第一章「入学、そして継承」/1


 

 森の中に厳重に封印された洞穴がある。
 周りは滅多に人の来ない静かな緑が広がっており、もし人が来たとしてもその者は二度と下界には帰れない。
 死ぬまで永久的に彷徨うこととなる地に常人には聞こえぬ声が響く。

『―――御曹司よ。名族なる御曹司よ、反応してください』

 もう10年繰り返している呼び声を今日も続ける。
 今日も現れぬならば明日も、明日現れぬならばその次もと、延々繰り返されるであろう出来事。
 封印を解けるのは10年前に彼の物の持ち主にと選ばれた者。

『我ら生き残りが務め、果たすために』

 そして、彼の物を振るい、務めを果たす者。

『必ず・・・・必ず、私たちは巡り会い、そして・・・・』

 殺意の渇望はまだ潤わず。ただ、ただ焦がれるだけ。―――待ち人はまだ現れず。
 今日も静かに1日は過ぎていく。






穂村直政side

「―――ぜ、ぜひ・・・・っ。ちょ、ちょっと待って下さい、政くん」

 この言葉に穂村直政は振り返った。
 音川町唯一の高等学校――私立・統世学園高等部の校門で唯宮心優が膝に手を当てて荒い息を整えている。

「ぜひ、ぜひ・・・・絶対無理です。今日からこの坂を毎日登るなんてっ」
「だったら、車出してもらえば? 御嬢様」

 直政の妹である穂村亜璃斗が無表情のまま言い、隣の直政の腕を取った。

「そうすれば、私は明日から兄さんとふたりで登校できるから」
「い、嫌ですっ。わたしは政くんと学園生活を送るためにこの学校に入ったんですからっ」

 自慢できないことを胸を張って言う。
 そんな心優に直政はこめかみを叩きながらため息をついた。

「勉強しろよ、勉強」
「はぁ、兄さん。それができたら私たちは苦労しない」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」」

 ふたりは見つめ合い、同時にため息をつく。

「な、何ですか? そのため息!?」
「別に」

 眼鏡を光らせんばかりに冷徹に切り返した亜璃斗はせせら笑うように口の端を上げて見せた。

「どこが別に・・・・ゲホッゴホッ」
「あぁー、もうっ。お前らが揃うと進みやしねえ。話だけでなく、物理的にもなっ」

 そう言って直政は心優の腕を掴み、引っ張るようにして歩き出す。

「ま、政くん・・・・そんな初登校早々大胆な♪」
「ぶん投げんぞ」
「嫌ですっ。意地でも離しませんっ」

 ぎゅーっと直政の腕にしがみつく心優を見て、亜璃斗は反論した。

「私じゃなくて、心優が悪いと思うのよ、兄さん」

―――キーンコーンカーンコーン

「「「あ・・・・」」」

 穂村直政。
 穂村家の長男であり、祖父と妹での三人暮らしで今年から統世学園高等部に通う新入生である。因みに家事は妹と分担で行い、その辺の女子高生では足元に及ばない料理の腕を持つ。最近は会心の出来映えに喜んだ後、虚無感に襲われるという難儀な生活をしている。

「―――よぉし、新入生ども。周りを見ろ。これが今年から三年間、問題がない限り一緒に過ごすことになるクラスメートだ」

 統世学園1年B組にはまだ真っ白な新入生たちが集っていた。

「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・」

 隣の席では心優が疲労困憊の態で喘いでいる。

「因みに言うと、私は担任ではない。担任は体調不良とか言うので休みだ。私は2年A組の担任だから」

 そのまま女教師は「だから名前は書かない」と付け加えた。
 新入生たちはこの女教師が上級生たちに"白矢の悪魔"と恐れられる超武闘派教師だと言うことはまだ知らない。―――そう、まだ。

