第二章「初ライブ、そして初陣」/10


 

「―――ふぅ・・・・」

 黒鳳は空間転移を終え、一息ついた。
 本日より完全に属すことになった組織の長が使うそれとは種類が違うが、飛行機よりも速く移動できる空間転移はやはり便利である。

「寒ッ!? 寒いぞ、コラ!?」
「僕に言われても困るよ」

 ただ、移動した場所の温度差が激しいのには辟易するが。

「―――おけぇり」
「・・・・まさか出迎えがあるとは思わなかったな」

 黒鳳はかかると思っていた声に驚きを隠さない表情で応じた。

「視えてなかったのか?」
「うん。僕の能力も万能じゃないからね」

 出迎えた人物はこの拠点にて転移してくる場所に指定されているサークルの外にある段差に座っている。
 薄闇に映える金髪に隠された表情は見えないが、今の声音ならば無表情であろう。

「誰か、来たか?」

 だからこそ、すぐに本題が来る。

「キミの因縁が空から来たよ」
「? 因縁?」

 だからこそ、黒鳳は少し会話が楽しみたかった。

「・・・・・・・・御門直政、か」

 少年は目を閉じ、感情を落ち着けているようだ。
 やはりまだそれだけ意味のある名前なのだろう。

「他は?」
「スカーフェイスが装甲兵の完成版を受け取りに来た以外誰も」

 数瞬で本題に戻すあたり、この少年は大人だ。

「そうか・・・・忠告してやったっていうのに・・・・恩知らずな野郎だぜ」
「まだ、"ここ"かSMOとの優先順位が付かないんだね」

 "ここ"の幹部に聞かれれば、苦い顔をされることを平気で言う黒鳳。

「SMOを見限るのに十年もかかったテメェに言われたくないね」
「僕は仕事があったからね。それも望月部隊を完成させた時点で終わりさ」
「・・・・本当にそれだけか?」
「どうだろう?」

 訝しげな視線に笑顔で応じる。
 それは他にもあると言うことを言外に示すと共に言う気がないことも示していた。だが、この聡明な少年はおそらく、今回の片鱗は掴んでいるだろう。

「それに十年前なんて僕は何も知らない。・・・・いや、何をやっていいか分からないヒヨッコだったよ」
「年寄りの言葉だな」
「それはキミこそ、十年前は年不相応なことをしただろう?」
「―――っ!?」

 十年前の事件。
 それはSMOにとって、太平洋の孤島で起きた暴動事件など片隅に追いやられるほどの大事件だった。
 おかげで暴動の主犯――叢瀬央葉が処分されることもなかった。

「さすがは"侯爵"をも尻込みする戦略家と互角の読み合いをしただけはあるね。早熟なところは変わらない」

 黒鳳にしては珍しい、意図的な毒を含んだ物言い。
 そんな揶揄するような言葉も会話始めに思った会話を楽しみたい。
 この少年の心を観察してみたい、というどうしても止められない研究者精神だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 アイスマンと呼ばれる少年がゆっくりと立ち上がる。

「へ、やろうってのかッ」

 それまで話についていけなかった央華がこれ幸いと異能を発動させた。
 体の半分が溶け落ち、触手として這い回る。だが、その侵攻もすぐに止まった。

「―――相手になりますよ。御主人様が手を汚すまでもありません」

 いつの間にか央華の首根っこをひとりの女性が掴んでいる。そして、彼女の足下から部屋が凍り付きだしていた。

「なるほど、この異常な室温はあなただったんだね」
「ええ、黒鳳様。残念ながら、あなたと言えど、室内戦で負けるつもりはありません」

 柔らかな表情を終い、己が操る能力通り、極寒の視線を放つ初音はすぐ隣に立つ黒鳳の双眸を覗き込む。

「はは、仲間内で戦う意味はないよ」

 黒鳳は両手を挙げ、降参の意を示した。

「気に障ったなら謝るよ」
「・・・・いい。初音、離してやれ」

 初音は央華から手を離し、主人の下へと移動した。

「央華、行くよ」
「ああ・・・・って、指図すんなっ」

 噛み付いてくる央華をあやしながら黒鳳は部屋を出て行く。
 その時、アイスマンは央華がこちらを見てニヤリと笑っていたのに気付いた。

「初音」
「ッ、あ、はい、何ですか?」
「手を見せてみろ」
「え、あの・・・・」

 なかなか出さないので忙しなく逃げ回る手を捕獲する。

「やるな、あいつ」

 初音の手には少なくない血が滲んでいた。






穂村直政side

(―――うぅ・・・・)

