第二章「初ライブ、そして初陣」/6
「―――な!?」 居住区、実験区、研究区と順番にセキュリティーを無効化した椅央は制御した監視カメラに映った映像に驚愕した。 すぐにその映像を映そうとするが、監視カメラが破壊されたらしい。しかし、その一瞬でも見間違えようない人物が映っていた。 (黒鳳、月人・・・・) 【叢瀬】計画の推進者であり、椅央を初めとした現在も生きている叢瀬たちの恩人である。 (彼が研究していた施設・・・・) ―――もしかすれば、私たちに関わる資料が残っているかもしれないっ。 「全【叢瀬】に告ぐ。早急に居住区を陥落させ、実験区への道を開けッ」 居住区で研究所の主力たる装甲兵と激戦していた戦力に下知を飛ばす一方、椅央は自らが前進するために行動を開始した。 「車を出す。全員乗車っ」 椅央はトラックのエンジンを掛け、慌てて飛び乗ってきた子どもたちが揃うなり、急発進させる。 戦場から10キロメートルほど離れていたが、時速40キロメートルを維持できれば15分ほどで着くだろう。 「―――ちょっ、いきなりどうしたのぉっ!?」 見事に置いてきぼりにされた少女が叫ぶが、【叢瀬】たちは揃って無視した。 「すす、聞こえるか?」 『聞こえるワ。突然、どうしたノ?』 無線の向こうから銃撃の音が聞こえることから央芒は攻撃中のようだ。 「落ち着いて聞けよ」 戦闘中だというならば注意を払わなければならない。 『は?』 「黒鳳がいた」 『はぁっ!? ―――キャワッ!?』 轟音が無線を通して椅央の鼓膜を叩き、あまりの衝撃に彼女は顔を顰めた。 「どうした?」 『・・・・ビックリして思わず左手から爆弾が落ちたノヨ。ちょうど大きな妖魔がいて撃破できたケド』 確かに向こうで妖魔の断末魔が響いている。 『それより、どういうこと?』 「分からん。とにかく、ヤツを捕らえることだ。のぶでは戦力不足の可能性がある。鹿頭家を援護し、早々に彼らを研究区へと討ち入れさせる」 トラックは茂みを抜け、アスファルトの道に出た。 ここから少しすれば高雄研究所に続く私道に入る。 その私道より奧には大規模な結界が張り巡らされ、彼我の戦力がぶつかり合う戦場になっていた。 『あなたはどうするツモリ?』 「援護するさッ」 結界をぶち破るなり、椅央は後続しているトラックの荷台を操作する。 荷台が持ち上がり、その荷物を撃ち放った。 荷物の内容は陸上自衛隊の96式多目的誘導弾で、トラック2台分――12発がそれぞれ飛翔する。 急上昇したそれが送る画像を処理し、椅央は目的を決めて攻撃した。 叢瀬央葉side 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 椅央のミサイルが居住区の装甲兵、実験区の妖魔群を吹き飛ばした頃、央葉はゆっくりと研究区研究本棟へと侵入していた。 機能的で無駄を省いた設計は加賀智島研究所に通じるものがある。だが、一般にも開放されるこの研究所は表向きの装いも完璧だった。 そんな中を足音も立てずに疾走する。 央葉の目的は研究区の制圧だ。 しかし、居住区のような全面制圧ではなく、敵本丸の中でも最も重要な研究本棟を抑えることだ。 (・・・・おかしい・・・・) 央葉は臨戦態勢にありながら、小首を傾げた。 (警備がいない・・・・) この研究所で育てられていた異能者たちがいてもおかしくないのだが、彼らは見当たらない。 装甲兵は言わば、ヒトではなく、兵器を作るものだ。 何より、あれは裏の技術を使ってはいるが、異能力ではない。 この研究所には【叢瀬】のような人工異能者がいるはずなのだ。 見つけたのは自分で動けない者たちのみ。 彼らは哀れなので、トドメを刺しておいた。 (警備どころか、研究者がいない) その様はまるで“こちらの襲撃がバレていた”ようだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 思い至った事実に思わず央葉は足を止めた。 