第四章「選挙、そして挙兵」/9


 

 さて、鉄砲と大砲といった火器全般に対して高い防御力を発揮する城は確かに戦車を装備するような現代装備の軍隊とも戦えるだろうと冒頭で述べた。
 それでは煌燎城攻防戦はどうだったろうか。
 SMO第二即応集団は戦車や自走砲、対地ミサイルに攻撃ヘリを投入した。
 対して、陸綜家は現代戦力に対応した、全く新しい縄張りを以て対抗した。
 石垣と城壁を対大砲用に強化し、高い石垣を用意することで、戦車や榴弾砲の仰角限界を超えさせる。そして、それらを飛び越えてくるミサイルは対空ミサイルで叩き落とす。
 戦車の突破力は階段を使うことで止め、障害物の多い城内はスナイパーの出番を抑えた。
 何より異空間に作ることで、長距離ミサイルや戦闘機などをシャットアウトした。
 城は戦術的には対陸軍の造りであり、こうした陸軍以外の戦力は事前に阻む戦略的空間に築城したのだ。
 もちろん、これだけあっても、相応の戦力がなければ守りきることはできないが、それでも立派に戦って見せた。
 だが、それは裏の人間が持つ能力があったからこそ守ることができた城である。
 故に、城の防御力をはるかに超える裏的暴力の前に、城は陥落寸前だった。
 それでも、もう一度言う。
 裏の人間が持つ能力があったからこそ守ることができた城、だと。






集結と意義scene

「―――お返しだぜ!」

 直政は自らにぶつけられた戦車を獅子噛にぶつけ、気勢を上げた。

『全く、戦車砲で仕留められぬ図太くしぶとい御館様を戦車本体如きで潰せると思うとは、所詮、アホですな』

 圧倒的な戦闘力を見せつけられても、直政たちは怯まない。しかし、SMOは違った。
 周りにはSMOの装甲兵たちがいるが、彼らは獅子噛に銃口を向けるだけで誰ひとり、引き金を引こうとしない。
 すでにこの十数分の間で、外郭や三の丸を巡る戦闘で被った損害を大きく超えていた。
 絶対的な自信を抱いた装甲がいとも簡単に砕かれる様は、彼らに二の足を踏ませるに充分である。

「全軍撤退。帰投するぞ!」

 敏感に士気を感じ取った築山は無線機にそう怒鳴りつけ、退路を確保するために部隊を動かしていた。
 直政たちはそれを阻むことはしない。
 逆にSMOが撤退すると言うことはそれだけ多くの味方がここに駆けつけることとなる。

「地術師、名は!?」

 駆けつけたトラックに乗り込みながら築山は声を放った。

「いずれ決着をつけてやる!」
「へっ、望むところだぜ」

 獅子噛に対しては地上からは央葉が、空中から央芒が狙撃している。
 このため、直政は築山に向き直っていた。そして、少しかっこつけて口を開く。

「俺の名前は―――」
『御門直政公です! 覚えときやがれ・・・・です』
「ああ!? テメェ、人の名乗りを横取りするなよ!?」
『いいじゃありませんか、いいとこ取りしても!』
「確信犯か、この野郎!」

 わーわーぎゃーぎゃーと口げんかを始めた主従を傍目に、築山は衝撃を受けていた。

「御門・・・・だと?」

 築山の様子に疑問を持つことなく、トラックの運転手はアクセルを踏む。

「まさか、生き残りがいたとはな・・・・」

 築山は唇を噛み締め、襲撃者向けて走り出した直政を眺めた。

「なるほど。あれが御門の神宝。・・・・監視させておいた鬼族が全滅したのはそういうことか・・・・ッ」

 刹が聞けば、無理矢理にでも攻撃目標を変えさせたであろう言葉を呟いた築山は、戦場から目を離して自分の席に座る。
 こうして、SMO第二即応集団による煌燎城攻略作戦は終了した。しかし、陸綜家にとっての煌燎城攻防戦はまだまだ続く。

