中部ソロモン海戦 -3
| 零式艦上戦闘機五二型。 太平洋戦争初期に連合軍を圧倒した二一・二二型の正式なアップグレード版と言える存在だ。 途中に基地航空隊用の三二型を挟んだが、この代替も五二型となり、両航空隊の使用機体――零戦に限って――は統一に向かっている。 主なスペックは以下の通り。 なお、( )内はこれまでの艦上機隊主力の二二型との比較である。 全長:9.12m(+0.07m) 全幅:11.0m(-1.0m) 全高:3.57m(±0.0m) 発動機:栄二一型 "1,150" hp(同機種) 最大速度:"570"km/h("550"km/h) 航続距離:"1,900"km("1,700"km) 主な特徴は以下の二点である。 翼幅を短縮したこと(折りたたみ機構廃止)。 エンジン排気の推進式単排気管の配置。 これらにより重量が増えたにも関わらず、増速に成功していた。 同時期のアメリカ海軍主力戦闘機はF4F-4。 現在はようやく開発が完了したF6Fへの生産切り替えのためにグラマン社ではなく、ゼネラルモーター社が量産の主力となっているが(FM-1)、性能面で見ればF4F-4だ。 F6Fの実戦配備はまだ先とされ、本海戦にはF4F-4が投入されている。 このF4F-4の最大速度は512km/h。 50km/h以上の速度差が生まれた。 海兵隊に配備が開始されているF4Uは最大速度636km/hと優速だが、操縦性の難しさから配備が遅れている。 このため、本海域において、日本海軍とアメリカ海軍の間で、開戦以来最大となる戦闘機性能差が生じていた。 これがどう戦況に与えるのだろうか。 中部ソロモン海戦 -3 scene 「―――避退しろ、だと!?」 1943年7月20日午前11時49分、アメリカ海軍第3艦隊にハワイ・太平洋艦隊司令部から命令が届いた。 その命令は即時撤退だった。 「ハッ。空襲に参加した航空機数からして、ツラギ島-ガダルカナル島を襲ったのは日本海軍主力、第三艦隊と推察されます」 参謀長はハルゼーの反応を見ながら言葉を続ける。 「情報部の判断では、敵空母は8隻、航空機500機以上です」 「それが奇襲で基地航空隊をぶっ潰した、か」 消耗していたとは言え、一撃で味方基地を叩き潰した。 300発以上の爆弾が降り注げば前線基地は無効化されるだろう。 問題は、迎撃に失敗してそのほとんどを撃墜できなかったことだ。 つまり、日本海軍は500機以上の航空機を有したままだ。 (こちらは約300機・・・・) ニュージョージア島の戦いで航空機を消耗した第3艦隊は、おおよそ300機弱。 下手をすれば倍近い戦力差がある。 また、日本海軍が持つ攻撃隊はアメリカ海軍の空母、巡洋艦を沈めきる能力がある。 (戦艦部隊の分離が痛いか・・・・) ハルゼーが率いる戦力は以下の通りだ。 空母「エンタープライズ」、「エセックス」、「レキシントンⅡ」、「プリンストン」 重巡「ミネアポリス」、「サンフランシスコ」※ ※忠実では北太平洋にいるが、戦力不足のため南太平洋に配置 軽巡「ヘレナ」、「セントルイス」 駆逐艦「ニコラス」、「ストロング」、「オバノン」、「シャバリア」、「ジェンキンス」、「ラドフォード」、「ラルフ・タルボット」、「ウッドワース」、「ダンラップ」、「クレイヴン」、「ラング」、「スタレット」、「スタック」 空母4隻、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦13隻 計21隻は決して貧弱な艦隊ではない。 だが、日本海軍は50隻近いだろう。 それに戦艦だって含まれるだろう。 (逃げろというのは、仕方がないか・・・・) 見敵必戦の精神はイギリス海軍から日本海軍に受け継がれた伝統だ。 