第六章「鏡、そして百合の花」/3


 

 真田幸村。
 本名、真田信繁。
 真田昌幸の二男として生まれ、幼少自体は豊臣家の人質として過ごす。
 本名である信繁は真田家の主家である武田家の英雄・"甲斐の虎"武田信玄の弟から来ている。
 武田典厩信繁。
 兄を支えて常勝武田軍を率い、上杉家との最大合戦であった第四次川中島の戦いで戦死した。
 彼の軍略にあやかりたいと考えた昌幸が、そう名付けたのである。
 事実、信繁は第一次上田城攻防戦、第二次上田城攻防戦と徳川軍を前に奮戦した。
 関ヶ原の戦いの結果、父と共に九度山へと流される。
 しかし、豊臣秀頼の求めに応じ、九度山を出奔、大坂城に入城する。
 この時、徳川方に真田信繁だとバレないように名乗った偽名が、真田幸村と言われるが、定かではない。
 大坂城に入城した真田幸村は真田十勇士と呼ばれる配下と共に獅子奮迅の働きを見せた。
 大坂冬の陣では真田丸に籠り、前田利常勢を散々に打ち破る。
 大坂夏の陣では徳川本隊に突撃、家康をあと一歩のところまで追いつめた。






穂村 直政side

「―――さて、またまた話し合いなわけだけど」

 見事に逃げられた朝霞と直政は、滋野邸に帰還していた。
 心優は「疲れたので昼寝・・・・いえ、夕寝します!」と宣言し、用意された寝室に引っ込んでいる。
 まことに好都合だ。

「相手は真田幸村って名乗ったわ」
「へぇ、よりによって幸村公の名を騙るとは」

 義明は朝霞の報告に、片眉を上げた。

「かつての真田家の領地に住む私としては、おもしろくないですね」
「奴は鏡を悲願、とか言っていたわ。心当たりとかある?」
「普通に考えれば、鏡が真田家ゆかりの物品である、という考えでしょう」

 時代的にもピッタリなのだ。

「ということは、真田家の血縁ってことか?」
「でも、真田幸村って大坂の陣で豊臣方に付いたんじゃないかしら? 子孫がいるの?」
「いる。幸村の血を継いでいる男系は3つある」

