第九章「赤鬼、そして鎮魂歌」/9
後に「封鬼山の戦い」と名付けられるこの戦闘は、整理すると次の経緯を辿った。 昨年から続く音川結界群の破壊により、統世学園が建つ烽旗山の封印が剥き出しとなった。 結界破壊者であるスカーフェイスを中心としたSMO監査局コードネーム持ち4人は最終結界破壊へと動く。 結果、守人・鎮守杪、そして、偶然居合わせた穂村直政、穂村亜璃斗、鹿頭朝霞、神代カンナ、叢瀬央葉と戦闘に至る。 個々の戦闘結果は引き分けが多かったが、スカーフェイスは鎮守が張った封印の【力】を転換して攻撃力に変えた魔術で封印を破壊した。 このため、音川結界群が封印していた古代の鬼の復活が決定的となる。 この鬼は、かつて『日本』という国を滅ぼしかけた朝敵であり、当時の朝廷が歴史から痕跡を消したものだった。 結城宗家初代宗主が残した『真・三八年戦争』では朝廷軍と退魔戦力を結集した決戦――乙川決戦にて多大な犠牲を払って封印した、と記されている。 古代よりも圧倒的に退魔力に劣る現代。 さらに『裏』を『表』に波及させてはいけない不文律――足枷とも――を孕む現代退魔界において、鬼の復活はこの不文律を崩壊させ、多くの犠牲を生むことは容易に想像された。 故に迎撃を任された熾条一哉は唯宮心優の投入を決める。 これは鬼が亡霊化しており、それには鎮魂の能力を持つ森術師の投入が最も効果的だった。 唯宮心優は滅亡したと思われていた凛藤宗家の生き残りであり、直系。 この役目には最適とも言える人選である。 しかし、唯宮心優――凛藤心優は滅亡時に呪いを受けていた。 ある一定の森術を使うとそれに犯されて命を落とすのだ。 一哉はそれを分かっていても要請した。そして、彼女は自らの死について理解した上で承諾する。 これにて、鬼を鎮魂して心優が命を落とすというストーリーが決定した。 この流れに介入したのが御門宗家だ。 戦闘の結果、直政は一哉を撃破したが、心優は森術で鬼を攻撃、呪いが発動した。そして、その苦しみを取り除くために渡辺瀞が心優を刺し殺した。 そう見て取った監査局特赦課課長であり、第三勢力――<祗祇(アラヤ)>の"侯爵"である神忌はさらなる戦果拡大のために介入する。 怪我を押して出陣した瀞と心優を失い茫然自失の直政を討ち取るために。 彼らを前に、絶対的優位に立つ神忌は悦に入って語り出した。 10年前から続く第三勢力・<祗祇>の暗躍を。 それはスカーフェイスと同じ結界を転換させる術を使用し、この学園内にいる全ての者を殺し尽くすことができたからである。 だが、それは破綻した。 一哉が密かに呼び戻した、神忌の天敵である結城晴也と山神綾香によって、彼の切り札は封じられる。 さらに一哉は死んでおらず、瀞も心優を殺していなかったのだ。 盤面をひっくり返す事実を受け入れられずに動揺した神忌は、一哉によって焼滅させられた。 全ては"鬼を囮とした祗祇戦力の撃破"を目的とした一哉の作戦。 相手の思惑に乗ってそれを最後で覆す。 "東洋の慧眼"、面目躍如の一戦であった。 穂村直政side 「―――って聞くと、とんでもねえな・・・・」 翌日、直政は神居市の病院で呟いた。 午前でまだ日は低い。しかし、気温はすでに上がり始めていた。 今日も猛暑日近くなるだろう。 そんな暑さに負けず、病院の中庭にいるセミがうるさいくらいに鳴いていた。だが、屋内で呟かれた声音を拾えないほどでもない。 それほど、この病院の防音性と気密性が高かった。 「はい。"東洋の慧眼"、熾条宗家の直系でありながらその作戦立案力で異名を貰った異才です」 発言したのは隣を歩いている心優だ。 「今回も作戦次元での才が光りましたね」 彼女は瀞の一撃を受けてから眠り続け、今朝にこの病院で目覚めていた。そして、直政から事の経緯を聞いた彼女が、ここ数年の裏の流れをわかりやすく整理したのだ。 一緒に見舞いをきた亜璃斗も同意見らしい。 その亜璃斗も今はやることがあると先に帰っている。 