第二章「初ライブ、そして初陣」/5
「―――ふん、口ほどにもねえ」 白衣を着た少女――央華は研究区研究党本部の屋上で、実験区以下で巻き起こる激戦を見下ろしていた。 文字通り、火の出るような勢いで居住区を突破した敵先鋒が膨大な妖魔に足止めされている。 「こんな連中がアンタの造った奴らなのか? 失敗作、っていうほどでもねえぞ?」 少女は首だけで振り返り、機械を弄っている青年――黒鳳月人へと問い掛けた。 「そういうものではないよ? 聞けば名将の戦術とは一見で見破れるものではないというじゃないか」 「戦術? ただの力攻めに失敗しただけじゃねえか。己の武力を過信した馬鹿が辿る末路だな」 少女は戦場へと向き直り、視線をもうひとつの現場へと向ける。 「あの投下されたヤツ、こっちに落としてればいいのにな。これじゃ、暇でしかたねえぜ」 常人ならば即死という高度・速度にて投下された敵はピンピンしており、炎術師に匹敵する破壊を巻き起こしていた。 すでに十数ひきの妖魔が討ち果たされている。しかし、彼は戦術にあまり長けていないのか、襲いかかる敵を討ち果たすだけで、全くこちらに進んでこようとしなかった。 (ただの戦闘馬鹿か。・・・・ケッ、面白くない) 「おい、本当に奴らは来られるのか? このままだと妖魔の総量に押し潰されっぞ?」 高雄研究所の研究は人工妖魔の生成及び、人体改造だ。 今暴れている妖魔は生成に使われた妖魔や生成された妖魔であり、退魔機関としては最悪の暗部とも言える。だが、SMOからすれば、敵を知るための行動であり、何ら恥じるべき事ではない、と主張していた。 数ひきの妖魔から一体を生み出そうとする研究故に、蓄えた妖魔の総量は鴫島研究所の比ではない。 「心配しなくても来るさ。とっておきの者がね」 「とっておき? ・・・・そういえば、金色の光が見えねぇな・・・・」 先鋒は派手な炎術師、次鋒に【叢瀬】と来たが、【叢瀬】最強の姿はない。 代わりに降ってきた者も確かに豪の者だが、この戦いを終わらせる一手ではない。 「・・・・・・・・きひっ、なかなかやるな」 この攻勢は陽動。 本命は闇に紛れた奇襲と言うことだ。 「軍勢同士のぶつかり合いに見えて実は違う裏の戦いをよく理解してる。・・・・へ、及第点与えてやっていいぜ。ギーリギーリだけどな」 バサッと白衣を翻し、央華は踵を返した。 「この研究区への進入路は普通なら実験区からだ。・・・・そう、普通ならなぁ」 ニィッと唇の端をつり上げ、楽しそうに笑う。 穂村直政side 「―――今度こそ死ぬわッ」 直政は倒壊した実験棟の瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。 建物をぶち抜く速度で突っ込んだというのに、擦り傷で済んでいるあたり、彼の防御力は驚嘆に値する。 『死んでないじゃないですか』 ひょこっと瓦礫の隙間から出てきた刹がツッコミを入れる。 『全く、御館様のタフさは歴代の宗主と比べてもピカイチですよ』 「いやぁ・・・・」 『ただ、"刃物"には効きませんがね、その過剰な加護』 頭をかいて照れる直政を刹は一言で突き落とした。 「え?」 『確かに鋼を造る材質は鉱石由来ですが、製錬の過程で別物になっております。故に斬りつけられれば、向こうが遠慮するなどと言う<土>の加護は得られぬでしょう』 「え、じゃあ、俺斬られたら死ぬの?」 『元々、御館様自体の防御力がずば抜けておりますから、致命傷になることは少ないでしょうが・・・・手傷を負うことは確かかと。因みに、それは妖魔の爪なども含まれますよ?』 つまりは鈍器などの打撃武器ならば直政はかなりの耐久性を持つが、刃物や爪といった生物的要素ならば傷付けられると言うことだ。 