第七章「七不思議、そして七不思議」/


 

「―――むぅ、それにしても、生徒会棟がガス爆発とはね・・・・」
「ああ、びっくりだな。巻き込まれなくてよかった」
「ですが、生徒会は閉店休業です」
「ただの休みだぞ、それは」

 学園での肝試しから3日、直政と心優は隣町のプールに来ていた。
 連日猛暑日となるため、脳みそがとろけそうと言い出した心優が発案したものだ。
 市民プールなのだが、周辺自治体のリーダー的存在であるこの神居市は、奮発してまるでレジャー施設かのようなプールを持っている。
 プールだけでなく、運動公園も兼ねているので、市民大会などの多くが行われていた。

(それにしても・・・・怪我人が出ていたとはな)



『―――おお!? あそこに人が倒れていますよ!?』

 倒壊した生徒会棟に到着すると、さっそく刹が怪我人を見つけた。

「ホントだ。・・・・とりあえず、息はある」

 軽く生存確認をした直政は、すぐに能力を使って瓦礫の下を探る。

「うん、誰もいない」

 今日の学園は、教職員も含めて何らかの退去勧告があったようだ。
 だから、校舎内に残っていたのは、侵入した直政たちと敵、そして、この負傷者だけだろう。

『おや? この娘、鎮守家の次期当主では?』
「え? ぅわ!? ホントだ!?」

 学園最強とも言われる2-Aの指揮官。
 裏の世界でも精霊術師もビックリな白兵戦能力を持つという。

(っていうか、化け物だった・・・・)

 陸綜家の本拠地・煌燎城で一度手合わせしたことがある。
 試合開始と共に何も分からないまま、城壁を越えていた。
 手合わせは本丸で行っていたため、直政はそのまま数十メートル下の地面に叩きつけられている。
 直政でなければ死んでいたはずだ。

「ガクガクブルブル」
『・・・・御館様、トラウマを刺激したのは実に愉快ですが、この娘をどうしましょう?』
「今愉快とか言ったな、この不忠者」
『ア!? アア!? 踏まないで!?』


「―――お前は漫才師でも目指すのか?」


「・・・・目指さねえよ」

 彼が何人かの人間を引き連れてこちらに向かっているのは分かっていた。
 カンナの電話が切れたと同時ぐらいに学園内に入っていない限り、こんなに早くは到達できないだろう。
 つまり、彼――熾条一哉は、今夜何かあると分かっており、その事後処理のための準備をしていたのだ。

(そう、事後処理だ)

 強大な戦力を持ちながらも、介入しなかった。

「鎮守は生きているか?」
「・・・・生きてるよ。怪我も・・・・そんなにひどくないと思う」

 骨折はしておらず、ねんざ程度だろう。
 あと、【力】の使いすぎだ。

「そうか。―――おい、怪我人は鎮守だけだ。残りの仕事をしてしまえ」
「「「はい」」」

 一哉が連れていたのは、陸綜家の人間だ。
 それも綜主・熾条緝音の側近・鰈が頭目を務める<識衆>である。

「事後処理はやっておく。お前はもう帰れ」
「え~え、帰らせていただきますよ」

 戦ったというのに、ねぎらいの言葉もない。

(・・・・誰と戦ったか忘れたけど)

 激戦だったという記憶はある。
 何も働かなかった奴に偉そうにされる謂われはない。
 直政は胸にむかつきを感じながらも帰宅した。



(―――あれから情報もないし・・・・)

 回想から帰ってきた直政は、まだちょっと考え事をしていた。
 朝霞に連絡を取ろうにも、音信不通だ。
 学園は学園で事件調査のために封鎖されてしまった。
 情報が与えられないまま、今日は心優に連れ出されている。

