第七章「七不思議、そして七不思議」/7


 

 音川。
 発展の歴史は統世学園と共に歩んできた。
 しかし、町の原型はかなり昔に遡る。
 郷土史によれば、平安時代にはすでに町が形成されていたようだ。
 退魔的実力は失われているが、そのころに寺ができている。
 因みに神代神社もその頃に設立されていた。
 管理能力という特異な能力者であるが、音川に居ついたにはそれなりの理由がありそうだ。しかし、その理由は今現在になっても語られていない。
 鎮守家は近年まで、そして、最近から管理している九尾の狐が関係しているのではないかと見ていた。
 また、神代神社成立以前に、鎮守家の最重要防衛封印が存在している。
 当初、鎮守家が管轄する結界師一派を神代神社に派遣するなど、綿密な連携が取られていたらしい。
 それも武士の時代となり、世の中が乱れた応仁の乱以降、パタリと途絶えた。
 江戸幕府の成立で、異能は異端とされて弾圧されるようになると、さらにやり取りはなくなった。
 これまで、音川の封印を破ろうとした者がいなかったからだ。
 それが昨年から攻勢を強め、ついには最終封印まで辿り着いた。
 鎮守家が抱える、個人戦闘力最強の結界師を投入しても、である。
 彼女は最終防衛線にて、獅子奮迅の働きをする。
 だが、それは敵も一緒だった。






鎮守杪side

「―――はは、すごいね、キミ」

 クシャリと手櫛で乱れた髪を整えたローレライは、惜しみない賞賛を杪に送った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪は無反応だ。
 だが、心では反論していた。

(強い・・・・)

 客観的に見れば、ふたりとも強い。
 数百合に及ぶ斬り合いの末、両者は汗をかいていた。しかし、汗以外の液体――つまりは、血液――を流していない。
 共に超絶技巧を誇り、互いの攻撃を完全に潰していたのだ。
 時に躱し、時に鋒で受け止める。
 杪は刃渡り30cm以下の短刀。
 ローレライは全長1.2mに達するレイピアだ。
 リーチ的に言えば、ローレライの方が有利である。しかし、刺突に限り、それが一撃必殺でない場合ならば、取り回しやすい短刀の方が有利である。
 おまけに杪は呪符で身体能力を向上させている。
 ローレライが一撃を放つ間に、数回の刺突を繰り出すことが可能だった。

「・・・・本当に、精神干渉能力者?」

 ドーピングとも言える補助をした杪に対し、ローレライは一歩も引かずに見事な剣捌きで渡り合っている。
 一般人の身体能力では不可能なレベルだ。

「さあ? そこは、推理してみるべきじゃないかな?」

 くるくるとレイピアを手首で回し、挑発してくる。

(・・・・自分の能力を、自分に使っている?)

 人間の肉体は、思った以上の力を秘めている。しかし、その力を発揮しないよう、精神が無意識のブレーキをかけている。
 それを精神干渉能力で解き放てば、肉体本来の動きがでいるだろう。

(でも、それは・・・・)

 何故、精神は肉体を抑制するのか。
 それは、肉体を守るためだ。
 本来の力を発揮した場合、肉体の脆弱な部分にダメージが残る。
 酷使し続ければ壊れるのだ。

「・・・・そこまでして戦う?」
「ここまでして戦う理由があるからじゃないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「生まれ、って厄介だよね?」

 子どもは生まれてくる家を選べないと、よく言う。
 名家に生まれれば厳しい教育が待っており、物心がつく前から名門の一員に数えられる。
 それと同時に、貧しい家に生まれれば、その貧しさの中で暮らさなければならない。
 奨学金などで下克上の機会は残されているが、「苦学生」という言葉通り、お金以外の境遇も厳しい。