『しかし、あれほどの呪いを浄化してしまえる渡辺瀞にも驚きですが』 「"浄化の巫女"。さすがです」 心優はツインテールを揺らし、両手を広げてクルクル回って自らの健在ぶりを示す。 大窓から日光を取り入れようとも、冷房が体に悪影響が出ない程度に効いていた。 その光と環境の良さからだけでなく、心優の体からは健康体故の覇気のような様なものが出ている。 昨夜まで呪いがかかっていたとは思えない。 それもそのはず、裏に通じるこの病院で、心優の呪いが完全に消えていることを確認していた。 「渡辺瀞さんの異名は、慧眼さんとは違い、純粋な能力を表したものですから」 「それに、"風神雷神"か」 とりあえず心優の肩に手を置き、回転を止めさせる。 病院では迷惑だ。 この運動音痴は何もないところで転倒する。 回転などしていれば、その確率はほぼ100%と言っていいだろう。 せっかく健康体になったのに、怪我をさせるわけにはいかない。 「"風神"結城晴也、"雷神"山神綾香。互いの長所を最大限に生かしたコンビですね」 そんな直政の思いを正確に感じ取った心優が、にこにこと笑ってその手を取った。そして、そのまま手を繋いで歩き出す。 「主戦線である北陸を捨て、友人である熾条一哉の言葉を聞いて戻ってくるとは、ずいぶんはっちゃけた人たちです」 一哉は単純にメールでふたりを呼び出した。 それに応じ、北陸戦線から文字通り飛んできたのである。そして、神忌が結界を変貌させる前に到着。 そのまま休みながら出番を待っていた。 直政と一哉の死闘は飲み物片手に見物していたらしい。 「正直、ひとつ年上の直系たちは化け物です」 「それは思い知ったよ」 あれだけのこと、できるとは思えない。 『ポテンシャルは似たようなものだと思いますけどね』 刹が直政をフォローした。 『御館様の何がいけないのか。・・・・いえ、全てダメなんでしょうか』 「うっさいな!」 と思ったらいきなり落された。 「その圧倒的な戦闘能力を支えているのは豊富な実戦経験です」 そんなやりとりに小さく笑い、心優が話を続ける。 「その経験から確立された戦闘スタイルと自信が、政くんとあの4人の違いだと思いますけど」 「渡辺先輩はちょっと違う気がするけど?」 「あの人だってそれなりに実戦経験がありますよ」 「へぇ、そうなのか?」 正直、あの人がバリバリ戦っているのは想像ができない。 あの大けがをした戦いでも、矢面に立った時は驚いたものだ。 「うーん、去年と今年だけで『音川地下鉄事件』、『音川鬼族迎撃戦』、『第二次鴫島事変』、『煌燎城攻防戦』です」 「・・・・それはすげぇ・・・・」 鬼族戦以外は多数の死者が出た戦いだ。 いや、鬼族戦は敵戦力が壊滅と言う大打撃を与えた戦いだ。 どれも近年の裏における戦闘では大規模だった。 「しかも、ただ参加したのではありません」 右人差し指を立て、それを振りながら言う心優。 「実際に敵の幹部級と刃交えて、生き残っていますから、あの人も十分化け物ですよ」 「まあ、化け物じみているのは戦闘力ではなく、凶悪なまでの浄化能力ですが」と続けた心優はため息をつく。 「能力の神秘性でも、わたしはあの人に勝てる気がしませんよ」 「あんな【力】を持っていてもか・・・・」 伝説になれなかった鬼。 それは脅威がなかったからではない。 伝説に残したくないほどの被害を与えたから、歴史から抹消された鬼なのだ。 だが、心優の【力】は封印で弱っていたとはいえ、それを消滅させかけたのである。 (俺から見れば、心優も十分化け物だな。・・・・・・・・・・・・見た目からはそんな風には見えないけど) にこにこと機嫌よく笑う笑顔から、あれほどの【力】を持つとはとても想像できなかった。 「しっかし、心優とこんな話ができるとはなー」 「ふふ。"凛藤"としてではなく、"唯宮"としても情報は入ってきますから」 ウインク混じりに言う財閥のお嬢様。 