「偉大な先達」
「―――暑い・・・・」 再建された地下鉄音川駅にひとりの少女が降り立った。 「ま、九州よりはマシですの」 そう呟き、持っていたペットボトルのお茶を飲む。 「さてさて、久しぶりの音川・・・・っと」 袂に入れていた携帯が着信を告げた。 彼女は腕を一振りしてその手に携帯を持つ。 「メール?」 そのまま文面を確認。 「・・・・良い度胸ですの」 袂に携帯を仕舞い、ふふりと笑う。 「この私を呼び出そうと言うのですね」 少女は案内板を一目見た後、この音川町の象徴――統世学園へと歩き出した。 穂村直政side 「―――せぇいっ」 穂村直政が持つ訓練用の棒が旋回し、訓練相手を打ち据えようと迫った。 「――――」 だが、相手は一歩下がることで、直政の射程外へと逃れる。 「はっ」 さらに彼女が持つ棒が横薙ぎに直政の棒を打ち据えた。 「おお?」 棒の回転方向へ、余計な力が加えられる。 故に直政の重心が崩れ、腰が浮いた。そして、空いたスペースに体を滑り込ませた彼女が棒を突く。 「げふっ」 胸の真ん中に命中したそれは、体勢を崩した直政を容赦なく吹き飛ばした。 「おお?」 たたらを踏んだ足下に、地面はない。 「おおおおおおおおおおおおおっ!?」 そのまま階段を落下した。 ――― 1時間後。 「―――ゼハー・・・・ゼハー・・・・」 直政は大の字で地面にぶっ倒れていた。 夏の日差しに温められていた地面は熱く、汗を流す直政の体を冷ますことができない。 「はぁ、なんなのよ、あんた・・・・」 1時間ぶっ通して戦い続けた朝霞も、立ってはいるが肩で息をしていた。 全勝したとはいえ、相当疲れたのだろう。 「くそ~。勝てねー」 当然だ。 朝霞は物心ついた時から長物を扱う訓練をしている。 対する直政は始めて4ヶ月弱。 才能云々の前に経験が違う。 「いつもより攻撃的じゃないかしら?」 「あー・・・・」 直政のいつものスタイルは相手の攻撃を崩すことを目的とした受け身戦術だ。 だが、今日は果敢に攻めた。 「ま、こっちのがいいような気がするけど」 「ホントか!?」 ガバッと身を起こし、朝霞を見上げる。 食いつくような態度に朝霞は一歩退いた。そして、一頷きで考えをまとめる。 「あんた力もあるし、頑丈でしょ? だから、前でガンガン行くのがいいと思う」 「後の先を狙う私のスタイルは技術がいるしね」と続けた。 (確かに・・・・) 元々、これまで練習していたスタイルは朝霞のものだ。 どんな攻撃もいなし、飄々とする姿に憧れた。 「自分のスタイル・・・・」 「もう基礎はできたんだし、自分と"周り"を見て、何を求められているか考えてもいいんじゃないかしら?」 「・・・・"周り"?」 「わ、もうこんな時間じゃない」 時計を見て慌てた声を出す。 「ごめんね。これから約束あるから」 そう言い残し、荷物をまとめて走り去った。 「・・・・周りね~」 鹿頭朝霞。 "東の宗家"当主。 本人は嫌がっているが、"東洋の慧眼"の片腕として名高い、優れた実戦指揮官だ。 叢瀬央葉。 【叢瀬】最強の能力者。 「あ~、いや、そうじゃなく・・・・」 直政は直系だ。 他の直系と比べないと亜璃斗が怒る。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」 少し考え、あまりの規格外さにため息が出た。 ショックを受け、まさに地面に倒れる。 「情けない・・・・」 誰も彼もが偉業をなしている。 「俺は何もできなかった・・・・」 自害した偽義明の顔が浮かぶ。 「はぁ・・・・」 右腕で目元を覆った。 視界が暗くなり、夏の日差しがジリジリと肌を焼くのが分かる。 「ん~」 グルグルと上田での記憶が巡るが、直政が「何かした」場面は全くない。 直政の預かり知らぬ場所で物事が動き、勝手に終わった物語。 あの時の直政は名を与えられただけの脇役だ。 「―――もし」 日差しが遮られ、ややひんやりした空気が肌を撫でた。 「何をしているんですの?」 再び声がかかる。 声の主は傍にいるようだが、近づく足音は全く聞こえなかった。 