「はぁっ!」

 遠距離から牽制していた【叢瀬】ふたりの弾幕に容赦なく直政は侵入した。
 央芒の実体弾ならともかく、央葉の光は直政をも貫くだろう。しかし、百戦錬磨であるふたりはいとも簡単に直政援護に戦術を切り替えた。
 剛風を伴う槍捌きに獅子噛も大剣を振るって応戦する。
 双方とも、人間離れした膂力で激突し、火花を散らした。
 戦技で言えば、若干、直政に分がある。しかし、直政の予想を遙かに上回る動きを見せる獅子噛の方が有利だった。
 互角の戦いをしているのは、央芒と央葉が見事なタイミングで獅子噛の邪魔をしているからに他ならない。

「先輩! 大丈夫ですか!?」

 とりあえず、瀞から獅子噛を引きはがすことに成功した直政は瀞の傍へと駆け寄った。
 少しの間ならば【叢瀬】のふたりが何とかしてくれるだろう。

「あ・・・・あぅ・・・・穂村、くん・・・・」

 起き上がることもできず、脇腹に手を当てた瀞は口周りを汚す血を拭うことなく直政を見上げた。
 元々白い瀞の肌は血管が透けて見えるほど蒼褪めている。
 そのため、それを彩る鮮血がいやに映えた。

「あいつの相手は引き受けます。だから、先輩は休んでいてください」
「・・・・・・・・私、情けないね」
「いえ、先輩は前に毒に侵された俺を助けてくれました。だから、今度は俺の番なだけです」
『御館様!』
「―――っ!?」

 刹の言葉に反応し、背後に防壁を巡らせる。
 そこに着弾した装甲車が大爆発するが、その爆風の全てを防壁は防ぎきった。

「あいつは俺が斃します!」
『いざ行かん! 戦場へ!』

 直政の頭の上で獅子噛を指さした刹に急かされるように直政は走り出す。

「うがぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 ふたりに傷つけられた部位をかばいもせず、獅子噛は直政向けて手を伸ばした。しかし、それは直線過ぎ、直政も予想可能な動きとなる。

「“槍柵”!」

 瞬間、直政の足下から数十の槍が飛び出し、獅子噛を串刺しにした。

「“釣瓶撃”!」

 さらに槍が地面に戻るまでに新たな術式を発動し、戻り遅れた槍ごと蜂の巣にして吹き飛ばす。

「“堂射”!」

 おまけとばかりに吹き飛んだ獅子噛向けて石の矢が突き刺さった。

「“乗込”ぃ!」

 性懲りもなく起き上がろうとする獅子噛向け、三騎の騎馬武者が走り出し、手に持った大身槍でたこ殴りにしていく。

「ぜはー・・・・ぜはー・・・・ぜはー・・・・っ」
『おおう、4兵種、全て第二位を繰り出すとは大判振る舞いですね!』

 御門流兵法は対軍術式だ。
 とても一個人を葬り去るためのものではない。
 まさに飽和攻撃と言ってよかった。

「うっとうしいんだよぉぉぉぉぉっ!!!」
「『げっ』」

 獅子噛の大剣が一閃され、取り囲んでいた騎馬武者は揃って真一文字に切り裂かれる。

「く、あれしかないかッ」

 直政は<絳庵>を構え直し、その鋒を獅子噛に向けた。
 地術も、光も、兵器も、所詮は物理攻撃である。
 直政も物理攻撃にはかなりの耐性を持っているが、再生能力とも言える回復能力を持つ獅子噛には全く歯が立たなかった。
 だから、物理攻撃以外の方法で攻撃する。

「あいつを少しでもいいから止めてくれ!」
「「・・・・ッ」」

 央葉と央芒は願いを聞き入れ、ありったけの攻撃を叩き込んだ。しかし、両者とも「拘束」には向かず、獅子噛は速度を落とさず直政に肉薄する。

(チィッ、当たられるか・・・・ッ!?)