 全身がだるく、ひどく眠い。
 だというのに意識は覚醒しようと藻掻いていた。

(朝日が・・・・朝日が眩しいッ)

 瞼を通して容赦なく注ぎ込む光に視界が白く染まる中、どこかで見た光景が視界に浮かび上がる。



『―――それでですね、政くん』

 唯宮心優はくるりとスカートを翻し、少し後ろを歩いていた直政に向き返った。
 腕は後ろで組まれ、足はリズムを取るように楽しげに歩みを進めている。

『5月6日に決まりました』
『何が?』

 そう、この時、直政はそう問うたはずだ。そして、答えをもらった。
 その答えとは―――



「―――心優の初ステージかッ」

 ガバッと眠気を吹き飛ばし、直政は身を起こした。

「・・・・ん? あれ、ここは・・・・?」

 日の光に照らされるこの場所は凄惨な有様だ。
 倒壊した建物が多く、元々緑地であった場所は見事に焼け焦げている。
 そう、まさに戦場跡という言葉が相応しき場所だった。

「あれ?」
「まだ寝てるのかしら?」

 ペシッと頭が叩かれる。

「さっさと起きなさい」

 そう言って飲み物を手渡してくる朝霞は昨夜に見た通り、ボロボロだった。

「着替えないのか?」

 破れた服の隙間などからのわずかな露出が微妙に目に毒だ。

「もうすぐ到着するところよ、あんたのもね」

 瓦礫に腰掛け、紙コップの飲み物を口にする。

「戦場でのんびりするっていうのも久しぶりだわ。ホント、前は戦闘前も戦闘中も戦闘後も忙しかったから」

 朝霞はゆっくりと周りを見渡した。

「・・・・・・・・って、アイツがいないからよッ」
「いきなりキレるなよっ」

 炎の拳を瓦礫に叩きつけて焼却する朝霞。

「―――あ、起きましたか」

 怒りを燻らせる朝霞をどうどうと抑えていた直政の背後から声がかかる。

「ええ、起きたわよ、全く寝坊助なんだから」
「ふふ、まあ、あれは仕方ないです」

 後ろからやってきた長髪の少女は直政の前に来ると目を細めた。

「一応、毒は浄化できたらしいですが・・・・体は大丈夫ですか?」
「えっと・・・・」

 少女に見つめられながら、直政は体の不調がないか調べる。

「・・・・大丈夫、だと思う。強いて言えば、ちょっと体がだるい」
「それだけで済むとか、やっぱ化け物ね」

 「ひとりいっぱい怪我してる私が恥ずかしいわ」と唇を尖らせる朝霞の頭の上に少女が紙袋を置いた。

「・・・・ありがと」

 ふて腐れた表情のままそろそろと頭上に手を伸ばし、しっかりと紙袋を確保する。

「はい、穂村様の着替えです。統世学園の制服だけは手配が簡単ですし、生徒だったら違和感ないと思われますが・・・・」

 そして、直政にも着替えを渡してきた。

「それじゃ、私着替えてくるわ」
「危なくないのか?」

 数時間前まで激戦が展開されていた場所だ。
 まだ残党がいるかもしれない。

「調べてみれば」
『至極当然の切り返しですね、御館様』
「・・・・むぅ」

 辺りを<土>で索敵してみれば、直政を中心に半径数百メートル以上遠くには人の動きはない。だが、その索敵半径では数十人の子どもが活動していた。
 そこに見知った気配を感じ、直政は立ち上がる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それに朝霞は少女は何も言わず、後ろをついてきた。
 そこに監視するような意思は感じられず、ただ見知らぬ場所でひとりになるよりは知り合いと一緒にいた方がいいだろうという気遣いが感じられる。

