第二章「初ライブ、そして初陣」/4


 

「―――フフフ、これで全部、ですか」
「そうなるかな」

 入れ墨だらけの顔を不気味に歪めたスカーフェイスは己の手の下に集った戦力を見回した。
 彼らはその巨躯を微動だにせず、スカーフェイスの命令を待っている。

「フフ、残りはどうするんです?」
「実験データでも取らせてもらおうかな」

 白衣に手を突っ込んだ青年は穏やかな笑みを浮かべたまま言った。

「押し寄せるは鹿頭家に【叢瀬】。・・・・フフ、あの戦いで名を上げた者たちでしょう? 勝てるのですか?」
「勝つ必要はないよ。ただ、どう戦うかを見させてもらうんだ」
「それは自分が手掛けた者たちを見極めるため?」

 スカーフェイスが探るような視線を青年に放つ。だが、青年は明らかな猜疑を向けられても表情を動かさなかった。

「・・・・・・・・少し、見てきましたが・・・・素人の布陣ですね、フフ」

 スカーフェイスは高台になっている今の位置から彼らの勢力圏を見下ろす。

「籠城する側に深く考えることはないだろう? それに科学者だからね」

 青年は特に気にせず、朗らかに笑った。
 そこには2つの大きな区画があり、今いる区画を合わせて3つに大別される地形であることが分かる。
 この土地はその昔、階郭式の山城があった場所で地勢に優れていた。だが、如何に地の利を得ようとも押し返せるほど敵戦力は弱くない。

「ここに残ってくれてもいいんだよ? 生まれ故郷だろ? 誰も戻ってきてくれないから寂しいんだけど?」

 青年は両手を広げ、受け入れるようにスカーフェイスを見た。

「フフ、あなたの"目"には僕が残って戦っていますか?」
「ないね」

 即答。

「ならば答えるまでもありませんね」

 そう言ってスカーフェイスは部下が運転するトラックに乗り込む。
 このトラックは陸上自衛隊が保有しているような濃緑のトラックがあと2台あった。
 その荷台にはここ――高雄研究所から上がってきた戦力が乗せられている。

「それでは行きます。・・・・ご武運を、フフ」
「そこに笑いはいらないと思うなぁ」

 ポリポリと頭をかき、青年は部隊を見送った。
 土煙とライトがまず見えなくなり、続いてエンジン音と地面の揺れが消える。
 高雄研究所の精鋭であり、主力と言える戦力が撤退した後、この研究所には所謂失敗作たちが数で主力となる。

「さてさてSMOへの恩義はこれで果たせたかな」

 何も言うことなく、姿を消して2年。
 これで心置きなく潜ることができる。

「―――ちょっと、いつまで惚けてるんだ? ボケたのかよ。さっさと最終チェックしろよ」
「ああ、すみませんね。今行くよ」
「・・・・別に完璧じゃなくても、失敗作の集まりぐらい、皆殺しにできるけどな。きひ、ま、小手調べってやつだ」

 そっぽ向いて腕を組む央華。

「そう言うものじゃないよ。椅央はそこいらの実戦指揮官とは違うから」
「・・・・アンタ、どっちの味方なんだよ?」
「・・・・そうだな、強いて言えば・・・・・・・・」

 青年は夜空を見上げながらポツリと呟いた。

「世界の、かな」
「意味分からねえ。いっぺん、死ねば?」
「ははは、厳しい一言ありがとう」






強襲scene

「―――浸食率30%」
「そろそろ、向こうのセキュリティーも気付くころです」
「強襲部隊は全面に展開終了。上空奇襲部隊もすぐそこまで来ています」

 ここは高雄研究所から10キロメートルほど離れた森の中に1台のトラックが止まっていた。
 その内部では叢瀬椅央を中心とする情報部隊が高雄研究所のセキュリティーにハッキングを仕掛けている。

(これを付けるのもあの戦い以来か・・・・)

 椅央は久しぶりに電極が全身に付けられ、鴫島時代を思い出した。
 あの時は電極に繋がれていることが普通だったが、央葉に切られて以来、ずっと自由な生活をしている。
 といっても長い間自分の足で歩いていなかったために完全に筋肉が鈍っており、リハビリしながら車椅子生活を送っていた。

