第八章「烽旗山、そして封鬼山」/7
「―――来るか・・・・」 心優の歌を聴いていた一哉は、鬼の目が薄ら開いたことに気が付いた。 「全員聞け! そろそろ始まるぞ!」 手に持った無線機で、学園中に散った者たちに呼びかける。 「書籍によれば、過去の戦いで投入された軍は朝廷軍二万に蝦夷軍二〇〇〇だ」 迎え撃った朝廷軍は首都防衛軍であり、戦の経験がなかった。 また、一般に朝廷の遠征軍に対し、少数で抵抗した蝦夷軍は精鋭であり、十倍の兵力差などほとんどなかったに等しい。 「これまでの零体発生において、約一〇〇を葬った」 その内、5割が心優、2割が一哉、残りが鹿頭家である。 「残り一九〇〇、頑張ってくれ」 その数値に無線機の向こうが黙り込む。 「何、ひとりひとり斬って回れと言うわけじゃない。鹿頭家ならば協力して五〇〇はいけるだろう」 炎術の特性で、攻撃範囲が広いのだ。 『残りは?』 「お前が一〇〇〇、他は・・・・来客か?」 『千!? っていうか、私は鹿頭家に入ってなかったの!? ・・・・・・・・って、来客?』 「ツッコミに忙しい奴だなぁ。・・・・ま、取りこぼした分は、俺が焼く」 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 ここでは来客について話さないと分かっているのだろう。 朝霞は特に何も言わなかった。 『・・・・一〇〇〇かぁ』 無線機の向こうで、ため息と共に呟きがこぼれる。 「できないか?」 『あんた、挑発する相手を間違っているんじゃないかしら?』 すでに朝霞は一哉の意図を見抜いている。 『別に相手と同じ土俵で勝負する必要はないんじゃないかしら?』 朝霞の問いかけを受け、絶望的な迎撃戦を予想していた者たちは、ハッと顔を上げた。 『強いっても千年以上前の、剣や弓を武器とする奴ら』 朝霞の語りに満足し、一哉は静まり返った統世学園を見下ろす。 『一撃一撃は所詮ひとりしか相手にできない』 力強い宣言。 かつてここに集った戦力を完膚なきまでの挫折を味合わせた戦力。 それは現代戦力の大兵力に他ならない。 『一九〇〇人分の手足しかない』 どんなに強い者がいたとしても、それはひとりなのだ。 『それに比べて私たちの能力は一撃で数人を巻き込めるわ』 古代。 ひとり一殺できれば・・・・などと語られた世界において、能力者はその先を行っていた。 一撃が数人を巻き込むなど当たり前なのだ。 言い換えれば、弓や刀で武装した軍勢に対し、散弾銃を基本装備にした軍勢が自分たちなのだ。 『例え相手が数人分の強さだろうと、ひとりひとりはひとりよ』 如何に数が多かろうと、相手の手数を上回ることができる自分たちが、そう苦戦するはずがない。 そう、敵はたかだか一九〇〇人。 『一騎当千とは言えない私たちだけど、ひとりで二、三〇人ほどやっつけるのは造作もないことじゃないかしら?』 ここに至って、朝霞は一哉の試算を否定した。 『ひとりの英雄が一九〇〇人倒すんじゃない』 「?」 朝霞の演説の中、一哉は視線を感じて振り返る。 そこには歌いながら微笑む心優がいた。 「♪」 その視線に、見透かされたと気付いた一哉は肩をすくめる。 煌燎城の戦いで威信失墜している司令官よりも、共に戦う現場指揮官の方が、通りがいい。 だから、一哉は朝霞を挑発し、それに反発するような声を作り出した。 実際の強さよりも数の多さは敵を強大に見せる。 だが、それが張りぼてだと分かっている場合、ほとんど士気には影響しない。 それを一哉が理屈っぽく語っても、周りには浸透しない。 自ら武器を取り、先頭で戦う者が言ってこそ説得力があるというものだ。 (本当に馬鹿っぽいのはアイツと関わっている時だけだな) 朝霞はこれまでの付き合いでその役目を理解した。 しかし、心優はこの世界に現れて間もない。 それなのに、一哉の思惑を見抜いた。 これまでに出会った同年代の少女の中で、最も鋭く、最も賢いかもしれない。 (それも・・・・当然か) 己を偽り、周りを偽ってきた。 