第一章「怪異への邂逅」/ 7
「―――フフ、結界師は討滅を"風神雷神"に頼みましたか」 結界内を見通す魔術を己の両眼にかけたスカーフェイスは路地裏の出来事を一部始終見ていた。 「もう少し、強くないと・・・・面白くないですね。―――やれ」 近くでライフルを構えていた重装甲の者に言う。 スコープで鵺を狙っていたその者は引き金を引いた。 「フフフ」 視線の先ではフラつく身体で逃げていた鵺が殴り飛ばされたように倒れる。 「フフフフフフッ」 ヨロヨロと立ち上がり、頭を振った鵺は醜悪な姿にもうひとつ、不気味なものを 加えていた。 「さあ、頑張ってください。裏世界に威名を轟かす"風神雷神"を相手に、フフ」 ―――赤い眸という、禍々しいものを。 熾条一哉 side 「―――さて、そろそろか」 一哉は雨は降っていないが、傘を持ち歩きながら宵の街を歩いていた。 町中には行かず、住宅街を徘徊する一哉は周囲を警戒しながら己の考えをまとめる。 4日前、厳一からの報告で渡辺家のトップ層を押さえ込むことに成功したとあった。しかし、渡辺家は強大でその末端まで指示が行き届き、また納得されるまではかなり時間がかかるらしい。 さらに今回は令嬢失踪だ。 その捜索の任を受けていた者が突然、終了の命を下されればどうだろう。 自分たちが信用されていないと勘違い、もしくは決定に不満を持つ者が当然現れる。 そうした者を上司に持つ最末端が独断で動くことも考えられる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 角を曲がり、小さな公園に入る。 すでに子どもたちの姿はなかった。 いや、もしかすれば昨今のテレビゲームブームの影響でここも寂れているのかもしれない。 「―――熾条、一哉だな?」 声に一哉はゆっくり振り返った。 「―――どうして、こういう状況になっているか、分かるな?」 公園に二つある出入り口に人影。 正面に3人。後ろに2人。 「だいたいは」 末端の意見では令嬢を守る力があるかどうかを試す、という一見、忠誠心。 実際は鬱憤を晴らすための良いサンドバッグ。 死んでしまえば「弱かった」で終わり。 連中にしては痛くも痒くもないに違いない。 「―――じゃあ、細けえ問答はいらねえよなぁっ」 ニィ〜、と嗜虐的に口元が歪み、体が戦闘態勢を取る。 「なっ!?」 だが、先手を仕掛けたのは一哉だった。 突進の体勢のまま男の鳩尾に突撃の勢いを乗せた拳を叩き込む。 強力な打撃に吹っ飛んだ男は地面に背中を強打して昏倒した。 「「「「―――っ!?」」」」 全員が本気の戦闘態勢に入るが―――遅い。 完全に不意を衝き、この戦場は一哉が支配している。 彼らは無抵抗から抵抗の意志を示したに過ぎないのだ。 「いくぞ」 一哉は生まれた頃より体に溢れる"気"というものを繰り、男たちに肉薄した。 一哉自身も渡辺家のように裏の人間であった。 この国ではただの高校生だが、外国――中でも中東――では名の通った軍人だ。 「ふっ」 マニュアル化された動きではない。 明らかに戦場を肌で感じ、そこで得た戦闘術を駆使して一哉は平和とされる日本でも存在した裏の人間を打ち倒す。 武芸などを習った程度では到底刃向かえない、実戦武術が一哉の戦闘方法だった。 「―――ふぃ〜」 地面に5人の人間が寝転ぶまで、そう時間はかからなかった。しかし、相手も実戦を積んでいるのか、元々戦闘訓練を受けていたのか、半端な強さではなかった。 (戦闘、訓練だと? 渡辺は諜報員でも生み出す機関なのか?) この時世、軍人以外の者が戦闘訓練を受ける場合、普通は護身術や捕縛術だ。だが、この者たちは明らかに相手を"殺傷"するための動きをしていた。 一哉と同じ、人を殺すための術。 「瀞・・・・。お前は、いったい・・・・」 「―――へえ、やるもんだな」 「―――っ!? まだ、いたのか」 一哉は声のした方面を見て、ひとりの男を発見した。 戦場にそぐわない、両手をポケットに入れた格好で現れた男は地面に伏した仲間を見て、舌打ちする。 「チッ。たかが高校生のガキ相手に情けねえぞ、テメェら」 倒れた仲間に毒づいた男はそのまま無警戒に靴を鳴らして歩いてきた。 