「とりあえず、第一講堂に移動しろ。そこで入学式だからな」

 そう言うと先生は出席簿を持ち上げ、教室を出て行った。
 入れ替わりに胸に華を付けた先輩たちが入ってくる。

「はいはい、新入生さんたち、あたしたちに着いてきてね。はぐれると迷うわよ・・・・路頭にね」

 リーダー風の先輩が手を叩いた。

『『『ウッス』』』

 美人の先輩に男子たちは一斉に立ち上がる。そして、立ち上がった直政の前に心優が立ち、直政の腕を取った。

「お、おいおい・・・・」
「うぅ〜」

 驚いて辺りを見回す直政を尻目に心優は手に力を込めながら唸る。

「むむ・・・・。さすが高校生・・・・」

 直政の腕を掴む手とは逆の方で自分の胸をペタペタ触った。

「? み、心優?」

 とりあえず、顔に血が上るのを必死に耐えながら直政は心優に話しかける。

「政くん」

 ぐるんという感じに振り返り、心優は下から直政を覗き込んだ。

「政くんは脂肪の塊なんかに騙されませんよね!?」
「な、なぁ!?」

 ズズイッと寄ってくる心優の迫力に気圧されて後退る。

「ね!?」
「―――はいはい。じゃれ合いか痴話げんかは分からないけど、早くしなさい」

 ポンポンと先生が持って行ったはずの出席簿でふたりの頭を叩く先輩。

「二階堂、講堂まで頼むわ」
「はい」

 その先輩は廊下で待っていたもうひとりの先輩へとふたりの背中を押した。

「守るわ、絶対に」

 そう言った先輩が背を向け、反対側へと歩き出す。

「さ、政くん。行きましょう。わたしたちの結婚式にっ」
「違うだろっ」
「ぷっ」
「?」

 笑い声に振り返った直政は顔を引き攣らせた。

「ささ、行きますよー」
「お、おい。引っ張るなってっ」

 とりあえず、先輩が"大鎖鎌"を振り上げていたことは冗談だと思いたい。

 唯宮心優。
 「ただみや みゆ」という、変わった名前を持つ御嬢様。その実家――唯宮財閥は紡績業を本業とし、多岐に渡る企業展開で拡大を続ける一大企業。そして、その会長の孫であり、社長の娘なのが、心優なのだ。これが直政と家が隣同士なのにも関わらず、小中と違う学校だった理由である。

(―――はぁ、初日から全く疲れる・・・・)

 直政たち新入生は第一講堂に移動して整列していた。
 それにしても講堂の広さは異常である。
 一学年――四〇〇人超――の新入生とその保護者たちを収容してしまっていた。

(まあ、三階席もあるって言うとんでもさだけどな)

 どうやら、噂以上の学園のようだ。

(唯宮家も大概だが、ここも、な・・・・)

 チラリと前にいるツインテール娘――心優を見遣った。
 出席番号順の二列縦隊のため、5、6番前の心優はすぐである。

(亜璃斗は・・・・ああ、いたいた)

 同い年の妹である穂村亜璃斗は隣のクラスの列で自分と同じくらいの位置にいた。
 相変わらず、無表情からは何の感情も読み取れない。

「―――それでは・・・・次は生徒会長から歓迎の言葉です」

 司会をしている放送委員に紹介された女子生徒が壇上に登る。そして、マイクスタンドからマイクを引っこ抜いた。

「諸君っ、よくぞ、我が統世学園高等部に入学してくれました」

 口調はアレだが、まずまず定番の言葉だ。

「3年生が抜け、手薄になった層を埋めるべく、早くこの学園に慣れて下さい。各部活動の勧誘は気を抜いていると気が付けば入部届にサインしている可能性があるので十分に注意するこ―――ゲバッガハッゴホッ」

(は?)

