第六章「鏡、そして百合の花」/9


 

「―――ようやく、終わりましたか」

 真田は鏡を掲げ、感極まったように声を漏らした。

「しかし、さすがは旧組織を代表する者たちですね」
「そうですね。十勇士もこの有様です」

 香里奈――"霧隠才蔵"は手に持った鉄砲を掲げる。
 それは"筧十蔵"。
 香里奈の手には鎖鎌も握られていた。
 これは"由利鎌之介"。

「全くだよ」
「びっくりだね」

 三好姉妹はそれぞれ持った"根津甚八"、"穴山小助"を振り回す。

「真田十勇士も、4人がやられたわけだね」

 "猿飛佐助"が心優の姿のまま言う。

「情けない限りだ」

 郵便局員・"海野六郎"も同意した。

「望月は?」

 残る十勇士は"望月六郎"である。

「城跡からこちらに駆けつけようとしている"雷神"を地雷で足止め中」
「正面から戦わず、罠にはめますか、さすがです」

 真田は香里奈の返答に満足そうに頷いた。
 望月六郎は武田家を支えた透波衆をまとめた望月家に連なる人物。
 つまりは忍者であり、姿を現さずに戦うことに長けている。
 如何に精強な綾香でも、姿を現さない敵を相手には苦戦していた。
 何せ、"目"である"風神"・結城晴也はいないのだから。

「では、皆さん。ようやく僕たちの望みが叶います」

 そう言って、真田は鏡を大きく振りかぶった。
 視界の端で本物の滋野義明が何か叫んでいるが、悲願達成の虜になった真田は容赦なく鏡を地面に叩きつける。

「さあ、帰ってきてください、百々!」

 封印が解ける靄の中から伸びた節張った足が、真田の胸を貫いた。





鹿頭朝霞side

「―――義明さん!?」

 階段を上りきった朝霞が見たのは、『義明』の胸を貫いた大蜘蛛だった。

「違う!」

 思わず足を止めた朝霞の横を走り抜けた亜璃斗は、眼鏡をトンファーに変える。
 その挙動の間に、真田の体は光に包まれて太刀となった。

「海野!?」

 三好姉が真田の身代わりになった海野六郎の名を呼ぶ。しかし、すぐに大蜘蛛の猛攻に弾き飛ばされた。
 巨体故に、三好姉は一撃で撃破され、地面に落ちる前にモノビトの道具へと戻る。
 かなり遠くの方で、錫杖が石畳に落ちる音が響いた。

「大蜘蛛? あれが封印されていた妖魔?」

 朝霞は<火>を活性化させながら呟く。
 結局、1日の調査ではこの地で暴れたという妖魔の正体は分からなかった。

「押されている」

 目の前では生き残った真田十勇士と大蜘蛛が戦っている。だが、劣勢は明らかだ。
 義明――真田を守りながらなのだから当然である。

『シャハハ!! 死ねぇっ!』

 女性の言葉で叫んだ大蜘蛛が大きく脚を振り上げた。

「望月!」

 香里奈の声と共に彼女の影が盛り上がる。そして、そこから飛び出した男は、導火線に火がついた爆弾を大蜘蛛の腹の下に放り投げた。

『ぐぅぅっ!?』

 爆発に押され、大蜘蛛がたたらを踏む。だが、その苦しげに振るわれた脚は、望月の胸を貫いて爆発した。
 その間に香里奈と"心優"は真田を、三好妹は望月以下十勇士を拾って後退した。

