第一章「怪異への邂逅」/ 8
雨と夜の帳が落ちている住宅街。 その一角で戦闘音がしていた。 「―――せいっ」 「ひいいっ」 雨粒を電気分解させながら進んだ輝線は虚しくコンクリートの塀で四散する。 「外れた!?」 雷撃を放った少女は信じられないとばかりに言った。 「ひいよよっ」 「――っ、このぉっ」 嘲笑うかのように鳴いた鵺に少女は怒号と共に再び攻撃する。だが、それも呆気なく避けられた。 「どうして―――」 「前より力が増したってレベルじゃねえ、なっ」 後方に待機していた少年が風の刃を放つ。しかし、その無数の刃も咆哮に乗せられた【力】によって弾かれた。 「これ、ただの妖気じゃないわよ」 「ああ。ったく久しぶりに骨のある仕事だな」 鵺は対峙する者が己の敵ではないと悟ると悠々と移動し始める。 「逃がす―――」 「待て」 少年は追撃しようとした少女の腕を取った。 「どうして?」 「力押しじゃ勝てねえ。あれだけの【力】はそうそう見失わないねえし、奇襲するぞ」 「でも、あんなの野放しにはできないっ。もしまた人が襲われたりしたらどうするの!?」 「―――大丈夫」 「え?」 無責任な物言いをする少年に食って掛かっていた少女は突然の声にきょとんとする。 襟首を締め上げたまま顔を横に向けると塀の上に1人の見慣れた少女が立っていた。 「・・・・やっぱり、結界師、なんだ」 「・・・・この辺りに"人払い"と"箱庭"の重複結界を張った」 問いかけに首肯した少女は簡単に説明する。 「つまり、人はこの一帯に近づけない。家から出られない上に鵺はこの辺りからは離れられない。奴が建物内を襲撃しない限りは安全―――っておいおい」 少年がいきなり鵺の逃走方向を見遣った。 「何?」 「?」 二者の疑問の視線を受けた少年は頭をかきながら言う。 「【力】あるものには"人払い"効かねえや。―――例え、弱くとも」 少年の周りに渦巻く<風>は鵺による新たな犠牲者を知らせていた。 渡辺瀞 side 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 辺りはすっかり暗くなり、雨は満足したのか、少し小降りになっていた。 「・・・・帰って・・・・ない、のかな?」 瀞は明かりのないマンションの部屋を見上げて呟く。 「そっか。ちょっと見たかったんだけど・・・・」 落胆で傘を乗せた肩を落とした。 姿形は見なくてもいい。 一哉がそこにいる、という証拠を見たかったのだ。 「お世話に・・・・なりまし、た・・・・」 ペコリと頭を下げ、瀞は夜の闇に戻ろうとする。 「―――待てよ」 「・・・・え?」 いつからそこに立っていたのだろうか。 マンションの扉、その脇に黒い傘を差した一哉がいつもの少しぼやっとした表情で立っていた。 「え? え? ど、どうして?」 「その様子じゃ気配察知には自信があったんだな」 無警戒に一哉は近付いてくる。 「う、うん・・・・」 瀞は腰が引けていたが、その場を動けなかった。 「普段ならともかくさっきの瀞じゃ無理だ。心が乱れ切っていた」 「―――っ!?」 ビクンと肩が震える。 一哉が拘束するように柔らかな手つきで触れた肩から温かい感覚が広がっていった。 「・・・・怖く、ないの?」 「怖い? お前がか?」 「・・・・うん」 俯いて答えを待つ。 そんな頭上に答えが降り掛かった。 「ああ、―――怖いな」 衝撃が全身を貫く。 頭の中が真っ白になり、立っているかどうかもあやふやになった。 (や、やっぱり・・・・) 待っていたのは知的好奇心のためか、はたまた怖いもの見たさか。 どちらにしても自分を見る目は確実に変わっている。 「―――初めて作る料理とかは、特に」 「・・・・ふぇ?」 一哉の言葉に靄がかっていた視界が晴れた。 見上げた先には恐怖心など微塵も感じさせない一哉がいる。 「でも・・・・私は水を操るんだよ? その気になれば簡単に・・・・ホントに簡単に一哉を殺せるんだよ?」 「ヒトがヒトを殺せるのは当たり前だ。