第六章「鏡、そして百合の花」/8


 

「―――やっと帰ってきたわい」

 午後6時。
 村の公共交通機関である駅に、電車が停まった。

「一週間ぶりかの」

 電車から降り立ったのは、ひとりの老人である。
 きびきびしているが、手に持った杖は隠せない。
 田舎で暮らすのはつらいだろう。
 きっと、誰か手伝いが必要なはずだ。

「お待ちしておりました」

 駅から出た老人が迎えたのは、老人の家に出入りしている家政婦だ。
 付き合いは短いが、信頼していた。
 数日間だが、家を空ける時も変わらず出入りを許している。

「留守中、変わりないか?」
「いいえ、鏡を寄越せという方々がお越しになりました」
「・・・・何?」

 家政婦の言葉に、老人は顔をしかめた。

「大丈夫だったか?」
「ええ。・・・・ですが、蔵が荒らされていました」
「・・・・ということは、あそこにないことに気付いたな」

 老人は独り言を呟くと、真剣な表情で顔を上げる。

「多少寄り道する。ついてこい」
「畏まりました。タクシーを用意してきます」
「ああ、よろしく頼むぞ―――」

 老人はロータリーに留まるタクシーに向かって歩いて行く家政婦に言った。

「―――"香里奈"」






真田十勇士scene

「―――ここが、旧社?」

 心優を探していた直政はその寂れ加減に絶句した。
 草木の一本も生えていない。
 だが、寂れた印象だが、社を形成する木材は腐っていない。
 正確に言えば、腐らせるような生物すらいないのだ。

『殺生石の落ちた場所、と言われるだけありますね』

 この一帯はまさに死の空間であり、生命活動を止めた者か、無機物のみが長時間の存在を許されている。

「瘴気、ともいうのが満ちているか?」
『ええ、外界に影響を与えるほどではありませんが、確実に含んでいます』
「殺生石は本当だったのか?」

 そう呟きながら直政はゆっくりと歩みを進めた。

「心優」

 そして、社を見上げていた少女の背に声をかける。

「政くん」

 それに応じ、心優は振り返って微笑んだ。
 直政に会えて嬉しい、という感情を隠そうともしない。



「―――お前、誰だ?」



 そんな笑顔が、直政の一言で凍りついた。

「ま、政くん、何を言って・・・・」
「心優がどこか行ったって聞いて、俺は探した」

 旧社とは聞いていたが、<土>でも探したのだ。

「今でも、<土>が返してくるお前の反応は、唯宮心優のものではない」

 これまで敵を索敵したことはあったが、心優を探すことに使ったことはなかった。
 だから、今まで気付かなかった。

「でも、気が付いたら気が付いたらで、おかしなことはいっぱいあった」

 ここに来るのに、ヘリを使ったのかと質問した時、彼女は「何を非常識な」という顔をした。
 それは唯宮心優を演じている人物が、彼女の非常識さを知らなかった、ということだ。

「大事な話をする時にいない、なんてご都合主義も何度も続けば不自然だよな」

 堂々と作戦会議をしていたが、同じ屋敷に裏を知らない心優がいたのだ。
 一度ならまだしも、心優が何度も席を外していたのはおかしい。
 その他にも細かな言動に、違和感を覚えていた。