「央葉・・・・か?」

 わずか数メートル移動した、瓦礫の向こう側に寝かされていた小さな身体を見下ろし、直政は首を捻った。

「んん?」

 1ヶ月ほど行動を共にしてきた友人の姿には見覚えのないパーツが増えている。
 単刀直入に言えば、耳と尻尾だ。

『いや、耳は最初からある―――ああ!?』

 余計なことを言おうとした奴を叩き落とし、直政はそろそろと手を伸ばした。

―――ふにふに

「おお・・・・」

 感動だ。
 感触は本物そのもの。

「奇抜な戦闘服だなぁ。・・・・いや、央葉らしいと言えば、らしい。・・・・ありだな」
「いや、ないですよ? 絶対違いますからね」

 後ろから何かが聞こえたが、感触が気持ちいいので直政は触り続ける。

「―――起きたようだな」
「御姉様・・・・」

 だが、威厳そのものと言っていい声には振り返らざる得なかった。

「央楯(テスリ)、看病ご苦労だった」

 央楯と呼ばれた、着替えをくれた少女は直政と銀髪の少女に一礼した後、別の場所へと歩き出す。

「援軍感謝する。お前が相手した敵は話を聞く限り、余らでは抑えきれなかっただろう」

 感謝を口にする銀髪の少女は車いすを操りながら近づいてきた。
 どうでもいいかもしれないが、全く操作しているように見えない。

「央葉はどうなんだ?」

 意識がなくグッタリしている央葉は見た限りでは怪我はなかった。だが、この耳と尻尾は状態を危惧するに充分すぎる。

「なかば?」

 少女は直政の言葉に「?」を浮かべて首を傾げた。

「学園でのあだ名よ。担任が読み間違えたんだってさ」

 そこに朝霞がポニーテールを結いながら戻ってくる。

「『なかば』とどう読んだのか聞いてみたい気がするが・・・・」

 顎をさすりながら考えていた少女は幼さを感じさせない視線で直政を見た。

「心配ない。これは姉として断言する」
「姉・・・・?」
「今日はそのくらいにしたらどうかしら? 飛び起きるような出来事が今日あるみたいだし」

 何やら説明してくれそうな少女を朝霞が止める。

「ほら、あの娘の初ステージなんでしょ?」
「あ・・・・」
「忘れてたの? 夢の中では思い出せるのに?」
「って、今何時だ!?」

 統音祭自体は午前10時開演だ。
 大取である軽音部は午後の休憩後、3時半からの一時間半が出番だった。

「今は2時半よ」
「げっ」

 もう1時間もない。

「ってか、ここどこよ!?」
「鳥取と岡山の県境付近よ」
「マジか・・・・」

 間に合わない。
 確実に間に合わない。

「あんたがグースカ寝てたからね」

 朝霞は呆れ果てたため息をつくと、銀髪の少女に向き直った。

「急いで帰る手段は? あいつがヘリごと消えたから【叢瀬】に頼むしかないんだけど」
「ふむ」

 銀髪の少女は顎に手を当てて考え込む。

「持ってきた装甲トラックは壊滅。麓まで降りて公共機関を使うにしても帰り着くのは深夜になるだろう」
「げっ」

 今度こそ直政は蒼白になった。
 心優は来ると確信しているはず。
 それが来なかったとすれば、あれこれ聞かれるだけでなく、唯宮家を動かして真相を知ろうとするだろう。
 財閥なのだから、裏を知っている者はいる。
 そこから直政のことが漏れたのならば・・・・

(戦場まで付いてくる可能性がある)

 それだけは絶対に避けなければならない。
 心優を危ない目に遭わせるわけにはいかない。

「―――まだ、手はあるデショ」
「・・・・すすか。目が醒めたのか?」

 やってきたのは翅がある隻腕少女。
 昨夜、直政をヘリから地面に打ち込んだ張本人だ。

「ええ。衝撃波で気絶とか・・・・情けナイ」
「お前はまだ寝てろ。ただでさえ―――」
「そうはいかなイ。この人を連れてきたのは私。事前に予定も確認せず、ネ。これでこの人に被害が生まれるなら、私の責任ヨ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 黙った銀髪の少女から直政に視線を移し、「すす」と呼ばれた少女は説明を始めた。

「私が飛べることは知ってるワネ。なら、私の最大速度は約220km/h」
「え、だったら・・・・」
「でも、その速度は戦闘時のほんの少ししか持たなイ。巡航速度は六割の約130km/h。統世学園まで約2時間といったところカ」
「間に合わない・・・・が、何とか聞ける」