何でも弾き返す鋼の肌を持っているわけではない直政はやはり、接近戦闘を修得せねば戦場で消える運命にある。 『御館様も分かっていたからこそ鹿頭殿に槍を習ったのでは?』 「・・・・いやぁ・・・・・・・・」 先程と同じ仕草で誤魔化そうとする直政。 (言えない。ただ、あの鉾裁きが格好良かったからなんて言えないっ) 『甘いですな。御館様の頭の中を読むなど造作もないの、ですっ』 ペシィッと刹の尻尾が直政の頭を引っぱたいた。 「まあ、せっかく槍を貰ったんだから扱えるようになりたかったんだけどな」 『今更建前でも遅いです』 腕を組み、そっぽ向いてしまった刹を拾い上げ、直政は辺りを見回す。 周囲には直政投下の衝撃から立ち直った妖魔たちが包囲網を狭めつつあった。 「とにかく、それを聞いたからには『攻めるための槍術』に『守るための槍術』も含まれると言うことだな」 『左様です。槍術は攻防一体。守り手の次は攻め手という刀剣にはできぬ猛攻こそが神髄』 刹の言葉と共に赤い飛沫が散り、それが凝縮して一本の朱槍が顕現する。 御門宗家が神宝――大身槍・<絳庵>。 「ただ、それは最終手段か?」 『・・・・そうでございますね。御門流地術の得手は一対多。いえ・・・・』 「対軍戦法だなっ」 石突で地面を叩くと共に地中から突き出した石の槍が妖魔たちを串刺しにした。 「―――ん、ん・・・・んー・・・・」 時は十数分前に遡る。 耳に爆音が届き、一回覚醒に向かった意識はその爆音に眠気が蹴散らされることで止まらなくなった。 体を揺らす震動は爆音の震動であり、鼻を衝く匂いは金属、頭の下に感じるは人肌・・・・ (人肌? ・・・・って!?) ガバッと勢いよく起き上がった。 「ここは・・・・?」 狭い室内。 前方にはガラス張りの窓があり、その向こうには無限の星空が広がっていた。そして、操縦士らしき少年が慣れた仕草で操縦桿を握っている。 「空!?」 「―――派手な気が付きようネ」 声のした方に向き直ると、そこには隻腕の少女が無数の兵器に囲まれていた。 「麻酔弾。あそこまで効くとハネ。タフって聞いてたから、通常の二倍を注入してみたけど、薬への耐久性は常人並みだったカ」 語尾のイントネーションが些かおかしいが、それ以上に少女の姿は常軌を逸している。 「は、翅?」 「珍しい? ま、そうヨネ」 少女の背に光るのはトンボなどが持っている二対の翅だ。 見るからに繊細なそれを一本しかない手で触り、少女は自嘲気味に笑って見せた。 「ご、ごめん・・・・」 己の言葉が心の傷に触れたと知り、直政は謝る。 「・・・・別に、いいワ」 素直な態度に目を丸くした少女は視線を逸らし、手元にあった兵器の点検に移った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 妙な沈黙が続く中、直政は改めて周囲を見回す。すると、至近距離に見知った大きな瞳があった。 「どわぁっ!?」 それに驚いた直政が仰け反り、さらには足を滑らせるという失態の後、尻餅をつく。 『にょっ!? 何事ですか、御館様!?』 上着の胸ポケットで昏倒していた刹が飛び起き、毛を逆立てた。 『て、敵襲!? そうですね、ここは我らが武勇を見せる時ッ』 手の上に乗ってきた刹は体を震わせ、赤い光粒子を飛び散らせる。 それを見て、操縦士の少年が声を飛ばした。 「ここは高度一〇〇〇メートル。下手に風穴開ければ・・・・墜落するぞ」 「墜っ!?」 『グェッ』 思わず手に力がこもり、体が硬直する。 それと同時に光粒子は消え失せた。 「って、どうして俺はここに・・・・?」 