第二章「初ライブ、そして初陣」/8


 

 幼い少年には恐怖でしかなかった。
 白衣を着た研究員が無表情で、寝台に横たわった央葉に様々な機器を取り付けていく。そして、彼らの後ろでは完全武装に身を包んだ警備員が油断なく、周囲に気を配っていた。

「・・・・なに、するの?」

 子供特有の高い声音の中に不安が揺れる。
 この時はまだ、叢瀬央葉は声帯が正常だった。しかし、せっかく試みたコミュニケーションへの反応はない。
 研究員たちはただの事務作業のように手を休めることなく、テキパキと央葉の体を固定していく。

「・・・・央葉」

 そんな研究員の向こうに立っていた黒鳳月人が言葉をかけた。
 さすがの研究員も長の言葉に手を止め、道を開ける。

「央葉、僕の代わりに・・・・覗いてきてくれるかい」

 そう言ってヘルメットを被せた。

「出力開始」

 無感情な声と共に央葉の体が輝く。
 意志とは関係なく、異能が発動して黒鳳が製作していた高性能演算器の動力へと変換されていった。

「演算スタート」
「あ・・・・あぁ・・・・」

 際限なく引き出される異能の衝撃に央葉の体がガタガタと揺れる。しかし、きつく縛られた体は寝台から飛び出ることなく、配線を通して動力を供給し続けた。

「ひぅ・・・・」

 細い呼吸がなされた時、ヘルメットの暗い視界の中に何かが開く。
 それを見た央葉は―――

「――――――――――――――――――――――――――――――」

―――意識を失った。






叢瀬央葉side

「―――っ!?」

 冷水を頭からかけられる感覚に央葉は飛び起きた。そして、ポタポタと全身から滴を落としたまま周囲を確認する。
 部屋は真っ暗でその四隅を見渡すことはできなかった。
 それでもいろいろな機器が置かれていることは分かる。

「いつまでも寝てるんじゃねーよ、オニーサマ」

 央葉が寝かされたベッドの脇に立つ少女はバケツを手に醜悪な笑みを浮かべた。
 なまじ整っているだけに、その表情には凄みがある。だが、央葉にとってそれ以上の意味を持つ顔立ちだった。

「ぼけっとしてんなよ。それでもオレのオニーサマか?」

 そう、「兄」と呼ばれることに違和感がないほど、彼女の顔は央葉にそっくりだ。

「ったく、ホントに期待はずれだったしよぉ。オメェも見るか? 【叢瀬】の呆気ない最期」
「・・・・ッ」

 告げられた事実にビクリと体を震わせる。

「キヒ、最高だったゼ。今、見せてやるよ」

 少女の左腕が音もなく落ち、ただの粘液となって数メートル離れたパソコンまで流れていった。そして、その粘液がキーボードをタッチし、画面に映像が映し出される。

「ほんの数分前だ。これ見たから起こしてあげたんだぞ、オニーサマ」

 何が面白いのか、少女は腹を抱えながら笑い出す。
 耳障りな笑い声を無視し、央葉はその動画に視線を向ける。
 そこでは叢瀬椅央が陣頭に立ち、群がる装甲兵と戦っていた。
 それはただ見事としか言いようのない戦い方だった。
 絶対的な不利の状況にありながら、銃火に輝く銀髪が多くの兵器群を指揮する。そして、その周りで年端もいかない少年少女――【叢瀬】が必死に戦っていた。

「くくく」

 その【叢瀬】たちが次の瞬間、実験区から飛んできた砲弾によって吹き飛ばされた。

「はーい、ここでお終い」

 プツッと動画が終わり、画面が真っ暗になる。

「見事、【叢瀬】は流れ弾によって全滅しましたとさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「っんだよぉ。反応できねえのか?」


