第二章「初ライブ、そして初陣」/7


 

「―――さあ、明日はいよいよ本番です」

 心優はトクリトクリと普段より若干早い鼓動を心地よく感じていた。
 そっと胸に手を当たれば、触覚としてもそれを感じることができる。

「いよいよ、あの舞台へ・・・・」

 去年の烽旗祭。
 もはや一学園の文化祭ではなく、町全体のイベントと化しているそれに参加した心優は軽音部のライブに魅せられた。
 残念ながら、当時の主要メンバーは卒業してしまったが、その時の曲を作ったのが今の部長らしい。
 そんな憧れのメンバーのひとりである部長が作った曲を、明日はステージの上で歌えるのだ。

「ふぅ・・・・」

 熱の籠もった息を吐き出し、ベッドに腰掛ける。

「政くん・・・・」

 そのままの姿勢で窓の外の向こうにある穂村邸を見遣った。
 残念ながら直政の部屋は電気が点いていない。

「わたし・・・・歌いますからね」

―――あなたのために。

「さて、大一番の前は早く寝るに限ります」

 心優は勢いを付けてベッドに潜り込んだ。

「おやすみなさい、政くん」






穂村直政side

「―――御館様、右ッ」
「ふんっ」

 直政が繰り出した大身槍の穂先が飛んできた瓦礫を粉砕した。しかし、その他の中小の瓦礫は直政の体に命中する。

「ぐ・・・・」

 まだ習い始めの素人である直政には朝霞のように全てをはね除ける技量はなかった。だが、地術師としての防御力の高さの上、直政の性質でもあるタフさのおかげで、これくらの被弾は戦闘行動に支障ない。

「ぅおおおっっ!?!?」

 瓦礫の攻撃ばかりに気を懸けていた直政はその瓦礫を砕いて伸びてきた手を慌てて避けた。そして、そのまま距離を取る。

「御館様、何故距離を詰められませぬ? この<絳庵>、刺して突くことこそ本領を発揮しますが?」

 <絳庵>は柄が赤い、朱槍と呼ばれるものである。
 穂先も三〇センチを超え、大身槍としての顔を持ち、誰が見ても白兵戦用であった。

「だけど、俺まだこれ使えないんだよなぁ・・・・」

 槍を握ったのですら数週間前が初めてだ。
 それから長物部に入部して修練を積んでいるとはいえ、まだ焼け石に水状態だ。

「情けない。それでも名門御門家の当主ですか。情けない」
「二度言ったな!? って、消え―――ぐわっ」

 <土>が伝える敵の気配が消えたことに驚いた直政は慌ててそちらに顔を向けた時、そらから敵が降ってきた。
 幸い直撃はしなかったが、踏み砕かれたアスファルトの破片を受けて跳ね飛ばされる。そして、見事に瓦礫の角を後頭部に打ち付けた。

「おうおうおう・・・・ッ」

 思わず頭を抱えてゴロゴロ転がる。

『馬鹿ですか。―――っとぉっ、御館様ッ!?』
「てぇー!?」

 空から降ってきた巨大な拳をさらに転がって避けた直政はその勢いで立ち上がった。そして、朝霞に褒められた、異常なまでの武器への執着から手放さなかった<絳庵>を構える。

「せぇっ」

 轟ッと唸りを上げ、石の飛礫――御門流地術第三位術式・"早合"が発動した。だが、その攻撃も拳によって薙ぎ払われる。

「くっそ、あいつ何なんだよッ」

 円を描くように敵の周囲を駆けながら直政は毒づいた。

『まだまだですね』

 そんな肩に止まった刹は腕を組みながら首を振る。

「あ!?」
『御館様の術式はなってません。甘っちょろいです。正直、傍系の術者レベルです。いえ、それ以下かもしれません』

 振り回された腕によって実験棟が崩れ出した。

『御館様のは術式ではなく、ただの土くれです』
「言うじゃねえか。何がダメなんだよ」
『密度、ですかな? とにかく、同じ精霊量でも威力が全然ダメなんです』

 術式とは精霊を決まった場所に配列して初めて効果が表れる。しかし、直政の場合、発動はするが、その配列が曖昧なのだ。
 術式とは『1』なのだが、直政のそれは『0.6』。だけれども、四捨五入すると『1』だから発動するとでも言うべきなのか。

