短編「軽音楽との出会い」
「―――♪」 唯宮心優は、統世学園に設けられた祭壇で歌っていた。 祭壇の端に腰かけ、愛用のギターを抱き込んでいる。 バックに鬼の巨体があるのはシュールだが、紡がれる歌詞がバラードであるためか、ひどく似合っていた。 「ふぅ・・・・」 最後の一音を鳴らし、小さく息をつく。 そこにパチパチとおざなりな拍手が届いた。 「学園で人気の歌姫の生演奏を前に、失礼ではないですか?」 「音楽を解する心に乏しくてね」 「寂しい人ですね。人生損してます」 拍手の主は熾条一哉。 熾条宗家当代直系長子であるが、それよりも謀略家・戦略家と恐れられる人物だ。 "東洋の慧眼"と称され、あらゆる敵の策略を逆手に取ってきた。 最近の戦果は、煌燎城攻防戦だろうか。 陸綜家も多大な損害を受けたが、襲撃部隊はそれを上回る人員ならび装備を喪失している。 SMO第二即応集団はほぼ壊滅し、今現在も再建されていなかった。 陸綜家内の批判も大きかったこの戦いだが、SMO新主力である装甲兵の戦力を測り、その戦力を削り取れたことは大きい。 (政くんには理解できないことでしょうけどね) この戦いを機に、一哉と直政の間には大きな溝ができたらしい。 「歌はずっとやっていたのか?」 「いいえ。下手に歌うと暴発する可能性もあるので。好きではありましたけど」 森術の発動に歌を用いることが多い。 本人にその気がなくとも、歌に【力】が乗ってしまうことはある。 心優にはそれが致命傷となる可能性があった。 「でも、【力】の制御はずっとやってきましたから」 心優はギターをそっと鳴らして微笑む。 「だから、『今のわたしならできる』って思ったんです」 心優は統世学園軽音部1年生だけで構成される新生バンド「Allegretto」のボーカルとして人気を博している。 そんな彼女は、中学時代には軽音楽に触れたことがなかった。 お嬢様学校らしく、ヴァイオリンには触れていたのだが。 さてさて、何故心優は、軽音楽の魅力に取りつかれたのだろうか。 「去年、この統世学園の文化祭で軽音部のステージを見た時に、そう思ったんですよ」 今でも思い出す。 今は卒業してしまった生徒たちのライブを。 「あれを政くんと見た時、わたしはこの学園に通いたい、と・・・・」 一年前scene 「―――政くん、ついに来ましたね、烽旗祭!」 「朝早く叩き起こされたと思ったら、ここか・・・・」 烽旗祭。 町のシンボルたる統世学園が行う文化祭だ。 その規模は一学園に留まらず、町全体を巻き込んだ大規模なものである。 この町に住んでいれば、誰でも参加したことがある祭りだ。 「わたし初めてなんですよ!」 「ええ!?」 「あ、その反応。政くんは経験者なんですね?」 ぷくっと頬を膨らせてみる。 「言い方が気になるけど、この町に住んでて来たことねえの?」 「お嬢様学校に通っていたもので」 今度はつんっとそっぽ向いてみた。 「ああ、あの学校、堅そうだもんなぁ~」 「・・・・・・・・・・・・手ごわい」 直政に聞こえないように小さな声で呟く。 心優のあざとい演技は、直政に無視されたのだ。 「まあ、何にせよ、ようやく祭りに行く許可が出たのです」 本当はこの時期にあった学校のイベントが中等部三年では免除されているだけなのだが。 「さあさあ、行きますよ!」 「テンション高いなぁ」 「これ以上モグリ扱いされるのは本意ではありませんから!」 音川町出身ということで学校でもこの文化祭についてよく質問されたのだ。 だが、初等部から在籍している心優は答えることができなかったのである。 だから、本当に音川町に住んでいるのか、何度疑われたことか。 「ぐふふ、この恨み、はら・・・・はら・・・・・・・・晴さん!」 「『晴らさでおくべきか』だろ」 「そう、それです!」 (術の関係で古語には触れていますが、それ以外は苦手なんですよね~) 我ながら知識にものすごく偏りがあると分かっている。 「で、どこから行く?」 「そうですね~」 統世学園は広い。 ひとつの山を全て学園化したようなものであり、敷地の高低さも大きい。 計画的に回らなければ移動だけで疲れてしまう結果となる。 「とりあえず、大講堂にでも行くか?」 「ステージ発表ですか」 「そうそう」 手に持っていたパンフレットで今から見られる演目を調べた。 「軽音部、ですか」 「バンド演奏だな。興味あるか?」 「興味はありますね」 「意外だ。