第七章「七不思議、そして七不思議」/1
「―――ったく、なんなのさ」 園芸部に所属する羽山美礼は、下駄箱に入れられていた手紙を握り潰した。 先程まではラブレターと思い込んで喜んでいたのだ。だが、待ち合わせ場所である音楽室に向かうまでに、いつも連んでいるメンバーに相次いで出会った。 そこで、メンバー全員が同じ文面の手紙をもらったことが判明する。 つまり、ラブレターではなく、用件が分からないことで、全員が呼び出されたのだ。 「ホントホント。私たちの心をもてあそんだ分、しっかりと文句言わなくちゃ」 「治まらなければ、また水瀬の奴をからかえばいいしね!」 無駄にポジティブな統世学園らしい意見で、彼女たちは音楽室に向かった。 呼び出された音楽室は、いわゆる旧校舎に認識されている校舎の3階にある。 2階まではよく分からない同好会に占拠されているが、3階の音楽室は別だった。 正確に言えば、大所帯である吹奏楽部の別荘として扱われているのだ。 「そこに呼び出すってことは吹奏楽部の奴かな?」 「あー・・・・」 この統世学園において、部活間の闘争は日常茶飯事だ。 2年生である彼女たちは部長などの幹部ではないが、そこそこ発言権はある。 吹奏楽部が秘密裏に接触してきてもおかしくない立場だった。 「ってか、なんで吹奏楽部が園芸部に用があるのよ」 「それはほら、練習場所確保するため、とか?」 「四期前に温室権利を熱帯植物研究会に剥奪されてから、外の花壇と倉庫ぐらいしかないじゃない」 「まあ、スコップによる白兵戦とホースによる放水戦しか能のない園芸部に領土防衛戦争はできないよねー」 十分な戦力を持っているようだが、9割が女子生徒で構成されている園芸部に他のアレな研究会を相手にするのはきつい。 「って、着いたよ」 「あれこれ考えず、相手に直接訊こう」 「そーねー。―――ってわけで!」 羽山が扉の取っ手を掴んで、一気に開いた。 ―――♪~♪♪~ 部屋に溢れるのはピアノの音色。 それに乗せられたきれいな歌声。 「―――あのー、ピアノと歌が聞こえたんですけど、誰かいますか?」 吹奏楽部1年生がおそるおそる通称、倉庫を開ける。 「って、何してるんです?」 その中にいたのは知らない上級生たちだった。 「・・・・帰るわ」 「そうね」 中にいた上級生たちは虚ろな瞳のまま部屋の外に出る。そして、間もなく彼女たちは転校した。 穂村直政side 「―――時代は七不思議ですよ、政くん!」 「あん?」 「『あん』じゃないです! それはいずれわたしが出す言葉です!」 「お前が何言ってんじゃ!?」 穂村直政が顔を赤くして唯宮心優の口を塞ぐ。そして、周囲を見渡した。 そこには頬を赤らめた水瀬凪葉と冷たい視線を直政たちに放つ神代カンナがいる。 「セーフだ」 「何を以てだ?」 カンナの冷静なツッコミを無視し、直政は額の汗を拭う。 ここが教室であれば一騒動になっていただろう。しかし、ここは花鳥風月。 鹿頭朝霞の冷たい視線が背中に突き刺さっているが、ある意味いつものことなので、無視。 夏が近づき、暑くなってきたため、喫茶店に涼を求めてきた客が多い。だが、それ故に客の話し声が大きく、心優の爆弾発言はかき消されていた。 「で、七不思議とは?」 カンナも深くツッコミたくないのか、話を先に進める。 「今日、部活で聞いたんですけど、今、学園で七不思議の噂があるのはご存じですか?」 「去年もあったな・・・・」 カンナは統世学園中等部の出身だ。 だから、去年の噂も知っていた。 「確か、あれは今の二年生の自作自演だったような・・・・」 「七不思議の自作自演って体張ったことするなー」 直政の呟きにカンナは去年のオチを語る。 「結局、中等部の女学生に暴露されて停学になった」 「ぐはっ。キッツ」 規格外の学園であるが故に、なかなか停学にならない。 それでも停学になった上、真相を年下に暴露されたというのは、なんというか、情けなさ過ぎる。 「で、結局、どんな七不思議なのよ」 袴姿の朝霞がポニーテールを揺らしながらやってきた。 