先程の男たちからすると、ただの人の感じが強い。しかし、身に纏う空気は彼らに酷似していた。 (いや、それ以上か・・・・) 男たちは戦闘訓練を受けていただけの、言わば素人。 この男だけは実戦経験を積んだ歴戦の兵の雰囲気があった。 「よう、熾条一哉。お嬢様を拐かした気分は、どうだ?」 「誰も拐かしてなどいない」 答えつつ、一哉は立ち位置を確認する。 「へえ? でも、お嬢様が進んで他人の家に、しかも男の家に厄介になるとは思えないんだけどなぁ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 確かに。 瀞は実に謙虚な部分があったりする。 いきなりの下宿など、例え相手が了承していても断る確率が高い。 「まあ、いいけどな。オレが気に食わねえのは年寄り連中に役立たずって見られることなんだよぉっ!」 叫びと共に男に【力】が流れ込むような感じがした。 (何だ?) 一哉は意識を集中させる。しかし、男が集め、練り込んでいる"モノ"は【科学】では証明できぬモノ。 それは徐々に量を増し、よく知るものとして顕現した。 「・・・・水?」 「水は水でもただの水じゃねえぜぇっ!」 「なっ!?」 男から放たれた水流はまるで水道管が爆発したように突き上がり、彼の背中を覆い尽くすほどの量を貯め込む。 「おいおい、水を操る、のか・・・・」 「そう、お前が喧嘩売ったのは<水>の精霊を使役し精霊術師――水術師なんだよっ」 ドバッと大量の水が津波のように一哉に迫った。 「うごっ!?」 純粋な物量に一哉は容赦なく押し流される。 「ガハッ」 その体は小さな公園に所狭しと置かれた遊具に激突し、遊具を軋ませながら止まった。 「ぐぅ・・・・ゲハッ」 咥内に鉄の味が広がっていく。 「へえ、けっこうタフだな、お前」 男は未だ手をポケットに入れていた。 まるでそれが余裕の表れのようだ。 「お前は強いよ、"表"の人間レベルには。水術も使えない末端中の末端連中よりはよっぽど」 すっと右手をポケットから出し、宙にかざす。 「だが、相手が悪かったな!」 それに伴いまた膨大な量の水が彼の掌に集い出した。 「くっ」 体に動けと命じるが、全身を貫いた衝撃が大きすぎてうまくいかない。 さすがに一哉でも先程の攻撃を真上から受けたら無事では済まない。 「さあ、死ねっ」 男が腕をしならせ、水流を振り下ろした。 それは絶望的な質量と勢いを持って一哉に雪崩れ落ちる。 「―――ダメェェッッ!!!!!!!!!」 水の先が一哉に触れた時、どこかから聞き慣れた声がした。 渡辺瀞 side 「―――ふぅ・・・・。よかった」 瀞は紙袋を抱えながら独り言を呟く。 統世学園に転校してから1週間が過ぎた。 何やら最初に一悶着あったものの普通に生活できている。 4日前、一哉の父――厳一からの電話で渡辺のトップとの会見を終えたことを聞き、一応は追っ手の恐怖から逃れた瀞は学園生活を満喫(?)していた。 今日は休日で友人の山神綾香の誘いで衣服関係の店を回っていたのだ。 「へへ、いいとこ教えてもらっちゃった」 駅前も品揃えがいいのだが、やはり少々高かった。しかし、綾香が教えてくれた店は手頃な値段でなかなかの物が揃っている。 「・・・・と言っても、しばらくはいらない、か」 瀞は腕の中の荷物を見遣った。 両手で抱えるような荷物。 「早く帰った方が、いいかな・・・・」 瀞は空を見上げて言う。 梅雨のために連日雨は降り続けていたが、今日は中日なのか晴れ間が広がっていた。しかし、今は少し黒い雲が出ている。 「あ・・・・」 ピクン、と瀞は争いの気配を察知した。 「う、そ・・・・。こんな町中で・・・・しかも、結界を張らないなんて――――」 驚愕と焦燥を浮かべ、大急ぎで走り出す。 索敵力があまり高くない瀞でも知覚できるということはそれだけ近いと言うこと。 「―――っ!?」 小さな公園の入り口に着いた瀞が見たものは―――"水塊"に押し潰されようとしている一哉だった。 「―――ダメェェッッ!!!!!!!!!」 己の血に宿りし【力】を活性化させる。 激怒していた、"表"の人間に―――いや、一哉に攻撃したことに。 