「筑後騒乱」/五
| 絢瀬晴政。 若くして日向衆の頭目に就任し、民部少輔の地位にある勇将だ。 麾下の日向衆は小領主が多く、統治は難しい。 本来であれば鷹郷氏の分家などと言う血筋が必要になるような要職を、青年の年齢で問題なく務めている。 龍鷹軍団の武将と言えば、鳴海直武、鹿屋利直・利孝、長井衛勝、武藤晴教・統教が他国でも有名だ。しかし、領地経営や軍勢指揮と言った多くの分野で多才を発揮する晴政も隠れた名将なのである。 部隊の総大将としての主な戦歴は以下の通りだ。 都農合戦(鵬雲二年八月、対神前氏戦) 高城川の戦い(鵬雲五年四月、対銀杏軍団戦) どれも迎撃戦であり、味方の来援で勝利した戦いである。 つまり、絢瀬晴政が得意とする戦闘は「ひたすら耐える」だった。 絢瀬晴政side 「―――ふんぬ!」 鵬雲六年十月三一日、久留米城南東。 絢瀬晴政は寄せてきた敵足軽を馬上槍の石突で殴り倒す。そして、反対側から寄せてきた徒歩武者の打刀を槍の穂先で弾き飛ばした。 武器を失って隙が生まれたその徒歩武者を従者が袈裟斬りにした上で蹴り飛ばす。 (圧力は変わらないな・・・・) 久留米城勢の猛攻が始まって約一刻(2時間)。 最初から総攻撃に出ていると思われる虎熊軍団の圧力は変わらない。 「逼塞していた鬱憤もあるのか?」 後方で休んでいた武者部隊が戻ってきたので、晴政は本陣に戻って汗をぬぐった。 圧力が強いとはいえ、本陣までは攻め込まれていない。 (まあ、久留米勢の本命はここじゃないんだろうな) 少なくとも、今は。 久留米勢の狙いは明白だ。 龍鷹軍団絢瀬勢の分断である。 絢瀬勢は上津土塁に本陣を置き、それを絢瀬晴政が一五〇〇を率いていた。 この他に久本繁政五〇〇が現久留米競馬場に、南郷繁満五〇〇が高良山に布陣している。 二五〇〇が約一里に渡って布陣しているよう見えるが、高良川から上津荒木川までは空白地帯となっていた。 ここに久留米勢が押し出してきて、若干の高地――現浦山公園――を占領。 その高台を拠点に絢瀬勢にちょっかいを出しつつ、さらに北方の久本・南郷勢を攻めている。 久留米勢四〇〇〇に対し、絢瀬勢は二五〇〇。 数的劣勢であるし、さらに絢瀬が想定していない部隊も敵には沸いていた。 「明星山の方はどうだった?」 ちょうど物見から帰ってきた若武者に声をかける。 今朝の久留米城勢の猛攻と同じくして、本陣から東方に当たる明星山に数々の幟が立ったのだ。 これを気にした絢瀬勢は強く出られず、敵の攻撃を受けるだけになっていた。 「ハッ、どうやらわずかな侍衆が周辺の農民を動員したようです」 (農民兵か・・・・) とは言え、だからと言って侮れるものではない。 龍鷹軍団も訓練をしているとはいえ、農民主体の軍団と言っていい。 農民だからと言って素人とも言えないのが、この時代の軍隊だ。 「わずかな侍衆と言うことは、戦闘は難しいか?」 「未知数ですね。一応、近くまで行けば、バラバラと弓矢が飛んできましたし・・・・」 「幟だけではなく、武装もしているのか・・・・」 そうなれば、隊列を組んで前進してくる可能性もある。 「数はいかほどだった?」 側近のひとりが質問した。 「はっきりは見えませんでしたが、二〇〇~三〇〇はいるのではないでしょうか」 「むぅ、存外に多いな」 側近が唸り声を上げる。 彼からすれば一〇〇名程度ならば無視でいいと思ったのだろう。 「絶妙な数字だな」 二〇〇~三〇〇もいるのであれば、こちらも最低一〇〇は残さなければ突破される。 それだけではなく、背後からそれだけの軍が迫ってきたら、気になって仕様がない。 前線が集中できなければ久留米勢相手に苦戦するだろう。 (ただでさえ、今も気になっているのだから) たが、逆に言えば素人集団二〇〇~三〇〇など、戦闘集団の敵ではない。 (やはり蹴散らすのがいいか?) 同数でも向ければ勝利できるだろう。 だが、それだけの兵を前線から引き抜くということだ。 「しっかりとした戦略を練って来たか・・・・」 龍鷹軍団が手薄になったから打って出てきたわけではない。 しっかりと勝利への道筋を考えて、それを実行してきたのだ。 (杉内周輝。さすがは熊将の親を持つだけのことはあるか) 幼い頃から名将を見てきたのだ。 