『そうだ、カノン砲などの西洋の大砲と仏郎機(フランキ)などの日本の石火矢の違いですッ』
「訳わかんねえよッ」
『不勉強ですねぇ』

 何故か直政はメガネをかけ、さらにそれを光らせている刹を幻視した。

『いいですか? 戦国時代、それも安土桃山と呼ばれる時代には大砲が存在しました。その名を石火矢や仏郎機などと称します。また、国崩というのも有名ですね』

 島津軍の豊後侵攻に対し、大友宗麟は丹生島城(臼杵城)にて大砲を用い、島津軍を撃破している。また、豊臣秀吉が晩年に行った文永・慶長の役では火縄銃と言った比較的小口径の銃を主兵装にしていた日本軍は明・朝鮮軍が装備する大砲に驚いた。
 その後、鹵獲した大砲は近江国国友村で複製され、関ヶ原の戦いでは石田三成が使用している。

『同時期に西洋でも大砲は使われていました』

 当時、覇権国家であったスペインはカノン砲を用いて無敵艦隊を率いていた。
 その無敵艦隊は1588年、アルマダ海戦にてイギリスが用いたカルバリン砲に敗れている。
 このカルバリン砲が用いる砲弾は仏郎機とそう変わらない重量だったが、その威力、射程は段違いだった。
 関ヶ原の戦いでは轟音で東軍を怯ませただけの仏郎機と大坂冬の陣では城外から大坂城の天守閣を撃ち抜いたカルバリン砲。
 その違いは砲弾の装填方法にある。
 仏郎機は子砲と呼ばれるものを装填する後込め式であり、カルバリン砲は先込め式だった。
 これは火薬が爆発する部分の構造を変化させる。
 前者は装填作業のためにどうしても隙間が必要になり、必然的に火薬の爆発力はその隙間から逃げ、爆発力全てが砲弾を飛ばす力にはなり得なかった。しかし、後者はその隙間がなく、爆発力は全て砲弾を飛ばす力となり、長大な射程距離と絶大な威力を示したのだ。

「つまり何だッ!?」

 戦闘途中に長々と講釈を垂れられた直政は早々に理解を放棄する。
 頭の回転が悪いわけではないが、歴史と物理、さらには集中できないという三重苦の前には仕方ないと言えよう。

『むぅ、つまりはですね』

 そんな態度に不満そうに口を尖らせた刹は飛んできた小さな瓦礫を尻尾で弾きつつ言う。

『同重量の砲弾を用意しても威力に差が出るのは砲弾を撃ち出す力に差があるからです』

 つまりは同じだけの"気"を用意しても、その"気"が持つ力が全て術式に向かっていないと言うことだ。
 術式を発動することはできる。だが、術式が持つ、本来の威力には届かない、と言いたいのだ。

「長々話して、結局俺が未熟だってことじゃねえかッ。ややこしいんだよ、この馬鹿ッ」
『最初から言ってたでしょッ。ちゃんと聞きやがれです、この阿呆ッ』

 罵り合いながらも、崩れ落ちる建物の奔流から逃げる。

『精霊術とは精霊を用いたもの。そして、御門流地術は<土>を兵と捉えています。つまりは<土>をうまく統率する兵法こそがその神髄』

 兵法とは兵を動かす方法だ。
 その兵をただの数だけの烏合の衆にするか、しっかりと統率された精鋭にするかは指揮官次第。
 その指揮官としての実力がまだまだ、ということなのだ。

『御門流地術は同じ術式でも威力が違います』

 第三位術式と言えど、優れた術者が使えば他属性の強力な術式に引けはとらない。

『まあ、いくら説明してもこの戦いでいきなり制御できるわけではないでしょう。―――右』
「ノォッ!? ―――だぁ、飛翔体は<土>が気付かねえからやりにくいっ」
『修行不足です。もっと鍛錬を積みやがれです。それと話を戻しますよ』
「まだ何か!?」

 研究棟の中に転がり込み、飛んできた瓦礫を避ける直政は静かにできない相棒を睨みつけた。

『奴を倒す方法です』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『何ですか、その目は? まさか御館様は私がただ傍で茶々を入れるだけの小姑だと思っていやがったですか?』

 直政は答えず、壁をぶち破って入ってきた敵から隠れる。
 まず特筆すべきことは全長約3.5mの巨体。
 まるでイヌ科の動物が今のままで二足歩行に移行したかのような脚部。そして、そのふらつきそうな巨体を支える長く太い腕。
 皮膚はまるで甲殻類のようで、今まで自分が引き起こした破壊でも全く傷を負っていない。
 悔しいことに刹の言う通り、威力が足らないのだろう。
 少なからず命中していたはずの石の飛礫は全くダメージを与えていなかった。