「でも、生まれてしまっては、どうしようもない。自分で命を絶つなんて、もったいないしね」

 もっといい生活を。
 もっと上を。
 そういう欲こそ、人間をここまで発展させた原動力である。

「ボクは別に、封印とかどうでもいいよ」

 クルクルと回していたレイピアを再び握った。

「ただ、それを破壊することで、自由が手に入るなら・・・・」

 大きく息を吸う。

「貫くのみ」
「―――っ!?」

 声が衝撃波となって杪を襲った。
 紙の装甲を叩き、杪は大きく距離を取らされる。

「・・・・その割に、全然攻撃してこない」

 そう。
 ローレライは積極的に杪を突破しようとしていない。
 これまでの戦いは、杪の超高速機動戦闘を、ほとんど動かずにその場で迎撃しているだけだ。
 受け身の戦闘が得意なのであれば、杪の攻撃を捌いている間に、少しずつ近寄ることもできたはずだ。

「そうだね。まあ、"ボク自身"が封印を破壊する必要がないだけだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杪はその意味を考え、ローレライが敵の前線であることを思い出した。
 ローレライを待ち受けていた間、杪は学園の状況把握に努めている。
 結果、結界の変革は、要であった変電施設から起きたことを特定していた。

(戦力的問題で・・・・あちらは放置していたけど・・・・)

 杪は結界の【力】の流れを読む。

「・・・・ッ!?」

 【力】が逆流し、変電所のとある一点に集中している。

「スカーフェイスに策があるらしくてね。ボクの役目はキミの足止めなんだ」
「スカーフェイス・・・・ッ」

 熾条一哉から聞いていた。
 SMOに所属しつつも、不可思議な行動をする正体不明な敵。
 煌燎城攻防戦で投入された特殊装甲兵の親玉であり、何度か一哉と対面しても逃げおおせた魔術師。

「魔術・・・・そして、この【力】・・・・」
「もうすぐ時間だから、種明かしだね。あと、散々利用してくれたあいつへの意趣返し、かな」

 ローレライが話した目的は、分かる。
 彼女が言う自由とは、こういう世界から引退することなのだろう。
 しかし、彼女が引退しても、鎮守一族は彼女を探すことに血眼になるはずだ。
 それが、本当の敵を教えられると、標的も変わる。
 手先に労力をとられるよりも、大元を潰す。
 鎮守家は総力を挙げて、スカーフェイスを探す。
 スカーフェイスが逃げている間は、ローレライは安全だ。

「・・・・お互い、信頼してない」
「そうだね。ボクはアイツが嫌いだよ」

 会話しつつ、杪は次々と呪符を取り出す。
 その全てに防御術式が書き込まれていた。

「それは相手も一緒」
「だろうね」

 ローレライは肩をすくめる。

「・・・・だから、封印ごと、ここを吹き飛ばす」
「・・・・え?」

 彼女の動きが固まった。
 集められた【力】が何らかの方法で束ねられ、こちら向けて放射されたとする。
 鎮守流建築によって築かれた生徒会棟の壁を紙細工のように貫通。
 地下にまで到達するその【力】は、この部屋ごと封印を吹き飛ばすだろう。
 当然、この部屋にいる人間は助からない。

(強力な結界を作るだけの【力】が徒になった・・・・)

 音川の地脈からの【力】を集め、その他に【力】を封入させた宝石なども展開していた。
 そんな【力】が丸ごと、牙をむく。
 高位の魔術師ですら集めることも、束ねることもできないだけの【力】を、鎮守家は数十人の力でやってのけた。
 スカーフェイスが使っている【力】の制御も、全て鎮守家のものである。

(核兵器の制御室を乗っ取られたようなもの・・・・)

 核兵器を作る技術がなく、ピンポイント爆撃を行う技術もないものが、核ミサイルを撃つことができる唯一の方法。
 それは制御システムを乗っ取ること。
 全てお膳立てされた状態で、標的だけ変えて発射ボタンを押す。

「退いて、外で迎撃する」
「・・・・そうだね。ボクもここにいる意味はないよ」

 ローレライは歯噛みしながら言った。
 杪は知らないが、こういうことは過去にもあった。
 あの石塚山系の戦いでも、封印を破壊する時の威力をローレライは知らなかった。
 あの時は無事だったが、封印にもう少し近寄っていれば、大けがをしていただろう。

「ああ、そうそう。ひとつ忠告をしておくよ。まあ、"忘れる"と思うけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「キミはボクの精神干渉を、嗅覚に訴えかけた、薬のようなものを想定していたと思うけど」

