある発言を呟き、瀞はとにかく1年生からすれば鬼門になりそうな場所から逃走した。




「―――ふぅ、誰も、いないね・・・・」

 瀞はとぼとぼと上級生の廊下を歩きながらため息をついた。

(一哉に・・・・裏のこと、どうやって説明しよう・・・・)

 一哉には整理して教えたいから待って欲しいと言ってある。そして、何をどのようにして教えたらいいかずっと考えていたが、今でも分からなかった。
 それに本当に全てを聞いて一哉は態度を変えないのだろうか。
 ため息をつきながら歩く瀞は静寂に包まれる廊下で幽鬼のようだった。しかし、そんな瀞に声をかける者などなく、それ幸いと己の雑務をこなすのに必死だった―――のだが、

「―――や」
「ひゃぃっ!?」

 頓狂な声を上げる。
 誰かが後ろから走ってきていたことは気が付いていた。しかし、敵意がなかったので捨て置いていたため、瀞はビクンと肩を震わせる。

「わ、ビックリした」

 慌てて振り返った視界に長身でショートカットの少女が驚いた顔で立っていた。

「神坂、先輩・・・・」
「あ、覚えてくれてたんだね。ボクは嬉しいよ」

 にっこりと微笑み、手を取ってくる。

「じゃ、このまま演劇部に入ろう」
「全く関係ないですよ」

 瀞はげんなりした声でツッコミを入れた。

 神坂栄理菜。
 1年の時から演劇部で主役を務め、抜群の演劇力とカリスマを誇る。
 端正な顔たちで男役・女役関係なく演じ、男女ともに人気がある二年生の有名人だ。
 転校当初からずっと瀞をスカウトし続けている人でもある。

「そんなっ、キミのようなキャラを我が部は必要としてるんだよ」

 瞳に涙を湛え、どこからともなく照射されたスポットライトを浴びながら迫ってくる。

「キャラって何ですか、キャラって!?」

 中性的な容貌が間近に来て、思わずドキリとした。
 それを誤魔化すために声を大きくした瀞にふふんと笑ってみせる。

「キミのように小柄で黒く長い艶やかな髪と白い肌を持ったいかにも女役という可愛い娘」

 即答と淀みない口調。

「ふふ、それにボクはかわゆいものが大好きなんだ」

 すすっと細長い指が顎のラインを滑る感触に身震いして後退った。

「って思い切り先輩の趣味ですよね?」
「うん」
「うわぁっ」

 またの即答に頭を抱える。しかし、その清々しさに少し鬱々とした気分が晴れたような気がした。

「ははっ、そうそう。キミは明るく笑っている方がいいよ。背中からでも分かる暗さは似合わない。どういう悩みかは知らないけど、キミには全てを受け止めてくれる男の子がいるじゃないか」
「え?」

 顔を上げると先輩は背を向けて歩き去ろうとしている。

「先輩?」
「演劇部の件、考えといてね。待ってるよ。それと、この辺ももうすぐ物騒になるよ、じゃね」

 先輩はひらひらと手を振った。そして、そのまま廊下の角を曲がる。

「あ、そっか。先輩にはもうひとつの特徴があったっけ・・・・」

 無意識に笑みがこぼれた。

「ありがとうございました」

―――世話焼きという人気の理由が。

「へへ、なんか嬉しいな」

 他人に気遣ってもらえるのがこんなに心地よいのかと感心している時、後ろの角に人の気配を感じた。
 先輩の時とは違う、気配を隠そうとする気配。

「・・・・誰?」

 振り返りつつ、誰何の声を放つ。
 その動きにふわりと瀞の黒髪が弧を描いた。
 一瞬で日常から非日常へと切り替わった瀞が纏う雰囲気。
 それを感じ取ったのか、気配はわずかに満足そうに答える。