「って、どうしてこっちに来るのかしら?」
「助けてくれないんですか?」

 頬から血を流しながら小首を傾げる香里奈。

「助ける理由はないと思うけど?」

 大蜘蛛が出てきた以上、真田の目的は失敗だ。
 おそらく、彼が求めていた女性は―――

「百々は・・・・百々をどこへやった!」

 放心状態から復活したのか、真田が立ち上がって大蜘蛛に叫んだ。

『百々? ・・・・・・・・はは、"これ"のことか?』

 大蜘蛛の背中が割れ、そこから白い裸身が出てくる。
 その姿はまるでアラクネのようだ。

「も、も・・・・」
「えげつないわね・・・・」

 再び呆然とした真田の口から漏れた言葉に、朝霞は嫌悪感を抱いた。
 真田に、ではない。
 目の前の妖魔に対してだ。

『この地は瘴気に満ちている。そんな場所に封印鏡を置けば、どうなるか明白だろう?』

 如何に生前の百々が【力】を持っていようとも、敵のホームグラウンドと言うべき場所では勝てるものも勝てない。

『私はこの娘の【力】を喰らい、ほとんど【力】を減衰することなく封じられてきた』

 確かにこの妖魔が放つ妖気は、封印されて弱ったモノのそれではない。

『再びこの地を恐怖のどん底に叩き込んでくれるわ!』

 この地域の集落が北側に集中している理由は、南部が瘴気に溢れる危険な地域だったからだ。
 そこを水源とする鏡池も瘴気を孕み、生物の気配はない。
 近現代になり、瘴気を元とする怪異現象が少なくなった。
 これは瘴気が発生する出来事が起きてから数百年経ったからだろう。

「ホント、ついてないわね」

 朝霞は鉾を手に、一歩前に出た。

『はは、そうだろう。私と出会ったのだからな』

 百々の姿をした裸身がふんぞり返る。

「妖魔に怯えた当時の人々。その妖魔を討伐する余裕のなかった当時の軍隊、不利な場所に封印された百々さん」

 穂先に炎を灯し、朝霞は大蜘蛛を睨みつけた。

「ほんっと、"この程度"の妖魔なのに」
『・・・・何?』
「ついていないのは、あんたもよ」

 穂先の炎が陽炎のように色を失う。

「私に出会ったことが、ね」
『ほざけぇぇぇぇっ!!!』

 ゴバッと口から大量の糸が吐き出された。
 辺りに満ちた瘴気を吸収したそれは、石畳を溶かしながら朝霞に迫る。

「ふん」

 鉾を振るうと共に、糸が水のように蒸発した。

『な、に・・・・?』
「その辺の地方妖魔が、私に敵うとでも?」

 吐き出された糸を燃やし尽くした朝霞は、鉾を肩に担ぐ。

『調子に、乗るなぁっ!』

 百々の口が裂け、妖気が爆発した。
 それに合わせ、大蜘蛛が突進する。
 巨体にものを言わせた物量戦。

「あいにく、あんたみたいな敵とは嫌ってほど戦っているのよ!」

 突き出された脚を紙一重で回避し、穂先を柔らかな腹へと突き立てた。

『あ、ああ!?』
「燃えろ!」

 大蜘蛛の体内で<火>が活性化する。
 それは一気に顕現し、大蜘蛛を中心に轟音と共に火柱へが立ち上った。

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!』

 断末魔を発した大蜘蛛は、吸収した百々の体と共に一本の松明へと転じる。
 だが、その強すぎる火力は、すぐにその燃料を消費して消滅した。


「百々は・・・・いったい、なんのために・・・・私も・・・・なんのために・・・・」

 あっという間に戦いを終わらせた朝霞と亜璃斗は階下から響いた轟音に気を取られており、真田の呟きに気付くことはない。そして、すぐにふたりは本物の義明を抱え上げると、真田たちを一瞥して撤退した。






