第一章「怪異への邂逅」/ 6


  

―――ブチチッ、ガリゴリ、ジュルジュル

 『何か』を引き千切る音。
 『何か』を噛み砕く音。
 『何か』を啜る音。

 それは雨の降る不気味なほどの静寂を孕む路地裏で行われる惨劇の一幕。
 『何か』とは『肉』であり、『骨』であり、『血』だった。

「―――ひぃぃ」

 加害者は歓喜に鳴く。
 被害者は残業明けのサラリーマン。
 対峙する間もなく噛み殺されたのだ。

「ひぃひぃ」

 加害者――妖魔は手足には目もくれず、腹を食い破り、肋骨を噛み砕き、柔らかい内蔵を咀嚼する。
 頭の前面が腹の中に消え、音と共に手がビクンと動くのがおぞましかった。

「ひよお」

 上機嫌に振られる蛇のような尾。
 得物を押さえつける虎のような四肢。
 闇にぼんやり浮かぶ狸のような胴。

「ひぃぃっ。ひよおっ」

 咆哮する血塗られた頭は猿。
 妖魔は久しぶりの感覚に身を震わせる。しかし、その歓喜は静寂を突き破るような雷鳴によって雲散霧消した。

「―――っ!?」
「―――見つけたわよ、鵺っ」
「ひぃぃっ!?」

 建物の上から飛来した光は鵺に命中し、スパークを散らす。
 鵺は怯んだように獲物から遠離って"敵"を探した。

「まぁさか、もう人を狩るほど回復してるとは・・・・さすがは歴史に名を残す鵺ってか?」
「ホントね。普通一週間くらいは身を隠すものなのに、ね」
「おかげで見つけやすかったが・・・・」

 上空から舞い降りた少年少女は遺体を見遣るなり、気まずそうに沈黙する。

「ひぃぃ・・・・」

 その隙に鵺は退却を始めていた。
 徐々に力を奪い、長い目で見た討滅方法――封印。
 その中につい最近までいたので本来の力にはほど遠い。
 何気ない光――雷撃はかなりのダメージを与えていた。

「―――って逃がすと―――」

 距離を空けていた鵺に向かって少女が腕を一振り。

「―――思うかぁっ」

 ほぼ一瞬で鵺の身体を雷光が貫く。

「ひぃぃっ!?」

 漏電したように身体に雷をまとわりつかせた鵺の前足が建物の壁をえぐった。

「「―――っ!?」」

 破片は飛礫となって高速で2人を襲う。
 狭い路地裏だ。
 避けることはできない。
 倒壊音が響き、鵺は砂塵に紛れてその場から離脱した。




「―――あたたたた・・・・。―――おい、大丈夫か?」

 少年は咄嗟に庇った少女を見遣る。
 外傷はないはずだが、顔を顰めていた。

「あんたね・・・・。庇うならもう少し優しく庇いなさいよ。思い切り背中を打ち付けたじゃない」

「あ、悪ぃ」

 さすがにアスファルトに叩きつけられれば痛いだろう。

「しっかし、逃がしちまったなー」
「え? <風>は?」
「防御結界展開に使った。急いでたから手加減できなくて」

 パンパンと小さな瓦礫を払って少年が立ち上がった。

「今、追えないの?」

 少女は上体を起こした姿勢で言う。

「無理。奴の【力】が弱すぎる。陰行も得意らしいな」
「・・・・はぁ、今日は無理ね。痛手を与えたし、しばらくは人を襲わないでよ」
「そうだな。・・・・探索ばっかで疲れたし」

 少年は手を空にかざし、<風>を集めた。
 すると周りを包んでいた不気味な静寂は消え、建物も再構成されている。
 結界内で起きたことはそれがなくなればなかったことになる。―――鼓動を持つ者を除いては。