「―――行けそう?」
「愚問」
「ご、ごめん・・・・」

 【叢瀬】やその他の勢力を傘下に持つ少年が寄越した少女は椅央の一言で押し黙る。

「前線へ通達」

 その反応に気にすることなく、"銀嶺の女王"・叢瀬椅央は下知を下した。

「侵攻を開始せよっ」



「―――OK!」

 指令を受けた鹿頭朝霞は革のグローブを付けた手から火球を飛ばした。
 周りの鹿頭の術者たちも各々の攻撃で研究所のゲートを吹き飛ばす。
 本来ならばSMO開発局が作り上げた対術式障壁と対物理障壁が展開していたはずだが、セキュリティーに侵攻した椅央が切断していたのだ。

「行くわよっ」

 いとも容易くゲートを突破した朝霞は最初の区画――居住区へと雪崩れ込む。そして、配置されていた半自動式の機銃たちを焼き払った。
 同時に飛び込んだ鹿頭の術者たちが慌てて出てきた警備員を殴り倒す。

「このまままっすぐに行けば、実験区よっ」

 すでに朝霞の頭には高雄研究所の見取り図は入っている。
 実戦指揮者としては当然のことだが、その侵攻路選択などはまだまだ甘かった。だが、今回は戦術家としてはSMOの幹部ですら警戒する叢瀬椅央がいる。
 高雄研究所は西側に向かって階段状に各区画が配置されるという立地条件だ。
 西側――本丸となる研究区の背後は岩壁が迫り上がっており、背後からの強襲はほぼ不可能。南北も木々が生い茂っており、集団での移動には向いていない。
 つまり、本丸を攻めるには東側しかないのだが、東側には実験区、居住区と高雄研究所の区画が広がっていた。
 だから、高雄研究所を攻略するには真正面からの侵攻作戦しかない。
 そこで手持ちの最大戦力である鹿頭家が先鋒として突撃したのだ。
 対鬼族用に訓練された鹿頭家の術者は短機関銃を手に迎撃に出る警備員たちを蹴散らしていく。
 居住区は銃声と爆音が鳴り響き、その音源は急速に実験区へと向かっていた。

『―――完全に重機関銃自動射撃制御プログラムを掌握した。これで、重機関銃はただの鉄の塊だ。・・・・それより』

 朝霞が耳にしているイヤホンから椅央の声が聞こえる。
 その声が若干、低く沈んだ。

『注意しろ。前方周十メートルに熱源。敵の主力だ』
「―――っ!?」

 声と共に前方で発砲炎が煌めく。
 思わず横っ飛びに物陰に隠れた朝霞は先程まで自分がいた場所を通過する銃弾を見た。

「アサルトライフル・・・・ッ」

 声に反応したのか、弾丸が集中し、そこかしこで火花が散る。

「姫、ご用心を」

 同じく物陰に飛び退いた偉丈夫が声を放った。
 彼の名は香西仁。
 鹿頭家家宰の家柄を持つ香西家の現当主であり、家宰を務めている。
 真言密教を組み込んだ独自の炎術を使う精強な術者で、鹿頭家の中では最も歴戦の勇士だった。

「こやつら、尋常ではない気配がします」
「分かってるわ。こいつら・・・・」

 すでに構えていた鹿頭家の宝具――<嫩草>を肩に担ぎ、布陣した敵を見回す。

「被験者ね」
「おそらくは」

 突入した鹿頭家十二人の前に立ちはだかったのは五〇名以上の装甲兵だった。
 機動隊のそれよりも大きく、また、頑丈である装甲は銃弾を弾くであろう。しかし、この装甲の特徴は各関節部分に組み込まれた加速器である。

「製造番号01-A、『装甲兵』ね」

 事前に一哉や椅央が調べ上げた高雄研究所の戦力の中でも最も数の多い『兵器』だ。

(装甲兵の武器は精霊術師に匹敵する身体能力を確保したこと)

 朝霞は<嫩草>を強く握り締める。

(だから、白兵戦にて精霊術を封じるのが常套手段)

 だがしかし、装甲兵が獲得した身体能力はアサルトライフル以上の、通常歩兵では扱いきれない重火器の使用も可能にした。

(このままでは撃ち合いになるわね・・・・)

 アサルトライフルと炎術の撃ち合いでは電撃戦は不可能である。しかし、白兵戦に持ち込めば敵の思う壺だ。

(どうする・・・・)

 近寄ろうとする敵勢に炎弾を撃ち放ち、その爆発で押し返している鹿頭家は朝霞の判断を待っていた。
 総大将は椅央だが、このような現場の判断は朝霞が下す。
 椅央の命はただひとつ、研究区への突入だった。