 直政の横を青白い狼たちが通過し、一斉に獅子噛へと襲いかかった。

「ぐわっ、このこいつら!」

 獅子噛によってすぐにその身を貫かれるが、水でできている狼たちはすぐに再生してその四肢を拘束する。

「今!」
「はい!」

 瀞の声に押され、直政は刺突を繰り出した。
 いとも簡単に穂先は獅子噛の胸に突き刺さるが、途中で止めたために鋒が背中に抜けることはない。
 穂先はしっかりと心臓に留まっており、その血脈を感じていた。

「ふっ」

 直政は地術師の行動によって生まれた言葉を実現せんと練り上げた“気”を獅子噛の体内に送りつける。
 それは対軍ではなく、対魔用に開発された術式ではない、技術。
 その名も石化だ。
 漢字を入れ替えた「化石」は、生体が鉱物化するなど「石」になったものを呼ぶ。
 これを人工的に作り出す、一撃必殺として地術師が習得する退魔術だった。

「お? おお?」

 心臓から全身に送られた“気”に、体内の元素は化学反応を起こして獅子噛の体が石となる。

「あばよ!」
『自然界を騒がせずに土に還れたことに感謝してください!』

 一息に穂先を戻し、さらにもう一度振り回して獅子噛の体を破壊した。
 大きいものは数ミリ大、小さいものはミクロ単位となって破砕された獅子噛からは完全に石化した証拠に血の一滴も流れない。
 まさに粉砕された獅子噛の体は風に乗って広範囲に拡散した。
 彼が握っていた大剣がくるくると宙を舞い、轟音を立てて地面に突き刺さる。

「ぜひ・・・・ぜひ・・・・これで、どーだ!」

 槍を振り抜いた状態で息を荒上げる直政は、他に獅子噛を示す反応が見られないことで、完全に撃破したと判断した。
 すぐ向こうに彼が使っていた大剣が転がっているが、武器は所詮武器だろう。

「先輩、ありがとうございました!」

 だから、直政は傷に鞭打って援助してくれた瀞の下へと駆け寄った。

「う、ううん。大丈夫、だから・・・・」

 そう言って咳き込んで血を吐く瀞はどう見ても大丈夫とは思えない。

「へへ、これも相性かな・・・・」

 言葉の意味は分からないが、直政が獅子噛を斃したことを意外に思っているようだ。

「如何に丈夫でも内側から壊されれば脆いもんですよ」

 地術師の退魔術としては最も基本でありながら、最も汎用性が高く、最も威力があるのがこの石化だ。
 それを喰らって生きている者など、直政は生物と認めない。

「―――へっ、やってくれたなぁ」
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」

 幻聴だと思いたい。
 しかし、蒼褪めている瀞を見るところ、それはないようだ。

『御館様』
「ああ・・・・」

 恐る恐る振り返った先――大剣の隣には粉々に打ち砕いたはずの獅子噛が立っていた。
 目立った外傷はなく、好戦的な笑みを浮かべていることから、先程の攻撃は全く意味がなかったことを示している。

「木っ端微塵にされたことはあるが、砂にまでされたのは初めてだぜ」

 大剣を引き抜き、肩に担ぐ獅子噛。

「おうおう、こんなになっても生き返るったぁ、どういう回復力なんだろうなぁ?」

 「それはこっちのセリフだ」と言いたかったが、声帯を震わすことはできなかった。
 代わりに四肢がどうしようもなく震え出す。
 【叢瀬】のふたりも、勝利条件に見えない戦いに、攻撃を仕掛けようとはしなかった。

「ハッハッハ! これで俺様の無敵加減が分かったろ? なら―――」

 大剣の鋒を地面に下ろし、下段の構えをとる。

「そろそろ逝けやぁぁぁぁぁっ!!!」
「くっ」

 爆発的な踏み切りで一気に距離を詰めようとする獅子噛に直政は反射的に回避の構えを採った。しかし、背後には動けない瀞がおり、それに気付いた直政の対応は数手も遅れることとなる。

(間に合わない・・・・っ!?)