「説明はお前の知人がしてくれる。・・・・って、央芒も補足してやれ」 「・・・・分かってるワ。・・・・・・・・それより、離して上げタラ?」 「え?」 首を傾げる直政にため息をついた少女――央芒はバーレットの銃口で直政の手元をさす。 突きつけられた銃口に冷や汗を掻きながら、直政は視線を下げた。 「あ・・・・」 『カカ・・・・カフ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 「刹ぅー!?」 手の中で藻掻き苦しんでいた刹の体から力が抜ける。 喉に前足を当て、もうひとつを懸命にどこかに伸ばしていた姿は人間らしかった。しかし、それもグッタリしてしまえばただのリスだ。 『現実逃避、終わった?』 すっと目の前にスケッチブックが差し出された。 その手の先を辿れば、無表情の央葉が見下ろしている。 『とりあえず、話を聞くのが得策ですな』 あっさり復活した刹は直政の手から離れ、肩へと駆け上った。そして、腕を組んで思案するように言う。 『さすがに空にいられては手も足も出ません』 「確かにな。―――じゃあ、教えてくれ」 「・・・・(コクリ)」 央葉はさらさらとスケッチブックに鉛筆を走らせた。 『第二次鴫島事変って知ってる?』 「知ってる。今の新旧戦争の緒戦とも言うべき戦いだろ? 確か、旧勢力の有志とSMO造反部隊の連合対SMO太平洋艦隊だよな?」 数ヶ月前に行われた大戦。 ミサイル攻撃から始まったSMOの先制攻撃は旧組織の重鎮たちを吹き飛ばしたが、さらに強い者たちの目を醒まさせた。 また、あまりに強硬手段だったためにSMO内部からも造反者が生まれた。 それが手を組み、ミサイル発射基地があった鴫島を攻撃したのが、第二次鴫島事変である。 火山の噴火もあり、未だ明確な被害報告はないが、太平洋艦隊はほぼ壊滅。 攻め手も痛手を被ったが、十倍近い戦力を相手に勝ちを得たことは大きかった。 この戦いの結果、新旧戦争は膠着状態に陥っている。 『そう。だったらここにいる3人がその当事者だと言えば?』 「え・・・・」 ここにいる3人。 ということは操縦士の少年と、隻腕の少女、さらには叢瀬央葉本人ということになる。 「私たちが・・・・そこの操縦士を抜いて私とのぶが生まれたのは鴫島諸島加賀智島」 央葉と央芒は【叢瀬】計画というSMO監査局の計画で生まれた人工異能者であり、その解放戦争が第二次鴫島事変に含まれていたらしい。そして、今回の戦いは違う系列だが、SMOの研究施設を攻撃するものだという。 「それでも私たちは幼いし、敵は仮にも西日本でただひとつ残ったSMOの拠点。その戦力は計り知れないワ」 『そこで増援をお願いしたいってわけ』 「・・・・俺に戦えって?」 正直、話の内容はさっぱりだ。 いきなり、SMOのしてきた実験について教えられてもピンと来ない。だが、ただひとつだけ確かなことがあった。 「央葉、困ってるんだよな?」 入学して約一ヶ月、あの健康診断の日から直政と央葉は学園ではほとんど一緒にいる仲になっている。 央葉は奇行が目立つので、敬遠している者も多いが、直政は暴走娘が傍にいて育ったために気にしない。 『彼我の戦力は―――』 「そんなん訊いてるんじゃねえ」 直政は手を伸ばし、小さな央葉の手を取って鉛筆を止めた。 「お前は今、困ってるのか? 俺の助けが必要なんだな?」 何の感情も映さぬ、ガラス玉のような眸。 その奧を覗き込むようにして直政は問いを重ねた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ヘリが震わせる空気の音が変わる。 それは山間部を飛翔していたヘリが少し開けた場所に出たと言うことだった。 