 亜璃斗が即答した。

「この辺りは兄さんが詳しい」
「そうなの?」
「・・・・戦国分野は昔からじいちゃんに刷り込まされたんだよ」

 今思えば、御門流地術の根幹は中世軍事学だ。
 それをすんなり習得するための下地だったのだろう。

「真田幸村には4人の息子がいたんだ」

 長男・真田幸昌、次男・片倉守信、三男・三好幸信、四男・石田之親。

「このうち、長男は大坂の陣で戦死」

 秀頼に殉じたと言われる。

「次男は他の姉妹と共に伊達家家臣の片倉家へ」

 片倉景綱の姉・喜多の名跡を継ぐ。

「三男は姉の嫁ぎ先である岩城家へ」

 幸村の死後に産まれ、外祖父・豊臣秀次の旧姓である三好を名乗る。

「四男はよくわかってないが、明治になって子孫が真田姓にしている」

 九度山時代に産まれたといわれるが、三男と時代が合わない。

「よって、仙台真田家、秋田真田家、明治真田家が幸村の系譜だ」

 もちろん、昌幸の長男・信之の系列、昌幸の弟・信尹の系列も残っている。

「上田は関ヶ原の戦い後、真田信之が継いだ」

 亜璃斗が締めくくった。

「・・・・分からないわね。どうして真田幸村なのか・・・・」
「あの、少々よろしいでしょうか?」

 部屋の隅に座っていた香里奈が口を挟む。
 というか、ただの家政婦がなぜこんなところにいるのか。

「穂村さんは、戦闘中に銃撃を受けたということですので、相手は複数ということですよね?」
「まあ、そうですね」

 直政は胸をさする。

「真田幸村と名乗り、銃撃・・・・」

 義明が考え込んだ。

「・・・・つまり、香里奈さんはこう言いたいんだね?」

 すぐに香里奈の考えが分かったのか、義明は彼女を見る。

「相手は真田幸村を含む、真田十勇士だと」
「・・・・何故分かるのかしら?」

 当然の疑問だ。

「真田十勇士には筧十蔵という火縄銃の名手がいます」

 義明は端的に朝霞に告げる。

「もし、穂村さんを銃撃したのが、『筧十蔵』だとすれば・・・・」
「他にもいるかもしれないってことね」

 朝霞は腕を組んで考えた。

「他の構成員が真田十勇士の特徴を捉えているとすれば・・・・」

 朝霞は全員の顔を見渡しながら言った。

「組織構成員が真田十勇士の名を持ち、その頭目が幸村公の名前を名乗っているのでは?」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 実にもっともらしい話だ。

「となると、敵は11人か・・・・」
「ひとりひとりは大したことないかもしれないけど、多いわね」

 こちらの戦力は3人だ。

「山神に増援は頼めないのか?」
「山神も主力は川中島にいるそうだけど、予備は会津に向けて出発するらしいわ」
「というか、30人程度で、SMOの大部隊を抑えられるとは、すごいね~」

 前に相手にしたSMOの精鋭部隊ほどではないだろうが、一般隊員を中心にした戦力だけで500はいると言われている。

「大軍を相手にするのは、あんたたちの方が得意でしょ」
「当然」

 亜璃斗が大真面目に頷いた。

「ま、今回は個人戦闘が中心。他は気にしなくていいでしょ」

 朝霞はあっさり戦闘のことは流す。

「じゃあ、実際に鏡はなんなのか、ってことね」

 朝霞の言葉に頷き、亜璃斗がじっと義明を見た。

「えっと、何でしょう?」
「鏡は、どこ?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 なぜか沈黙が部屋を埋める。

「確かにそうだな。どこにあるんです?」

 直政が乗った。

「そうね。場所を聞いておかないと守れないわ」

 朝霞もイヤリングを触りながら同調する。

「えーっと、言えません。これは場所を知る人が少ない方が秘密が守れるからです」
「私たちを信用していないのかしら?」

 義明の言葉から、そう取れる。

「・・・・すみません。ですが、賊はここにあると思っているはずです」

 つまり、敵はここにあると思っているので、こちらが下手な動きをすれば敵に鏡の場所を知られかねない、ということだ。

「・・・・ま、いいけど」
「えっと、皆さんには鏡に封印されている妖魔について調べてほしいんですが・・・・」

 義明が申し訳なさそうに言う。

「調べて意味あるの?」
「敵の思惑が分かるんじゃないですか? 例えば、封印を破壊して妖魔を呼び出そう、とか」

 香里奈が口を挟む。

「んー・・・・。どう思う、兄さん」
「確かに封印されている妖魔について調べるのはいいと思う」

 敵が求めている物品を正しく認識するのだ。
 最悪、破壊すればいいだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 チラリと朝霞を見遣ると、彼女は何かを考え込んでいた。
 視線を亜璃斗に移す。
 それに彼女は頷いた。

「とりあえず、この辺りの伝承を調べる。神社や・・・・役場」
「神社は下の道をそのまままっすぐ行けば階段があり、それを上ったところにあります。役場は・・・・駅前ですので車を出しましょうか?」
「いいえ、そのくらいならすぐに。開いていますか?」
「職員は休日のためにいませんが、図書館ならば本日は夜の8時までやってます」

 最近、土日の開館時間を長くする図書館が増えている。
 ここの図書館もそういう体制なのだろう。

「私は図書館へ、こいつは神社、兄さんは居残り」

 亜璃斗が端的に番割した。
 因みにこいつとは、朝霞のことだ。

「俺居残りかよ。まあ、確かに頭脳派ではないけど」
「ううん、心優が起きた時、兄さんがいないと面倒」
「・・・・納得」

 確かに自分を探すために外出しそうだ。

「それでいい?」
「いいわ。早速動きましょ」

 日暮れは遅いが、早く動くことにこしたことはない。

「じゃ、出発」

 亜璃斗の号令の下、3人は行動を開始した。






調査scene

「―――神社、ね・・・・」

 朝霞は神社に至る階段を上りながら呟いた。
 日本の神社は2種類に分類される。
 有名な神社の分社と小さな土地特有の神社だ。
 有名な神社とは稲荷神社、天満宮、八幡宮などである。