どうやら彼女も休憩に入るらしい。 (俺は・・・・まだ大丈夫だな) かくいう直政も休憩中だ。 一応、時間をずらして休憩を取るため、直政の残り時間はあと15分だった。 「ふふん、このわたしがちゃんと調べていないとでも?」 「調べている方が驚きじゃないかしら?」 確かに「七不思議」という単語だけで狂喜乱舞し、詳細を聞き忘れる光景が容易に想像できる。 「今度は大丈夫です! わたしは学ぶ女です」 「過去にやったのか・・・・」 カンナが額に手を当てて、首を振った。 そんな横で凪葉も曖昧な笑みを浮かべている。 「まず、第一。これはかなり信憑性がある事件です。というか、この事件があったからこそ、七不思議なんて言われるようになったんです」 人差し指を振って見せ、さらにウインクする。 なまじ顔が整っているだけ、様になる仕草だ。 「最近、2年生が急遽転校する事件が起きました」 「あ・・・・」 凪葉が何か気付いたのか、声を上げる。 「彼女たちが転校する数日前に、関係ないところでぼーっとしている彼女たちを目撃した人がいるんです」 心優の話をまとめるとこうだ。 園芸部2年の4人が何故か旧校舎3階の音楽室に集まっているのが目撃された。 その目撃者はピアノと歌声に誘われて、彼女たちを発見した。 その後、彼女たちは相次いで転校。 その不自然さは職員室でも有名であり、いじめではないかと調査が行われている。 それだけ不自然だったのだ。 (って、どれだけ『そ』が続くんだよ) 直政は自分の思考にツッコミを入れる。 「他にも和服幼女とかが有名ですね!」 「和服・・・・」 「・・・・幼女」 朝霞とカンナが呟いた。 おそらく、正体に気がついたのだろう。 「至る所で目撃されていますが、空を飛んでいたり、短時間に別々の場所で目撃されていたりと」 (それはただ単に空を飛べて、姿が消せるだけだ) 聞いた話では、【力】が弱まっているため、ある程度の【力】を持つ者には見切られるようになったという。 いったい、どれほどの【力】を発揮したのやら。 「それに、昨年は石塚山山系で目撃されていた白い大蛇! それを校内で見た人もいます」 「んぐっ!?」 突然、凪葉が喉を詰まらせた。 彼女は急いで傍にあったお茶に手を伸ばす。 蛇好きの彼女の琴線に触れたのだろうか。 「次に言えば、ドッペルゲンガーもいるそうです」 「は?」 朝霞が首を傾げる。 「覚えのない指令を受けた不正委員が暴れ回っているとか、生徒会補助員が偽の情報で走り回ったとか、うちの部長が詐欺の手紙で体育館裏に待ちぼうけ食らったとか」 「最後のはお前のところの部長の愚痴だろ」 カンナがツッコミを入れる。 「もうすぐ夏なのに、極寒な教室があるとか!」 「冷房効かせすぎじゃね?」 直政が言う。 「とにかく、七不思議はあるんです!」 「「「「残りひとつは?」」」」 七不思議は最後のひとつが隠されているのがふつう。 だから6つの逸話がある。 だがしかし、心優が語ったのは5つだ。 「いくつか候補はあります。2年生の熾条一哉先輩と渡辺瀞先輩の関係とか、来須川先輩の不死身性とか」 「いや、不思議だが、怪奇現象じゃねえ」 直政が冷静な突っ込みを入れた時、店長から声がかかる。 「―――直政くん、お仕事。常連さんのとこ行ってきて」 シュピッと伝票が飛んできた。 店長からの指示だ。 後5分休憩が残っていたが、直政が立ち上がった。そして、届かずに床へと転がった伝票を拾い上げる。 「店長、さすがにその投げ方じゃ無理です」 「チッ。犬の如く口でキャッチすると思ったのに」 「んな体の張った接客はせん!」 「というか、食べ物屋でやるな」 「「すみません」」 威厳たっぷり、尤もな物言いにふたりが謝った。 「さっさとオーダーを取りに行ったら?」 「へいへい」 朝霞の言葉を受けて歩き出す。 (あれは・・・・) 伝票にかかれたテーブルナンバーを見た。 当然、常連なので知った人がいる。 「鎮守先輩、お待たせしました」 鎮守杪。 