 希望の光が見えてきた。
 遅刻ならば言い訳の仕様がある。

「だったら覚悟することネ。地上から見えないように高度数千メートルを時速100kmを超える速度で飛翔スル。掴まれるのは私の手だケ」

 央芒は鋭い視線で直政を射抜いた。

「それで2時間手を離さないでいられる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一度手を広げ、もう一度握り込む。

「ああ、大丈夫。そこのポニーテールも俺の武器を手放さない根性だけは認めてくれてるからな」
「ふん」

 視線を向けられた朝霞がそっぽを向くが、決断した直政は揺るがない。

「間に合うための武器があんたの手なら、俺は絶対に手放さない」
「いい覚悟ネ」

 そう言うなり、直政の手をガシリと掴んだ。

「時間がないワ。準備はイイ?」
「ああ、元々、身ひとつで来たからなっ」
「それじゃ、行くワヨ」

 彼女の翅が羽ばたき出し、ふわりと体が浮き上がる。

「穂村」

 央芒の手をしっかりと握り直し、刹を制服の胸ポケットに押し込んだ時、地上から声がかかった。

「昨日は本当に助かったわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞が礼を言う。

「それと・・・・怪我させてごめん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞が謝ったっ!?

「って、何よ、その顔は・・・・」
「い、いや、なんでも―――ナァッ!?」

 ふくれっ面は残像を引き、直政は腕が千切れるかと思うほどの急上昇を味わった。






統音祭scene

「―――兄さん・・・・」

 亜璃斗は空席の隣を見遣った。
 結局、兄は昨日帰ってこなかった。
 その事実は朝早くから出掛けていった心優は知らないだろう。
 心優がここに兄――穂村直政がいないと気付くのは、おそらく、最も見てもらいたい瞬間のはず。
 そんな残酷な状況にした奴らに殺意を抱く。

(鹿頭、朝霞・・・・)

 昨日、屋敷の近くまで行って気配を探ったが、やはり彼女もいなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ゾワッと亜璃斗の体から殺気が漏れ出す。

「―――っ!?」

 そこにブザーが鳴り響き、ゆっくりと照明が落ちた。
 時刻は3時半2分過ぎ。
 統音祭の大取、軽音部の舞台が始まる。




『これより、統音祭最終幕、軽音部のステージを開催します。司会は緊急連絡委員会三年、筒本美枝、解説は何故かここにいる軽音部部長です』
『うるさい』
『おのれ、下級生の分際でっ』
『さてさて、毎年、このイベントは軽音部が誇る新鋭を披露することが目的でごわす。ならば、先鋒は奴らしかいないけんっ』
『こら、司会進行取るなっ』
『行けーっ。マイクに襲われそうになってる我に構わずぶっちぎれーっ』

 瞬間、ステージに光と音が弾けた。
 スポットライトを浴びたのは4人の少女。
 統世学園の制服でそれぞれの楽器を手にする彼女たちの中に、唯宮心優がいた。

「――――――――――――」

 マイクを通すからこそ分かる、声の質。
 拡張されたその音でも充分に綺麗な声と分かる声質は圧倒的な歌唱力を支えている。
 声の大きさが他の楽器を潰すことなく、テンポを変えることなく、声をひとつの楽器として他の楽器と合わせていく。

(やっぱり楽しい・・・・)

 カラオケとは違う一体感。
 全ての音を自分たちが作り出す快感と心を込めて歌う歌詞の旋律。
 練習とは違う、初めての大舞台で味わうその感覚は格別だった。

(でも・・・・)

 歌いながらチラリととある席を見る。
 メガネを掛けた女子生徒がそこにいたが、目当ての人物はその隣にいない。

(やっぱり、政くんに見てもらいたいな・・・・)

