第七章「七不思議、そして七不思議」/2
「―――あー・・・・」 統世学園生徒会長・結城晴也が壇上で、まず、そう言葉を吐き出した。 現在、夏休み直前の終業式が学園の第一講堂で行われている。 今年は校長の話を行ったが、長くなりそうだったので強制終了させていた。 式の進行は順調であり、強制終了されたことで、学生のモチベーションもなんとか復活している。 何よりも学園最高、最凶の愉快犯である晴也に注がれる視線は、期待に満ちていた。 「とりあえず、去年行われた夏休みの開始時期を決める無人島の戦闘は中止となった」 訳が分からない戦闘中止宣言に、1年生がポカンとする中、2、3年生からはブーイングが出る。 そもそもこのイベントは合法的に他クラスと戦えるものであり、何かとクラス別対抗にこだわる学園の風物詩と言えるものだった。 「理由は、金がもったいないから、だ。すまん」 ペコリと頭を下げ、チラリと生徒会役員が控えている場所を見遣る。 何百人かが中止に追い込んだ輩を睨み付けた。だが、数百人分の視線を遙かに超える凶悪な視線とその肩に担がれた大鎖鎌に誰もが目をそらす。 「代わりと言っちゃあ何だが・・・・」 晴也の言葉に、学生たちが再び壇上に視線を向けた。 「長い、夏休みを約束しよう」 学業ではなく、武勇に裏打ちされた夏休みではなく、本当に学業が物を言う、休み期間決定。 その事実に――― 『『『『『もっと早言えよ!?』』』』』 赤点'sは魂から叫び声を上げた。 「にやにや」 その様に、悪戯が成功したことに、心底楽しそうな笑みで臨んだ晴也は、マイクスタンドからマイクを抜き出す。そして、歩いて壇上の際まで行き、彼らを睥睨した。 怨嗟の視線を受けても平然としていた晴也は、ふっと思いついた疑問を口にする。 「ってか、誰だよ、あんなイベント始めたの」 「あんたのお姉さんよ」 司会からマイクを受け取った綾香が答えた。 「って、去年の一回だけかよ!? くっそ、あのアマ、何が伝統行事だ!」 全校生徒の前でコントする、武勇においては新生生徒会最強とされる会長、会計に特に1年生が呆然としている。 「はぁ、以上。この夏、おもしろくするかどうかは貴様ら次第だ。そう、お前たちはその方法をすでに知っている」 愉快犯からの信頼に、数百人が歓声を上げた。 「―――大した人気だな」 「うっせ」 挨拶を終え、壇上から降りてきた晴也を迎えたのは、熾条一哉だった。 晴也は一哉に背を向けたまま、周囲に聞こえぬよう、<風>で声を送る。 「いいのか? これで、学園の人員が手薄になった時に、敵が攻撃に来ることはなくなったぞ」 当初、一哉以下、<鉾衆>の考えは積極的迎撃だった。 恒例のイベントで学園から人が消えた瞬間を狙い、鎮守家が守ろうとしている封印を敵が攻撃。 それに対応し、逆に攻撃を仕掛けることで敵を撃破する作戦だった。 同時に民間人を巻き込む可能性も低い。 「だからこそ、夏合宿の部費を向上させたんだろ」 部活動が盛んな統世学園は、夏において合宿する部活が多かった。 合宿と言っても学園に泊まり込むのではなく、レジャー地に行くことが多い。 結果的に言えば、イベントを行うのと同じく、人がはける。 「これで学園に来るのは、学園に"特別に"用のある人物だけだ」 「・・・・お前・・・・」 晴也が振り返った。 「渡辺さんが常日頃言ってるが・・・・」 両腰に手を当て、ため息。 「誤解されるぞ」 「それが"東洋の慧眼"なんでね」 唯宮心優side 「―――七不思議、会長の挨拶から何もなかったな」 終業式の後、直政は教室で昼食を採っていた。 当然ながら、部活だ。 なので、ここには軽音部の心優、弓道部の神代カンナ、園芸部の水瀬凪葉が揃っていた。 また、何故か叢瀬央葉もいる。 どうでもいいが、牛乳パックを頭の上に乗せたままパンを咀嚼するなんざ、どんなバランス感覚をしているのか。 「やっぱり嘘なんじゃないのかしら?」 