「―――久しぶりですね、瀞」
「あ・・・・」

 木々の間から聞こえた聞き慣れた声に瀞は四肢の力を弛緩させ、次の瞬間には硬直させた。

「もう、家出ごっこをしている場合じゃ、なくなってしまったんですよ、瀞。―――我が家は」






熾条一哉 side

「―――おい、こら」
「あ?」

 一哉はまぶたを開ける。
 すぐ前に晴也の顔があったのでとりあえず頭突き敢行。

「ぐぁッ、っいてて。何しやがるッ」
「いや、何となく」

 そう答えて首を回す。そして、伸びをして体を解した。
 屋上のベンチで居眠りとなれば首も痛くもなる。

「戦況は?」
「お前は少し仮眠を取ってた戦場指揮官かッ!」

 スパーン、と頭を叩かれ、夢の残滓が脳内から排出された。

「とりあえず、ここの下で1年と2、3年か激戦してる」

 それでも教えてくれる辺り、晴也も律儀な性格だと思う。

「上級生がいるのか?」
「はっはっは。委員長、冴えてるぜッ。おかげで綾香の監視も回避。暗躍できるってもんだぜッ、ひゃっほうっ」

 今にも踊り出しそうな表情でガッツポーズする晴也。

「お前って学内の治安を守る暗部じゃなかったか?」

 生じた頭痛をこめかみに手を当てて耐えた。

「ふん、それは不正委員会だ。暗部は『生徒会に楯突く者を排除せよ』だから、基本的に生徒会に迷惑かからなきゃOK♪」

 妙に楽しそうにVサインを繰り出す。

「・・・・・・・・好きにしてくれ」

(そういえば、瀞はどこ行った?)

「瀞は?」
「さあ? 乱戦でどっか行ったんじゃね? でも、あの戦いぶりだとそう簡単にやられないと思うけど」

 晴也もベンチに寝転がった。

「心配なら探しに行けば? いくら武勇が優れても統世の気風を知らなきゃなぁ・・・・」
「どっちだよ」
「渡辺さん、けっこう律儀というか真面目というか、そういう面あるだろ?」
「どういう面だよ」

 あまりにアバウトすぎる発言にすでに立ち上がっていた一哉は眉をひそめる。

「ほら、あんま人を疑わない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 否定はしなかった。

「普段ならともかく、今はクラス対抗球技大会の真っ最中」
「チッ」

 一哉は身を翻す。

「気を付けろよ。下は阿鼻叫喚の地獄だぞぉ」

 関係ない。
 邪魔する者は斬り捨てるのみ。
 一哉は武器を手に戦場へと乗り込んだ。






結城晴也 side

「―――あ〜あ、行っちゃった」

 晴也は開け放たれた屋上の扉を眺めて呟いた。

「ホント、【渡辺】が【結城】の管轄に何しに来たのかねえ?」

 ゴロッとベンチの上で仰向けになる。
 そこにはお気楽な愉快犯の雰囲気は隠れ、代わりに情報を分析するプロがいた。

「一哉も一哉で九州の【熾条】と関係あるのか、ビミョ〜だし」

 夏の日差しを気持ちよさそうに浴びる。

「だいたい一哉は秘密が多すぎるしなぁ。探れば烈火の如く反撃が来そうだし・・・・。姉貴の言う通り、様子見が妥当かね〜」

『―――ここだな!?』『間違いないわっ』『佐伯、町田、木坂たちはこの先の奴に殺られたんだ』『よし、行くぞ。ここまでに倒れた仲間のために・・・・敵を討つっ』『『『オオウッ』』』

「何だぁ?」

 ザワザワと扉の奥が騒がしい。

「1年どもっ。同志の仇、取らせてもらうっ」
「うげッ?」

(忘れてたッ)

 ここはA組の射手が矢を群衆に叩き込んだ場所。
 当然、校舎に押し寄せた上級生はここを目指していたはず。

「ちょうど、1人いるぜぇ」

 5人くらいの人間の眸がヤバイ感じの色に染まっていく。そして、晴也の血は冷えた。

「やっちまえッ」
「こうなったら自棄だ。かかってこいやァッ」

 晴也は腰辺りに握り拳を作って吼える。
 屋上でも乱闘が生じ、1年生校舎の激闘はピークに達した。










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