一方、同じくイギリス海軍から発祥したアメリカ海軍は別である。 より合理的な判断を下し、勝てる時に戦うのだ。 「今は艦隊保全の時です」 参謀長の言う通りだろう。 だが――― 「それを許すか? あの好戦的なジャップが」 ハルゼーがそう吐き捨てた時、レーダーに敵索敵機の機影が映った。 1943年7月20日12時26分、日本海軍は第一次攻撃隊を対艦攻撃装備で空中集中を終えて移動を開始した。 制空隊として一航戦、二航戦から零戦48機が出撃。 その後、遅れて一航戦、二航戦、五航戦から零戦72機、彗星54機、天山84機が出撃。 制空隊48機、攻撃隊210機の計258機という大攻撃隊である。 一方、アメリカ軍も12時にツラギ島-ガダルカナル島空襲を生き残ったカタリナ飛行艇が日本海軍を発見。 午後12時57分に空母ごとに発艦した攻撃隊が日本海軍を目指す。 ワイルドキャット(F4F-4) 72機、ドーントレス(SBD-5) 76機、アヴェンジャー(TBF-1C) 46機の計194機。 日本海軍は残った艦上機で第二次攻撃を準備するが、アメリカ海軍は最初から全力だった。 彼我の距離は約340km。 おおよそ1時間の距離であり、日本海軍が米艦隊を発見してから約1時間半で上空に到達する計算である。 この間に米軍は日本軍の予想を超えた行動をした。 攻撃隊を発艦させるなり、ほぼ最大戦速で北上を開始したのである。 日本軍は日本海軍との距離を詰めるか、日本海軍の退路を断つように東に向かうと考えていた。 それは米軍が日本海軍に向けて立ち向かうと考えていたからだ。しかし、米軍は北上を選んだ。 このため、日本海軍が予想した海域には米艦隊はいなかった。 「―――おい、いないぞ!」 7月20日13時15分、サンタイサベル島北西海域。 ここに到達した日本海軍の制空隊は眼下に広がる海面を見てやや混乱していた。 雲の量および雲の高さ的にも道中で見落としたとは考えられず、ここまで敵戦闘機の迎撃も受けていない。 零戦に同行した二式艦上偵察機は二座であり、専門の航法員がいるので間違えたとも考えにくかった。 「予想が間違っていたのか・・・・」 何度キョロキョロしても敵艦隊はいない。 出撃前に受けた説明では、米軍はまっすぐ向かってくるとのことだった。 『制空隊指揮官機』 隊内無線が偵察機の搭乗員の声を拾う。 「こちら雷一番、どうぞ」 『当該海域に敵艦隊はいないと判断。チョイスル島の電探も敵艦隊を捉えていないというから、ここから南方海域にもいないだろう』 チョイスル島には日本海軍の特殊部隊が電探操作のためだけに上陸しているという。 敵空母部隊に戦艦がいないのも、このチョイスル島で監視に当たっていた部隊が敵戦艦を見つけ、潜水艦による攻撃があったからと説明された。 (特殊部隊とかは眉唾だが・・・・) より岸に近い方を航行していないということは理解しやすい。 「となると、敵は北上したか」 『そう考えている。北上するが、いいか?』 「了解。後続にも伝えてくれ」 『了解。通信終わり』 通信が切れ、二式艦偵が翼をバンクして、周辺の零戦の注意を惹く。そして、機体を傾けて大きく北へと旋回した。 この判断は正しかった。 だが、この判断に至るまでの日本海軍攻撃隊の動きを、アメリカ軍のレーダーは捉えていた。 1943年7月20日13時38分、日本海軍制空隊は複数の航跡を発見。 その上空にいた十数機の戦闘機と戦闘になり、10分程度で蹴散らした。しかし、続くはずの攻撃隊本隊が、混乱に陥っていた。 アメリカ海軍は日本海軍が制空隊と攻撃隊分離していることをレーダーで探知。 艦隊上空で待機していた戦闘機の大部分をこの攻撃隊に向かわせた。 戦闘機がどれだけいても基本的には軍艦を沈めることはできない。 