武器や兵器という『ヒトがヒトを殺すための道具』が存在し、人類史の大半は同族同士の殺し合いだ」 いつもの抑揚のない口調。 「その結果、ボタン戦争の時代になったな」 「・・・・だから、何?」 瀞は一哉の言葉の意図が分からず、首を傾げた。 「誰でも人を簡単に殺せる時世だ。―――その気になれば、な」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ってことで生かすか殺すかはその者個人の心次第」 一哉は肩を掴んでいた手で瀞の小さな頭に触れる。 「瀞は何の謂われもなく、そんな行動を起こす奴じゃないだろ?」 再び俯き、頭上の大きな掌の感触を噛み締めながら言った。 「・・・・違う。それじゃない。私は"武器も使わず、指一本動かさず"、ヒトを殺すことができる【異端者】なのっ!」 ヒトがヒトを殺せるなど分かり切っている。しかし、それには物理法則に則った技法・技術を用いていた。 「私はヒトがヒトと定義した枠に収まらないんだよっ」 バッと一哉の手を振り払う。 2人の傘が闇を舞い、骨が折れる音を響かせて落下した。 「・・・・生物を本当の意味で定義できるものはない。生物学には例外が付きもの。しかし、それを非生物とは言わない」 瞬く間に濡れていく一哉の手が顔を背ける瀞の頬を捕らえる。 「あ・・・・」 「ヒトという種の中に水を操る者がいる。―――"ただ、それだけ"のことだ」 しっかりと顔を固定され、視線だけでも逸らそうとする瞳を鋭い眼光が射抜いた。 「あ、う・・・・」 「渡辺瀞は水を操ることができる、ちょっと恐がりな女の子だよ」 「あ、ぅぅ・・・・ぅぅっ」 「結論はこうだ」 確かな意志が瀞の抱えていたものに届く。 「瀞が瀞であることには変わりない。―――例え、指一本動かさずに俺を殺せるとしても」 「うわあああああああああっっっ!!!!!!!」 心の深層で凝り固まっていた恐怖が四散し、弾け飛んだ安堵と歓喜とその他諸々の感情は瀞を衝き動かした。 「うおっ!?」 ドン、と結構な勢いをつけ、瀞は一哉の胸の中に飛び込む。そして、きつく服を掴んで逃がさまいとした。 「え、えーっと・・・・」 「ヒック・・・・いちやぁ・・・・うう・・・・えぐっ」 相手に恐怖されるという恐怖。 それは二度と消えないだろう。だがしかし、この受け入れてもらえるという快感も忘れない、絶対に。 「あ〜、ほら泣き止め」 ポンポンと優しく叩くように一哉は撫でてくれた。 「〜〜〜〜〜〜っっっっ」 ぎゅっと一層強く抱き着く。 「うわっ。お、おい・・・・」 鼓動と温かさに眩暈がした。 どうやら、優しさに酔ってしまったようだ。 これを知ってしまったからにはもう離れられない。 瀞はこの幸福をもっと味わおうと一哉の背に回した手の力を込めた。 「いちやぁ・・・・ぐす、いちや〜・・・・」 途端に甘えた声になるが、今日ばかりは許して欲しい。 一哉は光を差してくれるだけでなく、光の中に連れ出してくれたのだ。 統世学園での学園生活、ふたりでの共同生活など、瀞には新鮮で楽しいことばかり。 本当の意味で笑った回数はここ数日で記憶していた数を超えている。 (こんな日が・・・・続けばいいのに) そう思ってしまうほど幸せで―――そう、思ってしまえば壊れてしまうという現実だった。 「・・・・何だ、アイツ・・・・?」 「え?」 訝しげな声に一哉と同じ方向に顔を向ける。 「え!?」 頭は猿。 胴は狸。 尾は蛇。 手足は虎。 声はトラツグミに似るという怪獣。 「―――ぬ、ぬえ・・・・」 信じられないという瀞の声。 「―――ひいよぉっ!」 陰気な声と共に爆発した妖気が住宅街のコンクリート塀を粉砕した。 対鵺戦 scene (―――ぬえ・・・・? 鵺だと!?) 近衛天皇の時世、源頼政が紫宸殿にて射落としたという伝説の生物だ。 「――― 一哉っ」 「おうっ?」 突然突き飛ばされ、たたらを踏む。 その反作用でくるんと反転した瀞は遅れて黒髪が背中に集まった時、すでに戦闘準備を終えていた。 