もし、この研究所がSMOの撒き餌だとすれば、それこそ大部隊が空挺部隊として降下してきてもおかしくない。だが、そのような状態ではなく、むしろ撤退したという印象を受ける。 そのため、迎撃戦力はSMO正規部隊ではなく、明らかに研究所の作品たちだった。 それも、「実戦で使用できる」というレベル止まりのものたちだ。 まさに捨て置いた者たちだ。 「・・・・ッ」 横合いから飛び出してきた異能を金色の刃で両断し、返す刀で光が飛翔して術者を貫く。 ようやく異能者らしい襲撃を受けたが、【叢瀬】最強と称される央葉にしては役不足だった。 「?」 央葉は首を傾げ、しげしげとその死体を眺める。 死体からは血が出ていなかったのだ。 (マリオネット・・・・?) 「―――ふうん、考え事してたっぽいのにあの奇襲を退けるったぁ、まあまあじゃね?」 耳元で囁かれた声に央葉はゆっくり振り返る。 至近距離に白衣を着た少女がいた。 央葉の視界を半分以上埋めた少女はその可憐な容姿に似合わぬ口調で嘲る。 「はっ、この距離まで近寄られて全く動じず振り返れる神経・・・・狂ってるな」 ―――ドンッ!!! 少女が笑みを深めた瞬間、央葉とその者の間に閃光が弾けた。 背中から迸った黄金の光はあまさず命中し、敵を大きく吹き飛ばす。 敵は腹を光に貫通され、自身が殺されたとも知らずにあの世に行ったに違いない。 「きひ、50点だなっ」 「―――っ!?」 勢い余ってぶち抜いてしまった壁の粉塵を小豆色の物体が貫いた。 央葉の直前で振るわれた金色の刃によって切り落とされるが、それは再生してウネウネと蠢く。 「そんな攻撃力で【叢瀬】最強? 笑わせるんじゃねえぜ?」 粉塵の向こうから現れた少女に傷ひとつなかった。 壊れた壁に手をつき、挑発的な視線を央葉に送ってくる。 「自己紹介くらい待たねえとはせっかちだねぇ? 将来ハゲるぜ、叢瀬央葉くん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「何とも言えやしねえか。声帯が壊れてるって言うのはマジらしいな」 少女は背中に大穴が空いてしまった白衣を脱ぎ捨てた。 その下から現れたのはゴシック調の衣装。 白衣を翻していたが、同じくマントのような黒衣を翻している。 その衣装には武器らしい武器はない。しかし、彼女がただの無手ではないことは分かっていた。 「オレの名前は―――」 央葉は聞かずに正面から光を打ち込む。だが、少女もそれを予見していたのか、左腕の触手を前面に展開して光を受け止めた。 「へっ」 それでも貫通力に優れた光は触手を蹴散らすが、少女は体ごと移動させることで回避。 次の瞬間には右腕も触手に変えて央葉に伸ばす。 「痛ッ」 その先端を光で断ち切り、返す刀を振るように右腕を薙ぐことで放射された光は再び彼女を貫いた。 ゴスロリの派手な衣装に大穴が空き、その下に隠された白い肌を容赦なく蹂躙する。 央葉の光は貫通力のみなので、綺麗な断面が体内に形成されたことだろう。 「・・・・きひっ、やるやるっ」 だがしかし、少女はすぐに肌だけでなく、衣装をも復元させて攻撃してきた。 「オレを殺るには力不足だぜ。こんなゴミが【叢瀬】最強だと?」 ギラリと彼女の瞳が輝く。 「巫山戯るのも大概にしろよッ」 ―――ドンッ 突然、少女の髪が伸び、それらは束になると廊下や壁を打ち砕きながら奔流となって央葉を襲った。 「・・・・ッ」 迎撃の光を放つも、圧倒的な物量に押し流される。 一瞬で視界が閉ざされ、その奔流に全感覚が支配された。 鋭い毛先が肌を傷付け、瓦礫が幼き体を殴打する。 一撃一撃が未だ骨組みの整わない央葉を襲うが、点滅する視界の中、諦めることなく、全身から光を放射した。 「お?」 やがてそれは、大きな鉄槌となって髪の奔流を打ち据える。 巨大な鎚によって廊下に縫い止められた髪は前進を停止し、数十メートルの道筋を作り出した。 