軍艦を沈めるのは爆弾や魚雷を抱えた爆撃機や攻撃機だ。 これを撃墜してしまえば、どんなに多数の攻撃隊を持っていたとしても攻撃力はない。 また、日本海軍攻撃隊を護衛していた零戦隊にも油断はあった。 最初に戦闘に発展するのは制空隊と思っていた。 このため、彼らが上空を占有するワイルドキャットに気付いたのは、彼らが逆落としに急降下を開始した時だった。 結果、零戦隊は初撃を躱すことに必死(避けきれずに5機が撃墜される)。 そのまま彗星隊に突っ込んだワイルドキャットは一撃離脱で7機を撃墜。 さらに低空にいた天山隊の機銃掃射を受けつつも6機を撃墜(自身は2機を喪失)。 わずか3分の攻撃で日本海軍は18機を失う。 これは攻撃隊本隊の1割弱に相当し、大ダメージを受けた。 また、ワイルドキャットは執拗な反復攻撃を繰り返し、護衛の67機の零戦は翻弄された。 空戦についていけない未熟練者は振り落とされ、遊兵と化す。 それでも実戦経験者が多く残る最精鋭の一航戦、二航戦のパイロットは一撃離脱以外の戦法がないワイルドキャットのパイロットを格闘戦に持ち込んで撃墜。 さらに指揮官は攻撃隊外周に展開する戦闘機を減らしてまで一部のベテランをF4F-4の追撃に送り出し、ようやく追い払うことに成功する。 しかし、この一連の戦闘でさらに日本海軍は以下の機数を失った。 零戦22機(内訳:喪失6機、被弾撤退8機、撤退機護衛8機) 彗星12機(内訳:喪失6機、被弾撤退6機) 天山11機(内訳:喪失5機、被弾撤退6機) 計55機。 一撃目の喪失を含めば73機も攻撃隊から脱落したことになる。 特に大きいのは彗星と天山だ。 彗星は54機中19機の脱落(35.2%)。 天山は84機中17機の脱落(20.2%)。 それでも攻撃隊指揮官は攻撃続行を判断。 零戦隊(72機→45機)を伴って総勢147機で制空隊が発見した敵艦隊へ向かった。 彼らの胸には攻撃前に散った仲間を思い、復讐心に燃えている。 ―――だからなのか、日本海軍の攻撃は壮絶の一言に尽きた。 「―――沈めぇ!」 天山から放たれた魚雷が、急降下爆撃で炎上していた米軍大型空母の横腹に突き刺さった。 その水柱が右舷に2本、左舷に1本と立ち上り、その海水は炎に包まれている飛行甲板を洗い流しながら大穴を伝って艦内に流れ込む。 喫水下に穿たれた孔から流れ込んだ大量の海水が隔壁を破壊して艦内を暴れる。 上下から流れ込んだ水に海兵が流され、空母は大きく傾いた。 同様の姿がもう1隻。 さらに駆逐艦の中には波間に消えようとするものが数隻ある。 他に軍艦で言えば、空母の盾となった軽巡が黒煙を吐き出しながら洋上に停止していた。 「ふん、こざかしい真似をしたからだ」 そう呟いた空中総指揮官は周囲を見渡す。 自分を中心に残存機が集まりつつある。 無傷とはいかないが、損害は先の空中戦よりも少なかった。 (制空隊がだいぶ抑えたが、やはり我が軍とは比べ物にならないくらい激しかったな) 敵戦闘機隊との会敵に失敗した制空隊は敵艦隊に降下し、対空砲に対して銃撃を加えた。 20mm機関砲の威力は大きく、多数の対空砲――特に対空機銃――を沈黙させたが、それでも米軍の対空砲火は強力だったのだ。 「・・・・まあ、大戦果と言えるか」 指揮官はもう一度眼下を見下ろす。 (戦果報告はあいつがするな) 視線を今度は上に向けると、そこには海空戦開始から戦況を見守っていた二式艦偵がいた。 「隊長、ある程度集結したと思われます」 後部座席に座った偵察員が言う。 「分かった。帰ろう」 そう言い、総指揮官は自分の母艦・「飛龍」に向けて機首を向けた。 それと同時に二式艦偵から無電が放たれる。 敵新型大型空母1隻に爆弾2発、魚雷2本命中、大傾斜。 敵新型小型空母1隻に爆弾1発、魚雷3本命中、大傾斜、撃沈確実。 