廊下を歩いていたら心優に連れ込まれたらしい、朝霞が心優に流し目する。 「嘘じゃないです! っていうか、なんで会長が口にしないから嘘って言う流れになるんですか!?」 「「だって、会長だろ(でしょ)?」」 「うぐっ・・・・」 生徒会書記という肩書きを持つ心優も、当たり前のように言われた内容に、反論できなかった。 「あの愉快犯の会長が乗らないはずないでしょ?」 朝霞は結城晴也という人物に何度も会っている。 もちろん、表ではなく、裏として会ったことの方が多い。だがしかし、どちらも変わらない印象だった。 特に正月に結城宗家本邸で出会った初対面の時ほど印象的だったことはない。 家の決定を翻すために奔走した、あの楽しそうな笑顔。 「じゃあ、やっぱ七不思議はガセなんじゃね?」 「―――七不思議は、本当」 「おわ!?」 にゅっと目の前に差し出された手のひらに視界を奪われた直政。 だが、声で誰かはわかった。 「亜璃斗」 「何?」 「目隠しする意味は?」 「兄妹のスキンシップ?」 首を傾げたのか、わずかに振動が手から伝わる。 同時に髪も揺れたのだろう。 嗅ぎ知った、いいにおいが嗅覚を刺激した。 「・・・・ッ、恥ずかしいわ!」 「あらホント、顔真っ赤」 「~~~~~~ッ」 笑みを含んだからかいの声に、直政は声にならない叫びをあげる。 『まあまあ』と、胸ポケットから出てきた刹が肩に乗り、前足でポンポンと首を叩いた。 「イテェッ!?」 前足がザクリと首筋に刺さり、直政は思わず刹を振り落とす。 「くぉっの、小動物が! どさくさに紛れて主人に爪を向けるとはいい度胸だ!」 追撃とばかりに足で踏み潰そうと迫った直政の額を、丸めて円柱状にした紙が叩いた。 「話が進まないでしょ。少し黙っててくれるかしら?」 「う・・・・」 修羅場を幾度か潜ったとはいえ、朝霞の鋭い視線には怯む。 「で? 本当って、証拠は?」 「・・・・・・・・これ」 亜璃斗は直政がぞんざいに扱われたことに不満そうにしながらも、持っていたA3版の紙を差し出した。 『また七不思議!? -夏休み直前号外-』 楽しそうな文体の後、おどろおどろしい字体で、いくつかの不思議現象が記載されている。 「これは?」 「本日、発売予定だった、『納涼特集』」 亜璃斗の所属する新聞部は、掲示板のポスター大無料掲示版、各拠点に置かれた無料配布版、そして、とある話題に特化した有料特集版と3つの紙面を作っている。 重要な収入源である有料特集版は、アンケートを元に作成されており、学生の興味ある内容となっている。 また、値段も100円と買いやすいので、毎回数百部売れていた。 これが発売中止になれば、数万単位の収入減となる。 亜璃斗がややむくれているのもわかる。 「なんで発売中止なんだ?」 一読した直政は、別に不適切なところが見つからなかった。 確かに学園で七不思議を題材とした肝試しが横行することになる。しかし、夜の学園も申請さえすれば、普通に入れるのだ。 入ってはいけない場所は厳重に施錠されており、セキュリティーも万全だからである。 「生徒会長の鶴の声」 「馬鹿な!?」 驚愕の声を放ったのは、心優だ。 先も話した通り、晴也は愉快犯だ。 率先して肝試し大会を企画するに違いない。 特に夏休み開始期間闘争が予算の都合で中止になった以上、より安価である七不思議騒動に飛びつかないはずがない。 「これは何かありますね」 キラリと心優が眼鏡を光らせた。 ちなみのその眼鏡は直政がかけていたものだ。 ひょいっと強奪してみせた動きは、彼女にしては早かった。 「ふふ、調査する必要があります」 くいっと眼鏡の縁を指で押し上げる。 「またズレたぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 カンナの冷静なツッコミに、心優は黙って直政に眼鏡を返した。 「というわけで、肝試しをしましょう」 「ええ・・・・」 怖がりなのか、凪葉が嫌そうな声を出す。 