終わりにscene

「―――そんなことになっておったのか・・・・」

 深夜の滋野邸。
 ようやく回復した滋野義明は、朝霞からここ数日の状況を聞き、ため息をついた。
 その視線はとあるところに流れるが、そこに香里奈はいない。

「真田十勇士とやらは、結局転生者・真田幸村の言うことを聞いていた、ということじゃな?」
「ええ、目的は鏡に封印された百々という女性を救うこと」

 だが、それは果たされなかった。
 ならば、彼らがこの地にいる理由はないだろう。

「SMOも撤退するそうよ」

 そこかしこに絆創膏を貼った綾香が、携帯を片手に言った。

「現状の戦力であたしたちを撃破できなかった上に大打撃を受けたのよ」
「ここに戦力を貼り付ける意味はない」

 亜璃斗の言葉に頷き、綾香は続ける。

「そもそも彼らが来たのは、曰く付きの鏡が出土したため」

 これは本当のことだが、直政たちと出会わせることでさらなる戦闘を誘引させたのだ。
 この作戦は根津甚八、穴山小助がSMOに潜伏し、手引きした。
 真田を筆頭に、霧隠才蔵、猿飛佐助は直政たちを誘導した。
 海野六郎、筧十蔵、由利鎌之介、三好姉妹は敵役として配役された。
 それが大物である直政たちに釣られたSMOを統制しきれなかったことで綻びが生じた。
 何より、"雷神"の投入が全てを狂わせた。
 それでも混乱を巻き起こして本物の滋野義明から鏡のありかを聞き出して奪還した。
 その過程で筧十蔵、由利鎌之介、根津甚八、穴山小助を失う。
 そして、鏡の封印を解いたものの、中から現れたは封印の元凶となった妖魔――大蜘蛛。
 大蜘蛛の奇襲攻撃と猛攻で、海野六郎、三好清海、望月六郎を失った。
 真田と真田十勇士は目的を果たせなかったばかりか、7人をモノに戻されるという敗北を喫したのだ。

「結局、なんだったんだ、この戦い」

 直政は首を傾げる。

「全ての戦いに、戦略的意味を求めるものじゃないわ」

 綾香は直政の言葉に応じる。

「そもそもあたしたちは軍隊じゃない。統一された意志で起きる戦いなんて普通はない」

 退魔師の戦いは妖魔の存在や能力者の感情で生起されるものが多い。
 戦略や戦術など、勃発した時にはないものだ。

「今回は、個人の感情ね。それに下手な知恵が加わって事が大きくなった」

 「迷惑なものね」と綾香が呟いた時、彼女の携帯が鳴った。
 どうやら迎えが来たようだ。

「じゃね、熾条の秘蔵っ子」
「その言われ方は好きじゃない」

 最後に朝霞に対する軽口を残し、綾香は去った。
 SMOが撤退する以上、綾香も残る必要がないのだ。

(感情、ね~)

 直政は綾香の言葉を思い出した。

(目的を失った真田さんはどうするんだ・・・・?)

 転生してしまうほどの強い想いを失った。
 生きる指標を失ったに等しいだろう。

「・・・・まさか」
「うわぁん!?」

 思わず腰を浮かせた直政の予想を裏付けるように、涙目の三好妹が飛び込んできた。



「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」

 それから数分後、直政は地術師が持つ移動能力を駆使し、とある場所で息を整えていた。
 今いる場所は、鏡池だ。
 ただ目的地は旧社。
 もっと上だ。
 それなのに、止まったわけは、目の前にある。

「来て、しまったのですね」
「ということは、伊三は辿り着いたんだね」

 十文字槍と太刀を構えた、霧隠才蔵と猿飛佐助。
 真田十勇士の中でもリーダー格のふたり。

「本気なのか?」
「ええ、若殿は・・・・」

 霧隠才蔵――香里奈が一瞬、顔を曇らせる。

「自害するよ」

 心優の姿をした猿飛が言った。

「・・・・ッ」
「おっと」

 走り出そうとした直政を、一歩前に出ることで止める。

「通さないよ。それがわたしの任務」

 猿飛は太刀を構えたまま動かない。

「そんなの間違っている! 主人が間違っているのならば、それを正すのが家臣だろ!」

 望みが絶たれて死のうとする真田。
 確かに大坂夏の陣では、戦う前から悲壮感漂う戦況だった。
 それでも彼らが大活躍したのは、死中に活を見出したかったからに違いない。