いい教師がいれば、いい人材になる可能性も高い。 「ただ、それを打破しなければな・・・・」 小さく呟いた絢瀬は側近に顔を向けた。 「本陣に詰める霊術師を集めろ」 「はっ。・・・・どうするので?」 「一気に粉砕する。それならいいだろう」 そう言って、絢瀬は馬上の人になる。 「殿も行かれるので?」 「俺も霊術が使えるからな」 槍持ちから槍を受け取る。 「殿が先頭に背後へ突撃したら、撤退だと前線が勘違いしませんか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 絢瀬は無言で槍持ちに槍を返した。 「まずは前線指揮官に、後方の敵を蹴散らす旨を伝えましょう」 素直に従った側近がそう言うと、絢瀬は槍持ちから槍を奪い取る。 「分かった! その役目は任せろ!」 「え!?」 「お前は霊術師を率いて、民兵を撃破しろ!」 勢いよく飛び出していく絢瀬は側近に指示を出し、こちらを追いかけようとした足を止める。 「俺は伝令がてら、もう一度前線で暴れてくる!」 「・・・・ええー」 止めようと思った時にはすでに馬上の人になった絢瀬は前線指揮官の下へ、文字通り駆けて行った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 側近が沈黙している間に、招集された霊術師たちが集まってくる。そして、側近の前に整列し出した。 事態を飲み込めていない彼らは本陣で待っていた側近こそが自身らを招集したのだと考えている。 それは間違っていないのだが、側近からしたらたまったものではない。 「マジで俺が率いるのかぁ・・・・」 側近――絢瀬氏政はがっくりと肩を落とした。 彼は絢瀬の末の弟であり、今回の遠征が初陣である。 「とりあえず、近くに行って、霊術ぶっ放すだけでいいかなぁ・・・・」 射程距離的に鉄砲には勝てないが、前から派手に霊術が飛んでくるだけでも威圧感があるだろう。 怯んだ兵が放つ矢玉はほとんど意味がない。 霊術部隊は大きな損害を受けることなく、目的を達成できるはずだ。 「はず、はず、はず・・・・」 絢瀬氏政は自分に言い聞かせ、槍持ちから槍を受け取った。そして、目立たないように徒歩武者で移動することにする。 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」 四半刻後、絢瀬氏政が率いた部隊が民兵を撃破した。 突如として大量の霊術を叩きつけられた民兵集団は、着弾点がまだ遠いのにも関わらずに大混乱に陥った。 遠距離攻撃に用いられたものが弓・鉄砲ならばまだ見慣れたものだったが、霊術自体を目の当たりにしたのが初めてという者たちもいた。 だから、それに驚いた民兵は手に持った武器を放り投げて逃げ出したのである。 曰く、「天変地異だ!」と。 目付の武士が必死に落ち着けようとしたが、それほど多くの武士を割いていなかったため、全く制止できなかった。 結局、二〇~三〇人という小勢の絢瀬勢は戦うことなく、二〇〇~三〇〇の民兵集団を崩壊に導く。 これは虎熊軍団にとって予想外の出来事だった。 杉内周輝side 「―――くそ、硬いな・・・・ッ」 杉内周輝は軍配を握り締めたまま歯噛みした。 開戦から一刻半(約3時間)が経っている。 虎熊軍団の作戦は以下の通りだった。 一、龍鷹軍団の隙間に軍を入れて連絡を遮断。 二、北方に展開する一〇〇〇を殲滅。 三、返す刀で絢瀬勢本隊を撃破。 この内、一に関しては敵に気付かれなければ可能である。 事実、虎熊軍団は高台――現浦山公園――を占領していた。 では、二はどうか。 (久本勢は後退したが・・・・) 現久留米競馬場に布陣していた久本勢五〇〇は久留米勢を北西から受け止めている間に南方を抜かれ、片翼包囲のような形に陥った。 その時点で、現位置での交戦を諦めて、高良山城砦群へ向けて撤退。 久留米勢の追撃を受け、少なくない被害を受けたが、それでも秩序ある行動で南郷勢と合流していた。 (追撃に失敗したと言えよう・・・・) 襲い掛かった久留米勢の方が損害は大きかったかもしれない。 (大きく崩れてくれたら、南郷勢諸共破砕できたかもしれないのに・・・・) 杉内は歯噛みした。 (思っていたよりもこちらの練度が低い・・・・) 久留米勢は所謂留守居部隊だ。 筑後衆の主力は未だ父に付いて肥前にいる。 それは肥前衆が打撃から回復しきっていないからだった。 このため、杉内が率いる兵は訓練未了であり、守りはともかく、攻めには不慣れなのだ。 (・・・・やはり、久留米城に籠城したままの方がよかったか?) 杉内の脳裏に不安がよぎる。 (このままでは絢瀬勢本隊が息を吹き返してくる) そうなれば、攻め疲れた久留米勢では絢瀬勢を支えきれない。 (さらには敵本隊が帰ってくる・・・・ッ) 後方が襲われたのだ。 鷹郷従流が率いる本隊が軍を返してくる可能性が高い。 その足止めに一〇〇〇を置いているが、敵が本気で帰ってきたら鎧袖一触となるだろう。 「退くか、攻め続けるか・・・・」 攻撃を始めて一刻半(約3時間)が過ぎた。 時を合わせて発心城勢も動かしたが、いつまでも拘束はできない。 「伝令!」 悩んでいる内に、伝令が駆け込んできた。 「北東に≪茶褐色に黒の丸柊≫の旗印を確認しました!」 「長井衛勝か・・・・」 ≪茶褐色に黒の丸柊≫は長井家の旗印だ。 龍鷹軍団最強と名高く、対虎熊軍団戦でも活躍している。 (ただ、砂川の戦いで晴胤様に一撃を喰らっている。戦力は低下しているはずだ!) とは言え、長井勢は二〇〇〇だったと思われるので、抑えの一〇〇〇では苦しいだろう。 「潮時か・・・・」 杉内は決心し、俯けていた顔を上げた。 「北方軍にはこれを抑えるように命じる」 伝令が所属する北方軍には予定通りの行動を命じ、さらに続けた。 「南郷・久本を圧迫している二五〇〇から八〇〇ばかりを抽出し、これに備える」 「長井勢は南郷・久本との合流を図るのでは?」 側近の物言いはこうだ。 高良山北方は開けてあるため、若宮八幡宮を駆け抜けて高良山城群に入ることができる。 「合流するならばそれでいい」 山城を駆け上っている間はこちらを攻撃できない。 怖いのは勢いのまま一〇〇〇を打ち破り、久留米勢の背後に進出することだ。 「攻守は逆転した。大打撃を受けぬ内に撤退する」 絢瀬勢二五〇〇と長井勢二〇〇〇で、敵は計四五〇〇だ。 久留米勢は五〇〇〇いるので、数の上では勝っている。しかし、龍鷹軍団は百戦錬磨であるが、久留米勢は留守居部隊だ。 練度の問題で話にならない。 (当初の寝首を掻く作戦が失敗した以上、深追いは危険だ) 龍鷹軍団本隊からの援軍が到着する前に絢瀬勢を撃破できなかった以上、これ以上戦っても意味はない。 傷が深くならない内に久留米城へ撤退しなければならなかった。 だが、それは至難の業と言える。 (俺にそれができるか?) 杉内が戦場に出るようになって、十年近くが経過している。しかし、最後に戦場に出たのは五年前だ。 それ以降は治安維持や主力軍の補佐のために出陣ばかりだった。 このため、軍を率いた経験はあったが、ギリギリの戦いに身を投じたことはない。 兵は経験不足、部将も経験不足。 (上等!) 杉内は覚悟を胸に、軍配を握り締めた。 長井衛勝side 「―――おお?」 長井衛勝は肩で息をしながら水を飲んでいると、前方に展開していた敵兵が一斉に高良川を渡河し出した。 おおよそ一〇〇〇と見られた兵が幅十間(約18m)足らずの川を越えていく。 「撤退か?」 長井勢はこの一〇〇〇とは半里(約1.9km)の距離を開けて対峙していた。 やや駆け足で移動してきた長井勢は高良山城群の北西(現久留米IC周辺)で停止し、小休止を取っている。 その休憩後に攻め寄せようとしていた一〇〇〇の動きは、やや不可解と言えた。 (まあ、高良川を防波堤にこちらを防ごうという魂胆だろうが・・・・) その場合、久本・南郷を攻めていた部隊の左脇が空く。 そこを長井勢が衝けば、勝敗は決したようなものだ。 「おお・・・・?」 そう思っていたら、今度はその久本・南郷を攻めていた部隊が退き出した。 確保していた高良川東岸の高台も放棄し、全部隊が高良川を越える。 「報告します!」 前線を注視していたら高所である高良大社に派遣していた物見が帰ってきた。 「久留米勢の撤退は全域に渡っており、東は高良川、南は掘割を境にして防衛線を築く構えと見えました!」 