その向こうに放り出された央葉は血だらけになりながらも瓦礫を振り払って立ち上がる。 「へへ、なかなかにタフじゃね? 姿形はひ弱なのにな」 彼女は伸びきった髪を伸びる前の部分で切断した。すると地面に横たわった黒髪は蒸気を上げて朽ち果てる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 表情には出ないが、央葉は非常に困惑していた。 戦場は一直線の廊下だ。 貫通力に秀で、亜光速とも言える速度で放射される異能の力が最大限に発揮される戦場である。 事実、幾度も致命傷らしき攻撃を与えたが、少女は驚異的な回復力でことごとくを無効化していた。 (複数・・・・異能者・・・・?) 明確な名称はないが、そのようなカテゴリが存在する。 本来、個人に宿る異能はひとつだが、その考えが確立されたのは【叢瀬】計画だった。 複数の異能を持たせようとした結果、失敗し続けたことで「人の身に宿る異能力はひとつである」という結論が出たのだ。 ただし、例外として叢瀬央芒がいる。 彼女は“隠蔽色生成能力”、“空間備蓄能力”、“複眼視力”、“念動力”を持っていた。 (似てる・・・・) その央芒に少女は似ている。 姿形ではなく、能力の使い方が、だ。 とてもではないが、同じ能力ではない光景が目の前に繰り広げられている。 「け、なぶっても面白くない。こんなことなら早くテメェを殺して、アイツ自慢の叢瀬椅央って奴を殺しに行くかな」 「―――っ!?」 ビクリと央葉がその言葉に反応した瞬間、少女の姿が掻き消えた。 「幻影すら見破れねえかッ」 髪の奔流で打ち砕いていた壁の影から飛び出した少女は肩口からぶつかり、央葉を思い切り吹き飛ばす。そして、一瞬で少女の服が解けた。 「・・・・ッ」 一枚の布になったそれは央葉の体に巻き付き、その体を拘束する。 「ふん、他愛もねえ。少し遊んでやっても弱っちいな」 自分で放り投げた白衣を着込み、少女は簀巻きになって転がった央葉を足蹴した。 「自慢の光もその拘束具相手じゃ意味ねえだろ?」 ぐりぐりとブーツの底で央葉を踏みにじった少女は白衣のポケットから注射器を取り出す。 「とりあえず、めんどいけど連れて来いってことでさぁ」 本当にめんどくさそうに片手で扱う少女。 異能を封じられ、拘束された央葉は見ていることしかできなかった。 「とりあえず、眠れや」 プスッと針が首筋に入るなり、急速に央葉の視界は閉ざされていく。 「きひ、おやすみなさい、おにーさま」 最後にニンマリと勝ち誇った笑みと意味深な言葉が耳朶を打ち、央葉の意識は完全に闇へと呑まれた。 鹿頭朝霞side 「―――舐めるなッ」 朝霞は自身に襲いかかった毒針の津波に炎の津波をぶつけることで相殺した。そして、革のグローブをはめた手で握り締めた鉾――<嫩草>にてその炎を切り分ける。 「はぁっ」 刺突の穂先から撃ち出された炎弾は妖魔に着弾し、夜闇に目映い火炎を撒き散らした。 「チッ」 尾の一振りで、炎を掻き消した妖魔に朝霞は品もなく舌打ちする。 「ま、仕方ないわね」 鉾を一振りし、型どおりの構えに戻った朝霞は妖魔をじっくりと観察した。 「やっぱり、こいつは・・・・」 赤い毛皮、蝙蝠のような翼、毒針を持つ尾。 何より、三列に並ぶ鋭い牙はこの妖魔を特徴付けている。 「マンティコア、で間違いなさそうね」 マンティコアとは生息地がアジアとされる伝説の生物だ。 メメコレオウスとも呼ばれるマンティコアは紀元前から知られており、名前の語源である「人を喰らう生き物」の通りに強い。 その際限ない食欲は一国の軍隊を食い尽くすほどだと伝えられ、このことからもマンティコアの精強さが窺える。 「・・・・ッ」 咆哮と共に一歩、マンティコアの足が朝霞へと近付いた。 途端に叩きつけられる濃密な妖気は伝承に違わぬ、上級妖魔のものだ。 (全く、鴫島事変といい。