「姫、悩んでいる暇はありませんっ。奴ら、味方の弾幕も気にせず突っ込んできますっ」
「―――っ!?」

 見れば、十数人の装甲兵が滑るように地面を走り、距離を詰めてくる。
 炎弾が直撃し、大きく跳ね飛ばされるものもいるが、鹿頭家も後方で銃撃を行っている敵兵を捨て置けず、中途半端な迎撃になっていた。

「チッ、頭が足らないのに小賢しい真似をッ」

 本能で戦っている彼らは自分の思った通りに行動する。
 銃撃戦では埒が明かないと思った一部が突撃したのだろうが、それはうまい具合に援護射撃する側とされる側に分かれていた。

「全員散開ッ」

 そう言うや否や、朝霞は特大の炎弾を敵前方に叩き込み、拳大の焼けたアスファルトを突撃隊に撃ち込む。そして、<嫩草>を手に実験区とは別の方向に伸びる路地へと飛び込んだ。

「集合はまた連絡するわっ」

 鹿頭家は当主の判断に即応し、それぞれ事前に決められたメンバーと共に逃走に移った。
 火球を矢継ぎ早に撃ち出し、猛攻を凌いでいた陣営が装甲の津波に押し崩されるようにして散らばっていく。
 それは一本の鉾が迎撃した盾を貫くことができず、まるで砕け散ったかのようだった。

(情けないとは思わないわッ)

 攻撃力では能力者随一を誇る炎術師が正面突破を図れずに押し崩される。
 そんな状況でも朝霞は不敵に笑った。

「炎術師は攻撃力だけじゃないッ」

 大きく踏み込み、目の前の障害物を跳び越える。そして、着地地点はちょうど前進していた装甲兵のすぐ後ろ。

『『『――――――――』』』

 朝霞を探知したのか、こちらに素早く銃口を向ける装甲兵。だが、朝霞は対策を練っていた。
 反動を殺すためにしゃがみ込んだ朝霞に合わせ、視線を下げて前屈みになった歩兵の直上に火球が相次いで落下する。

「・・・・シッ」

 爆圧に押し潰されるようにして沈んだ歩兵たちのアサルトライフルを鉾で弾き飛ばし、加速器のついた両足首に火球を炸裂させた。
 反動で思い切り3人は吹き飛んだが、戦車砲の爆圧に耐えられる装甲ならば死ぬことはないだろう。
 ただ、間接部に取り付けられた加速器は強度的問題で破壊できたに違いない。
 精霊術師についてくるスピードを奪い、アサルトライフルを潰したならば戦力は激減。
 無視できるレベルになる。

「3人撃破ッ」

 ほぼ一瞬にして敵戦力を撃破した朝霞は敵を探すようにして周囲を見渡した。
 戦況は装甲兵が得意とする白兵戦に移っている。だが、彼らが最も得意とする強襲戦ではない。
 朝霞が、鹿頭家が対鬼族用に構築したゲリラ戦は正面に戦力を集中することを得意とする装甲兵を翻弄する。
 本来、正面からぶつかっても互角以上に戦える装甲兵は突如襲ってくる鹿頭家の術者たちを迎撃しきれなかった。
 いくつもの破砕音が響き、加速器を潰された装甲兵が地面へと沈む。

「やっぱ、情報は大事ね・・・・」

 もし、何も知らずにぶつかっていれば、確実に鹿頭家は撃破されただろう。

『もういいと思うぞ。居住区に装甲兵は充分に雪崩れ込んだ。実験区への道は開かれた』

 朝霞が押し崩されたように後退した理由は装甲兵たちが居住区から実験区へ続く通路を封鎖するように布陣していたからだ。
 追撃させることでその布陣を崩し、装甲兵を撃破することなく進撃路を構築する。
 戦力を無駄使いしない、いい戦法だった。