「一哉は下がってて」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 無言で従いつつ、一哉は驚く。 瀞は体の回りに水の槍を浮遊させ、大きな瞳を鵺一点に据えていた。 その水を操る原動力は――― ("気"・・・・?) 思わず己の"それ"を見る。 一哉の"これ"は瀞の"それ"と酷似していた。 「おい、しず―――」 抱いた問いをそのまま問い掛けようとする。しかし、それより早く、瀞が動いた。 「―――せっ」 水の槍が穂先を揃え、鵺向けて飛来する。 「ひいよっ」 咆哮そのものに【力】を持ち、水を迎え撃った。 ―――ドオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!! 水と音が鎬を削り、互いに磨り潰す。 「ひよっ」 鵺が虎の足で地面を踏み鳴らした。すると鬩ぎ合っていた双方の攻撃が散る。 「え!?」 「ひぃよぉっ!」 今度はアスファルトを踏み砕き、神速を以て一気に距離を詰めてきた。 口の中に揃う鋭い歯と体毛に染み込んだ血の臭い。 「―――っ!?」 瀞はその臭いに恐怖したのが遠目でも分かる。 「瀞っ」 活性化させていた"気"を足に集め、爆発させるようにして瞬時に加速した。 (間に合うか―――) 焦燥を顔に浮かべる。 一哉は瀞の斜め後ろにいたため、両者の間合いを正確に把握していた。 冷静な分析結果、瀞が何らかの防護策を採らない限り、間に合わない。 「―――っ」 瀞がぐっと歯を食い縛ったのが見えた。そして、その足下から水塊が跳ね上がる。 「びぃっ?」 アッパーの要領で下顎に命中し、鵺は無理矢理にも口を閉じさせられて仰け反った。 「―――ふっ」 キュッと一哉の靴がアスファルトを踏み締める。そして、急停止によって反動が足から上体へと駆け巡り、"気"と<気>の混合体となった。 「ハッ」 ―――ドゴンッ! その暴力を纏った拳を横面に受けた鵺は住宅の生け垣を破壊し、その奥に消える。 「一哉・・・・?」 「まだいろいろ訊きたいが・・・・あれは何だ?」 問い掛ける間も、体を起こして赤く目を光らせる怪獣から視線を外さなかった。 戦場で相手から目を離すほどの愚挙はない。 「・・・・鵺。妖魔の一種だよ。しかも・・・・かなり格上」 一哉の参戦に奮い立ったのか、しっかりした物言い。 「"私達"、退魔を生業とする者の――敵だよ」 「―――ひよぉっ」 「「―――っ!?」」 咆哮に乗せられた【力】に瀞は迎撃の水壁を展開しながら怯んだ。 「―――はぁっ」 「ひぃ!?」 「・・・・え?」 【力】と水の鬩ぎ合いの横合いから一哉の回し蹴りが鵺の左肩にめり込む。そして、足の甲で弾ける膨大な"気"が鵺を押し返した。 (す、すご・・・・っ) 呆然とその雄姿を見つめる。 なんて"気"の量なのか。 直系術者の平均ですらはるかに上回っているそれをふんだんに使って繰り出される攻撃。 それは一撃一撃が乗用車を破壊しかねない威力を誇っていた。 「ひぃっ」 鵺の大振り一撃は虚しくコンクリートを砕く。 「ひよっ」 「あっ!?」 蛇の尾が前足を避けた一哉の腕を待っていたように裂いた。 パッと鮮やかな深紅が散るが、一哉の動きは止まらない。 「せっ」 真上から腰に落とすように放たれた掌打は持ち前の打撃力を以てして、強制的にお座りさせる。 「よしっ」 「ええ!?」 バッと上着を払って腰に手を伸ばした一哉が取り出した物。 それは拳銃だった。 「・・・・げっ」 空薬莢がアスファルトを跳ねる音の中、一哉の呟きが聞こえる。 超至近距離というかむしろゼロ距離からの銃撃は跳弾になって四散するという結果だった。 「ひいよっ!」 「―――ッ!?」 体表から湧き起こった【力】は一哉を中空に跳ね飛ばす。 さらに尾の打撃を喰らわせた。 「一哉っ、大丈夫!?」 ようやく間に入ることのできた瀞は側に駆け寄って安否を確かめる。 「硬いな、あいつ・・・・。拳が砕けるかと思ったぞ。・・・・頼政の剛力さ、恐るべし」 彼はアスファルトに片膝をつき、拳をわずかに赤く腫れさせていた。しかし、見たところ骨まではいっていない。 