「ぜ〜ぜ〜・・・・早口は〜辛いです〜」

 饒舌からいきなりゆっくりとなった。そして、それに呼応して、舞台裏から「勝った」だの「負けた」だのという声が聞こえてくる。

「あ〜・・・・もうめんどくさいから」

 教卓に突っ伏した体勢から新入生をぐるりと見回した会長は告げた。

「入学〜おめっと〜」

 滅茶苦茶やる気のない口調で歓迎され、直政は思わずツッコミを入れそうになる。しかし、ポケットに入れた携帯電話の振動がそれを止めた。

(こんな時に・・・・)

 コソコソとポケッとに手を入れ、誰からかだけを確認する。

(って、おいおい・・・・)

 差出人の方へと向くと眼鏡の向こうから感情の読めない視線を感じた。

『静かに』

 唇の動きだけでそう伝えると、亜璃斗は再び前を向く。
 兄の行動パターンを読んだ、恐ろしいまでの妹の思考回路。

(よくできた妹だこと)

 直政はやたら舞台裏を気にしながら話を続ける校長の話に耳を傾けた。

 穂村亜璃斗。
 名前の読みは「ありと」。直政が4月生まれであり、亜璃斗は3月生まれという同い年の妹である。直政が夕食を担当するので、亜璃斗は朝食と弁当などを用意して家事の分担をしている。無表情でクールな印象が強いが、好奇心旺盛で無駄な雑学を多数仕入れている。

「―――政くん、さあ、軽音部へ行きましょうっ」
「ちょっと待て」

 最後のホームルームが終わるなり、連れ出そうとした心優の顔面をアイアンクローで止めた。

「む? 真っ暗です」

 落ち着いたのを確認した直政は手を離す。
 手の向こうから現れた顔は何故か残念そうだったが、それを無視して話を続けた。

「何でどうしていきなり軽音部なんだ?」
「去年の文化祭でステージを見て、歌いたいなって思ったからです」

(あ〜、そういや・・・・)

 手を握り、引っ張っていこうとする心優に抵抗しながら思い出す。
 勉強も運動もダメダメな御嬢様にはひとつだけ他人に誇れるものがあった。
 それは圧倒的な歌唱力である。
 低音も高音もお手の物。息継ぎのタイミングは楽譜を見ずとも自然に読み取り、どんなメロディーも1回で記憶する。さらには運動の時には発揮されない肺活量もここでは大判振る舞いなのだ。

「それで、政くんと一緒のステージに立ちたいんですっ」
「却下」
「えぇ!?」

 意気込みをぶつけて来た心優に対し、壁を示した直政はカバンを持って言った。

「俺は部活しないでバイトすることに決めてるんだよ。それに俺に音感はない」

 直政はおそらく、普通の仕事には就かない。
 だとすれば、バイトという形で世間に触れておこうと決めていたのだ。

「ほらほら、軽音部に行ってこい。俺は応援するぞ」

 心優の背中を押して廊下へと出る。そして、直政は昇降口へと歩き出した。

「うー、仕方ありません。諦めます。確かに政くんに音楽というのは乾いた笑いも凍り付きます」
「うっさいわっ」

 叩きつけるように返した声をものともせず、心優は逆方向へと歩き出す。
 どうやら本当に諦めたようだ。

「さて、と・・・・」

 カバンから求人誌を取り出した。

「ここはやはりオーソドックスにレジ打ちか? それとも・・・・・・・・ん?」

 視線を感じて雑誌から顔を上げる。
 ここはもう、昇降口であり、生徒で溢れかえっていた。そして、その群集を貫いてこちらに届く、一対の視線。

(誰・・・・)

 軽く視線を巡らしながら常人ならざる【力】によってその地点を割り出す。

「―――穂村、直政?」

 その声は後方5メートルの位置から聞こえてきた。

「誰?」

 振り向きながら思ったことを口にする。

「質問は私がしてるの」

 そこに立っていたのは制服の色から新入生と分かる女子にしては長身の少女。
 赤いリボンによってポニーテールにされた毛先を揺らしながらこちらに鋭い視線を投げかけていた。
 苛立たしげにリボンを弄り、その動きで右耳のイヤリングが揺れる。