 もはや回避も防御も不可能。
 獅子噛に殴り飛ばされ、瀞もろとも城壁を砕くしかなかった。
 直政は大丈夫だろうが、瀞は保たないだろう。

「「『―――っ!?』」」

 結果、獅子噛は爆音と共に弾け飛んだ。
 それは直政でも、瀞でも、央葉でも、央芒でもない。
 つい先程、外郭に降り立った朝霞と亜璃斗でもない。


「―――しーちゃんは殺らせないよっ」


 それは、龍の化身が放った怒りの一撃だった。

「あか、ね・・・・」

 破棄された自走砲の砲塔に立ち、その装甲を焦がさんばかりに炎を纏っている幼女は周囲に火の粉を撒き散らしながら獅子噛を睥睨する。

「天守閣も真っ二つにしちゃって、緝音様も危険にさらしたねっ。絶対に許さないよ!」

 術式なのか、生み出した火の鳥を起き上がった獅子噛に叩きつけ、再び吹き飛ばす。
 飛翔する戦車の直撃を受けても大地に足をつけていた獅子噛がまるでボールのように地面で弾む光景は、格の違いを見せられた気分だった。

「これが・・・・攻撃力最強の炎術・・・・」

 呆然とする直政の傍で、瀞が水狼の力を借りて立ち上がる。

「ダメ・・・・ダメだよ。それ以上、炎術を使っちゃダメェッ!!!」
「え、先輩?」

 悲痛な面持ちを浮かべる瀞の眼前で、獅子噛が緋に襲いかかろうとした。そして、緋はまた火の鳥を作り出してぶつけようとし―――

『『『え?』』』

 まばゆい閃光を放っていた鳥が突然かき消え、あらぬ方向からやってきた火球が獅子噛に命中。
 さらに指向性を持った爆風は生き残っていた櫓向けて彼を射出する。
 櫓は衝撃を受けて倒壊し、その腹に獅子噛を孕んだ。

『・・・・うそでしょう?』

 緋はどう見ても高位の炎術師だ。
 その炎術師が扱う精霊を奪い、さらにはそれで攻撃して見せた腕は緋以上の能力を持っていると言うことになる。
 そんな人物、熾条緝音以外に―――

「『あ』」

 いた。
 たったひとりだけ。
 この戦場でただ一度も姿を見せていない少年。
 それは―――

「―――緋、下がってろ」
「いちや・・・・」

 泣きそうな緋の頭を撫で、熾条宗家当代直系長子――“東洋の慧眼”・熾条一哉が前へと出る。
 その身には無数の傷が刻まれており、少なくない鮮血が彩っていた。しかし、その姿勢に一切の揺るぎなく、強大な戦闘力は健在だ。

「ウラァッ!!!」

 力任せに瓦礫を吹き飛ばした獅子噛がどう猛な笑みを一哉に向けた。

「諸悪の根源キターッ」

 応えずに叩き込まれた火球を大剣でぶった切った獅子噛は赤熱するそれを地面に突き刺し、笑みを深める。

「お前の悪事、知ってるゼェ」
「ほう、随分派手にやってくれたお前が悪事、というか」

 一哉は周囲を見回し、煌燎城の惨状を確認した。
 鉾衆の主戦力は彼との戦闘で傷つき、戦闘力は大幅に減じている。そして、建物の被害は総額数兆円に達するだろう。

「ばぁか。これもお前がやったことだろう? 何せ、俺様をここに招き寄せたのはお前だからなぁあ!」
『『『―――っ!?』』』

 皆が息を呑む中、獅子噛は悦に浸って語り出した。
 そもそも煌燎城は鎮守一族による厳重な結界の中に安置された宝具によって作り出された異空間に築城された城である。
 この城に入城するためにはいくつかのゲートがあるが、これはいくつもの防衛機構で、その座標は分刻みで変わる、まさに戦略的難攻不落さを誇っていた。
 故に煌燎城の者に探知されることなく、大部隊を転移させることなど不可能なのだ。
 この城に出入りするには内部から入り口を開けるか、入城を許可された者が持つ宝珠を使うしかない。