「間に合わなくてすみませんでした」
「必ず仇は討ちます」

 2人は無惨な姿を晒す遺体に一礼するなり、夜の街へと消えた。

 裏世界で起きたことは裏のまま葬られる。
 この事件も『路地裏で変死体が発見された』と地方欄の片隅に載っただけで、詳しいことは一切報道されなかった。






今日も一緒に登校 scene

「―――いーちやー。起きて・・・・るわけない、か」

 瀞はドアの外で呼びかけ、中で動く気配がないために家主の部屋に踏み入った。

「入るよ〜」

 今の格好は統世学園高等部の夏服の上に淡い青のエプロンを着けた姿である。
 まさか、自分が毎朝この格好で朝食の準備をするとは思わなかった。

「はぁ、やっぱり寝てるか」

 一哉はタオルケットを腹にだけ掛けて眠っている。
 すやすや、すよすよと穏やかに眠っている姿からは普段の抜け目のなさは感じられなかった。

(こうしてると普通の男の子だよねー)

 瀞は思わず頬を緩ませる。
 彼女は彼の寝姿と普段のギャップがおかしく、「起こす」という行為が好きになりつつあった。

「お〜い、起きろ〜」

 ユサユサと揺さ振る。

「ん〜? 瀞、か・・・・。悪い、一時間目サボる・・・・」

 一哉が反対側に顔を向けてしまったため、瀞は片膝をベッドに乗せ、一哉の顔を覗き込む。

「ダメだよ。先生に言われてるんだから」

 その口から漏れ出た言葉に一哉は驚いたように目を見開いて身を起こした。

「容赦ないな、あの鬼教師」
「だったら、自分で起きてよね」
「起きてるだろ、ふわぁ」
「ちゃんと始業に間に合うようにっ」

 欠伸する一哉にビシッと指を突きつけ、朝食の仕上げのために身を翻す。

「冷めるから早く来てよ」

 最後に振り返り、そう告げると瀞は部屋を出た。




「―――ところでさ」
「ん?」

 一哉は瀞の疑問を表す言葉に眠たげな顔を向けた。
 そんな一哉に瀞は転校してからずっと抱いていた疑問をぶつける。

「どうして、バスあるのに歩きなの?」
「金が勿体ないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 即答だった。

「親父からの経済援助は授業料とたまに家賃くらいだ。後の生活費は全て俺が稼いでる。よって贅沢する金はない」
「・・・・坂を上るだけのバス代が・・・・贅沢?」
「坂を上るだけにバス?」

 瀞は黙り込んでしまう。

「別にバテてないようだし、いいだろ?」
「あー、うん。・・・・今は、ね?」
「今は? 他はダメなのか?」
「・・・・冬は、ちょっと・・・・」

 顔を隠すように俯かせる瀞。

「もしかして・・・・寒いの苦手なのか?」
「ゔっ・・・・」

 図星を衝かれた瀞は一瞬狼狽えてから反論を始めた。

「だ、だって・・・・寒いんだよ? カイロが手放せないんだよっ。肌が真っ白なるんだよっ。だから、『渡辺さん、顔が蒼いわね、体調悪いの?』って訊かれるのっ。それからぁ、それから―――」
「あー、分かった分かった。とりあえず、落ち着け。な?」

 錯乱したようにまくし立てる瀞を一哉は宥めるように言う。
 それを瀞は受け入れ、何度か深呼吸した。

「お前が寒いのが苦手なのかは分かった」
「うん」
「バスで行きたいという願望も理解した」
「うん」
「じゃあ、行けよ」
「へ?」

 小首を傾げると、もう一度言ってくれる。

「別に一緒に行く必要はないんだから。瀞はバス、俺は歩き、万事解決。因みに言えば俺に対する不特定多数からの殺意混じりの視線も減る」
「え? え?」

 「?」を頭上にたくさん生やした瀞を置き、今度は再説明することなく一哉は歩き出した。

(しっかし、随分気楽になったもんだ)