「―――なっ!? 貴様ぁっ!!」 一哉を押し包まんとしていた水塊が一瞬で霧散する。 その事実が男から理性を奪い去った。 「邪魔を―――」 男は自らの術を阻まれたことにプライドを傷付けられ、顔を赤らめて赫怒する。 「―――するなぁっ!!!」 その程度の情感で"畏れ多くも"瀞向け、水をけしかけた。 ―――ドオオオオォォォォォッッッ!!!!!!! 怒濤の勢いで押し寄せる津波は小さな身体など簡単に打ち砕く衝突力を有している。だが、それを前に瀞は逃げずに半身の姿勢で左手を突き出した。 「―――うるさいよ」 出力最大にし、勝利を確信していた男以上の怒りを静かに燃え広がらせていた瀞は、拳を何かを握り潰すかのように握り込む。 それだけで津波はパァンと弾けて四散した。 「何ィッ!?」 愕然とし、身を固まらせる男を睨んだまま、散開した水の精霊――<水>を召集する。 「水に形を与えられない三流が―――」 水は6本の槍を象り、瀞の眼前に展開した 「私の大切なものを傷付けるなぁぁっっ!!!!」 蒼い輝線を残し、水槍は宙を駆る。そして、男の頭上、両頬、両脇、股下のギリギリをかすめ、他の物を傷付けることなく男のすぐ後ろで消失した。 「な、何・・・・?」 圧倒的・絶対的な【力】の差。 「ま、まさ・・・・か」 男は全身を戦慄かせ、震える声で自分が対峙する者の名を呟く。 「わ、渡辺宗家・・・・当代直系次子、渡辺・・・・瀞、嬢・・・・」 「これ以上、私の前に立たないで」 「ヒッ!?」 情けない声を上げて後退った。 そこに最早、一哉を小馬鹿にしていた不敵な態度はない。 蛇に睨まれた蛙 それが今の状況を正確に表す言葉。 「早く、私・・・・我慢できなく、なるから・・・・」 瀞の周囲に再び水の槍が展開した。 その数は数十。 膨大な【力】が先駆けとして男の身を打つ。 「ヒィ・・・・あ、アア・・・・」 瀞が必死に抑え込もうとし、結果、溢れ出ただけの【力】に畏怖した。 それだけでも自分を何度殺せるか、推測もできないのだから。 怯え続ける男に瀞はたった一歩だけ、歩みを進める。 「ヒ、ァ・・・・。―――も、申し訳ありませんでしたぁぁっっ!!!!」 己が攻撃した者とこれ以上敵対した場合の未来を明確に理解した男は、取る物も取り敢えずその場から逃げ出した。 「ふぅ・・・・」 瀞は深いため息をつき、内から慣れない激情を吐き出す。 流れ込んできた夜風がひやりと熱くなった身体を冷ましてくれた。 「―――瀞」 背後からの声に瀞はビクリと肩を震わせて反応する。そして、その声にほんの少しだけ、だが確かに含まれた不信感に気付いた。 何故なら人の顔色を見るのは自分の処世術のひとつだからである。 「・・・・お前―――」 「さよならっ!」 バッと左手に持っていた荷物を投げ捨て、いつの間にか降り出していた雨の中に走り出した。 ―――ザァァァァ・・・・ 「―――はぁっ・・・・はぁっ・・・・はぁっ」 梅雨後半特有の豪雨が痛いほど降り掛かる中、瀞は全力疾走で走っていた。 肺は酸素を思うように確保できず、心臓は爆発しそうなほど忙しなく動いている。 四肢の動きは肌に張り付く衣服の抵抗で鈍く、しかし、それでも前へと当てもなく足を運んでいた。 「うくっ・・・・はぁっ」 橋の下の空間に駆け込む。 人間としての条件反射で雨宿りをしたのだ。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 荒い息を吐きながら膝を抱え、その膝に顔を埋める。 酸欠でクラクラする頭に浮かぶのは一哉の顔。 初めて会った時、包み込むように甘い紅茶をくれた男の子。 彼にとって気まぐれの行為でも瀞にとっては、闇の中での光だった。 その顔が初めこそ驚愕だったが、次第に恐怖に彩られていく。それもその恐怖は死にかけたことではなく、「渡辺瀞」という存在に向いていた。 「―――っ!?」 ずきんと胸の奥に痛みが走る。 「うっ・・・・ぐぐ・・・・」 人に"ヒト"と見られず、"違うモノ"に見られるのが嫌だった。 (・・・・分かってるよ) 息を整え、少し落ち着いた瀞は悄然とした瞳を川の水面に向けながら思う。 (ヒトに対抗できない"モノ"に対抗できること自体、すでに恐怖対象なんだって・・・・) だから、親しい友人を作らないようにしていた。―――近しい者に拒絶されるのが、何よりも応えるのだから。 「もう、一緒には・・・・いられない、よぉ・・・・」 ゆっくり立ち上がる。 一哉が自分にとって近しい者になっていたと再認識した瀞は、ふらふらとゆっくりとした足取りで歩き始めた。 熾条一哉 side 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 降り出した雨が全身を濡らしていった。 小粒の水滴が遊具を打ち、弾ける音が鼓膜を震わせる。 髪の先からポタポタと水滴が落ち、早く拭かねば風をひいてしまうレベルまで濡れているというのに一哉は動けなかった。 熾条一哉という体に宿った驚愕とはそこまでの効果を発揮しているのだ。 だから、結果的に一哉は瀞を追うことができなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」 追うべきだとは分かっている。しかし、足がどうしても動かなかった。 (・・・・お前は、いったい・・・・) 一哉は銃器を持つ相手でも、修めた体術を以てすれば退けることができる。しかし、水を操る相手に不意打ちとはいえ、一敗地に塗れた。 そんな奴を瀞は三流扱いし、同じ【力】の種類で、しかし、圧倒的な差を見せつける。 たった一撃で戦意を挫き、潰走させた瀞も何かに怯えるように逃走。 一哉はたったひとり、襲撃者たちが倒れた公園に残されることになったのだ。 「・・・・瀞は、怯えられることに怯えていたのか・・・・」 仲良くしていた者に異能を見せ、恐れられるという例は小説などではお馴染みの展開である。そして、それを気にせず追いかけるということも。 それを根本から失敗していた。 ということは確かに、一哉は瀞に恐怖していたのだろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・異能、か・・・・」 ようやく動くようになった手を握り込むようにして感覚を確かめる。 「あんな種類も、あるのか・・・・」 実は一哉、人知の及ぶところではない現象を見るのはこれが初めてではない。だが、あそこまで圧倒的で神秘的な様を見たのは初めてだった。 (これが・・・・裏?) 国の盛衰を賭け、暗躍する諜報部など深層は深層でも表の一部。 所詮は物理法則に縛られた存在だ。 本物の裏の住人は表の法則すら無視してしまう人間や現象のこと。 「―――って俺は何を"分かり切ったこと"を考えてるんだ?」 そう、一哉はそれが裏だとすでに知っている。 (なにせ、俺も『軍人』という表の職業を隠れ蓑にした歴とした―――) 「―――"裏の人間"だから、な」 ブワッと身から溢れ出す膨大な"気"。 それは展開の一瞬だけ降り落ちる雨を吹き飛ばした。 地面も一哉中心に半径1メートルほど奇妙に凹んでいる。 "気"。 一哉が生まれた頃より体に宿す不可思議な【力】だ。 活性時には常人以上の身体能力・耐久力を発揮し、発頸の要領で射出も可能。さらには体の延長として武器の強化もできた。 「―――水を操るから、何だ?」 一哉は目の前に持ってきていた拳を見つめながら自問した。 それはここ一週間を過ごした記憶から容易に引き出される。そして、それに従って歩き出した。 「簡単だ」 大粒に変わった雨がまるで一哉の進路を阻むかのように体を打つ。 それでも一哉は地面に転がった荷物を拾い、一瞬だけ公園内を一瞥して家路に就いた。 瀧村光雄 side 一哉が公園を去って数分、水術師――瀧村光雄は再び公園に舞い戻っていた。 その顔は先程まで一哉を嘲笑っていたとは思えないほど憔悴している。 「―――やべえ・・・・。渡辺宗家に手を出せば俺たちは生きてられねえぞ」 彼は瀞の怒気を受けて逃走したが、その怒気を取り除かない限り一族郎党が皆殺しの憂き目に合う可能性がある。 だから、決死の覚悟で帰ってきたのだ。 「どこだ? まだ、あいつら殺られてねえし・・・・近くにいるはずなんだ・・・・」 彼の視界には一哉に倒され、昏倒している部下たちが五体満足で転がっている。 