その偽りに塗れた半生こそ、彼女の本質だ。 ならば、多少の思惑程度、彼女には筒抜けだろう。 (奴の偽りの理由は分からんが・・・・) そんなことこの"東洋の慧眼"の見通すことではない。 『全員で一九〇〇倒すわよ!』 『『『『『オウ!』』』』』 SMOの襲撃で自信を失っていた能力者たちが、ひとりの少女の激励に、その目に力を取り戻した。 今から対抗する鬼の前の前哨戦。 たかがそんな戦いで倒れていられない。 今から始まるのは決戦を生じさせないための戦いだ。 ならば、もっと先にあるだろう決戦を臨むため、ここで経験値を稼ぐ。 『さあ、来るわよ!』 朝霞の言葉通り、統世学園の至る所に霊体が発生した。 鹿頭朝霞side 「――― 一番槍、貰うわよ!」 朝霞は数十の幽鬼が顕現する兆候が現れた中庭向け、校舎屋上から飛び降りた。 「ええ!?」 初陣以来、側近を務める長刃鳴耶が驚きの声を上げるが、朝霞は危なげなく着地して炎を叩き込む。 顕現した瞬間の霊体が三体、何もできずに吹き飛んだ。 「さて・・・・接敵したかしら?」 【叢瀬】から提供されたインカムを通し、各方面に連絡を取る。 今回の部隊は五隊。 一哉が直卒する本隊――長物部道場(祭壇警護担当)。 朝霞率いる遊撃隊――校舎屋上(各方面後詰) 香西率いる第一隊――学園東部講義棟群(第一要警護担当) 叢瀬椅央率いる第二隊――学園西部正門(第二要警護及び情報収集担当) <鉾衆>主力の第三隊――学園北部旧校舎群(第三要警護担当) 数的に言えば第三隊が17人と最多であり、遊撃隊である朝霞直卒部隊は4人と最少だ。 他はだいたい10人前後。 約50名が今回出張っている。 "東洋の慧眼"・熾条一哉、"東の宗家"当主・鹿頭朝霞、"銀嶺の女王"・叢瀬椅央、"金色の隷獣"・叢瀬央葉、"迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒。 二つ名持ちだけで5人。 SMOの一個大隊すら攻撃をためらう戦力だ。 (それでも・・・・足りない・・・・ッ) 次々と現れる霊体に炎を叩き込みながら思った。 退魔の炎は霊体に燃え移り、彼らは悶え苦しんで地面に倒れていく。しかし、効果が薄かった者はすぐに立ち上がって行動を開始した。 炎で除霊できるのはクリティカルヒットした者だけだ。 それでも朝霞は作業に徹しながら思考を続ける。 (今回の敵は文句なしに歴史の厄災) かつて朝廷が威信をかけて戦い、ほぼ壊滅しながら封印した鬼だ。 そのあまりにも大きすぎる厄災は、なかったこととして歴史から抹消される。 (なら、もう一度、歴史から葬り去ってやるわ) 鉾を用いず、炎だけで敵と相対する朝霞は思う。 (あいつと知り合う前なら弱気すぎる、と思っていたでしょうね) 今回の作戦は、鬼に対して効果抜群すぎる攻撃を当てる。 そのためには一度鬼を顕現させなければならない。そして、顕現した瞬間に最大攻撃をぶつけるのだ。 鬼は顕現する前の露払いとして、己の眷属で周囲を占領しようとするだろう。 だから、それを阻止するのが今回の戦いだ。 復活する霊体を完膚なきまでに叩き伏せ、準備を整えた上で敵の親玉を狙撃する。そして、背後から迫っていたい1体を鳴耶が突き倒した。 「で、でも、こんなのでいいんでしょうか?」 「本当の戦いにあんたが思う正々堂々なんて存在しないわ!」 目の前に現れた霊体を炎の拳で殴った。 それだけで霊体は炎に包まれて黄泉に帰る。 やっぱり広範囲攻撃よりもひとりひとりに【力】を叩き込む方が効きやすい。 先程啖呵を切ったが、広範囲攻撃で全てを滅せられるのは直系くらいだろう。 「存在自体が反則な敵を倒すために知恵を尽くすのが人間」 「えーっと」 いまいちピンとこないようだ。 「言わば、鬼は核ミサイルよ」 爆発すればもはや手に負えない。 「でも、爆発する前は潜在的危険、というだけでまだ安全なの」 発射されたとはいえ、爆発する前ならば何とかなる。 