中部ソロモン海戦 -4
| 航空母艦「飛龍」。 日本海軍軍備補充計画、通称マル2計画で建造された中型空母だ。 1936年7月8日に佐世保で起工され、1937年11月16日に進水、1939年7月5日に竣工した。 1942年6月のミッドウェー海戦では「赤城」、「加賀」を相次いで失う中、前級の「蒼龍」とタッグを組んで奮戦。 「蒼龍」が1942年10月の南太平洋海戦で沈むと「雲龍」と組むことになる。 雲龍型航空母艦は「飛龍」の改良版であり、「飛龍」からすれば、「雲龍」は娘とも言える存在だった。 「―――ラッパ!!!」 1943年7月21日午前6時3分、ソロモン諸島沖。 日本海軍駆逐艦「野分」の甲板からラッパの音が鳴り響く。 その先には先程まで上げていた黒煙を白煙に変えた空母「飛龍」がいた。 約1,200人の乗組員の内、900人以上が逃げるまで洋上に浮き続けていた彼女も力尽きる時が来た。 「ついに『飛龍』も逝くか・・・・」 神田武夫海軍中佐は右手を上げる。 それに注目するのは砲雷長だった。 「野分」が装備する61cm四連装魚雷発射管は「飛龍」の左舷に向けられている。 すでに喫水を下げている横腹を狙うのだ。 「発射」 「発射!」 命令と共に圧縮空気で放たれた2本の魚雷はまっすぐに「飛龍」に向かい、その左舷に高々と水柱を作り出した。 「敬礼!」 甲板に並んだ手すき要員が最敬礼を送る。 そんな中、「飛龍」はゆっくりと左舷に傾きながら艦首から沈んでいった。 中部ソロモン海戦 -4 Scene 「―――敵発見・・・・・・・・でも、違うか・・・・」 日本海軍が「飛龍」を処分する約11時間前。 日本海軍が放った第一次攻撃隊第二波が米艦隊予想針路上に進出していた。 攻撃隊は第一波と同じく、艦隊手前で米軍戦闘機の迎撃を受ける。 今度は制空隊がこれを迎え撃ったが、ワイルドキャットの一部が攻撃隊に達してしまった。 攻撃隊は各分隊の判断で雲の中に逃げ込んだが、一部が再合流に失敗。 零戦14機、彗星16機、天山15機の計45機が見つけたのは、第一波で被弾した空母「レキシントンⅡ」を含む手負いの艦隊だった。 爆弾2発、魚雷2本を撃ち込まれた「レキシントンⅡ」。 爆弾1発、魚雷1発の被害を受けた重巡「サンフランシスコ」。 これらを護衛するように中心に駆逐艦「ニコラス」、「オバノン」、「シャバリア」、「ラドフォード」がいる。 「仕方がない。介錯をしてやるか」 上空に護衛の戦闘機はいない。 これを確認して、数機の零戦が低空に舞い降り、対空砲火を送り出す駆逐艦への機銃掃射を開始した。 また、攻撃隊もバラバラに攻撃態勢に入る。 狙いは手負いの大型艦――空母「レキシントンⅡ」と重巡「サンフランシスコ」だ。 だが、オーバーキルと判断した一部の彗星・天山が駆逐艦も攻撃した。 結果、多数の爆弾と魚雷を叩きこまれた空母「レキシントンⅡ」と重巡「サンフランシスコ」の他、駆逐艦「ニコラス」、「オバノン」も轟沈。 生き残った駆逐艦「シャバリア」、「ラドフォード」も機銃掃射で多数の死傷者が出るありさまとなった。 「クソッ、見つかったか・・・・」 ハルゼーが忌々しそうに吐き捨てた。 レーダーが接近する敵航空編隊を捉えたのである。 後方に残置した艦隊が地獄を見ている頃、本隊も日本海軍の攻撃を受けつつあった。 零戦26機、彗星35機、天山27機の計88機だ。 これを迎え撃つのは以下の通り。 空母「エンタープライズ」、「エセックス」。 重巡「ミネアポリス」。 軽巡「セントルイス」。 