愉快犯・結城晴也(現生徒会長)、"死神"・山神綾香(同会計)を擁する2-Aの委員長。 しかし、裏の顔も持っている。 結界師一族の長・鎮守家の次期当主。 精霊術師を凌ぐ白兵戦能力。 リーダーシップと強さを兼ね揃えた勇将と名高い。 「久しぶりですね」 「ん」 常連だが、接客するのは初めてだ。 いつも彼女の友人・渡辺瀞が取っていた。 瀞がいない場合、店長自らだったが、店長は大口の注文で今は忙しい。 「新メニューにしますか?」 といってもいくつかある。 杪は瀞がケガをしてから来ていなかったのだ。 「・・・・それといつもの」 「・・・・分かりました」 (分からないけどな!) 店長ならば知っているだろう。 「ってか、なんか疲れてません?」 「学園で寝泊まりしているから」 「へ?」 杪が顔を上げた。 「? 何ッスか?」 「そっか・・・・」 「?」 以降、口を開く気配がないため、直政は注文を通すために厨房へ向かう。 「新メニュー+いつものー」 「どの新メニュー?」 「・・・・聞いてきます」 細目の優男風の調理担当の尤もな問いに踵を返した。 「ってか『いつもの』に対するツッコミはないのね・・・・」 作戦会議scene 「―――フフ、面倒なことを起こしてくれましたね、ホント」 「うるさいよ。小憎らしいことに対応しているくせに」 杪が「花鳥風月」に訪れた日の夜、統世学園第4校舎棟屋上に4人の少年少女が立っていた。 「臨機応変は僕の心情ではないのですがね」 「何もお前がオレたちのリーダーじゃねーだろ」 不気味な笑みを浮かべていた少年――スカーフェイスに、金髪碧眼の少年――アイスマンが言う。 「フフ、手厳しい。そんなに"東洋の慧眼"と競いたいですか?」 「・・・・ッ」 アイスマンが拳を握り込んだ。 殺気が溢れ、足下に置いてコンクリートがヒビ割れる。 「止めてくれるかな?」 長身の少女――ローレライがふたりに殺気を叩きつけた。 その殺気にふたりはとりあえず矛を収めてローレライに向き直る。 「この娘が怖がっているよ」 ローレライが彼女の背に隠れた小柄な少女―スネーク・アイズの背を叩いた。 少年たちの視線が移り、スネーク・アイズはますます小さくなる。 「フフ、話を進めましょう」 パチンと指を鳴らした。 すると、壁に音川町の地図が映し出される。 「魔力の無駄遣いだね」 「フフ、小手先の技術は大技の精度向上に繋がりますよ」 ローレライからの嫌みをさらりと躱したスカーフェイスは話を進めた。 「さて、神馬解放により、音川町の東西南北に配置されていた封印を全て破壊しました」 鵺(祠)、石塚山(祠)、川原(石碑)、神代神社(神馬)。 鵺はスカーフェイスが、石塚山はスネーク・アイズが、川原は鬼族が、神代神社は"皇帝"が、それぞれ潰している。 「ダミーとして全国の封印も引っかき回しましたが、さすがに気付いたようですね、フフフ」 鎮守家のような巨大組織は大きなことに気を取られ、小さなことには気付かないものだ。 「現在、最後の封印において防備が増しています」 「次期当主だね」 「フフ、ええ。もはやなりふり構わない態勢です」 本人がほぼつきっきりであること。 結界師の増員。 他能力者との連携。 「真っ正面から行きゃいいじゃねーか。今みたいなまどろっこしいことをしなくても」 「フフ、確かにあなたならば蹴散らせるでしょうね」 「なら―――」 「そして、"風神雷神"と無駄な戦闘をするのですね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 皮肉にアイスマンは無口で返した。 「我々はこれまでと同じく『謎』であるべきです」 鎮守家が今まで大幅な増員を取らなかった理由は、未知こそ最大の武器だからだ。 知らなければ攻められない。 過大な防備はそれを超える攻撃力に敗北する。 もちろん、未知ではなくなれば、難なく撃破される。 このため、いわゆる要塞と隠れ家のどちらが有効かは難しい判断だ。 「今度の鎮守は要塞策を採りました。