 遅効性で気付かれにくい精神干渉能力の筆頭だ。

「残念ながら、ボクの能力の要は、『声』だよ」
「・・・・ッ!?」
「どれだけ対策をしようが、ボクと会話ができていた、という時点で、キミの作戦は失敗していたんだ」

 近接戦闘を得意とするものは、五感を大事にする。
 そのうち、嗅覚は比較的優先順位が低く、何らかの方法で代替が可能なものだ。
 視覚も、達人級になれば、触覚や聴覚で補強できる。
 言わば、心眼と言われるものだ。
 だが、聴覚は無理だ。
 会話程度ならば、読唇術でどうにかなる。
 だが、高速戦闘における死角確認には、聴覚は必須。
 故に、杪は聴覚に対して何の対策も行っていなかった。

「今回は体が動かなくなるほどのものは使う余裕がなかったんでね」

 ローレライは後ろ向きに歩いて、部屋の出口に向かう。

「とりあえず、ボクのことだけ忘れてもらうよう、催眠をかけさせてもらったよ」

 そう言い、ローレライは階段の闇へと消えた。

「行かないと・・・・ッ」

 生徒会棟に直撃した場合、どうしても防げない。
 ならば、その砲撃を直前で食い止める。
 現代の軍艦が、その身の装甲ではなく、迎撃ミサイルで対艦ミサイルを撃墜する理論と同じだ。

(でも、できる・・・・?)

 生徒会棟から飛び出した杪の顔は、いつもの無表情ではない。
 焦燥に駆られ、負け戦を理解しつつも戦わざるを得ない、亡国の将軍の表情が張り付いていた。






砲撃scene

「―――フフ、なるほど、原理は分かりました」

 サブマシンガンのマガジンを交換しながら、スカーフェイスは言った。

「しかし、その戦い方では長くは持たないのでは?」
「・・・・そう、らしいな」

 再びサブマシンガンを向けてきたスカーフェイスに、カンナは息を切らせながら答える。
 その手には、五尺ほどの日本刀が握られていた。

「九十九神の刀、ですか」

 カンナが使うのは、妖刀と名高き村正である。
 村正が妖刀とされたのは、徳川嫡流を殺してきたからだ。
 家康の祖父・清康、父・広忠は若くして村正を使う家臣によって斬り殺された。
 家康自身も村正で負傷し、嫡男・信康は村正で自刃。
 自身を含む縁者が、ことごとく「村正」の被害にあっていることから、徳川家は「村正」を忌み嫌った。
 これが妖刀・村正の所以である。
 戦国期から江戸時代に製造され、特に徳川から忌み嫌われた刀たちが妖刀になった。
 だが、カンナが持つ村正は少し違う。

「これは幕末の作品だ」

 幕末には、倒幕のために西郷隆盛などの志士が好んで使われたと伝わる。
 この時、数多くの数打ちや偽物が出回った。
 カンナが持つ村正はそんな村正である。
 需要から生まれた大量生産品。
 すぐに廃刀令が出て、封印された凡庸刀。
 その存在は忘れ去られ、第二次世界大戦でも生き残ったため、百年を超えた妖刀の名を冠する数打ち。
 百年の年月蓄えた【力】と神社などが所有する宝刀とは違う、人を斬ったことがある刀。
 そこに弱いながらも"妖刀"という概念が付加された結果、本当に妖刀になった代物だ。

「本物の妖刀・村正は、怨嗟だけで妖刀化しただけで実戦を知らない」

 「切れ味は、まさに妖刀だが」とカンナは続けた。

「なるほど、その『村正』は、幕末の動乱期に実際に使用され、実戦を知っている」

 しかも、日本刀を使った市街地での白兵戦が主力だった頃だ。
 誰もが何らかの流派をかじっていた時代。
 ことに日本刀を使った白兵戦においては、最強の時代だろう。

「幕末の剣客をその身に宿したのと同じ、ですか、フフ」

 ジャコッとサブマシンガンを鳴らす。

「ですが、単発の弾丸ならともかく、連射される弾丸を斬ることなど、当時の剣客には不可能だと思われますが?」

 鳥羽伏見の戦いで、幕府側として新選組が参戦した。しかし、銃を中心にした薩長軍の前に敗北した。

「そこは、妖刀と言われる所以だろ」

 カンナは鼻で笑い、刀を構えなおす。

「何を企んでいるかは知らんが、好きにはさせんぞ?」
「フフ、残念ですが、好きにさせてもらいます」

 スカーフェイスは魔力を練りながら言った。

「ここで僕があなたを倒す必要はありません。しかし、あなたは僕を倒さなければなりません」

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 カンナはゆっくりとスカーフェイスの後ろにある変電設備を見遣った。

