帰郷と今後



 博多。
 福岡県福岡市博多区のことであり、市ではない。
 だというのに博多という名は全国的に有名だ。
 その理由のひとつとして、山陽新幹線の西側終着駅であると言うことが挙げられる。
 元々、博多津と呼ばれた古くから栄えた港湾都市であり、中世には堺に先んじて自治都市としての性格を持っていた。
 福岡黒田藩が誕生する前からの重要拠点であり、大藩の支配下に置かれてからはよりいっそう発展する。
 明治政府により、博多と福岡が同一市政されて統合されたが、今でも福岡市とは別に博多市があると思っている者も多い。また、知っていたとはしても、一度も「博多市」というものが存在しなかったことを知っている者は少ないだろう。



(―――なんて・・・・いろいろ考えても状況は変わらない、か・・・・)

 熾条一哉は山陽道新幹線に乗り、博多駅を目指していた。
 同行者は渡辺瀞、緋の2名だ。

「しーちゃん、速いね〜。あかねより速いよ!」
「そうだね〜」

 緋はキャッキャとはしゃいでいる。
 彼女を膝の上に乗せた瀞も優しい笑みを浮かべており、これからのことに不安を感じているようには思えなかった。

(当たり前、か・・・・)

 緋が帰ってくるまで、表に見せずともずっと落ち込んでいたのだ。
 幼くなったとは言え、帰ってきた緋に安堵するのは当然のことだ。

「一哉」
「ん?」

 また窓の外に夢中になった緋から視線を外し、瀞が一哉を呼ぶ。

「初めてなんだっけ、実家?」
「記憶にないってだけだけどな」

 3才に父――熾条厳一と共に出奔した一哉はそれから一度も実家に帰っていない。
 一哉の実家――熾条宗家は北九州地方を本拠地にするも、その位置が特定されていない。
 忍びの一族を自称する熾条宗家らしく、その位置を特定しようとした者は消されてきた。
 それでも熾条宗家に用があるものは必ず博多へ行く。
 それは熾条宗家の窓口事務所がそこに建っているからである。

「親父や鈴音が育った家だ。まともじゃないだろ」
「あはは・・・・。鈴音ちゃんに燃やされるよ?」
「燃えるかどうかわからんが、燃やしに来そうだな」
「燃やせるかもよっ?」
「緋が言うとマジで笑えないんだが・・・・」

 ニコニコと何が楽しいのか笑みを浮かべる緋の頭を撫で、一哉は荷台の荷物を取るために立ち上がった。
 まもなく博多駅である。




「―――だから別に取って食おうって訳じゃないですの」

 熾条鈴音は待ち合わせ場所で携帯電話を耳に当てていた。
 通話の相手は待ち合わせ相手ではなく、それらを送り出した少女だ。

「はあ!? お兄様ではなく、瀞さんの心配ですの?」

 そこらで買ったペットボトルのお茶を口に含む。

「まあ、瀞さんが心配させる雰囲気であることに間違いはないですが・・・・」

 兄と共に暮らす少女は、見た目通りの儚さではない。
 ここ一番の勝負では、鈴音を凌駕するのではなかろうか。

「奇人変人の巣窟って・・・・燃やしますの。・・・・ええ、例え事実だとしても」
「―――事実かよ・・・・」
「あら?」

 いつの間にか待ち人が到着していたらしい。
 複数泊の着替えと思しきに荷物と幼女を背負っている。
 その幼女にあめ玉を渡す少女もセットでまるで違和感がない。

「随分所帯慣れしましたですの。・・・・ああ、切りますね」

 電話口はまだ何か言っていたが、大したことではないことにして通話を終える。

「ようこそ、博多へ。・・・・そして、熾条宗家へ」

 和服姿の鈴音は一礼し、一行を迎えた。

「さすがに一度は顔を出さないと、な」
「先日、お祖母様にお目にかかるまではその気がなかったくせに」
「〜♪」

 ふたりの祖母は先代の熾条宗主であり、現在の熾条宗家を作り上げた戦略家だ。
 "悠久の灯"・熾条緝音。
 物静かな出で立ちだが、いざ戦場に立てば高位術式の連発で反撃のいとまを与えずに殲滅する。
 おおよそ忍びの戦いとは言えないが、末端を震え上がらせる大火力は炎術最強という地位のトップに立つ人間に相応しい。