「現実逃避していないで、そろそろこっち見てくだ、さい!」

 突然、後ろから抱きつかれた。

「どぅわ!?」

 プールの中だったので、あまり衝撃はない。しかし、考え事をしていた最中なので、なかなかに驚いた。

「ほれほれ。本日のために新調したんですよ?」

 こちらの首にかじりつくようにしながら体をくねらせる。
 どうでもいいが、見ろと言われても背中から、しかも抱きつかれては見ることもできない。

「というか動くな!」

 素肌と素肌が擦れ合い、やたらきめ細かい肌が背中で踊っている。
 普段は目立たない特定の部分もここまで接触されれば意識せざるを得ない。

「ふふ、政くん、顔真っ赤ですよ」

 水の中で生じた浮力をうまく使い、肩ごしに顔を覗き込んでくる心優。
 柔らかそうな頬を水滴が伝う。
 なんとなく、その流れを目で追った。

「エロぃ目です」
「な!?」
「因みにその新しい伊達メガネの効力は、屈曲部のねじ上にあるボタンを押すと、服が透けて見えます」
「ぶっ!?」
「冗談ですよ♪」

 ご機嫌な心優はそのまま足から力を抜く。
 そうすると、彼女の足が浮き上がる。
 泳げない彼女が直政から離れると、そのまま沈むスタイルだった。

「きゃー、もうこれで離れられないー」
「棒読みで言うな!」
「失礼な。ちゃんと嬉しそうにしていますよ。―――ねえ、刹ちゃん」

 リス用の水着と浮き輪に身を包んだ刹は、直政の周囲でふよふよと浮いている。
 ふたりから発生する波に翻弄され、割と気分が悪そうだ。

『うぷっ、これがシケというものですか・・・・』

 ぐったりとした思念が送られてくるが、直政はさらなる高波を発生させるために行動した。

「うりゃっ」

 心優の顔を押しのけ、水中へと潜る。
 顔を押されたことで、腕の力が緩んだからこそできる芸当だった。

「わきゃっ・・・・ぶくぶく?」
「自分でぶくぶく言うなよ」

 支えを失い、沈みかけた心優の両肩を持って押してやると、あーら不思議。
 心優は立った。

(何のこともないのだけど)

 うつぶせの状態で沈もうというのに、肩を軸に体前面が沈まなかった。
 そうしたら、沈んだ下半身が自然にプールの床に足をつける。
 結果、プールに足をつけて立つことになる。

「むぅ、部活を始めてから妙な技を身につけましたね」

 ツンと直政の鼻先をつつき、おもしろくなさそうにむくれた。

「でも、この程度で真っ赤になってくれる政くんは素敵ですよ?」
「・・・・うるせー」

 顔をそむけ、眼鏡の位置を整える。
 これは先日壊した眼鏡の代わりだ。
 性格に難があろうとも、心優は見目麗しい少女である。
 こうスキンシップをされれば、どうしてもそれを意識せざるを得なかった。
 如何に裏社会で名門の出であろうとも、日常生活ではただの思春期の少年である直政には、照れが先に立つというものだ。

「何にせよ、こういうことをしていると邪魔しそうな輩がいないのです。チャンスです」

 今日は亜璃斗も朝霞も出かけている。
 直政ひとりでは襲撃を躱せなかったのだ。

「・・・・それに、こうしていられる時間も、あと少しみたいですし」
「あん? 何か言ったか?」
「いいえ、楽しみましょう! と言ったんですよ!」
「だぁっ!? だから、抱きつくんじゃねえ!」

 満面の笑顔でスキンシップを図る心優の胸元には、漆黒の石がはめ込まれたペンダントが揺れていた。
 直政は先程の言葉が聞き取れなかったことと、その石の正体が分からなかったことに、後に後悔することになる。

「政くん、大好きですよ♪」

 そして、それは、すぐそこに迫っていた。






種明かしscene

「―――え? 一哉のしてること?」

 同日同時刻。
 渡辺瀞は、先日の戦いで怪我を負った鎮守杪の見舞いに出かけていた。
 自身の怪我も治ってきて、今はリハビリがてらに散歩をするまで回復している。
 このため、瀞は杪の病室まで徒歩で訪れた。
 そこで開口一番、杪から一哉の動向を聞かれたのだ。

「最近では、富山で対SMO戦に出たくらい?」
「実戦はそう。でも、学園での戦いは観測していたはず」
「あ、それはそうだと思う。何せ杪ちゃんをここに運んできたの、一哉だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 思わぬところで恩が売られていた、という顔をする杪。

(でも、敵意を抱くのは仕方ないか)