「初めまして。統世学園軽音部の新入部員女子4人組です。部長から『Allegretto(アレグレット)』という名前をもらっています」

 一曲目が終わり、リーダーであるキーボードの少女が話し出した。

「意味は『ややAllegroに』というもので『速いけどゆっくり、でも速く』みたいな速さに関するものと、もうひとつあります」

 それはAllegroを弱めたからこそ本当に生きる意味。

「『陽気に』。ただ弾けるだけじゃ馬鹿だけど、適度ならみんなにもそれを分けられると思うから」
「じゃあ、わたしは陽気に歌えばいいんですか?」

 心優は発言する。
 ステージでも、どこでも自分たちは変わらないと示すために。

「ばぁか。曲にも想いが込められてるのよ。ボーカルはそれが伝わるように歌いなさい。陽気、楽しさなんてあたしたちが揃って演奏しているだけで充分よっ」

 だからこそ、リーダーは本当に楽しそうに笑った。

「じゃあ、二曲目、行きますかっ」

 それまで黙っていたドラムとベースがリズムを刻み出す。



「―――これは・・・・行かなくてよかったね、凪葉」

 神坂栄理菜は隣に座る水瀬凪葉に小声で話しかけた。

「凪葉? ・・・・そっか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 凪葉は胸の前で手を組んで、眼をキラキラさせながら聞き入っている。
 その口元は滅多に見ることができないほど綻んでいた。

(歌詞は・・・・)

 停滞を望むが、それは適わない。
 ならば、それに立ち向かい、停滞という「平和」を求めるために戦う覚悟を決めるという歌である。
 現状に甘んじたく、現状打破を誓うという一見矛盾した想い。
 それでも危機に対して逃げずに立ち向かう強さが歌われている。

(逃げるな、戦え、かな・・・・ん?)

 視線を感じ、神坂は視線を彷徨わせた。

「あ・・・・」

 一瞬だけ見えたのは金髪の髪。

(日常を求めるのは『逃げ』か・・・・。いや、勝ち取ってこその『日常』なのかもね・・・・)



 もちろん、軽音部なのだから心優以外も歌う。
 誰もが新入りに負けないとばかりに気合を入れていた。
 立ち替わり入れ替わり、3つ用意されたステージで花火のように光と音が弾け飛ぶ。
 だが、その中で最も輝いていたのは、やはり心優だった。



「―――くっ・・・・」
「ぅお!?」

 央芒が呻くと共にガクリと高度が落ちた。
 急降下とそれを阻止するために翅が羽ばたいたことによって生まれた反動で、思わず手を離しかけた直政は改めてその手を握る。

「大丈夫か!?」
「・・・・っ、問題ないワ」

 片目を瞑り、荒い息をしていては何の説得力もない。

『さきほどからどうも、100km/hは出ていないと思いますが?』
「そうなのか?」

 そういえば、正確な時間は分からないが、もう着いてもいい頃合いではなかろうか

「どうなんだよ、やっぱり速度は落ちてるのか?」
「・・・・はは、やっぱ情けないワネ・・・・あれ程度の衝撃で・・・・」
『充分、誇るべきではないですか? 被害を見た限り、あれは戦艦の主砲斉射インパクトに匹敵します』

 戦艦の主砲など、その発射の衝撃波だけで人を殺せる代物である。
 そんな衝撃を喰らってでも未だ動く央芒は充分化け物じみていた。

「どうしてここまでするんだよ? 昨日に初めて会ったばかりだろ?」
「でも、あなたはのぶの友だちヨネ?」
「・・・・そうだな」
「だったらそれで理由は充分よ」

 のぶの周りには【叢瀬】がいた。
 遺伝子レベルでは他人だが、彼らは"家族"だ。だからこそ、穂村直政という人物は―――

「弟分に初めてできた友人を助ケル。当然のことヨッ」

 左腕の空間から縦横数十センチ、奥行き2メートルはある機材をふたつ取り出す。

「これはロケットエンジン。翅を折り畳んで飛べば、5分だけでも800km/hで飛べル」
『おお、これがあれば・・・・って800km/h!?』
「どうスル? これがあれば、後5分でつけるかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・」
「因みにこれ、燃料が尽きるまで飛ばしっぱなしだから、目的地が見えたら投下するワ」
『それは亜音速で地面に叩きつけられるってことでは!? 危険ですッ、無謀ですッ。いくら御館様が頑丈とはいえ―――クェッ』

 直政は刹の喉を指で摘んで黙らせた。

「時速800キロで5分ってことは約67キロ進めるわけだ」

 そして、現高度は約3500m。
 800km/hで放り出された体は重力加速度によってさらに速度を上げながら地面に叩きつけられるだろう。
 それは「死」という問題ではない。
 だから―――

