1.2. 価格
現代米価格算法
戦国通貨
兵糧
金属価格(金・銀・銅・鉛・鉄)
俸禄
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太字を読めば要約可能。考察根拠は本文を参照
文末に引用・参考文献名も記載
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1.2.1. 現代米価格算法 戦国時代と現代日本の物価は大きく異なる。しかし、米相場から各品物の価格を相対的に把握することが可能である(増子, 2016)。本考察では米1 kgを400円※1とし、各品物の値段を現代通貨(円)として換算していく。また、単位の『石』や『合』は体積単位のため、各物品は比重から重量に換算する必要がある。因みに米1石は6万円となる。 ※1 総務省統計局小売物物価統計調査では2003~2012年の米1 kgの平均価格が391.2円だった。 1.2.2. 戦国通貨 戦国時代の通貨は貫や文が単位に使用されていた(1貫=1000文)。国立歴史民俗歴史博物館の「古代・中世都市生活史(物価)データベース」における1560~1600年の米物価平均は1石当たり788.9文、つまり、1文当たり約117.9円となる(1貫=11万7,880円) 1.2.3.. 兵糧 『雑兵物語』では、一兵当たりに必要な兵糧は米6合と塩と味噌は10人で1か月にそれぞれ1合、2合と記している。高木(1990)は、馬の食糧は1日大豆2升と糠2升が必要と述べている。 これらから1兵当たりに必要な兵糧は0.9 kgで、その費用は360.4円、馬1頭当たりは3.7 kgで162円必要である。また、一般的な米俵は4斗俵(=60kg)で、このひとつで66~67人の兵を1日養える。
1.2.4. 金属価格 貨幣として用いられた金銀銅、銅銭に含まれた鉛や錫、武器に使用された鉄について述べる。 1609年に御定相場として「金1両=銀50匁=永1貫文」と定められた。「両」は貨幣単位で重量単位とは異なり、「永」は永楽通宝を意味する。表-2に金属価格まとめ表を示し、その後に各金属について述べる。
金 主に貨幣に用いられる金属で、新井(1999)によると1580年頃の金と米の比価指数は12500(金1 kgは米1 kgの12500倍の価値)としている。この単位を金(両)と米(石)に換算すると、金1両(15 g)は米1.25石と等価となる。このため、金1両7万5000円、金1 g当たり5,000円となる。 銀 主に貨幣に用いられる金属で、金1両(=15 g)=銀50匁(=187.5 g)なので、銀1 g当たり400円となる。 銅 銅銭の主成分として用いられる。新井(1999)によると1580年頃の銅米比価は6としている。これを銅金比価に換算すると0.00048(金1 kgに対して銅は0.00048倍の価値)となる。金1 kgは500万円と推定しているため、銅1 kg当たり2,400円となる。 鉛 鉄砲の弾丸や灰吹法の材料に用いられる。鉛の国内生産は行われていたが、需要をまかなうことができず、輸入していた。特にタイのソントー鉱山産のものが出回っていたことは鉛同位体研究から分かっている(平尾ほか, 2009)。 岡田(1936)で当時の鉛の仕入れ額について触れられている(表-3)。1614年は大坂の陣の戦準備から鉛調達に動いており、幕府が大阪よりもいい値段で購入しようとしたことが窺える。このため、大坂の陣が終わった1921年でも英蘭からの圧力では1614年水準で買うように押し切られた可能性がある。このため、英蘭を介さずに直接タイより購入した値がほぼ原価に近いのではなかろうか。よって、本考察では鉛1 kg当たり592.36円だったと推察する。
鉄 武器を中心に鉄器に用いられた汎用金属。新井(2000)は鉄1貫(=3.75 kg)=米0.53斗(=3,176円)と推察している。このため、鉄1 kg当たり846.4円となる。 1.2.5. 俸禄 士分は大名直轄武将とそれに仕える陪臣に分かれている。これらはその能力に応じて知行がそれぞれの上役から与えられている。一方、下級戦闘員である足軽は専従足軽(常備兵)と農民兵に分かれている。専従足軽には給金があり、農民兵にはそれがない。これらの俸禄体制を北条氏を例にして考察する(表-4)。 下山(2011)によると1571年の北条氏の場合、岡本正秀という馬廻衆(知行60貫)の動員に対し、本人に15貫、陪臣4人に対し、ひとり5貫という軍役帳を記していた。これに足軽が10人付くので、足軽ひとりが2.5貫という計算である。この足軽は御貸具足を配された長槍足軽である。一方、1569年に動員された鉄砲足軽は20人に対し、100貫が計上されており、ひとり5貫と長槍足軽とは異なる(鉄砲と言う特殊技能の役割給か)。 北条氏は100文=1斗2~4升で計算しており、1貫は約1.3石となる。よって、岡本正秀家は78石と下級武士相当である(ただし、馬廻衆はエリート)。足軽は長槍が3.25石、鉄砲が6.5石である。また、弓足軽等も長槍と同程度と考えられる。農民兵は徴発されるだけなので俸禄はない。しかし、軍役中の食料・装備に関しては全て動員元持ちである。
引用文献: 新井宏(1999):金属を通して歴史を観る(7)金属比価の歴史(2)比価表, BOUNDARY(コンパス社),15(6), 46-51. 新井宏(2000):金属を通して歴史を観る(21)中世の鉄価と製鉄の画期, BOUNDARY(コンパス社),16(9), 45-49. 平尾良光、飯沼賢司(2009):大航海時代における東アジア世界と日本の鉛流通の意義, キリシタン大名の考古学, 思文閣出版. 清廉平(1968):非鉄金属および硫黄の需要と市況の推移, 日鉱, 84, 695-702. 増子曻(2016):日本における金属生産の歴史と比価学, 機材工. 岡田章雄(1936):建設期の江戸幕府による軍需品の輸入について-特に鉛を中心として, 岡田章雄作集, 3(1938), 79-101. 大口勇次郎, 五味文彦(1993):日本史史話(1), 山川出版社. 下山治久(2011):軍事編制と動員兵力, 戦略・戦術兵器大全【日本戦国編】, 歴史群像シリーズ, 96-97. 高木昭作(1990):日本近世国家史の研究, 岩波書店. |