 先程の様なやりとりが自然でできるのも珍しい。
 この調子でいけばクラスの雰囲気に完全に同調する時もそう、遠くないかもしれない。

(・・・・なんとなく、最果てに近付いている気がしないでもないな。・・・・まだ、ツッコミを入れようとは思わないが)

 一哉はクラスメートと一線を画して付き合っていた。
 好き好んで騒動の中核に行く謂われはないし、面倒でもあったからだ。

「ちょっと、待ってよ」

 パタパタと後ろから瀞が駆け寄ってくる。
 瀞の場合、ことある事に巻き込まれ――主に女子によって――ているため、なかなかスリリングな学園生活になっているはずだ。

「いいよ、私も歩く。ダイエットにもなるしね」
「そこまで太ってないだろ」

 チラッと瀞を見遣り、一哉は言う。
 むしろ、軽すぎるくらいだと思っていた。

「いつ、変事が起こるか分からないからね」
「良い心掛けだ」

 そう言って一哉は校門を潜るなり、右腕を振り上げる。
 その拳がちょうど飛来してきた物体を捕らえ、空高く舞い上がらせた。

「危ないぞ」

 一哉は落ちてきた物体――サッカーボールを手に取り、持ち主であろうクラスメートに告げる。

「・・・・どうもありがとよ」

 何故かクラスメートは悔しそうにしてボールを受け取り、思い切り部活仲間向けて蹴り飛ばした。

「ああ、そうそう」

 一哉は去っていこうとするクラスメートの背に釘を刺す。

「サッカー部なら、手で投げずに足で蹴れよ」
「え゙?」

 背を向けたまま、ギクリと身を震わせた。

「じゃあ、がんばれよ」

 満足した一哉は昇降口向けて歩き出す。

「???」

 一哉の言葉と冷や汗をダラダラ流すクラスメートに瀞は首を傾げつつも一哉に続いた。






お友達 scene

「―――ねえ、瀞」
「ん?」

 動かしていた手を止め、己を呼ぶ声に反応した。そして、振り返った先には弁当袋を持った綾香がいる。
 綾香はサバサバした性格でグループを組んではいなかった。だから、昼は不正委員の詰め所か、1人で食べているそうだ。

「あ、一哉の席使っていいよ。いつもどっか行っちゃうから」

 一哉は窓際の最後列だった。そして、その後ろに瀞の席ができたのだ。

「あ、うん」

 綾香はイスを横向け、弁当を瀞の机に置く。

「で、何かな?」

 首を傾げながら言いにくそうにしている綾香を促す。

「あー、えっと、晴也から聞いたんだけど・・・・」
「うん」
「・・・・熾条と同棲してるって・・・・ホント?」
「え!?」

 握っていた箸を落とし、声を上げた。

「・・・・ホント、なのね」

 狼狽える瀞を見ていた綾香はため息と共に呟く。

「・・・・うん、そうなんだ」

 誤魔化せないと悟った瀞は声をひそめながら白状した。

「あ、でも、世間一般に言う『同棲』じゃないよ」
「・・・・恋人同士じゃないと?」
「うん。私と一哉の関係は『居候』と『家主』の関係だよ」
「へえ、それにしてはうまくやってるのね」
「へ?」

 綾香の言葉に瀞はきょとんとする。

「だって、熾条の奴、協調性があるとは言えないでしょ? 別に付き合いが悪い訳じゃないけど・・・・どことなく流してる感じ」
「あ〜、うん、そうだね」
「あんなんじゃ、同じ家にいても別々に生活してるって感じになるだろうけど、けっこう合わせてくれるでしょ?」
「・・・・そう、かな」

