第三章「テスト、そして神馬」/1


 

「―――さて、ようやく黒鳳が本格的に合流したわけだが・・・・」

 そこまで話した偉丈夫が周囲を見渡した。

「・・・・黒鳳は?」
「実験中じゃとよ」

 空席が目立つようになった爵位の三位――"伯爵"の地位にある老爺が答える。
 その内容に偉丈夫――"宰相"が眉をひそめた。

「またか? 全く、正式に属そうと属さまいとやっていることは同じではないか」
「その自由さが三銃士には認められている、ということでしょうね」

 SMO東京本部から駆けつけてきた"侯爵"・神忌が言う。

「全く・・・・」

 この場にいるのは"宰相"、"侯爵"、"伯爵"といった爵位の生き残りと神忌と同じくSMOに打ち込んだ楔――アイスマンとその侍女・初音。
 そして、彼らが大将―――

「・・・・・・・・麟よ」
「?」

 玉座に近い場所に立っていた漢服の女性が首を傾げた。

「陛下はどこに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 組織の長・"皇帝"の護衛を務める麟は玉座の御簾を振り返り―――

「・・・・ッ!?」

 「ガーン」と擬音が付きそうなぐらい盛大に硬直する。

「また、か・・・・」

 再起動してあわあわと慌てている麟とは違い、"宰相"は額を抑えてため息をついただけだった。
 "皇帝"の脱走は遺憾なことながらいつものことであり、その度に麟が泣きそうな顔で探しまくるのもいつものことだ。

「さ、探してきますっ」
「待て待て」

 服が漢民族の民族衣装である麟は日本人ではない。
 言葉こそ違和感がないが、それ以外のことには疎すぎる。
 不用意に放ってしまえば、町中で遭難することは確実だ。

「陛下の目的地は分かっている。とりあえず、この紙に書いた場所へ向かえ」
「?」

 麟は"宰相"が取り出した紙をとりあえず受け取り、首を傾げた。

「いいから、ここへ行け。ここにいるものならば無下にはしないだろう」

 "宰相"はとりあえずコクリと頷いた麟から視線を逸らし、笑いをかみ殺している神忌を見遣る。

「お前が音川まで送ってやれ」
「くく・・・・承りました、宰相殿」

 神忌は大仰な仕草で返答し、麟を連れて空間転移した。






穂村直政side

「―――あ〜」

 穂村直政の朝は壁越えから始まる。
 穂村邸の庭から3メートル近い壁に歩み寄り、その壁面に設置された梯子に手をかけた。そして、何度も何度も登ってきた経験を生かし、ものの数秒で頂点に達する。
 その頂点部だけ、金属製の尖った防犯器具――名前知らね――がなく、侵入できるようになっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 直政はその空間に腰掛け、壁の向こうに広がっていた景色を眺める。

「・・・・くそ、金持ちめ」

 そこに広がっていたのは左右シンメトリーを建築思想に取り込んだ見事な庭だった。そして、その庭に一体化するように西洋風の豪邸が建っている。
 唯宮邸。
 "一夜城"の鹿頭邸に比べても大きく、屋敷の裏手にはヘリポートがあるという財閥一族の本邸だ。
 直政と唯宮心優は家が隣の幼馴染み同士。
 だからといって、その家まで500メートルあれば、世間一般で言う「家が隣」と言えるのだろうか。

「つまんないこと考えてないで、いくか」

 ひょいっと3メートルの高さを飛び降りる。
 余人ならば二の足を踏むだろうが、地術師である直政を地面は柔らかく受け止めた。

―――ワンワンワンッ

 金持ちの庭には警備用にドーベルマンが放たれているのをよく見聞きする。そして、唯宮邸も例に漏れず、常に4〜7ひきのドーベルマンが哨戒任務に就いていた。
 彼らはすぐさま視覚と聴覚、嗅覚で直政を知覚してものすごい勢いで駆けてくる。

