短編「伊達眼鏡の謎」
煌燎城。 陸綜家の本拠地であり、敵を引きつけて戦う城として、初夏にSMOの大軍を撃破した武闘派の城だ。 その戦いの爪痕は色濃く残っているが、防御を担当する施設の復旧は済んでいる。 といっても、第二次鴫島事変の戦利品だった現代兵器は、再配備できていなかった。 このため、現在の城を守る術の大半は、鎮守流建築から来る裏の技術である。 「―――どわぁ!?」 自律式術式のため、時々味方が罠にかかるのは、ちょっとした愛嬌(?)だった。 「―――政くん、あまり来ないんですか、この城」 夏休みに入ったとある日のこと。 唯宮心優はやっとのことで追いついてきた穂村直政に言った。 彼女は階段に腰かけており、彼はその前で膝に手を当てて荒い息を吐いている。 「こんな初歩的な罠に引っかかるなんて・・・・」 先程罠にかかって見事に階段落ちを敢行したところだった。 因みにふたりがいるのは、三の丸と二の丸を繋ぐ大階段だ。 「いや、大階段はあんまり・・・・」 直政が来ていたのは二の丸にある転移門だった。 だから、この大階段はほとんど使っていない。 今日ここを使っているのは、二の丸の転移門が点検中だからだった。 「でも、この城自体にはちょくちょく来てた」 「ああ、だから、ちょくちょく反応が消えていたのですね」 「? 反応?」 「あ」 気になる言葉に顔を上げれば、心優は素の声を出した。そして、繕うように笑顔を浮かべる。だが、口元は引き攣っているし、脂汗らしきものも確認できた。 「さ、さあ、早く上ってしまいましょう」 「じゃないとここから動きたくなくなっちゃいます」と運動音痴の心優が腰を上げる。 「じー」 ツインテールが揺れる頭を凝視しながら後に続く。 だんだんと心優の動きがぎこちなくなり、階段最後の段につまずいて転びかけた。 「おっと」 心優を注視していたおかげか、肩を掴んで転倒を阻止する。 「あ、ありがとうござい、ます?」 礼を言う途中で、心優の視線が上に流れた。 「?」 釣られて見上げれば、大階段終点に設けられた冠木門――戦前は立派な櫓門――の屋根にひとりの子どももが座っている。 黒と茶色の斑模様の髪を肩まで伸ばし、少し大きめのワンピースのような服を着ている姿からは、性別は分からない。 だが、年の頃7、8才の子どもはじっと直政を見ていた。そして、その右耳には無骨なインカムが装着されている。 「電波源発見」 やや感情に乏しい声色に、直政は心当たりがあった。 (もしかして、【叢瀬】・・・・?) 「お兄さん、ちょっと屈んで」 「え!?」 高さ4メートルはあろうかと言う場所から音もなく降り立った子どもが、直政を見上げて言う。 「あ、ああ・・・・」 子どもの正体に予想がついた直政は何も考えずに膝を折った。 「んっ」 ―――ポン! 子どもの手が直政の眼鏡に伸びて気合を入れた瞬間、間抜けな音を立てて煙が上がる。 「ぅお!?」 思わず悲鳴を上げて後ずさった直政は、眼鏡を外した。 伊達眼鏡であるために視力に問題はない。 「謎の電波源消滅を確認」 どこかに通信した子どもが満足げに頷いていた。しかし、その表情が曇る。 「え? 外への通話目的の電波じゃないから放っておいてよかった?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 フレームが歪んだ眼鏡と直政の顔を往復する子どもの視線。 「ごめんなさい。変な電波がお兄さんの眼鏡から出てたから」 「変な電波?」 「位置情報を送るもの。つまり、その眼鏡は発信器」 「発信器!?」 子どもは直政の叫びに応えるように、直政の手にあった眼鏡を指さす。 「あ・・・・」 すると、ネジが抜け落ちてフレームの中身が露わになった。 そこには数ミリ単位の焼け焦げた機械がある。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 長い沈黙が、直政と心優の間を支配した。 子どもは何か致命的なことをやらかしたと悟り、本能に従って逃走する。だが、直政も心優もその背中を追いかけようとはしなかった。 「発信器、ね」 「・・・・ぅぅ」 この眼鏡は心優からのプレゼントだ。 壊れても新しいものを持ってきた。 それは直政の位置情報を把握するためだったらしい。 「だって仕方がないじゃないですか!」 心優は逸らしていた顔を直政に向け、目尻に涙を光らせながら詰め寄った。 「初陣の日、ボロボロになって帰ってきた政くんを見て、無事に帰ってきて安心したと同時に背筋が凍えました!」 「いつかわたしの与り知らぬ場所で政くんが命を落とすんじゃないかって!」と叫びながら、直政の胸を弱い力で叩く。 「わたしはどうやっても政くんの隣で戦えない。・・・・守ることはできない!」 だから、せめて場所を把握し、危ない場所に行こうとすればそれとなく阻止しようとしたのだろう。 