軽巡1隻に魚雷3本命中、転覆、撃沈確実。 駆逐艦数隻に爆弾・魚雷複数命中、撃沈確実。 大戦果である。 だが、圧倒的多数の攻撃隊であったにも関わらず、4隻の空母に対して2隻しか攻撃できていない。 しかも、日本海軍の第二波の到着は大幅に遅れる見込みであった。 何故なら、第二波発艦前に南方から数十機の攻撃を受けたからだ。 それはラッセル諸島に展開していた米海兵隊機であり、ツラギ島-ガダルカナル島航空隊の残存部隊もいた。 単発機のみであるが、戦闘機22機、爆撃機8機の小ぶりな攻撃隊の接近で、日本海軍は発艦作業を中止、迎撃に出たのだ。 攻撃自体は艦隊護衛の零戦に阻まれて艦隊には届かなかった。そして、遅れたが、150機が出撃する。 制空隊:20機(五航戦) 護衛隊:24機(一航戦・二航戦) 爆撃隊:58機 雷撃隊:48機 総 計:150機 第一波は戦闘機を多く送り出した関係で、攻撃隊の比率が下がっていた。 その分、第二波は攻撃隊の比率が約7割に達する。 第一波で傷ついた敵艦隊を葬り去るには十分な数だった。 だが、それよりも先に米軍が放った空母攻撃隊が日本艦隊に到達した。 それを迎撃するのは二段階に敷いた戦闘機群である。 この時期になれば日本海軍にも二式二号電探やその小型改良型である三式一号電探を装備していた。 このため、米軍が放った約200機の攻撃隊も艦隊手前200kmで捕捉している。 故に日本海軍は艦隊上空ではなく、まずは手前50kmで迎え撃った。 一・二・五航戦から飛び立った40機が敵戦闘機を引きはがし、手薄になった攻撃隊に対し、残りの三航戦の32機が襲い掛かる。 やや少ないのはラッセル諸島から来た攻撃隊を迎撃した関係だ。 そこで被弾なり、機銃弾を撃ち尽くした戦闘機は母艦に戻っていた。 それでも総勢72機の零戦と戦ったワイルドキャットは同数である。 第一段で多くが引きはがされたが、それでも残ったワイルドキャットは懸命に攻撃隊を守った。 ワイルドキャットの防御を突破した零戦が攻撃隊に取り付きて撃墜や退避を強いるも、約4割の攻撃隊が日本海軍の対空射撃弾幕の中へと突入できた。 出撃したのはドーントレス76機、アヴェンジャー46機であったため、突入したのはドートレス30機とアヴェンジャー20機の計50機である。 その引き換えに、ワイルドキャットは約4割の30機が撃墜された。 一方、零戦は対戦闘機戦で17機を失う(攻撃隊への攻撃で3機喪失)。 キルレシオは完全に日本海軍の勝利だが、それでも50機の攻撃隊が突入したことはかなりの脅威だった。 「―――攻撃機3機、左舷3時より接近!」 1943年7月20日午後2時34分、第二航空戦隊所属・空母「飛龍」。 「撃て撃て!」 九六式25mm高角機銃が火を噴き、近寄ってきた攻撃機に集中する。しかし、撃墜できず、ようやく1機撃墜した時には3本の魚雷が投下されていた。 左舷より迫るそれを事前に舵を切っていた「飛龍」が回頭していく。 「魚雷3本、本艦後方を通過!」 「まだまだだぞ!」 周囲には無数の対空射撃と撃墜された航空機が上げる最期の水飛沫、そして、被弾炎上する艦艇からの黒煙に満ちていた。 黒煙の主は「飛龍」を後方から守っていた駆逐艦「照月」が発している。 「照月」は炎上しながら傾いており、甲板から兵員が飛び降りていた。 総員退艦命令が出ているのだろう。 対空駆逐艦である秋月型駆逐艦である「照月」の脱落は痛い。 この戦いでも数機を撃墜し、その他敵の突撃を妨げていた。 尤も、その戦闘力故に狙われたのだろうが。 命中したのは爆弾2発だが、大型艦狙いの高威力爆弾を駆逐艦の艦体に喰らったのだ。 轟沈しなかっただけ、運がいいと言えよう。 「敵攻撃隊残余、本艦攻撃に集中の模様!」 