(こんな・・・・死ぬためだけが目的の戦いなんて・・・・ッ)

 直政の父・直隆たちは前途ある若者たちを逃がすために戦った。
 結果、全滅してしまったが、その戦いは何かを失う戦いではなく、何かを残す戦いだった。

「認められるわけないだろ!」

 地術師としての加速を使い、一気にふたりの傍を駆け抜けようとする。

「させない」
「・・・・ッ!?」

 すぐ真横から聞こえた声に驚愕する暇もなく、直政は香里奈に殴り飛ばされた。

「な、な・・・・?」
「政くんはわたしたちを舐めすぎ」

 心優の姿、声でお茶目にウインクをしてみせる猿飛佐助。
 霧隠才蔵、猿飛佐助。
 共に忍者として一流であり、高速戦闘に長ける者たちだ。

「地術を使われればどうしようもないけど・・・・」
「体術というならば負けはしない」
『香里奈・・・・いえ、猿飛は乗り気ではなさそうですが、通す気もなさそうですね』

 刹が肩によじ登って言う。
 確かにやる気であれば、先程の一撃で直政は穂先に貫かれているだろう。
 それを刃のない部分で殴り飛ばすだけにした。
 香里奈の想いは、真田の本懐を遂げさせ、それ以外の者は傷つけないものらしい。

「どうして・・・・どうして香里奈さんは死なせたいんですか!」
「・・・・ッ、死なせたいわけないでしょう!」

 直政に霧隠――香里奈が叫び返した。

「もう、主を失うのは嫌だと思い、自らとある神社に封印されていた」

 「でも、また会えて嬉しかった」と続けた香里奈は、十文字槍を構えながら言う。

「今度こそ、安らかに眠らせてやりたい! そう思うのはダメですか!?」

 今でこそ、真田幸村は英雄だ。
 だが、終戦直後は大悪党だ。
 彼の名誉が回復されるまでには百年以上の時を必要とした。

「私は再会してからのあの方を知っている」

 百々が好きだった百合の花を育てていた。
 戦乱とほど遠い上田の地をまぶしそうに見ていた。
 夢物語のように語られる自分のことを恥ずかしそうにしていた。

「これは・・・・死人の夢物語なんです」

 未練を果たすことができなくても、もう絶対に果たされないのだから、死人は還るべきだ。


「―――そんなこと、知らないわ」


「「・・・・ッ!?」」

 天に炎が立ち上った。

「あなたたちが主従の絆をどう思っていようとも構わない」

 鏡池に現れた朝霞は、ふたりを睥睨する。

「だったら、こちらがこちらの都合で真田さんを助けてもいいんじゃないかしら?」
「そ」

 朝霞の言葉に、亜璃斗も頷いた。

「ほら、行ってきなさい。・・・・納得してきなさい」
「? ああ、分かった」

 朝霞の言い回しが気になったが、時間も無いことだ。
 直政は炎術と地術が乱舞する戦場を駆け抜け、階段を目指す。そして、そんな直政に制止の声がかかるが、それを無視して階段を駆け上り、見た。





――― 境内の石畳を赤く染める、鮮烈な血の海を。





「・・・・やあ、来たのですか」

 その中心に座る真田は口元から血を流していた。
 いや、もっと目を引くのは、その腹だ。
 左腹から右腹へと真一文字に引かれた一本の傷口。
 そこから血液と、生命をこんこんと垂れ流している。

『これは・・・・』

 あまりの出血量に刹が絶句した。
 だが、その言葉の続きは分かる。

(これは・・・・助からない)