昨年の音川地下鉄駅事件で直政は駅に向かっていた。しかし、途中で現れたヘリに拉致され、事件に遭遇せずに済んだ。 あの事件は情報が錯綜したせいで、発生から周囲封鎖まで時間がかかり、数多くの人間が発生後に地下鉄駅に入った。そして、多くの死傷者を出している。 (あれはどこからか情報を得た心優が、俺の位置情報から目的地を割り出して事前に防いだんだろうな・・・・) 聞いた話では、熾条一哉、渡辺瀞、結城晴也、結城晴海、山神綾香、SMO近畿支部主力部隊が関わった事件であり、それだけの戦力を投入しても制圧には多くの被害を出したのだ。 <絳庵>も持っていなかった直政では、最悪死んでいた可能性がある。 (この点については感謝だな) 「聞いてますか!?」 「お、おう・・・・」 心優の剣幕に我に返った直政は、適当な相槌を打った。 「よかったです。だから、次もちゃんとプレゼントしますね♪」 泣き顔一点、満面の笑みを浮かべた心優が踵を返す。 「え? あ、おい! さっき何て―――」 「『心配なんでまた発信器付けていいですか』って言ったんです」 「嘘だろ!?」 「えー、さっき聞いているって言ったじゃないですかー」 棒読みチックに心優が言う。 その態度から導き出される答えはひとつ。 「俺が聞いていなかったのを知ってて言ったな!」 「聞いていなかった政くんが悪いんです。真相は全て闇の中です!」 「こら待て! もしかしてさっきのいい話も全部でまかせか!?」 「きゃー」とわざとらしく悲鳴を上げながら逃げる心優を追う。だが、その鬼ごっこはあっけなく終わった。 「・・・・痛いです」 「見事に転んだしなぁ」 「政くんは見事に罠にはまりましたけどね」 ふたりは突っ伏しながら痛みに耐えている。 罠を察知して回避した心優は、そのままバランスを持ち直せずに転倒。 その罠に気付かず突っ込んだ直政は、罠が発動して吹っ飛んでいた。 「―――あんたたち、アホ?」 地面に倒れたままのふたりを、ゴミを見るかのような目で見下ろすポニーテール少女。 トレードマークは肩に担いだ漆黒の鉾だ。 時々、ファイアーボールも飛んでくるぞ♪ (・・・・って、アホか) 直政は自らのテンションが馬鹿らしくなって身体を起こす。 「なんでこんなに罠がいっぱいあるんだ?」 「敵に備えているからじゃないかしら?」 ポニーテール少女――鹿頭朝霞は二の丸の武者走りを歩きながら答えた。 「・・・・なんで平時も歩くような場所に?」 「・・・・・・・・・・・・そこは平時でも歩かない場所よ」 「「え?」」 声をそろえたふたりを、ため息交じりに見下ろす朝霞。 「敵軍が雪崩れ込んだ時、普通は歩きやすい場所を駆けるんじゃないかしら?」 「それは当然ですね」 心優が首肯する。 「なら、そこに罠を仕掛け、平時には歩きにくい場所を歩けばいいんじゃないかしら?」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 理屈は理解した。だが、言いたいことがある。 「なんで教えられてないんだ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直政の疑問に、朝霞が空を見上げて考え込んだ。 そんな考えるスタイルにもかかわらず、ものの数秒で答えが出たようだ。 「罠にかかっても丈夫だから大丈夫と思われたんじゃないかしら」 「ひでぇ!?」 「もしくは地術で感知できると思われたか」 「炎術師と同じくらい神秘性に弱いわ!」 「はたまた忘れてたもしくは面倒、引っかかって死ねと思われたか」 「なおひどいわ! 特に最後!」 渾身のツッコミを入れ、肩で息をする直政の裾を心優が引っ張る。 「なに?」 「楽しそうでズルいです」 「楽しかないわ!」 ツッコミを受け、心優は嬉しそうに微笑んだ。 かまってもらえて嬉しかったようだ。 「もう、意味わかんねぇ・・・・」 崩れ落ちるように膝を着く直政。 「まあ、とっとと罠の中心地から離れ・・・・って、遅かったか」 「もっと早く言えよぉ!!!!!!!」 古典的で効果的な罠――落とし穴にはまった直政は、喉よ嗄れよとばかりに叫んだ。 「―――遅かったな」 ようやく辿り着いた本丸で、熾条一哉が待っていた。 相変わらず、幼女をまとわりつかせた無表情にギャップがあり過ぎである。 「罠がいっぱいあってな」 「罰金だな」 「何でだよ!? 迷惑被ったの俺だぞ!?」 「罠ひとつにいくらかかっていると思っている? どうせ無傷なんだから、治療費も請求できないだろ」 「ぅぐ」 「罠にかかっても無傷と分かっていたから伝達しなかったけど、思わぬ出費だねっ」 「お前か!? 俺に罠のことを教えなかったのは!?」 音が鳴りそうなほど鋭く一哉を指さす。 行儀が悪いと言われようとも関係ない。 