 以前の生活がどうか知らないが、なんとなくここ数日はサイクルができているような気がした。

「今まで昼はどうしてたの? 熾条と一緒?」
「ううん、1人だよ。落ち着くし」

 そっと微笑んだ瀞に綾香はうんうんと頷く。

「なるほどね」
「? 何が?」
「瀞、あまり群れるの好きじゃないでしょ?」
「な、何のこと?」

 突然の物言いに目をパチクリさせる瀞。

「言い方が悪かったわね。―――あんな風に集団で行動するの、苦手でしょ。毎日毎日ずーっと一緒」

 いつの間にか食べ始めていた綾香は箸で4、5人で集まる女子グループを指した。

「あ、うん」

 言葉くらいは交わすし、気まずくはならないだろうけど、ずっと一緒だと気を遣って疲れてしまいそうだ。

「そうだね」
「あたしも同じ。暗部執行部長たるあいつがあたしに情報を漏らしたの、たぶんあたしたちに仲良くなってもらいたいからじゃない?」

 不満そうに、でもやや嬉しそうに言う。

「えーっと、綾香友だちいないの?」
「・・・・別にそうじゃないけど『親しい』って言えるのは晴也くらいじゃないかな。びみょ〜に熾条も入るか」
「私も進んでグループに割って入ろうとか考えてないから一緒だよ」

 普段の人付き合いに関しては一哉と同じく淡白なのだ。
 したくともできない消極的とは違うものである。

「あいつの思惑にはまるのは癪だけど・・・・」
「?」

 視線を逸らし、やや赤く染まった頬を細い指でかきながら言った。

「明日から、ここで・・・・食べて、いい?」

 途切れ途切れの言葉から綾香の気持ちを正確に読み取る。そして―――

「うんっ」

 花のような笑みを浮かべた。




「―――うまくいったみたいだな」
「そうだな」

 一哉と晴也は教室の対面校舎の屋上にいた。

「で? どういうことだ?」

 瀞と綾香を友だちにさせる。
 これは晴也が考えたことだった。

「2人とも、同じような性質があったからな。似た者同士、うまくいくと思ったんだよ」

 晴也は総菜パンにかぶりつきながら言う。

「渡辺さんも同性の友人がいた方が良いだろ?」
「まあ、そうだろうが・・・・それだけじゃないだろ?」

 一哉の視界では楽しそうに雑談する2人がいた。
 いいことだが、腑に落ちない。

「これで山神の自分への注意力が落ちると考えてるだろ」
「さっすが、一哉。それでこそ我が参謀だぜっ」
「触るな、鬱陶しい」

 嫌そうな表情を浮かべ、肩を組もうとする晴也の手を払った。
 それでも晴也はめげない。

「ふっふっふっ。綾香を抑えた俺に不可能はないのだぁぁっっ!!!!」
「―――人の名前高らかに叫ぶなぁぁっっ!!!!」

―――スパコーンッ

「ぐぶぁっ!?」
「ナイスコントロール」

 教室の窓から投擲されたボールペンが握り拳を作っていた晴也の顔面に命中。
 その衝撃で晴也は屋上の床に引っ繰り返った。




「――― 一哉って何にも部活入ってないんだよね?」
「ああ」
「う〜ん、どうしようかなぁ。―――綾香は?」

 放課後、ちょっと休憩タイムに入っていた一哉以下4名は教室の席に陣取りながら雑談していた。
 因みに教室の席は瀞を最後尾に一哉、晴也、綾香と一列になっている。

「あたしは不正委員が忙しいからね」

 チラッと嫌味を込め、綾香が晴也を見た。だが、晴也は動じた様子なく答える。

「綾香の運動能力ならどの運動部でも通用すると思うけどな」
「そういう・・・・え、と、結城くんは?」
「晴也は弓道部。それも全国レベルの」
「全国!?」

 瀞は目を見開いて驚いた。

「別に驚くことはないぞ。この学園は文武両道を謳っているからな。たいていの部活は強豪だ」
「え? ・・・・じゃあ、運動系は、無理・・・・かなぁ」
「まだ1年でしょ? 今からやれば大丈夫だと思うけど?」
「う〜ん」