「ってか、これで精霊術師の宗家は四から六に戻ったわけだな」 『ええ、これから陸綜家は"捌綜家"となるのでしょうか』 「わたしたちが他の宗家に匹敵する戦力を持てれば、ですね」 『ですが、御門宗家は神代家よりは上ですよ?』 「神代家にも"せん"という八尾の狐が君臨していますよ」 直政の肩に乗った刹の鼻先を指先でくすぐる心優。 「でも、神代さんには感謝だな。じゃないと心優を救いにいけなかった」 「ふふ、ですね!」 直政の視線に気付いた心優が満面の笑みで腕に抱きつく。 頬をかきながらそれを受け入れた。 『ですが、昨夜の御館様は道化でしたからね』 「うるせえよ」 肩を振って刹を地面に落とし、軽く踏みつけようとする。 「何の! 何度も同じ手には―――ぐふっ!?」 「あ、ごめんなさい」 素早く回避した先にあった心優のつま先が腹に食い込み、刹が吹っ飛んだ。 「とにかく、御門宗家も先に進まないとな」 直政は歩みを止めることなく、前へと進む。 『真面目な顔で私の背中に足の裏を載せたまま体重を載せないでいただけると―――ふぎゅるッ!?』 例え足裏にささやかな抵抗を感じたとしても、止まらないのだった。 宣言scene 「―――兄さん、みんな来たよ」 義妹――本当は従妹――の声に、直政は閉じていた目を開けた。 夏の長い日もさすがに沈み、直政が座っている縁側は室内灯に照らされている。 そんな穂村邸の庭先に関係者を集めるよう穂村亜璃斗に命じていた。 関係者とは御門宗家守護神、宗主・御門直政、陣代・穂村亜璃斗、穂村家当主・穂村直隆、その他分家の術者たち。そして――― 「やっぱり皆さん、地術師だったんですね」 凛藤宗家宗主・凛藤心優の言葉を受け、唯宮家の使用人たちは居心地が悪そうに身じろぎした。 「いつも守ってくれて、ありがとうございます」 ペコッと頭を下げた心優の笑みは、「隠していたのはお互い様だ」という意思が見え隠れしている。 使用人たちはその態度にホッとしつつも、居心地が悪いのは変わらなかった。 上座には守護神が鎮座しているのだ。 見た目は鎧兜でも、醸し出される威圧感は普段接する機会がない彼らをすくみ上らせるには十分である。 『さて、御館様、始めましょう』 「ん」 刹の言葉に頷き、直政は庭の端に立っていた心優に手招きした。 それにきょとんとした心優だったが、次の瞬間に満面の笑みを浮かべて直政の隣に腰を下ろす。そして、頬ずりせんばかりに直政の左腕を抱いてすり寄った。 「おいおい・・・・」 鼻先をくすぐる髪と香りに赤くなる。しかし、そんな場違いなふたりを亜璃斗の咳払いが現実に戻した。 それでも心優はくっついたままなのだが。 「んんっ。昨日はごくろうでした」 「兄さん、敬語はいらない」 「慣れないんだよ! ―――ったく、みんなご苦労だった」 亜璃斗の茶々にツッコミを入れる。 そうすると、していた緊張が消えたような気がした。 おそらく心優も亜璃斗も直政の緊張を分かって、敢えてちょっかいをかけてきたのだろう。 「おかげで心優を助けられた」 「助けられました」 ぎゅっと左腕に強く抱きつく心優。 「邪魔」 「あ~ん」 それを亜璃斗が引きはがす。 「・・・・・・・・・・・・でも、それだけじゃあ終わらなかったみたいだ」 コントで霧散したシリアスな雰囲気を取り戻すように、重々しく言った。 「俺はあの戦いで、御門宗家の仇を知った」 「「「―――っ!?」」」 その言葉に分家たちが震える。 『そ――むぎゅう!?』 何か喚き出しそうだった刹の頭を掴んで黙らせた。 刹を黙らせた動作で、同じく分家たちの動揺も治める。 「仇の名は<祗祇>」 噛みしめるような口調で直政は言った。 胸の内で何かが動き出しそうだったが、右手で胸を抑えることでその何かを押さえつける。 「陸綜家の敵はSMOじゃない。この<祗祇>だ」 「つまり、兄さん」 なかなか本題を話そうとしない直政に、心優を羽交い絞めしたままの亜璃斗が核心に踏み込んだ。 