「どこにいるんだ?」 彼は公園の中央に立ち、ぐるりと周囲を見回した。しかし、どこにもあの直系術者は見つからない。 「・・・・へ、へへ・・・・。見逃されたってことか・・・・?」 強ばった体から安堵で力が抜けた。 光雄の戦歴は十年近い。 その間に幾度も死線も越えてきた。 普通に考えれば戦闘で高校生の小娘に遅れを取るはずがない。しかし、渡辺瀞という少女は違う。 こちらのどんな攻撃も彼女を傷付けることはできず、彼女の放つ何気ない攻撃は自分を容易に消し飛ばすことが可能だった。 故に奇襲などと弱者の戦法は採らないはず。 ここにいないのならば、この場を去ったのだ。 「ふぃ〜」 どっと疲れが出た光雄は膝から崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」 冷静になってから、ようやく気付く。 辺りに漂う―――"妖気"に。 「―――っ!?」 戦士としての勘が光雄を突き動かした。 ―――ガガンッ!!! 硬い公園の地面がバターのような滑らかな断面を見せてえぐれる。 「なっ!?」 慌てて体勢を立て直した光雄の前に堂々たる姿を見せたのは――― 「ぬ、え・・・・なのか?」 脅威が去った後の脅威。 それに一瞬だが、光雄の体が縛られた。 「―――ひいぃぃよぉぉっっ!!!!」 鵺が咆哮と共に妖気を爆発させる。 その膨大な力は地面に転がっていた男たちを数メートル先まで吹き飛ばし、同じく動きを止めていた光雄をジャングルジムに叩きつけた。 「ガハッ」 全身を駆け抜けた衝撃に肺の空気を全て吐き出す。 一瞬だけ呼吸困難に陥った光雄は敵を見失った。 「ど、どこに!?」 「―――ぎゃあっ!?」 「―――っ!?」 悲鳴の方向に顔を向けた光雄は三度目の硬直を経験する。 「ひよひよ」 ―――クチャ、パキ、ゴリッ 「あ、ああ・・・・アア・・・・」 仲間が喰い殺されていた。 先程まで倒れているだけで怪我もなかった5人が一瞬で血塗れになって倒れている。 丸太を折るような剛力で振るわれた鋭い爪は男たちの体を引き裂き、あっという間に生命というものを奪い去ったのだ。 「お・・・・お前・・・・」 光雄は彼らの頭を務めていた。 例え、水術も使えない末端中の末端といえど幾度も戦いを共にした戦友なのだ。 視界が真っ赤に染まる。 それは怒りからだけではなかった。 「くっそぉ・・・・」 打ち付けた頭から血が溢れ出しているのだ。しかし、光雄はそれを無視して術の構成を開始した。 「よくも、よくもぉっ」 精霊術の威力は血統が物を言う。だが、その個人の最大出力は感情が大きく左右する。例え、末端でも赫怒していれば一世一代の最強最高の術を放つことも可能なのだ。 精神面が威力に直結する。 それは精霊術の特徴でもあった。 「お、おおおおおおっっっっ!!!!!!」 光雄は膨大な<水>の召喚に成功する。 その質量をぶつければ大型車でも押し潰せるほどのものだった。 まさに死力を尽くし、火事場の馬鹿力を見せつけた光雄は怒れる眸を鵺に据える。 「ひいよ?」 膨大な質量の存在に気が付いたのか、こちらに向き直った。そして、まるで嘲笑うかのように尻尾を揺らす。 「き、貴様ぁっ!!!」 ドオォッ、と津波となって鵺に襲いかかった。 自然の猛威を振るう津波は両者間の遊具を押し流し、粉々にして瓦礫とする。 内に金属の飛礫を孕んだ津波は三方から包み込むようにして鵺を囲んだ。 このまま行けば3つの波の衝突で生じる莫大な圧力で鵺は押し潰される。 「ひいよぉっ」 「―――っ!?」 目の前に鵺がいた。そして、その右前足は光雄の胸を貫いている。 「な、あ・・・・?」 揺れる視界で光雄は間近にある鵺の顔を見遣った。 「ひよひよ」 「あ・・・・ぁぁ・・・・」 体中から力が抜けていく。 理解した。 大妖怪には末端がどれだけ力を振り絞ろうとも倒すことはできないのだ。 ならば――― (御嬢様、仇を・・・・勝手ながら御願いいたします) ―――国内三指の水術師として。 「ひいよ♪」 嬉しそうな鳴き声と共に閉じられた鵺の口で光雄の頭部は失われた。 |