「お前は今日、ひとりの使用人を転移用の場所から外へと出させた。その転移場所にSMO情報局員がいると知って、な」

 結果、使用人は捕獲され、彼女が持っていた宝珠を使ってSMOの大部隊は突入した。

「つまり! この攻防戦はお前の自作自演、ってわけだ! へへ、おかげで随分死んだゼェ」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 鉾衆たちの視線が一哉に突き刺さる。
 彼の言うことが正しければ、この戦いにおける数十人の死傷者は回避できたはずなのだ。

「そ・れ・に! お前のその血、お前だけじゃないだろ? はは、まさか捕まった女を殺しにでも行ってたのかぁ? ヒャハハハハ、とんだ鬼畜だナァ、オイッ!」
「緋、これを持っていろ」
「? これなに?」
「ああ、それはあいつが言ってた女の、形見という奴だ」
『『『―――っ!?』』』

 獅子噛の言葉を肯定する言葉に動揺が走るが、一哉はどこ吹く風だ。
 逆に哄笑する獅子噛に哀れむような視線を送り、一言放った。


「―――それがどうした?」


「はは・・・・・・・・は?」

 間の抜けた顔で獅子噛が硬直する。

「戦いが起きれば人が死ぬのが当たり前だろう?」

 一哉は一度その身に炎をまとわせ、“裏切り者の血”を祓った。

「それに、俺が殺していない奴が俺のせいで死んだだと? 勘違いするなよ、素人」

 再び一哉は獅子噛向けて歩き出す。
 途中にあった装甲兵の遺体を焼き払って歩く姿は、獅子噛の告発に何ら思うことのない態度だった。

「戦場でそいつが死ぬのはそいつの責任だ。例えそれが仕組まれていたこととはいえ、それは可能性の話でしかない」
『―――ふふ、その考えを部下とも言える人間の前で言えるキミは十分、鬼畜だよ』

 獅子噛の背後に闇が生まれ、あっという間にその身が闇に喰われる。そして、その奥から子どもの声が聞こえてきた。

(この声・・・・)

 聞き覚えがある。
 これは神馬追討戦の折、神馬の封印を解いた子どもの声だ。

『今日のところは痛み分け、かな。こっちの電撃戦も中途半端だったみたいだし、そっちの計画も半ばと言ったところでしょ?』
「ああ、正直、こう返されるとは思わなかった」

 一哉は肩をすくめて見せる。

『じゃ、バイバイ』

 声と共に闇が閉じ、探査能力の最高位に位置する直政でも敵の反応を捉えることができなくなった。

「終わった・・・・?」

 瀞が地面にへたり込むようにして言う。
 そう、煌燎城攻防戦は始まった時と同じように、突然終結した。
 両陣営の死傷者は百強となり、その7割が籠城側という大損害を被ったが、それが分かるのは後日だ。
 だが、物語はまだ終わらない。

「―――おい」

 直政は一哉の前に躍り出た。

「さっきの言葉は本気か?」
「ああ」
「お前の作戦で大損害が出たんだろ!? それに対して何か言葉はねえのかよ!」

 一哉の襟首を掴み、至近距離から睨みつける。
 直政には信じられない。
 人の上に立つ者というのは、指揮官という者は・・・・

「人の死を・・・・損害を最小限に抑えるのが上に立つ者の義務じゃねえのかよ!」

 一哉を優秀な指揮官だと聞いていた。
 朝霞の戦術眼は彼仕込みだと聞くし、噂で伝わる武勇伝は正直、おとぎ話のようだ。
 何より、瀞が楽しそうに彼の話をしているところを何度も目撃していた。

(そんな人物が、こんなやつなわけがない!)