「よかった・・・・」 ほっと息をつき、瀞は額に張り付いていた前髪を払う。 「ありがと、一哉。もう私で大丈夫だから・・・・たぶん」 伝説級の鵺を倒す自信はなかった。だが、これ以上一哉に裏の仕事は任せられない。 「でも・・・・雨は私の味方。そして、私は―――」 目を閉じた瀞の周囲に<水>が集まり出した。 今の時期――梅雨では水術師の召喚速度は他の季節と比べ、格段に早い。 あっという間に喚び寄せた精霊数は諸家の者では到底集められないほどとなった。 「―――"浄化の巫女"だから」 二つ名。 それは優れた術者に送られる名。 「ひいよ・・・・」 膨れ上がる【力】に鵺が呻く。 「はぁっ」 瀞が声を発すると彼女の背後で水柱が湧き上がった。 長い髪を逆立たせ、渦巻く奔流を背負った瀞は一種の荘厳さを纏っている。 「瀞・・・・すごいな」 「一哉もすごかったよ。素手で鵺と戦うなんて・・・・普通できないよ」 素直に感心した言葉に瀞は失笑した。 水流は先の方で枝分かれし、ドリルのように回転しながら鵺を指し示している。 「鵺って確か、射抜かれて死んだんだよね・・・・」 その呟きに水枝が細長くなり、総数を増やした。 「いっけぇっ!」 「ひいよぉぉっっ!!」 ―――ドオオオォォォォンンンッッッッ!!!!!! 弩箭のような水流の第一波が鵺渾身の咆哮と激突する。 「ひよおおおおっっっっ!!!!!!」 すさまじい【力】を乗せた咆哮が水流を押し返した。しかし、散った水滴をも呑み込んだ第二波・第三波が音の防壁を貫く。 水流はコンクリートを砕き、アスファルトを穿ち、それらの破片すら磨り潰した。 「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」 前屈みになって息を弾ませる。 砂塵は水流と雨が洗い流し、砕け散ったアスファルトの上に鵺が倒れているのを見ることができた。 「はぁ・・・・や、やった・・・・?」 ―――ピクリ 「ひぃ・・・・」 「う、うそっ!?」 ズザッと後退る。 「ひ、ひよ・・・・ひぃぃ」 ゆっくり身を起こした鵺は満身創痍ながら放つ妖気は先程をはるかに上回っていた。 「ひぃぃ・・・・」 紅い双眸が報復の意志を込め、瀞を睨む。 「うっ・・・・」 威圧に屈し、また一歩、後ろに下がった。 「そ、そんな・・・・っ」 さっきの攻撃にかなりの自信があったのか、すっかり瀞は怯んでしまっている。 その顔に悲壮感を宿らせ、蒼白になっていた。 「ひぃぃっ」 飛び掛かろうと鵺が四肢に力を込める。 そんな時、血生臭い戦場に似合わぬ一陣の風が舞い降りた。 『―――ご苦労さん』 『後はあたしたちに任せて』 「え?」 「ん?」 耳元まで"風で運ばれてきた声"を聞く。 自然と上空を仰ごうとするが―――降り注いだ四条の突風に阻まれた。 ―――ズガガッッ 鵺の前後左右に突き立つ矢。 それを支柱にし、壁のように風は渦巻いて鵺を閉じこめる。そして、その箱庭を押し潰すかのような豪風が同じく上空から吹き落とされた。 「ひ、ひよっ!?」 まるで大きな手に押さえつけられたかのように身動きが取れない鵺がもがく。 そんな鵺を―――天上より奔った光の束が豪風を蹴散らして穿ち抜いた。 ―――ドオオオオオォォォォンンンン!!!!!!!! 一瞬で網膜を麻痺させる閃光と耳をつんざく轟音。 「「・・・・・・・・・・・・っっ・・・・・・・・・・・・」」 砂塵の晴れた先を見つめた2人が息を呑む。 「い、一撃・・・・っ」 そこには炭化し、煙を上げる鵺の死骸があった。 Epilogue 「―――あ〜・・・・」 今年は梅雨後半の雨は少ないのだろうか。 本当の世界の片鱗を見てから3日。 空には蒼穹が広がっている。 「風があるから蒸し暑くない。なかなかに快適」 一哉は屋上に備え付けられたベンチに横になっていた。 「しっかし、あそこに見えるハンモックは誰が?」 サワサワと木々を駆け抜けた風が前髪を揺らす。 半分、微睡んでいた感覚が授業終了のチャイムを聞き取った。 