「え、ちょっと待て、止まれッ」

 そんなことで止まる番犬なはずがなく、直政は容赦なくドーベルマンに押し倒された。

―――くーんくーんくーん♪

「ちょ、止めてッ!? 俺、これから学校!?」

 鼻先を押し付けられたり、顔を舐められたりと揉みくちゃにされる。

「いやーーっ!?!?!?」

―――直政が解放されたのはそれから5分後だった。

「・・・・ぜぃ、ぜぃ・・・・奴ら、立派な番犬になってやがる」

 よろよろと立ち上がり、唾液や毛で汚れたまま歩き出す。

「おはよーございまーす」

 ノックやチャイムなどを一切鳴らさず、直政は屋敷の玄関を開け放った。
 途端に向けられる使用人たちの視線。
 だがしかし、それはすぐに逸らされ、彼らは職務に戻る。

「心優はやっぱ寝てる?」

 顔見知り以上の使用人の女性に問い掛けた。

「あー、はい。っていうか、御嬢様は直政くんが起こしてくれるのが楽しみで、たとえ早く起きても二度寝すると思いますけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・自立してるのかしてないのかわかんねー」

 にこにこと笑顔で言われた内容にため息をつき、2階にある心優の部屋へと足を向ける。
 「若いのに任せてがんばれー」と聞こえたのは気のせいだと思いたい。

(ったく、仮にも心優は唯宮財閥の令嬢だぞ)

 跡取りではないにしても、いや、跡取りではないからこそ彼女の存在は財閥にとって重要だ。

「みーゆー、入るぞー」

 と声を掛けてからきっちり300秒を数えてから、直政は扉を開けた。
 もし、起きていた場合、直政がドアをすぐに開けていれば待ち構えていただろう心優が飛び掛かってくることは想像に難くない。だからこそ、待ち構えることが我慢できなくなるまで待ったのだ。
 300秒経って待ちくたびれた彼女が出てこなければ、本当に寝ている証拠である。

「はいはい、お邪魔しますよっと」

 カチャリとドアノブを回し、直政は中に入った。
 まず目に付くのが大切に立てかけられたギター。
 去年の統音祭で軽音部のコンサートを見た心優がほとんど衝動買いしたものである。
 あの時は続くものかと思っていたが、今ではコンサートで弾ける腕になっていた。

「やっぱ寝てるか」

 そして、入り口からは少し見えにくい場所にデンッと鎮座している天蓋つきベッド。
 御嬢様らしく、装飾に富んだそれはセミダブルのサイズを持ち、心優の体を広々と受け止めている。
 少々寝相がよろしくなく、全身で掛け布団を抱き締めるように眠っている心優。
 寝相につられて寝間着もめくれ上がっており、白い腹が丸見えだった。

「風邪引くぞ・・・・」

 布団でそれを隠してやり、改めて部屋を見回す。
 ざっと見回すだけで、裁縫を筆頭として紡績関連書、経営学を中心とした企業関連書、そして、楽譜を筆頭とする音楽関連書と心優の部屋には本ばかりだ。

「こんな風に普通の勉強もしてくれよ・・・・」

 心優は興味のあるものは極めにかかるが、それ以外は常に低空飛行なのだ。

「おい、起きろ」

 ペチペチと軽く頬を叩く。
 経験上、声だけでは起きないことは分かっていた。

「おーい」

 それで起きない場合は頬を引っ張る。
 この柔らかさがなかなか気持ちよく、直政は役得と割り切って堪能した。

「ううんっ」

 気に触ったのか、眉がひそめられて心優は激しく寝返りを打つ。
 その際に大きく布団がはだけ、先程隠した腹だけでなく、ずり下がったズボンからは下着が見えていた。

「・・・・ッ」

 バッと視線を逸らし、そーっと見えないように布団で隠す。しかし、そのままの視線で固まっていた直政は奇妙に開いたドアに気が付いた。
 目を凝らしてみれば3つの瞬きする瞳が見える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぱくぱくぱくと口が無意味に開閉し、顔から血の気が引いていく。

「み〜ちゃった」
「み〜ちゃったのをみ〜ちゃった」
「み〜ちゃったのをみ〜ちゃったのをみ〜られちゃった」

 ニヤニヤと笑っているのが分かるほど、笑みを含んだ声音に直政は先程の光景を思い出し、一気に真っ赤になった。
 幼い頃から積極的な心優が側にいたというのに、直政は何故か女性に免疫がない。
 バイト初日に朝霞の着替えを見てしまった時は、直後に命の危険性を感じたためにいろいろ吹き飛んでしまった。しかし、思い返してみれば、あの時よく体が動いてバットを回避したものだ。