・・・・【叢瀬】に関わるととんだ大物が出てくるわね・・・・) 「って、そうでもないか・・・・」 全ては熾条一哉が関係した戦場である。 全てが彼を中心に渦巻き、今も彼を注目している。 (だったら、名を上げる好機、ってわけねッ) 穂先で炎が燃え盛り、漆黒の柄を照らし出す。 その炎を闘志の炎と見せ、朝霞も一歩だけ前に出た。 「炎術師は熾条だけじゃないのよッ」 宣言と共に轟音を以て撃ち出される炎弾はこれまでにないほど巨大だ。 それは朝霞からマンティコアの姿を掻き消すほどのものだが、逆に言えばマンティコアの視界から朝霞が消えた。 虎のような咆哮が耳朶を打った瞬間、朝霞は仕込んでいた仕掛けを起動させる。 「・・・・ッ」 <火>の制御に歯を食い縛る中、飛翔する炎弾が弾けた。 球形だったそれの赤道面が凹み、極地が前へと迫り出していく。 それはまるで、球体の中心に何かが当たり、慣性の法則で周囲が飛び出したかのようだった。だが、その火力はマンティコアを包み込むように展開し、同速度で突っ込む。 (・・・・よしっ) 着弾の爆音と悲鳴とも取れる咆哮を耳にし、朝霞は自身の制御に自信を持った。 「―――っ!?」 だからといって、それで妖魔を倒せるわけではない。 火炎を尾で振り払い、憤怒の念で朝霞を睨みつけるマンティコアを前にすれば、自身の炎術など効かないことは嫌でも分かった。 「だったら・・・・」 炎術が通じない徒労感と叩きつけられる殺気に顔面を蒼白にさせつつも、朝霞は下がらない。 「これでどう!?」 喚び出した火球をマンティコアの周囲に着弾させ、身動きを封じた。そして、朝霞は意を決して大地を蹴る。 如何に炎術の妙を誇ろうとも、絶対的な火力が足らない以上、中距離での戦闘は無意味だ。 ならば、宗家であろうとも諸家であろうとも条件は同じである白兵戦闘こそ、活路がある。 「・・・・ッ」 朝霞の突撃を見た、マンティコアが両前足を大地に叩きつけた。 衝撃で周囲の炎が吹き散らされる中、反動で浮き上がった瓦礫群向け、マンティコアの尾が旋回する。 ―――ドンッ 圧倒的な力を持って撃ち出された瓦礫群は中に毒針が混じるという厄介極まりないものだった。 これをやりすごすには接近を諦めて回避するしかない。だが、朝霞はむしろマンティコアのこの行動こそに活路を見出した。 (接近を嫌がるってことは・・・・これが弱点ッ) 朝霞は重心を低くし、正面に対する面積を減らすことで瓦礫群の過半をやり過ごす。 弾幕など、見切ってしまえば大半は当たらない代物だ。しかし、その中にある命中コースのものたちを見切ることが難しい。 「はぁっ」 朝霞はまず、瓦礫の中に隠された毒針を灼き尽くすために火力を絞った炎を放った。 それらは瓦礫を焼き石に変え、毒針を退ける。だが、焼き石になった瓦礫は炎術を使った朝霞に容赦なく襲いかかった。 「・・・・ッ」 目の前に迫った瓦礫は突き上げた穂先で打ち砕く。そして、群小のものたちは返す穂先で薙ぎ払い、続いた一抱えもある瓦礫はその腹を柄で打ち上げることで頭上に逃がす。 <嫩草>に込められた“気”はたとえ直撃せずとも瓦礫を粉砕し、朝霞のために道を造っていく。 この戦い方は我を通す時の熾条鈴音に通じるものがあり、音川での鬼族との戦争、第二次鴫島事変で見取ったものだった。 嫌悪する熾条流炎術を支える体術ではあるが、勇名を馳せるだけの戦力がある。 (捉えたッ) 瓦礫群の襲来をくりぬけ、朝霞は遂にマンティコアを鉾の間合いに捉えた。 近くで見れば、その巨体はさらに大きく見える。しかし、巨体故の小回りの利かなさが朝霞の勝機と言える。 「せっ」 マンティコアの鼻先で爆発を起こし、その隙に右手へ回り込んだ。 正面から挑むほど、朝霞は自分の白兵戦能力を過信していない。 「ふっ」 左端の視界にある尻尾に注意を払いながら、電光石火の勢いで刺突を繰り出した。しかし、その鋭い穂先は前足の付け根をえぐることなく、空を切る。 