「大丈夫なの? たぶん、まだ10人も撃破してないわよ」

 それでも、敵の主力を撃破することは大事だ。

『ならば半数を残せ。こちらの空襲が終わり次第攻撃してくれればいい』
「空襲? ・・・・ああ、そういうことね。分かったわ」

 朝霞は椅央の自身に納得がいった。
 さすがの装甲兵も航空戦力が存在する敵戦力を相手できるようにはできていないだろう。

『高橋、志賀班は一度、敵部隊から撤退し、【叢瀬】攻撃後に掃討作戦を。残りは実験区に行くわよっ』

 号令一下、装甲兵各個撃破に動いていた鹿頭家の術者が動きを変えた。
 闇を裂いて走る火球が次々と装甲兵の動きを阻害し、たたらを踏んで動きを鈍らせた装甲兵の周りを駆け抜ける。
 駆け抜けた鹿頭家の後を追おうと反転したその背中に火球が炸裂し、装甲兵が吹き飛んだ。
 それは残った班の攻撃であり、航空戦力に向けての合図でもある。

「来るわッ」

 充分に距離を取った朝霞は空を見上げて思わず叫んだ。
 視界の中心には左手の空間から様々な兵器を取り出した少女がいる。
 彼女は装甲兵の上空数十メートルを一航過して布陣を確かめ、二航過目で投弾した。

「・・・・ッ」

 轟音が大地で弾け、衝撃で自動車が宙を舞う。
 爆圧によっていくつもの柱が砕かれたマンションが自らの自重に耐え切れずに崩壊していく。

「姫、伏せてッ」

 香西がやや乱暴に朝霞の体を物陰に引きずり込んだ。
 その所業に声を放つ間もなく、より広範囲に先程と比べると軽い爆発音が轟く。

「く、クラスター!? 何て危険な物を・・・・ッ」

 叢瀬央芒(ススキ)の容赦のなさに愕然としながらも、朝霞は周囲を見渡した。

「あ・・・・」

 広範囲にばらまかれた爆弾は居住区と実験区を繋いでいたゲートを吹き飛ばし、その他の壁にも大穴が空いている。

「支援爆撃だったのね・・・・」

 人が通れる大穴の向こうでは実験装置の誘爆が続いているのか、断続的な爆発音が響いていた。

「突撃ッ」

 朝霞は大穴をさらに広げるように火球を叩きつけ、実験区へと躍り込んだ。
 実験区は居住区よりも一段高くなっており、そこからは居住区の路地を駆け抜ける装甲兵や上空から指示を出す央芒の姿がよく見える。

「さて、突出したわけだけど・・・・」

 朝霞の手元には自分直属のふたりと香西の手勢4人の合計6人が残っていた。
 炎術師が六人もいれば、かなりの戦力だが、ここはSMOが西国に残した最後の牙城。
 何があるか分からない。

「・・・・っ」

 爆発による震動が実験区を震わせた。
 爆圧で砕け散ったガラス片が降り注ぐ中、朝霞は素早く手勢を進撃させる。
 央芒が投弾した爆弾の誘爆が続いているのか、実験区は爆発と火災、煙に支配されつつあった。

(この混乱に乗じれば研究区まで行けるかな?)

 研究区は高雄研究所の本丸であり、機密事項などが満載していると考えられている。
 今回の奇襲はその機密事項を曝くことを目的としていた。

「?」

 断続的に続く爆発音。
 それに違和感を抱いた朝霞は思わず足を止める。

「どうしました?」

 訝しんだ術者が声を掛けるが、朝霞はそれを手で制した。

(爆発が続きすぎてないかしら? しかも、央芒の投弾は居住区との境のはず・・・・それが実験区全体で巻き起こっている・・・・)