(わずかに発光している・・・・)

「・・・・この【力】の波は・・・・」

 ここに朝霞がいれば、もしかすれば気付いたかもしれない。
 第二次鴫島事変において、反SMOの強襲揚陸部隊の旗艦であった強襲揚陸艦「紗雲」。
 "風神雷神"の一角・山神綾香の助けを借りた主砲に、【力】の流れが似ていた。
 尤も、「紗雲」の主砲は、科学理論で魔術の再現をしたに過ぎない。
 そのオリジナルの異なる複製品。
 それが、スカーフェイスの、対封印用魔術だった。
 細かい手順を踏んだ解除に、ゴールキーパーの排除が必要ならば、そんな解除方法を捨てればいい。
 ゴールを決めたいならば、ゴールキーパーごと吹き飛ばせばいいのだ。

「貴様、結界ごと吹き飛ばす気か?」

 結界を維持する【力】も使って、この【力】が放射された場合、甚大な被害が出るだろう。
 その被害は、結界がないために修復されることなく、戦闘終了後もその爪痕が残る。
 裏のことを隠したい、裏の住人からすれば、禁忌とも言える所業だ。

「フフ、そうですよ。別に僕は裏が表に現れようが関係ありません」

 「でなければ、封印破壊なんてしません」と続けたスカーフェイスは、変電設備に弾丸を撃ち込んだ。

「―――ッ!?」

 途端に始まった、無秩序な【力】の吸収。
 この地に集う【力】が変電設備に集中していく。

「くっ・・・・」

 妖気を放っていた「村正」が引き寄せられ、カンナの手から離れた。
 それはクルクルと回転し、変電設備を覆う柵を切り裂き、変電設備に突き刺さる。そして、【力】を吸い取られ、ボロボロに朽ち果てた。

「あ~あ、武器を失いましたね」

 そう言い、スカーフェイスは興味がなさそうに、カンナ向けて三連射する。

「・・・・おや? フフ、なるほど、そう戦況が動いていますか」

 弾丸を両断し、続けてスカーフェイス向けて放たれた黄金の光は、変電設備に吸収された。

「・・・・お前」

 カンナの前に降り立った央葉は、すぐに状況を察し、体の発光を止める。

「それでは、失礼いたします、フフ」

 央葉の攻撃意志が緩んだ瞬間、スカーフェイスは逃亡に移った。
 スタングレネードを起爆し、ふたりの視界を潰す。
 その間に、スカーフェイスは姿を消した。

「・・・・待て」

 滑るように動き出した央葉を止める。

「他はどうなってる?」
『鹿頭、穂村妹、唯宮、水瀬は脱出』
「残りは・・・・あの轟音か・・・・」

 カンナは無理に動かしていた体の痛みに、顔をしかめながら音源を見遣った。
 そこでは第三講義棟が崩壊している。

(この結界が吹き飛んだ時、あそこは復旧するが・・・・)

「問題は・・・・」

 カンナは変電設備を見上げた。
 ここで【力】を出せば吸収される。
 この【力】を散らすには、長距離からの高威力攻撃しかない。
 できるかもしれない朝霞は脱出。
 直政も間に合わないだろう。

「無理、か」

 砲撃が防げないのであれば、砲撃後のことを考えよう。
 カンナは携帯電話を取り出し、結界の消失を待った。




「―――どわっ!?」

 夜闇を裂いた紫色の光がいずこかへ消えた時、轟音と地響きが直政を襲った。
 これまで術式と白兵戦を併用した無理攻めをしていた直政だが、さすがに驚いて一度退いた。

『こら! 敵を目前にして後退とは何たることか!』

 刹が何か言っているが、直政はまさに我に返った、という心境だ。

(あれが・・・・狂気?)