「・・・・もしかして、ずっと覗き見してた?」

 一部始終見ていたというならば、頬の感触を楽しんでいた表情も見られていたに違いない。

「ま、人聞きの悪い。直政くんが御嬢様を襲わないか監視してたのよ」
「そうそう、楽しんでね」
「ねー♪」
「楽しんじゃダメだろッ!?」

 とんでもない使用人がいたものだ。
 格好こそ貞淑なメイド姿であるが、その中身はただの野次馬である。

「だいじょーぶ、カメラは持ってないから」
「持ってたら盗撮だろ!?」
「あ〜あ、御嬢様の柔肌に伸びる直政くんの手〜」
「無抵抗の御嬢様は〜」

 三つ子かと思えるほどに息ピッタリな3人にツッコミ疲れたのか、直政はぐったりしてしまった。

「ま、冗談はこれくらいにして、そろそろ起こさないと遅刻するよ」
「・・・・自分たちで起こそうとする選択肢はないのか?」
「「「ないねっ」」」
「力一杯否定するなよッ」



「―――う〜・・・・」

 通学路をてくてくと歩きながら、心優が落ちそうになる瞼をこすった。
 結局、メイドたちの乱入で時間が取られた直政はベッドに飛び乗って叩き起こすという荒行に出たのだ。
 その後、襲われていると勘違いして嬉しそうに叫び出した心優に支度させ、急いで唯宮邸を飛び出した。
 少し遅刻しそうでも車を出させない辺りに心優の常識を感じたが、理由を聞けば「政くんと長く歩きたいですから♪」とあり、考えを改めている。

(へっぽこ御嬢様という言葉が似合う奴だなぁ・・・・)

 フリフリと揺れるツインテールを見下ろしながらそんなことを考えていた直政は隣の妹――穂村亜璃斗がやけに静かなことに気付いた。
 思えば統音祭の頃から口数が減っているような気がする。
 あの統音祭の後、無断外泊について家族会議が開催され、その後には祖父――直隆と何やら話していたようだ。
 内容までは分からないが、おそらくは穂村家のことだろう。
 直隆と亜璃斗は直政が御門宗家直系と知ってもあまり裏のことを話そうとせず、独自に動いている節があった。
 そのことを刹に相談すれば、きっと腕で屈服させろとか言い出すのだろう。

「心優、そのまま行くと電柱に神風」
「あぅっ」

 ぼそっと呟かれた亜璃斗の忠告に気付かず、心優は見事、電柱に特攻を成功させた。だが、人間如きの衝突力ではものともせず、うずくまる心優を睥睨するように電柱は立っている。

「も、もうちょっと早く言ってほしいです〜・・・・」
「前方不注意、自業自得」
「・・・・ひどいです」

 心優を見下ろし、容赦ない言葉を投げかけるのはいつも通りだ。しかし、何となく直政に対して余所余所しい感がする。

(なにせ、今日はまだ話してないしなぁ・・・・)

 女子ふたりで先を行くのを見て、直政は思わずため息をついた。

「あ・・・・」

 昇降口に入り、顔を上げた直政は見知った顔を見つけ、思わずそう呟く。
 彼女の方もそんな声が聞こえたのか、靴箱に自分の靴を入れながら振り向いた。
 その仕草にポニーテールが揺れ、同時に瞳が細められる。