こちらがすでに封印の場所を掴んでいることに気付いたからです」 「じゃあ、どうするのかな?」 「フフ、外堀を埋めますよ」 つまり、要塞を要塞でなくすということだ。 「鎮守のご令嬢は優れた戦術家ですが、戦略はそれほどでは得意と言えません」 スカーフェイスはにやにや笑う。 もったいぶるのは彼のくせだ。 だが、場が白けつつあることに気がついた彼は結論を言った。 「あそこを丸裸にするため、学園内の七不思議を利用します」 3人がスカーフェイスの視線を追う。 その先には各種術式に包まれた統世学園生徒会棟があった。 「―――経過はどうだ?」 熾条一哉は病室のベッドで半身を起こす渡辺瀞に言った。 ここは音川町の隣――神居市にある総合病院だ。 結城宗家が出資し、警備にも関わっている。 このため、能力者を治療する病院として、裏では有名だった。 瀞もその一人である。 「うん、順調かな」 瀞は見舞い用の丸椅子に座る一哉に微笑む。 「もう少しでリハビリが始まるよ」 「そりゃいい」 精霊術師は回復が早い。 全身至る所を骨折し、普通なら死ないし後遺症が残るケガだったが、全快する予定だった。 「早く治さないと家が大変なことになっちゃう」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・どうして、目をそらすのかな?」 「・・・・・・・・いや、別に」 「それはね、もう遅―――モゴモゴ」 急に現界した緋がとんでもないことを話そうとし、それを一哉が阻む。しかし、必要なことは聞き取れたらしく、瀞が半眼で一哉を睨んだ。 「ハハハ・・・・」 乾いた笑い声が病室に響き、防音のしっかりした壁に吸収される。 「すまん」 無音になった瞬間、一哉は頭を下げた。 「・・・・もう。やっぱり、朝霞ちゃんに言って、様子を見に行ってもらえばよかった」 「いや、あいつが来ても、あいつは家事ができるわけじゃないぞ」 鹿頭朝霞は正真正銘のお嬢様だ。 むしろ、家事ができる瀞がおかしい。 「そんなことないよ。朝霞ちゃんはバイト先では器用だよ?」 「そうだった、奴は働くお嬢様だった・・・・」 そういう一哉こそ、去年までは働くお坊ちゃまだった。 といっても、名家で育った経験はほとんどなく、仕事内容もプログラミングという特殊なものだったのだが。 「ふふ・・・・。でも、どうして音川にはこんなに宗家の人間が集まっているんだろうね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 この地を管轄としていた結城宗家――結城晴也。 結城宗家と軍事同盟を結んだ山神宗家――山神綾香。 熾条厳一が熾条宗家に隠しながらも置いた熾条一哉。 忌み子を嫌った末に渡辺宗家を出奔した渡辺瀞。 滅亡しつつも残党が集った御門宗家――御門直政。 「あと一人、凛藤宗家の人がいれば完璧だね」 「・・・・その宗家は滅亡したんだろ?」 「でも、直政くんは生きていたよ? だから、可能性はあると思うな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 瀞は何気ない一言だったのだろう。 だが、それがひどく心に残った。 (あれは・・・・もしかしたら・・・・。いいや、今考えるべきはそこではない) 一哉は内心で頭を振り、瀞の頭に手を置く。 「?」 嫌がらず、小首を傾げる瀞。 「また、来る」 「ん。気をつけて」 手触りのいい黒髪をサラリと撫で、一哉は立ち上がった。 (何故、"音川"なのか・・・・か) 「ああ、そうだ、瀞。頼みが―――」 「―――いいよ」 一哉は首だけで振り返り、全てを聞かずに即答した瀞を見遣る。 それに瀞は小首を傾げて応じた。 「一哉の頼みだもん。断るわけないよ」 「・・・・だとしても、とりあえず、内容を聞いてくれるか?」 「あ、そだね」 瀞は照れ笑いを浮かべ、舌を出す。 その仕草に、すっかり毒気を抜かれた一哉は、とんでもない戦略を穏やかな表情で告げた。 |