駆逐艦「ジェンキンス」、「ラルフ・タルボット」、「ダンラップ」、「クレイヴン」、「ラング」、「スタレット」、「スタック」。 「行動半径ギリギリなので、あるいは・・・・と思ったのですが・・・・」 参謀長がやや悔しそうに言う。 日本海軍の第二波が出撃した折、彼我の距離はおおよそ500kmに達していた。 これはアメリカ海軍が攻撃隊の収容を諦め、全力で避退に走ったからである。 故にアメリカ軍単発機の行動半径外に出ていたが、足の長い日本海軍が相手だと、ギリギリだろうと見られていた。 「後方より無電です。敵の攻撃を受け、『レキシントンⅡ』と『サンフランシスコ』が絶望的とのこと」 「・・・・そうか」 通信兵の報告を聞き、参謀長が目を伏せた。 ハルゼーも態度には出さなかったが、少しがっかりする。 (最悪、囮となって攻撃を吸収してくれればよかったが、日本海軍は攻撃隊を分離したのだろう) 実際には燃料を消費させようと送り出した迎撃隊によって強制的に分離させられたのだが。 「こちらの戦闘機は!?」 「見えません!」 見張り員が叫ぶ通り、上空迎撃は蹴散らされたのだろう。 元々、技量に劣るし、数も劣勢とあればあまり効果はなかったのかもしれない。 「と、なると、戦闘機が降下してくるぞ! 対空戦闘をしっかりと!」 指示とも言えない指示を砲術長が出した。 アメリカ海軍の対空砲火は熾烈だが、日本海軍の攻撃も苛烈だ。 「全て叩き落してやれ!」 だが、ハルゼーを筆頭に、彼らは敢闘精神を失っていなかった。 「見つけた。・・・・燃料は、ギリギリか・・・・」 一方、日本海軍の攻撃隊にも余裕はなかった。 遠い上に敵機の迎撃を受けて増速した関係で、燃料の消耗が激しい。 (帰りに不時着する機体があるやもしれんな) 総指揮官である彼の機体はさすがにベテランが操縦桿を握っていることで、その辺りの計算はできていた。しかし、未熟練者は燃料を気にする余裕などなかっただろう。 「さっさと攻撃して帰還するぞ」 「ハッ。で、隊長、攻撃目標はどうしますか?」 彼らが搭乗するのは天山だ。 抱える魚雷は大型艦用である。 眼下に見える大型艦は空母2隻、重巡1隻、軽巡1隻と言える。 「・・・・一航戦は新型空母、二航戦はエンタープライズ、五航戦は巡洋艦以下だ」 水上艦攻撃の腕は一航戦(「翔鶴」、「瑞鶴」)、二航戦(「飛龍」、「雲龍」)の方が上だ。 だが、出撃した攻撃機の数が違った。 一航戦は彗星20機、天山18機、二航戦は彗星18機、天山12機だ。 なお、この数字は出撃時であり、迎撃によって撃墜されたり、分離していたりしていた。 正しい数は総指揮官ですら把握していない。 ただ、バラバラに攻撃していては全て取り逃がす可能性がある。 せめて、自身が率いる隊で、新型空母を沈めたいと思ったのだ。 「ト連送を打て! 突撃だ!」 無電を飛ばしながら、一航戦の天山隊は低空へと舞い降りた。 戦闘自体は15分程度で終わった。 結果は以下の通り。 空母「エンタープライズ」:爆弾1発 空母「エセックス」:爆弾2発、魚雷1本命中 重巡「ミネアポリス」:爆弾1発、魚雷2本命中 駆逐艦「ジェンキンス」:魚雷1本命中、轟沈 駆逐艦「ラング」:爆弾1発命中 駆逐艦「スタレット」:魚雷1本命中、轟沈 空母「エンタープライズ」は見事な操舵で爆弾や魚雷を躱し続けたが、最後に1発が命中して爆発、離着艦が不能になった。 なお、回避した魚雷が空母「エンタープライズ」を護衛していた駆逐艦「ジェンキンス」に命中して轟沈させている。 空母「エセックス」も最初に爆弾を1発受けたが、二航戦の攻撃力不足でその後には爆弾1発、魚雷1本しか命中させられなかった。 