「だって、夏休みにイベントないと、集まらないでしょ、このメンバー!」 特に凪葉は寮生だ。 夏休みは帰省する可能性が高い。 「高校生の夏ですよ! イベントほしいじゃないですか!」 「といいつつ、部活あるから、集まろうと思ったら何人かは集まれるんじゃね?」 「・・・・おや?」 直政と朝霞は長物部、心優は軽音部、カンナは弓道部、凪葉は園芸部、亜璃斗は新聞部。 「何ともまー、アクティブなメンバーですね」 「―――そのアクティブさを演劇に生かしてみないかい!?」 パッとスポットライトが照らされ、ひとりの女生徒が教室に入ってきた。 「何を隠そう、我が演劇部は夏に合宿をするのさ。きっと、キミも楽しいと思うよ?」 すっと心優の顎の線を撫で上げる先輩。 慣れたのか、彼女に視線を向けるだけで何のリアクションも示さない心優。 一方、隣の凪葉は顔を赤くしていた。 確かに、見た目(だけ)は麗しいふたりが密着している姿は、何とも言えない、いけない雰囲気を醸し出している。 「・・・・神坂先輩」 「何だい?」 無駄に顔を近づけてきた先輩から、椅子を引くことで距離を取った心優は痛烈に言い放った。 「そんなイベントいりません」 「・・・・ふ」 イベントを欲していたものに否定されたという攻撃に対し、神坂栄理菜は笑ってみせる。 「じゃあ、どんなのがお好みだい?」 「政くんとイチャイチャできるイベントです!」 「おおい!? 私情がダダ漏れだぞ!?」 「私情がダダ漏れて、何が悪いんですか?」 「そう冷静に言い返されると、個人の自由だな」 「アホ」 あっさり意見を翻した直政に、朝霞が呆れた声を出した。 「はぁ、結局、何の話だ?」 カンナがため息をつき、箸を置く。 「七不思議です!」 「ああ、あれね。ピアノがどうとか」 心優の言葉に、神坂が反応した。 「知っているんですか?」 「ふふ。それは当然。三年ともなれば、独自の情報網くらい持っているものなのさ」 艶然と微笑む姿は、中性的な顔たちと相まって不思議な色気がある。 「・・・・・・・・・・・・」 「ぐふっ」 無言で亜璃斗に肘撃ちされた。 亜璃斗は立っているので、ちょうど側頭部を打ち抜かれる。 「で、キミたちは結局、何がしたいんだい?」 話を散々折れさせた神坂が強制的に話を戻した。 「肝試しです!」 挙手しながら心優が叫ぶ。 「やればいいんじゃないかな? この学園は比較的、夜間侵入には寛容だよ?」 「それができれば、悩みはしません・・・・」 心優はぷしゅ~と息を吐き出しながら机に突っ伏した。 「七不思議を扱った号外が生徒会長命令で差し止められたんです。だからきっと―――」 「なんだ、別に関係ないじゃないか」 「「「「「え?」」」」」」 神坂のあっさりとした口調に、1年生ズは揃って彼女の顔を見る。 その注目に気をよくしたのか、神坂はどこからか眼鏡を取り出した。 完全に説明モードである。 「いいかい、諸君」 机の上にあったシャーペンを取り、それを指示棒のように振りながら言う。 「肝試しとは怖い空間を歩き、それを成し遂げることで度胸を試すものだね」 「はい」 「七不思議とは七つの不可思議な出来事をいうね」 神坂はふたつの定義を語った。 「さて、ここで問題だ。数学だね」 「え゙?」 勉強が苦手な心優が顔を引きつらせる。 「両者の間に、真は存在するかい?」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 心優の物言いたげな視線を、直政が無視した。 「ないな」 溜息とともにカンナが助け舟を出す。 「肝試しをするのに七不思議は必須ではないし、七不思議があるからと言って肝試しをしなければならない道理はない」 「そうだね、両者は偽偽の関係」 カンナの答えに、神坂が満足そうに頷き、ウインクと共に結論を言った。 「つまりだ。