「君が悔しがる必要はないですよ」

 激痛が走るはずなのに、真田の顔は穏やかだ。

「百々は消えていましたが、本当は僕も心の底で分かっていました」

 すっと血の気の引いた指が割れた鏡を撫でる。

「いくら【力】があったとはいえ、退魔師でも何でもないただの村娘です」

 どうなっているかなど、分かりきっていた。

「僕が知りたかったのは、どうなったかの事実です」

 よく例えられるシュレディンガーの猫。
 毒ガスが注入された箱の中で猫が生きているかどうか。
 どんなに確率が高いものであろうとも、確認するまでは分からない。
 本来の量子力学で言いたいこととは多少異なるが、こう言うことができる。

「僕は諦めていた。だけど、確かめたかった」
「そんなの・・・・ッ」

 悲しすぎる。
 この真田が生きたのは、このためだけだったというのか。
 復活した真田十勇士と暮らしていく未来もあったはずだ。

「直政くん、『死』に意味を見出すのは、残された者だけの特権ではないよ」
「―――っ!?」
「多くの者が未練を残して死ぬかもしれない。だけど、少数の者は満足して死ねる。僕はその少数なんだ」

 よく見れば、真田は鏡を撫でているのではなかった。
 割れた鏡の隙間からしっかり伸びる、一本の百合の花。

「百々、君の知る全ての『真田源次郎』ではないけども・・・・」

 血の飛び散った頬を緩ませ、幸せそうに笑う真田。

「そこに・・・・逝くよ・・・・・・・・・・・・――――――――――――」






Epilogue

「―――『真田』は本当に転生者だったと思う?」

 信州から帰還した数日後の朝、朝霞と亜璃斗は学校の屋上で会話していた。
 もちろん、事件の事後処理結果報告のためである。
 真田幸村こと藤咲大地は、真田家とは何の繋がりもない青年だった。
 民俗学を専攻していた大学生時代から、徐々に真田家の歴史へと傾倒していったという。
 もちろん、『転生』という概念ならば、血縁者である必要はない。

「もしかしたら、研究の過程で真田十勇士・・・・モノビトと出会ったことからの妄想かもね」
「思い込みとかプラシーボ効果・・・・最近流行りの中二病?」
「・・・・あんたえげつないわね」

 身もふたもない物言いに朝霞は頬を引きつらせた。

「どちらにしろ、転生したとしても女のためとか、女々しいにもほどがあるわ」

(女々しい奴が割腹自殺とかできるか・・・・)

 と思うも、本当は分かっている。
 落ち込んでいる自分のために、ふたりが軽口を叩き合っていることくらい。
 煌燎城攻防戦の後もそうだった。

(でも、助けられたはずなのに、助けられなかった事実は辛いな・・・・)

 もっと早く気付いていれば、真田は助かったかもしれない。
 三好妹が飛び込んできた時、すでに真田は腹を切っていた。
 それを聞く前に飛び出した直政は知らなかったが、最後まで話を聞いた朝霞たちは知っていた。
 だから、「納得するために」と言ったのだ。

(頭では分かっているんだけどなぁ・・・・)

 ふたりに断りを入れ、屋上から校舎内に戻る。

「―――あ! 政くん発見!」
「おわ!?」

 廊下に下り、教室向けて歩き出した背中にかかる声に驚いた。

「み、心優か・・・・」

 振り向けば、本物の心優がいる。そして、手には何やら氷を持っていた。

「はい、流氷のかき氷です」
「本物!?」
「当然です。わたしは手抜きしない女ですよ? ちゃんとオホーツクに行ってきました」
「・・・・それって流氷じゃないんじゃね? 流れてないよな!?」
「元が一緒なら同じです!」
「ちげぇよ!?」