 そう思い、瀞はポケットに手を突っ込んだ。

「杪ちゃん、そのパソコン、使える?」

 コクリと無言で頷いた杪に断りを入れ、彼女の膝の上に置かれたパソコンにフラッシュメモリーを差し込む。

「一哉が何をしていたのか、その答えがここにあると思うよ」

 一哉の何をしているのかは分からない。
 しかし、置いて行ったデータから、何をしていたのかは分かった。

「これだよ」

 フラッシュメモリーに保存されていたファイルから写真や映像を杪に見せる。
 無表情が売りの杪も、さすがに目を見開いた。

「さあ、ちょっと私たちには手が余りそうだから、手伝ってくれるかな?」

 そう言って瀞は立ち上がる。そして、病室のドアを開けた。
 そこには、微妙な距離感で立つ、鹿頭朝霞と穂村亜璃斗がいる。

「熾条は?」
「別件だってさ。事態収拾のための」

 にこっと微笑む瀞。
 それを見て、杪がため息をついた。

(きっと、掌の上で転がされた、とか思っているんだろうけど)

 一哉はそんなこと考えていない。
 人は掌で転がすものではなく、個人の動きを利用するものだと考えているだろう。
 相手の動きを制限しない。
 ただ、その動きを利用する。
 それが"東洋の慧眼"である。



「―――エリちゃん、もう痛くない?」

 水瀬凪葉は、知り合いの先輩――神坂栄理菜の見舞いに来ていた。
 このため、心優のプールの誘いも断っている。

「もう大丈夫だよ。今回はちょっと無理しただけ」

 怪我という怪我はない。
 ただ筋を痛めたか、体を動かすと痛みが走るらしい。
 とりあえず、痛み止めと経過観察のために数日間入院するようだ。

「それに、もう大丈夫」

 なでなでと神坂は凪葉の頭を撫でた。

「これで、僕たちは自由だよ」
「・・・・うん」

―――コンコン

 ノックの音。
「どうぞ」
「失礼します」

 入ってきたのは、1年下の後輩だ。
 2年下の後輩と同じく、演劇部に入らなかった逸材である。

「神坂先輩、怪我したって聞いたのでお見舞いに来ました」
「ああ、嬉しいよ。ついでに演劇部に入らないかい?」
「何がついでかさっぱり分かりません」

 ほんわかした雰囲気を持つ割には、意外としっかりとした渡辺瀞は、手に茶封筒を持っていた。

「おや? 手紙かい?」
「いいえ。資料です。カンペとも言いますけど」
「カンペ?」

 凪葉は首を傾げる。しかし、上級生の雰囲気に嫌な予感がしていた。

「読みますね」

 そう言って、瀞は茶封筒からA4の紙を取り出す。そして、そのまま資料を読み始めた。

「神坂栄理菜。SMO近畿支部所属学生エージェント。能力は精神干渉。主な任務は裏を知った一般人に対する催眠を使った記憶抹消」
「・・・・ッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ガタンと凪葉は立ち上がったが、神坂は無言で微動だにしない。

「水瀬凪葉。SMO研究部所属。・・・・石塚山系研究所で実験中、"風神雷神"による実験チーム壊滅により行方不明」

 瀞の後ろから、鹿頭朝霞と穂村亜璃斗が入ってきた。
 ふたりとも、凪葉をチラリと見ると、すぐに視線を逸らす。

「驚いたね。まさか藤原さんが資料を渡すとは」

 神坂の言葉は、瀞の言葉を肯定したに等しい。

「まあ、その伝手で、ボクもこの病院に入院できるんだけど」

 ここは神居市の結城宗家が経営に携わる、裏の人間も治療できる病院だ。

「まだ、あります」

 瀞は余裕の態度を崩さない神坂に話が続くことを宣告する。

「両名とも、本来の所属はSMO監査局。コードネームは『ローレライ』と『スネーク・アイズ』」
「「―――っ!?」」
「同じくエージェントであるスカーフェイス・望月要、アイスマン・・・・来須川吾郎と共に、音川封印群の破壊工作を行う」