「椅央、どうなってるの?」

 イヤホンに手を当て、後方にて全体の指揮を執っている大将に問い掛ける。

『・・・・やられたな』

 返ってきた言葉は裏をかかれた悔しげなものだった。

『まさか、自分がしたことをされるとはな』
「? それってどういう・・・・ッ」

 気配に気付いた朝霞はイヤホンから手を離し、<嫩草>を握り締める。

『やつら、この実験区という箱庭に・・・・実験妖魔を放ったようだな』
「そうね。・・・・しかも、キメラときたわ」

 濃密な妖気が周囲に充満し、獰猛な気配が鹿頭勢を取り囲んでいた。

「でも、ちょうどいいんじゃないかしら?」
『・・・・何だと?』

 わずかに笑みを含んだ口調に椅央が訝しむ。

「実験の被害者は同じ【叢瀬】が。そして、実験に使われた妖魔は―――」

―――ドゴンッ

 飛び掛かってきたほ乳類型の妖魔を<嫩草>にて叩き伏せた朝霞ははっきりとした笑みを煌めかせて言った。

「退魔師の仕事よッ」

 振り回した<嫩草>の穂先から炎弾が飛び出し、後続の妖魔を灼き尽くす。そして、突破してきた3びきの妖魔を瞬く間に貫き倒した。

「鹿頭家は独立してから人間同士の覇権争いから身を置き、退魔に精を出してきた一族。これがまさに私たちにとっての家業なのよッ」

 襲いかかる粘液を焼き、その炎が地面に落ちるより早く妖魔へと肉薄し、その柔らかな皮膚を穂先でえぐる。

「香西っ、囲まれないように移動しながら戦うわよッ」
「応っ」

 火柱を背に下知を飛ばした若き当主に呼応するように、錫杖が旋回した。
 撃ち出された炎弾が着弾して巻き起こった爆発の中、数枚の呪符が飛翔する。
 それらは押し寄せようとした狼の妖魔の額に張り付いた。

「妖魔群対戦は我らが得手。ひたすら押せぇっ」

 固まった妖魔を打ち砕き、香西が咆哮する。
 妖魔が起こした爆発よりも大きなそれが立て続けに置き、その爆炎に隠れた術者たちが己の得物を振り上げて突撃していく。
 かつては熾条宗家の先鋒として活躍した鹿頭家は熾条流炎術を駆使していた。しかし、【熾条】嫌悪から来る戦法の硬直化により、炎術と長柄武器の併用は廃れていった。
 それを復活させたのが、今は亡き時任蔡であり、急場における感情を無視した理性的な判断だった。
 それでも、身についた戦法はなかなか抜けない。
 代わりに一哉や朝霞が考案したのが、炎術に秀でた者が張った弾幕の援護を受け、白兵戦に秀でた者が突撃するという集団戦だ。

「はぁっ」

 突き出した穂先は毛皮で覆われた妖魔の皮膚を裂き、胴体深くにまで貫く。そして、朝霞は"気"を込め、その妖魔の亡骸を他の妖魔に叩きつけた。
 壁に激突して圧死した妖魔たちを踏み越え、朝霞は次なる妖魔へと突撃する。
 その様はまさに炎が辺りを侵食していくような容赦のなさがあった。

「―――っ!? 包囲されてる・・・・ッ」

 飛び掛かってきた妖魔を叩き落とし、朝霞は歯噛みする。
 猛攻に猛攻を重ねていた朝霞は周囲に満ちる妖気から現状を素早く理解した。しかし、気付いた時にはすでに敵の包囲は完了しつつあった。

(く・・・・ッ。迂闊だったわ)

 敵に明確な指揮官がいるわけではない。
 これは実験棟から溢れ出してきた妖魔がとりあえず、広い場所――居住区との境に広がる大道へと出てきたのが原因だった。
 妖魔の流れに気付かず、大道を猛進した鹿頭家は期せずして三方から妖魔に圧迫されるという状況に陥っている。

「・・・・ッ」

 上空から襲ってきた針の群れをすんでのところで躱し、報復の炎を放った。だが、地面に縛り付けられた朝霞と違い、空にいる妖魔は三次元の機動で炎弾を躱し、続いて針を応射する。

「チッ」

 動きの鈍った朝霞向け、妖魔たちは一斉に距離を詰め出した。
 それを香西たちが眦を決して迎え撃つ。

(どうする・・・・?)

 妖気と"気"が鬩ぎ合い、闘気の嵐が巻き起こる中心で朝霞は進退に困っていた。
 このまま突撃することはできるが、この妖魔の量では包囲殲滅されてしまうかもしれない。しかし、踏み止まって戦っても、最終的な目標――研究棟には届かない。

「ねえ、椅央」
『どうした?』
「隠し球、あるでしょ?」
『・・・・ほぉ』

 朝霞は数日前、豪華客船で一哉が言っていたことを思い出した。
 この戦い、一対多となって、精霊術師が最も得意とする戦場となっている。しかし、実は精霊術師が一対多に強いなどと言うのはとある者たち限定のことだった。

「こういう状況だと・・・・如何に白兵戦が弱くともあいつなら充分な戦力になるわ」
『やはり、あやつの手の下で半年ほど学べば勘もよくなるな。―――すすっ』
『分かってるワ。投下準備完了』

 朝霞と椅央の回線にもうひとつの声が割り込んでくる。
 彼女こそ、【叢瀬】が抱える航空戦力だ。

『その、前ニッ』
『うわぁーっ!?』

 回線の向こうから銃声が聞こえ、鹿頭の上空を制圧していた妖魔が吹き飛んだ。

『邪魔者の始末は済んだワヨ』
「・・・・その前に何故か悲鳴も聞こえたんだけど?」
『荷物が喋っただけヨ』

(あ、やっぱり投下するものって・・・・)