「―――いや、充分驚いているよ」


 いつまでも表情を動かさない央葉に飽きたような声を上げる少女の背にひとりの青年の声がかけられた。

「・・・・アンタの方がよっぽど驚かれてるぜ」
「・・・・みたいだね」

 闇の中から現れた青年の姿に息を呑む。
 それは央葉たち【叢瀬】のリーダーが探し求めていた者だったからだ。

「久しぶりだね、央葉」

 そう言って、黒鳳は傷ついた央葉の頬を撫でた。

「あの時は悪かった。僕が未熟だったばっかりに・・・・」

 ズキリと胸が痛み、央葉は首を振って黒鳳の手から逃れる。
 あの時のことは思い出したくもない。
 あの、哀しい出来事のことは。



 ヘルメットの奥に覗いたモノに耐えられなくなった央葉は身を守るため、流れ出る能力に身を任せた。
 結局、そのまま能力は暴走し、周囲にあった機器ごと警備員を吹き飛ばす。
 貫通性に優れた光は壁一枚隔てた場所にいた研究員をも貫き、たった一撃で十数名に及ぶ死傷者を作り出した。
 たった一瞬で加賀智島研究所史上最悪の犠牲者を出した央葉は次々と現れる警備隊を蹴散らし、記録を更新させる。
 そこに立ちはだかったのが、当時から【叢瀬】のリーダー的存在だった叢瀬椅央だった。
 とはいっても椅央も齢五つの童である。しかし、椅央の指揮は的確だった。
 混乱した指揮系統を立て直し、班編制も再編して使えるようにした椅央は暴走した央葉をとある場所へと誘導する。そして、その間に【叢瀬】や機器の準備を進め、迎撃作戦を進めていた。
 これまで別々にぶつかっては壊滅を繰り返していた警備隊が今度は負傷者を出しつつも死者を出さずに徐々に戦力を集中させていく。
 とある空間に連れ込まれた央葉はその中心で能力を暴走させていた。
 警備隊は出入り口を封鎖しており、この施設に集ったのは【叢瀬】の中でも念動力系の異能者だ。そして、彼らの能力を施設の力で増幅し、央葉の動きを封じたのだ。

「―――ああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!!!」

 眩い閃光がドームに満ち溢れ、そこかしこでその天井を貫通する。しかし、央葉の体だけでなく、その【力】もドームの効力によって増幅された念動力によって抑えられていた。
 それでも覗いた恐怖から逃れようとする央葉からの奔流は止まらず、ドームは何人たりとも踏み込めない地獄と化している。

『―――のぶ、しっかりしろッ。気を確かに―――』

 音もなく、光がスピーカーを貫いた。
 耳に椅央の声が届いたような気がするが、体から溢れ出す【力】の轟音が掻き消す。だがしかし、五感の内、最後に残った感覚が、それを知覚した。

「―――央葉、迎えに来たわ」

 視覚が捕らえたのは放射される光に屈することなく、毅然と立つ女性である。
 鳥居まどかは首飾りを服の中から引き抜いた。

「ごめんなさい、少し痛いかも」

 首飾りの先にあったのは焼け焦げた数個の鎖。
 それがゆっくりと振られ―――

―――ジャラリ

 鳴動した。

「―――っ!?」

 首飾りの鎖が膨れ上がり、何より数を増して央葉の能力を食い始める。
 瞬く間にドーム内を鎖で覆い尽くしたまどかはゆっくりと央葉の前に立った。
 暴走した【力】を失った央葉からはもう、能力の奔流は収まっている。

「央葉・・・・」

 トン、とまどかの指先が央葉の小さな額をこづいた。

「・・・・ッ」

―――ジャラリ

 耳朶を震わせる姿のない鎖の音がなる。
 それは央葉に眠る大きな【力】に鎖がまとわりつき、その【力】の発現を抑圧した証だった。だが、どんな異能でも封じていた鎖だとしても央葉の莫大な【力】を抑えることはできない。
 それでも確実に数割は【力】を封じ、央葉は不相応な【力】だけ封じられた形となっていた。

「これでいいわ。これであなたはまだ、異能を使える」

 まどかは央葉に視線を合わせ、にっこりと微笑む。

「ただ、身に余る【力】は無理。自分の体にあった総量しか出せないようにしたから。危険信号は鎖の音だからね」

 鳥居まどかが誇る"抑制能力"。
 あらゆる条件をクリアされた時にのみ発現できる、相手の能力に干渉できるという離れ業だ。

「怖かったでしょう? でも、大丈夫よ」

 そっと央葉を抱き締め、頭を撫でる。

「あなたは私が守るわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぎゅっと央葉もまどかの背中に手を回して抱きついた。