「御門宗家は本格的に新旧戦争に介入、多くの戦場へ出陣することになるってこと?」 新旧戦争が多くの犠牲を伴うものだと皆理解している。 すでに初戦で渡辺宗家は宗主以下多数の術者を失っているし、続く戦闘で結城・山神宗家にも少なからぬ死者が出ている。 熾条宗家は不明だが、無傷ではないだろう。 「御門宗家は"宗家"と言っても、他の宗家と比べることもできないほどの戦力」 亜璃斗はぐるりと辺りを見回す。 ここに集っているのが御門宗家の総戦力だ。 「こちらの意見も関係なく、おそらく<鉾衆>の一手として機能するのが関の山」 陸綜家の外征部隊である<鉾衆>は熾条一哉を総司令官とする。 陸綜家が抱える旧組織系の能力者を中心とした一般部隊の他、鹿頭家や【叢瀬】という半独立部隊を保有していた。 御門宗家が参戦した場合、鹿頭家と同じ扱いになるだろう。 これはかつて陸綜家を構成する勢力と同等の立場にあった御門宗家からすれば、屈辱以外の何物でもない。 「それでも関わっていこうと思う」 宣言した直政はひとりひとりの顔を見渡した。 「御門宗家は名門だ。・・・・でも、その名の上に胡坐をかく、名門を名乗る家じゃない」 確かに御門宗家が<鉾衆>の一部隊に成り下がるのは屈辱だ。だが、それ以上にそれを気にして戦場に出ない臆病者だと思われる方が嫌だ。 「戦場に出て戦果を上げ、対軍組織としての意地を見せてやろうぜ」 御門宗家分家衆に戦場を経験していない者はいない。そして、彼らの存在意義は前回の戦いですでに示されていた。 「私たちが道筋をつけ、宗主が成す」 亜璃斗が皆を見回して力強く確認する。そして、その意志に相違ないことを彼らは頷きを以て直政に伝えた。 【それが新生御門宗家の在り方、か】 守護神の呟きに、直政は大きく頷く。 「だったら、わたしは人脈とこの頭脳を駆使した参謀になりましょう!」 心優が右手を上げながら宣言した。 「いらない」 その宣言をすぐさま却下する亜璃斗。 「えー、だって、亜璃斗は陣代で現場担当ですよね?」 「・・・・そう、だけど」 亜璃斗自身、情報方面には弱くはない。 限りある情報から正解を導き出す解析力はなかなかのものだ。だが、情報収集と言う点が弱点だった。 情報がなければ解析できない。 「だから、わたしが後方支援です。必要な情報・物資は唯宮の力で集めますし」 「ぐぬぬ・・・・」 財閥の令嬢で経営の才能を持つ心優だ。 きっと助けになるだろう。 「でも、心優は凛藤宗家。御門じゃない」 「ええ、違います・・・・"今は"」 「今?」 心優の言い方に疑問を抱いた亜璃斗が問い詰める前に、心優は再び直政の腕に抱きついた。 「わたしが次代の御門宗主を産むのですから!」 「おいおいおい!!!」 とんでもない宣言に直政は焦るが、心優の抱擁を振り払うことができない。 「ですから、御門・凛藤は一蓮托生ですよ!」 「―――それが数か月遅れで貰えた返事か」 心優が顔を向けた先に、ふたりの人間が立っていた。 それに気づいた御門の術者が臨戦態勢に入るが、彼らはそれを意に介さない。 彼らの足下には氷があり、それは"宙に浮いていた"。 それが、地術師たちが彼らの接近に気づけなかった理由である。 同時に優れた術者であることを示していた。 それに気づいた分家たちは攻撃を仕掛けることができない。 「熾条一哉と渡辺瀞、か」 穂村直隆は数か月前に見た顔を覚えていた。そして、その時の増援要請も。 「・・・・宗主」 「ああ、じいちゃん」 直政は直隆に頷き、心優を伴って立ち上がる。 「御門宗主・御門直政」 「凛藤宗主・凛藤心優」 同じく名乗った心優は強く直政の腕を抱くことで言葉を託した。 それに直政は心優を一目見ることで、その意志に応じる。そして、まっすぐに一哉の目を見て宣言した。 「我らは麾下の戦力を伴って陸綜家へ合流する」 「協力、感謝する」 縁側に立って直政が見下ろし、庭で一哉が氷から下りて一礼する。 