短編「9周年&サイト移転記念」
「―――長く続きましたね」 わたし――唯宮心優は2階の自室にて自身が編むマフラーを見落としながら満足げに頷いた。 「・・・・・・・・・・・・いえ、そちらではなく・・・・」 目の前で『9周年! 9周年!』と書いたプラカードを持って踊る人が邪魔です。 いえ、サイズ的には手のひらサイズなので、物理的に邪魔と言うより精神的になんというか、こう、なんでしょう。 『9年も続いたので言葉にならない何かがあるんだ――ゲフッ』 上から降ってきた何かを、思わず掴んだ毛玉で殴打した。 「あ・・・・」 窓の外まで飛んでいく何かと毛玉。 窓に駆け寄って下を覗き込んでみれば何かは消えていて、ドーベルマンが降ってきた毛玉で遊んでいる。 「あの毛糸はもう使えませんね」 もったいないが、犬の毛が混じった毛糸はダメです。 「しかし困りました」 実はこれから政くんと出かけるのです(デートですよ! ・・・・たぶん)。 だから同じ毛玉を買いに行っていては間に合いません。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、こうしましょう」 わたしは立ち上がり、プラカードに足の指を打ち付け悶絶しました。 持っていた人はその衝撃でどこかへ飛んでいきましたが、無視です無視、うう~。 「―――まぁさぁく~ん」 屋敷2階廊下から伸びる出窓――飛び出た窓なので――から直接に隣家――穂村邸に住む幼なじみを呼びました。 この出窓を作った時に「日照権の侵害だ!」とか叫んでいましたが、だったら窓のカーテンを開ければいいと思います。 「お~い」 出窓を開け、"コンコン"と直政部屋の窓ガラスを叩く。 そうなんです! ここで政くんが窓を開ければそのままお部屋にお邪魔することができる素晴らしい仕様なんです。 わたしが誰かに自慢している間にカーテンの向こうで影が動きました。 「・・・・なんだよ? 約束の時間にはまだ早いぞ」 いつも通り眼鏡をして、ややぶっきらぼうに言います。 えへへ、かわいい。 「・・・・心優?」 おっとトリップしていると、怪訝そうに見られました。 「はい、わたしがこうしてやってきたのは他でもありません!」 「割と来てるからその発言はどうかと思う」 「毛糸をください!」 「聞いてねえな、こいつ!?」 小気味いいツッコミです。 これだから政くん弄りは止められません。 「亜璃斗の部屋にあると思うんで取ってきてください」 「何でお前が亜璃斗の私物を把握してるんだよ」 と言いつつも亜璃斗の部屋に探しに行く政くん。 でも、その時に窓を閉めてさらに鍵をかけなくてもいいと思うんです。 鍵を入手すればいい玄関と違って窓は外から開けられないんですから。 「・・・・あったぞ、これ?」 「そう、それです」 これまで使っていた毛糸とは違いますが、背に腹は替えられません。 「ありがとうございます」 お礼を言って手を出すと、政くんは何とも言えない表情で毛糸を渡してくれた。 「後でちゃんと亜璃斗に言っておけよ」 「はい」 全てが終わってから言うとしましょう。 おそらく忘れていると思いますけど。 「―――で、来ねえし」 俺――穂村直政は約束の時間になっても来ない幼馴染みを呼ぶために彼女の家の前にいた。 奴が作った謎の「政くんホットライン街道」は使わない。 ってか、朝起きたらいきなり渡り廊下ができていてびっくりした。 唯宮家で働いている使用人に聞いたら、別の場所で作った奴を連結したらしい。 「わたしにも一夜城はできるんです!」とか叫んでいたけど、張り合っても仕方ないと思う。 「うぃーす」 顔見知りの警備員に適当な挨拶をしながら門を潜り、番犬代わりのドーベルマンをあやして屋敷に入る。 そこで顔見知りの使用人に会っても挨拶で終わらせる。 今思うけど、俺が泥棒だったらどうするんだろう。 いや、廊下の壺とかの価値も分からんけど。 ほら、今そこに黒い人型の何かが「サイト移設中~。新URL:http://sazanamiakane.yakiuchi.com/」とかいう看板を掲げてるぞ、高そうな小物を背負いながら。 不法侵入者だ、何とかしろ、使用人's。 「心優~、時間だぞ」 そうこうしている内に心優の部屋の前に着いた。そして、容赦なく扉を開ける。 なお、扉前で『9周年! 9周年!』と書いたプラカードを持った何かは蹴飛ばしておいた。 「待っていましたよ、政くん!」 「・・・・ならちゃんと待ち合わせ時間に来いよ」 なんだよ~、遅刻は確信犯かよ~。 ガックリ来た。 今、俺の肩は分かりやすく下がっているだろう。 「政くん、ちょっとこっち来て立ってください」 「無視かよ」 まあ、いつものことなので気にせず言われた通りに部屋に入って心優の立った。 