「あなたが穂村直政?」
「・・・・そうだけど?」
「そう」

 少女は返事に軽く頷いた。そして、直政の横を擦り抜けるようにして歩いていく。

「お、おい・・・・」

 訊くだけ訊いて去ろうとする少女を慌てて呼び止めた。

「地術師」

 足を止め、しかし、振り返ることなく少女は言葉を放つ。

「じゃあね、また会う時まで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 驚きで返事も返せない直政を置き、少女はゆっくりと昇降口から出ていった。






騎士scene

「―――兄さん、準備できた?」

 その夜、穂村邸の玄関に黒のTシャツの上に黒のジージャン、黒のジーンズと黒ずくめに身を固めた亜璃斗が立っていた。そして、彼女の視線は玄関に腰掛けて靴を履いている兄――直政に固定されている。

「大丈夫大丈夫」

 きゅっと靴紐を結んだ直政は振り返り、見送りに出ていた祖父――穂村直隆の顔を見た。

「じゃ、行ってきます」
「おお、行ってこい」

 穂村家現当主である彼は前線には出ず、父――直虎と母――亜華美(アケミ)はすでに他界している。
 いや、そもそも前線で戦える武勇を未だ有しているか分からない。
 故に穂村家の戦力は長男である直政と長女である亜璃斗が全てであった。

「行くぞ、亜璃斗」
「ん」

 穂村家。
 それは精霊術の一角――地術を身に宿した一族である。
 地術師で最も有名だった御門宗家は10年前に滅んだが、穂村家のような諸家は未だ健在だった。だが、この音川を支配している結城宗家のように現在、退魔界で勃発している新旧戦争に馳せ参じるほどの戦力はない。
 穂村家のような弱小勢力にできることと言えば、対人戦闘に割かれた退魔要員の穴埋めくらいしかなかった。
 特に地術師と言えば風術師に続く索敵能力を持つ。

「見つけたぞ、亜璃斗。方位南東、距離三〇〇〇」

 何気なく夜道を歩いていた直政は町中で認識できるギリギリの距離で蠢く妖気を発見した。

「結界、お願い」

 亜璃斗も見つけたのか、体勢を低くした走りで先を行く。
 穂村兄妹の戦闘スタイルは亜璃斗が前衛なのだ。
 何でも直政に遅れを取ることは存在意義を問われることらしい。

(それにしても・・・・ここ数週間でどうしちまったんだ、この音川は)

 このように夜で歩くだけで妖魔と遭遇するようになったのは新旧戦争が勃発してからである。
 それ以降、この地に張り付いていた結城系の術者が京都に撤退したことは結城から知らされていたが、それにしても妖魔が増えすぎである。
 元々、結城がこの地に配していた術者は戦闘能力よりも索敵能力を買っていたものである。
 言わば、結城宗家が京都の本邸を中心に張り巡らせた索敵網――現代で言うレーダーサイト――の一角だったのだ。
 故にその術者の戦闘能力は風術師らしく低いと考えられ、今のような頻度で出現する妖魔をとてもではないが、捌ききれないと考えられた。
 他に退魔専門部隊がいたのかは分からないが、この出現率は異常であることは間違いない。

(全部、亜璃斗とじいちゃんが考えたんだけどなっ)

 生け垣を跳び越えて公園へと入った直政たちを待っていたのは一騎の騎馬武者だった。

「いや、違う・・・・」

 騎馬武者は西洋風の甲冑に馬鎧まで施した完全武装ではある。しかし、その「騎士」と呼称するに相応しい出で立ちには足りないものがあった。

「こいつ・・・・ケンタウロス?」

 そう、騎士には足がなく、下半身は馬の胴体と同化している。さらに馬には頭がなく、その部分には騎士の体があった。

「ケンタウロスって弓じゃなかったか・・・・?」
「そう。でも、ケンタウロスは騎馬民族を怪物に見立てたとされるから・・・・」

 とにかく、ケンタウロスもどきが持つのは弓ではなく、西洋の騎士が持っていたとされるランスを握っている。

<――――――>

「来るっ」

 こちらの存在に気付いていた騎士が馬蹄を轟かせて突進してきた。そして、片手に持ったランスを神速の勢いで突き出す。しかし、いち早く二人が退避したためにランスは地面に突き刺さった。