気づけなかった事実が、さらに直政を打ち据える。 「・・・・なんですか?」 ゆっくりと腕をどかし、声の主を見た。 「質問したのは私ですが?」 声の主は同世代の少女だ。 不揃いのおかっぱ頭に赤系統の着物を着ている。 手に持つ日傘が直政の体に影を与えていた。 「見ての通り部活に疲れてぶっ倒れたんです」 体を起こし、改めて少女を見る。 何となく顔に見覚えがあるが、脳が思い出すことを拒否した。 「ひとりですの?」 「さっきまでもうひとりいましたが?」 「・・・・チッ。呼びつけた上に待たせるとは良い度胸ですの」 メラッと怒りの炎が見えた気がした。 「ま、待ちましょう。私は寛大ですの」 そう言い、ペットボトルのお茶を飲む。 「上田では大変だったようですし。―――ねえ、御門直政」 「―――っ!?」 名に反応し、直政は立ち上がった。 「お前・・・・なんで・・・・」 「ああ、自己紹介がまだでしたの」 袂から扇――鉄扇を取り出して口元を隠した。しかし、ニンマリと笑っていると分かる。 「熾条宗家当代直系次子・熾条鈴音」 「熾条・・・・」 「兄がご迷惑をおかけしているようで」 兄とは熾条一哉のことだろうか。 (道理で見覚えが・・・・) 鈴音と一哉が少し似ており、それが「見覚え」として記憶を刺激したのだろう。 「・・・・何で上田のことを知ってる?」 「ふふ、熾条は忍びの一族ですのよ?」 「だから?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 間髪入れずに返された一言に鈴音の表情が固まった。 『御館様。思うに「忍びの一族=情報に強い=上田のことはお見通し」と言いたいのではないかと・・・・』 「・・・・おお」 刹の解説に手を打ち合わせた直政に鈴音は呆れた表情を浮かべた。 「化かし合いに慣れていないですの?」 「生憎、一般市民として生きてきたんでね」 何気ない言葉の裏を読む生活など、息苦しくて仕方がない。 「・・・・でも、だからかな」 「はい?」 「あ、いやなんでも・・・・」 初対面の相手に話す内容の話ではない。 「いいじゃありませんの」 鈴音は日傘をたたみ、日陰のベンチに移動した。 「待ち人が来るまでの暇つぶしに聞いてあげますの」 「・・・・ま、いっか」 彼女も直系だ。 何らかの有益な話が聞けるかもしれない。 「友人から周りに何を求められているか考えろ、って言われたんだけどさ」 「へぇ、生意気な奴ですの」 ギロリととある方向へと視線を向けた。 その鋭さに背筋が凍る。 「・・・・それで周りを考えると、すげぇのな」 気を取り直したというか、もう一度思い浮かべてげんなりした。 「・・・・ま、そうですの」 当代直系は三世代に分けられる。 第一世代は結城晴輝、結城晴海、渡辺瑞樹。 すでに宗主だったり、家の運営を取り仕切ったりとしている。 第二世代は熾条一哉、渡辺瀞、結城晴也、山神綾香。 いずれも一戦線を支えられる術者だ。 第三世代は熾条鈴音、山神景尭、御門直政。 術者としては名を馳せているが、先の二世代に比べれば影は薄い。だがしかし、遠くない将来、全員が宗主になる世代でもある。 直政はいいが、鈴音と景尭は偉大な兄と姉と対比される立場にあった。 「でも、他人ですの」 人は人。 そう言えるだけ自信があるのは素晴らしい。 「それに」 鈴音はパタパタと鉄扇で自分を仰ぎながら言った。 「朝霞が言った"周り"ってのは私たちのことではないですの」 「は?」 「私たち直系が活躍しているのは、自分の能力を必要としている場所で発揮しているだけですの」 所謂、効果抜群、という場所にいてこそ、直系は最大限の力を発揮する。 ならば、自分にとって最も得意とするものを見極めることが重要だ。 「つまり、ですの。もう自分のことはいい加減分かっただろうし、共に戦う者たちを見て自分の最大を発揮できる場所を考えろ、ってことでしょ?」 「・・・・おお」 確かに周り=直系とは言っていなかった。 「自分の得意なこと、か・・・・」 「お兄様――熾条一哉は優れた戦略眼から作戦立案を」 渡辺瀞は"浄化の巫女"通り、浄化能力に特化。 