「その撃墜を100%できる切り札が心優」 「あの女の人ですか」 「・・・・私も同い年なのを忘れていないかしら?」 どうも初めて会った時に大人っぽく微笑まれて変な印象を持っているようだ。 「・・・・で、その切り札を使わせないように送り込まれた特殊部隊が霊体」 「それを迎え撃つのが僕たち、ってことですね」 朝霞たちの任務は霊体の撃滅だが、それは戦術目標に他ならない。 戦略目標。 それは東西と北部に設置された要の死守に他ならない。 「とにかく、私たちは倒して倒して、少しでも要に向かう敵を減らすわよ」 「はい!」 朝霞が率いる戦力は鹿頭の中でも個人戦闘力に秀でる者たちだ。 言わば、白兵戦闘に強い。 「後、あんた、これから狭いところも行くんだから、棒を引っかけないようにしなさいよ」 朝霞が鉾を使わないのはそれが理由だ。 校舎内戦闘などをする場合、長物は文字通り無用の長物と化しかねない。 「大丈夫です。今回はこれですから」 そう言って鳴耶が掲げたのは50センチ程度の棒だ。だが、その先端からまるでガスバナーのように炎が噴き出している。 その長さは2メートルにまで達し、全長で2メートル半に及ぶ。 「『長刃』の通りってわけね!」 ある程度まとまった場所に炎弾を続けて叩き込み、推定十二体を燃やした。 「姫、もうそろそろ移動しましょう」 朝霞が戦いながら講義している内に、この中庭の敵はある程度滅ぼしてしまったようだ。 「どの程度殺ったと思う?」 朝霞は一息つき、体の前に来ていたポニーテールを後ろに払う。 「40程度かと」 「へぇ、随分」 緒戦にしてはいいほうだろう。 「いいえ、少ないです」 「・・・・そ、か」 霊体は厄介だ。 こちらには霊体に通用する攻撃を保有する者は少ない。 先程、散弾銃が基本装備だと例えたが、その一発一発が敵に効きにくければ意味がないのだ。 表の戦と違い、裏の戦いにおいて、相性は重要なファクターなのである。 「北部は陰陽師とかもいるから何とかなると思うけど・・・・」 「問題は【叢瀬】ですか」 「ええ」 央葉も央芒も優れた能力者だ。 しかし、彼らはSMO製であり、特に対精霊術師に特化している。 零体なんぞというわけのわからない者を相手にできるとは思えない。 「<杜衆>が用意した対霊的術符がどこまで通用するかが鍵ね」 「もしくは鬼の覚醒が進み、敵の受肉が進むこと、ですか」 「ええ」 今回の敵が霊体なのは、親玉である鬼が復活していないからだ。 鬼の覚醒が近づき、親玉から【力】の供給が増せば霊体たちも実体化する。 実体化すると言うことは、普通の攻撃が効く、ということである。 「でも、頑丈さも増すでしょうけどね」 鬼の眷属は鬼だ。 並大抵の攻撃で倒れるものではない。 「それまでに減らすだけ減らす、それが私たちの戦いよ」 朝霞は自分たちの成すべきことを再確認した。 『―――そういうことだ。貴様ら遊撃隊は戦場を駆け巡れ』 「もう少し言葉を選んだらどうかしら?」 木の枝に付けられたスピーカーを通した叢瀬椅央の言葉にげんなりした朝霞は次の瞬間、背筋を伸ばす。 「来るわ!」 『おおう、こちらのセンサーと同等の速度とは・・・・歴戦の強者として有能だな』 朝霞が感じ、【叢瀬】のセンサーが捉えたのは、中庭の端だった。 そこに高濃度の【力】が顕現しつつある。 「普通に考えて・・・・指揮官ってとこ?」 「ど、どどど、どうするんですか!?」 鳴耶が震えた声を出すが、それに対する返答は朝霞の踏み込みだった。 「こうするの、よ!」 "気"を使った加速で接近する朝霞の前で、【力】がようやく形を作る。 (鬼・・・・ッ) 一本角に乱れた髪、白目に浅黒い肌を持つ体長2メートルほどの鬼が、手に直剣を持って顕現した。 「私の前に、鬼の姿で現れたことを後悔することね!」 突き出された鉾が弾かれる。しかし、その弾かれた勢いをも利用して振り回した石突が、鬼を弾き飛ばした。 現代にも鬼の姿を取る亜人と言える者たちがいる。 彼らは鬼族と言い、退魔師と戦い続けてきた。 そんな長き戦いに身を捧げてきた鹿頭家は、昨年に鬼族の大攻勢を受けて壊滅する。 