重巡「ミネアポリス」は空母を護衛しつつ、自身も攻撃対象になったことで操舵が難しくなり、損害を大きくした。 日本海軍の攻撃は至近弾を多く発生させ、艦上設備などを破壊させている。しかし、撃沈確実と言えるのは重巡「ミネアポリス」くらいだった。 両艦隊に多大な犠牲を生んだ中部ソロモン海戦は、日本海軍の第一次攻撃第二波で終了した。 アメリカ海軍は艦隊針路を北に向け続けて戦線を離脱。 日本海軍は西方に避退しつつ撃沈された艦の兵員救助を行う。 中部ソロモン海戦の両軍の損害(大破以上)は以下の通りだ。 日本海軍。 喪失: 空母「飛龍」。 駆逐艦「照月」、「嵐」、「萩風」。 アメリカ海軍。 喪失: 空母「レキシントンⅡ」、「プリンストン」。 重巡「サンフランシスコ」、「ミネアポリス」 軽巡「ヘレナ」 駆逐艦「ニブラック」、「リヴァモア」、「ストロング」、「ウッドワース」「ニコラス」、「オバノン」、 大破: 戦艦「インディアナ」。 水上艦の喪失で言えば、アメリカ海軍が敗北したと言える。 ただし、日本海軍も歴戦の空母「飛龍」を喪失した。 雲龍型空母の就役が始まっているとはいえ、痛いものは痛い。 なお、ツラギ島-ガダルカナル島空襲時に停泊していた護衛空母2隻――英海軍移管後、借り受けた「ハンター」、「ストライカー」――を撃沈。 一方、航空機の喪失は以下の通りだ。 日本海軍: 零戦54機、彗星47機、天山43機の計144機。 アメリカ海軍: ワイルドキャット64機、ドーントレス33機、アヴェンジャー37機の計134機。 アメリカ海軍の損害はラッセル諸島などに飛び去った攻撃隊は含んでいない。 単純に戦闘で撃墜された機体と空母内で破壊されたものの合計だ。 空母決戦が始まった時からすれば両軍の損耗率は日本海軍26.9%、アメリカ海軍54.2%だ。 アメリカ海軍の損耗率が特に高いのは、零戦に襲われたからだけではない。 ニュージョージア島の戦いに参戦し、連戦続きで体力の限界があった。 集中力を欠いた状態での飛行・戦闘で力を使い果たし、帰還中に墜落した機体も多い。 彼我の戦力差、搭乗員の技量・体力のことを考えれば、日本海軍の方が想定外の損害を受けたと言えるだろう。 それだけ第一波への奇襲攻撃と対空砲火が効果的だったということだ。 だがしかし、1943年7月20日時点のソロモン戦線において、勝利したのは日本海軍だった。 ―――とはいえ、終わったのは空母艦隊同士の決戦だけなのだが。 「―――諸元入力完了」 「撃て!」 1943年7月21日午前2時14分、ガダルカナル島沖。 ここを日本海軍の第一艦隊が航行していた。 「だんちゃーく、今」 時計を読み上げていた将校が言うと共に暗闇に爆炎が上がる。 第一戦隊に所属する戦艦「大和」を筆頭とする戦艦6隻が放った艦砲射撃がガダルカナル島の基地に着弾したのだ。 北の方を見れば第一艦隊に同行していた第六戦隊の重巡部隊がツラギ島等を砲撃している。 半日前に空母部隊が叩きのめした基地をさらに叩くため、第一艦隊ら水上艦はガダルカナル島海域まで派遣されたのだ。 本来は米海軍の戦艦部隊と戦うはずだった。 しかし、米海軍戦艦部隊はマニング海峡を南下した後、ラッセル諸島とカトカエ島の間を南方に抜けている。 おそらくはガダルカナル島の南方を東方へ向けて退避していると考えられた。 このため、日本海軍は戦果拡大のためにガダルカナル島を攻撃しているのだ。 「もう何度目になるんだろうな・・・・」 第一艦隊司令長官・清水光美海軍中将は小さく呟いた。 旗艦「大和」は東方へ向かいながら砲撃を続けている。 