「ふふ」

 まどかも幸せそうに抱き締め返してくれる。
 温かく包まれる感覚に安心し、まぶたを閉じた時、それは始まった。

―――ガラガラガラッ

 ドームに穿たれた穴から崩壊していく。
 強力な【力】はドームを維持していた建築資材をまとめて吹き飛ばしていたのだ。
 重力のくびきを思い出した瓦礫たちは各々が持つ重量を重力加速度に従って地面にぶつけようと落下を始める。
 無数の穴を穿たれた瓦礫たちの多くは落下の過程でバラバラに砕けていく。だがしかし、それでも少なくない大きな瓦礫が宙に躍り出ていた。

「・・・・ッ」

 央葉は能力を発動し、寄せてくる瓦礫群を薙ぎ払おうとした。

「無理よ・・・・」

 耳元で囁かれた言葉通り、抑制能力を受けた央葉の能力はぴくりとも動かず、央葉の体を輝かせることはない。

「むぐっ」

 焦る央葉は強くまどかに抱き締められ、全身を砕くような衝撃に襲われた。


「―――あの時、僕の未熟さがまどかを死に至らしめた・・・・」

 黒鳳は悔恨滲み出る表情で目を閉じる。

「あれから十年。第一次鴫島事変からもうすぐ三年だ」

 黒鳳が婚約者を失い、そして、【叢瀬】の前から姿を消した月日。

「僕はずっと考えてきた」

 主任が仕事を放棄してから、【叢瀬】を護り続けたのは椅央である。
 皮肉にも央葉が起こした暴走を治めたことで言って異常の信頼を得た彼女は黒鳳に代わり、研究計画の一端に触れられる権限を得た。
 そんな、五才の少女に重責を押しつけてまで得た時間に何を考えたのだろうか。

「その答えとして、まずこの娘がいる」
「ん? オレの出番か? ってことは殺してもいいってことか」
「ダメだよ。ほら、自己紹介して」

 ギラリと殺気を漲らせた少女に怯むことなく、黒鳳はその頭に手を乗せる。

「離せ」

 その手はすぐに叩き落とされたが、少女は殺気を抑えた。

「オレの名前は央華(オウカ)。叢瀬央華だ。その足りない頭でよく覚えとけ」

(叢瀬・・・・)

「まあ、先程、君のことを『オニーサマ』と言ったのは本当でね」

 黒鳳はその穏和な表情に影を落としながら言う。

「椅央、央葉、央華。『ひろ』、『おう』といった叢瀬の通り字である『央』本来の読みを持った子どもたちはちょっと特別なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 思えば、他の【叢瀬】たちの名は「央」は読まずにもうひとつの漢字の読みで名前が付けられていた。

「君たち三人、実は僕とまどかの子どもなんだよ」
「・・・・ッ」

 加賀智島研究所は当初、異能の発生要因を調べる研究がなされていた。
 これは監査局として、裏の事件に関わった者たちを監視するための優先順位を付けるためだった。しかし、それは徐々に人工的に異能は作れるのかという研究に変わり、多くの異能者の精子や卵が集められた。

「元々、君たちにはサンプル番号しかなかったのを、まどかが名前を付けようと言うことになってね。ふたりで考えたものさ」
「けっ」

 懐かしそうな目をした黒鳳から央華は視線を逸らし、近くの椅子に腰掛ける。

「だからこそ、僕の目的には君たちが必要だった。それが僕たちの遺伝子を使う条件だったからね」

(その一端が・・・・あの実験・・・・)

 央葉暴走した実験は加賀智島研究所の理念からは外れていたとしかいいようがない。
 椅央は黒鳳が収集したデータを欲していたが、実験後から黒鳳が管理して椅央でも侵入できなかった。