物見である若武者の見立ては正しいだろう。しかし、高良川や掘割は一息で駆け抜けられるほどの障害でしかない。 防衛線にするには心もとない。 (というか、これまで必死に攻めていて、一気に防衛線を整えるなど、並の部将ではないな) 実際には攻め疲れていた久留米勢は戦線建て直しの命を受け、これ幸いと実行したに過ぎなかった。 また、長井は無意味と断じた川や堀も、「障害物がある」という安心感を兵たちが得て、落ち着いたに過ぎなかった。 つまり、久留米勢の動きは偶然の産物と言えたのだ。 「伝令!」 長井勢の息が整いつつあった時、南方から伝令が来た。 言うまでもなく、絢瀬勢からの伝令だ。 「御助勢、感謝いたします。兄・晴政はいたく感激しておられました」 やってきたのは絢瀬晴政の弟・絢瀬氏政だった。 自身も戦塵にまみれているが、充実しているのだろう、覇気を放っているように見える。 (氏政殿も将来楽しみな若武者だな) そう思った長井は肩をすくめて氏政に返す。 「何の。後詰は決まっていたこと。絢瀬勢はさすがの粘りですな」 倍近い軍勢を相手にしても当たり前のように耐え抜いた絢瀬勢の防御力には素直に感心する。しかも、囮であったために十分な防御設備を築いていなかったのにだ。 「で、要件は感謝だけかな?」 長井が表情を引き締めると、氏政も同様に表情を変えた。 「ハッ。こちらからの物見では、久留米勢は負傷兵などを久留米城へ護送し、約四〇〇〇の見込みとのこと」 「四〇〇〇。・・・・当方は二〇〇〇だが、絢瀬勢はどの程度が戦える?」 開戦当初は二五〇〇いた絢瀬勢だが、さすがに手負いが増えているだろう。 「おおよそ二〇〇〇と見ています。ただし、再編に少し手間取りそうで・・・・」 至るところに民兵の影があったため、絢瀬勢は小部隊を方々に散らしていた。 これらの再集結・再編に時間がかかるのは当然と言える。 「仕掛けられぬかな? 従流殿も来られぬようだし・・・・」 筑後川を越え、巨瀬川北岸に虎熊軍団の豊前衆が現れたとの情報は、すでに長井にも届いていた。 このため、従流本隊は発心城周辺から動けずにいると。 この時、虎熊軍団は久留米周辺に四〇〇〇、巨瀬川北岸に五〇〇〇の計九〇〇〇が展開していた(他に発心城守備隊)。 一方で、龍鷹軍団は久留米周辺に四〇〇〇、巨瀬川南岸に六五〇〇の計一万五〇〇が展開している。 ここに来て、快進撃を続けていた鷹郷従流率いる龍鷹軍団はついに足止めされたのであった。 白石長久side 「―――やれやれ、周輝殿も無茶をする」 巨瀬川北岸で白石長久は苦笑を浮かべていた。 秋月城を経由し、筑紫平野に入った瞬間にもたらされた久留米勢が打って出るとの情報。 素早く龍鷹軍団の現在位置を確認し、最適と思える一手を打って見せた白石は、若者の無茶に笑みを浮かべる。 周りの諸将は肩で息をしつつ、やや憤っているが、それも仕方がない。 ほとんど休憩もせずに駆け続けたのだから。 (旗などで誇張しているが、実は三〇〇〇なのだよな) 他の兵はまだ行軍中だろう。 (あらかじめ、足早の兵を見繕って部隊を編成していてよかった) 結果、久留米勢を撃破するために反転しようとした従流本隊の首根っこを掴むことができた。 (相手がこちらの兵力が少ないと気付いて攻め寄せてきても、すぐに筑後川を防波堤にすればいい) 豊後衆の背後には橋――現筑後川橋――がある。 これを渡って落とせば、"筑後二郎"と呼ばれる圧倒的な水量が牙を剥く。 それに手こずっている間に後方の主力が到着するだろう。 それから冷静に龍鷹軍団を川へ追い落とせばいい。 「長井衛勝が残っていたら難敵だったが、残った部将は若い若い」 龍鷹軍団は忠流が跡目を継ぐ前の騒動と内乱で多くの部将を失っている。 それでも常勝軍団と呼ばれるほどの戦歴を叩き出しているが、それでも若いものは若い。 「ほっほっ、さあていつ気付くかな」 白石の目的は龍鷹軍団を拘束し、久留米勢が城に戻る時間を稼ぐことである。 豊前と言う山陰・山陽・西海道のどこにでも出兵できる国を預かる白石は、地味ながらも強かな戦略を選択する名将なのである。 ―――そして、その名将の戦略を上回る、天才が龍鷹侯国にはいたのであった。 |