 綾香の言葉に考える仕草を見せる瀞。
 そんな瀞に一哉は視線を別の方向に見せながら告げる。

「よく選んだ方が良いと思うぞ。いざ、抗争になるなら強い方がいいだろうし」
「は? ってえええええ!?!?!?」

 瀞は一哉の視線を辿り、驚きの声を上げた。

「なななななな、何あれ!?」
「ん?」
「なになに?」

 視線を追い、晴也と綾香も窓の外に視線を移す。
 そこでは膨大な部活動がひしめく統世学園名物――『抗争』の真っ最中だった。


「―――我々はフィッシング愛好会であるっ。校内に流れる川の一部を生け簀にしようと生徒会に嘆願書を出したが、環境保護部の反発によって保留にされた。今ここに、再び生け簀実現のため、我らは貴部に宣戦布告するっ」

 拡声器を持った男子生徒が声を上げている。
 対し、フィッシング部の対面に展開する団体からも拡声器を持った女子生徒が出てきた。

「受けて立ちましょうっ。生け簀など、河川の富栄養化を引き起こす公害です。我々は学園の環境を守るために武器を取りますっ」

 『オウッ』と環境保護部数十人がいろいろな武器を振り上げる。そして、応戦の確約をもらったフィッシング部も寡兵ながら戦意旺盛で自らの武器を振りかざした。

「突撃ぃっ」
「突っ込めぇっ」

 両者代表の下知で総勢数十名の生徒たちが鯨波の声を上げ、己の主張を邪魔する者たちに向かって走り出す。

「―――はいはーい。生徒会の許可無しでの『抗争』は認められてませんよ、ふふ♪」

 場違いな声音で至極真っ当なことを言う生徒会長。しかし、その後ろには車輪の付いた黒光りする物が並んでいた。

『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』

 声の主と彼女が引き連れてきた『兵器群』の前に両陣営は乱戦状態のまま凍り付く。

「さあ、武器・兵器研究会明治維新兵器復元専攻科の皆さん、日頃の成果を見せてください」

 生徒会長を避けるように展開した『ガトリング砲』4門。
 それが―――

「ファイア♪」

 やけに可愛らしい声音共に火を噴いた。



「―――ええええええええええええっっっっ!?!?!?!?!?!?」

 瀞は思わず立ち上がる。
 膝裏に押されたイスが音を立てて床に転がるが、そんな些事が気にならないほど先程の光景は信じられないものだった。

「い、いち、いちいち、一哉っ。な、ななな、何あれ!?」
「ガトリング砲。見たところ、毎分二〇〇発。・・・・へえ、なかなかの復元力」
「そんなとこ感心しないでっ。銃器だよ? ほら、数十人が這い蹲ってるよ? ほーら、慌てたくなってくるよね?」
「いや全く」

 必死の説得(?)も一哉には通じない。

「第一、ゴム弾だぞ? 命には別状はない。打ち身ですむ」
「充分大事だよっ。もう、あんな危ないなら私、部活は止めにする」

 ツッコミで疲れたのか、イスを起こしてため息混じりに座った。

「それがいいかもね。まだ雰囲気に慣れてないのに暴走ゲージを振り切っちゃってる部活に入るのは危険よ、特に武器を扱う武道系は」
「・・・・すでに危険扱いされているのが、一番危険だと思うの」

 しおしおと机に突っ伏した瀞は統世学園に対する見解を固める。

(絶対ヘンだ。・・・・制度、生徒ともに。ていうか全部!?)

 まるでワンダーランドに迷い込んだかのような気分だった。



 始まった同居は互いにとって新鮮なものだった。
 片や全世界中を巡り、あまり人と関わりがなかった少年。
 片や旧家の令嬢故、あまり個人が顧みられなかった少女。
 初めて共に過ごす相手のできた2人は怖々と、しかし、確実にお互いの距離を縮めていく。
 故に今までが如何に空虚で味気ないものだったかを認識した。
 「平穏」という言葉を体験した2人は己たちが内に抱えるモノを曝け出すことに怖じ気づき始めていた。










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