「着いたぞ」 すでに戦闘は始まっている。 高雄研究所ではいくつもの爆炎が上がり、煙が上空まで立ち上っている。 「央芒、出撃準備だ」 「りょーかイ」 央芒は手入れしていた兵器群をあっという間に左手の空間に押し込んだ。そして、片手でヘリの横腹にある扉を開ける。 「・・・・ッ」 途端に吐き出された空気に体が持って行かれそうになるが、直政は何とか耐えた。 「どうなんだよっ!?」 嘘みたいに飛んでいった央芒を見ることなく、怒鳴るように問い掛ける。 (新旧戦争の動向とか戦況とか、央葉が何者とかは関係ないっ) 直政は眼下で行われているであろう死闘におののくことなく、ひとつのことのみに固執していた。 「お前は困ってるのか? 俺の助けが必要か?」 三度目の問い。 それは御門宗家宗主――御門直政という退魔界での存在としてではなく、叢瀬央葉を友人と思う穂村直政としての問い。 勢力間の駆け引きなど知らない。 組織の運営方針など知らない。 ただただ、直政の行動基準は己に近しい者がどう思っているか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 央葉は直政の力強い視線を受け、口を開いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 当然だが、声は出ない。しかし、口というものは声を出すことなく意志を伝えることができる。 「・・・・よし」 読唇術など修得していない直政でも分かりやすい返答に、央葉の手を解放した。 「やるとするか、刹」 『こう言う時は決断早いですね』 呆れつつもしっかりと肩に乗り、体の節々を伸ばす。 「じゃ、行くワヨ?」 「へ?」 ガシッと背後から首根っこを掴まれた直政は――― 「はぁぁぁ!?!?」 『なぁぁぁ!?!?』 次の瞬間には高度数百メートルを舞っていた。 「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」 直政は地術を使い、群れていた妖魔を一掃していた。 「けっこう・・・・疲れるな・・・・」 『まあ、術式のオンパレードですからね』 御門流地術とは御門家が青木ヶ原に本拠を構えて以来、戦ってきた戦争に由来する。 御門宗家は幾度もなく、政府軍や豪族と戦ってきた希有な退魔組織だ。 それは青木ヶ原という誰が見ても未開の地に住むものたちとして認識されており、彼らを支配するために軍勢を送り込んだことが原因だった。 これに御門家は反発し続け、自然と対軍戦闘に秀でた術式を編み出している。 余談だが、この武勇を聞き届けた戦国最強軍団の総帥――"甲斐の虎"・武田信玄は己の麾下にあった歩き巫女を派遣し、自分たちは攻撃しないと宣言した。 その後、御門家は武田家を支援し、武田家滅亡の折も徳川家の軍勢を引き受けて大打撃を与えていた。 『あ、あそこに大サソリの妖魔が・・・・・・・・』 「うわぁっ!?」 <地>が教える情報に驚愕した直政が絶叫する。 それは尾っぽを振り上げて前進する大サソリの群れだった。 「こ、これは・・・・」 『御館様、攻撃をッ。近寄らせてはなりませんッ』 思わず後退った直政に同じく生理的嫌悪を感じているのか、刹が毛を逆立てながら言う。 「お、おう、この場合は・・・・」 直政は<絳庵>の石突で大地を叩きながら叫んだ。 「"槍衾"」 声と共にアスファルトを貫き、数十の槍が飛び出す。そして、それは鋭い穂先で大サソリを貫いた。 腹から背まで貫き通されたサソリたちは次々と停止し、血と粘液を振りまいて悶絶する。 