『聞きやがれッ・・・・です』

 敵の観察を行っていた直政は、耳元で叫ぶ刹の声で再びこの獣の言葉に耳を傾ける。

『今の御館様の地術ではあの輩を倒すことはできません。でしたら、御館様が持つ不変の威力を誇る武器を使うべきでしょう』

 そこまで言うとえっへんと胸を張る刹。

『私に貫けぬものなどありません。存分にお使い下さい』
「あいにく、俺はお前を使いこなせる腕はねえ」

 白兵戦で抑えつけられるならば、こうして逃げ回りながら遠距離攻撃に従事したりしない。

『別に技量なんて関係ありませんよ。御館様はちょっとやそっとじゃ死ねませんし。まあ、二、三個でっかいのを喰らいながら奴の心臓を貫けば終わりです』
「その過程何か間違ってるだろっ」

 思わずツッコミを入れ、気付かれたかどうか窺った。しかし、敵はキョロキョロしてこちらを探しているだけだ。

『とにかく、このまま間合いを置いては埒が明きません。ここは損害を省みず、白兵戦に持ち込むことこそ活路があると思われます』
「ああ、もうッ」

 直政は敵が背中を向けた時、瓦礫の影から飛び出した。そして、重心を前に掛け、前屈みになった突撃する。
 穂先はしっかりと敵の中心に向いており、これこそ徒歩武者の槍突撃だ。

「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!!!!!」

 直政の突撃に気付いた敵が長大な腕を振るい、瓦礫を押し飛ばした。
 視界一杯に広がる瓦礫の壁。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!!!!」

 これまでならば横っ飛びなどで避けていたそれに、直政は躊躇なく飛び込む。

「イテテテッ!?」

 少なくなく、また、小さくない瓦礫が直政の顔や腹、脚に命中し、直政の体を揺さ振った。だが、激突の痛みを気力と根性で耐える。さらに直政が持つ耐久力は自動車が破壊されるような一撃でも揺らぐことなく、敵の懐へと宿主を押し込んだ。
 腕の回転力でこちらに向き直る途中の敵に、回避行動は見られない。

「セッ」

 突進力を穂先に的確に流す軌道で腕を振るい、その穂先は敵の脇腹向けて突き進んだ。

「・・・・ッ」

 硬い皮膚に触れた穂先はその皮膚を砕くようにして前進し、その内側へと赤い液体に濡れながら消える。
 同時に肉を穿つ感触に直政は歯を食い縛った。
 三〇センチはある穂先の全てが体内に消え、朱い柄がその色よりも若干黒い液体で染め上げられていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 真横から体の中心を貫かれ、さしもの巨体も動きを止めていた。

『ほれ、私の言った通りっ』

 直政の肩で刹が扇を取り出して小躍りしているが、直政はそれに反応する余裕はない。
 体の中心まで貫いている<絳庵>から、筋肉の躍動を感じ取ったのだ。

「ぐばぁっ!?」
『へべっ!?』

 頭上から振り下ろされた豪拳に為す術もなく、大地に叩きつけられる。

「な、全然効いてない!?」

 コンクリートに半ばまで埋まった顔を引き抜き、拳を振り上げている敵を見上げた。

「・・・・ッ」

 転がって第二撃を避けるが、拳が床を砕く衝撃波とコンクリート片によって吹き飛ばされる。

「どういうことだよ、刹ッ」
『わ、分かりません。あれだけの手傷を負って動ける―――って、正面ッ』
「―――っ!?」

 ハッと前を見た瞬間に見えたのは迫る巨大な拳だった。
 抵抗らしい抵抗もできずに拳を喰らった直政は背中で壁をぶち破り、アスファルトを削り取りながら数十メートル吹き飛ばされる。そして、またひとつの研究棟の壁に激突してようやくその勢いを止めた。

「・・・・っ、ごほっ」

 ヒビの入った外壁に背を預け、砂塵が舞う中で咳き込む直政は肺に残っていた空気を全て吐き出す。

(どーなってんだよっ、さっきのはどう考えても致命傷だろ!?)