「ちょ、これ、山大きすぎっ」

 直政は穂先を中心に半径2メートルほど吹き飛ばされた土砂を見て血相を変える。

「でも、倒すしかない」

 両手で眼鏡を外した亜璃斗はそのまま眼鏡を真っ二つにへし折った。

「あいつは・・・・やる気っ」

 両手に残った残骸は瞬く間に姿を変え、一対の武器へと変貌する。

「止められるのか!?」

 亜璃斗の持つ武器、それは沖縄の古武術において使用される旋棍だ。
 有名なもうひとつの名はトンファー。
 対刀用に生み出されたとされる攻防一体の武器ではあるが、長柄武器であるランスには分が悪いのではないのだろうか。
 ランスの戦法は突進による衝突力での刺突である。だが、刃がないと言っても鉄棒の如く振り回せば、生身の人間などひとたまりもないに違いない。
 つまり、受け損ねたらそこで終わり、だ。

「やるっ」

 亜璃斗は腕と平行にトンファーを構えて走り出した。
 ランスを持つ騎士に突進を許すなど、愚の骨頂。
 接近戦こそ活路があるというばかりに亜璃斗が前に出る。

「兄さん援護を」
「おうっ」

 返答と共に石の飛礫が直政の周囲に浮かび上がった。

 地術師。
 防御力では強力無比の強度を誇り、ほとんどの者が踏み締める"地面"を味方とする。そして、自分を中心に「防御の陣」を形成して己を護りながら戦うことが特徴である。また、地中ならば風術師の大きく上回る探査力と戦車砲をも受け止めるという鉄壁を誇るのだ。

「はぁっ」

 亜璃斗が距離を詰めるよりも早く、動き出した騎士向けて直政は飛礫を放つ。そして、 それは家屋の薄い壁など貫通してしまう威力で次々と騎士を襲った。
 装甲を貫くほどではなかったが、騎士の動きを止めることに成功する。

<―――っ!?>

 足を操作し、直政に向き直ろうとしたその横合いから亜璃斗が突っ込んだ。
 ランスは騎士の右手。
 亜璃斗が突っ込んだのは左手。
 馬首がなければ完全な死角だったが、さすがはケンタウロスと同じ体躯を持つだけある。

「・・・・ッ」

 上半身を捻るだけで槍は容易にトンファーを打ち据えた。
 左のトンファーで防いだとはいえ、そのトンファーは左腕に密着している。
 その衝撃はほとんど減退することなく、亜璃斗の左腕を駆け巡った。そして、亜璃斗はその痛みに膝をつく。
 地術師の防御力を以てしてもランスの威力は殺しきれなかったのだ。

<――――――>

 騎士がさらに体を開くようにして亜璃斗を正面に捉える。さらにランスを鈍器として使用するために大上段に振り上げた。

「亜璃斗・・・・ッ」

 ランスが亜璃斗の脳天目掛けて振り下ろされた瞬間、騎士の右側――直政から見て正面――に石の槍が腹を目指して伸びる。だが、その穂先は瞬間的にコンパクトに振り切られたランスによって砕かれた。