「よしっ」 対軍戦闘に特化した御門流地術はその術式の名前に中世軍学に出てくる用語の名前が付いていた。 それは元亀天正時代に原型が確立したためである。 槍衾とは足軽戦術のひとつで、足軽が穂先を揃えて敵に突きかかったり、突撃してくる敵を迎撃するための戦術だった。 『まだです、まだ来ますッ』 藻掻くサソリたちの向こうから今度は狗の妖魔が駆けてくる。 サソリたちは尾を振り回しているが、狗たちはそれらを跳び越えようと大きく飛んだ。 「チッ、"早合"」 地面に転がっていた飛礫が一斉に飛翔し、狗たちに撃ち放たれる。 肉を穿つ異音が響き、悲しげな鳴き声が聞こえるが、飛礫だけでは無効化することができず、数ひきが肉薄してきた。 (こんな時、炎術師なら灼き尽くすんだろうなッ) 上空から見た、鹿頭朝霞の戦いぶりは勇壮であり、華やかであり、怒濤であった。 (地術師は所詮、押し潰し、磨り潰し、捻り潰す物理戦闘だッ) 「らぁっ」 大上段から振り下ろした<絳庵>が飛び掛かってきた狗を真上から押し潰す。 『ちょ、そんな使い方!?』 「だぁっ!?」 槍の利点を完全に無視した直政は刹の文句を聞く間もなく、別の狗に頭突きされて吹き飛んだ。しかし、防御力は全精霊術師の中でも最高の部類に入る直政は乗用車を押し潰す圧力にも負けない。 のし掛かってこようとする狗の鼻柱を殴り、情けない鳴き声を上げた妖魔を蹴り飛ばした。 「くっ」 立ち上がった直政は飛び掛かってきた狗を槍で払い除け、素早く引き戻したその穂先を次の狗に突き立てる。 『そう、それこそ槍の使いか―――ああ!?』 刺突後に引き戻した柄を噛み付こうとしていた狗の口の中に入れて防いだ。 狗は直政の肉ではなく、朱槍の柄をガジガジと噛む。 『オノレ、我に唾液をなすりつけるとは無礼なッ。御館様、天誅をッ』 「ふぬらっ」 突進の勢いを必死に受け止め、押し返した。そして、たたらを踏んだ狗の喉笛を30センチにも及ぶ穂先で掻き切る。 『よくやったっ』 「うるさいわッ」 物陰からこちらを窺っていた別の妖魔を物陰ごと岩石の奔流で押し潰した。 地術師を相手に地上で隠れようなどと笑止千万。 直政は経験不足ながらも敵がいる場所を把握し、危ないながらも何とか戦いを続けている。 これまでの退魔経験は常に傍には亜璃斗がおり、接近戦は亜璃斗が担当していた。 もし、<絳庵>を得てから朝霞に師事していなければ、今も無事に戦っていたとは言い難い。 (ホントに・・・・接近戦闘ってのは最後の砦だな) 聞けば、今も自衛隊では銃剣術というのがあるらしい。 重火器が発達した現代でも、科学の最先端を行く軍隊には接近戦闘術が残っている。 『しかし、御館様。ここで暴れ回っていても、戦局には何の影響もないのでは?』 「・・・・そう言えば、地上で鹿頭が戦っているのは知ってるけど・・・・どういう作戦かは知らないな・・・・」 直政は思わず足を止め、腕を組んで考えた。しかし、すぐに<絳庵>を振り上げる。 「難しいことは分からんッ!」 『うわ、バカだ、この人ッ!?』 「ここで暴れて、作戦に支障を来す敵戦力を引き受ければいいんだろっ」 戦術について考察を諦めた直政だったが、そんな彼の性格を理解して立てられた作戦は直政の行動を完全に把握していた。 そのため、彼が宣言した一言こそ、直政に期待されていた役割である。 「ってか、マジで多い、なっ」 飛礫の奔流を受け、走っていた妖魔が穴だらけになって絶命する。 『退魔関連の研究施設とはいえ、異常ですね』 「多すぎて逆に分からんッ」 "槍衾"をかいくぐってきた猿を殴り倒した。そして、ビルに張り付いていた大蜘蛛を"早合"で撃ち抜く。 「どあぁ!?」 そのダメージに耐え切れず、ビルが倒壊して多くの妖魔が巻き込まれる中、直政は瓦礫の中から這い出してきた。 