「ふふ」

 心優は固まっていた笑顔を変化させた。

「ま、いろいろしてたけど」

 『心優』はツインテールの結び目をほどき、ストレートに戻す。
 その時には、心優とは全く違う顔になっていた。

「真田十勇士がひとり、猿飛佐助」
『女ですね』
「別に真田十勇士の性別が伝承通りとは限らないでしょう?」

 猿飛佐助は真田十勇士の中でも、中核人物だ。

「お前の役目は、俺たちの監視か?」
「そこまで分かっていると言うことは、その先も分かっているんだね」

 猿飛は背中から小太刀を取り出しながら言う。

「ああ、きっと・・・・義明さんも真田十勇士なんだろ?」

 本来の滋野義明はどこかにおり、偽義明が義明として直政たちを対応した。
 真田十勇士の襲撃など、自作自演だ。

「でも、目的は分からない」
『鍵は鏡なんでしょうね』
「ごちゃごちゃ言っていないで、やるよ」

 スラリと太刀を引き抜き、正眼に構える猿飛。

「村正だから、痛いとも感じないだろう、ね!」

 最後の韻と共に踏み出す。
 だが、直政はここに至って、別の人間がこの場所に向かってくることに気付いた。



「―――なんじゃ、もうここまで来ておったか」



 そこにいたのは、老人を連れた香里奈だ。

「貴様ら、たかが骨董品ほしさにそこまでするか」
「へ?」

 老人の視線は猿飛の太刀と直政の槍に向いている。

「"義明"さん、鏡はどこに?」

 そんな老人に優しく声をかける香里奈。

「義明・・・・ッ」

 ハッとする直政を尻目に、義明は社を指差した。

「あの社の床下じゃ。発見してからすぐにその場所に戻したわ」
「・・・・床下、なるほど」

 香里奈の視線が社に向かい、スッと瞳が細められる。

「屋敷の蔵、現在の神社、そして、この社の中を探してもなかったわけね」
「香里、奈・・・・?」

 呟き声を聞いた義明は信じられない者を見るような目で、香里奈を見た。

「義明さん、ありがとうございます」

 そんな視線に笑みを残し、香里奈は社に向けて歩き出す。

「お、おい、香里奈?」
「"香里奈"ではありません」

 彼女は肩越しに義明を振り返った。

「私は真田十勇士がひとり、霧隠才蔵。・・・・主命にて、鏡を欲する者です」

 告げられた名前に、義明の体が震えて、その場に膝をつく。

「何故だ、香里奈。どうして私が鏡を見つける、と?」

 雲野香里奈を義明が雇ったのは数ヶ月前。
 だが、義明が鏡を発掘したのは二週間ほど前だ。

「あなたが見つけるとは思っていなかった」

 「ただあなたの蔵にあるのではないかと思っていた」と香里奈は続ける。

「家政婦になったのは、最初から蔵を見るためだったのか・・・・」

 義明は香里奈を信頼していた。
 骨董品の収集と販売など、人間不信に陥りやすい職業だ。
 収集時には迷惑そうな目で見られ、自慢の品が価値なしと判断された売り手にも負の感情をぶつけられた。
 販売時にも同様の視線を受けた。
 そうした努力の末に築き上げた今の地位も、より高度な駆け引きの世界に飲み込まれただけだった。
 だが、香里奈はそんな世界とは無縁の人物だった。
 仕事を抜きに人と接したのは久しぶりだったというのに。
 そんな信じていた人物に裏切られたことに、彼の精神が持たなかった。

「いったいその鏡は何なんだ!?」

 呆然とまるで魂が抜かれたかのようにたたずむ姿を哀れに思った直政は、今まで貯め込んできた疑問をぶつける。
 結局、謎はそこに集約するのだ。
 真田十勇士は何故、鏡を求めるのだろうか。



「―――鏡が何か、か・・・・」



 2度目の乱入者の、聞き知った声。
 それに直政の肩が震えた。

「義明、さん・・・・」

 直政の声が震える。
 振り向いた先には、郵便局員に背負われた『義明』がいたのだ。
 直政が気付かなかったのは、郵便局員が担いで木々を移動したからだろう。

「直政くん、自己紹介をしようか」

 その背から下りた『義明』が言う。

「彼の名前は、海野六郎」

 紹介に郵便局員が頭を下げる。

「そして、僕は・・・・"真田幸村の一部"、かな」
「一部?」
「戦国武将・真田源次郎信繁の、感情の一部を記憶した、所謂、転生体です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 義明の告白に、直政は理解が追いつかなかった。

「理解していただく必要はありません」

 真田は猿飛と海野を傍に呼ぶ。

「ただ、この場で行うことはただひとつ」

 彼らの肩に手を置くと、彼らは目映い光を発する。そして、それが消失された時、その手には太刀と脇差が握られていた。

「鏡のありかが分かった今、君たちは不要だ」
「そ、それって・・・・」
「僕と戦ってくれるかな?」



 信州上田真田氏。
 武田家臣として活躍し、真田幸隆を筆頭に信綱、昌輝、昌幸、信尹。
 幸隆の家督を継いだ昌幸の子、信之と信繁。
 綺羅星の如き名将が溢れた武田家において、親子三代優れた武将を輩出した家柄である。
 また、真田家の特徴は、戦場の武勇だけではない。
 武田信玄は「足長坊主」と呼ばれるほど諜報機関を多用したが、それは真田家も同じだった。
 真田十勇士もそれである。
 いや、正確に言えば、真田十勇士は彼らが使用した道具の代表だ。
 現在において、彼らは九十九神の一種と言える。
 真田家一門や諜報を司る家は、彼らをこう呼んだ。
 『モノビト』、と。
 モノビトは法具に人を封じることで誕生する。
 彼らは人であることを捨て、道具として主家を救うのだ。
 術式は甲賀忍法から発し、諏訪忍法にて醸成され、滋野一族が発展させたものである。
 そもそも諏訪系武田諜報集団の頭目である望月家も滋野一族だった。
 何にせよ、モノビトはその才を遺憾なく発揮し、真田家の綱渡りを支える。
 後に真田幸村を支えた十個のモノビトが、真田十勇士である。