 もう瀞は紙を見ていなかった。

「先日、統世学園での戦いを経て、音川封印群は消滅。ローレライはその時の負荷で入院」
「・・・・ッ」

 凪葉が右目の眼帯をむしり取る。
 その右目は、左目と色が違った。
 いや、そうではない。

「「・・・・ッ」」

 ドロリと右目の奥で何かが蠢いた。
 それに瀞の後ろに控える朝霞と亜璃斗が構える。

「シロ・・・・ッ」

 ボコリと瞳が波打ち、その瞳から白い大蛇が飛び出してきた。

「これ・・・・まさか七不思議の・・・・?」
「そう、か。水瀬さん、あなたの能力は・・・・」

 威嚇する大蛇は、凪葉を守るようにその体に巻きつく。

「そう。ボクたちは監査局の実験体。【叢瀬】計画の骨子のような発生段階からの実験ではないけど」

 監査局の研究は、独自のエージェントを持つためのものだった。
 神坂たちはその被験者だ。

「末端だからね、残念ながらどうして音川結界群を破壊したのかは知らないよ。これはあの戦場でも言ったんだけどね」
「―――知ってる。・・・・見た」

 ドアの影に隠れていた杪が姿を現した。そして、まっすぐに神坂を見る。

「見た、か。・・・・やっぱり、カメラでも仕掛けてあったのかな」
「みたいだよ。一哉が仕掛けたみたい」
「"東洋の慧眼"・・・・。ボクの能力を知ってのことか、ただ単に外部から様子を見るためか・・・・。どちらにしろ、運がなかったね」

 神坂が肩をすくめる。
 凪葉はやる気だろうが、神坂が怪我で動けない以上、勝ち目はない。
 朝霞や亜璃斗なら何とかなるかもしれない。しかし、『一哉の役に立つ』という興奮に包まれた瀞は手強いだろう。
 正直、杪を超える戦闘能力を持つ神坂が、万全であっても苦戦する力量。

「降伏するよ。話せることがあれば、素直に話す。だから―――」
「大丈夫。あなた方は自由です」

 瀞は圧倒的戦力差を背景に、宣言する。

「それを聞いて安心したよ」

 神坂はベッドに背を預けた。

「ところで、戦わずにボクたちを追い詰めた熾条一哉はどこなんだい?」
「さあ? やることがあるって」
「・・・・ずっと追っていたスカーフェイスの手がかりを追い詰めるより大切なこと?」

 ここ数ヶ月の、熾条一哉とスカーフェイスの諜報戦を知る神坂は、ひとつの決着点であるここに一哉がいないことに疑問を抱く。

「うん。音川封印群の後始末をするんだって」
「「・・・・え?」」
 封印破壊の最後で大激戦を演じたふたりが、年相応の表情で首を傾げた。






Epilogue

「―――時間通り、かな」

 少女は公園に設置された時計を見上げて呟いた。
 遅れはないだろう。
 最近、この時計は電波時計に切り替えられた。

「もっとも、相手が時間通りに来るとは限らないのですが」

 そう呟き、夏の夕闇に浮かぶ公園を眺める。
 公園と言っても、ただの児童公園だ。
 午後5時が過ぎ、遊んでいただろう子どもたちは姿を消している。

「うん、大丈夫」

 スマートフォンに標示された地図に踊る赤点は、少女が気にする少年の所在地だ。
 十分にここから離れており、彼に見つかることはないだろう。

「それにしても、暑い」

 じんわりと首筋に浮いた汗をタオルで拭いながら呟いた。
 どうやら待ち人は少し遅れるらしい。
 ならば、日陰で待っていよう、と足を動かした少女は、すぐにその歩みを止めた。

「・・・・いたんだ」

 足を向けた日陰のベンチ。
 そこに少女の待ち人――熾条一哉が座っている。
 その膝には浴衣幼女が頭を乗せ、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「へえ、俺の顔を見て、誰か分かるのか」
「あなたは有名人ですから」
「特段目立つことをした覚えはないけどな、お前と違って」
「"裏"で、ですよ」
「ふむ。つまり、お前は俺のことを知ることができるほどには、情報源を持っているんだな」
「・・・・嫌な人」

 皮肉から情報を攫われた。

「ま、話が長くなるから座れ」

 一哉は眠る緋を抱え上げ、膝に座らせる。
 緋は緋で、かぶりつくように首に手を回した。

「暑くないんですか?」
「暑い。因みに緋は<火>の関連か、体温が高い」

 それはそれは暑そうだ。
 いや、熱いのか。
 どちらにしろ、話は早く済ませるに限る。

「で、話は?」
「ああ、とりあえず、結論から言うぞ」
「その方が分かりやすいです」

 時は金なり、という。
 さらには、少女は一哉といるところを誰かに見られたくなかった。

「音川封印群にて封印されていた奴を討滅するため・・・・」

 一哉は言葉を切り、少女の瞳を覗き込む。


「―――死んでくれ」


 昼間の熱気を孕んだ公園に、冷風が駆け抜けた。









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