弾着観測機の誘導で基地内へ正確に着弾し、爆発が起きていた。 それはともかく、日本海軍がガダルカナル島の基地を攻撃するのはこれが初めてではない。 確かに日本軍のガダルカナル島撤退後は主に空爆――特に夜間爆撃――が中心だった。 それでも潰せないガダルカナル島基地の堅さに驚くとともに、これを短期間で整備する米軍の土木力に驚く。 (これは我々もまだまだ後方支援に力を入れないといけないな) 第一艦隊を任されているが、清水は現場よりもどちらかと言えば人事畑という軍政畑を歩いてきた。 しかし、練習艦隊司令官や第三遣支艦隊司令長官も歴任し、開戦時は潜水艦隊である第六艦隊を司令長官である。 東京に引っ込んでいたのではなく、前線の総指揮を取った経験も豊富だ。 その時の経験を後に生かすことも当然と考えており、今回の遠征でもそういう機会に恵まれていた。 なお、砲撃指示は参謀長や艦長、砲術長に任せて口を出していない。 「長官、回頭予定地点です」 「ん、順次回頭、左砲戦」 艦の右側を向けて砲撃していた戦艦群が一斉に180°回転する。そして、先頭を「大和」から「総武」に変えて砲撃を続行した。 艦隊はそのままサボ島とガダルカナル島の間を抜け、西方へと離脱する予定だ。そして、そのまま西進し、夜明け頃にはラッセル諸島を砲撃。 さらに北西に進んでニュージョージア海峡を通り、ニュージョージア島北岸を砲撃してマニング海峡もしくはショートランド諸島を抜けて帰還する。 この時には夜が明けているので、第三艦隊から護衛戦闘機が飛んでくる見込みだった。 「長官、二水戦より発光信号です」 「ん」 「『魚雷艇を含む水上艦艇の全てを撃沈』」 「おお、やるな」 周辺海域には空襲から逃れた輸送船などの艦船がいた。 これを撃沈するために第二水雷戦隊(軽巡1、駆逐艦10隻)が周辺海域に展開。 第二水雷戦隊は敵性艦船を殲滅し、ツラギ島-ガダルカナル島海域の海上ユニットを全滅させる。 これは最前線であるニュージョージア島への輸送能力を奪い取ったに等しく、前線の米軍はさらに後方から支援部隊が来るまで無補給が決定した。 (この戦役の勝利が確定したな) ニュージョージア島で日本陸軍は物量の面で苦戦していたが、これが改善すれば同島での戦闘は日本軍の勝利に終わるだろう。 米軍の上陸部隊殲滅に繋がり、ソロモン戦線の全体に影響すると言えた。 (とは言え、一息つける程度だろうが) 軍政畑出身として、米国の国力はよく理解している。 1~2万人程度の損害は、痛いに違いないが、継戦意志を挫くほどではない。 「それでも、ニューギニア方面に集中できる意義は大きい、か」 「は?」 小さく呟いた言葉を参謀長が聞き返すが、清水はそれに首を振って気にするなと伝えた。 「予定弾数!」 「長官!」 事前に取り決めていた弾数を撃ち終えると、「大和」艦長・松田千秋海軍少将が意見具申する。 「砲弾はまだあります。攻撃の続行を」 「・・・・・・・・・・・・」 事前に取り決めた砲弾数は敵戦艦群と戦う可能性が残っていた時に決めた。 艦隊決戦の可能性がなくなった今、砲弾を残す意味はない。 だから、松田は攻撃続行を希望したのだ。 「・・・・このまま直進して離脱。ただし、射線が切れるまでは射撃を続行」 「宜侯!」 意見具申が受け入れられた松田は喜色を浮かべ、諸元入力のために砲術長の下へと駆けていく。 同時に発光信号で他の僚艦に知らせた。 「うむ、いい練度だ」 すぐに僚艦から了解の反応が返ってきた。 なお、射線が切れるまでなので、それぞれが目標を設定して射撃する。 