「?」

 視線は直政を射抜いてそうで、その奧に向いていた。
 その方向には―――

「宿敵を発見、突撃ですッ」
「どわっ!? 宿敵って俺!?」

 思い切り抱き着かれた直政は崩した体勢を靴箱にて支える。そして、下手人の心優を見下ろした。

「政くんは渡しませんっ」
「いや、いらないけど」
「ひでぇ」

 即答されたことにショックを受けつつも直政の視線は彼女――鹿頭朝霞の手の甲へと向いている。

「・・・・何よ」

 そっと包帯を巻いた手を隠し、拗ねたように睨みつける朝霞。
 その頬はほのかに赤くなっていた。

「まだ、怪我治ってないのな」
「悪い? ひとりだけ大けがして」
「う・・・・」
「はぁ・・・・言っても仕方ないわね」

 怯んだ直政を見て、溜飲を下げたようだ。そして、すっと手を伸ばし、心優にデコピンする。

「とりあえず、邪魔だから退きなさい」

 直政が靴箱に張り付いているせいで履き替えられない生徒が後ろに列を成していた。

「・・・・兄さん、私行くね」

 十数人からの視線を受けて固まる直政と心優の脇を亜璃斗は抜け、朝霞と同じクラスというのに別の方向へと歩いていく。

「???」
「・・・・はぁ」

 疑問符を浮かべる直政とは違い、朝霞は心当たりがあるのか、ため息とも取れる苦笑を漏らした。



「―――何だったんだろうなぁ・・・・」

 亜璃斗、朝霞と別れ、直政は心優とふたりで自分のクラス向けて歩いていた。
 因みに腕を組もうとする心優を引き剥がすのに苦労したが、それはまた別の話である。

「きっとA組にはA組なりの問題があるんですよ。きっちり統率できてないとはダメな委員長ですね」
「お前は統率できてるのかよ」
「ふふん、愚問ですよ、政くん」

 にこりと気持ちのいい笑みを浮かべ、心優は教室に入った。

「皆さん、おはようございます」

 シ〜ン。

「ええ!? 無視ですか!?」
「見事な連携だな・・・・」

 廊下での会話が聞かれていたと言うことだが、ここまでシンクロして同じ対応ができるクラスメートたちはすごいと思う。

「せめて凪葉ちゃんは返事してください〜」

 ガシィッと最近仲良くなった水瀬凪葉に抱き着く心優。
 当の凪葉は突然抱き着かれてあわあわしている。
 それで興味が逸れたのか、元の喧噪に戻るクラスを歩き、直政は自分の席にカバンを置いた。

(央葉は・・・・やっぱりいないか・・・・)

 叢瀬央葉とは高雄研究所で別れてから一度も会っていない。
 神出鬼没の奇人であったためにこの状況でもクラスメートは違和感を抱いていないらしいが、直政としては少々寂しい。

(おお、よく考えてみれば、央葉以外連む奴はいないような・・・・)

 会えば挨拶するし、ふたりになっても気まずくない奴らはいる。だが、何も言わなくても集まって話すほど仲のいい友人は央葉以外いなかった。

(俺ってもしかして寂しい奴!?)

 今になってどうして気付いたのだろう、と直政は考える。
 そういえば、前は何も言わなくても心優が隣にいた。
 その心優が凪葉といるようになり、直政の隣が空白になったからだ。

「馬鹿な・・・・」

 居ても立ってもいられなくなり、直政は辺りを見回した。
 誰も彼も友人と話していて楽しそうだ。

(ん?)

 現在孤独にいる直政だからこそ、読書する彼女に気付いた。
 漆黒の髪に混じる、白髪。
 同年代とは思えない毅然とした佇まいは喧噪の中でも静謐さを保っている。
 周囲を威圧することのない厳然としてた姿は人目につきそうでつかなかった。

「えっと、神代さんだっけ?」

 その声で彼女――神代カンナは顔を上げる。
 直政は淋しさに突き動かされ、彼女の下へと歩いていた。

「何か用か?」

 思っていたよりも低くドスの利いた声に直政は一歩後退る。しかし、反応してくれたのならば活路はあった。

「神代さんって確か弓道部だよな?」
「ああ」
「弓道って相手との間合いってどうやって測ってる?」

 最近、長物部で直政はいまいち自分の間合いが分からずに苦戦している。
 攻撃が届く範囲だと思えば、紙一重で躱されて一気に懐に入られるのだ。
 朝霞曰く、間合いは長物の生命線とのことなので、体得しなければならない。

「弓道に相手はいない。自分と的、それだけだ」
「あ・・・・」

 そうだった。
 弓術ではなく、弓道ならばただ的を射るスポーツだ。

「もし、自分の武器の間合いが分からないなら、とりあえず素振りをしろ」
「・・・・はい」

 至極真っ当な意見に直政はすごすごと引き下がるしかなかった。

(寂しい・・・・)






屋上scene

「―――というわけなのよ」

 昼休み、朝霞はとある校舎の屋上にて現状を報告していた。

「もう気まずいったらありゃしないわ」

 そう言ってくしゃくしゃとリボンを弄る。

「あんたはどう考えてるの?」

 そう言って朝霞が説明し出してから一言も話していない男子生徒を見遣った。
 彼の名前は熾条一哉。
 統世学園最強学級と名高い2−Aの主力であり、裏の世界でも名が通った戦略家だ。