「スーパーコンピュータ顔負けの高度演算能力を有する椅央」

 「残念ながら失われたようだけど」と少し哀しそうな顔をする。

「高エネルギー出力を誇る央葉」

 と三本立てていた指を残り一本にした。

「そして・・・・」
「余計なこと言うなよ」

 続けて央華のことを口にしようとした黒鳳に釘を刺す。

「オレは能力の種明かしをさせられたくない」

 両手をハサミに変え、黒鳳の首を挟んだ。

「はいはい」

 黒鳳は両手を挙げて降参するように目を閉じる。しかし、すぐに真面目な顔を作って央葉を見た。

「君たちが来ると"視て"から、いろいろ準備してきたんだよ」
「―――っ!?」

 央葉が感じていた、高雄研究所の対応の良さ。
 それは黒鳳月人が持つ"予知能力"によって、強襲作戦がバレていた、ということらしい。

「だから、そろそろ始めようか。あまり長居しては静観している"東洋の慧眼"が動きかねないからね。―――お願いするよ、央華」

 黒鳳は時計を見て、立ち上がった。そして、央葉から離れ、ドアに向かって歩いて行く。

「けっ。死んでもしらねえぜ」
「うん、殺さないでね」
「・・・・けっ」

 吐き捨てるように黒鳳の笑みから視線を逸らした央華は央葉の前に立った。
 拘束具を着て、能力を封じられた央葉はどうしようもできない―――はずだった。

―――ジャラリッ

「・・・・お?」

 央華が訝しげな声を上げ、己の穴の空いた腹を眺める。
 そこには直径5センチほどの穴が穿たれ、その射線上にあった機械が爆発した。

―――ジャラララッ!!!

 拘束具を吹き飛ばした央葉の【力】を封じる鎖の音が響き渡る中、眩い光が央華を貫き続ける。

「きひ、効かねえって。馬鹿か、オメェ」

 しかし、ズタズタにされつつも央華は央葉の顔を掴んだ。

「・・・・ッ」

 ずるりとその糸が体内に入ってくる感覚に怖気が走る。
 血管や神経の中を別の何かが這い回り、何かを探していた。
 脳内を這い回る異物の激痛に体を硬直させ、異能を発動させようにもうまくいかない。
 【叢瀬】最強と呼ばれた央葉が何の抵抗もできず、ただ好きなようにされていた。だが、それも彼女が目的のものを見つけたことで終わりの時となる。

「ああ、あったぜ」

 至近距離から獰猛な笑みで央葉を見る央華。

「きひっ、ほいっと」
「―――――――――――――――」

 糸が央葉の中にある"鎖"を打ち砕いた瞬間、その部屋は黄金に染め上げられた。






場外戦scene

 研究区の第一研究棟から目映い光が放射されたのと同時刻。
 高雄研究所から40キロメートル離れた街道脇にてヘリが撃墜された。
 林の中に墜落したヘリはその腹に蓄えられた燃料を吐き出しており、辺りに匂いが立ちこめている。
 そこに容赦なくロケット弾が飛来した。

―――ドォッ!!!

 着弾したロケット弾は瞬く間に燃料に引火して大爆発する。
 その爆圧は周囲の木々をざわめかせ、地面に生えていた草花に燃え移った。
 そんな煉獄のような光景のど真ん中では先程まで中空の覇者の如く飛び回っていたヘリがある。
 塗装が融け落ち、コックピットも原形を留めていなかった。

『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 それでも、包囲する者たちは油断なく歩みを進めていく。

「―――やれやれ」

 炎の中から聞こえるはずのない元気な声が聞こえた。

『『『・・・・ッ』』』

 炎の奥で黒い影が立ち上がるのを見た彼らは迷いなく、その手に持った銃器の引き金を引く。
 数十の火線が影へと伸び、炎を貫いた。

「まさか、こちらを視認次第、誘導弾で撃墜とは・・・・容赦ないな」

 スッと炎のカーテンから刀の鋒が突き出される。そして、それがカーテンを切り裂くように下ろされると同時に、辺りを包んでいた炎が消えた。

「これで二度目だぞ、撃墜されるのは」
『『『・・・・ッ』』』

 少年の軽口に取り合うことなく、漆黒の装甲を着た彼らは軍用ナイフを振り抜くなり突撃する。
 総重量で二〇〇キロ近い体を神速の勢いで動かした衝突力は大型車輌でも破壊できるであろう。

「・・・・ッ」

 それを少年は一度、引き抜いた刀を鞘に戻し、もう一度抜刀することで押し返した。
 轟音が弾け、数メートル押し返された装甲兵たちが体を仰け反らせながら停止する。しかし、少年の攻撃は止まらず、体の伸びきった歩兵たちの足元にて炎が爆発した。さらに脚を払われて中空に浮いた彼らの真正面から炎弾が命中し、爆発音と共に吹き飛ばす。