<・・・・ッ>

 騎士は直政こそ邪魔だと思ったのか、振り上げた前足で亜璃斗を蹴り飛ばし、向きを変えて突進を開始する。

「兄さんっ」

 蹴りを交差したトンファーで受け止め、逆らうことなく吹き飛ばされた亜璃斗が地面を転がりながら叫んだ。

「―――っ!?」

 引き絞られたランスの鋒が街灯を反射する。
 鉄蹄を打たれた蹄が奏でる轟音と共に騎士が十数メートルの距離を詰めてきた。

「らぁっ」

 その勢いに呑まれそうになりながらも、再び直政は石の飛礫を放つ。だが、その驟雨の中に騎士は怯むことなく躍り込んだ。

「げっ」

 いくつもの飛礫が甲冑に命中して弾ける。
 それでも騎士は勢いを止めることなく、突進してきた。
 今度は至近距離だったので、いくつか貫通しているにも関わらずに、だ。

「チッ」

 今度は直政の足下から騎士向けて石の槍が突き出した。
 そのタイミングは絶妙で、騎士は自分の勢いで串刺しに―――

―――ドゴンッ

「ガハッ」

 先程と同じ、急機動で横薙ぎに振るわれたランスは槍を粉砕する。さらに槍の向こうにいた直政の横腹を思い切り殴打した。
 刺突に構えていた直政は思わぬ横撃に耐え切れず、数メートルもの距離を吹き飛ぶ。

「兄さんっ」

 腕の痺れが取れたのか、亜璃斗が慌てて駆け寄ってきた。
 曲がりなりにも防御していた亜璃斗とは違い、直政は直撃だ。

「ゲホゲホゲホ・・・・ッ」

 それでも、直政は亜璃斗を遙かに上回る対物理的防御力を有していた。

「大丈夫?」

 庇うように立ちながら、気遣う亜璃斗。

「だ、大丈夫・・・・」

 ヨロヨロと立ち上がれる自分に驚く。

「はぁ・・・・はぁ・・・・キツ・・・・ッ」

 チラリと見れば騎士は早くもランスを構え直し、突進の準備に入っていた。
 甲冑の所々に穴が開き、見るからに凄惨な姿だが、ダメージを負っているようには見えない。
 むしろ、見た目傷だらけなだけ、壮絶さが増していた。

「どうする、亜璃斗」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 白兵戦闘において、こちらの最強である亜璃斗が歯が立たない。
 地術で亜璃斗の優位に立つ直政の攻撃も効いていない。
 それは騎士の妖魔が穂村家の実戦力を凌駕していると言うことに他ならなかった。

「来るっ」

 突進体勢に入ったと見るや、亜璃斗はトンファーを手に飛び出す。

「・・・・ッ」

 横殴りに振るわれたランスを一歩退くことで躱した亜璃斗は次の瞬間、懐へ飛び込み、トンファーの短い方の鋒を正面の馬鎧に打ち込んだ。
 "気"を込められた一撃は馬鎧を陥没させ、内部にあるはずの騎士へのダメージへと変換される。

「ふっ」

 せっかく掴んだ好機――長柄を持つ敵の懐に入った亜璃斗は洗練された動きで次の攻撃を繰り出した。
 右腕を引き戻す反動で得た力で左腕を突き出す。そして、それは胸甲を思い切りブッ叩いた。

「―――っ!?」

 重い打撃をふたつ受けても、騎士の動きは鈍らず、左に開くと大上段からランスを振り下ろす。
 重い衝撃が地面を揺らし、辛うじて避けた亜璃斗の背筋に冷たい汗が伝った。だが、次の瞬間、ランスは引き戻される。

「あぐッ」

 亜璃斗ができたのは両腕で衝撃を受け止めることだけだった。
 トンファーが軋むほどの打撃は細身の亜璃斗を十数メートル吹き飛ばす。

<・・・・ッ>

 文字通り、亜璃斗を力尽くで押し退けた騎士は今度こそとばかりに直政向けて突進してきた。

(あ、亜璃斗は・・・・)