「―――だから、私たちは伝承の真田十勇士そのものなんだよ」
「継承されたコードネームとかじゃないよ!」

 階段を上りきった三好姉妹は、朝霞にそう宣言した。
 階段の上、鏡池では亜璃斗が古ぼけた道具を抱えている。しかし、<土>で気付いたのか、こちらを振り返る。

「まさか・・・・」

 三好姉妹の説明を受けた朝霞は、亜璃斗が抱える道具の可能性に思い当たった。

「む」

 道具に気付いた三好妹が、どこからか取り出した錫杖を思い切り地面に叩きつける。
 轟音と共に砂塵が舞い、亜璃斗の視界から姉妹を覆い隠した。

「ど、せぇい!」

 その砂塵を吹き散らす勢いで姉が突撃。
 突然の出来事から反応が遅れた亜璃斗の手から道具を奪い返す。

「ふう、根津、穴山。何やってんの?」
「SMOは?」

 道具に話しかけるふたり。

(根津、穴山? ・・・・・・・・根津甚八と穴山小助・・・・)

『SMOは壊滅状態や』

 道具のひとつから思念が発せられた。

『"雷神"の嬢ちゃん、規格外や』
『山県のおっさんを思い出すね』
「でも、君たちはあっちの眼鏡っ子に負けたんだよね?」
『はっはー。耐えに耐えられ、一瞬の隙をドカン、や』
『まるで徳川の戦い方だった』

 暢気なものだ。

『でも、冗談でSMOに潜入してたとちゃうで』

 根津は大久保斑副長として、穴山は諜報員として潜入していた。
 情報操作のついでに、もうひとつのことをしている。

『もうすぐ来る。元国営退魔組織の意地が、な』
「―――っ!?」

 亜璃斗がはじけたように振り向いた。そして、瞬時に防壁を展開する。
 その防壁を打ち砕かんほどの衝撃が伝わった。

「くっ!?」

 振り向いた先には階段の段差に隠れるように伏せ、こちらに銃口を向けている装甲兵がいた。
 その手には常人には持てない大口径機関銃がある。
 先程の衝撃は、この機関銃の攻撃だった。

「SMOの増援本隊!?」

 朝霞は鉾を取り出しながら叫ぶ。
 城跡にいたSMOに装甲兵はいなかった。
 だが、綾香は川中島からは装甲兵を主力とする部隊が出撃した、と述べている。
 つまり、昨夜到着したのは援軍先遣隊で、今目の前にいるのが本隊と言うこと。

『はっは! "雷神"・山神綾香、御門宗家、"東の宗家"当主・鹿頭朝霞がいるんだ』
『相応の戦力を送り込んで当然だろ!』

 この発言から、朝霞は確信した。
 SMOに潜入していた根津と穴山は、"雷神"の到着を知り、わざと本隊の到着を遅らせた。
 全ては―――

「って、わかるか!」

 情報が少なすぎる。

「じゃねー」
「頑張ってー」

 三好姉妹は高笑いする根津と穴山を抱えて走り出した。
 彼女たちは鏡池のさらに奥――旧社がある場所へと向かう。しかし、朝霞たちにそれを止めることはできない。

「装甲兵を相手にするのは二度目ね」
「でも、あの時より格下」
「戦場は最悪だけどね!」

 遠くにはこちらに向かってくる攻撃ヘリが見えた。

「数六〇。他多数」

 地上戦力も有力で、戦場は両者にとって優劣なし。
 つまりは数が最も影響する。

「離脱する?」
「できれば、ね!」

 朝霞が炎弾を叩き込むが、それをヒラリと躱して白兵戦部隊が突撃してきた。




「―――真田さん、能力者なんですか?」
「いいえ・・・・違う、よ・・・・はぁ・・・・」

 鍔迫り合い中の質問に、真田はにこりと笑った。そして、太刀を返して直政の槍を流す。

「・・・・ッ!?」

 続けて左腕が閃き、神速で脇差を抜いた勢いのまま投擲した。
 慌てて避けた直政の脇で、紐に繋がっていたそれは巻き戻るようにして真田の手元へ帰って行く。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 真田は肩で息をしているが、戦意は旺盛だった。
 すでに直政と十数合打ち合わせている。だが、術者と白兵戦をこなすその様は、歴戦の強者だ。