「・・・・大した耐火性、耐ショック性だな」

 【叢瀬】が苦戦している装甲兵を上回る戦闘能力を持つ彼らを押し返した一哉は呆れたように肩をすくめた。

「だからこそ、温存、か・・・・」

 一哉は刀――<颯武>を鞘に収め、臨戦態勢のまま装甲兵を睥睨する。
 その放たれる殺気は装甲兵を縛り付け、膠着状態へと発展した。

「―――フフフ、何を待ってるんですか?」

 装甲兵の向こうから草を踏み締めるような音がする。

「・・・・お前だよ」
「おや、初対面のはずですが?」

 闇の向こうから姿を現したのは隻眼の男だった。

「時任蔡。聞いたことがないか?」
「・・・・これは本当に驚きましたよ、フフ。どこから僕に繋がったのですか?」
「ああ、たった今、な」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 かまをかけられ、ニヤニヤしていた男の顔から笑みが抜け落ちる。

「さすがは"東洋の慧眼"・・・・。僕にこの問いをぶつけられた理由を聞いても?」
「ああ、隠すようなことじゃないしな」

 一哉は刀から手を離し、懐に手を入れた。
 刀を使えないとしても、一哉には意志ひとつで自在に動く炎術がある。
 これは隙ではない。

「ほら」

 適当に石を拾い、それを取り出した紙に包んで投げた。そして、その石は男の側に落下する。

「・・・・タクシーの請求書?」

 男は眉をひそめ、説明を求めるように一哉を見遣った。

「師匠は統世学園に来る時、タクシーに乗っててな。その請求を俺に押しつけたんだよ。俺の所に来るのに数ヶ月もかかったのは一度、熾条の苗字から熾条宗家に行っていたからだ」
「それが転送されたのが・・・・最近と言うことですか?」
「そうだな。それからタクシー会社に問い合わせ、師匠がどこから乗ったのか割り出した。・・・・分かるか?」

 一哉は答えを促す。

「ええ、分かりますよ」

 男は大仰な仕草で肩をすくめて返した。

「高雄研究所近くの街道、でしょう?」
「そうだ。そして、師匠の残した言葉からして、高雄研究所にいた可能性が高い」
「フフ、あなたほどの方が敵討ちに攻め寄せたと? その割には苦戦しているようですね、フフフ」

 情報は入っているのだろう、男はくつくつと笑う。

「まあ、あの戦は椅央の戦だ。俺のじゃない」
「フフ、ならば、あなたの戦は勝てますか?」
「奥の手を残しているのはお互い様だ。話してて何となく分かった。お前は"男爵"と同じ匂いがする。奴よりはずっと狡猾だがな」

 つまりは勝ちが決まっていなければ姿を現さない。

「なるほど。情報通り、食えない御方です、フフ」

 そう言った男が空を見上げると二機のプロペラ機が旋回していた。
 ヘリではない。
 歴とした固定翼機だ。

「それでは熾条一哉」

 男が顔を下ろした時、それまでの顔ではなかった。

「見事、僕を見つけた時にまた会いましょう、フフ」

 右腕を振り、抱え込むように一礼した両目を"しっかりと開いた男"はニヤリと笑う。そして、"彫りの深い顔立ちの男"は装甲兵に抱えられるなり、宙へと飛んだ。

「それではごきげんよう」

 旋回に合わせて飛び上がった装甲兵たちは次々とプロペラ機の扉から機内へと飛び乗っていく。

「おー、すげー」

 それを額に手を当てて見送った一哉はとりあえず、捨てられていた請求書を拾った。

「指紋を残したのはヒントのつもりか。もしくはあの顔換えは指紋をも変えられるのか・・・・」
「―――いちや、終わったの?」

 とてとてと幼女が彼らのトラックの方から歩いてくる。

「ああ、終わった。あとは研究所に帰って勝敗を見届けるだけだ」
「ふーん。・・・・あれで帰るの?」

 幼女が指差すは乗り捨てられたトラック。

「いや、あれはダメだ」
「? どうして?」

 小首を傾げる幼女を尻目に請求書を投げるのに使った小石を放り投げる。

「わぁ♪」

 トラックの外装に当たった瞬間、トラックが爆発した。

「プラスチック爆弾、ね」

 一哉は誘爆し続けるオレンジ色の閃光を眺める。

「・・・・どっちが食えないんだか」
「あかねはどっちも食べられないと思うなっ」

 幼女の言葉に笑った一哉はその小さな頭を撫で、研究所向けて歩き出した。









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