結城晴也は索敵能力。 山神綾香は攻撃能力。 「では、あなたは何ですの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 御門直政が他人に誇れること。 それは、ひとつしかない。 『どう考えても防御力ですね』 拳銃は元より戦車砲すら跳ね返す強靱な体。 それはどんな戦線でも支えることができるだろう。そして、それを盾に強襲に出ることもできる。 「悔しいですが、高雄研究所および煌燎城攻防戦でのあなたの投入場所は、あなたの長所を生かす上で最適でしたの」 両方とも敵中深くへの強襲だ。 強引に打ち込んだ杭は、強固で戦役全体に影響を及ぼした。 これを成したのは、熾条一哉と鹿頭朝霞である。 「あなたは戦闘指揮や采配なんていらない、単独にして戦略級」 「そう、言わば・・・・」と鈴音は続ける。 「一騎当千」 「・・・・一騎、当千」 しっくりとはまった気がした。 元より、御門宗家は対軍を旨とする。 ただひとりで敵軍と戦えるということは、宗主として相応しい技量と思える。 「・・・・ありがと。なんかしっくりきた」 直政に一哉や朝霞のように戦え、と言われても無理だ。 積み重ねてきた経験が違う。 だが、とある場所で戦い続けろ、というならば誰にも負けない気がした。 「―――終わった?」 「・・・・白々しい」 直政の礼を受け、まんざら出ない表情を浮かべていた鈴音の顔が曇る。 「どうせどこかで聞いていたのでしょう?」 「ま、ね」 肩をすくめる朝霞は制服に着替えていたが、髪の毛はしっとりと湿っている。 完全に乾くのを待たず、戻ってきていたようだ。 「私に言わせず、自分で言えばいいですの」 「だって、私が言うより直系のあんたが言う方が説得力あるでしょ?」 「ぐぬぬ。ああ言えばこう言う、いったい誰に似たのだか」 「・・・・こういうところはあんたのお兄様じゃないかしら・・・・」 嫌そうに顔をしかめる。 「・・・・ああ」 「納得されるとむかつくわね!」 「けっ」 「何よ!」 仲良くけんかする姿は、とても数百年の確執があった家の重鎮同士とは思えない。 「ああ、言っておくけど、あんたが一騎当千になっても、第二世代には届かないわよ?」 「え?」 「・・・・そうですね。あの人たちは戦争級ですから」 「?」 鈴音の言葉の意味が分からない。 「簡単に言えば、あの4人は核兵器。私たちは・・・・戦闘機?」 「その例えでいいんじゃないかしら」 戦闘機はとある戦場を支配することができる。だが、核兵器は世界を支配する。 『絶対的な抑止力・・・・』 抜かれれば破滅が待つ厄災。 「え、ちょっと待てよ。瀞先輩も?」 他の3人は何となく分かる。 一哉は昨年の第二次鴫島事変、"風神雷神"はその存在だけで数ヶ月もSMOの進軍を止めた。 だが、渡辺瀞はそれらに例えられるとは思えない。 「あんたね、あの人の異名知ってるかしら?」 「"浄化の巫女"だろ?」 「そう、唯一無二の浄化能力。それは毒だの呪いだの全てを打ち消してしまう能力よ?」 「だな」 実際に直政も高雄研究所攻略戦で世話になった。 「それがあの聖剣・<霊輝>の【力】ならいいけど、あの人自身の能力だから・・・・」 「例え毒沼や呪いを付加した結界で待ち構えても、あの人が来るだけで全てパー」 「理論上は、数百の妖魔も浄化能力を付加した雨で殲滅できるですの」 「・・・・えぇー・・・・・・・・・・・・」 直接的効果、と言う面では一番えげつないのではなかろうか。 「おまけに瀞さんに何かあれば、過保護な渡辺宗主が総力を挙げて潰しに来るんじゃないかしら?」 「ええ、確実ですの」 「守護霊かよ・・・・」 よく知る先輩の、知らぬ一面を知った直政はため息をつく。 「ま、仕方ないですの、あの4人は」 「<色>持ちだからね」 <蒼炎>、<白水>、<翠風>、<紫雷>。 伝説級の能力者だ。 (・・・・いや、マジで化けもん揃いだわ) 優れた先達を持つ少年少女は、彼らの顔を思い浮かべ、揃ってため息をついた。 |