 流れていなければ、「流氷」ではない。

「さあ、図書館に行きましょう」
「話が繋がってねえよ」
「これを返しに行くんです」
「聞けよ、人の話」

 心優との会話は忙しすぎて、ツッコミどころが多すぎて物事をあれこれ考えることができない。

「良い本でしたが、規則ですから返しませんと」

 心優は手に持った『愛の言葉 百選』を掲げた。

「お気に入りはこれですね」

 目次を指し示す心優。
 そこには「夢十夜より 第一夜」と記されている。
 内容は以下の通りだ。


 臨終の女が男に『百年、自分の墓の横で待っていてほしい。きっと会いにいくから』、と告げ息を引きとった。
 女の死後、男は墓を作り埋葬して墓の横に腰掛け待つことにした。
 何度も過ぎ行く太陽と月を眺めていく時の中で、女は本当に来るのか疑ってしまう。
 ある時、墓の下から茎が伸びてきた。
 それはやがて蕾になり、花が咲いた。
 白い百合の花だった。
 男は花弁に接吻をし、空を仰いだ。
 空には暁の星が一つ輝いている。
 その時始めて、男は百年経過していたことに気が付いた。


(これは・・・・似てる・・・・?)

 草木の生えない枯れた土地である旧社で、鏡の残骸から確かに百合の花が咲いていた。

(少しの時間だけど、あの人は百々さんと再会していたのかな)

 それが実感できていたから、あの人はああも幸せそうな顔で逝ったのだろうか。

「死んでもずーっと想っていてくれる愛」

 心優は本を抱きしめて瞳を輝かせる。

「素敵な話ですね」
「・・・・そう、かな」

 悲しい話だと思う。
 でも、それは第三者から見た感想だ。
 本人たちが幸せに感じているのならば、素敵な話かもしれない。

「もし、ですね、政くん」

 踊るような足取りで少し先に行った心優が、本を後ろ手に持って振り返った。

「ん?」
「わたしがこの女の人だったら、政くんは男の人になってくれますか?」

 上体を倒して、覗き込んでくる。

「あほ」

 直政は答えず、その頭に手を乗せた。

「・・・・えへへ」

 少し遅れて心優が笑う。
 だが、掌に隠れてその笑顔は見えなかった。
 因みに流氷かき氷は頭痛に苛まれながらふたりで処理した。
 「これも愛の力ですね!」とか言われたが、痛みは勘弁して欲しい。





「―――これでよし、かな」

 "霧隠才蔵"・香里奈は旧社の脇に建てられた墓石に手を合わせた。
 傍には三好妹が所在なさげに立っている。
 因みに猿飛佐助は、あの夜の最後の戦いで朝霞と亜璃斗に敗北して道具に戻された。
 あの戦いで、実に8名の真田十勇士が無効化されたことになる。


「―――気は、済んだか?」


「・・・・はい」

 振り返った先には、自分たちを数百年管理していた神社――神代神社の巫女がいた。
 その太ももにしがみつくように、耳と尻尾を生やした狐娘がいる。

(私が逃げた時、蔵の掃除をしていた娘ね)

 三好妹に頷き、ふたりでゆっくりとその娘に近付いた。

「手、出して」
「・・・・うん」

 一度、神代カンナを見上げたひろ。
 カンナの頷きを見て取り、恐る恐る手を差し出す。
 その小さな手をふたりで握った。

「あっ!?」

 霧隠才蔵と三好伊三の体が発光し、十文字槍と数珠に戻る。

「ひろ、そこの穴に埋めてやれ」
「・・・・うん」

 ひろがぽっかりと空いた穴にそれらを置き、土をかぶせた。
 これで、土の山は墓石を取り囲むように10個できたことになる。

「できた」

 ひろが一面に広がった植物を踏まないように戻ってきた。

「じゃ、帰るぞ」

 その手を引き、カンナも歩き始める。しかし、すぐに立ち止まり、辺りの光景にため息をついた。

「なんともまあ、すさまじい光景だ」
「・・・・うん」
「まさか、玉藻御前の瘴気が、たったふたりの想いに塗り替えられるとは」

 生命のはぐくみがない死の土地。
 それを乗り越えた象徴として、一面に百合の花が咲き誇っていた。









第六章第八話へ 赤鬼目次へ 第七章第一話へ
Homeへ