「違うな。上に立つ者というのは、ひとりでも無駄死にさせないということだ。死自体を否定するならば、戦場に立つべきではない」
「・・・・ッ」
「さっきも言ったとおり、戦うからには犠牲が出る。これは仕方のないことだ。そして、それを恐れては事をなすことができない」

 一哉は直政を振り払うことなく、その双眸を見つめて言葉を紡ぐ。

「だから、その死を無駄にしないような作戦を立てることこそ、上に立つ者の義務だ」

 一哉は直政の言葉を否定し、その手を振り払った。そして、直政に背を向けて歩き出す。

「損害をできるだけ抑えることに意識を注ぎ、結果、戦果が得られなければ、それは犠牲ではなく、犬死にと言うんだよ。それだけは絶対にあってはならない」

 損害を少しでも抑えようとするのは戦術だ。
 一定の損害を被っても戦果を得ようとするのが戦略だ。
 そして、一哉は戦略家だった。

「お前も当主なら覚えておけ」
「俺は・・・・・・・・・・・・」

 直政は拳を握り締め、歯を食いしばる。

(理屈は理解できる・・・・でも、何か違うと思う・・・・。人は駒じゃない!)

 一哉の考えは人の感情を無視し、兵を駒扱いするものだった。
 昨日今日、部隊を率いる存在となったような直政には、一哉のように言葉にできる戦場観などなかった。しかし、一哉の言葉には納得できない。

「仲間を駒扱いするお前だけは絶対に許せない」

 そう冷たく言い放ち、苦しそうに咳き込んでいる瀞向けて走り出した。






Epilogue

『―――えー、このたび、生徒会書記に就任した、1年B組の唯宮心優です。まず、投票していただいた方、ありがとうございました。そして、投票していただけなかった方、これからの行いを見て、再評価してください』

 第一ホールで、今期生徒会役員就任式が行われていた。
 副会長が口火を切り、そこから末席に移って最後に会長が挨拶する手筈になっており、会長――結城晴也の挙動に不正委員会はピリピリしていることだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな中で行われている心優の挨拶だが、直政はホールにおらず、とある校舎の屋上にいた。

「はぁ・・・・」

 山の中腹に立つ校舎からは音川町を見渡せる。
 玄関口である地下鉄音川駅周辺や、直政たちの家がある新住宅街、朝霞の屋敷がある旧住宅街など、こうしてみれば、町は区画整備されていることが分かった。
 各区画が意味を持って計画されている様はいやでも城を思い起こさせる。

「―――あの娘の晴れ舞台、見てあげなくていいのかしら?」
「・・・・鹿頭」

 扉を開けて隣まで来たのは同じくあの戦いを生き抜いた鹿頭朝霞だ。
 彼女は風になびくポニーテールを左手で抑えながら右手で手すりにもたれかかる。

「煌燎城攻防戦のこと・・・・いえ、あいつのこと、考えてたの?」
「・・・・そうだよ。今になっても、俺はあの考えに納得できない」

 指揮官にとって、兵は駒であるべきだ。しかし、その駒が自分と同じ人間であることも理解していなければならない。
 理論的、理性的、倫理的などといろいろ言葉があるが、この問題は戦争が生まれてから解決していない。
 孫子はこの問題に対し、できうる限り戦争を避け、避けられぬ戦いにおいては躊躇することなく戦果を求めよ、という考えだった。
 それは正しいと思う。
 だが、一哉はこの行動に当てはまっていない。
 それでもいたずらに戦争を起こしているわけではない。

「はぁ・・・・わかんねー」
「そうよ、あいつの考えなんて分からないわ」
「・・・・それでいいのか?」
「いいんじゃない? あいつの言うとおり、戦死は戦死した奴の責任よ。そして、戦死するかもしれない場所に十分な戦力を送り込めなかった実戦指揮官の責任」
「?」
「つまり、あいつは戦略家で、戦場に至るまでがあいつの仕事。どれだけの戦力を戦場に集結させるかがあいつの仕事ってわけ」