「よい、しょっ」 ふわっと柔らかなものが頭の上を越える。 それは隣に立った心優の手に繋がっていた。 「これってマフ―――ラ゙ァァッ!?」 「ふぎゃっ!?」 ぐいっと引っ張られたマフラーに引き寄せられた俺の側頭部と心優の側頭部が激突する。 鈍い音と共に視界に火花が散り、俺は幹部を抑えて蹲った。 涙目で隣を見れば心優も側頭部を抑えて悶絶している。 「な、何がしたかったんだ?」 心優が持つマフラーは一人用にしては長い。 ということはそういう使い方なんだろうけど・・・・。 「おかしいですね、いろいろ試したんですけど」 心優はマフラーを手に首を捻っていた。 「やっぱり正規の毛糸を使わずに代用品に手を出したのが間違いでしたか。でも、そうしないと間に合いませんでしたし・・・・」 「お、おい、心優?」 ひとりでぶつぶつと。 これ以上頭がおかしくなると大変だ。 「よし、こうすればいいですね」 「お、おい?」 今度は背中に回ってどうした? 「って、うお!?」 またマフラーが頭上を越えて回ってきた。そして、背中に心優の温もりが・・・・。 温もりが、うん、おまけにいい匂いもする・・・・。 「できました! やはり背中合わせだと必要な長さが隣り合う時とは違いますね!」 何やら勝ち誇っているが、俺の脳裏に占めるのは心優の背中と香りだ。 いつもと違う香りな気がする。 やっぱり出かける時は違うんかな? なんかマフラーからもいい匂いがしてきた。 あー、やばい、今滅茶苦茶顔赤いと思う。 ちょうどいい、マフラーを引き上げて口元とか隠そう。 「ぐぅぅ~、ま、政くん、あんまり引き上げられると苦しい・・・・ッ」 そう言って心優がより一層体を寄せてきた。 「お、おい」 「えへへ~。でも、あったかいです」 「そ、そうだな」 「このために部屋の暖房を切っておいた甲斐がありました」 「・・・・・・・・無駄な努力だな」 「くふふ」 こちらの顔が赤いことなどお見通しなんだろう。 楽しそうに笑いやがって・・・・ッ。 「・・・・でも、あれだな」 ポリポリと頬をかいて照れくささに耐えた。 「今日は毛糸を買い足さないとな」 「そうですね! 行先に付け加えましょう!」 そう言って心優は身を離し、マフラーを巻き取る。 (あ・・・・) 離れるダブルの温もりに寂しさを覚え、同時にそれがまた恥ずかしい。 「にまにま」 「ええい、口で言いながら笑うな」 「キャーッ」 ガシッと小さな頭を掴んで揺さぶるけど、真正面にいるので顔の赤さはごまかせていないだろう。 くそう、今度絶対に仕返ししてやる。 「さ、行きましょうか、政くん。時間が無くなっちゃいます」 「いや、お前が遅れたんだろうに」 さらっと切り替える辺りはさすがだよ。 「ったく」 先を行く心優の手にマフラーはない。 まあ、ふたりでマフラーを巻いていたら二人羽織みたいな連携を見せないと文字通り首を絞めるだけだ。 案外、ふたり用マフラーとはさっきみたいにじっと寄り添いながらするものなのかもな。 絶対にくっつけるし。 「って、何考えてんだ、俺は!?」 「政くん、そんなに頭をかきむしるとハゲますよ」 「ハゲねえよ!?」 「そんな政くんも素敵だと思います!」 「うれしくねえよ!?」 「そんなことより何色の毛糸がいいですか?」 「聞けよ!?」 「―――ふたりは言い合いをしながら出かけるのであった・・・・」 「ケッ」 黒いナニカたちがふたりの背中を見ていた。 門柱の影に隠れて半身で見るナニカは怪しくて仕方がない。 「しかし、おかしい。確実に目に入っていたはずなのに・・・・。何故、9周年の文言を言ってくれないんだ・・・・」 プラカードを手に肩を落とすひとり。 「俺だって頑張って告知したのに・・・・」 高価な小物を背負ったひとりも肩を落とす。 「まあ、照れる直政の写真とかも撮ったし、アップして恥晒してやるぜ」 「何という悪党」 「盗人に言われたかない―――なんだ?」 突然影が落ちた。 「ノォッ!? 生臭い液体が頭上から!?」 ナニカは異変に顔を上げ、揃って凍りついた。 「ハッハッハッ」 そこにはナニカを見下ろすドーベルマン×3の姿が。 「マジかよ、今年は亥年だってのに、戌年は去年だぞ」 「9周年は戌年の出来事だからな」 「HAHAHA!!!」とナニカたちが何故かアメリカンな笑い声を響かせ――― 「退却!」 「緊急離脱!」 その笑い声が途切れるとともに各々の最大速度で逃走を図る。 ―――パク 「「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァッ!?!?!?!?!?」」 犬の口の中に消えたひとりの手からこぼれ落ちたカメラには、下の画像が写っていた。 |
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