「英語が・・・・終わったか」 「さて、帰るか」と立ち上がろうとした時――― ―――バンッ 「一哉いる―――きゃあっ!?」 何者かが扉の方向で悲鳴を上げる。 何事かと視線を向けると急に扉を開けたため、強風となった風にスカートを遊ばれている瀞がいた。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 奇妙な沈黙が下りる。 「・・・・見た?」 両者の距離は沈黙の間に詰まり、先程の言葉を発した時、瀞はベンチに座る一哉の目の前にいた。 「見たよね?」 「あー・・・・」 (こういう時はどう反応すればいいのだろうか・・・・) 一哉が見たものは翻る赤い制服のスカートとその中に隠されていた白く細いながらも柔らかそうな太もも。そして――― 「――― 一哉っ」 「うお!?」 「それ以上、思い出さないで」 底冷えするような低い声。 「わ、分かった・・・・」 コクコクと頷いた一哉に満足したのか、ポスンと瀞は隣に腰を下ろす。 「で? 何か用か?」 「英語の先生から伝言。というか、宣戦布告」 「・・・・・・・・・・・・どんな?」 「『後1回サボってみろ? 容赦なく夏休みを消してやる。目指せ、全科目補習!』」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解」 一応返事をして背もたれに体を預けた。 自然と視線も空に向かう。 そよそよと心地よい風と心が晴れるような晴天。 「う〜ん、気持ちいいね〜」 左手は腿の上、右手は日差しを避けるように額近くに添えた瀞は本当に気持ちよさそうな声を出した。 「夏だね〜」 「日本の夏は蒸し暑いらしいな」 「うん。すぐ汗が出ちゃうよ」 「汗拭きタオルは必須だな」 のんびりと雑談に浸る。 「あははー―――何も訊かないよね、一哉って」 瀞がこの3日、抱えていたものを吐露した。 「・・・・訊いて、ほしいのか?」 「分からないよ。でも・・・・教えなくちゃいけないと思う。もう、完全な部外者でもないし、一哉なら私の話すことを信じてくれそう」 「そして、信じても瀞への態度は変えない。安心しろ」 この言葉に瀞は頬を赤く染める。 「うん。一哉は私を受け入れてくれたから・・・・」 恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに瀞は微笑んだ。 その柔らかな笑顔に思わず頬が緩む。 ―――キーンコーンカーンコーン 「うわっ、チャイムっ」 バッと立ち上がった瀞は扉に駆け寄っていった。 (受け入れる、か) その後ろに続きつつぼんやり考える。 それが瀞の不安を貫き、心の扉を開く鍵となった。 今の瀞は活き活きしている。 心を許せる相手、自分を受け入れてくれる相手がいるとこうも人は変わるのだろうか。 (そういや、瀞は初対面に近い状態の時にはもう、俺を受け入れていたんだよな・・・・) 拳銃を出しても怖がらない点。 "気"を使っても動揺しない点。 これらは事前に知っていた節がある。おそらくは厳一にでも聞いたのだろう。 (妖魔、精霊術師。そして・・・・親父) 「はぁ、全く」 やれやれという感じでため息をついた。 (さすが先進国。抱える闇の深さも世界有数か?) 「――― 一哉ぁっ。早く〜」 心の中で故国を揶揄していると催促の声がかかる。 いちいち待っている律儀さに失笑し、小走りになった。 (裏と表を行き来する、忙しい生活になりそうだな) 一哉はふっとわずかな笑みを漏らす。 「あ、ほら先生来たっ」 「何!?」 「ふっ、熾条・渡辺っ。貴様らの思い通りにはいかせんっ」 「うわわっ、走り出したっ」 「急げ、瀞っ。廊下を走るという非常識な教師に負けるな」 「速ッ!?」 ―――こうして廊下での競争が始まった。 梅雨の終わりと期末テストへのカウントダウン。 世間は夏に向け、ラストスパートを始める。 それには関係なく、今日も統世学園関係者は元気だった。 「「―――セ、セーフ」」 「や、やはり・・・・年は、取りたくないものだ、な・・・・ガフッ」 チ〜ン |