 今でも目の前の敵に襲いかかりたくて仕様がない。

「―――ご主人様」
「・・・・初音か」

 衝動に耐えている間に、クリスの傍に初音が降り立った。

「任務、完了です」
「・・・・なるほど。アレは、それか」

 クリスは金髪を掻き上げ、噴煙が上がる生徒会棟の方を見遣る。

「オマケにアイツ、結界まで解きやがって」

 見渡せば、周囲の景色が元通りになっていた。
 中位結界以上の特徴である。

「御門、今日はここまでだぜ」
『帰らせると―――っ!?』
「いいえ、帰らさせていただきます」

 初音の足下から氷が発生し、直政の接近を阻む。
 そう、"刹は直政の体を使って接近しようとしていた"。

「・・・・ぅ」

 その事実に気付いた直政は、思わず<絳庵>を手放そうとする。だが、掌は全く開いてくれなかった。

(まさか・・・・)

 朝霞が直政を褒めたひとつの点。
 それはどんな攻撃を受けても武器を手放さない、直政の執念だ。

(それも、"刹"が、<絳庵>が俺の手を操って・・・・?)

『地術師舐めるなぁっ!』

 地面を凍らせても、その地面ごと持ち上げれば問題ない。
 氷面を突き破って、いくつもの槍が初音に迫った。

「それではご機嫌よう」

 だが、彼女は一礼してその姿を消す。
 当然、土の槍は空を切り、お互いを傷つけることで四散した。

『チィッ、逃がしてしまいましたか』

 直政の肩に乗り、首を振る刹。

『ですが、仇が分かりました。やはり、大きな勢力に属すとその流れでいろいろな戦闘が起きる』

 御門宗家を滅ぼすほどの勢力だ。
 確実にどこかで引っかかる。
 そして、今日、ついに引っかかった。

『御館様、これから忙しくなりますね!』

 上機嫌の刹とは、対照的に直政はおっかなびっくり<絳庵>を手放す。
 すると、今度は簡単に手が開いた。
 <絳庵>は完全に倒れる前に、赤い光を放って消える。

「・・・・ふぅ」

 体を駆け巡っていた衝動が消え、直政は大きく息をついた。

―――♪~

「ぅお!?」

 ポケットに入れていた携帯が、着信音を奏でる。

「もしもし?」
『私だ』
「誰だよ!? ・・・・いや、漂う威圧感で分かったけどさ」

 威厳たっぷりな声に、直政の感傷が吹き飛んだ。

『戦況は把握しているか?』
「・・・・さっぱり」

 "誰か"に殴り飛ばされ、さっきまで戦っていたのだから。

「あれ? 俺は誰と戦っていたんだっけ?」
『・・・・お前もか。どうやら、記憶を消されたようだな』
「記憶を・・・・?」

 直政が首を捻ると、刹も肩の上で同じ動作をした。

『まあ、いい。とりあえず、穂村は生徒会棟に向かってくれ』
「何でだ?」
『魔術による砲撃で、生徒会棟は崩れた。結界維持の【力】を使った攻撃で、だ』
「・・・・結界が解ける時の修復外の破壊・・・・」
『誰かが巻き込まれた可能性がある。お前の能力でそれを探れ』

 地術師の探知能力を生かそうというのだろう。

『私は警察が来る前に、陸綜家に連絡する』
「待った。心優たちは?」
『すでにお前の妹と鹿頭が脱出させた』
「・・・・そうか」

 ほっと一息つく。
 最悪、彼女たちが被害を受けていた可能性があるのだ。

「了解。早いとこ増援を呼んでくれ。あまり遅いと心優が騒ぎ出す」
『ああ、分かった。・・・・もっとも、奴らはとっくに動いていると思うがな』
「?」

 カンナは意味深な呟きを残し、電話を切る。

「なんのこっちゃ?」

 後には、先程までの狂気を、嘘のように引っ込めた刹と首を傾げる直政が残された。


―――まるで、先程までのある特定の記憶が抜け落ちたかのように。









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