「ま、いい加減自分で飛んでいこうとするお母様を宥めるのも飽きてきたので、ちょうど良い機会です」
「母親、か・・・・」

 一哉が遠い目をする。

「自分が最後だって拗ねてるですの。昨日も我慢できずに飛び出そうとしたのを止めようとした分家一家が壊滅したわ」
「え? それって・・・・止められたの?」

 熾条宗家の分家を壊滅させるだけの個人戦闘力を有していることもそうだが、それで何故止まったのかが気になったのだろう。

「ええ、単純に終電の時間が過ぎたのです」
「おい、行くのが嫌になってきたぞ」
「別に良いですが、その場合、確実に追いかけますの」
「・・・・・・・・・・・・因みに、どのくらい強いんだ?」
「"鉄火の灯"・熾条琴音。まあ、お父様を相手に数秒で決着が付くほど・・・・っとこれは参考になりませんですの」

 「親父もしぶといんだが・・・・」と納得いかないようだが、あのふたりのじゃれ合いなど参考にはならないだろう。

「前に教練で私の部隊を電話しながら壊滅させたですの、素手で」
「素手で!?」

 瀞が驚くのも無理はない。
 鈴音の部隊は全て諸家で形成されているが、訓練された重火器部隊だ。
 熾条流戦闘術は、炎術を基本とした白兵戦だが、現代戦はまず近づくのが大変。
 鈴音の部隊はそれらを援護するための部隊であり、常に先鋒と共に駆ける精鋭部隊だ。
 それを素手で壊滅させるなど、ただ者ではない。

(オマケに普段は虫も殺せぬようなおっとりとした人ですの)

 笑みに種類があるのか、同じように見える笑みでも相対する人の表情が違う。

「・・・・なあ、国外逃亡していいか?」
「別に良いですが、その場合、確実に追いかけますの」

 海外程度で諦める御仁ではない。

(なのに、13年前に諦めたのは、私が小さかったから、と思っていいですの?)

「大丈夫! こっちゃんはいい人だよ!」
「ある意味、緋が一番強いかもしれませんの・・・・人間関係的に」

 一哉が出奔し、取り残された緋を娘同然に可愛がったのが、緝音と琴音だ。
 幼心ながら緋に嫉妬したこともある。

「さ、いい加減、行くですの。じゃないとあの人が突撃してきます」
「ああ、どこから行くんだ?」
「そうですの。・・・・とりあえず、あの扉を潜りましょう」

 鈴音が指差したのは、ちょっと奥まったところにある、アンティークな感じがする扉だった。

「この建物の地下とかなのかな?」
「あ」

 あっさりと瀞が開けてしまう。


「――― 一哉ぁっ!? 会いたかったわぁ〜」
「むぎゅ!?」


 次の瞬間、瀞が何者かに抱きしめられた。そして、そのまま扉の向こうにさらわれる。

「あ〜」

 額に手を当て、鈴音は扉を潜った。
 そこでは予想通りの光景があり、ため息をつく。

「あ〜ん、柔らかいわ! おまけにいいにおいがするわ! 息子ってこういうものなの!?」
「違うですの、お母様。それはお兄様ではありません」
「・・・・あら?」

 正気に戻った和服の女性は自分の胸で窒息しそうになっていた瀞を解放した。

「あらま、可愛らしいお嬢さん」
「きゅ〜」

 目を回した瀞を優しく地面に降ろし、一哉の方に視線を向ける。

「あら、あの人の若い頃にそっくり」
「それは嫌だ」
「ふふ」

 にっこりと笑いながら一歩、一哉の方に踏み出した。そして、それに応じるように一歩下がった一哉を、いつの間にか取り出した拳銃で撃つ。

「ええ!?」

 瀞の悲鳴は二重の意味があった。
 ためらいなく撃ったことと撃った弾丸が融解し、まるで触手のように一哉を拘束したことへの驚きだ。

「ふふ、逃げられませんよ」
「付け加えると、この人、炎術を発動する時に銃を撃つのが・・・・」
「起動キーなのか?」
「趣味ですの」
「最悪だな!?」

 "鉄火の灯"・熾条琴音。
 白兵戦主義の熾条宗家にあって、"鉄火"――銃器に手を出した変わり者。
 時に本物の弾丸を、時に炎術を起動するその戦闘スタイルは、居合いの達人のように、相対した者を惑わせる。
 かつて、熾条宗家の先鋒を駆けたのが、彼女である。