 時速100km近い速度で通過した央芒はそのままの勢いで『荷物』を投下する。
 それは実験区の中央部であり、盛んに爆炎が上がっている場所だった。

「うわー・・・・」

 言わば妖魔が群れに群れているど真ん中だ。

(まあ、強大な戦力を砲弾として使うはずもないし、大丈夫なんでしょうよ)

 それよりも戦闘だ。
 この程度の妖魔に遅れを取る鹿頭家ではないが、如何せん数が多すぎる。

「・・・・ん?」

 視界を巡らせた中に違和感のようなものを感じ、朝霞は数十メートル向こうに視線を飛ばした。

「・・・・いた」

 違和感の原因は6階建ての実験棟の屋上だ。
 その実験棟の周りには食い散らかされたかのように妖魔の遺骸が転がっている。

(共食い・・・・?)

 勝ち誇ったように天を見上げて咆哮していたその妖魔。
 その妖魔がふっと視線を下げた時、朝霞のそれと重なった。

「―――っ!?」

 全身が粟立ち、鳥肌が皮膚を駆け抜ける。そして、朝霞は防衛本能のままに<嫩草>を振るう。

―――ドンッ!!!

 朝霞の瞬間最大出力で放出された炎は鹿頭家の上空で花開き、飛来した何かを爆圧で吹き飛ばした。

「はっ・・・・はっ・・・・」

 噴き出した汗を拭うことなく、朝霞は胸を掴んで動悸を抑えようとする。
 炎の圏外に位置していた妖魔たちは悲惨だった。
 全身を針に貫かれ、数十の妖魔たちが一瞬で掃討されている。
 その遺骸に突き刺さった針周辺は紫色に変色し、口からは血の混じった泡が溢れていた。

「毒・・・・。―――っ!? みんな、気を付けてッ」

 朝霞の言葉に鹿頭たちは戦闘を中断し、物陰に隠れるようにして移動する。
 その行動は賞賛に値するが、彼の妖魔からすれば遅すぎた。

「―――うわぁっ!?」

 数十メートル向こうから飛翔してきた妖魔がアスファルトを砕いて着地する。そして、近くにいた1人がその飛礫を受け、血を吐いて転がった。

「香西っ、負傷者を連れて下がってッ。ここは私がッ」

 言うや早く朝霞は<嫩草>を握り締めて走り出す。
 妖魔も朝霞の姿を見止め、咆哮した。
 周囲の破壊を顧みない炎と同胞をも殺し尽くす毒針の奔流がぶつかる。
 その様は上空一〇〇〇メートルからでもよく見えた。



「―――戻ったか」
「うん、ただいま♪」

 高雄研究所上空でヘリを操縦していた一哉は開けっ放しの扉からひとりの童女が入ってきたのに気付いた。

「いちやはこれからどうするの?」

 副操縦席に座った童女は邪気のない笑顔で覗き込んでくる。

「そうだな・・・・」

 眼下では3つの戦いの渦が確認できた。
 ひとつめは居住区で行われている【叢瀬】と装甲兵の戦闘だ。
 【叢瀬】は幼少だが、居住区の電力制御を完全に奪い取った椅央が援護し、"驍名の爪牙"・叢瀬央梛が最前線で爪を振るっている。
 ふたつめは実験区の居住区側での妖魔と鹿頭の戦い。中でも朝霞と上級妖魔と思しい妖魔の戦闘は派手だった。
 そして、みっつ目。

「頼むぞ、最大戦力」

 一哉は地響きを上げて倒壊する実験棟を見下ろし、ニヤリと笑う。しかし、その笑みはすぐに引き締められた。

『―――こちら、椅央。聞こえるか?』
「ああ、聞こえる」
『引っ掛かったぞ。方位二四、距離九七〇〇、速度約六〇キロ毎時、数三』
「でかした」

 一哉は椅央を労うと、慣れた動作でヘリを方向転換させる。

「離脱準備してろ。・・・・たぶん、墜とされるぞ」
「なんか、落ちぐせついたねっ」

 これまで、高雄研究所攻防戦を睥睨していた爆音が高速で遠離り、新たな戦場を求め出した。









第二章第三話へ 蒼炎目次へ 第二章第五話へ
Homeへ