七不思議が禁止されようと、肝試しが禁止される理由にはならない、ということだね」 「おおー」 結論だけ理解した心優がパチパチと拍手する。 「道は開けました!」 そして、立ち上がって拳を突き上げた。 「そうか? 結局は生徒会が反対したらダメだろ?」 「いいえ、政くん。それは違います」 自信満々に胸を張った心優は、直政を覗き込むようにして言う。 「校舎夜間侵入届の受理は、生徒会ではなく、教師連合が行います」 教師連合が認めれば、校則を盾に行動する不正取締委員会は動けない。 生徒会には先々代が多用した暗部が存在するが、それに痛い目を見た先代が縮小。 当代も「わからないことが面白い!」と豪語する器のために、縮小されたままだという。 「つまり、わたしたちの邪魔をするものはいないんですよ!」 くるりと振り返り、全員を見回す心優。 その仕草は演技ではなくとも、演劇のようだった。 神坂がほしがるのも分かる気がする。 「決行日は早い方がいいですね。ちょっと生徒会に探りを入れてきます」 そう自己完結した心優は、みんなを置いて駆け出した。 「おご!?」 だが、教室の扉をくぐる瞬間、目測を誤ったのか思い切りドア枠に激突する。 「~~~っ。・・・・負けません!」 と、謎な不敗宣言を残し、今度こそ心優は生徒会棟へと駆け出した。 「―――あ、いいところに」 生徒会室のドアをスパンッと気持ちよく開け放った心優に、生徒会長・結城晴也はお茶を飲みながら言った。 「明明後日から、俺と綾香は出かけるから」 「なんと好都合!?」 「は?」 「あ、いえ。つい本音が口から」 慌てて口を押さえるが、漏れなくてもいい本音がもうひとつこぼれ落ちた。 「まあ、いいか」 「いいの?」 晴也の対面で同じくお茶を飲んでいた山神綾香がチラリと視線を向ける。 どうでもいいが、背後に置かれた大鎖鎌が不気味すぎた。 「大丈夫ですよ。副会長もいるんですから」 「あいつ、帰省したぞ」 「何ですと!?」 黒縁眼鏡が似合う副会長の男子は、会長と会計の破天荒さに無言を貫く猛者だ。 生徒会の通常業務をほぼひとりで行っているという辣腕を持っている。 「あれ? となると、生徒会の業務はわたしひとりで?」 「そそ。あー、まあ、すでに合宿関連の申請書は終わっているから、大丈夫だろ」 晴也が指さした先には、山積みの書類があった。 「はんこを押すだけだったから楽だったぜ」 「内容くらい吟味しなさいよ」 綾香は金が絡まなければ、仕事にも淡泊だ。 今回の合宿費は一律のため、あまり関心がないのだろう。 「えっと・・・・先輩たちは何日くらい外されるので?」 「3日」 お茶を飲み終えた綾香が立ち上がりながら言う。 「3日間、この音川を留守にするわ」 「おおーい、明明後日からだぞー」 あたかも今から行くように立ち去ろうとする綾香に晴也がツッコミを入れた。 「今日の作業は終わり」 そう言って、綾香は出て行く。 「・・・・さっぱりとした人ですね」 「あいつがねっとりとしていると、もはや別人だ・・・・」 黙る晴也。 「いや、不正委員の時は割とねっとりしているか・・・・」 「誰のせいですか」 基本ボケの心優も、晴也には敵わない。 「ま! いいか! 俺も今日は帰るとしよう」 「戸締まりよろしくなー」と晴也も帰ってしまった。 「・・・・さて、わたしは何をしに来たのでしょう」 見れば仕事はない。 「は! そうだ。どうにかして生徒会の隙を・・・・・・・・・・・・・・・・あら?」 会長と会計は明明後日から出かける。 副会長は帰省中。 残りの生徒会役員は、書記・唯宮心優のみ。 「お、おお・・・・」 因みに生徒会の仕事はそれぞれが下部組織を持っているため、最終決定権を持った管理職が生徒会役員として選出されるのだ。 言わば、生徒会役員は大臣、下部組織が省庁の官僚だ。 「やりました!」 そう叫んだ心優は、高速でメールを作成した。 『我、達成セリ。 4日後、午後7時に統世学園校門前集合のこと』 |