『バカでしょ』 「・・・・ちゃっかり逃げ出してたな、お前」 鼻先で呆れたように腕を組む刹の首根っこを掴み上げる。 『ちょ!? 皮が伸びる!?』 「うるせ―――っ!?」 直政が身構えると共に正面にあった研究棟をぶち抜き、1メートルを超す芋虫が吹き飛んできた。 「だぁっ!?」 粘液を撒き散らして飛翔するそれを必死に躱す。 「な、何だ・・・・?」 崩れ落ちる瓦礫の向こうを見遣った。 如何に地術師が万能であろうとも、意識しなければ建物の中を見通すことはできない。 だからこそ、砂塵の向こうから歩いてくる巨体を認識した時、軽くない驚愕が直政を襲った。 『ヒト、ですか?』 「・・・・分からねえ。ただ・・・・」 直政は一挙動で立ち上がる。 「友好的じゃないなッ」 1メートル以上ある巨塊の投擲を再び転がることで回避した。 研究区scene 「―――炎術師とマンティコア、地術師と改造人間、か」 黒鳳月人はひとりになった研究棟所長室でモニターを見ていた。 彼の温和な顔を青白い光が照らし出す。 「まあ、妥当な線かな」 対軍同士のマンティコア、地術師も面白かったが、性格面では改造人間と炎術師は合わないだろう。 「―――共にお前の作品か?」 「・・・・神忌さん、ですか」 背後からの声に若干の驚きを含んだ声を出す。しかし、話しかけられた神忌は面白くなさそうに言った。 「"知って"いただろう」 「はい」 驚きが演技だったことがばれても、悪びれもせずに頷く黒鳳に神忌はあからさまに不機嫌になる。 「骨だったんだぞ。お前が行方不明と言うことにするのは」 「その件は感謝しています。あなた方の方もなかなかに器財が揃っていますが、やはり僕の専門のものばかりですから」 「当然だろ?」 黒鳳は真っ白なスーツに身を固める神忌に向き直った。 「僕の我が儘も今日で終わりです。今日からもっと潜りますよ」 黒鳳月人。 彼こそが【叢瀬】計画の発案者にて、叢瀬椅央を中心にした【叢瀬】勢力を構築した元・監査局の研究者である。 また、現在SMOの舵取りをしている功刀宗源の同志だったが、第一次鴫島事変にて行方不明になっていた。 「侯爵閣下にはたまに来ていただき、ありがとうございました」 「ふん、仕事だから仕方ない。それに・・・・まあ、招集命令は出したが、誰も来なかったことに安堵している」 神忌は激戦が続く実験区、居住区を見下ろす。 「この作戦を指揮しているのは叢瀬椅央ということで、我が監査局も多くの兵力を空挺部隊で送り込む方策もあったのだがな」 それをしなかった理由がこの高雄研究所を保つ理由が薄れていること。 再編した部隊の練度が今ひとつであること。 「それ以上、あの少年を恐れているのでしょう?」 「・・・・かもな」 第二次鴫島事変を引き起こした張本人とも言える少年。 事態が衝突不可避と言われていただけに世間では有名ではないが、一定の情報と戦略眼がある者からすれば恐ろしい才能を持っている。 「椅央のバックにはあの少年――熾条一哉がいる」 「ヤツがどこまで見通し、どこまで我らを見透かしているのか見当が付かん」 腕を組み、壁にもたれ掛かる神忌。 第二次鴫島事変で黒鳳が属す組織の一手を担った男は深いため息をついた。 「さすがに監査局からSMO全体を煽動し、新旧戦争への道筋を付けた謀略家もお手上げですか」 「腹立たしいことにな。・・・・ん?」 先程まで黒鳳が弄っていたコンピュータの画面がエマージェンシーの警告を出すと同時にブラックアウトする。 「これは・・・・」 「そうか。央葉が来るか・・・・」 警戒心を露わにする神忌とは違い、黒鳳は嬉しそうに微笑んだ。 |