「・・・・チッ」 急いで穂先を引き戻し、地面に伏せた。 「・・・・ッ」 頭上を高速で尾が通過する。 先程、攻撃が空振ったのは尾を振る挙動でマンティコアの体が左に流れたからだ。 「とわ!?」 尾を開始して見上げたそこには遠心力を使って回転したマンティコアの顔面だった。 大きく口を開け、頭から朝霞を食い潰さんばかりに落下してくる頭部を何とか転がって回避する。 「冗談じゃないッ」 アスファルトを噛み砕く音だけでなく、顔の半ばまで地面に埋めたマンティコアを視界に収めた朝霞は胸を抑えた。 戦死するのも嫌だが、食い尽くされるのはもっと嫌だ。 「ふっ」 転がった反動で立ち上がり、鉾を繰り出す。 狙いは身動きを鈍らせるために、脚だ。 顔を引き抜くため、前脚に力を入れていたマンティコアは鉾の奇襲を受け、悲鳴を上げて地面に沈む。しかし、その鋼鉄のような肌を<嫩草>は傷付けることしかできなかった。 「硬ッ」 痺れる手で<嫩草>を握り、顔を顰める朝霞。 穂先は脚と接触した瞬間、肌の表面を滑っていったのだ。 その際、擦り傷のようなものを与えることができたが、致命傷どころか動きを鈍らせることすら不可能だ。 マンティコアが体勢を崩したのは予想外の打撃を受けたからだろう。 (ちょっと・・・・マズいかしら・・・・) 炎術は効かず、鉾の刺突も肌が阻む。 「・・・・ッ」 毒針を身に纏う炎で灼き尽くし、振り抜かれた前足を一歩後退することでやり過ごした。 攻撃しよう鉾を構えるが、一瞬のタイムラグで襲いかかってきた牙を構えた鉾で横面を殴ることにて回避する。 硬く重いものを叩いた反動が手を痺れさせるが、これを手放しては命が続かない。 何より、「武器を手放さないこと」を直政に教えていた本人が手を離していてはあまりにも情けなすぎる。 (どこか、隙は・・・・ッ) 朝霞が扱う漆黒の鉾――<嫩草>はただの鉾ではない。 鹿頭家の家宝であり、歴とした宝具だった。 穂先には炎術の術式・“火幹流”が擦り込まれており、敵を貫いた時に“気”を流し込めば自動的に発動する。 それは内側から敵を爆発させるものであり、一撃必殺に近かった。 事実、朝霞はこの術式で鬼族を討ち取ってもいる。 自分より格上の相手に対しての切り札だった。 「くっ」 マンティコアの猛攻を凌ぎ切り、再び肉薄した朝霞は歯噛みする。 またしても、<嫩草>の穂先はその肌を滑ったのだ。 「っとと・・・・ふぅ」 傷を負い、絶叫するマンティコアから後退して息を吐く。しかし、そのまますぐに敵の猛攻が始まった。 マンティコアの体には両手の手では足りないほどの傷がついているが、戦闘能力に支障はない。また、それだけの攻撃を命中させながらも致命傷を与えられない朝霞も無理な突破で至る所に傷を負っていた。 「はぁっ」 飛んできた十数の瓦礫の内、当たる物だけをひとつずつ丁寧に払い除け、マンティコアの死角に滑り込む。 運動量が多い戦法であり、集中力が切れたら致命傷を喰らうが、撃破するためにはこれを繰り返すしかなかった。 幸い、鉾の扱いに関しては小さな頃から振るってきているので慣れたものだ。 一挙動で鉾の穂先を固定し、鋭い刺突を――― 「ぅわっ」 地響きに思わず体勢を崩す。 先程無視した瓦礫が背後の建物の柱を砕いたのか、壁が崩落してきた。 「くっ」 押し潰されるのを避けるために“気”を巡らせた鉾を振るおうとする。 打撃だけでは到底防ぎ切れないので、接触と同時に炎術を発動して吹き飛ばすのだ。 「え?」 鉾を振り上げようとした瞬間、視界の端で瓦礫のカーテンが吹き飛ぶ。 「な、なぁ!?」 マンティコアが崩落をものともせず突撃してきたのだ。 「ちょ、本気・・・・って!?」 驚いた拍子に穂先から紅蓮の閃光が弾け、顕現した<火>が荒れ狂う。 「ふにゃあああああああああっっっ!?!?!?」 生じた大爆発が建物の基盤を吹き飛ばし、大規模な倒壊を引き起こした。 |