 麻痺する横隔膜はうまく肺を動かすことができず、吐き出した空気はいつまで経っても戻ってこない。
 涙ににじむ視界の中、直政が空けた大穴から敵が出てくるのが見えた。
 敵の脇腹からは未だにダクダクと血が流れ出ている。しかし、敵の歩みはしっかりしており、とても傷を負ったようには見えなかった。

『なっ!?』

 声を出せない直政の代わりに刹が驚きの声を上げる。
 ふたりが見ている中で、敵の胸が大きく凹んだのだ。

『御館様、逃げ―――っ!?』

 敵の口から撃ち出された砲弾は直政が身を預ける研究棟を貫通し、そのまま居住区へと飛んでいく。そして、着弾の衝撃で支柱を全てへし折られた研究棟は一瞬で瓦解した。

―――直政もまた、その下敷きとなった。






叢瀬椅央side

「―――右側から来るぞッ。央楯(テスリ)、防げっ」
「はいっ」

 椅央たち、【叢瀬】本陣は最前線にいた。
 装甲兵の銃火がそこかしこから閃き、装甲車以上の防御力を持つ指揮車の表面で火花を散らしている。
 椅央が執った作戦はこの居住区を最短時間で制圧するものだった。
 これまで分散して装甲兵を引き込んで打ち破っていたが、それは長期戦となる。
 そのため、総大将である椅央が居座って引きつけることで一網打尽にしようというのだ。

(この作戦、長くは保たない・・・・)

 それをなすには敵を上回る戦力が必要だ。
 確かに椅央は戦場を機銃が最も多く配置された場所を選び、その弾幕で敵を容易に近付けさせていない。そして、攻めあぐむ装甲兵を戻ってきた遊撃隊が襲っていた。
 だからといって、そう簡単に撃破できるわけでもなく、乱戦がこの指揮車の周囲で巻き起こっている。

「撃てっ」

 椅央の号令一下、突撃してきた装甲兵向けて機銃が咆哮した。
 それらは装甲上で火花を散らし、衝撃を以て歩兵を押し戻す。だが、強靱な装甲は貫通を許していないので、すぐに歩兵は立ち上がった。
 迎え撃つ【叢瀬】は遊撃隊をも交えて壮絶な白兵戦を繰り広げている。
 正直、十歳前後の少年少女がここまで戦えることは震撼する事実だった。しかし、それでも小さな傷が蓄積し、所々では防衛陣が崩れつつある。
 【叢瀬】は本当にギリギリのところで戦っていた。

(本当に・・・・よく応えてくれる・・・・)

 最大戦力である央葉はいないが、空中戦力である央芒や白兵戦用の央梛、さらには防衛戦に特化した侍従武官たちを要に戦う【叢瀬】を椅央は頼もしく見つめる。

(黒鳳、お前が救えた奴らは・・・・こんなにも逞しくなれたぞ・・・・ッ)

 【叢瀬】計画とはこの高雄研究所が行っていた人工異能者生成とは厳密に言うと違う。
 できた産物は「人工異能者」だが、それを目的としていた高雄研究所とは違い、加賀智島研究所からすれば、それは副産物だった。
 異能はどのように生まれ、どのように伝達され、どのような発動機構にあるのか。
 その知的好奇心を探究していった結果のひとつとして【叢瀬】ができたのだ。
 望まれぬ生命に生きる価値はなく、多くの人命が人命とされずに散っていった。
 それを調整し、生きている人間として扱ったのが黒鳳月人だ。
 例え、その行動に監査局子飼いの異能者として扱いたかったとしても、彼のおかげで今も【叢瀬】が生きていることには変わりない。

「戦車が欲しいな・・・・」
「そうですね、確かに防御力は大したものですが、攻撃力は・・・・」

 今や頭脳的側近として機能している侍従武官の一、叢瀬央楯が応じた。

「鴫島事変で戦車は裏でも十分通用する兵器として証明されました。この戦いを終えれば、交渉してみればどうでしょう?」

 穏やかな笑みを浮かべつつも、彼女の念力で捕らえられた弾丸は往路の数倍の速さで装甲兵に叩き込まれる。
 さすがに装甲を穿ち、歩兵は転倒したまま動きを止めた。
 彼女は装甲トラックの周囲に力場を展開し、踏み止まって戦う【叢瀬】の盾として異能を使っている。そして、その異能に隠れ、叢瀬央棗は己の髪を振り乱し、敵の間接部に針を撃ち込んで行動を阻害させていた。

(ああ、懐かしいな。あの時も余はこのように武器を振るっていたな)

 椅央は機銃座を操作し、的確な射撃を続ける。

(見ているか、黒鳳。貴様が守った者たちは今も元気に生きているぞ)