統一射撃ではなく、順次射撃に切り替わったのだが、その初弾発射のタイミングはほぼ一緒だった。 それは練度がなせる技だ。 (今回はこれらの練度を発揮する場を得られなかった) 第三次ソロモン海戦以来の艦隊決戦を覚悟したが、米海軍が回避したから実現しなかった。 (次こそは・・・・ッ) 清水が覚悟を新たにした時、戦艦群の最後尾を航行していた「大和」も射線が切れる。 「撃ちぃ方、止め」 松田の命令と複唱の後、艦橋にやや弛緩した空気が流れた。 「行軍陣形へ移行しろ」 清水が言うと周辺に集まっている艦艇に発光信号が送られ、第一艦隊は行軍陣形へと移行していく。 そのまま2時間程度でラッセル諸島への砲撃海域に到達。 水平線の向こうがやや明るくなり出した頃には、徹底的な砲撃で破壊された滑走路と数十機の航空機の残骸が転がっていた。 この日、ソロモン戦線における米軍の航空隊は壊滅し、水上艦隊は撤退する。 戦略的および戦術的にも中部ソロモン海戦は日本軍が勝利した。 「―――不満そうですね」 1943年7月21日、大日本帝国首都・東京。 海軍軍令部の建物内で、高松嘉斗は同僚の源田実に言った。 「ああ、宮様か。・・・・その質問が来るってことは知っているんだな?」 「ええ、あの戦線には第三部も多くの人員を入れていますからね」 「前線から入る情報の経路はバラバラってことか」 源田はため息をつき、椅子の背もたれに体重を預ける。 「ああ、不満だ」 そして、嘉斗の第一声に答えた。 「第一艦隊と第三艦隊を出し、さらに戦略的・戦術的奇襲まで成功したんだぞ」 「ええ、お見事と言えるでしょう」 「ふん。作戦秘匿・無線封止の徹底、欺瞞情報の流布という第三部の仕事が最も発揮したと言えるだろうな」 「だというのに」と源田は続ける。 「戦果が空母2隻、巡洋艦3隻だと?」 「それが不満の正体ですか」 出した戦力に比べ、得られた戦果は乏しい。 この前の一大戦役である第三次ソロモン海戦は、戦艦6隻、空母3隻、巡洋艦5隻だ(駆逐艦多数)。 「これで『飛龍』を喪ったんだ、割に合わない」 搭載航空機で言うならば、「飛龍」75機に対して、「レキシントンⅡ」90機、「プリンストン」33機。 つまり、75:123 = 1:1.64。 「第三部が言うには今年に就役する米空母は12隻だったな?」 「ええ、エセックス級空母4隻、インディペンデンス級空母が最大8隻ですね」 「つまり、約600機分だ」 「計算早いですね。・・・・まあ、訓練を除いて、搭載できるっていうのならばそんなもんでしょうね」 「一方、我が海軍はどうだ?」 中型空母3隻(雲龍型。2隻就役済み、1隻就役予定)、小型空母1隻(就役済み)、小型輸送空母3隻だ。 小型空母は米軍の護衛空母に相当するため、今回は計算から外すと中型3隻、小型1隻である。 「航空機換算にすれば、260機ですか」 「空母建造能力において、航空機換算だと260機対600機だぞ? 何倍だ?」 「2.3倍ですね」 嘉斗が答えると、源田は膝を打って言った。 「ってことは、今回の海戦で、1943年末時点の空母航空隊比率は縮まったってことだろう?」 「んー、そう言われるとそうですね。これまでの貯金を少し食い潰してしまったというわけですか」 日本海軍は敵正面戦力である既存空母だけでなく、後方の工業力とも戦わなければならないのだ。 「どうにか、敵の造船所を叩く手段はないものか」 源田は何気ない呟きだったのだろう。 「・・・・造船所を叩く、ですか・・・・」 その呟きが後に歴史に残る大作戦に繋がるとは、この時の源田は夢にも思っていなかった。 |