「―――やろうぜ。早いに超したことはない」
「いいネ。その目気に入ッタ」

 左腕の空間とは別の力場――念動力が生まれ、央芒の真横にそれらが移動する。

「これから翅を畳み、ロケット推進で飛翔スル。離すなヨッ」
「離すかよッ」

 瞬間、大気に頬をぶったたかれた。


 絶望に支配されそうな地上から、希望を空に求める。
 逃げられない、躱せない。それでも見つけて欲しいと空を見る。
 どうしようもない大きなモノに巻き込まれそうになっている自分たちを見つめ、再び空に誓う。
 取り戻す、絶対に。あの空を取り戻すために戦いの道へと踏み出す。
 辛いけど、散っていく仲間がいるけれども、こうと決めた信念を貫くために歩く。
 いつか自分の背中を求めた「希望」だと無数の瞳が見るように。


「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 奇しくも、空路に希望を求めた直政とその希望を実現させようとした央芒の決意を歌ったような詞が心優の口から紡がれている時、直政は射出された。
 上空から見えた、ステージに最も近い校庭に貼られた結界。
 見る見るうちに近付いてくる地面との衝撃に歯を食い縛っていた直政は自分の体に無数の呪符がまとわりつくのを感じた。そして、一枚張り付くごとに落下速度は減じていき、結局はクレーターを作れども無傷で着地できた。

「なに、が・・・・」
「―――行け」

 傍に立っていた上級生の少女は端的に告げる。

「連絡があった」

 ただそれだけで、あそこにいたメンバーが善後策を練っていてくれていたのだと分かった。
 だから、直政は眼鏡の先輩に一礼する。そして、顔を上げるなり結界内を術者が許す限りの全速力で走り出した。

「はぁ・・・・っ、・・・・はぁ・・・・」

 一番近いと言っても平面上の直線距離であり、会場に辿り着くには数分間長い階段を登らなければならない。

「はぁ・・・・はぁ・・・・着いたッ」

―――バンッ

 少々大きな音が鳴り、会場内にいた全ての人間がこちらを向いた。
 会場は暗く、おそらく逆光で直政の姿を見えないだろう。
 それでも、ステージの中央に立ち、マイクを握っていた少女はまっすぐ直政を見ていた。

『―――これにて、統音祭は全過程を終了しました』

「・・・・・・・・え?」

 司会の先輩が淡々とした物言いで言葉を発す。
 備え付けの掛け時計に目をやれば、時刻は午後5時2分。

(間に合わなかったのか・・・・)

 開き戸を開けた状態で硬直した。しかし、後ろの方の生徒が迷惑そうにこちらを見ていたので、ふらふらとした動きで扉を閉める。

『熱唱してくれた軽音部にもう一度拍手を―――』

 「送って下さい」と言う言葉を覆い隠すほど大きな拍手が会場内に鳴り響いた。だが、直政は会場内にいながら、そこにいないも同然だった。

「兄さん・・・・」
「亜璃斗か・・・・」

 側に亜璃斗が寄ってくる。
 その瞳は無断外泊や幼馴染みの晴れ舞台の"欠席"を叱責しているようだった。

「間に合わなかったな、俺・・・・」
「ッ、兄さん」

 これまでのダメージが一気に噴き出し、崩れ落ちた直政を慌てて亜璃斗が支える。

「くそ・・・・っ」

 央芒の空輸は間に合っていたが、最後の最後、直政が自分の体力に勝てなかった。

『よくやった。よくやったでのぉ、我が強者どもよっ』

 ステージでは挨拶を終えた軽音部の者たちが舞台裏へと帰っていく。

『―――いいえ、部長。まだですよ』
『は?』

 瞬間、まだ楽器を手放していなかった1年生たちが一斉に手を動かした。

「え?」

 8つの手で紡がれるアップテンポの曲。

『こ、これは!?』
『はい。部長の曲のアレンジですよ』
『おのれ、下級生の分際で―――』
『仕方ないですね、政くん。一曲だけですが、聞いて下さいね』
「あ・・・・」

 部長の言葉を完全無視したサプライズライブ。
 元々計画していたことなのだろうが、まさにそれは直政のためのライブだった。

 今は一緒にいないけれども、一緒にいなくても君が頑張っているのが分かるから私も頑張れる。思い出すのは一緒にいた記憶ばかりだが、今も想いは共にあることを歌った詞。

 それは言外に、心優は直政のことを信じているという意思表示でもあった。









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