艦橋見張り台の兵員が周囲を見回した結果を報告した。 50機で開始された攻撃も、攻撃終了や撃墜を経て、残り十数機まで減っている。だが、その残存戦力は艦隊防空能力が低下した「飛龍」ユニットの周りに集結したのだ。 「飛龍」は「照月」を左舷(艦隊外縁部)に置き、前方に「嵐」、後方には「萩風」がいる。 「嵐」、「萩風」共に陽炎型駆逐艦であり、艦隊決戦を建造理念としていた。 昨今の戦闘経験から対空戦装備の強化を行っているが、「照月」と比べると心もとない。 「『阿賀野』が変針、接近してきます!」 対空射撃の弾幕が薄いことに気が付いたのか、軽巡「阿賀野」が援軍に来ようとしているようだ。 だが、米軍の攻撃隊はすでに攻撃態勢に入っていた。 「敵機3機直上! ―――あ!?」 見張り員に重なり、爆発音が轟く。 必死に対空砲弾を放っていた「嵐」に航空爆弾が命中したのだ。 大爆発を起こしてつんのめるように減速した「嵐」を避けるため、「飛龍」が舵を切る。 これで急降下爆撃を回避したが、旋回で減速したところを狙って、今度は攻撃機が低空で突入してきた。 「撃て撃て!」 高角砲や機銃が海面近くを飛ぶ攻撃機3機に集中する。 なかなか当たらなかったが、2機が相次いで被弾して海面に激突した。しかし、残りの1機が魚雷を投下する。 白い航跡を引きながら直進するそれを艦内の兵たちが固唾を飲んで見守った。 艦尾ギリギリを通過しそうな針路だ。 「ッ!? ―――敵機急降下!」 他の兵と共に魚雷の行方を気にしていた上空見張り員の報告が遅れた。 ほぼ全員の視線が海面に向けられる中、弾幕を突破してきたドーントレス5機が急降下している。 内1機は横合いから飛んできた対空砲弾の直撃を受けて四散。 それでも4機は爆弾を投下した。 それは回避できない弾道だ。 「総員、衝撃に備えぇ―――ッ!?」 1943年7月20日午後2時48分。 開戦以来戦い続けた「飛龍」はその身に4つの異物を叩きこまれ、衝撃に身を大きく震わせた。 その後方では被弾して爆撃進路を狂わされたドーントレスが「萩風」に突入。 爆弾の爆発と続く魚雷の誘爆で、大きな火柱を上げる。 この爆発音を最後に、米軍の攻撃は終了した。 お互いの第一波――米軍に第二波はない――攻撃の戦果は以下の通りである。 日本海軍による米海軍攻撃。 撃沈: 空母「プリンストン」。 軽巡「ヘレナ」。 駆逐艦「ストロング」、「ウッドワース」。 被弾・被雷: 空母「レキシントンⅡ」。 重巡「サンフランシスコ」。 米海軍による日本海軍攻撃。 撃沈: 駆逐艦「照月」、「嵐」。 被弾・被雷: 空母「飛龍」。 駆逐艦「萩風」。 航空機損害(被弾廃棄含む)。 日本海軍: 零戦43機。 彗星29機。 天山25機。 計97機(損耗率26.8%)。 米海軍: ワイルドキャット57機。 ドーントレス33機。 アヴェンジャー37機。 計127機(損耗率55.7%)。 日本海軍の爆撃機・攻撃機に限った損耗率は39.1%に及ぶ。 如何に攻撃前の奇襲攻撃が効果的だったかが分かる。 一方、米軍も爆撃機・攻撃機に限ると、損耗率は57.3%に達する。 これは撃沈された「プリンストン」の中にアヴェンジャーが残っていたからである。 また、米海軍攻撃隊は零戦の迎撃で艦隊攻撃に参加できなかった機体を含め、残存機は全てラッセル諸島を始め、ツラギ島やガダルカナル島へ向かった。 このため、米空母艦隊に残っているのは迎撃機の生き残りの戦闘機16機しかいない。 第一波攻撃は両軍の航空機に多大な犠牲を出し、両者とも成果を上げたと言えるだろう。 とはいえ、この攻撃で戦いは終わりではない。 日本海軍の第二波が勝負を決めにかかっている。 ソロモン諸島の海に鳴り響く爆音はまだ鳴りやまない。 |