 そして、その戦場で敵を撃滅するのが実戦指揮官の仕事だ。
 戦略家の計算では十分に勝算がある作戦であり、これを生かすか殺すかが指揮官の裁量で決まってくる。

「私は鬼族との抗争でそれを学んだ。あいつの戦略は本当にはまればすごい威力を発揮するわ」

 それが音川での鬼族との戦いだったのだろう。
 敵は大損害を被り、鹿頭側はひとりの戦死者を出すこともなく勝利している。

「ま、今回、その戦略の時点で躓きがあった、ってことでしょ。どう考えても現有戦力であの戦力を撃破するのが難しかった」

 それが意味するのはSMOや黒幕である敵には一哉に匹敵するほどの戦略家が存在する、ということだ。

「当然よね。かたや世界レベルの退魔組織、かたやそれらを手玉にとる黒幕さん。個人の力でそれを上回ることなんてできやしないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「結論から言えば、あの戦いは負け、よ」

 確かに戦術的には引き分けだろう。だが、戦略的に言えば、損害に見合う戦果は得られなかった。

「だから、あいつは言ったの。『だから、その死を無駄にしないような作戦を立てることこそ、上に立つ者の義務だ』って。今回の死者を犬死にさせないために、ね」

 朝霞は手すりに両手を乗せ、その両腕の間に頭を沈める。そして、「でも・・・・」と朝霞は続けた。

「別に納得しなくていいんじゃない? あいつが絶対的に正しいとは限らない。だから、対立してもいいわよ?」
「え?」

 自分の後見人を否定する物言いに直政は目を白黒させる。

「でも、逃げるんじゃないわよ。気になったことがあれば言う。これがこじれた対人関係を元に戻す、最も手っ取り早い方法なんだから」

 ガバッと顔を上げた朝霞は不敵な笑みを浮かべ、直政の肩を叩いた。

「そろそろ、あの娘もあんたがいないのに・・・・って、最初から気付いていそうよね」
「は?」
『政く~ん、政くんはいませんか~? いませんね~』

 挨拶の声は校内スピーカーを通じて全校放送されている。そして、そこで直政は心優に呼ばれていた。

『それでは、この場を借りて、唯宮心優は重大発表を―――』
「って、あいつは何を言う気だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」

 直政はダッシュで屋上を後にする。
 その顔には、先程までの物憂げさはなかった。

「はぁ・・・・世話が焼ける。・・・・まさか、ここまでが織り込み済みじゃないわよね?」

 手すりに背を預け、空を見上げる。

「偉そうなこと言ったけど、私も役に立たなかったのよね・・・・穂村よりもずっと・・・・・・・・ううっ」

 そして、ひとりで落ち込んだ。




「―――こんなものかな」

 一哉は合わせていた手を離し、立ち上がった。
 彼の前には「早川家之墓」と書かれた墓石がある。
 そこに線香が焚かれ、真新しい花も飾られていた。
 全て、一哉が届けたものだ。
 彼女の親類――早川家は滅亡しており、彼女が最後の生き残りだった。
 故に葬儀を上げる者もおらず、一哉の手でひっそりと埋葬されている。
 それが助けることのできなかった命に対する一哉なりの償いだった。

「よし」

 やることは山積みだ。
 今回の戦いは負けたが、それでも整理するほどの情報は手に入れた。
 まず、それから着手する。
 戦力の再建は一哉の仕事ではない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 振り返った先――とある大木の下に見知った少女がいた。

「出歩いていいのか?」
「脱走したに決まってるよ」

 瀞は狼の背に横座りしている。
 その体は病院の患者服であり、入院患者であることが一目で分かった。

「2ヶ月くらいは病院生活かも。まあ、術者だからそれよりは早く出られると思うけど」
「そうか、ゆっくり治せよ」

 そう言い、一哉は瀞の横を通り過ぎようとする。

「私、戦うから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 横に並んだ時点で聞こえた言葉に一哉は歩みを止めた。

「私は戦うよ。一哉の敵と戦うだけじゃないよ?」

 早川家の墓石を見ていた瀞は、優しく微笑みながら一哉の手を取る。

「私も・・・・私の敵と戦うよ」
「・・・・・・・・・・・・好きにしろ。そういうことだったら俺に何も言う権利はない」
「うん」

 歩き出す一哉と狼の背に乗る瀞はゆっくりと墓地を後にした。









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