「い、一哉! 逃げるのだ!」
「・・・・間抜けだな、親父」

 炎の触手でグルグル巻きにされた男が転がり出てきた。

「あ、おじさま、お久しぶりです」

 暢気に挨拶している瀞が天然だ。

「お父様・・・・また何かやらかしたんですの?」

 "戦場の灯"・熾条厳一。
 指揮した戦いで一度も死者を出したことがない、優秀な戦闘指揮官だ。
 ただ、今はその面影もない。

「ふふ、13年ぶりの息子〜」
「ぅお!?」

 一哉がぎゅ〜と抱きしめられた。

「はぁ・・・・ほどほどにするですの」
「うん、13年分を・・・・ほどほどにします」

 琴音は一哉を抱き寄せ、額を合わせて間近から覗き込む。

「一哉、お母さんですよ」
「・・・・この家族は名乗りが一緒なのか?」
「あら、私は違ったと思うですの」
「俺から見た続柄を言うのと、自分から見た続柄を言うのと大して変わらないことないか?」
「そんなどうでもいいこと言う暇があれば、さっさと登るですの」

 「そのオプションをつけたまま」と続けた鈴音が階段に脚をかけた。

「ぅわぁ・・・・登るんだ」

 瀞がげんなりする。

「熾条宗家名物、"地獄の階段"。イベントは、階段落ち?」
「違うぞ!?」

 階段の上でスタンバイ(?)している父を見上げ、鈴音は数段上から振り返って言った。

「何はともあれ、おかえりなさい、お兄様」
「ふふ。しーちゃんもようこそー」

 緋が満面の笑みで瀞の手を引っ張る。

「すっかり懐いているのですね」

 一哉の背にしがみつく琴音が、振り返って言った。
 琴音の表情は優しい。
 聞くところによると、もうひとりの娘のような存在らしい。

「あなた、これは、緋は一哉の妹ではなく、娘なのかもしれませんね」
「娘?」
「ええ、可愛らしいお嫁さんと娘を連れて里帰り。・・・・ふふ、夢のようですわ」
「なっ!?」
「・・・・っ!?」

 目を細め、うっとりとした表情で言われた言葉に、一哉と瀞は赤面した。



 熾条宗家本邸は百段を超える大階段から始まる。
 その上には櫓門があり、そこを超えれば邸内だ。
 最初に客を迎えるのは神社の本殿のような総合棟である。
 その左右に諸家や分家の屋敷が建ち並び、総合棟の奥が熾条宗主家の屋敷だった。
 結城宗家や渡辺宗家のような武家屋敷ではなく、平安時代を思わせるような造りだ。
 その"空間"の入り口は博多の至る所に設置されているが、転移される場所は必ずここである。
 過去に数回、ここに敵勢力が攻め込んだことがあったが、大階段を突破したものはいなかった。



「―――で、聞かせてくれるんだろうな」

 一哉は出された茶を飲み、本題に入るように促した。
 上座には厳一と琴音が座り、琴音の膝に緋が頭を乗せて寝ている。

「あの〜、ここまで案内して貰ってなんですが、私いていいんです?」

 そろそろと手を上げる瀞は一哉の隣に座っていた。
 因みに鈴音は一番下座に座ってブスッとしている。

「お前は俺の知識補完だ。お前も<色>持ちなんだろ」
「う・・・・そうですけど・・・・」

 いまいち頼りない感じだが、水術師最高峰の術師で、渡辺宗家の聖剣<霊輝>を持つ瀞である。
 伝説級とも言っていい術者なのだ。
 そして、一哉も第二次鴫島事変でとある能力を発現した。
 それは―――



「―――<蒼炎>、だな」



 厳一は腕組みしながら厳かに言った。

「<色>とは宗家の初代と伝わる者たちが修めていた特殊技能だ」

 宗家という組織が成立したのは別々だが、原型となるものが成立したのは同時期だとされる。
 神代の伊吹が未だ残る古代に霊的大戦が勃発し、その折に六属性の精霊術師が活躍した、という伝承が残るのだ。そして、その六属性の精霊術師を率いた者たちは全て変わった術を使ったという。
 <蒼炎>、<白水>、<翠風>、<紫雷>、<黒土>、<紅森>。

「最高峰と言われるが、伝説級の術者が発言した能力、というだけだ。・・・・だが、熾条宗家の<色>持ちだけは意味が違う」
「<蒼炎>の能力者は、後に逆賊として、朝廷に逐われるのです」
「朝廷に!?」

 古代において朝廷とは強大だ。
 それに睨まれた、となると・・・・。

「・・・・それでよく、無事だったな」

 今で言えば、社会的に抹殺されるようなものだ。
 いや、同時に指名手配的な扱いを受けただろう。

「・・・・いや、だからこそ、忍びの一族であり、この本邸、か・・・・」
「そういうことだ。熾条の一族は朝廷に追放された後、隠れ住むことを生業にし、いつしか忍びとなった」
「今でも朝廷・・・・皇族と仲が悪いのか?」
「よくはない」
「宗教系組織とかは熾条宗家を蛇蝎の如く嫌っているものもありますよ」