「お前は?」
「私が聞いたんだけど・・・・」

 一哉が手すりに背中を預けたまま何も言わないのを見ると、朝霞は諦めたようにため息をついた。

「そりゃ、穂村亜璃斗からすればおもしろくないでしょうね。自分たちを飛び越えて主を直接召喚して戦闘に投入するなんて」

 朝霞は人の上に立つ人間である。しかし、かつて、一哉が朝霞を動かしことに鹿頭が反発したことがあり、今回の亜璃斗も似たようなものだと判断していた。

「でも、分からないのよ。だとすれば、私に直接言えばいいでしょう? 穂村が消えた日に音川におらず、その日を境に怪我をしていた私を見れば一発で関係者と見抜くはずだわ」

 そう言って包帯を巻いた手を撫でる。
 高雄研究所での戦いはマンティコアと激戦を繰り広げた朝霞は傷を負った。
 命に別状はないが、さすがに無治療というわけにはいかない。

「見抜いた上で何も行動を起こさない。必死に我慢してる」
「・・・・だから、敢えて行動の理由を与えた、か・・・・」

 一哉の視線は朝霞から屋上の出入り口に移された。
 それに合わせるようにキィ〜と金属音を立ててドアが開かれる。

「やっぱり鹿頭家の上は熾条宗家。犬猿の仲と聞いてたけど、カモフラージュ?」

 入ってきた亜璃斗の手にはすでにトンファーが握られていた。
 臨戦態勢にある亜璃斗に応じ、朝霞もイヤリングに手を伸ばす。

「いろいろ反論したいけど、わかりやすい反応で助かるわ」
「鹿頭朝霞には用はない」

 朝霞は何度も亜璃斗と対話しようとした。しかし、相手は朝霞を避けるように接触を許さない。だから、朝霞は考えられる遭遇方法を選んだのだ。
 つまり、亜璃斗は朝霞を通すことで、別の人物との対話を望んでいる、と。

「じゃあ、根拠も場所も作ったわ。後は勝手にすればいいんじゃないかしら」

 朝霞はめんどくさそうに首を振り、臨戦態勢から通常状態に戻った。
 自分に用がないというならば、自分がここにいる必要はない。

「―――っ!?」

 だが、そんな考えも脇を通る瞬間に振るわれた暴力によって吹き飛んだ。

「どういう、ことかしら?」

 トンファーは回避したが、朝霞は押し戻されるように屋上に残される。そして、鋭い視線を無表情でいる朝霞に突き刺した。

「語弊があった。ここにいろ、という命令を聞かせる用があった」

 淡々と語られる言葉は宣戦布告に久しい。

「そう、やっぱり一度、叩きのめす必要がありそうね」

 乱暴にイヤリングを握り、次の瞬間に鉾に転じさせた朝霞はその穂先で亜璃斗を指し示した。

「話はボロボロになってもできるわ」
「その言葉、そっくり、返す」

 ふたりの少女は武器を構え、結界も張らずに"気"を高めていく。
 一触即発の中、今までぽけ〜としていた一哉が手すりから体を起こした。

「「―――っ!?」」

 その仕草の中に放たれた強烈な殺気がふたりを金縛り、一瞬で蒼褪めさせる。

「朝霞、お前は黙っていろ。ここでお前が戦っても何の意味もない」

 一睨みで朝霞を黙らせた一哉は身をこわばらせている亜璃斗に向き直った。

「穂村亜璃斗。俺の、いや、俺たちの意志は一ヶ月前に当主に伝えたはずだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それとも何か? 穂村家は自分たちの主が自分で考えて動くことが気にくわないのか?」

 その声音は朝霞ですら聞いたことのない冷たいもの。

「自分たちがいないと動けないトップの、どうしようもない組織がお好みなら俺たちは手を引こう。そんな百害あって一利なしの組織など路傍の石以下だからな」

 それは挑発とも取れるが、本気だろう。

「第一、俺たちに話を持ってくる前に御門直政には話したのか?」
「・・・・っ」
「俺に何か言いたいなら御門直政と話し、御門宗家の総意として来い」

 一哉は膨大な"気"を身に纏い、亜璃斗の傍を通り抜けた。
 動いた瞬間に殺られそうな状態で動けるはずがない。

「まあ、御門家が固まったと判断すれば、穂村邸に訪れてやる。仮にも<土>を統べる宗家に訪問するのだから相応の戦力は引き連れていくがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 御門家の意思統一。
 それは亜璃斗が直政に隠していることすべてを話すことでもあった。









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