 危険が迫ってはいるが、妹のことが心配で直政は視線を騎士から外す。

「あ・・・・」

 公園の隅まで飛ばされ、俯せになっている亜璃斗。

「に、兄さ・・・・」

 よろよろと手をつき、立ち上がろうとする体。だが、それはすぐに脱力し、その下からじわりと赤い液体が流れてきた。
 見なくても<土>が伝えてくる。

「く、そぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!」
<―――っ!?>

 地面から次々と石の槍が突き出した。
 まるで剣山のような光景が公園内に出現する。しかし、騎士は見事な足裁きとランスの剛力で、いくつもの手傷を負いながらもその猛威から紙一重で致命傷を避け続けた。

<・・・・ッ>
「うわっ」

 直政の前面に立ちはだかった数本の槍を薙ぎ払い、騎士は直政を間合いに入れる。
 突撃の勢いはかなり減退されているが、その鋭い穂先と膂力を持ってさえすれば直政を貫くなど容易かった。

「あ、ぁあ・・・・」

 ほんの数メートル前に立つ騎士は助走なしでも速度と威力を確保するため、前足を上げて体重を後ろにかける。

―――ドンドンドンッ

「・・・・は?」

 直政を貫こうとした穂先が胸の肌に触れた瞬間、目の前の騎士が吹き飛んだ。

「え・・・・と?」

 自身も爆風に煽られて尻餅をついた直政は<土>の声に従い、公園に踏み込んだ第三者を見遣る。

「あ・・・・」

 横合いから"炎"で騎士を薙ぎ倒したのは見覚えのあるポニーテールの少女。

「ふん」

 呆然としている直政を一瞥すると、少女はゆっくりと肩に担いだ鉾を構えた。

「早い再会だったわね、地術師」

 声は直政だが、視線は立ち上がった騎士に向いている。

<――――――――>

 咆哮。
 邪魔されてばかりで苛立った怒りがその場にいた全員の肌を打つ。
 その大きさに直政と亜璃斗は戦慄した。

「うるさい」

 だが、少女はそれを一笑に付す。

「とっとと来なさい」
<・・・・ッ>

 少女の挑発に騎士は四肢に力を込めた。
 蹄は大地を力強く踏み、禍々しいまでの妖気を振りまいて突進する。
 対する少女は一歩も動かず、待ち構える姿勢だ。

(殺られるッ)

 あの距離、あの速度、あの武装。
 少女は貫かれ、跳ねられ、踏み潰されるに間違いない。

「に、逃げろっ」
「逃げるかッ」

 叫びと共に穂先が陽炎に包まれ、それは広がった。
 騎士から見れば、少女の姿が揺らめいて見えたに違いない。だが、騎士は怯むことなく、速度を速めて突進した。

「馬鹿ね」

 それが、死期を早めたことも知らずに。

「あ・・・・」

 陽炎が消えた時、鉾の穂先は深々と騎士の胸を貫いていた。

「燃えろぉっ」

 脇に転がった少女の命に従い、鉾に込められていた<火>が活性化する。

「お、おお?」

 轟音と共に火柱が公園に聳え立った。
 騎士の体内から発生した炎は堅牢な鎧の内側から妖魔を生きながら火葬に処していく。

「―――穂村直政」
「あ、あ?」

 ポカンとその光景を見ていた直政は声の方へと視線を向けた。

「あんたの妹、血は出てるけど大したことない、わっ」

 きゅっと自分の髪をまとめていたリボンを亜璃斗の腕に巻き付ける。そして、リボンの上から患部に手をかざし、"気"を当てた。

「仮にも精霊術師なら数日中にも学校に来れるでしょ」
「あ、ああ。ありがとう」
「後、包帯とかの手当は家でしなさい」

 近付いた直政に亜璃斗を押し付けると少女は歩き出した。

「ほ、本当にありがとう!」

 その背中は振り返ることなく、燃え盛る騎士から鉾を引き抜く。そして、崩れ落ちる騎士には目もくれず、公園の出口へと歩いていった。









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