「この男、マジで許すまじ」と一戦も辞さぬ覚悟で【力】を込めた。 「ちょっと入院していたんだ。誰かさんに殺されかけたせいで」 「一哉は何気に病院の常連だよね」 「余計なことを言うな」と緋の頬をつねる一哉。 だが、力が弱いのか、幼女はにこにこと笑っている。 「でも、あの総髪娘は知っていましたよ?」 心優が小首を傾げながら言った。 総髪とはポニーテールの日本語だ。 つまりは朝霞のことである。 「ハッ。もしかして彼女はお見舞いと称してかいがいしくお世話とかしていたのでは!?」 キラキラと瞳を輝かせる。 「いや、あいつ部隊長だから鎮守側から直接伝達されている」 「なんだ、つまらないです」 色気も何もない返答から、急に興味を失い、足下の石を蹴る。 「ふぶっ!?」 「ああ、政くん!?」 それが何かに当たり、爆発音と共に直政が吹っ飛んだ。 「や、やるじゃあないか、心優」 「あ、あはは・・・・。政くん、ほんと丈夫ですね」 「お前ら、これ以上罠を壊すなら帰れ」 普通にしていてもコントのような状況に、一哉はこめかみを抑えながら言う。 「まあ、これからはちゃんと連絡が行くと思うぞ、御門宗主と凛藤宗主」 「それはよかったです」 「後、ちゃんと発信器直しとけよ。結構便利だから」 「分かりました。・・・・・・・・・・・・って、時々通信傍受していたのはあなたですか!?」 「俺じゃない、【叢瀬】だ」 「あの銀髪車椅子電波娘ですね。人の苦労を知らずに甘い汁をすすろうなどと・・・・ッ」 「キミたち、プライバシーを何だと思っているのかね?」 ふたりの物言いに、今度は直政がこめかみを抑えていた。 「プライバシーとは本気で知る権利を行使する者には無意味な防壁ですね」 「同感だ。知られたくないことがあるなら守らなければならない」 「お前ら最悪だよ!」 『全く、御館様はもう少し余裕と言うものを―――ォオオオオオオォォォォォォォォォ』 「久しぶりに出てきて偉そうな口をきいてんじゃねぇ!」 ポケットで寝ていた刹が目を覚まして発言したところをひっつかみ、本丸から投げ捨てる。 因みに城壁の向こうは数十メートル下の堀までノンストップである。 「ぜはー・・・・ぜはー・・・・」 再びツッコミの嵐に肩で息をする直政。 「もう、俺の周りにはボケしかいないのか?」 「政くん、ボケとツッコミは磁石のようなものですよ」 「・・・・どういう意味?」 「ツッコミ体質の政くんにはボケ体質しか寄ってきません!」 「お前らもボケ同士で反発しとけよ!?」 「わたしは全てのボケを弾くことを目標としていますよ!」 心優の右手がピストルを象った。 「物理的に弾くな。というか、やくざ用語言わない。お前が言うと本当にやりそうなんだよ」 「拳銃なんて裏ルートで意外と簡単に手に入りますよ? ねえ?」 「まあな」 「止めて! 善良な一市民に社会の裏を教えないで!」 片や大財閥の娘。 片や一般人が持つ裏社会イメージそのものの世界で育った男。 ふたりの半生に比べれば、直政のそれは平平凡凡なのだ。 『というか、御館様はどうして呼ばれたんですか?』 「そうだ! それだ! 本題を話そう」 ツッコミ体質でも、いつの間にか戻ってきていた刹へのそれはしない。 『・・・・・・・・・・・・・・・・』 少し寂しそうにしているが無視。 「本題?」 せっかく話題を変えたのに、早くも暗雲が漂ってきた。 呼び出した当の本人が眉をひそめて首を傾げているのだ。 「俺が本丸に着いた時、『遅かったな』とか言ったじゃねえか!?」 いい加減、槍で突いてやろうかと思うが、疲れるほどの全面戦争になるから止めておく。 「いや、お前がここに辿り着いたので要件は終了だ」 「は?」 「・・・・・・・・つまり、政くんが呼んだらちゃんと来るかどうかを調べたかった、です?」 「その通り」 辿り着いた予想を、さすがの心優も顔を引き攣らせながら口にした。しかし、一哉はその予想を大真面目に肯定する。 「ふっざけんじゃねええええええええええええええええっ!!!!!!!!!!!」 今度こそ直政は、ツッコミと称して一哉を攻撃した。 空気を裂いて飛翔した石礫を焼き尽くし、一哉は緋を抱えて逃走する。 「いちや! これで容赦なくこき使えるねっ」 「ああ、全くだ」 「待てや、こらぁっ!」 照りつける夏の太陽の下、「やっぱりこいつは信用ならない」と改めて思った直政だった。 「元気ですね♪」 一哉を追いかけ回す様を幸せそうに眺め、心優は腰の高さくらいの石垣に腰かける。 ――カチリ 「あ」 『「ぐふっ!?」』 途端に発動した罠が、直政&刹を本丸から城壁向こうへと弾き飛ばした。 「発信器ないので探すのが面倒です! 早く帰ってきてくださいね!」 「少しは悪びれろぉぉぉ――――――――――」 尚、ひとりと一匹が心優と合流したのは1時間後であったことは余談である。 |