 宗教系組織は皇族に忠誠を誓っている。
 そして、完全に実力主義である精霊術師とは違って伝統を重んじるため、緝音時代のやや強引な拡大を危険視している。
 そこにかつて朝敵となった伝説級の術者の能力を受け継ぐ術者が生まれたとなれば、どうだろうか。
 かつての朝敵の目的不明な急速拡大、伝説級の術者の誕生。
 そこから導き出されるひとつの仮説。

「・・・・朝廷の打倒?」
「それが数百年、いや、千年に及ぶ長い間隠れ続けた熾条宗家の野望だと思う者もいてもおかしくない」

 今の世の中では朝廷の指示がなくとも、宗教系組織は動く。
 また、それを根拠にSMOが動く可能性も高い。

「だから、一哉を連れて海外へ行ったのだ」
「対応は政治力の高い現宗主に全て任せて、ね」

 琴音が呆れた声を出した。

「・・・・私にも相談せずに」
「は、はは・・・・」

 続いた低い声音に顔を引きつらせる厳一。

「・・・・待て。俺が<蒼炎>を発現させたのは、あの戦いが初めてじゃないのか?」
「ああ、違う」

 厳一は頷き、記憶を探るように上を向く。

「3才。出奔の3日前だ」

 当時、熾条宗家は拡大期にあり、それを阻むSMOと全面戦争一歩手前になっていた。
 このため、SMOは次代の主力となる一哉を暗殺しようと、幼稚園帰りを襲撃した。

「迎撃自体は緋が動いたが、一哉も自衛のために無意識のうちに能力を発動させ・・・・<蒼炎>を発動した」

 敵は瞬時に壊滅したが、暴走状態に入った一哉は護衛や緋を吹き飛ばし、派手に能力を振るった。

「それを止めたのが、初代宗主のものと伝わる短剣だった」

 一哉を初代宗主の生まれ変わりと見ていたのは外部の者だけではない。
 宗家もそう思い、初代の形見を渡していたのだ。

「護衛の者が言うには短剣が蒼い炎を断ち切り、ひとつの形へと転じたという」
「・・・・まさか・・・・」

 一哉は左手首を握った。そして、次の瞬間、その手には一振りの打刀が握られていた。

「<颯風>か?」
「そうだ。それは神具ではない、とされているが、それに準じるものだろう」

 実はよく分かっていないらしい。

「とにかく我々の出奔は一哉を守るためと熾条宗家とその他の全面戦争を避けるため、ということだ。その理由が<蒼炎>、ということとなる」
「因みに宗主と他組織との非戦条約を破った、自称・武闘派の皆さんにはこの世から退場して頂きました」

 琴音がおっとりと笑った。
 事実、一哉の出奔が伝わるまでの1年間、琴音は九州の外に出ることを厭わず戦い続けた。
 そのほとんどが突出した琴音を熾条宗家の部隊が追いかけるという様相だったという。
 結局、大半の反熾条宗家がこの時に壊滅したらしい。

「子どものためにならば鬼になれる。それが母というものです」

 チラチラと拳銃を袂から見せる琴音。

「・・・・・・・・・・・・去年の今頃、皇族と熾条宗家はとあることで和解した。そして、前宗主、一哉から見た祖母の連絡を受けて帰国した、というわけだ」
「なのに、密かに帰国していて音川なんて場所にいるなんて」

 頬に手を当て、ため息をつく琴音。

「思わず連れ戻すように鈴音を派遣させてしまいました」

 「あまり見ないでおこう、今後のために」と考えた一哉は、顔を引きつらせたままの厳一に向き直った。

「・・・・なんで音川だったんだ?」
「それは知らん。私たちは戦術家で、戦略は現宗主や前宗主が担当しているからな」
「知りたければ直接訊け、ってか」
「ああ、その下で働くならば聞くことができるだろう」

(熾条宗家のこと、出奔、<蒼炎>、<颯風>のことは・・・・さわりだけでも聞けた、ということか。だが、わざわざ朝廷が動いたという事態が起きた、と・・・・)

 一哉はそう考え、瀞を見た。

「ん?」

 朝廷などと言う大きなことを聞いたというのに、瀞は変わらぬ笑みを浮かべて小首を傾げる。

「俺はこれからも退魔界と関わり合うため、俺の祖母とやらに乗ろうと思うが、瀞はどうする?」
「何を今更」

 くすりと瀞が笑った。

「言ったでしょ? 一哉の敵と戦う、って」
「なら決まりだな」

 一哉は瀞の覚悟に頷く。

「陸綜家、とやらに入ってやる」

 こうして一哉の新学期からの活動方針が決まった。










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