「"赤鬼"と"鎮魂の巫女"が加われば、戦略の幅が広がるな」 「あんまりこき使っちゃだめだよ」 まじめな態度を一変させ、人の悪い笑みを浮かべる一哉をおっとりとたしなめる瀞。 いつも通りの態度に毒気が抜かれたが、気になるひとことがあった。 「"赤鬼"?」 "鎮魂の巫女"は分かる。 凛藤宗家の第一女性術者に送られる二つ名だ。 「越中頭形金箔押天衝脇立兜に朱漆塗桶側胴具足」 【ん?】 「そんな井伊直政のコスプレにしているのなら、その二つ名も決まっているだろ」 「コスプレちゃうわ!」 「ああ、"井伊の赤鬼"から・・・・"赤鬼"ですか」 合点が行った心優が掌を打ち合わせる。 間抜けな会話によって、場に漂っていた緊張感が霧散した。 「ま、まあ、うん。これで陸綜家も昔に戻った、ってことだね」 やや顔を引き攣らせた瀞が胸に抱いていた緋に声をかける。 「うんっ。これで捌綜家だね!」 緋の言葉通り、御門・凛藤両宗家滅亡以来欠けていた古代の軍事同盟。 ここに捌綜家は復活した。 「ま、ようやく舞台に乗れたってことだな」 「ですね! さあ、これから私たちの時代ですよ!」 心優が握り拳を作り、鼻息強く宣言する。 「よぉし、新生・御門宗家―――」 直政が拳を突き上げ、号令をかけようとした。 その拳に皆の視線が集まり、士気が高まっていく。 そこに――― ~~♪ ―――携帯電話の着信音と言う見事な横槍が入った。 「ぅお、やべ」 直政が周囲から集めていた視線の質が変わる。 「兄さん・・・・」 「政くん、それはないです」 特にふたりの少女からの視線が痛い。 「待て、これは不可抗力だ!」 そう叫ぶも白けてしまった空気は元には戻らない。 「・・・・もしもし」 そんな空気から逃げるように、直政は通話状態にした。 『―――悪いな、突然』 「ホント悪いよ!」とツッコミを入れたかったが、声の主にそんなことは言えない。 「・・・・央葉のお姉さん」 『ふふ、"赤鬼"に覚えてもらえていて光栄だ』 銀髪車いす少女――叢瀬椅央を忘れる方が難しい。 ("赤鬼"の異名、公式ってことなのか?) 異名に公式も何もないのだが、陣営内に広く流布されていると見ていいだろう。 『さっそく本題だが、のぶはいないか?』 「のぶ」とは央葉のことだ。 「・・・・いや、いないですけど」 そう言えば昨夜の途中で離脱したという話を聞いただけで、姿形は今に至るまで見ていない。 「・・・・何かあったんですか?」 思えば央葉が戦闘途中で勝手に離脱するなど、考えられないことだった。 直政の声に真剣みが宿ったことに気がついた心優が体を寄せてくる。そして、耳に当てた携帯電話の反対側に耳を寄せた。 その体勢に直政の頬がやや赤くなるが、今はそれどころではない。 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・っ』 向こうはやや沈黙したが、やがて意を決したような呼気の後、次の言葉が伝わった。 『―――昨夜に神代家は壊滅した。・・・・神代カンナは行方不明だ。状況的に見て、賊にさらわれたと思われる』 「なっ!?」 告げられた事実に、思わず携帯電話を取り落しそうになる。 『のぶが統世学園の戦線を離脱したのはこれが理由だ』 央葉はカンナの護衛をしていた。 この関係で、各種センサーを神代神社に仕掛けていたらしい。 それが昨夜に反応、央葉は独自の判断で離脱して駆けつけた。 『のぶは賊と戦闘に及び―――敗北した』 「敗北・・・・」 央葉の持つ光は貫通能力に優れた、ある意味防御不能な一撃だ。 如何に直政でも戦車の装甲を紙細工のように貫くあれを受けて防ぎきる自信はない。 対精霊術師用の訓練を受けていた央葉が、賊=人を相手にして敗北するとは思えなかった。 「それで、央葉は?」 『神居市にある病院に狐娘と共に運び込まれた』 心優が運ばれた病院と一緒だ。 だが、それだというのに探している、ということは――― 『―――あの馬鹿、狐娘ともども雲隠れしよった』 |