かつて一族一の使い手と謳われながらも、壊滅時に戦場にいなかった。 だが、そんな不甲斐ない朝霞を当主とし、鹿頭家は鬼族と戦うために再集結している。 だから、鬼の形を取るものに、もう二度と負けるわけにはいかないのだ。 「・・・・ッ」 朝霞はさらに加速し、体勢を立て直そうとする鬼に肉薄した。 鬼もそれに応じ、大上段から剣を振り下す。 完璧なタイミングと力強さ。 直撃すれば、真っ二つにされただろう。 直撃すれば、だが。 『・・・・ッ!?』 朝霞は鉾の石突を地面に突き刺し、急制動と急転換を行った。 つまり、走り高跳びの要領で空を舞ったのだ。 「喰らい、なさい!」 頭上から炎弾を浴びた鬼の姿勢が揺らぐ。そして、その背中に鉾を振るって浅く傷つけた。 『―――ッ』 鬼は怒りに震え、すぐさま剣を振り向きざまに振るう。 「馬鹿ね」 それを読んでいた朝霞は着地と共に一歩後退っていた。 その眼前を鋒が通り過ぎ、朝霞は鉾を構えて踏み込む。 「死ね!」 鬼の懐に入って突き出された穂先は、深々と胸に突き刺さった。だが、すでに死んでいる鬼には関係ない。 武器を捨て、朝霞の華奢な体を掴もうと手を伸ばした。 「姫!」 血相を変えた家の者たちが駆け寄ろうとするが、遅い。 「こう言うべきかしら?」 鬼の手が朝霞に触れる直前、彼女はニヤリと笑った。 「"二度"死ね、って」 『―――――――――』 次の瞬間、鬼の霊体内で活性化した<火>が顕現する。 それは瞬く間に鬼の輪郭を崩し、その御霊を焼却した。 「ふん」 ポニーテールを揺らしながら、炎と化した鬼の御霊を鉾で切り払う。 「え、えっと・・・・」 あっさりと危機を取り去った朝霞に、鹿頭の者たちは駆け出した体勢で顔を見合わせた。 「何? たかがこの程度、あなたたちも倒せるはずよ?」 「あ、あはは・・・・」 鳴耶が苦笑いするが、すぐに表情を引き締めた。 「姫」 「ええ、また大量発生したみたいね」 鳴耶たちの緊張した面持ちに頷き、朝霞はポニーテールのリボンに触れる。 統世学園主要施設を監視していた【叢瀬】が無線機を通して、大量発生点を教えてくれた。 「【叢瀬】の眼前、ね。・・・・・・・・・・・・でも、その前に言わなきゃいけないわね」 今回の要は東西と北部だ。 このため、【叢瀬】の監視網もその範囲しかない。 南部――統世学園中等部がある方向に、朝霞は視線を向けることなく――― 「―――今忙しいっつーのぉっっっ!!!!!」 最大級の火球を叩き込んだ。 ???side 「―――さて、ある程度の指示は出した」 音川からは遠く離れた日本のどこかの地下で、作務衣姿の大男は己の主に話しかけた。 「ふーん」 己の主は特に興味がなさそうに応じる。 その背後には中華服に身を包んだ護衛が直立不動でいる。 「例の場所にはピュセルが。・・・・あそこには―――」 「―――"侯爵"が向かったんだよね、"宰相"」 「・・・・ああ、どうも、功に焦っているようでな」 「第二次鴫島事変において、本人は"鬼神"に、騎士たちは鎮守の跡取りに負けているもんね」 「逆に言えばそれだけの戦力を足止めした、と言えるが」 "宰相"・真郷総次郎幸晟は主・"皇帝"の前の席に座った。 その行動に護衛が眉を上げるが、気にすることはない。 「これからどうする気だ?」 「どうって?」 「煌燎城の戦いで問題になるだろう陸綜家の現戦力を計った」 謎は謎だからこそ脅威だった。 それを解消したのだから、どれだけの戦力でも対応してみせる。 「方針がないと動けないぞ?」 今回の結界破壊も彼らの目的ではない。 ただの手段のひとつだ。 その手段で敵が壊滅してくれるのならば言うことはないが、だからとって自分たちの動きを止める理由にはならない。 「そうだねぇ」 "皇帝"はゆっくり天井を見上げた。 そこにはただの土の壁が、十数メートル先に広がっている。 『自然』にできた空間を眺めた"皇帝"は"宰相"に向き直った。 「新"子爵"を得たら、一気に動くよ」 「御意」 |