「戦い方は全てこの真田十勇士が覚えているもの。僕はそれに合わせて体を動かしているよ」

 「まあ、ついていけるだけの体作りはしているけど」と続けた。

(神代さんみたいなもんか・・・・)

 "管理の巫女"・神代カンナも、自身が管理する九十九神を使役して戦うことがある。
 それと同じだろう。

(なら、敵は・・・・)

 存在不確かながらも伝承として現代まで伝わってきた真田十勇士。

「分からないことがあります」

 直政は視線を向けずに香里奈も警戒しながら言う。

「どうして鏡ですか?」

 真田十勇士が恨みで動いているのならば、徳川の血縁を暗殺して回る方が自然だ。

「ああ、それはね。僕が真田幸村の”一部”、だからだよ」

 「一部」を強く発音した。

「真田幸村のとある出来事に端を発する感情が僕の中にある。それに従うと、その鏡がどうしても欲しいんだ」



 徳川との合戦が近づいていた時のこと、真田信繁にはひとりの侍女がいた。
 信繁の護衛も兼ねた透波だったのか、口数が少ないのが特徴である。
 だが、いつも食膳に花を生けていた。
 聞けば、彩りがあれば食事がおいしく感じるとのこと。
 特に百合の花のほのかな色合いは、殺伐とした戦国の世に安らぎを与えてくれるという。
 事実、出陣前や帰った時には百合が生けられていることが多かった。
 侍女は特別信繁に何かをしたわけではない。
 ただ、傍に控えてじっとしていただけだ。
 だが、それが強大な敵に対する漠然とした不安を和らげてくれた。
 守るべき対象として、共にあるべき対象として、侍女・百々は傍にいたのである。
 その関係が、第一次上田合戦の時で終わった。
 信繁は上杉家への人質として上田を離れたのである。しかし、実際の戦いでは上杉の援軍として上田に帰ってきていた。
 父や兄の奮戦には及ばないが、数ヶ月続く小競り合いで武功を上げる。
 十九才という若さを加えると、見事という戦いぶりだった。

 だが、久しぶりに上田城に帰った時、そこには侍女・百々の姿はなかった。
 聞けば、合戦直前に侍女を辞したらしい。
 その理由は里に現れた妖魔を封じる人柱になるためだという。
 当時、妖魔退治は専門の集団か軍によって行われていた。だが、徳川軍という強大な敵を抱えた真田家に妖魔退治に割ける部隊はなかった。
 専門の集団も諜報戦に戦力を割いており、村としては寺の住職の進言に従って人柱による封印を選ぶしかなかった。
 その候補に、百々が選ばれる。
 それは百々が封印の効果を高める【力】を持っていたからだ。
 諜報を重んじる真田家が、一族の侍女に有能な者を当てるのは当然と言えた。
 だが、上田城で侍女をして、一見"成功"している百々への嫉妬が、村人たちにはあったに違いない。
 結果、百々は見事に人柱の役割を果たし、妖魔と共に鏡に封じられた。
 そして、妖魔が復活しないよう、その鏡は厳重に封印されたのである。



「どれだけ探しても見つからなかった」

 若殿としての権力を使ったが、自分が日本という国に住んでいる「日本人」という意識すら希薄な時代だ。
 死の恐怖が伴わない権力など、実際には意味がない。

「結局、そんな未練を抱えたまま、壮絶な討ち死にをしましてね」
「じゃあ、本物の義明さんが見つけたって言う鏡は・・・・」
「彼女、百々が封印された鏡です」

 それが、真田が鏡を求めるわけだ。

「―――若様、見つけましたよ」

 香里奈がずりずりと軒下から這い出てくる。
 その手には風呂敷に包まれた箱のような物があった。

「よくやりました」

 義明は肩越しに彼女を振り返る。

「じゃ、やっちゃってください」
「はい」

 次の瞬間、香里奈の手には大鉄砲が握られていた。
 それは昨夜、筧十蔵が使っていたものである。
 攻撃ヘリ撃墜後、落ちていた火縄銃。

「ごふっ」

 一切の遠慮なく、百匁が直政に撃ち込まれた。
 約400gの弾丸を喰らった直政は、たたらを踏んで一歩下がる。

「お?」

 だが、そこに地面はなかった。
 いつの間にか誘導されていたのか、直政は階段一歩手前に立っていたのである。

「どぉわぁ!?」

 バランスを崩した直政の額に鎖分銅が激突し、彼は華麗に階段落ちを敢行した。
 こうして、戦場から強制的に排除された直政は、SMOと朝霞・亜璃斗が戦う鏡池へと落ちていく。