(ここの神社は土地特有みたいね)

 土地特有の神社はその土地の土地神を祀っている場合が多い。
 ご神体が動かないもの、つまりは山や湖、池、大岩などだ。
 土地特有の神社も有名になると、それすらも分祀されてしまうのだが。

「さてさて、ここのご神体は?」

 朝霞は神社へ続く階段の麓にかかった鳥居を見上げた。
 名前が書いてある木札が見えるが、経年劣化で黒ずんでいて見えない。

(ま、たぶん、有名神社の分社じゃないわね)

 有名にならず、土地神を祀っている神社は、今でも裏に通じていることが多い。
 朝霞の知っている例では、神代神社だ。
 そして、そういう神社のご神体は、基本的に曰くつきなのだ。
 ただ、小勢力の傾向として、神主一族が滅びるないし【力】を失い、表向きに大きな神社の庇護下にある時がある。
 その場合、無人の神社か神主が何も知らないことがある。

「たぶん、ここだと思うんだけど」

 階段をゆっくり上りながら呟いた。
 大きな神社から宝物庫の調査を依頼された義明が、ここを調査して発見した、と朝霞は考えていた。
 義明の話では、鏡は木箱に入っていたという。
 木箱など、地中から発見されれば腐っていて当然だ。
 それがなかったということは、近年までしっかり管理されていたということ。
 ならば、神社以外にありえない。

(鏡の在り処を口にしない理由は、未知こそが最も守れる、という理由以外にありそうだけど)

 朝霞は義明を信用していなかった。
 同時に自分たちにここを任せた者も信用していなかった。
 何かある。
 そう思っていた。

「ん?」

 階段の踊り場から子どもの声がする。
 すでに暗くなってきており、おまけに苔で足元が滑る。

「・・・・危ないわね」

 声の主を探すために本殿の裏に回った朝霞は、古ぼけた石畳の階段を発見した。
 階段数は百数十ほどか、見上げる先に終わりが見える。そして、その頂上付近でふたりの少女が遊んでいる。

「「じゃんけんぽん!」」

 階段を上れば、ふたりの声が聞こえてきた。

「ああ、懐かしいわね」

 じゃんけんに勝つと、勝った手の分だけ階段を上れる、というあれだ。
 最終的に階段を上りきれば勝ちである。
 関西発祥のお菓子会社が提唱した遊びだが、地方ごとにローカルルールが存在する。

「あれ? おねえちゃん、観光客?」

 階段を上りきろうとした時、ふたりが話しかけてきた。
 よく見れば、ふたりは良く似てる。
 姉妹だろうか。
 黄色のフード付きパーカーに緑色の短パンないしスカートを穿いている。
 短パンとスカート以外は一緒だった。

「そうね、観光客よ」
「そっちは古い神社で、何もないよ?」
「古い神社? 下も古いと思うけど」

 見た限り、あの地に移ったのは数百年前だ。

「うん、でも、もっと古いの」
「じゃあ、建物とかもないのね」
「うん」
「・・・・そう、分かった。ありがとね」

 子どもの前に行くのは止めておいた方がいいだろう。
 親に伝わった場合、よそ者はやりにくくなる。

(神は分からなかったけど・・・・この場所は何かありそうね)

 そう思い、朝霞は踵を返した。



「―――いいですか、真田十勇士とは偶像です。しかし、火のないところに煙は立たない」

(・・・・はぁ、厄介なのに捕まった)

 亜璃斗は図書館に来ていた。
 義明の言うとおり、まだ開いており、旧真田領ということで資料も豊富である。
 ここまでは人目に付かないところを、術者の体力と地術師の能力を使って走破した。
 このため、5分ほどで着いた。
 車より速いのはショートカットしたからである。