お嬢様としてはクラッシック好みなのかと」 心優の返事に驚いた直政が足を止めて心優を見遣る。 「クラッシックも好きですけど、あまり新しいものは出てきませんからね」 クラッシックでも既存の楽譜を指揮者や楽団の解釈で変則的に扱うこともある。しかし、それはある意味邪道であり、世に触れる機会も少なかった。 「それにバンド演奏はクラッシックでもホップでも何でもござれですから」 「確かに。どういう曲を弾くかでイメージは変わるか」 「ええ。ですから、『軽音部』という集まりでも音楽性はバンドごとに異なると思いますよ」 「そう言われると聞いてみたくなるな。行くか」 「はい」 心優は直政にすり寄って歩き出す。 一瞬で直政の顔が赤くなるが、人込みなので仕方がないと思ったのだろう。 特段なにも言うことなく、そのままの姿勢で歩き続けた。そして、露天にたこ焼きを見つける。 「政くん、あれ買って下さい」 「おう、どれどれ? ―――って自分で買えよっ」 心優の指差す方を見て、ハッと我に返る直政。 「え~」 「『え~』って金持ちのくせに」 直政は不満そうに頬を膨らませた心優に突っ込む。 「でも、こういうところでは奢って貰うのがおいしいと思います」 「金持ちを否定しないならむしろ―――俺に奢れ」 非常に甲斐性なしな発言が飛び出した。しかし、それは予定調和なのか、なにやら会話を楽しみながら2人は歩く。 2人――特に心優だが――は人目を引く容姿をしているのでかなりの注目を浴びていた。だが、2人は慣れているのか全く気にしたような態度は見せない。それ故にさらなる注目を集め、結果的に一部始終を周りは目撃した。 「―――心優、危ないっ」 「わっ」 直政は心優を声と共に腕を掴んで自分の元に引き寄せる。 「―――しつこいっ」 「お前が相手なら地の果てまで追いかけてやるっ」 「それって永遠ってことだよな!?」 「当たり前だっ。地球は丸いんだからなッ!」 「こんの、ストーカーッ!」 「盗撮はしてねえッ!」 「そういう問題じゃねえッ!」 「この、文化祭をメチャクチャにしたいのか!?」 「現在進行形で実行中だッ」 「日本語おかしいぞッ!?」 「ツッコミそこ!?」 ドドド、と心優が先程までいた場所を数人の人間が奇妙なことを叫びながら通り過ぎていった。 「さ、さすが統世学園・・・・」 間一髪だった。 彼らは騒いでいたとはいえ、今は文化祭の渦中だ。 曲がり角から来たのでは気付きにくいだろう。 もし直政が鋭敏に察しなければ心優は無惨にも跳ね飛ばされていたはずだ。 「うう~」 うまく避けたはずなのに心優からは不満の声が上がった。 懐の少女はやや赤くなった鼻を押さえ、涙目で唸っている。 どうやら咄嗟に引き寄せたために少年の胸に思い切り鼻をぶつけてしまったようだ。 直政はそんな心優を気遣う言葉を口にしようとする。 そんな時――― 「―――うわああああああああああああッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?」 『『『―――あ』』』 突然に悲鳴。 周りの人間はその原因を見留め、驚いて思わず声を漏らす。そして、心優は先程鋭敏な動きを見せた少年に一応注意をしようとし――― 「ま、政く―――」 「大丈夫か、み―――ユ゙ッ!?」 ―――ズシャッ 直政は何故か上から落ちてきた統世学園生徒に潰された。 その生徒は金髪碧眼の少年ですぐに起き上がる。そして、上を見上げて叫んだ。 「くっそ。また引っ掛かった。巧妙すぎだぞ、トリックアートッ!」 叫び終わると下敷きにしている直政など目もくれず、彼は自分の名を呼んで走ってくる人とは逆方向へと駆け出す。 そのまま落下の後遺症を全く見せずに周囲の視界から消えた。 「政くん政くん」 ツンツンと地面に突っ伏したままの少年を、少女はしゃがみ込んで突きながら言う。 「わたし、『みゆ゙』みたいな変な名前じゃないです」 「・・・・命の恩人に向かって言うこと、それ?」 直政は身を挺して心優を守ったのだ。―――故意、又は偶然を以てして。 「ん~。・・・・政くんって鋭いんだか鈍いんだか分からないですよね」 (もちろん、地術師だから空からの奇襲に対応できなかったのは分かりますが) そこは退魔師としての勘で避けられたりしないのだろうか。 「・・・・グフッ」 「ま、政くんッ!?」 何故か不自然な息を吐いて直政が地面に突っ伏す。 「ハーッハッ。