「これが・・・・これが、百々の・・・・ッ」

 感極まる声が聞こえたが、直政の聴覚は眼下の激戦に彩られた。
 数十の装甲兵と、それを迎え撃つ朝霞と亜璃斗。
 ふたりとも絶対に認めないだろうが、その息の合った戦いぶりに装甲兵は苦戦している。

(強ぇ・・・・)

『御館様、とりあえず、奴らを仕留めましょう!』
「ああ、そうだな!」

 直政の中で、真田を倒す、ということは絶対ではなくなっていた。
 大切な人の品を追い求めただけ。
 持ち主である義明も、ただの発見者だ。
 なら、敵は鏡を破壊したり、そもそも真田を殺そうとしているSMOを倒す方が重要である。

「"釣瓶撃"!」

 御門流地術・鉄砲術式第二位<釣瓶撃>。
 空中にあるまま放たれた無差別な石の礫は、斜め上からSMOに襲いかかった。

「兄さん!」

 奇襲攻撃に動きが止まった装甲兵をトンファーで殴り飛ばした亜璃斗は、直政の着地地点へと走る。

「ぐべっ」

 着地に失敗した直政は、顔面から地面に着地した。

「何やってんのかしら?」

 近くに立った朝霞は、腰に手を当てながら見下ろす。

「心優は?」

 問う亜璃斗の視線はSMO装甲兵部隊に向いているが、直政の攻撃による砂塵と新手の存在に、敵部隊は様子見していた。
 また、倒れた装甲兵の回収を行っている。
 雰囲気からたったふたりに三割近い装甲兵が無効化されたことにおののいているようだ。

「心優は・・・・真田十勇士だった」
「・・・・そう、ってことは、義明さんや香里奈さんもそうなのね」
「・・・・驚かないんだな」

 さらっと受け入れた朝霞に、直政が質問する。

「だって、不自然だったから」

 鏡に固執する理由。
 香里奈の存在。
 昨夜の真田十勇士の戦闘。
 改めて考えてみれば、おかしなことばかりだ。

「それで、鏡はこの上にあって、それを真田十勇士に奪われたかしら?」
「まるで見てきたみたいだな」

 「その通りだけど」と言った直政は続ける。

「どうにもあの鏡の中には真田幸村ゆかりの人物が人柱になって封印されているらしい」
『因みに上には本物の滋野義明氏が茫然自失の体で転がっています』

 刹が補足説明した。

「って、それ危険じゃない!」
「『え?』」

 朝霞は鉾を手に階段を見上げる。

「人柱になったってことは、何かを封じる核になったということ」

 何かとは、妖魔だ。
 当時の戦力では封印するしかなかったレベルの。

「もし、その人物を封印から解き放とうとしているならば・・・・ッ」
『その妖魔も復活すると言うことですか!?』
「ええ、それも最悪なことに・・・・たぶん、その人物は・・・・・・・・ッ」

 階段上で妖気が膨れ上がった。

「チッ、想像通りね」
「オマケにSMOも反応したみたい」

 亜璃斗の声と共に立ち上った土の壁が、重機関銃の掃射を受け止める。
 おそらく、妖気を察知し、こちらを排除しにかかったのだ。

「穂村、アンタ、SMOを抑えられるかしら?」
「へ?」
「私と穂村妹で上をどうにかするわ」

 対妖魔戦闘となるならば、直政より朝霞向きだ。

「OK、任せとけ。対軍としての特徴を見せてやるぜ!」

 正直、真田の過去を知った直政に、上で起きていることを直視する覚悟はない。
 情に流されず、冷静な判断ができるのは朝霞だ。

「SMO! この先に行きたければ俺を超えていけ!」
「・・・・死亡フラグっぽいよ、兄さん」
「うるせえ! 一度は言ってみたい台詞なんだよ!」

 槍を振るい格好を付けた背中にかけられた言葉に叫び返す。

「馬鹿言ってないで、行くわ、よっ」

 階段を登り始めた朝霞は、冥土の土産とばかりに特大の火球をSMOの上に落とした。









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