「霧隠、望月、穴山、雲野、根津、筧は真田ないし武田家臣の苗字です」

 いろいろ調べていたら、彼に捕まった。
 彼は「真田十勇士研究家」らしい。
 彼は研究ばかりしているのか、やせ細っていた。
 こちらに本を持ってくる時もフラフラしていて危なっかしい。

「三好も幸村公の側室・隆清院様が父上・豊臣秀次公の旧姓から来ていますね」

 真田家の歴史から始まったので、長かった。
 ようやく十勇士だ。

「また、幸村公の娘が秋田亀田藩に嫁いでおり、彼女は妙慶寺という寺を建てます」

 この妙慶寺のある場所が「由利」本荘市である。

「猿飛とは通称で、本当は三雲や上月という名前が考えられています」

 三雲家は元六角家家臣。
 これは根津が浅井家ゆかりという説から、同じ近江から取ったか。
 上月は伊賀忍者の上月佐助が猿飛佐助である、という仮説から考えられている。
 根拠の一つとして、大坂の陣後、徳川家康は柘植野攻めを命じていたからだ。
 上月は「下柘植ノ木猿」とも名乗っており、幕府は残党狩りを行ったと考えられる。

「まあ、詳細はこちらにあるので、読んでみればいいと思います」

 そう言って、立川文庫の本を渡してきた。

「江戸時代にいろいろ話が出て、それをまとめたのが立川文庫です」

(いろいろ語ったくせに、結局は本・・・・?)

 いろいろ納得できない思いを抱えながら、本を受け取る。

「では、またお会いしましょう」

 パラパラと本をめくる亜璃斗に背を向け、男は本棚に激突しながら立ち去って行った。



「―――いらっしゃいませ~」

 眠そうな中年の女性の声を聞きつつ、直政はコンビニに入った。
 滋野邸の護衛として残ったが、直政は外出している。
 そもそも地術師である直政はコンビニくらいの距離に出かけても敵を感知できるのだから問題ないと考えていた。
 コンビニには先客がひとりいるだけだ。

(というか、あれは男だよな・・・・)

 長髪の男が、女性用化粧品を選んでいる。

「あら、見ない顔だね」
「え?」

 横目でそれを見ていた直政にレジの女性が声をかけてくる。

「もしかして義明さん家のお客さんかい?」
「はぁ、そうです」

 人見知りしないおばさんのようだが、目が笑っていない。
 よそ者の調査、と言ったところか。

「あんまりお坊ちゃまには見えないね」

(ズバッと来るなー)

 確かに一般家庭に育ったので、雰囲気はその辺りの少年そのものだろう。
 だが、実態は退魔界にその名を轟かした御門宗家の現宗主だ。
 いいとこのお坊ちゃまどころではない。

「ま、都会っ子にはこんなとこ面白くないだろうけど」
「そうでもないですよ。俺が住んでるところも田舎ですけど、こっちの方が自然が多くていい感じ」

 「都会は空気が合わない」と言うと、彼女の目の色が変わった。

「へえ、若いのに達観しているんだね」
「そうですかね。単純に都会が合わないだけですよ」

(アスファルトやコンクリートに覆われていると、<土>の声が遠いからな)

「っと」

 携帯電話に電話がかかってきた。
 ディスプレイには非通知とされている。

「誰だ?」

 目で店員に謝意を示し、電話に出た。

『もしもし、政くんですか?』
「・・・・どうした、心優」

 幾分、トロンとした声だ。
 きっと寝起きなのだろう。

『どこにいます? わたし、知らない家に政くんがいないと不安です』

(嘘つけ、お前が人見知りする性質かよ)

 と、心の中でツッコミを入れた。

「分かった分かった。とりあえず、すぐ戻る」

 それでも勝手に外に出られると面倒だ。
 戻ることにしよう。

「じゃ、店員さん、これ買います」
「あいよ」

 携帯電話をしまい、直政はさっさと会計を済ませた。









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