お嬢さんッ」 慌てて直政の体をゆすろうとした心優の隣に、いつの間にか逃走した先程の男子生徒がいた。 「たかが2階から落ちてきた者の下敷きになったくらいで失神するような男など放っておいてオレと一緒に―――」 「政くんの悪口言わないで下さいッ」 「ぐぼぉっ」 心優のヘロヘロ掌底が男子生徒の鳩尾にめり込む。 動作はヘロヘロだが、うまく"気"が乗ったようだった。 ―――ドシャ、ゴロゴロゴロ 見た目からは想像できない威力に、男子生徒は数メートルの滑空を体験する。そして、着陸しても数メートルほど地面を転がり、動かなくなった。 「政くん、大丈夫ですか?」 「・・・・おう、肉体的には。精神的には相応のダメージを喰らったけど」 体を起こし、心優に何とも言えない拗ねたような視線を送る直政。 「確かに壁に扉があるなんて、びっくりですよね」 「それじゃねえよ!? いや、それもだけどさ!」 「あ、政くん。早く行かないと公演が始まってしまいます」 腕時計を見て急かすように直政の頭を軽く叩いた。 「いろいろツッコミを入れたいけど、確かに時間ねえな」 「えー。ツッコミなしですか。残念です」 「・・・・・・・・・・・・・・・・急ぐぞ」 「はい!」 これ幸いと彼の手を握り、心優は走り出す。 「わきゃっ!?」 「どわっ!?」 持ち前の運動音痴を発揮し、わずか数歩で転んだ心優は直政を巻き込んで転倒した。 これが心優と軽音楽との出会いである。 現在scene 「―――いや待て。全くステージ内容が語られていないが?」 「ステージはすっっっごく素敵でした」 「一言かい」と呟く一哉を尻目に、ステージを思い出した心優は陶然と瞳を輝かせた。 「バンドの演奏や歌だけではありません。照明や音響といった裏方の方々と織りなすひとつの芸術でしたね」 「ほお」 「あの演奏を聴いて、歌いたい、って思ったんですよね」 「そんなにすごかったのか」 一哉が相槌とも言える無感情な声で応じる。しかし、心優は気にした様子も見せず、一哉に向き直った。 「ええ、何せ今はプロデビューされていますから」 昨年の文化祭からネット上で騒がれ、スカウトが動いた結果、今春にデビューしている。 「因みに作詞作曲の監修は今の軽音部部長が変わらず担当しているようですよ」 「あの変人か」 統世学園の学生はどこかネジが外れていたり、追加されていたりするが、軽音部部長はその中でも特殊なひとりである。 「変人故にあんな曲が作れるのでしょうかね」 「そこまで言われると聞いてみたかったな」 「先輩はそれどころではなかったですからね」 一哉にとって昨年文化祭は"東洋の慧眼"の面目躍如とも言える大戦役である。 圧倒的不利な状況から、音川と統世学園と言う特殊な土地性を生かした戦術で数多くの鬼族を葬ったのだ。 「お前のことだ、気付いていたんじゃないのか?」 森術師だからではない。 唯宮家の令嬢としての情報収集力は非常に高いのだ。 「いいえ。わたしが拾えるのは公的機関に通報されて握り潰された裏情報がメインですから」 警察などが把握できなかった対鬼族戦闘は知らなかったのだ。 「そう考えると、わたしと政くんはあの時戦いに巻き込まれる可能性があったんですね」 「一般人を巻き込むようなヘマはしない」 「でも、必要ならするんでしょう?」 「必要なら、な」 直政が聞いたら顔をしかめたであろう発言も、心優は涼しい表情で流した。 「なんにせよ、です。わたしは軽音部に入ることと政くんと同じ学園生活を送るために統世学園に入ったんです」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そんな願いを打ち砕いた張本人である一哉が沈黙する。 (ここで心動かされるということは、巷で言われるほど冷血漢ではない、ということですか) だからこそ、心優を犠牲にするという彼の策が苦肉のものであることが分かった。そして、この作戦以外で対応した場合、高い確率で多数の死傷者が生じるのだろう。 そこには直政が含まれる可能性が非常に高かった。 (だから、わたしが鬼を祓います) 決意を新たに心優は鬼を見上げる。 (例え、この命を落としても、政くんは死なせません) 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 握り拳を作り、覚悟を固める心優の背中を、一哉は無表情で感情の読めない眸で視線を注いでいた。 |