 椅央は敵に向ける目ではなく、身内に向けるような慈愛に満ちた目で昔を思い出した。



「―――のぶ・・・・」

 銀髪の幼い少女がスクリーンに映し出した映像を切なそうに眺めていた。
 その映像も、金色の光が映った瞬間にブラックアウトする。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、優れた彼女の情報収集力は映像に限らず、鎮圧部隊の無線傍受、施設が出す非常警報からおおよその事態を悟っていた。

「何故・・・・何故こんなことをした、黒鳳ッ」

 電線などに繋がれた少女はそれを振り払わんばかりに体を揺らし、ちょうど部屋に入ってきた青年を睨めつける。

「さすがに早い。だったら話は簡単だね」

 白衣を着た青年はいつも浮かべている温和な笑みを引っ込め、緊張した面持ちでいた。

「央葉を助けたい。協力してくれるかな?」
「なに?」

 あまりの言葉に椅央の口が大きく開く。

「だって・・・・のぶは・・・・」

 傍受した無線によれば、研究所に滞在していた警備員が総動員され、叢瀬央葉の処理が決定していた。しかし、央葉もそう簡単に討たれず、研究所全体を巻き込んだ戦闘に発展している。

「央葉は助ける。絶対だ」

 黒鳳はそう言い切った。

「そのためには椅央の助けが必要なんだ。協力してくれるかい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 黒鳳の視線と椅央の視線が交差する。
 齢五歳とは思えない大人びた彼女は必死に黒鳳の真意を探ろうとした。しかし、普段の彼と違うと言っても、行動自体は彼らしい。
 つまりは、本気で椅央たち【叢瀬】に向き合っているのだ。

「―――話は聞かせてもらったわよ」
「「―――っ!?」」

 ふたりの無言のやりとりが何秒続いたか分からなくなった頃、再び部屋のドアが開いた。

「月人、やっぱり私と同じ考えだったね」
「まどか、君は動いちゃいけないだろう? この件は僕に任せて―――」
「ううん。私も関わるわ。というか、私じゃないと・・・・抑えられないでしょ?」

 パチリとウインクして見せた女性の服装は入院患者が着ている服装である。
 その服が与えるイメージ通り、彼女は安静を必要とする身でいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 女性は困ったように沈黙してしまった黒鳳に笑いかけると、椅央に視線を向ける。

「それで、どうする?」

 その笑みはどこか勝ち誇ったものがあった。

「・・・・全く」

 ため息をつきながらも椅央の頬が緩んでいく。そして、その髪が電子を介してひとつの回線と繋がった。

『―――警備隊各班及び【叢瀬】に告ぐ』

 傲岸不遜さを感じさせる幼い声が加賀智島研究所全廊下スピーカーを震わせる。

『これより、貴殿らの指揮は余、叢瀬椅央が執る』

 その言葉に女性は嬉しそうに微笑んだ。



(―――まどかさん・・・・)

 黒鳳ともうひとり、命の恩人である女性。
 未だ多くの謎が残る【叢瀬】計画。
 その陣頭指揮を執った黒鳳は第一次鴫島事変で行方不明になっており、椅央は情報収集の限界さに直面している。
 本土に上陸してからもSMOの情報端末にアクセスして情報を集めたが、ほぼ加賀智島研究所が独占していたそれらのデータを覗くことはできなかった。

(功刀宗源・・・・)

 現在、SMOを牛耳っているのは監査局長である。
 第二次鴫島事変の敗北とその後の攻勢によって太平洋艦隊はほぼ壊滅し、実働部隊のほとんどを手中に収めた功刀宗源こそ、【叢瀬】計画のスポンサーだった。

(この戦に勝ち、お前を捕らえればいろいろ聞かせてもらうぞ、黒鳳)

―――ドォッ!!!!!

『『『―――っ!?』』』

 轟音に思わず【叢瀬】や装甲兵たちも足を止め、誰もがその方向を見遣る。

(な・・・・)

 そこに広がっていたのは崩落する研究棟をバックに飛翔する黒い砲弾だった。
 弾道計算をする必要もないくらい、着弾点は明らかだ。

「――――」

 指示を出すよりも早く、その衝撃はこの戦場を覆い尽くした。

(のぶ・・・・)

 途切れ行く意識の中、肌を刺すような冷気に身を震わせる。

―――ザリッ

 倒れた椅央のすぐ側で爪が地面を食むような音がするのを聞きながら、椅央の意識は闇へと落ちた。









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